あれから、どのくらいの時が経っただろうか?
僕がゴルゴ―ンと晴れて結ばれ、夫婦となってから随分時が経ったように思う。
本当であれば彼女とゆったりとした日常を過ごしたいものだが、僕が人類最後のマスターである以上は、その責務を放り投げるわけにはいかない。
彼女と一緒に居られる時間は相変わらず短いが、マスターとしての責務を理解してくれているゴルゴ―ンは、笑顔で僕を送り出してくれる。
「僕は、恵まれてるな……」
くたくたでレイシフトから自室へと戻った時、美しき花嫁はいつも屈託の無い笑みで僕を迎え入れてくれる。
結婚してから、彼女に何もしてあげられていないというのに、ゴルゴ―ンは不満げな態度を出すこともなく、幸せそうに僕と言葉を交わす。
ギリシャ神話の恐ろしき怪物であったはずのゴルゴ―ンは、今やただの可愛らしい僕の花嫁へと変わっている。
そんな花嫁を、僕は心の底から愛おしく思う。
「(さてと、早く部屋に戻ろう。きっと今日も彼女が待ってくれてるだろうし)」
そう思い至ると、僕は一刻も早く自室へと戻るべく廊下を駆け出した。
正直、連日のレイシフトで身体にガタが来てはいるものの、彼女の顔を一秒でも長い時間見れると思えば苦ではない。
何せ彼女は、僕の大切な妻なのだから。
**
「ひ、久し振りに着るな……この服を」
若干顔を赤らめつつ、鏡の前へ立つ紫髪の麗しき女神――ゴルゴ―ン。
普段は身体のラインがくっきりと見える「たてセタ」なるものを着用している彼女だが、純白のドレスに透き通った白のヴェールを身に纏った彼女の姿は、まさしく花嫁と呼ぶに相応しい。
ゴルゴ―ン自身も、鏡に映る自分の姿を思わずまじまじと見てしまう。
「(はぁ……立香が居ないとはいえ、私は一人で何をしているんだ……)」
レイシフトで部屋の整理すらできないであろう彼に代わり、棚やクローゼットの整理をしようとしたゴルゴ―ンだったが、いざ始めてみるとほとんど彼の私物は出てこず、気付けば自分の持ってきた服の整理に追われていた。
姉であるステンノ、エウリュアレから貰った大量の服に加え、以前に立香の気を引くために着用したメイド服……などなど。
必死に整理をしている内に目に入ったのが、現在着用しているこのウエディングドレスだ。
「こうして着てみると思い出すな、あの時のことを」
フィニスカルデアからノウムカルデアに至るまで続いた想いが、遂に実ったあの日。
姉達や多数の英霊達に見守られながら行った結婚式は、ゴルゴ―ンにとってかけがえのない思い出だ。
自分には似合わないと散々自嘲していたウエディングドレスだったが、姉達は嬉しそうに花嫁姿の自分を見つめてくれたことを今でも覚えている。
「(もう二度と着ることはないと思っていたが、こうして着てみると存外悪くない気分だ)」
結婚式のあった時とは違い、この部屋には自分以外の誰も居ない。
だというのに、不思議とこのドレスを着ていると気分が高揚してくる。
もちろん、ドレスに何らかの魔法が掛かっているわけではないが、まるで自分が別人になったかのような感覚が全身に行き渡り、心が満たされていくような気がした。
「今の私は、花嫁。立香の、立香だけの……妻」
少しばかり熱い吐息を漏らし、うっとりとした表情で立香を想うゴルゴ―ン。
そんな彼女の様子は「乙女」と呼ぶに相応しいほど、可愛らしく愛おしい姿に見える。
「ああ、願わくば……もう一度、あの時の気分を味わいたい」
鏡に映る自分と向き合いつつ、ゴルゴ―ンは引き続き花嫁姿のまま物思いにふけた。
立香と出会った日のこと、立香を好きになった日のこと……思い出せる全ての記憶を呼び起こし、ただひたすらに鏡とにらめっこを続ける。
「……」
いつの間にか自分が部屋の片付けをしていたことなど忘れ去り、時間をも忘れて黙考し始めた時、外の廊下から足音が聞こえてきた。
足音からして立香だということは分かるはずだが、ゴルゴ―ンは一切気付くことはない。
ドレス姿のまま、立香へと想いを馳せるだけである。
すると、やはりというべきか……彼の声が部屋の外から聞こえてきた。
「はぁ、はぁ……ただいま!ゴルゴ―ン!」
ストームボーダーの管制室から駆け足で戻ったせいか、若干息を切らせながら立香は部屋の前へと立つ。
いつもであれば、穏やかな笑顔を浮かべた彼女が自分をすぐに出迎えてくれる、はずなのだが。
妙な事に、部屋からは一切の返事が返ってこない。
「あれ……?ゴルゴ―ン!帰ったよ!」
首を傾げつつ、もう一度扉に向かって声を出す立香だったが、全くと言っていい程に何も聞こえてこない。
「(うーん、ハベトロットかステンノ達の所に行ってるのかな?)」
あまり社交的ではなく、食堂やシミュレーションルームにも顔を出さないゴルゴ―ンが行く先と言えば、彼女ら三人の部屋ぐらいだ。
しかし、彼女が部屋を留守にする際は必ずメモ書きが残されているため、外出をしたわけでもないだろう。
