※この作品はR-18です。

原神いちゃらぶえっち集   作:ながるしろ

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今回は螢-ホタル-様による蛍のリクエストに基づいた作品です。


旅の距離1(蛍)

 テイワット大陸という元素が支配する世界。

 その璃月という地のとある道端で、俺は目覚めた。

 

 突然、見覚えのない景色が広がっている。

 こんなフィクションみたいなことがあるわけがないと思った。

 

 しかし、夢だと思って頬を何度つねってもちゃんと痛い感触がする。立ち上がっても、夢でありがちな、力が入らなくてフワフワとした足取りにもならない。足は二本ともしっかりと踏みしめられている。近くの土を触っても、生い茂っていた草を触っても、小川の水に触ってみても、現実にしか感じられない。それに風景が鮮明すぎる。

 頭を抱える。こんなことがありえるのかと現実逃避しそうになる。だが残念ながら、状況から考えるとこれは現実だ。しかし、この世界にもし人が居て、さらに言葉が通じるとして、その人に別の世界からやってきたと言っても、誰も信じてくれないだろうと思っていた。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 偶然通りかかった、蛍さんという異世界を渡り歩いているという女の子の旅人。

 そして、パイモンという隣に浮く妖精のような生き物に救われたのだ。

 

「――オイラはおまえのことを信じるぞ!」

「……私も。何故なら、あなたと同じで、こことは違う世界から来たから」

 

 だからこそ、始めにこの嘘臭い話を理解してくれる人と出逢えたのは、本当に幸運に恵まれていたと思う。言葉が何の不自由もなく通じたのにはびっくりしたが、そういう物語をアニメや漫画、小説で読んでいたので意外とすんなりと受け入れられた。

 そして、なによりちゃんと俺と同じ人の形をしていることに安堵した。もし四本足や八本足の異形だったら気絶していたかもしれない。

 

 俺の特殊な境遇に興味を持った蛍さんは、いくつかの質問をしてきたので、藁にも縋る気持ちで素直に答える。その結果、しばらく旅に同行することを許可してくれた。

 許可の一番の理由は、俺がアウトドアが好きだったからだと思う。大学で同様のサークル活動も活発にしていて、普通の料理からサバイバル料理に至るまで得意だったからだ。それを聞いたパイモンが目を輝かせてくれたのは、見知らぬ世界で不安だった俺にとっては、かなり有難かった。

 助けてもらう身だったので、旅に必要な荷物の運搬を積極的に頼み込んで、無事に担当することになった。無駄に鍛えた筋肉が密かな自慢だったので、これは全く苦ではなかった。

 

「あなたはとても力持ちだね。パイモンの小さな身体では限界があったから、色々助かるよ」

「そうだよなぁ……。オイラもお前達みたいに大きかったら、もっと役に立てるのにな」

「心配しないで。小さいからって、パイモンのこと、責めて無いからね? でも、逞しいパイモンかぁ……。ムキムキになって、私の代わりに戦ってくれたりする?」

「おい! そこは可愛い女の子じゃないのかよ!」

 

 それに、こんなにも可愛い少女と旅が出来るなら寧ろ楽しかった。一人と一匹(?)との会話の応酬も見ているだけで楽しいし、落ち着いてから周りの景色を見てみればとてもきれいな景色だ。どこを切り取っても絵になりそうで、遠くの山々から近くの道まで、全てが美しく新鮮だった。

 だから、現代人である俺にとって、ひょっとしたら、どこでもいつでもキャンプ出来る理想の世界なのかもしれないと内心楽観視し始めていた。

 

 その感想も、魔物や宝盗団との戦闘で怖気づき、塵に帰るのだが……。

 

 まるでゲームの中でしか見られないようなファンタジーの力、元素の力を駆使して、蛍さんは戦っていた。襲い来る狂暴な魔物に剣とその魔法の力を使って勝利する。それだけならまだよかったのだが、同じ人間の姿をした宝盗団が襲ってきたときは、本当に怖かった。

 慣れているのか、魔物と変わらない調子で彼女は剣を振るって切り刻み、血しぶきが飛び、蛍さんの強さにボロボロになった人達が逃げていく……。現代ではあり得ない、昔の戦争でしか起きないようなグロテスクな光景に精神的なショックを受ける。その後は具合が悪くなって、道端でしばらく吐くしかなかった。

 

