※この作品はR-18です。

怪物ではなく女神として   作:若杉優太(テト/teto)

3 / 7
 お待たせして申し訳ない!


結ばれたくて、結ばれたい

「まさか、こんな所に来れるとは……」

 

 常夏の太陽に照らされるビーチにて、立香は感慨深げに呟く。

 ここがもし観光地であれば、観光客で埋め尽くされてしまいそうな程に海が美しく見える場所であるが、不思議な事に立香以外の人影は見当たらない。

 水面煌めく海も、黄金色に光るビーチも全て立香のもの……いや、正確に言えば隣に立つ彼女と立香のものだ。

 

「今日は楽しもうね?ゴルゴ―ン」

「そうだな、マスター。私も羽を伸ばすとしよう……」

 

 ゴルゴ―ンと呼び掛けた女性ににっこりと笑いかけ、藤丸立香は改めて彼女を見つめた。

 

「(綺麗だな……ゴルゴ―ン……)」

 

 それは広がる海にも、ゴルゴ―ンにも思ったことだ。

 透き通るような紫色を彩った、背中まで伸びている彼女の美しい髪……そして、彫像のように美しい彼女の顔。

 少し肌の露出を抑え、布の面積を多くした白いワンピース型の水着を着ていても、元々持っていた抜群のプロポーションもあってか、逆に彼女の色気はより強調されているようにも思えた。 

 そうして立香がゴルゴ―ンに見惚れていると、その視線に気づいたゴルゴ―ンは唐突に立香へと笑みを向ける。

 

「ふふ……どうだ?興奮したか?」

「……っ!こ、興奮なんて……」

「別に隠さなくてもよい。この水着はお前の為にわざわざ用意したのだからな、興奮して当然だ」

 

 あまり女性慣れしていない初心な立香をからかうようにし、ゴルゴ―ンはにやりと笑うと、これ見よがしに自身の水着の胸元を開けてみせる。

 

「ご、ゴルゴ―ン……その、見えちゃうよ……」

「ん?見える?何が見えるというんだ、はっきり言ってもらわなければ分からないぞ」

 

 顔を真っ赤にしながら立香がゴルゴ―ンから目を逸らすと、それを面白がるようにして更に水着の胸元を大きく開け、水着の下に隠れていた陶器のように美しい肌を露わにさせた。

 それでも何とか見ぬよう、出来る限り目を逸らそうと努力する立香であったが、やはり男の性か――ちらちらとゴルゴ―ンの胸を盗み見てしてしまっていた。

 

「しかし、ここは暑いな……もう少し薄い水着を着てくるべきだった」

「ちょ、ちょっと……っ!?」

「あいにく着替えも持ってきていないから困ったものだ。ふふ、どうしたものか……?」

 

 わざとらしく手で自身を扇ぎつつ、ゴルゴ―ンは水着の胸元にあったボタンを一つ外す。

 そして、立香の顔の前にまで近づくと、彼の耳元でゴルゴ―ンは言葉をささやいた。

 

「……お前ならいいぞ、マスター……」

「え?」

「お前になら、私の裸体を見られても構わない。何なら、私の身体を好きにしても構わないんだがな……?」

「……ッ!?」

 

 吐息を立香の首辺りへとかけ、彼の引き締まった胸板へと豊満な胸を当てるゴルゴ―ン。

 彼女も自分で気付かぬ内に興奮してしまったのか、立香と同様に頬を赤くし、彼の瞳をじっと見つめた。

 

「なぁ、いいだろう?ここには私達以外は居ないんだ。お前が望むなら、ここでやるのもやぶさかではない……」

「や、やるって……何を……」

「とぼけるなマスター……分かるだろう。私が今、何をしたいかが……」

 

 そう言って妖艶な笑みを浮かべ、ゴルゴ―ンは立香の手を掴むと、その手を自身の胸の中へと沈み込ませてしまう。

 

