※この作品はR-18です。

乳を搾って人助け⁉   作:キャプテンキャップ

5 / 18
04 はじめてのおしごと

 大和が嘱託搾乳師となって3日後の昼過ぎ――

 

 都内の住宅地をカタコトとゆっくり走るミニバン。運転手である大和は、時おりカーナビと周囲に視線を向けながら目当ての家を捜す。

 探しているのは依頼人の家。そう、大和は嘱託搾乳師となった初日――今から3日前に初となる依頼を受けていた。

 

 リストの中から選んだ依頼人の名前は『飯島胡桃(いいじま・くるみ)』。腐乳臭レベルは3。

 大和と同じ都内に住む14歳の少女で、両親と自宅で療養中――とのこと。発症は4年前の10歳――小学4年生のころらしい。

 彼女を選んだのは、大和が住んでいるところと比較的近いという至極単純な理由であったが、初めての依頼は地理に明るい方が道に迷った挙句に遅刻、なんて事態は避けられるだろうという考えもあった。

 

 そして相手方――飯島胡桃の両親と大和の担当である安達を交えての、無料通話アプリのテレビ電話を使った依頼務内容の確認と報酬額の交渉も滞りなく済んだ。

 依頼の内容は搾乳の手伝い。それに対して大和が提示した報酬額は月1万円。

 報酬額に関しては胡桃の両親と安達に、たいそう驚かれた。というのもこの報酬、大抵は依頼を受けるごとに受け取るものであり、月極(つきぎめ)で決めるのは異例だ。

 飯島夫妻と安達には何度も確認されたが、そのたびに大和は「間違いないです」と首を縦に振った。

 そもそも、大和は報酬を高額に設定するつもりはないのである。

 

 なぜなら腐乳症患者は自由に外に出歩くことができないということもあって、国から毎月給付される給付金によって生活しているのだ。それをむしり取ろうとは思わない。給料だって手取りで月30万は入るのだし、これ以上は望むまい――と考えるのが、大和という青年。

 この時代にあって珍しい、彼の優しい性格が前面に出た結果だ。それに加えて、報酬をうんと安くすれば相手の好感度が上がり、次からは指名が入るかもという下心もあった。

 とまあ、そんな経緯で依頼は無事、正式に決定。

 

 そして今日が初出勤。ちなみに車は厚労省から支給された。大和は車を持っていたが軽自動車だったため、搾乳機やら搾った母乳を入れる密閉容器などなどを積むには心もとないと言われて、支給される運びに。なんとも太っ腹であると同時に、いかに搾乳師が優遇され、期待されているかを知る一幕でもあった。

 

 

 住宅地を走ることしばらく、目当ての飯島家へ到着。白い壁の箱型二階建て。ごく一般的な作りの家屋。……2階部分に窓が一切ない点を除けば、だが。

 恐らく2階全てが胡桃(くるみ)の部屋なのだろう。腐乳症患者のいる部屋に窓がないのは腐乳臭が外に漏れ出るのを防ぐための処置だ。別に虐待といったネガティブな感情から行っているのではない。

 事前に住宅にある車庫を使っていいと言われているので、住宅横の車庫へ車を入れ、後部座席から搾乳機などが入った気密性の高いバッグを肩から下げて車を降りる。

 途端、汗が噴き出してきた。

 

「ぐ、地味にバッグが重い……そして(あっつ)い」

 

 肩に食い込むベルトを恨めしく思うとともに、クーラーの利いた涼しい車内と蒸し暑い外の温度差に辟易(へきえき)しながら車庫から玄関へ移動した大和はインターホンを鳴らした。

 それほど待つことなく男性の声がインターホン越しに聞こえてくる。

 

『――はい、どちら様でしょう?』

 

「あ、おはようございます。大国です」

 

『ああ、先生でしたか! 今すぐ開けますので少々お待ちください――』

 

 大和が名乗るとすぐに玄関ドアが開き、出迎えてくれた飯島夫妻によってそのままリビングへと招かれてソファーに座る。夫妻は対面のソファーだ。

 奥さんが用意してくれたお茶で()()を潤しながら、今日の業務内容を確認する――といっても搾乳の手伝いのみなのでそれもすぐに終わり、お互いの距離を測るような雑談へ移る。とはいえ業務内容の確認は大事なことなので、真面目な性格の大和は今後も欠かさずやっていこうと決めている。