「おいおい、大丈夫か……? そうか、お前の住んでいた所は平和だったんだな……」

「そうだね……。多分、普通は怖くて当然だと思う。……大丈夫。私は怖くないし、あなたの事をこれからも守ってあげるよ。でも、私の旅はこれからも危険に満ち溢れている。だから、この先の治安が良い街で別れる選択肢がいいと思う」

 

 吐き終わった後、二人に支えられながらその言葉を聞く。

 それは現実的だと思った。こんなに情けない姿を見せたのだから当然だろう。

 俺は何とかメンタルを立て直すと、少なくともそれまでは旅を続けさせてくれと頼み込んだ。

 

「うん。無理はしなくていいからね? 今日は、もう少し歩いたら野宿するから」

 

 気づけば夕方だ。確かに頃合いなのだろう。

 

 

 

 

 

 安全な場所で、現地の食材がどのようなものかを教えてもらいながら、晩御飯を作る。

 食材はこちらの世界でも見た目は変わらない。少なくとも、グロテスクなものや、果ては鉱物のような無機物の範囲まで考えていた俺は拍子抜けした。料理方法も特に変わらないようだ。

 あんな後だったのでちゃんと料理出来るか心配だったが、蛍さんのような美少女と一緒に作るのは思ったよりも格別だったらしく、夢中になったのが幸いだった。

 

 サークルの時は男だけだったからな……。それはそれで気兼ねなく楽しかったんだが。

 いや……色んな意味で寂しくなるから、今は元の世界の人のことを考えるのをやめよう。

 

 使い古した調理器具に暖かい煙が立ち上り、とても良い香りがする。

 中々良い具合に出来たので、上機嫌で配膳していく。

 

 そして、食べる前に、いつも通りに手を合わせて食材に感謝をする。

 ……これは、本当に食べられるかどうか祈っているのもある。

 現地の人間が食べられるかといって、俺に食べられるとは限らないからだ。

 

 戦々恐々としている中、パイモンが真っ先に文字通り食いついた。

 

「もぐもぐ……。……ううおおぉおぉ! うまい!! お前、やるじゃないかっ!!」

「本当だね。料理には中々の自信があったんだけど、ちょっと教えただけなのに、私より上手に作れてるみたい……。ふふふ……。そうだなぁ……。食べながら、あなたの国にある美味しい料理の話も、聞きたいな? はむっ……。うん、美味しい……」

 

 しかしその心配は恐らく杞憂であった。

 ……少なくとも味はとてもいい。こっちの人間と食文化がかけ離れていなくて本当に良かったと思う。外で作って食べるのは格別だと昔から言われているが、これはその比ではない。俺の中にあった強大な不安が、いつも通りの味という日常によって取り除かれていくのを感じている。

 色々な事から一気に解放された気分だ。やはり食事はいい。作るのも楽しいし、食べるのも楽しい。食事にありつけるというのは幸せなことだとしみじみ思う。

 

「凄い勢いで食べていくね。そんなにお腹が空いてた?」

 

 頷いて返事をしながら、空腹を満たしていく。

 

「別の世界から来て、不安だったんだろうな……。まずこの世界のものが食べられるかどうかから心配しなきゃいけないんだからな……」

「そうだね……。私はもう慣れてるけど、普通の人はそうなるよね」

「オイラが、もし食べられる物が中々無い不毛の世界に行ったら……うう。とてもじゃないけど、耐えられないな……!」

 

 パイモンは天を仰ぎながら、小さな椅子の上でもがく。理解者がいて助かった。

 

「パイモンは小さくても食いしん坊さんだからね。私も空腹で苦しむ姿を見たくないよ。一杯食べて、大きくなってね」

「そうだろう。ん、大きくなる? なあ。なんだか目が邪なんだが、何か企んでないよな?」

「ナンニモナイヨ?」

 

 くすくすと蛍さんが目を細めて少しだけ笑う。心を許した人にしか見せない、砕けた表情だ。

 それだけでもどんな信頼関係を構築しているのかが目に見えるようだった。

 

「ぶるぶるっ……。暖かい食事なのに、何故だか寒気が……。本当に気の所為なんだよな?」

「そうだよ。別にパイモンを太らせてモグモグしちゃおうなんて考えてないよ」

「もう! やっぱりそうじゃないか! 隙があったら、すぐにオイラを食べようとする!」

 

 蛍さんはそのジョークを飛ばしてからすぐに何かに気付き、俺のほうに慌てて向き直る。

 

「あっ。ご、ごめんね、心配しないで。パイモンは別に食べ物とか非常食とかじゃないから。そんな文化も私が旅をしてきた限りではないよ。冗談だからね?」

 