「……っ!ご、ゴルゴ―ン……落ち着いて……こんなのおかしいよ」

「何がおかしい?言っただろう、お前になら自由に身体を触れられてもいいと……それとも、マスターは私の身体に触れるのが嫌か?」

「いや……そうじゃない、けど……」

 

 嬉しい。素直に口に出せなかったが、立香にとって嬉しくないわけがなかった。

 以前のカルデアからずっと自分のサーヴァントとして数々のレイシフトに同伴し、今のカルデアでも自分を心配して気遣ってくれる彼女は、立香にとってマシュと同じぐらいの存在へとなっている。

 いや――数日前、ゴルゴ―ンに身も心も救われてからは、マシュ以上の存在へとなった。

 今までは頼れるサーヴァントとして見ていた彼女を、あの出来事から女性として立香は見るようになったからこそ、こうしてゴルゴ―ンの身体に触れられることは嬉しい。

 だが、そんな愛しい彼女だからこそ、いきなり彼女の身体を貪るなどしたくなかった。

 

「ゴルゴ―ン……気持ちは嬉しい。でも、まずはここを満喫しようよ。シミュレーションとはいえ、せっかくこんなとこでバカンスを楽しめるんだしさ」

 

 高鳴る鼓動を押さえつけ、立香は実に素直な気持ちをゴルゴ―ンへとぶつける。

 当然、それを聞いても不満そうな顔をする彼女に対し、立香は言葉を重ねた。

 

「僕は、君の事が好きだ……好きで、好きで、今にでも君と愛し合いたい」

「……っ!なら――」

「でもさ……僕は愛し合うなら、もっと君の事を知ってからにしたいんだ。もっと、君の事を好きになってから本気でゴルゴ―ンと交わってみたい……駄目、かな?」

 

 本音を包み隠さず口にし、落ち着いた声のトーンでゴルゴ―ンへと問いかける立香。

 その言葉を聞いた後もしばらくは無言を貫き、じっと立香の瞳を見つめ続けていた彼女であったが、やがて立香から視線を逸らし、その顔を曇らせた。

 

「すまなかった、マスター……私は冷静じゃなかったようだ」

 

 自身の胸へと沈み込ませていた立香の手を放し、ゴルゴ―ンは寂しそうな瞳でビーチの方へと目を向ける。

 

「カルデアには、私以外にも色々な英霊が居る。そして、お前はそんな無数に居る英霊達全てと良好な仲を築いている……だからこそ、私は時々不安になってしまう――いつか私はどうでもよくなってしまうんじゃないか、と」

「……ゴルゴ―ン」

「ああ、分かっている……さっき掛けてくれた愛の言葉は嘘じゃない、数日前に私へ掛けてくれた言葉もお前の本心から出た言葉なんて分かり切っている。でも、それでも……不安で、仕方なくてな……」

 

 外していた水着のボタンを留め直し、大きく溜息をつくゴルゴ―ン。

 何か一言は声を掛けよう……そう思っていた立香も、彼女の本音を聞いていくうちに言おうとしていた言葉を見失い、その口を噤んでしまう。

 そして、二人は互いに言葉を発することなく、ビーチの向こうに広がる海を見つめた。

 

「(綺麗だな……)」

 

 全く荒れておらず、どこまでも穏やかで静かな動きをし、水面に反射する太陽が美しく見える海の澄み渡るような水の色。

 シミュレーションと分かっていても二人は自然と魅了され、その心にある暗い気持ちを洗い流していく。

 憂鬱そうにしていたゴルゴ―ンは段々と顔色をよくし、彼女を見て顔を曇らせていた立香は、晴れやかな笑みを見せていた。

 無言であるにも関わらず、辺りに漂う穏やかで優しい空気。

 そんな空気を感じ取ったのか、ゴルゴ―ンは無言の間を破る様にして立香の方へ振り向き、言葉を発した。

 

「マスター……さっきはお前を疑うようなことを言ってすまなかった。だから、その……今日は存分に二人の時間を楽しもう」

 

