その後、職安男性職員こと田中の手際よい手続きにより、あれよあれよという間に耐性検査の日取りが決まったのが10日前。
最寄りの保健所の一室で耐性検査を受けたのが1週間前で、即日合格。
まさか保健所に陰圧室があるとは思わなんだ。その中に一人で検査を受けるというのは、傍から見ればかなりシュールな光景だったのではないだろうか。
それと人口的に作られた腐乳臭は、
まあ合格した今、本物はこれからいくらでも嗅げるだろう。
その翌日から今日の午前中いっぱいを使って、
そして今は職員に案内された個室で一人、待たされている最中。
なんでも厚労省に設置された『腐乳症対策課』から、僕の担当となる人を紹介されるらしい。その人を仲介して仕事を斡旋してもらったりするわけだ。
「
厚労省所属の非正社員である嘱託搾乳師を簡潔にまとめると、以下の3つになる――
1.正規の搾乳師とは違い、厚労省内での事務業務を含まない、
2.その為、正規の搾乳師よりも給料が3割ほど劣る。
(でも正規の搾乳師よりも給料が劣るっていっても、手取りで30万はあるっていうし。普通に嬉しい)
3.また、患者及びその家族から受け取ることができる報酬の交渉も搾乳師とは違って、必ず『腐乳症対策課』の査定係を挟むことが義務付けられており、その了承を得なければならない。
(以上の3点を除けば、他は搾乳師と変わらない。か)
この一週間の座学で叩き込まれた仕組みを思い出しつつ、時間を潰すこと10分ほど。
ノックとともに扉が開き、スーツをピシッと着こなした見た目40代といったところの女性が入ってきた。
この人が待ち人なのだろうと察し、大和は慌てて立ち上がる。
「
どうぞよろしくお願いします。と大和の正面に立った女性――安達さんが名刺を差し出してくる。反射的に受け取った大和は、
「大国
と頭を下げたのだが、安達が小柄なこともあり、頭を下げた大和がまだ上からの見下ろす形になってしまったため、慌てて腰を大きく曲げて安達よりも頭が下に来るようにした。
こういう時、180cmと無駄に高い自分の身長が恨めしい。
そんな大和の姿に安達はキョトンとするも、すぐに柔らかい笑みを浮かべて「礼儀正しい人ですね。立ち話もなんですから、座りましょうか」と気を利かせてくれた。
◇◇◇◇
その後、テーブルを挟んで席についた安達からいくつかの説明を受けた大和。
内容は座学で聞いたこととあまり大差は無かったが、より具体的な内容のものもあった。
患者側から支払われる報酬の上限と、腐乳臭を抑える医療用品の使用時にかかる費用の所在だ。
「――ええっと、つまり患者様から頂く報酬は、正規の搾乳師が実質300万が上限なのに対して、嘱託の場合だとその3分の1――100万円になる?」
大和の問いかけに安達はこくりと頷く。
「続いて、腐乳臭抑制パットなどの医療用品は、正規の搾乳師だと使っても全て経費で落ちるけど、僕……私たち嘱託は自腹――で合ってます?」
「ええ、それで合っています。医療用品の件は申し訳ありませんが」
安達が静かに頭を下げたことに対して、大和は大丈夫ですと返して頭を上げてもらった。彼からすれば先ほどの質問はただの確認であり、特に不満はないので謝られても困るのだ。
確かに色々と待遇に差はあるものの、こちとら事務業務が完全に免除されている身なので仕方ない。
むしろ正規搾乳師の患者からの報酬上限が300万という事実にドン引きである。嘱託搾乳師は100万が上限という話だが、これでも多いくらいだと大和は思う。
(でも今の世の中、儲けを優先させる人が多いだろうし……怒る人は怒るんだろうなあ)
だからこそ先手を打って安達は謝ったのだろう。まあ性格が温厚で、お人好しを絵にかいたような大和には必要のないことだったが。
大和の性格を肌で感じたのだろう、安達はほっと安堵の息を吐いてからお礼を
「早速ですが大国さん、こちらのタブレットとスマホをどうぞ」
「これは?」
差し出された両方の機器を受け取り、首をかしげながら尋ねる大和。
「タブレットには専用のアプリが入っていまして、そこで依頼者のリストがみられます。リストはリアルタイムで更新されています」