 冗談だと頭で理解しても、この状況では心臓が跳ねる位怖かったとは言えない。

 俺は気にするなと強がりつつ、会話に加わる。

 しばらくすると、本命と思われる質問が飛んできた。

 

「私は色々な所を旅してきたけど、あなたの世界はどんな所だったの?」

 

 それを聞かないでよく出まかせ級の話を信用してくれたなとは思う。別の世界から同じく来たということだから、気を使ってくれていたのだろうと思う。ともかく、それを切っ掛けにして、俺の世界の話もすることにした。

 蛍さんは食事を食べ終えて満足したパイモンをあやすように膝に乗せて、優しく頷きながら聞いてくれる。暖かい焚火の光が二人の眼を美しく煌めかせて、それはまるで俺の話に感動しているかのようだった。実際にも喜んでくれたのか、矢継ぎ早に質問が飛んできたので答えていく。

 

 そして、お返しに蛍さんも、この世界で経験したことを聞かせてくれた。

 

 この世界の神に敗北して兄を奪われ、取り戻す旅をしていること、モンドという国の栄誉騎士となって龍を救い、国も結果的に守ったこと……。こちらも荒唐無稽に聞こえる話のようだったが、この世界がそうであることは肌身に感じ取っていたのでスムーズに理解することが出来た。

 確かにしっかりとしていて頼りがいがあり、武力も、細身の可憐な美少女であるとは思えない強さを先程見せてもらったので、信憑性もある……。

 

 いつしかその語りで、心の中に抱いていたこの世界への恐怖心に整理がつきはじめる。これは心の自衛でもあるのだろう。知らない世界で生き延びていくためだと。

 そしてまた、彼女と冒険したいという気持ちが高まっていくのを感じていた。僅かな時間でも分かる。とても強く優しい彼女について行きたいと思ってしまう。

 実際に体感して感じたのは、やっぱりアニメやゲーム、小説や漫画でファンタジーの世界が描かれ、求められるのは、みんな現実と違う体験がしてみたいからなんだと思う。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、俺は彼女と別れずに旅をする決断をした。

 それを話した時も、快く承諾してくれた。パイモン以外にも旅仲間が欲しかったのだという。

 

 そして、あっという間に一年以上が経っていた。

 

 初めて蛍と出会ったあの時から日記をつける習慣を始めたので、今でも旅の道中で何が起きてどう思ったか鮮明に思い出せる。しかしどうやら、現地の言葉とは違うので蛍以外には俺の文字が誰も読めない。

 俺は、なぜか現地の文字は読めるし書ける。とても不思議な現象だった。それでもあえて元の世界の言語で記述する。それは俺のアイデンティティであり、生きる理由の一つだ。今の生活は楽しいが、ここに来る前の人生だって大事に思っているからこんなことをしている。

 逆にどうして彼女が全ての読み書きを不自由なく出来るのかは分からなかったが、俺は旅の途中に遭遇したお兄さんの件で、過去に深入りするのはやめることにしていた。

 

 あんなに悲しい表情をしているのは見たくなかったけど、それでも俺は無責任に励ますことなどできるわけもない。俺自身が家族と離れ離れになったから、触れることがとても難しかったのもある。そのことで寂しいと思ったのは一度や二度ではないから……。

 

 そして道中で、蛍がどのような人であるか、隣で体感できた。確かに、英雄や騎士と呼ばれるに足る英傑さを持っていたのだ。その旅に同行しているのだから、とても名誉なことだと思う。

 旅の中では苦しいこともあったが、それ以上に、生きているという実感が沸いた。これは自らの足で冒険したからだろうと思う。これは現代生活では中々出来ないことだ。

 

 そして、ひたすらに野宿だった生活にも進展があった。璃月で知り合った仙人、ピン婆やに作ってもらった塵歌壺というアイテム。これで自由に大きな空間を創造できるようになったのが凄かった。しかも、どこでも安静にして念じれば、仙人の札一つで飛ぶことが出来るのだ。普段は実物すら必要がない。

 だから、俺が傍にいるのが危険だと蛍が判断した時には、壺の空間に避難するという新たな選択肢も生まれたので、足を引っ張る心配も殆ど無くなったのは有難かった。

 その間は、俺が裏方で手助け出来ることをしていった。壺内部に居るヤマガラに似た大きな精霊と話して、快適な移住空間を沢山設計していく。勿論、蛍とパイモンの要望も取り入れて。

 

