「出てきていいぞ」
丸夫が部屋内に漂う汗と香水、女性特有の匂いが入り混じる生々しい淫臭を消し去ろうと、窓を開けながら告げる。
「・・・」
涼太は無言で三脚とカメラを片手に物置の扉を開けて出てきた。
「どうだった?」
その姿にニヤニヤとした気色悪い笑みを浮かべた丸夫が話しかける。
「・・・」
見たらわかるだろう、そう言いたげなほど暗い表情を顔に張り付けた涼太は小さく「ありがとう」とだけ残して部屋を出ていこうと丸夫とすれ違う。
「くっくっく・・・」
丸夫は腹底から笑いがこみ上げるのを止められなかった。
「おい、涼太!」
背後から丸夫が話しかける。
「なに?」
暗い目をした涼太が首だけで軽く振り返る。
「今週の宿題みせてくれたら、由良にお前のやつ・・・舐めさせてやってもいいぞ」
坊主頭に丸く大きい顔面の割にパーツは中心に集まっている丸夫が、吹き出しそうになるのをこらえながら提案する。元々中心に寄ってるパーツがさらに中央に寄る様は、さながらタコのイラストを連想させる。
「・・・ありがとう、また今度ね」
あっはっはと大笑いする丸夫を背に涼太の背中は小さくなっていった。
「んー・・・まだ足りないか?」
その日の夜、涼太は自分の部屋で今日の映像を確認していた。
木目調の勉強机にノートパソコンを広げ、ビデオカメラのデータを外付けハードディスクへ転送し、映像音声共に問題がないことを確認しDVDにその映像を焼いていく。
「これだと・・・苦しいけどふざけて遊んでいただけって逃げられる・・・か?」
明らかに常習の雰囲気は出ているが映像証拠はあればあるだけ説得力と後の追い込みに使える。
「はー・・・ダル」
行為中は殆ど夢の中にいた涼太だったが、その行為があたかも自分としてると錯覚する夢を見てしまったり、ふいに過去がフラッシュバックして発狂しそうになったことは何回かあった。
「・・・?」
ふと手元に水滴が落ちる。何気なく目元に手を持っていくとまたもや涙が流れていた。
「表面は取り繕えても、流石に蓄積は誤魔化せないか」
そこで涼太はふと机の引き出しを開ける。1年ほど前に撮った由良と涼太の2ショットだ。
「・・・」
涼太は無言で机のペン立てから黒いマーカーを取り出し、由良の顔を雑に潰していく。
「そういえば――」
涼太はその引き出しのさらに奥、鍵付きのはがきが入りそうな大きさの小箱を取り出した。鍵を開けると中からは由良の学校の体育祭で優勝トロフィーを片手に満面の笑顔の由良が真正面にピースをしながら映ってる写真が入っていた。
「これは・・・遺影にするか」
流石にこの写真には様々な思いが内包されていたため、安易に消してはならないと自身の心がストップをかけた。
近日中に遺影用の写真立てを買いに行こうと算段をたてながら着々と準備を進めていく。
ふと窓に目が行った。あの一件があって以降カーテンを開けていない窓だ。
「・・・」
カーテンに手をかけた指が止まる。カーテンの向こうには隣の家――由良の家が見える。片田舎の一軒家で涼太と同じく2階の、しかも正面に由良の部屋がある。
互いの庭を挟んでいるため距離自体はそこそこあるが、それでもお互い窓が開いてれば大声で話せるくらいの距離だ。
「・・・くっ」
震える指先がカーテンを掴もうとして落ちる。日常にこびりついている由良の跡は涼太自身が想像するよりも多かった。
「寝よう」
涼太は逃げるように布団へともぐりこんだ。
それから2週間、涼太は丸夫達と由良が行為に及ぶ際は必ずと言っていいほど陰ながら参加し、その様子をビデオカメラに収めていった。
そして最後の仕上げをするために涼太は準備を整えていた。
この2週間、由良とは一切会話をしていない。勿論涼太自身が避けていたからだ。
最初のを含めて合計8回分の行為がそれぞれ収められたDVDがきちんと再生されることを確認した涼太は梱包材を詰めたリュックの中にそれを押し込み、次に物置を開けた。
そこには細い長い金属製のバットが鎮座している。
「まずは・・・お礼参りをしないとね」
今日は日曜日、由良は家の用があり午後から自由に動けるようになるらしい、丸夫たちはいつもの溜まり場にいるだろう。
溜まり場とはとある林道の中にある少しだけ開けたスペースのことだ。大きな樹が生い茂り外からは中で何をしてるか確認できず、尚且つ風の通りも良いため夏場には快適に過ごせる穴場スポットだ。
勿論この2週間の行為の間でそこを舞台にしたこともあった。
みんなが集まりやすくなおかつそれぞれの家からそこまで離れていないこともありいつしか由良と丸夫たちの集合場所はそこになっていた。
「そろそろ行くか」
涼太は細長い金属製のバットにグローブを差し込み外へと向かう。
「あら?」
階段を下りる途中に母親と会った。病弱な涼太を何かと気にかけてくれる優しい母親だ。
「外に行くの?」
「うん、野球しに」
そういうと母親は不安そうにリビングの窓を見た。
「今日は気温が高いけど・・・大丈夫?」
その言葉に涼太は笑顔を向ける。
「大丈夫だよ!僕もいつまでも部屋にいられないからね!」
それは息子が自ら病弱という体質を改善しようと健気に努力する姿に映った。
「そう・・・絶対無理しないでね、ちょっとでも喉乾いたらすぐに休んで水を飲むのよ?」
心配性の母親、その愛情に感謝しながら涼太は玄関へ向かう。
「分かってる!大丈夫だよ!」
履きなれてるスニーカーをいつも通りの所作で履き、2回トントンとつま先を地面に打ち付ける。そしてバットを持って扉に手をかけた。
「いってきます!」
涼太は力強く扉を開いた。
動き始めようと思ったら準備で終わってしまいました・・・
しかし、もうあとは動くだけなのでちゃんと大きく動きます。
ありがとうございました。次もよろしくお願いします!