──社員全員の前で、葵は綾乃を抱き寄せて堂々と交際宣言をしてみせた。
静まり返った座敷内では、それほど時間がかからないうちにどこからともなく声が上がり始める。
「ま、マジで…?!」
「くそぅ、桐矢の奴、ちょっとイケメンだからって光里ちゃんだけじゃなく綾乃ちゃんまで…!」
「やだぁ、ショック!!」
一呼吸置き、自分の言動に改めて気づいた葵は気まずそうに目を泳がせていた。
「あ、葵…!」
予想外の事態に綾乃が困惑する中、社員たちからはお決まりの詮索が始まるのだった。
「ねぇ、いつから付き合ってたの?!」
「まさか、結婚なんてしないよね?!」
「どっちから告白したの?!まさか桐矢くんじゃないよねぇ?!」
そう、まさに葵はこの手の“イジリ”が大の苦手なのだ。
当然、自分が蒔いた種とはいえ面倒くさい展開でしかない葵にとっては、“その場から消え去る”という選択肢以外は存在しなかったのである。
「うーん、そうだなぁ…」
「……うん、とりあえずいろいろ面倒だから、コイツと二人で帰ることにするわっ!」
そう言って綾乃の肩をポンポンっと叩く葵。
「えぇっ?!なんで?!」
有無を言わさず綾乃の手を掴むと、葵は…
「じゃ、後は皆さんでごゆっくり♡」
それだけ爽やかな笑顔で告げると、唖然とした社員たちの中をくぐり抜けて…
外へと飛び出した。
──まともに会話もしないまま、二人がたどり着いたのは……少しゴージャスなラブホテル。
綾乃にとっては何がなんだかわからないまま葵は勝手に入室手続きを済ませ、訳もわからないまま部屋へと連れ込まれた。
「ちょ、ちょっと…!なんの説明もないままなんでこんなトコにっ──」
部屋の鍵を閉めるなり、葵は綾乃の体を抱き寄せてキスをした。
強引で、余裕もない、一方的な荒々しいキス。
でも、それに抵抗して突き放す気などは起きなかった。
「……どうしたの?そんなに焦って…」
やっと離れた唇でそう問いかけてみる。
「…ごめん、こんなトコに連れ込んで」
「いい加減、愛想尽かされたんじゃないかって思って…」
「だからとにかく、早く二人きりになりたかったんだ」
「……愛想尽かされたって…どうしてそう思うの?」
それに対し、葵は目を泳がせながら答える。
「光里ちゃんがあんなこと言うから、さすがに焦っちゃってさ」
「……ほら、元サヤに戻るかも、とかどうとか…」
「だからもう、これ以上お前のこと不安になんてさせたくなかったんだ」
つい先ほどの、光里の言動が頭をよぎった。
「あ、ああ……でも私は大丈夫だよ」
「だって葵、みんなの前で堂々と交際宣言してくれたでしょ?」
「詮索されたくないから絶対イヤだってあんなに言ってたのに……すっごく嬉しかった…っ」
「ん、まぁ…そうなんだけど…」
ここで葵が照れ臭そうに耳の裏を指で触りだしたことに綾乃は首を傾げた。
「……そうなんだけど…何?」
「…お前が他の男に絡まれてんの見てたらもう我慢できなかったんだよっ」
「馴れ馴れしく肩に手なんか回しやがって……アイツ、明日会ったらわざと足踏んづけてやる…」
至って真面目に復讐を目論む葵。
そんな子供みたいにむくれる超イケメンらしからぬ顔を見ているだけで、笑いがこみ上げてきてしまった。
「な、なんで笑うんだよっ…!」
「ごめんごめん!(笑)」
「そういう飾らないとこ、葵らしくて好きだなぁと思って…」
そう言って、また少しプッと吹き出しながらその顔を見上げると、葵は何も言わずに今度は優しいキスで返す。
その最中、綾乃は思い出していた。
葵が自分の肩を抱いて交際宣言した時、その光景を見ていた光里の表情を──。
「(光里ちゃん……もちろん衝撃的って感じだったけど、どこか…ひどく悲しんでるようにも見えた)」
「(葵に未練があるから…?でも、何かもっと深いものを感じたのは気のせい…?)」
そんなことを考えているうちに、葵はさっさと離れて室内の散策をし始めた。
「なぁ、せっかくラブホテルに来たんだしさ、楽しまない?」
「普通のホテルなんかには絶対置いてないような、面白いものいっぱいありそうじゃん?(笑)」
そう言って子供みたいに笑う葵。
「…面白いものって、“ヤバイもの”の間違いなんじゃないのー?(笑)」
と、そんな軽口を叩いていた綾乃の耳に、葵の言葉はまたもや刺さることとなる。
「俺もラブホテルって
なぜ、こんな
綾乃が生まれて初めて訪れるこの“男女の営み場”に、来たことがあるという葵。
それは、間違いなく自分以外の誰かとラブホテルで愛し合ったことがあるという証拠。
それなりに恋愛経験のある成人男性なら、ラブホテルを利用することがあっても何もおかしくはない。
でも…。
「(私、また光里ちゃんのこと思い出してる……なんで…?)」
「(葵が光里ちゃんと一緒にラブホテルに行ったことがあるとは限らないのに…っ)」
心の中で、必死に押さえ込もうとしていた“嫉妬”の感情。
顔が見えない相手には嫉妬のしようもないが、その相手は毎日顔を合わせる同じ部署の後輩。
そんな現実は、ひたすらに綾乃の中で音を立てて軋み続ける。
「ちょっと来て、綾乃」
呼ばれてハッと我に返ると、綾乃は普段通りに返事をした。
「何?」
「……じゃーーん!!」
明らかに悪ふざけしながら葵がコスプレ衣装のクローゼットから引き出して見せたのは、SMプレイでS役の女性が着るようなド派手なボンテージ衣装だった。
「な、なにこれ?!」
「…着てみる?」
「ええっ?!イヤよそんなの、絶対!!」
「これ着てさ、俺の背中に蝋燭垂らしてムチで叩いてみてよ(笑)」
……想像してしまった綾乃は、ウッと口を手で押さえるのだった。
「(葵が痛めつけられて悦ぶとは到底思えない…)」
それは冗談として、綾乃はふと、ハンガーに掛けられた一着の衣装に目が止まった。
「(これって……メイド服?)」
「(ちょっとスカートの丈が短いけど、可愛いデザインだな…)」
なんとなくメイド服を眺めているうちに、こんな服を着てどんなことをするのかということに興味が湧いてくる。
そして、それと同時に想像してしまう、“ラブホテルに来たことがあるのかもしれない、葵と光里のコスプレプレイ”。
ギュッと拳を握りしめると、綾乃はそのまま衣装クローゼットを静かに閉めるのだった。
込み上げてくる対抗心には、抗えない。
「…なぁ、俺そろそろフロ入ろうと思うんだけど、一緒に入る?」
背後から不意にそう聞かれて、綾乃はしばらくしてから答えた。
「あ……ううん、私はいいよ、歓迎会に行く前に家でお風呂済ませてきたから」
それは嘘ではないが、仕方なく一人でバスルームに向かう葵の後ろ姿を見つめて、綾乃はちょっと恥ずかしそうに衣装クローゼットに目を向けた──。