※この作品はR-18です。

乳を搾って人助け⁉   作:キャプテンキャップ

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02 大国大和という青年

 7月の中旬。都内の職業安定所――

 

「……今回も駄目だったか」

 

 休憩所にいくつか置かれたテーブルの一角で、何やらスマホでの通話を終えた中肉中背……というには身長が高い青年が、がっくりと頭を落としていた。

 この180cm近い長身の青年――名前を大国(おおくに)大和(やまと)という。

 

 去年大学を卒業した23歳。

 在学中の就職活動は不振に終わり、現在もこうして就活中ではあるが、(ことごと)く空振り続き。連敗記録更新の真っ最中である。

 

 今日も職安の備え付けタブレットで求人情報に目を通していたのだが、その最中、数日前に面接を受けた会社から電話が入ったので場所をこうして休憩所へと移し、頼む!今回こそは!と祈りながら合否判定を聞いたのだが――その結果は彼の落ち込んでいる様が示していて。

 どうやら連敗記録を今日も伸ばしてしまったようだ。

 

(別に高望みしているわけじゃないんだけどなあ……)

 

 大学在学中から今もそれは変わらない。よほどブラックでなければ、どこの会社だろうと構わないと思っている。

 そんな気概で求人に載っている会社を片っ端から受けたのだが――結果は御覧の通りだ。

 

 ――うちの会社で働くにはガッツキが足りない。――同僚をライバルとして見れないような甘ちゃんはウチじゃちょっとねえ。――優しい人柄? そんなので契約取れるんだったら誰も困んないんだよ。

 

 面接のときによく言われた言葉だ。

 アメリカの外交政策が当たったとかで、その余波を受けてこの数年は世界中が好景気に沸いている。もちろん日本もそう。

 第二次高度成長期。あるいはバブル時代再び。

 呼び名はどうあれ、今は誰も彼もがより高い利益を求めて貪欲になっている。

 人手はいくらあっても困らないが、他者《他社》を蹴落とす位の気概がなければ困る。それが好景気に沸くに沸いている、今の日本社会の潮流だった。

 

 成功者になりたければ、常に貪欲たれ。

 

 誰かが言って流行したフレーズ。

 

 生来のお人好し、困っている人を見過ごせず、他者を追い落とすことが苦手を通り越して不可能な大和にとっては、とても生き辛い世の中だ。

 だからこうして敗北に敗北を重ねているわけで。

 

「はああぁぁぁ……」

 

 大変重いため息をこぼした大和は――

 

「やる気が根こそぎ萎えた……今日はもう帰ろう」

 

 そう言って、先ほど吐いたため息よりも重い腰を上げて職安を後にしたのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 明けて次の日。職安のブースにて――

 

嘱託(しょくたく)搾乳師(さくにゅうし)……ですか?」

 

「ええ。いかがでしょう」

 

 大和の問いに、テーブル越しに担当職員が淡々と答えた。

 

「えぇっと?」

 

 彼が聞きたかったのはそういうことではなく、なぜ自分に搾乳師の話が来たのかが知りたかったのだが――

 

「いいですよ、嘱託搾乳師。あまり大きな声では言えませんが、年収300万は堅いですし、患者様の治療に()たればそのつど患者様、あるいはご家族から別途(べっと)報酬がもらえますので……(いや)らしい話、報酬の交渉次第では年収1,000万も夢じゃありません」

 

 ――大和が口を挟む間もないほど、男性職員は一気にまくし立ててくる。そしてズズイとテーブルから身を乗り出して、こう言った。

 

「なのでどうでしょう、物は試しと言います。耐性検査を受けてみませんか?」

 

 それを聞いて大和は少し悩む。

 悩む彼を見て検査に難色を示していると思ったのか、男性職員はことさら軽い口調で説明する。

 

「検査といっても、腐乳臭そのものを嗅ぐわけではありませんよ? 腐乳臭Lv.1に似せて作った人工の香りを嗅ぐくらいで、それもかなり薄めたモノらしいです。なので安心してください」

 

 搾乳師になるには腐乳臭(ふにゅうしゅう)に対する耐性が必須なのは承知しているが、大和は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、別に心配はしていない。

 

