「はー・・・」
涼太は大きく息を吐き、床に寝ころぶ。今日一日の精神的な疲労は全身の力を奪い、強制的に思考すらも脱力させられる。
『ごめんね?』
「ん?」
頭の中で、もう一人の自分――いや、元の人格である涼太が話しかけてくる。
『お母さんへの説明までまかせちゃって』
新人格の涼太はそういうことかと納得し
「いやいや・・・俺はそのためにいるんだから気にするな」
『そう?でも・・・辛いのは伝わってるよ』
「体は同じだからなー」
声には出さない、心の中での会話。涼太は自分の心が崩壊しかけた時に新たな人格を生んだ。それが今の新人格。
『僕は・・・君に辛いことばっかり押し付けちゃってる』
「人それぞれ人生を生き抜くのに処世術ってのはある、俺たちはたまたまそれが役割分担だっただけだ。もう気にするな」
旧人格の涼太が新人格の涼太に慰められる。もはや別人ともいうべき程に新人格の思考は旧人格から乖離されている。その様はまるで一つの身体に二人の人間が入ってるようだった。
「でも意外だよな?」
『ん?』
「母さん、流石にちょっとショックは受けていたけど・・・」
『確かにね・・・』
涼太の記憶が自分自身の母親に由良達の行為を説明した時を共有する。
「お母さん、話があるんだけど・・・いい?」
由良の家から帰宅した涼太は開口一番、それを口にした。
「―――ご飯にラップだけかけるから、そのあとに・・・ね」
その涼太の母親は様子から深刻な話であることをすぐに察した。
「・・・分かった」
涼太は頷くと、すぐに自分の部屋へと向かい、参考用に一番最初のプレイを試し焼きしたDVDを持ってきてリビングのソファーへと腰かけた。
「(自分の母親にする話題じゃないだろ・・・気まずいなぁ)」
涼太――新人格の方が心の中で愚痴をこぼす。お互い干渉しない個人用のブラックボックスというものがお互いの人格には存在しており、そこでの言葉は人格同士に共有されないようになっている。そのため旧人格が前に出ているときに、たまに心の中が読めない時も合ったりする。
涼太が嫌な緊張感を感じている頃、涼太の母親もまた、夕飯の皿にラップを掛けながら嫌な緊張感を感じていた。
「(今日の涼太・・・いつもとは少し様子が違った)」
それは些細な違和感、過保護と呼ばれるほど涼太のことを常に意識しているからこそ感じた変化。それを初めて感じ取ったのは2週間以上前のことだった。
「(成長期の心境の変化・・・成長・・・ともまた違う)」
今までは透き通っていた涼太の言動に何かフィルターを通しているような違和感を涼太の母親は感じていた。ラップを掛ける手が止まる。
「(犯罪・・・じゃなければいいのだけれど・・・)」
先ほどの涼太の態度から母親はどの類の話なのか読み取ることが出来なかった。子供の理解出来ない言動なんて言うのは良く聞く話ではあるが、涼太はその素直な性格からか昔から行動の意味や理由を読み取り易かった。
「(ダメダメ!話そうとしてる涼太も不安がっているのに母親まで不安がっちゃ、もっと涼太が辛くなる!)」
涼太の母親は一度大きく深呼吸すると止めていた最後の一枚のラップを切り取った。
「それで――話って何かな?」
涼太の母親は努めて落ち着いた優しい口調で尋ねる。
「すー・・・・ふー・・・、・・・・・・・由良・・・お姉ちゃんのこと」
涼太は大きく深呼吸をすると、まずは問題の人を挙げた。今まではその言葉を口にするだけで嘔吐していたが、今は喉奥への吐き気まででとどまっている。
「由良ちゃん?お隣の?」
「そう」
母親の頭の中に予想外のピースが登場した。
「まずはこれを見てほしい」
そう言って無地のDVDをリビングにあるデッキへと挿入する。十数秒ほどのローディングの後再生可能であると表示される。
「・・・」
涼太のリモコンを持つ手が震える。心の葛藤と羞恥心、気まずさなど様々な不快感がミックスされ、流石に頭がおかしくなりそうになった。
「――!?」
その時、涼太のリモコンを持つ手が母親の両手に包まれる。
「これが涼太の悩みの正体――で、いいのよね?」
涼太は顔を向けられない。旧人格の涼太が頑なに体を動かそうとさせない。
「(もう一人の俺、あとはやっておくから・・・今は眠ってろ)」
『え?』
その瞬間、旧人格の涼太が制御できていた身体の部分が何もできなくなる。それと同時に目の前に黒い靄がかかり音も景色も何も感じなくなる。
『ごめんね、もう一人の僕・・・』
旧人格の涼太は静かに意識を手放した。
「そう」
涼太の母親の問いに少しの間を開けてから返答が来る。その間に母親はピンときた。
「(今、変わった――)」
