1940年代にアメリカで初めて報告された難病である。
腐乳症とは読んで字のごとく、母乳から腐ったような臭いを発するようになる病気であり、初めての報告以降
病気の原因は不明。何らかのウィルスに由来するものなのか、それともDNAの突然変異によるものなのか。先天性なのか後天性なのかすら不明。
2020年の現在、腐乳症に苦しむ患者の数は把握されているだけでも世界で100万人余りにものぼる。
この病気の特徴の一つに、なぜか妊娠をしていない女性にしか発症しないというものがあり、特に10代から20代の若い女性が全体の9割を占めている。
また、これに
そしてもう一つの特徴に、バストサイズがC以上の女性しか
世界の女性の平均バストがAカップであり、Bカップでも大きいとされてきたこの世界において、それ以上のバストサイズにまで成長するのは1%未満とされてきた。
なので必然的に、世の女性の大半が腐乳症に持つ印象は、自分とは縁のない難病である。女性の半数程がAAカップであれば、無理もない。
だが現実では、腐乳症患者が世界に100万人もいるという事実に研究者たちは頭を悩ませた。
しかし、20年前の研究でCカップ以上の『乳房の大きな女性』が罹るのではなく、『腐乳症に罹った女性の胸が肥大化する』ということが判明した。
この事実は衝撃をもって迎えられた。Cカップ以上でなければ罹らないとされてきたのが、それ以下のカップでも
当時の女性を襲った不安は大変大きく、情緒が不安定になる者、自殺を起こす者も少なくなかった。中には思い込みで罹患者だと決めつけ、女性に対して暴力を振るう男性や解雇を行う会社まで現れる始末。
なぜこうも人々が腐乳症を恐れるのか。
それはこの病気が持つ最大の特徴に大きく関係する。
腐乳症が放つ匂い――
近距離で嗅げばほぼ間違いなく吐く。そうでなくとも吐き気や
しかもその匂いは空気中に発散されても中々薄まることがなく、広い範囲を長時間
そんな事実もあって、罹患者の多くは
それと並行して研究にも更に力が入れられたが――残念ながら2020年の今日に至るまで、病気の特定も治療法も見つかっていない。
ただし、幾つかの事実も判明した。
その一つが、腐乳症の匂いは胸の大きさに比例するというもので、簡単に言えばCカップの患者の母乳より、Dカップの患者の母乳の方がより匂いが強烈となるわけだ。
これを受けて、腐乳臭をCカップを最低基準とした
CカップはLv.1、DカップはLv.2といった具合だ。厳密にはバストのアンダーとトップの差によるより細かな分類分けが為されているのだが、これは一般には浸透しておらず、もっぱら研究者の間で使われることが常だ。
そしてもう一つ。腐乳症に
けれども。
それは同時に、母乳を残さず出してしまえば匂いを抑えられるということでもある。
だがしかし、完全に母乳を絞り出すことは難しい。
そこで各国はできうる限りの方法を考え、実行していった。
元からあった搾乳機の吸引力強化や搾乳容量の拡大。
腐乳臭を抑えるパッドシート等といった生活を補助する医療用品の開発。
しかし、それらを活用しても腐乳臭を生活レベルまで抑えるのは困難を極め、腐乳症患者が支障なく外に出て生活するのは難しかった。
そこで世界保健機関――WHOは、腐乳症患者とその家族の理解を得て、腐乳臭を吸着する壁材と腐乳臭に特化した消臭フィルター内蔵の換気設備を整えた、完全防臭の自宅、あるいは同じ機能を備えた専用施設にて療養してもらうこととなった。
療養と
ちなみに、患者が自宅で療養する場合に掛かるリフォーム費用は全額国費で賄われる。
また、患者は日常生活を送るのが困難であるため、国から補助金が毎月支給されることとなった。
これには批判も多く出たが、最終的にどの国でも法案が通った。
その理由が、この法案が通らなければ罹患患者が生活を送るために社会に出て賃金を稼がなくてはならなく、それよりかは補助金を出して家に引きこもって貰った方がまだマシだろうという、悲しい物ではあったが。
それが15年前。
患者の殆どが完全防臭が施された自宅で家族、あるいは親族の介助を得ながら療養という名の隔離生活を送り。