 少し恥ずかしさを滲ませつつも素直なゴルゴ―ンの言葉。

 その言葉に立香は――

 

「うん!もちろんだよ、ゴルゴ―ン!」

 

 笑顔。笑顔で答え、彼女の手を握る。

 ――ああ、やっぱり……お前は優しい……

 握った手から伝わる温もりを存分に感じ、ゴルゴ―ンは立香の手を優しく握り返した。

 

「じゃあ、早速行こうか?マスター……」

 

 

 

##

 

 

 

 来て早々、二人はしんみりとした空気を作ってしまったが、それを無かったことにするようにしてゴルゴ―ンと立香は、思う存分シミュレーションルーム内でのバカンスを楽しむよう努めた。

 最初はビーチで互いに海水を浴びせ合い、子供のようにかけっこをして砂浜を走り回った――

 

 

 

 

「マスター!さっきはよくも私の顔に水を掛けてくれたな……!お返しに、お前の顔にもしっかりと水を掛けてや――ぶ……ッ!?」

 

 怒り心頭のゴルゴ―ンの顔に直撃した海水。驚きからか、逆に冷静な顔になりつつ顔を左右に振って海水を落とすと、目の前に居る自身へ海水をぶっかけた張本人に瞳を向けた。

 

「ふふ、また油断したね?ゴルゴ―ン。これで三回目だよ」

「……っ!こ、この……!」

 

 にやにやと得意げに笑みを浮かべ、更にゴルゴ―ンへと水を掛けようと両手で海水の水を掬う立香。

 そんな立香に顔を真っ赤にしたゴルゴ―ンは、負けじと咄嗟に両手で海水を掬い、立香の方へと海水を放り投げた。

 

「おっと、危な……いッ!」

「な……っ!避けら――が……ッ!?」

 

 危なげなく投げた海水を避けられた挙句、カウンターで投げられた海水を顔面に浴びるゴルゴ―ン。

 目に海水の塩が入り、少しばかり身動きが取れなくなると、立香はいたずらを終えた子供のようにして、一目散に走って逃げていく。

 それは、普段カルデアで見せる真面目な姿とは良い意味で程遠く、見た目相応のやんちゃな青年の姿であった。

 

「ま、待て……!よくもやったな!絶対に今度は、私がお前に水を浴びせてやる!」

 

 立香をムキになって追いかけるゴルゴ―ンも、まるで別人のように楽しそうな笑顔で砂浜を駆け抜け、カルデアでは決して見せることはないであろう無邪気な瞳を立香へと向け続けた。

 その姿は、彼女が女神であった時ですら見せない一面であり、立香と出会わなければ決して見せることはなかっただろう。

 

「(ああ、幸せ……)」

 

 立香もゴルゴ―ンも、ずっと笑顔だった。

 心から好きだと言える相手と、初めてこんな素晴らしい場所にてプライベートの時間を思う存分過ごせている……互いにその喜びに震え、気付けば時間さえも忘れて砂浜をどこまでも駆けていた。

 走って、走って――海水で互いにびしょびしょになり、砂まみれになりながら海沿いを走り続けた二人だったが、不意にそれは終わりを告げる――

 

「……っ!?」

 

 走り続けたことで体力の限界が来た立香は、一瞬足をふらつかせると、そのまま空を仰ぐようにして倒れ込んだ。

 

「さ、流石に疲れ――……ぶッ!?」

 

 倒れ込んだ直後に天から降り注いだ水を浴び、顔を驚かせる立香。

 そんな立香の瞳に映ったのは、勝ち誇ったような笑みで自分の顔を覗き込むゴルゴ―ンの姿だった。

 

「ふふっ、水を被ったお前の顔もなかなか悪くないな……」

「それはどうも。はぁ、疲れた……」

「もう限界なのか、マスター?まだまだ、倒れるのには早いぞ。せっかく二人になれたんだ、お前がさっき言った通り、存分に楽しまないといけないからな」

 