 それが本当に楽しいものだった。材料さえあれば、大きすぎなければ念じるだけでどうにかなるんだから当然だろう。そのうえ、魔法みたいに家具が浮き、家さえ浮かせ、大地を変化させられるなんて出来たら興味の沸かない人はそう居ないだろう。

 

 それに蛍に帰る家を提供し、少しでも恩返しがしたかったというのが大きい。

 

「おおー……。私達の壺の中、どんどん凄いことになっていくね」

「オイラの部屋もあるぞ! へへっ。これでオイラも、一家の主だ♪ ありがとう!」

 

 庭と畑も持ち、安全な場所も手に入れた。こうなれば俺のやる気は鰻登りというものだ。

 旅するうちに料理のバリエーションも増え、テイワットの料理も再現していく。

 この世界の事も人や書物からきっちりと学んで、少しでも裏から支えられるように励んだ。

 

 そして成果が次々に実を結び始めると、その時には蛍は俺に後方支援の全てを託し、信頼してくれるようになっていた。

 

「いつもありがとう。疲れた時に我儘を聞いてくれるし、愚痴も聞いてくれる。それなのにあなたは嫌な顔一つしない。確かに私は前でいつも戦っているけど、後方支援だって大事な役割だって分かっているし、裏で大量に勉強したり作業したりしていることも知っているよ。あなたも、なにかあったら私に相談して頼ってね」

 

 それに、長い旅の道中で、蛍と親密になっていくのも嬉しかった。

 ……あんなに美少女で性格も良く、自分のことすらも守ってくれるのだ。

 そんな天使のような存在に、どこにでも居そうな俺という普通の男が惚れないはずはない。

 少し毒舌でたまに辛辣な所も、惚れた弱みで可愛く見える。

 

 でも俺はあくまで雑用係だ。弁えなければいけない。

 この気持ちは……彼女に甘えて、言ってはいけないと思う。

 

 ……ともかく、璃月、稲妻と回った旅は、それだけでもとても濃密なものであった。すぐに語りつくせる量ではない。既に俺の日記帳が何冊も壺の部屋に積みあがっているのだから。

 

 

 

 

 

 兄を探す旅。その道中で苦難と障害が何度もありつつも、蛍は全てを乗り越えてきた。

 だが最近、俺は蛍の背中を見て不安に思っていた。いつか居なくなるのではという恐怖が、漠然と俺の心を蝕んでいるように思えたのだ。彼女に対して恋心が芽生え、大切な人と自覚してから、それは増すばかりだった。

 

 そして群玉閣の再建後に訪れた二度目の璃月の危機。オセルの妻である跋掣が復讐として攻めてきた戦いで、恐れていたことがとうとう起きてしまった。

 俺が戦いで避難する前に再建に協力してくれた申鶴という女の子が、戦いで大怪我をした蛍を抱え、壺に入ってきたのだ。

 

 ショックで全身の血が引いた感触がした。自らの無力も祟って目の前が真っ暗になるような衝撃だった。だけど、ここで止まっていてはならない。俺にだって出来ることをしていたのだ。

 

 そうして万が一の為に用意していた緊急マニュアルに基づいて、壺に治療が出来る人を仙人の札で呼び出す。即座に返礼があったので、その間に、俺が今呼び出した人のアドバイスで作った治療部屋のベッドに横たわらせ、各種準備を整えていく。

 

 パイモンは、俺の手伝いを一通り終えると、部屋の中をぐるぐると浮きながら周る。

 悲痛な表情で、手持ち無沙汰にしていた。

 

「うう、指を咥えて浮いていることしか出来ないぞ……くそぉ……」

 

 その隣で同じく邪魔にならない様に扉の前に待機していた申鶴が呟く。

 

「……お主には医術の心得があるのか?」

 

 俺の動きを見て、心配なのか眉を僅かに下げる彼女に、無いと応える。

 正確には、壺にある大量の書庫からこの世界の医学を学び、応急措置程度なら心得ている。だが怪我がこんなにも深刻だと、死への進行を遅らせる事しか出来ない。だが、考えている暇はない。こうしている間にも、蛍は大怪我の苦しみで悶えているのだ。

 

 出血を出来るだけせき止め、せめて意識を刈り取られない様に、必死に呼びかける。

 彼女の顔が、俺を心配させまいと一瞬緩むが、痛みはそれを許してくれない。また苦悶の表情を浮かべ、激痛に喘ぐことしか出来なくなる。

 

 そして札の呼び出しの数分後。白朮先生と七七が来てくれる。

 

「これは……。直ぐに取り掛かります」

「参上した。先生、手伝う」

 