残念ながら家族や親族の介助を得られなかった者は、国が建てた専用施設で職員の介助を受けて過ごしている。
ここでいう介助とは、主に患者の代わりに必要な物の買い出しや食事の用意、宅配物の受け取りなどの身の回りの生活を助けることであり、それらの受け渡し等は建物内に設けられた防臭加工された隔壁越しに非対面式で行われる。
どうしても対面しなければならない時・したい時には、特殊な防護スーツを着用しなければならない。そうでないと腐乳臭を嗅いだ者が体調を
そんな中、近年ある新発見があった。
それは――腐乳臭への耐性を持つ者が見つかったのだ。
見つかったのは偶然であった。腐乳臭を研究している、とある日本の大学で管理している腐乳症患者の母乳(腐乳臭Lv.3)が入った瓶を、誤ってBSL―4の実験室の外で蓋を緩めてしまい、その場にいた研究員たちが嘔吐や眩暈に苦しむ中、一人だけ軽度の吐き気で済んでいたのだ。
以降の調査で、その研究員は腐乳臭に対する耐性を持っていることが判明。
全国的に希望者を大々的に募って調べたところ、他にも耐性を持つ者――耐性保有者が見つかった。
ただしその数は圧倒的に少ない。その時は報酬が出ることもあって2,000人以上が集まったが、その内耐性があったのはたったの5人。実に400分の1である。
日本政府は、この耐性を持った者たちを腐乳症患者の介助者として活用するべく新しく法を整えることにした。
実は、腐乳症患者――特に若年層による自身での搾乳が難しい、それを手伝う家族も腐乳臭の問題もあって十分に手伝えないとする陳述が数多く寄せられていたのだ。
それに応えようと新たに導入された職業『搾乳師』。
厚労省の管轄であり、新たな国家公務員の誕生である。
当初の法案では、耐性保有者は『搾乳師』になることを義務付けようとしたが、当の耐性保有者たちからの反発もあって希望者のみとなった。
国家公務員であるため、国家試験があるにはあるが形ばかりのもので、内容も常識問題の範疇に収まるものばかり。耐性保有者であれば、試験を受ければ即合格というのが実情であった。
試験に合格した後は、搾乳機の扱いや腐乳臭を抑えるために開発された医療用品の説明と適切な使用方法を、ひと月ほど座学と実習で学んだ上で『搾乳師免許』が交付される。
搾乳師となれば晴れて厚労省職員となり、その中に新設された『腐乳症対策課』に配属される。
配属された後は、搾乳師を希望する患者のもとへと派遣されることとなる。
搾乳師の仕事はごく単純なモノ。
搾乳師の介助を希望する、自身で搾乳を上手く行うことができない患者の元へと
搾乳師が必ずしも女性とは限らないが、腐乳症は普通よりも一日に作られる母乳の量が多く、そのせいもあって定期的に出さなければ胸が張って痛みを伴うこともあり、搾乳師が男性であっても依頼する患者は年々増加する傾向にある。
けれども幸いなことに、男性搾乳師による性犯罪は一度も起きていない。
それはこの世界において、胸の小さな女性を好ましく思う男性が一般的で、胸が大きい女性が好きという男性がいてもBカップまでがせいぜいで、それ以上となると性欲の対象から外れることが多い。
加えて、Cカップ以上となると例外なく腐乳症を発症していることから、搾乳師の性対象からも外れる。
耐性保有者といっても他の人よりも不快に感じる割合が少ないというだけで、不快であることには違いないのだ。
だからこそ、性犯罪以外の面で問題が起きているのだが。
そういった苦情も近年では多い。
患者は男性搾乳師に乳房を見られたり触られたりと恥ずかしい思いを我慢して依頼しているのに、対応がこうも酷ければ文句も出る。
とはいえ、搾乳が上手くできない、搾乳を思うように手伝えない患者とその家族は、それでも一定の技量を持つ搾乳師を頼らざるを得ず、泣き寝入りする場合がほとんどだ。
そんな世の中に、腐乳症患者の間でいつしか『神』と称されるようになる搾乳師の青年が現れたのは、2020年の夏――とても暑い日のことだった。
イラスト入れてもいい?
-
イラストありがいい。
-
イラストなしがいい。
-
どっちでもいい。