試しにご覧ください。とのことなので、大和はさっそくアプリをタップして立ち上げてみた。
| 腐乳症患者リスト | 入力してください | ||||
| 氏名▼ | 年齢▼ | 腐乳臭Lv.▼ | 住所▼ | 電話番号▼ | 家族構成▼ |
| 18 | 2 | 東京都港区○丁目××-□□ | (自宅) ○○-○○×× (携帯電話:患者様) 090-××××-×××× | 父・母・娘(患者)
| |
| 12 | 3 | 熊本県八代市×丁目○○-○× | (自宅)○○-××○○ (携帯電話:患者様) 090-××××-×××× | 父・母・長男・長女・次女(患者)
| |
| 18 | 2 | 東京都千代田区○丁目××-×× | (自宅)○○-○×○× ○○-○×○× 《small》(携帯電話:患者様) 090-××××-×××× | 祖父・祖母・母・娘(患者) | |
なるほど確かに、依頼者のリストが一覧表となって表示された。しかも患者の詳細な情報までも、だ。
氏名、年齢、住所に電話番号、家族構成や腐乳臭レベルに至るまで。
それは個人情報の塊といっても過言ではないリストで。座学の時に講師が口を酸っぱくして「得た依頼者の情報は絶対に漏らすな」と言っていたのはコレのことかと思い至る。これがもし流出なんてしたら……きっといろんな意味で詰む。患者も、自分も。
タブレットを持つ大和の手が震え、こめかみを冷たい汗が滴り落ちた。
「大国さん」
「は、はい!」
急に安達に話しかけられ、びくりと体を震わせる。
「流出――させないで下さいね?」
「は、はひ……」
目が据わっている笑顔を向けられた大和は、壊れたブリキのおもちゃのようにぎこちなく首を縦に振った。
それをジッと見ていた安達は咳ばらいを一つ入れて、話を続ける。
「そのリストの中から受けたい依頼者がいらっしゃいましたら、その欄をタップしていただきますと依頼を受諾されるかを問うメッセージが出るようになっております」
ふむ。大和は試しに適当な依頼者の名前をタップ。すると『依頼を受けますか?』と『はい/いいえ』が一緒になったウィンドウ画面現れた。今は安達の説明途中なので『いいえ』を選択。
「確かに出ました。受ける場合は『はい』を選べばいいんですよね?」
「ええ。そうしたら相手と私の方にメッセージが届きます。その後、私を交えて相手と依頼内容の確認、報酬額の交渉に移ります」
そこで話がまとまれば、正式に決定という流れになるようだ。
依頼内容の確認はいいとして、報酬額はなるべく安くしようと大和は考えていた。
外を自由に出歩けない腐乳症患者は基本、国からの補助金のみで生活しているのだから、それをむしり取るようなことは極力したくはないのである。
「専用のスケジュールアプリもインストールされていますので、タイムスケジュールの管理に活用なさってください」
以上で説明は終わりです。何か質問はありますか? との安達に、大和は口を開く。
「いつから依頼を受ければよいのでしょう?」
「すでに大国様は嘱託搾乳師の免許が交付されてますので、いつからでも始めても大丈夫です。もちろん今からでもいいですよ」
最後の言葉は冗談の類だったが、大和はふむりと考えた末に頷いた。
「分かりました。じゃあ早速なので、一つ受けてみることにしますね」
「――え!?」
驚いている安達を放置しつつ、大和は熱心にリストを眺めるのだった。
まだ見ぬ巨乳と、あの日に嗅いだ甘い匂いに思いを馳せながら――
ちなみに、安達はヒロインではないです。
イラスト入れてもいい?
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イラストありがいい。
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イラストなしがいい。
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どっちでもいい。