となると。
「(寝てる、のかな。まぁ、そういうこともあるよね……)」
きっと、深い眠りについているだけだ。
そう解釈して納得した立香は、扉の横にあったカードリーダーにカードをかざし、そのままゆっくりとした足取りで部屋へと入っていった。
「ただいま……って、え?」
寝ているであろうゴルゴ―ンを起こさぬよう、抜き足差し足忍び足で部屋に入った立香だったが、当の彼女は鏡の前で目をパッチリと開けて立っていた。
それだけであれば、特段驚く要素はない。
しかし、立香の瞳に映った彼女の姿は見間違いか……
「ぁ……」
最初は驚きと戸惑いを見せていた立香だが、あの日以来久しく見ていなかった可憐な彼女の姿に目を奪われ、いつの間にかあんぐりと口を開けて彼女をじっと見つめている。
そんな立香の視線を受けて我に返ったのか、ゴルゴ―ンは視線をゆっくりと彼の居る方へと向けた。
「……!りつ、か?」
「た、ただいま、ゴルゴ―ン」
いつの間にやら部屋へと帰ってきていた立香と視線が合い、一瞬表情を固まらせてしまうゴルゴ―ン。
突然の出来事で状況が理解できず、おもむろに彼の目線の先を追うと、ゴルゴ―ンは一気に顔を真っ赤に染め上げるのだった。
「あ、いや……立香。これは、その……!」
立香が帰って来るまでには着替えておこう。
そう心に決めていたはずであったが、気付けば彼の前で花嫁姿を晒していた。
「(ううっ、まさか立香に見られてしまうとは……)」
今更になって花嫁衣裳を身に纏い、乙女のように鏡を見つめていた自分の姿。
普段絶対に見せないであろう少女のような顔をしている自身の様子を、たまたま彼に目撃された事実を再認識し、思わず両手で顔を隠してしまうゴルゴ―ン。
恥ずかしさからプルプルと身を震わせ、耳まで赤くして羞恥心に悶える彼女だったが、立香は驚くほど穏やかな笑みで彼女を見つめ、言葉を漏らした――
「綺麗、だね……」
「え?」
「やっぱり、いつになっても君にはその姿が似合うよ。流石は僕の妻だ」
何故ウエディングドレスを着ていたのか、その疑問に一切触れることなく、嬉しそうに立香はゴルゴ―ンへと笑い掛ける。
「正直言って、もう一度君の花嫁姿を見たかったんだ。でも、わざわざ君にお願いするのも恥ずかしくてさ……ずっと、悶々としてた」
「……っ!」
「けど、まさか君が自分から着てくれるなんて思いもしなかった。ありがとう、ゴルゴ―ン」
そう言って、立香はゴルゴ―ンへと歩み寄っていき、そのまま彼女の身体をゆくっりと抱き締めるのだった。
そして。
「ねぇ、ゴルゴ―ン。わざわざこの服を着たってことは、僕を誘ってるってことかな?」
「ち、違うぞ立香!これは、服を整理していた時にたまたま……」
「ふーん、そうなんだ。でも、君の顔を見る限り、嫌でもないんでしょ?」
「ぅ……」
意地悪げな質問を連発され、更に顔を赤くするゴルゴ―ンの様子を見つめ、浮かべていた笑みを深める立香。
普段見せないであろう無邪気な表情を見せつつ、自身の妻をからかうと、今度は一転して寂しそうな顔で彼女を見つめた。
「……覚えてるかな?今日は、僕達の結婚記念日だよ。あれからだいぶ時が経ったけど、君には迷惑を掛けてばっかりで、今日まで何もしてあげられなかった」
「迷惑なんて、してない。私は、お前と結ばれただけで幸せだ、対価なんか求めるわけない」
「ふっ、そっか……でも、せっかくの記念日だから、何か君にしてあげたいんだ。君が僕にやって欲しいことを一つ、言ってみて」
「やって欲しいこと、か」
先程まで渇望していた「あの日の気分をもう一度味わう」という夢。
再び花嫁衣裳へと身を包み、白スーツ姿の立香と誓いのキスを交わす……あの体験をしてみたい。
ぼんやりながらも湧き上がって来た熱い思いを、ゴルゴ―ンは意を決した様子で素直にぶつけるのだった。
「立香、頼みがある」
**
怪物ではなく女神として、そして立香の花嫁として私は一年間を過ごしてきた。
相変わらずレイシフトでボロボロになって帰って来る彼だったが、以前のように無茶はしなくなったように思う。
程よく無茶をし、程よく休憩を取ってくれるようになった愛しき彼。
そんな彼と過ごす日々は、とても楽しい。
だから、これからもずっと……
「準備はいい?ゴルゴ―ン?」
「ああ、もちろんだ……」
式用の白スーツに身を包んだ私の夫、立香。
いつ見ても愛おしく見惚れてしまう彼の瞳に見つめられつつ、私はゆっくりと目を閉じ、僅かに口をすぼませた。
きっと、数秒後には接吻の感覚が頭の中を駆け巡り、私をじんわりと包み込んでくれるだろう。
「(立香、私は何があってもお前を守る。妻として、一人のサーヴァントとしてな)」
たとえ人理を敵に回すことがあっても、自分だけでは彼を愛し、守り抜く。
私は、改めて心にそう誓い、立香の口付けを受け入れるのだった。