 璃月の医術において最も信頼できる、薬剤師兼医師とキョンシー。この二人がいれば、ここまで追い込まれた彼女の治療も可能だろう。祈るような気持ちで後を任せ、申鶴と退出する。

 

 すると彼女がフラリと壁に寄りかかり、少し青ざめていたので慌てて身体を支える。

 

「……ありがとう。仙力を使いすぎただけだ。我の疲れは気にしなくてよい。それより、蛍が跋掣から発せられた吐息の直撃を受け、岩に叩きつけられても戦いに付いてくるとは、驚異的だった。終わった後すぐに倒れ、血が噴き出したのだから相当無理していたのだろう……」

 

 そして外で起こった事……戦いの詳しい顛末を聞き、頭を抱える。

 無力な一般人とはいえ、護る術を持たないのはあまりにも辛い。

 

「お主は蛍を護りたいのか? ……ふむ。それが隣で同格に戦闘するということなら、神の目も持たぬ若い凡人の格では、極めて難しいだろうと思う……」

 

 蛍との一年以上に渡る旅。その過程で才能が無いのは分かっていたが、改めて言われるとやはり心に響いてしまう。だが、その感情を理解しようと申鶴は真剣に見つめて、こう応えてくれた。

 

「そして、我はあの時……赤紐に縛られ封じられたはずの感情が、強く揺り動かされたのだ。誰かを護る為に、戦う。旅人という大切な友人だけでなく、璃月の千岩軍や海賊がそこにいて……その全てが凡人だったのというのに、力を合わせて大きな脅威に立ち向かっていた。それを我は美しい光景だと思い、勇気を出して仙力を振り絞り、対峙した」

 

 奥に潜んだ恐ろしい殺意を解放し、仙力で跋掣の津波を止めると心に決めた最後の切っ掛けは、蛍が戦闘で負傷した時だったという。大切な人を護りたいという原初の欲求が、申鶴を突き動かしたのだ。

 

「我は口下手だ。それに下界のことはまだ、ほとんど知らぬ。だが人を気遣い、大切に思うというのは、こういうことなのだろうと思う。……だから、直接戦闘で貢献しなくとも、お主の大切に想う気持ちは、きっと伝わると思うぞ」

 

 恋心を見透かされているのかは分からない。しかし、全てを見通すかのように透き通った眼はどこまでも純粋で、そう感じても仕方がないほどだった。

 

 

 

 

 

 施術は無事成功し、二週間ほどの絶対安静を強く先生に言われたのでその通りにする。ピン婆やに壺の力で治療を加速出来ないかと聞きにいったりもしたが、そんな都合の良いことは無いと答えられたので、俺はその間、文字通り付きっ切りで看病した。

 

「……あーあ。あなたの前で、こんな姿見せたくなかったのにな……」

 

 俺に世話をされながら、蛍はベッドの傍にある窓をぼんやりと見つめる。そこから広がる明かりが、現在の彼女の痛々しい姿を映し出している……。

 その先には何が見えて、何を考えているのだろうか。俺には分からなかった。ただ、無防備にしてくれているので、信頼をしてくれていることだけは、はっきりと伝わってきた。

 

 こうして、動けなくなった彼女の代わりに、俺は出来ることはなんでもした。

 着替えから食事、お風呂から下の世話まで……。全てをこなしていく。

 

 当然、その過程で憧れだった全裸も何度となく見てしまう。

 

「んっ……。は、恥ずかしい……あんまり見ないでね……」

 

 初めて服を脱がせ、汗を拭くときに蛍は呟いた。

 だが、痛々しい包帯であちこち巻かれていたので、男として気分が高揚することはなかった。

 

 ……こともなく、こんな状況なのに一人の男として興奮してしまう。

 当面の命の危険が去ったから、安心して余計に意識してしまっている。危機的状況が過ぎ、俺の本能が二人きりの環境で呼び覚まされてしまっている。なにより、普段俺の前で恥ずかしがらない蛍がしおらしく恥ずかしがっているので、ときめかないわけがないのだ。

 

 こうなると勃起を抑えるのも難しいので、それからは自慰をしてから看病することにした。しかしそれでも全ては抑えられない。安全が約束された場所で、好きな子の裸を見て何も感じない訳がないのだ。

 

 そして、何度目かの彼女の全裸。水に浸したタオルで蛍の裸体を出来るだけ見ないようにしながら拭っている時に、ついに蛍から直接言われてしまう。

 

