水の滴る音がする。
それは洞窟の中に響き、時の流れが存在を主張しているかのようだ。
「彼」はそこで目を覚ました。
彼は暗闇の中を彷徨い、遂には力尽き倒れてしまった。
このまま、何の意味もなく死んでしまうのだろうか。
そう思っていた矢先、異変が起きた。
「君、生きてるかい?」
「…あ、ぅ」
「あぁ、無理して声を出さなくてもいいよ。」
「…」
「なるほど、言葉は通じるのか。実に疑問だ。」
その男は、この闇に閉ざされた洞窟の中でも確かに見える。
目に物体が写るのさえ、何日ぶりだろう。
しかし、洞窟の静寂は彼に時間と言う概念を与えるには少々条件が合わなさすぎる。
彼は今、時間の存在を
いや、時間に忘れられているとでも言おうか。
「…それが、君の本当の姿?」
「…うぇ?」
体の重さが一気に跳ね上がったと思えば、目の前には自分の体とは違う姿があった。
少しずつ、思い出す。
…俺は、誰だ?
「やぁ。突然なとこ悪いけど、君だれ?」
うるさい。俺だって自分が何者かまだ知らないのに。
「まぁまぁ、そう怒るなって。挨拶も無しだと、ボク傷ついちゃうな。」
挨拶…?
そんなものもあったな。はいはい、こんにちは。
「お、偉い偉ーい。どう?この世界は。」
この世界。はて、何の事だ?
少しずつ、思い出す。
「覚えてないか。…まぁいい。ボクは神様だよ。人神。」
ヒトガミ…?
「そう。神なんだ。この世の全てを見通すね。」
そんなに万能なら、何故俺なんかに話しかけるのか?
…あれ、なんで俺は自分に対して悲観的なんだろう。
少しずつ、思い出す。
…俺の、名前は?
「いいね。君の記憶が復活し始めている。取り敢えず、ボクからの干渉はこれだけでよさそうだね。」
待て…おい、待て!
「じゃあね。死ななかったら、また来るよ」
神は、それだけ言い残すと消えていった。
☆★☆
あの謎の神との会話の後、俺の脳にはとんでもない量の情報が流れてきた。
脳が処理し終わる頃には、既に三日ほど経過していた。
俺は、高校一年生のナイスガイ、井上七太。
7は幸運の数字だからとかいう意味の分からない理由でつけられた名前だけど、
実は結構気に入ってたりするんだよな。テスト便利だし。
でも、俺は死んだ。確か、事故に巻き込まれていた筈だ。
それにしても、まさか人生がこんなにも早く終わるとは思ってもみなかったな。
今頃、家族の慌てっぷりとか…
…いや、無いな。
洞窟を歩いていると、サソリと出会った。
俺、こういう小動物とか虫みたいなの好きなんだよな!
…俺の身長の何倍もなければ。
「ちょ、やめ、まっ、___あ」
目が覚め、起き上がる。
何が起きた?
今、俺死んだよな?
…まさか、生き返ったのか?
人間、自分に理があると察するやすぐに行動に移す生き物だ。
それはどうやら、自分だけ例外という訳では無いらしい。
もっと最善の方法を、最善を。
どれだけ良い回避方法が見つかったとしても、より良き結果を求めてしまう。
己の欲につられて。
☆★☆
時は経ち、「彼」もとい転生者の井上七太は18歳になった。
朝起きるとすぐ食料を食べ、昔拾った剣で魔物も殺して食べる。
時折ダンジョンに入り込んでくる冒険者を倒して、装備を剝ぎ取った。
長く繰り返す時の中で、様々な能力を使えるようにもなった。
生者を蹂躙、迷宮を手中に収める。
いつしか彼は、「迷宮の王」と呼ばれるようになった。
しかし、迷宮は彼に安息を与える事は無かった。
今の生活が安定するまで何回死んだかなど数え切れないし、心なんて安定する訳が無い。
彼は、外を焦がれた。
それから1年。
洞窟に入ってくる冒険者に連れられ、彼は外に出た。
19年ぶりの陽の光。
世界がやけに美しく見えた。。
世界の事について学んだ後、彼はその時パーティーメンバーだった同い年の女と結ばれ、子供も設けた。
名前も貰った。
有り余る幸福を嚙み締めた。
唯々、幸福だった。
何度死んでも、諦めなくて良かった。
生きていて、良かった。
☆★☆
あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ…
「くっはは!いいねぇその顔!それ!最高!」
駄目だ…死ぬな、死なないでくれ…
「さぁ、悲しみに歪め!踊れ!お前には、安息はいらない。」
くそが…
「あぁそうだ。ボクはクソだ。それは否定しない。だが、君もまた運命に抗おうとするクソだ。
いいか、迷宮の王。お前は強い。強いから、こんな所で燻ってるにはもったいないんだ。」
何の…話だ。
「いいかいカミュラ君。君に最後のチャンスをあげるよ。」
チャンス…?
「ボクは今から、死んだ君を送り出さなきゃいけない。ボクより高次な「何か」にかけられた呪い、止められない。この呪いがあり続ける限り、お前は無敵だ。何度だって運命を壊し、君と言う運命を変えれる。そう、強すぎるんだ。だから今回、
フッ、何とも中二病臭い名前だな。
…で、俺は何をすればいいんだ?
「あれ?やけに冷静だね。どうした?もしかしてもう諦めた?」
んな訳無いだろ。
そういうのいいから、速く情報を。
「ふーん。ま、いいや。君、次死んだら終了ね。」
…は?
「そして、君にお告げをしまーす」
待て!話が飛躍しすぎだ!
せめてもう少し相談しないか!?
「ルーデウス・グレイラットと言う男を見つけ出し、殺しなさい。そうすれば、お前の死の運命からも解放されるだろう…」
☆★☆
その後意識の復活した彼は、ルーデウスに戦いを挑んだ。
しかし、当然ながら敗れ、オルステッドに家族ごと皆殺しにされた。
「何だよ、役立たず。雑魚、使えないな。」
ヒトガミは、彼が死ぬと分かった途端に罵倒の声を浴びせてきた。
死ぬ直前も、死んだ直後も。
…ふざけるな。
俺が一体、どれだけの苦労を重ねて!
人を操るだけの怠惰な奴に!
こんなクズには…俺が決着をつけなければ。
「ははっ、雑魚が喚いても無駄だよ。ボクはこの世界には存在しないんだからね!誰もボクを傷つけれない!さぁ勝ってみろよ敗北者!さぁ!…ん?」
突然、世界が歪みだす。
「何だこれは…」
歪んで、曲がって、捻じれて、形の変わる無の世界。
一瞬状況が理解できないが、ヒトガミは再度落ち着いて思考に耽る。
そして、一つの結論が出る。
「…ボク自体が、人の世界へ引き寄せられている?」
世界が動いているのではなく、固定された世界から自分が切り離されているのだ。
「嘘だ…正気じゃない!ボクをっ殺す事は!世界中の人間を殺す事と等しいんだぞ!?」
「それはあのルーデウスとか言う男が何とかするさ。…次の世界で。」
神より高次な「何か」は、彼の生き様に一切の妥協を許さなかった。
ヒトガミすら出し抜く圧倒的な権能。
呪いと対極にあたる、神に愛された者のみ使える権能。
彼は、神子に選ばれていた。
今、その全ての力が解放された。
「…誰かは知らないが、言っておく。というか、聞き入れてくれ。俺は、このループを最終決戦とする。」
覚悟を決めた男の、最後の戦いが始まる。
ヒトガミの死体の上。誰かが、微笑んだ気がした。
…R-18?