 激しい運動をしたばかりで、身動きの取れない立香へ穏やかに笑いかけるゴルゴ―ン。

 それを見た立香は引き続き空を眺めつつ、数秒程深呼吸をして荒くなっていた息を整えると、次の瞬間には何事もなかったかのようにして立ち上がっていた。

 

「ふぅ……悪かったね、ゴルゴ―ン。じゃあ、今度はあっちに行ってみようか?」

 

 立香はそう言って、ビーチから離れたストリート街の方を指さす。

 シミュレーションのため、人こそ一人も居ないが、ストリート街にはレストランや洋服屋などの店が立ち並んでおり、もしここに人が居れば大盛況は間違いなしと言える程の大きなストリート街だった。

 

「ちょっと、お腹空いちゃったからさ……一緒に食事でも摂ろうよ。ふぅ、それから……ゴルゴ―ンに似合う服を一緒に探そう、きっと綺麗で可愛い姿が見れるんだろうな……」

「……!あ、ああ……そうだな」

 

 若干息を切らせつつも、ゴルゴ―ンに向けて立香は精一杯見せると、腰辺りを押さえつつ早速ストリート街の方へと足を踏み出し始めた。

 ゴルゴ―ンは一瞬、立香の言葉を聞いて少しばかり頬を朱色に染めたかと思うと、歩き始めた立香の傍に駆け寄り、彼の手をさりげなく握る。

 

「(か、かわいい……か……)」

 

 さり気なく立香の口から出た言葉を聞き、動揺のあまり立香から目を逸らして歩くゴルゴ―ン。

 立香は気付いていないものの、ゴルゴ―ンの耳は真っ赤になっており、顔には喜びを隠し切れぬ少女のような、はにかんだ笑みが浮かんでいた。

 

「(わ、わたしのことを、マスターが……綺麗と、可愛いと……言ったのか?)」

 

 思わず甲高い声を出してしまうのを必死に口を押さえて我慢し、自分の中で先程言われた言葉を脳内で復唱すると、立香の方を一瞥してゴルゴ―ンは胸を高鳴らせた。

 ――お前のそういうところが、たまらなく愛おしい……

 ゴルゴ―ンは改めて立香の魅力を自分の中で再確認しつつ、危うく立香を襲いそうになっていた身体と昂る気持ちを抑え、真っ直ぐに前を向いて歩みを進める。

 

「(マスター……お前は、きっと私を受け入れてくれる。きっと、きっとな……)」

 

 そんな確信めいたものを心の中で覚えたゴルゴ―ンは、数日前の出来事をぼんやりと思い出しつつ、穏やかで自信に満ちた表情を浮かべた。

 

 

 

##

 

 

 

 マスターと共にシミュレーションルームに入る数日前。私は、一人でカルデアの廊下をうろついていた。

 その時は私とマスターのどちらも、まだ涙が渇いたばかりで気持ちが落ち着かず、マスターを一人でゆっくりと休ませる為にあえて私は彼の傍から離れ、特にやることもなく廊下をただのんびりと歩いているが、一向に頭の中の悩みが解消されない。

 とは言え、彼と面と向かって言葉を交わす前の悩みよりかは、遥かに幸せな悩みだった。

 

「マスターは、伴侶になってほしいと言ったら……笑うだろうか?」

 

 前のカルデアから現在のカルデアまでの長い間、彼と戦いを共にし、心を通じ合わせてきたが、その中で私の心へ徐々に自分でも形容できない程の気持ちが膨らんできた。

 そんな形容し難い気持ちの正体が、マスターと改めて気持ちを伝え合った際に、はっきりと心の中で形になったのだ。

 その正体は、ずばり――恋……私は、マスターに心の底から惚れている。

 こうして廊下をふらついている間に、いつまでも顔の辺りを熱くし、ずっとマスターのことを考えているのだから、この気持ちに間違いはないだろう。

 

「(まさか私が、人間の男に惚れるとは……な)」

 