「……えっちな目してるね。もう。まあ男の子だから仕方ないよね」

 

 必死に謝ったが、今度はジト目でからかわれる。

 

「そんなに興奮するんだ? こんなに弱った怪我人に邪な気持ちを抱えるなんて、最低だね♡」

 

 それからというものの、看病している筈なのに、そのたびにからかわれて俺が試されているみたいになってしまう。

 これはまあ、全面的に俺が悪い。同時にいつものように冷静で堂々とした蛍が戻ってきて嬉しいとも思う。こんな男のどうしようもない性欲に理解を示してくれる彼女に、改めて彼女と一緒に旅をしてきて良かったと思うのだ。……英雄は器も広い。

 

 さあ、気持ちを引き締めて、今日も彼女を看病しよう。

 今は、パイモンと蛍、仲間達を安心させるためにも、頑張らなければならない。

 全力でアフターの治療に当たるために、性欲を強引に消し飛ばす。

 

「ふーん……。そっか、私、女の子として見られてるんだ……」

 

 蛍の呟く声が聞こえた気がしたが、今の俺はそれどころではなかった。自分の脆い理性と精神を叩き直したい気分で頭の中は一杯だったからだ。

 

「…………♡」

 

 だから、頬を赤く染めながら微笑み、熱い眼差しで見つめてくる蛍の顔を、その時の俺は愚かにも見逃していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 幸い、優れた先生と七七の施術のお陰で、日毎に血色が良くなっていくのが確認出来た。そして彼女の体の動かせる場所も段々と増えていき、安静期限の二週間後には、自分の足で歩き回れるようになっていた。そして、白朮先生の軽い診察を受けて正式に完治が宣言された。

 

 これで、俺の看病も無事終わったのだ。

 不卜廬を出てやり終えた安堵の中、彼女はお礼を言ってくれる。

 

「ふう……。今回は本当に助かったよ。あなたのお陰で、元気になれた。……ふふっ」

 

 いつものからかうような微笑。だが、今日はいつもとは違う気がした……。

 

「な、なに……? そんなに顔を見つめて。顔に変なところでもあったの? え、ないのに見つめてるの? うう……これじゃ、私がただ恥ずかしがってるだけじゃない……。どうしたらいいか分からないから、と、とりあえず、パイモンで隠してみよう……」

 

 顔を赤くし、近くに浮遊していたパイモンをむんずと掴むと、自分の顔を隠すのに使う。

 

「ふぎゅっ。お、おい! オイラの身体を突然掴むなぁ! ……うおっ。なんて腕の力なんだっ。全く動けないぞ……。とても病み上がりの腕力とは思えないな……。なあ、どうしたんだ蛍?」

 

 俺は鈍感ではないので、すぐにその全身から出る俺への好意に気づいた。同時に、これが初めてのシグナルではないとも思った。しかし、以前にはこんなことは一切なかったはずだ。

 もしかしたら看病の時に芽生えたのかもしれない。蛍の看病に必死で気づいていなかったのだろうか。それなら、今の平常心であれば、こんなにも簡単に気づけるのも納得できる。そういうことなら、鈍感だったかもしれない。

 

 だが確信はまだ持てない。それはそうだろう。あの時に申鶴から励まされたとはいえ、旅の途中で情けない姿を何度も見せている俺に、惚れているなんて簡単には信じられないのだから。

 

 しかし、その感情を裏付けるかのように、その後も俺の思っている通りに推移した。

 お互いを意識しあい、接するたびに初心に照れてしまうのだ。

 

 とある日の昼に家のリビングで俺の手料理を食べている時も、命の危機を乗り越え、精神的に気が抜けて夢見心地になっていたのか、こんな台詞を残す。

 

「これからも、こうやって一緒に食事出来たらいいよね。ときには私の手料理も食べてもらって、美味しいってあなたに言わせたりするの。そんな喜んでるあなたを見て私は……。あれ、今すごいこと私言わなかった? わ、忘れて……?」

 

 当然、一字一句心に刻み、保存する。

 綺麗な顔を真っ赤に染めるたびに、写真機を持ってきて撮影したくなる。

 可愛すぎるだろ……。

 

 ……だが、そういう隙を見せるだけではない。二人きりでもすっかり俺に気を許した蛍は、より一層からかい度が増していた。今のこの状態……リハビリを兼ねた家事の後もそうだ。道具を収めると、こちらに振り返って、腕を上げて背伸びをしながら誘惑してくる。

 

「んーーー……。肩が凝ったなぁ。誰か揉んでくれたら楽になるのになぁ」

 

