「・・・ふぅ、暑いな」
涼太は額から滴り落ちる汗をぬぐいながらいつもの溜まり場である林道へ向かう。
太陽は容赦なく照り付け、アスファルトの熱気とのサンドイッチで涼太は今にも倒れそうな感覚に陥る。歩みもそこで止まってしまった。
「(いや、ここまで来たんだ・・・)」
一瞬、家に帰ろうと促してくる弱気な自分を頭の中から追いだした。今の涼太の信念と覚悟は自身の身体を健常にしてくれるような、そんな力があったからだ。
「・・・ここだ」
涼太は林道の入り口差し掛かったところで一つ深呼吸をする。
「(もう後戻りはできない――いや、する気もない)」
心の中で自分自身に語り掛ける。
「(覚悟はできている)」
自分自身を鼓舞するように確認する。
「――いこう」
涼太は林道へ踏み込んだ。そして背を低くしながら移動を開始する。
「(ここからは丸夫たちにバレてはいけない)」
涼太は移動する際の草の踏みつける音やこすれる音さえも最小限に抑えるように注意しながら目的の場所へ向かう。
「・・・はぁ・・・はぁ」
心臓が通常より早く、強く脈打つ。異様なほどの緊張感を涼太が襲う。
「(当然だ・・・これから丸夫達を襲うんだから)」
自然とバットを握る手に力が入る。
「(大丈夫、うまくやれる)」
涼太は自身をまたも鼓舞する。今まで頼っていた人はもういない。
「・・・」
慎重に慎重を重ねて進んでいき5分ほどしたところで溜まりであるスペースが見えてきた。いつもなら1分ほど歩けばつくところだが今日は流石に遅い。
「(・・・いた!)」
そして眼前に丸夫、ふとし、そして丸夫の弟2人が切り株を囲みながら談笑している。
「今日は由良のことどうしてやろうか」
丸夫の言葉が耳に入る。その言葉より声量から近くにいる事実を感じたことに少し背筋が委縮する。しかしそれもその後の行動を判断する思考に切り替えることで霧散した。
「(まずは丸夫をやる)」
旗頭を潰すことで統率をめちゃくちゃにする。
「(ふとしは一人では行動できない、次に狙うは体が大きい方の弟)」
丸夫の弟は二人いるが学年違いで涼太より2学年下の方が体が大きい、現時点でも涼太と喧嘩したら余裕で涼太が負けるだろう。
もう一人の方はその一学年下で流石にそれよりは体も小さく、邪魔にはなるだろうがそこまで障害ではない。
「(よし!行くぞ)」
涼太は慎重に1歩1歩にじり寄っていく。
「(狙うは”首”!!)」
そして狙いを定めて出ていこうとする瞬間、またもや葛藤が生まれた。
「(――いいのか?)」
その言葉はこの日が近づくにつれて何回も何回も自問自答した言葉だ。
「(・・・いいんだ)」
涼太は口元に歪んだ笑みを浮かべて、素早く身を乗り出した。
丸夫の背後を取っているため体の大きさから周りは抜け出した涼太の存在に気付いていない。
「(――きた)」
その隙が涼太の第一計画の成功を確信させた。
「――!?」
後ろから不穏な足音を聞き取り、丸夫は振り返ろうとする。――が
「はぁ!!」
涼太の体重と遠心力の乗せたバットは丸夫の首――ではなく背骨に直撃した。
「――がぁ!?」
ゴン、という重い音と共に丸夫は息が止まると、共にその場に転がる。
「「え?え?え?」」
突然のことに動揺する、弟達とふとし。涼太は素早く狙いを隣にいた体の大きな弟に変えて1歩大きく踏み出しながら背中に向けてフルスイング。
「痛い!」
――またもやゴンという音と共に弟は地面に這いつくばった。
「・・・あとは」
涼太はふとしにバットを向ける。
「お前もこうなりたいか?」
ふとしは腰を抜かしながら首をぶんぶんと振る。
「じゃあ見てろ」
涼太はそう冷たく吐き捨てると、倒れている丸夫にゆっくりと近づいていく。
「お、おい――」
ふとしは涼太が何をしようとしているのか分からず止めようとするがやはり動けない。
「(僕に正義はない)」
一瞬の出来事が思考力を加速させる。ゆっくりと丸夫に近づきながら自身に再び語りかける。
「(こんなのは・・・ただの逆恨みだ)」
すべてがスローモーションになった感覚だ。
「(悪いのは全て僕だ)」