 私自身、正直言って恋をしたという実感がない。

 以前のカルデア、現在のカルデアでのレイシフトを経て、マスター……いや、藤丸立香という人間を知っていくうちに彼の事が気になっていっただけ。

 だが、少しぐらいしか持っていなかった彼への好意は、今となっては心に抱えるのが苦しい程の好意へと変化している。

 

「ああ、早くお前と二人だけになりたい……」

 

 思えばマスターの事を”貴様”と言わずに”お前”と呼ぶようになったのも、私の気持ちが変化していったことの現れなのかもしれない。

 それぐらい私にとって大事な存在である彼に、より一層好いてもらいたい、もっと私を頼ってほしいのだ。

 どうすればマスターを私の手に――

 

「あら?メドゥーサじゃない」

「本当ね私、こんなところで会うなんて奇遇だわ」

 

「……っ!?」

 

 思いにふけっていた私の背後から突然聞こえた声。

 それを聞いた瞬間、私の身体がびくりと震えた。

 

「(……まさか、会ってしまうとは……)」

 

 カルデアでは極力会わないようにしようと心掛けていたというのに、まさかこんな時に二人と遭遇するなんて……

 内心としては、このまま走って逃げてしまいたいが、一度声を掛けられている以上、逃げるという選択肢はない。

 

「何してるのメドゥーサ?早くこっちを向いて元気な顔を見せなさい」

「そうよメドゥーサ、久し振りにその姿のあなたと会うんだから、話ぐらいはしていきましょうよ」

 

 冷や汗で背中を濡らし、別の姿の私を呼んでいることを必死に願っていたが、迫って来る足音と二人の声を聞く限り、その可能性はなさそうだ。

 となれば、もう振り向くしかない……私はガチガチに固まった自分の身体を何とか動かし、徐々に後ろへと顔を動かす。

 ――姉上達は、私を見てどう思うだろうか……?

 必死に恐怖を押し殺し、思い切って勢いよく後ろを振り向くと、そこには……

 

「ふふ、本当に久し振りね。あなたが幸せそうで良かったわ、メドゥーサ」

「本当ね……しばらく見ないうちに、顔つきが柔らかくなってる」

 

 そう言って、私へ微笑むのは白い天衣を身に纏った姉上達……ステンノ、エウリュアレ。

 きっと、姉上達は私を見た途端に怯える。以前のカルデアで偶然鉢合わせした時に、言葉を交わさずその場から立ち去った頃から一種の洗脳のように頭の中に刻み込まれ、私の姿に怯える姉上達の様子が脳内に繰り返し映し出されていた。

 だというのに、こうして私を見ている姉上達の瞳は怯えていない。怯えるどころか、私と会えたことを心から喜んでくれている。

 ――訳が分からない、あんなことをしたというのに……

 困惑の表情のまま、私は姉上達へ質問を投げた。

 

「あ、姉上達は……私を見ても、何も思わないのですか?」

「思う……?何をかしら?」

「いえ、その……この姿の私は、姉上達を……」

 

 そこまで言って口を噤んだ私に対し、姉上達は穏やかに笑って見せる。

 

「それは過去の話。別にあなたを見て怖がったりなんかしない、だって……あなたは私達の妹でしょ」

「……」

「私達に気を遣って会わないようにする優しいあなただもの、あの時に私達を取り込んだのがあなたの意思じゃないことは分かってる。だから、そんなに気負わないで」

 

 どこか思い詰めた顔をしていた私を安心させるように言葉を掛けると、姉上達は不意に私の身体をそっと抱き締めた。

 

「……っ!?あね、うえ……?」

 

 突然の事で気が動転する私に対し、二人の姉上は目を瞑り、黙って私の身体を優しく抱き続ける。

 ――ああ……とても、あったかい……

 懐かしい感じがする。形なき島へと追放され、怪物へとなる前までは、いつも姉上達が私をこうして抱き締めてくれた。

 姉上達を巻き込んだことへの罪悪感に押し潰されそうになる私を、慰めてくれた。

 そして、今現在も姉上達は、取り返しのつかない罪を犯した私のことを許し、気遣ってくれている。

 