 例えば、こうしてあからさまなスキンシップを要求してくるのだ。俺は邪を指摘されたこともあり逆らえず、まるで下僕の様にその通りにする。滑らかで美しい両肩は、彼女のいつもの服の中でも特に存在を主張していたが、こう直に触るとなると心臓が高鳴ることを抑えられない。

 

「ん、そこっ……♡ はぁ、あなたの手、おっきいね。私の肩全体を揉み解せる……。んっ♡ もっと強くしてもいいよ。あ、んんっ……♡」

 

 無意識かわざとなのか、非常に悩ましい声を小さく出しながら彼女は大人しく揉まれる。確かに肩は強張ってはいる。俺の大きな手で揉み解されるのは本当に気持ちが良いのだろう。嘘は言っていない。……こんな感じで、ひたすらに翻弄されていた。

 

 

 

 

 

 悶々とした日々の中さらに二週間が経って、蛍はリハビリを終え完全に復活した。

 

 そして、俺達は新群玉閣の広場で再建祝いの宴に招待されていたので、約束していた申鶴と合流して共に向かうことにした。

 このタイミングなのは、凝光様が今まで延期してくれていたからだ。曰く、『貴方達が揃わなければ真の再建とは言えないわ。だから何も気に負うことは無いの。群玉閣の主である私が言うんだから素直に受け入れなさい』とのことで、堂々たる風格は天権に相応しい物言いだった。

 

「ありがとう凝光。素直に楽しむことにするね」

「お招きいただき感謝する」

「ええ。ふふ、パイモンも今日のお料理を気に入ってくれるかしら」

「ももも、勿論だぞ! こんなに凄いご飯がいっぱい! あぁ、早く食べたいぜ……!」

 

 涎を抑えきれないパイモンを二人でなだめながら用意された席に座る。その目の前にあるテーブルには璃月でも最高峰の料理が並んでいることは間違いなかった。いつかはこの素晴らしい料理も蛍とパイモンの為に作れるようになれるといいなと思いつつ、特設された会場の明かりを見渡して暫く待つ。数分後、壇上に上がった凝光様の口から挨拶と開演の宣言があった。

 そこで開演と同時に披露された雲座頭の璃月劇、神女劈観は、一言で言い表せない程に素晴らしかった。その内容である申鶴の半生の語りの次に、璃月を跋掣から護った蛍と璃月の人達の話が加わり、繋がりを感じさせるサプライズも、大いに盛り上がった。

 

 その後も、雲座頭と新たに舞台に表れた彼女の夫の二人で、盛り沢山の劇は続いていく。

 その姿を見て、蛍は豪華な料理が並んだテーブルの下で俺と手を繋ぎ始めた。

 

「ちょっと、繋ぎたくなっただけ……。それだけだよ。うん……」

 

 そんな言い訳をしながら、いわゆる恋人繋ぎをして、優しく握りしめてくる。

 俺はそれに無言で答え、蛍の暖かさを感じていた。

 

「羨ましいなぁ……」

 

 煌びやかに言葉を交わしながら舞う夫婦の姿を見て、蛍はうっとりとしながら呟く。

 彼女にとっては何気なくつぶやいた一言だろう。だが、俺には……。

 

 上の綺麗な星空、下の璃月の街明かり、傍にある宴の明かり。それらが複雑に絡み合った今しかない空間に、俺にとってはひと際輝いて見える蛍が、隣でその言葉を言ったのだ。

 

 ……俺にとっての主人公は、彼女だ。

 

 ただ息を飲む。時間が止まったみたいに、周りの景色がゆっくりと流れているような気がする。音も聞こえず、彼女の顔を見つめる事しかできない。

 

 そして俺は、この瞬間に決意する。

 これだけ明確に両想いなら、今日はっきりと告白して、恋人になりたいと思った。

 

 蛍の意外と大胆だが同時に奥手な手口に押されて、俺は告白の言葉を言おうとする。だが言葉を紡ぐために息をした途端に時間が動き出し、何事も無かったかのように宴の喧騒が戻る。

 蛍の柔らかな手が俺の手をぎゅっと恋人繋ぎで絡めてくる感触も戻った。なので、何度か瞬きをして自分の場所を確認する。そうだ、ここは二人きりではない上に宴の時間だ。今は雲夫婦の劇と再建祝いに酔いしれるべきだと自重することにする。

 

 ともかく、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、楽しい時は矢のように過ぎ、伝統の璃月劇が閉幕を迎えると、傍に雲夫婦が揃って挨拶をしてくれた。