丸夫のすぐそばに立つとバットを振り上げる。
「(僕もすぐに地獄へ行くよ)」
ふとしも小さい弟もその光景を見ることしかできない。その時――
「何やってるの!!」
懐かしい声が聞こえた、その声の主は、信じられない速度で近づくと僕の胸骨に向けて掌底を打った。
「――ガァ!?」
その衝撃に涼太は大きく吹き飛ぶ。
「大丈夫!?」
由良は心配そうに丸夫に近寄る。
「――ハァ!?、――ハァ!?」
涼太は持病の喘息からか肺があまり良くない、そのことは由良も良く知っているはずだが緊急時に取った行動であったためそこまで気は回らなかったのだろう。
「雄太!?」
体の大きい方の弟にも近寄る。涼太は呼吸困難に陥りながら大きく深呼吸をしようとする。
「・・・大丈夫みたいね」
二人に大きな怪我がないことを確認すると由良は胸を押さえてうずくまる涼太にズンズンと近寄っていく。
「涼太!どうしてこんなことしたの!?」
普段は「涼ちゃん」と呼んでいた由良がはっきりとその名前を呼ぶ。
「――!」
しかし由良が見たのは涼太が目を白黒させながら胸を押さえ必死に呼吸をしようとする姿だった。そこで肺が悪いことを思い出す。
「涼ちゃん!!」
そして近寄って来ようとする由良、涼太の鼻孔に風に乗った由良の匂いが届く。
「(――マズイ)」
この状況で由良に触れてしまえばトラウマが蘇り嘔吐することは確実だ。さらにこんな呼吸困難な状況でそんなことになればのどに吐しゃ物がつまり、下手すればそのまま窒息するかもしれない。
「――!!」
涼太は目の前も分からない状態で大きくバットを大きく振って由良が近づかないように制した。
「危ない!」
由良は近くまで来ていたがその運動神経でバットを交わして距離を取る。
「――!!」
由良が離れたことを察した涼太はその場から逃げる。
「涼ちゃん!」
由良も追いかけようとするが、流石に目の前の倒れている二人を放置するわけにもいかない。
「ふとし!丸夫は私が病院に連れて行くから東二と一緒に雄太を病院に運んであげて!」
ふとしは、その言葉にようやく我に返り、立ち上がった。ぬかした腰は何ともなくなっていた。
「よいっしょ――」
丸夫をおんぶした由良は涼太の逃げた方向を見る。
「(涼ちゃん・・・どうして?)」
由良は突然こんなことをした涼太が信じられなかったが、考えている時間もなくすぐに病院へと向かった。
「――ハァ、――ハァ、――ハァ」
訳も分からず林道を進んでいた涼太は由良が追いかけてこないことを察すると、その場で座り込む。そして先ほど由良と対峙した時の状況を回想する。
「何やってるの!!」
その言葉は涼太にとっては救いの言葉だった。いつもその言葉でさっそうと由良が飛び出して丸夫とふとしにげんこつを食らわせて追い返していた。
だが今回、その言葉を向けられたのは紛れもない涼太自身だ。
「(・・・当然だ)」
あまりに当たり前のこと過ぎて笑ってしまう。
「(僕は、いつもあんな感じだったんだな・・・)」
いつもと全く逆の立場になったことに少し心がざわめく。
「(いや、だから当然だ。無抵抗の人間にバットを振ってる人間がいるんだ・・・むしろ僕の味方になるほうがどうかしている)」
薄めで見えた丸夫を介抱する様子に、心がざわめいた。
「(だから当然なんだよ・・・けが人がいたら介抱する、それに善悪や関係性は関係ない)」
涼太は自身の倒錯した思考を正常に戻していく。
「(おそらく前の関係性でも目の前で丸夫が倒れていたらあの人は助けていた・・・)」
涼太は落ち着いて呼吸が出来ることに少し安堵しつつ
「(――だから好きだった)」
呼吸はまだ不安定だが窒息するほどではない。胸が上下に大きく揺れながら涼太は一人笑った。
「これで決心がついたよ・・・ありがとう・・・そしてさよなら」
涼太は全てが『計画通りに』進んだことに満足感を感じながら決別の言葉を発した。
いつの間にか先ほどまで照らしていた太陽には黒い大きな雲がかかっていた。
第一の実動終了!
まだもう一つ涼太は大きく動きます。
ありがとうございました。次もよろしくお願いします!