 

「ではそろそろ業務に移りますね。お茶、ありがとうございました」

 

 言って、雑談もそこそこに荷物(バッグ)をもって腰を上げる大和。

 

「分かりました。防護服に着替えるでしょうから、こちらをお使いください」

 

 私たちは失礼しますね。とリビングから出ていこうとする飯島夫妻に首をかしげる。

 

「防護服? ああ!」

 

 そういやそうだったと思い出す。普通の搾乳師は腐乳臭にやられたり、衣類や身体に臭いがつかないよう、腐乳症患者と会う際は防護服をつけるのが一般的。

 なのだが、腐乳臭をそもそも(くさ)いと感じないどころか良い匂いと感じ取る大和からすれば、防護服など無用の長物。むしろ邪魔である。なので持ってきてすらいない。

 

「僕は防護服をつけないので大丈夫です」

 

 お気遣いありがとうございます。と頭を下げる大和に飯島夫妻はポカンとした後に「大丈夫なのですか?」と思わず尋ねた。それは大和の体を心配してのことか、それとも頭の心配かは分からないが。

 

「大丈夫ですよ。胡桃さんの腐乳臭レベルは3ですし、その位なら僕にとって実質レベル(ゼロ)みたいなものです」

 

 アハハと笑いながら大和は言うが、もちろんそんな事はない。現に夫妻がこれまで頼んでいた搾乳師は毎回、防護服を着こんでいたし、業務を終えて防護服を脱いだ後は人心地(ひとごこち)ついた表情だったのを夫妻は覚えている。耐性を持った彼らでも、それほど腐乳臭というものは()()ものなのだ。

 

 唖然とする夫妻に「それでは行って来ますね」と声をかけると、再起動を果たした夫が「あ、は、はい。胡桃にはこれから先生が部屋を訪ねると伝えておきます」とスマホを大和に見せる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「では先生、こちらへどうぞ。2階の階段手前まで案内しますので」

 

 スマホを操作する夫を置いて、奥さんに案内されたのは廊下の突き当りにある重厚な密閉扉の前。この先に2階へと続く階段があるのだという。正確には1つ小部屋を挟んだ先だが。

 これもまた、腐乳症患者の部屋から漏れ出る腐乳臭が家中に充満しないための予防だ。

 

「先生、胡桃をよろしくお願いします」

 

「分かりました」

 

 深々と頭を下げる奥さんに頷き一つ残して、大和は目の前の密閉扉を開けて中へと入る。そこは小さな部屋だった。ここで一度、天井に備えられた強力な換気扇と左右の壁に備えられた複数の噴霧器で空気中や身体についた腐乳臭を洗い流すのだ。それが済むまで扉のロックが外れない仕組みであり、業務を終えた搾乳師はここで防護服を脱ぐ。

 今は2階に向かうだけなので洗浄は行われず、そのまま前方にあるもう一枚の密閉扉を開ける。

 

 すると、()()

 かすかに匂う、甘い香り。

 過去に一度だけ嗅いだ、あの匂いだ!

 

 密閉扉が閉じる音を後ろで聞きながら、大和は鼻で大きく息を吸い込む。鼻腔(びこう)を通じて肺に流れ込む腐乳臭。肺胞(はいほう)の一つ一つを満たしていくかのような錯覚。

 世間では臭いと認識されている腐乳臭だが、大和にかかればこんなものだ。

 

 甘くてトロトロ――だけどまだ()()

 腐乳症患者の部屋から漏れ出る低濃度の匂いでは到底満足でき(ものたり)ない。

 

 かれこれ1分近くも微動だにせず深呼吸を繰り返して腐乳臭を堪能していたくせに、大和は一丁前にヤレヤレと肩をすくめる。

 もっと濃密な匂いを味わい、嗅ぎたいのであれば、この先の階段を進むしかない。

 まだ見ぬ腐乳症患者――飯島胡桃が待つ部屋へと。

 

 大和は蛍光灯に照らされた階段を見上げるのだった。

イラスト入れてもいい?

  • イラストありがいい。
  • イラストなしがいい。
  • どっちでもいい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。