「……」

「……」

 

 言葉として発してはいないが、それでも姉上達から伝わる熱が”大丈夫”、”大丈夫”と私を励ましてくれていた。

 この私を、わたし……を……

 

「――あ……」

 

 目の前で起きている事を全て理解した瞬間に、私は口を押さえる。

 そして、気付けば目にこみ上げた熱い物を地面へと落としていた。

 

「姉上……あね、うえ……ッ!ひく……っ!……っ!!」

 

 マスターとの話で涙腺が緩んでいたせいだろうか?

 一度涙が頬を伝うと、次から次へと歯止めがきかなくなる程に涙が零れ、嗚咽を漏らしてしまう。

 理由は分からない……分からないけど、涙が止まらない――

 

「……っ!……っ!!あねうえ……!ありがとう、ござい……ます……ッ!!」

 

 姉上達への感謝を言い終えるだけで精一杯だった。その後はひたすらに両手で目を隠しながら泣きじゃくり、私らしくない姿を姉上達の前で晒した。

 だが、それでも姉上達は黙って私の背中をさすり、泣く私を穏やかな目で見守ってくれた。

 

「(今日だけはあの頃(・・・)に戻ってもいいか……)」

 

 立香と言葉を交わして泣き、こうして姉上達と会って泣いた……こんなことでは自分を”ゴルゴ―ン”(怪物)などとは名乗れない。

 今の私は二人の姉、ステンノ・エウリュアレの妹であるメドゥーサ――そう、ただのメドゥーサだ。

 だから、今日だけは自分を許そう。

 そう心の中で思い至ると、零れ出ていた涙が更に弾けた――

 

 

 

##

 

 

 

「もう、涙は収まったかしら?」

 

 カルデアの廊下から場所を移した私と姉上達は、近くにあった食堂の隅の席へと腰掛けた。

 姉上達二人が優しく背中をさすってくれたおかげか、涙と嗚咽は止まったものの、まだ少しばかり目は潤んでいる。

 

「すいません、姉上……迷惑を掛けて」

 

「迷惑なんて言わないで、私は全然気にしてないわ」

「そうそう、気にしなくていいの」

 

 顔を俯かせる私に対して明るく言葉を掛ける姉上達……その姿は眩しく見えた。

 

「(なんて、優しいんだろう……姉上達は……)」

 

 その姿に感激するあまり、もう一度涙を落としてしまいそうになるが、咄嗟に口元をぐっと押さえることで堪えるように努める。

 振り返ってみれば、カルデアに来てここまで会話を交わしたのは、マスターぐらいだったように思う。

 マスターも、私のことを考えてくれて……

 

「そういえばメドゥーサ、最近彼と上手くいってるの?」

「え?」

「確かに、私も気になるわね」

 

 彼……?いきなり姉上達の口から出た質問に困惑していると、姉上達は戸惑った表情をする私に構わず、興味深々な様子で更に質問をしてくる。

 

「彼は落とせそう?良かったら私達が力を貸してあげるわ」

「妹の為ですもの、遠慮なく言いなさい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください姉上……さっきから何の話を?」

 

 話を進めていく姉上達を一旦止める為に率直な疑問をぶつけると、姉上達は二人して首を傾げた。

 

「何の話って、彼……マスターの話よ」

「マスター……?どうして、マスターの話を?」

 

 話が掴めずに未だ困惑する私に対し、姉上達は大きく溜息をつく。

 そして、少しだけ間を置くと、姉上――エウリュアレは私の瞳を見つめつつ、にやりと笑って口を開いた。

 

「メドゥーサ、あなた……マスターのことが好きなんでしょ?」

「……ッ!?」

「ふふ、気持ちは分かるわ。マスター、とってもかっこいいわよね」

 

 違う、と誤魔化したかったが、私を見つめる姉上達の瞳は全てお見通しのようだ。

 