 実は過去に――中学三年生の頃に一度、大和は通学途中にあるバス停の近くで腐乳臭を嗅いだことがある。

 どこかからか、ふわりととても()()()()が漂ってきたのだ。

 甘く、濃密で、鼻の粘膜を(おぼ)れさせるかのようにねっとりとした、重い匂い。もしかしたら練乳に砂糖と蜂蜜を加えて一晩煮詰めたらあのような香りになるかもしれない。

 それでいて、どこか(オス)の本能を刺激するような匂いでもあった。

 嗅ぐだけで興奮し、背中が泡立つ。嗅いでいる間に少しずつ理性が溶かされていき、そわそわと浮足立つ。そんな感覚。

 

 けれど、そう感じていたのは大和一人だけだった。

 落ち着いて周りを見れば、吐いたりひきつけを起こしていたり、中には気絶している人もいる。

 意味が分からなかった。こんなにいい匂いなのになぜ?と。

 

 これは後で知ったことだが、あれは研究所で管理されていた腐乳症(ふにゅうしょう)患者の母乳を盗み出した犯人が起こしたテロだったようで、使われた母乳の腐乳臭レベルは4だったという。

 

 大和はそれを知って愕然とした。あんなに甘くて良い匂いが、世界中から忌み嫌われる腐乳臭だったとは。

 

 それを間近ではないとはいえ、Lv.4の腐乳臭を嗅いでも平気だったというのは驚異的だ。

 搾乳師の一般的な耐性が腐乳臭Lv.2といえば、大和の耐性がいかにずば抜けているか分かるというもの。

 いや、それ以前に腐乳臭を“いい匂い”と感じている時点でもはや耐性とはいえないかもしれないが。

 

 普通であれば話題になっていてもおかしくなかったが、白昼堂々行われたテロリズムとあって現場は阿鼻叫喚と化していたその場で一人平然と立っていては変に思われるかもしれないと危機感をあらわに、急いでその場に伏せて気分が悪そうな演技で誤魔化したという経緯がある。

 そういうこともあって大和の耐性が今日まで知られることはなかったが、まあ検査は余裕だろう。

 

 では何に悩んでいるかといえば、搾乳師のことだ。

 本音を言えば、搾乳師にはもの凄く興味がある。

 年収が高いというのもそそられるが、彼が興味を示しているのはその業務内容に、だ。

 

 大きな胸を合法的に触ることができ、なおかつ母乳を絞り出すことができる。

 

 男性のほぼ全員が小さい胸の方が好みで、一般的には十分大きいと言われるBカップ、それ以上(巨乳)に成長すること自体が非常に稀という世の中において、Cカップ以上の女性としか接せず腐乳臭も我慢しなければならない搾乳師というのは、本来ならば楽しくない職業だろう。

 

 けれども、大和にとっては夢のような職業だ。

 

 なぜなら彼は大きな胸が好きだったから。

 胸は大きくてなんぼ。

 Aカップは論外。

 Bカップもアウトオブ眼中。

 Cカップから初めて、大和の性癖に刺さる。

 

 それを自覚したのは中学一年の頃。

 保健の授業の中で、腐乳症のことについて学ぶ機会があったのだが、その時に配られた参考資料の中に『腐乳症を発症した女性は、このように乳房が異常に発達する』との解説付きで、半裸で写るCカップの女性(顔は顎下しか写っておらず、乳首もモザイクが入っていた)の写真が一枚あったのだ。

 その写真を見たクラスメイト達が、男女問わず悲鳴を上げたり茶化している中、大和だけは食い入るように見つめていた。

 有り体に言えば興奮していた。思えば股間も少し膨らんでいただろう。

 それは彼にとって初めての経験(ぼっき)で。

 

 周りが異性の体に興味を持ち始める中、大和は同級生が学校に隠して持ってくるエロ本を見ても、特に何の反応を示さなかった。

 周りの男子はそんな彼を、お子様だなぁとからかったが、大和からしてみれば皆がどこに興奮しているのか、それが分からない。

 それはそうだ。

 大和は小さな胸ではなく、腐乳症を発症した女性の巨乳が好きなのだから、世に流通しているようなエロ本や写真集に興奮するわけがなかったのだ。

 騒がしいクラスを(いさ)める教師の声で我に返ったおかげで、大和が巨乳を見て興奮していたと周りにバレずにすんだのは幸いだった。

 

 巨乳好きで腐乳臭好き。

 

 まるで天から搾乳師になれと運命づけられたような性癖の持ち主にもかかわらず、大和は就活中である。

 大和が自発的に試験を受ければ、一発合格は確実だ。なんせLv.4の腐乳臭をかいでも平然としていられる高い耐性持ちなのだから。

 