母親が涼太のここ最近の違和感の正体を掴んだ瞬間だった。
涼太が先ほどとは打って変わって何のためらいもなく再生ボタンを押す。すると――
「あっ!あっ!あん!あぁ!」
「!?」
目の前の画面で衝撃の光景が流れた。
「これ――由良ちゃん?」
胸を露出し、股を開いた由良が見覚えのある小さな子供達と行為に及んでいる。
パン、パンと子気味よく肌のぶつかる音が鳴る。 それに合わせて由良も声を震わせながら喘ぐ。
「ま〇この中、ヌルヌルじゃん!期待してたのかぁ?」
「これは――丸夫君?」
「そう」
母親は感情のない返事をした涼太の顔を確認する。
「(この子は――)」
先ほどの涼太だと思っていた子は、同じ顔をした別人となっていた。
「はいぃ!あっ!あっ!あっ!こんな!!あっ!ざこ!ま〇こを!あぁ!きたえて!あっ!あん!もらえると!あん!おもうと!あふれちゃうんですぅ」
「―――!!」
由良の淫乱としか言えない喘ぎ声が響き渡る。しかしその姿を見ても涼太の様子に変化はなかった。
「(そうか――、この子は・・・)」
涼太が昔から由良のことを好きだったのは当然母親も理解していた。むしろ母親である自分よりも涼太自身は身近に感じていて、由良から涼太の悩みを聞いたこともあったくらいだ。
そんな人が自分の同級生達と行為に及んでいる。この衝撃は母親である自分でさえも脳が現実を拒絶しているのに、この涼太は平然としている。
「(この子が――涼太を守っていたのね・・・)」
この残酷な事実をもう一人の涼太が受け止めていたのだと考えれば、なぜこの光景を見て以降も生活態度にほとんど変化が現れなかったかが分かる。
「うはぁ!ザコ由良の口!気持ち良すぎ――」
そこで母親はDVDを止めて、画面を変えた。重々しい沈黙が場を支配する。
「びっくりした?」
感情のない声で涼太が聞く。
「え、ええ――涼太・・・でいいのよね?」
母親は何とかギリギリ頭の処理できる部分を作り出し返答する。
「涼太は――涼太です」
その返答に母親はやはり別の涼太がいたのだと安心する。
「まず――」
涼太が一拍開けて話始める。
「この一件の問題点は感情を抜きにしたら一つしかありません。勿論
「――!!」
母親の頭がパニックになる。涼太の声で普段は絶対言わないであろう言葉が次々と発せられる。
「勿論犯罪です。だからこそそれをネタにお隣さんには引っ越しをお願いしました」
「あ・・・」
母親の疑問が一つ解けた。先ほど、お隣の葉山さんの家に行ってから帰りが遅かった。DVDを返すついでにお茶でも振る舞ってもらったのだろうと解釈していたが、おそらくこの話をしていたのだろう。
「ただし、お相手にも言われましたが引っ越しには時間も費用も掛かります。なのでその援助をお母様にはお願いしたいのです」
母親は今の涼太をもはや別人だと認識していた。
「援助って言ってもねぇ・・・」
涼太の父親は現在単身赴任で家を空けている。涼太の母親はパートで働いている。決して生活が不自由ではないが裕福でもない。
「先の長い話ではありますが、働けるようになったら必ず返します」
涼太は真剣な顔をしている・
「んー、それは別にいいんだけどね・・・」
主婦としての頭が瞬時に捻出出来る金額を計算する。そして生活のやりくりを頑張れば多少の援助は可能だと結論付けた。
「お願いします。涼太は現在、爆心地の中心にいるような状態です、日々の生活に根付いている
その言葉に母親は、現在の状況が非常に危険であることを認識した。
「今は・・・あなたのおかげで大丈夫なの?」
母親も目の前のもう一人に話しかける。
「家の中以外は私が行動しています、涼太は自分の家の中でしか今は行動していません」
状況は母親が想像するよりも深刻であった。もはや涼太の生活は崩壊してしまっている。
「分かった、お隣さんと協力してすぐに引っ越せるように手配する。さっきはこのことを葉山さんに?」
「ええ、お隣さん自身も私の母親が協力してくれるならすぐに動くと言ってくださっています」
あまりの話の早さに母親は驚く。
「分かった・・・分かった・・・」
しかし、あまりの情報の多さに頭がパンクしそうなのも事実。
「今日の晩御飯は、個人個人で食べましょう」
涼太が提案する。母親も小さく「そうね」と返した。
「それでは――ああ、そうだ」
涼太が踵を返そうとしたときに、何かを思い出す。
「どうかしたの?」
母親も聞き返す。そこで涼太はある確信めいた予感を口にした。
「たぶん、今日、
次回はいよいよ、問題の人との一騎打ちとなります。
おそらく長くなるので2話形式になります。
それではありがとうございました。
次もよろしくお願いします。