 

「如何でしたか、私達の劇は?」

 

 雲先生が宴もたけなわの中で、俺達に語りかける。その中で真っ先に蛍が感想を言う。

 

「生き生きと演じていて楽しそうだった。神女劈観での申鶴の半生は現実とは違ったものだったけど、それを知ってからも希望通りあえてそのままにして、彼女の理想を描いたのが良かった。その後に続く、全く別の民話もうまく味付けされていて引き込まれたよ。これが雲菫の求める、人々に寄り添う劇なんだね」

 

 沢山の人の話を身近に感じた。確かに非凡では無く平凡でありながら、とても不思議な魅力を放つ璃月劇だったと伝える。すると、その隣でご馳走を美味しそうに味わいながらパクパクしていたパイモンも、元気よく返事をした。

 

「オイラもすーーーーっごく良かったと思うぞ!」

 

 同じく、テーブルを囲んでいた申鶴も、表情を僅かに緩ませながら答える。

 

「とてもいいものであった。我の心に染み入るようであった。感謝する」

「うふふ、良かったです。皆様。楽しんで頂けて何よりです」

 

 その時、功労者の一人である北斗船長が凝光様と一緒だったテーブルから傍に寄ってきて、お礼を言いながら感想を言い放った。

 

「よお雲先生! 素晴らしい劇だったぞ! それをこんなに上手い料理と共に味わえるんだからこれ以上何も言うことはない! なあ蛍達、雲夫婦。アタシと一緒にぱーっと飲んで騒ごうぜ。平和を祝おう!」

 

 俺の肩を軽く手で合図するように叩きながら元気にしていたかと問われたので、元気ですと力こぶを見せると、船長は軽く拍手をして笑ってくれた。勿論、同席を断る理由はない。

 

 北斗船長は蛍と一緒に初めて出会った時、俺を見るとすぐに『鍛え上げられているな。アタシの船員にはピッタリだ』と言って、それからはなにかと懇意に接してくれるようになった人だ。

 俺に一目置いてくれているのは蛍の存在のお陰が大きいのは間違いないけど、それでも俺みたいな一般人にはとても精神的に有難く頼りがいがある存在で、日々の生きる知恵を時々教わっているので、師のような人ともいえる。

 

「うん。振り返りも兼ねて、一緒に話そうね」

「また船旅の話も聞きたいぞ」

「ふむ……確かに、我もそれは気になる」

「はい。貴方とはもっとお話をしたいと思っていました」

 

 その後も隣に座った夫婦と北斗船長と共に宴は続く。酔っぱらった賓客が上機嫌に絡んできたりと多少のトラブルもあったが、それもまあ平和な賑わいというものだろう。このような平和が続けばいいと願いつつ、再建の思い出話と出会いを皆で振り返りながら、夜は更けていく。

 

 そして、数時間後に再建で関わった全員に今一度挨拶をした後、俺達は塵歌壺へと興奮冷めやらぬ中、札を構えて帰還した。

 

 

 

 

 

 沢山ご馳走を食べて幸せそうに眠っているパイモンを部屋で寝かしつけると、蛍が再び手を繋ぎながら、勇気を出して言ったかのような小さな声で深夜デートの誘いをしてきた。

 

「あなたに話したいことがあるの。だ、大事な話。……あそこの湖まで行かない?」

 

 蛍が指を指した先は、俺が構築した小さな湖だった。本当は湖よりは池なのだが、そこは視点の事を考えて設計し、広く見せている感じの場所だ。

 

 そこまで歩いていく中、独特な今だけの奇妙な距離感を感じていた。蛍との間にあったパーソナルスペースが曖昧になる感覚を覚えている。そして近づいた分、息遣いがとても近くになり、心音まで聞こえてきそうだ。

 

 そして、俺は勇気を出して、肩を大胆に抱きよせてみる。

 

 それでも、蛍は全く抵抗しない。それどころか、積極的にこちらに身を預けてくる。脇の下に抱える様にしているので、大きな胸が服越しに、俺の脇腹で柔軟に形を変えていた。

 この柔らかな感触で興奮しないわけないが、理性で今は必死に抑え込む。今は、この特異な時間を大切にしたい……。蛍もそう考えているだろうと感じ取れていたので、示し合わせたように互いに無言で、ゆっくりと歩いていく。

 

 俺達がこれからお互いに何をするかは、分かりきっていた。

 だからそれまでもう少し、この不確かな距離を楽しみたいと思った。

 

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