 ではなぜ搾乳師にならないのかと問えば、自身の性癖こそが問題だと彼は答えるだろう。

 彼が好きな巨乳と腐乳臭は、どちらも腐乳症を発症した女性しか持ち合わせていないものだ。

 だけど同時に、そのどちらも腐乳症患者を苦しめ、生き辛くしているモノでもある。

 

 巨乳と腐乳臭。この2つが好みだという自分が、果たして搾乳師になっても良いのか。

 本音でいえばなりたい。

 なってこの手で巨乳を絞り、母乳に含まれる腐乳臭を浴びるように嗅ぎたい。なんなら飲みたい。

 

(だけどそれって、不純過ぎるよなあ)

 

 彼女たちはなりたくて腐乳症に(かか)ったのではない。

 腐乳症の歴史(かこ)を振り返れば、迫害によって自殺した人もいる。

 未だ病気の特定も特効薬もない難病に苦しみ、療養という名で家や施設に隔離生活を強いられている。

 そんな人たちを性的に見ているだけでも罪悪感があるのに、直接触れ合える搾乳師になって良いのか。

 大和がずっと悩み考えてきたことだ。

 

 他の多くの人がそうであるように、大和が貪欲な性格であれば悩むことなく搾乳師になっていただろう。

 しかし彼は今時珍しい、絶滅危惧種といっても差し支えない、他者を思いやり、困っている人を見過ごせず、見知らぬ人に手を差し伸べることのできる程に優しい性格の持ち主だ。

 だからこうやって適性検査の誘いを受けても二の足を踏んでしまう。

 いつもならば悩んだ末に、「やはり自分はふさわしくない」と諦めただろう。

 

 ――が。

 今日はここに、男性職員という悪魔の手先が待っていた。

 男性職員は大和が葛藤しているのを見抜き、脈ありと見て誘惑の言葉を口にする。

 

「大国さん。世間からは高給取りだの、生きた乳搾り機などと陰口を叩かれたりもする搾乳師ですが、とても立派な職業ですよ」

 

「立派な職業、ですか」

 

「ええそうです。だって考えてもみてください。確かに業務内容だけ見れば卑猥なイメージを抱きやすいですが、搾乳師が行っているのは立派に医療行為です」

 

「……立派な医療行為」

 

 目に力を込めて、大和を正面から見据える男性職員の声に、大和は考えるのをやめて、聞き入る。それが男性職員の手だとも知らずに。

 

「世間から隔離された挙句、腐乳症に悩む女性たち。

 そんな彼女たちのそばに寄り添い、年若い彼女たちの覚束(おぼつか)ない搾乳に手を貸し、時には()にこもった彼女たちの陰鬱とした精神をケアする搾乳師。

 これを立派な職業といわずに何というのです」

 

 一息に言い切る男性職員。まるで演説のようなソレを聞いて、唯一の聴衆たる大和は「おお!」と感嘆の息を吐く。

 大和の反応を見た男性職員は内心で「コイツ堕ちたな」と確信に至り、止めの一言。

 

「大国さん。僕はこの半年、あなたを担当してきました。たくさんの面接を受け、(ことごと)くお(ことわ)りメールや電話を受けてもなお、こうして職安に足を運ぶ大国さんの強いハートこそ、搾乳師に本当に必要な物だと、大国さんにこそ搾乳師になって頂きたいと、僕は思っています」

 

「職員さん……」

 

「田中です」

 

 この野郎、半年も顔をつき合わせてきて覚えてなかったのかと、男性職員は愕然とした。

 とまれ、男性職員改め田中の言葉で決心がついた大和。

 

 そうだ、田中さんの言う通り、搾乳師の業務は立派な医療行為だ。

 僕は確かに巨乳好きで、腐乳臭も大好きだ。

 不純な思いがあるのは否定しない。

 

(なら、僕は他の搾乳師のように高額な報酬を設定せず、できるだけ多くの悩める彼女たちの悩みを解決し、少しでも腐乳臭を低減できるようがんばろう!)

 

 よくわからない決意で自分の劣情を覆い隠した大和は宣言する。

 

「田中さん、僕、耐性検査を受けてみます。そして、立派な搾乳師になってみせます!」

 

「ありがとうございます。ただ正確には、嘱託(しょくたく)搾乳師、ですね」

 

 ……ん?

 

 

 

 嘱託――

 

 一定の行為に従事ことを頼み任せること。

 また、正社員ではなく非正社員である。

イラスト入れてもいい?

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