「レイシフトの時も、食堂に居る時もずっとあなたはマスターに熱い視線を送ってる。そんな姿を見せられたら、応援したくなるものよ」

「そ、そこまで……知っているとは……」

 

 力強く微笑む姉上達をよそに、私は耳を真っ赤にして顔を下へと向けた。

 そこまで分かりやすい行動を取ってしまえば、もう姉上達の言葉を肯定したようなもの……姉上達は私の反応を見ると、いっそう笑みを深める。

 

「どうなの、メドゥーサ?彼とは良い関係になれそうかしら?」

「……はい、なれると思い、ます……」

「なら良かったわ!彼のような男、中々捕まえれるものじゃないわ……大事にしなさい」

「はい……分かりました……」

 

 嬉しそうに顔を明るくする姉上達の質問に答えないわけにもいかず、私は必死に顔を見られないようにテーブルを見つめつつ、振り絞って言葉を発するしかない。

 ――これは、拷問か……!

 こうやって姉上達に会っているだけでも胃が痛むというのに、ダメ押しのように自分が恋をしていると知られるなど、誰かが私を苦しめる為に仕組んだ罠としか思えなかった。

 

「(はぁ……今日は、厄日かもしれんな……)」

 

 小さく溜息を漏らし、心の中で軽く落ち込んだ私であったが、いつまでも気分を沈ませているわけにはいかない。

 そう思い、私は顔を上げた……

 

「どう思う私?メドゥーサには、どんなドレスが似合うからしら?私は白いドレスが似合うと思うんだけど……」

「白のドレス、ね……私は赤いドレスがいいと思うわ。あの姿のメドゥーサなら、きっと純白のドレスよりも、紅蓮の赤いドレスを着こなすはずよ」

「なるほど、中々良い案だわ……」

 

 ……上げなければ良かったかもしれない。姉上達の会話の内容を聞いてすぐに、私は自分の選択を後悔した。

 

「迷うわね、メドゥーサは私達より育ってるからドレスが選びづらいわ……まぁ、とりあえず試着してみれば似合う色は分かるでしょ。ふふ、楽しみね!」

 

 まさか、まさかだとは思うが、話を聞くに私はドレスを着せさせられるようだ。

 じょ、冗談だろう。きっと話を途中から聞いたから、私が勘違いをしているだけで、誰かと結ばれるわけでもないのにドレスを着るなんて――

 

「私達の妹が結婚するんですもの、とびっきり良いドレスを選別しなきゃ!でしょ?メドゥーサ!」

「え……?けっこん……?」

 

 姉上達は何を言っているのだろう。この私が誰と結婚するというのだろうか?

 怪物たる私を好く者など姉上達とマスター(・・・・)しか居ないのだ。

 だから、私と結ばれる可能性がある男(・)はマスターだけ。

 ん?マスターと私が、結婚……?彼と、わたし……が……!?

 

「じゃあ、早速私達の部屋でドレスの試着会と行きましょう!ドレス決めは早い方がいいわ!」

「……!?ま、待ってください!姉上!私はまだマスターと、結ばれると決まったわけでは――」

「いいから、いいから!早く来なさい!」

 

 誤解を解く間もなく、私は興奮気味の姉上達に腕を引っ張られるままに席から立つと、そのまま食堂の外へと連れ出された。

 ――ああ、嫌な予感がする。

 何となくこの後自分に待っている未来を察しつつ、私は観念して背中を押す姉上達の手に身を任せることにした。

 

「(マスターと私が結婚か……)」

 

 熱い息を吐き、改めてじっくりと考えれば考える程に、私の胸は苦しくなる。

 こんな感覚に陥ってしまうということは、やはり私は彼と結ばれたいと心の底から思っているのだろう。

 姉上達が言うようにドレスを着て、キスをしたい……と。

 

「ふっ……楽しみにしているぞ、マスター……」




 最後まで見ていただきありがとうございます。良ければ、pixivの方も見ていただけるとありがたいです。
 https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18889401
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。