※この作品はR-18です。

Dのギフト   作:水城 真子

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Conflict(衝突)

玄関のドアを開ける。出迎えたのは目の前でお座りしているスモウだけ。

 

「お帰りなさい」

 

コナーはソファに横たわって銅像になったままだった。

頬に触れる。相変わらず冬のような冷たさ。

 

「まだ起きれねぇか」

 

叱られた子どものような顔してコナーはこくりと頷いた。

 

「ネットワークの情報で、レビサロイドと衝突したと聞きました……お怪我は?」

「俺を見りゃ分かるだろ?」

 

キッチンのシンクには朝食に使った食器が変わらず残されたまま。冷蔵庫を開ける。こういうときのためにコナーが作り置きしているフードコンテナの一つを出した。蓋を開ける。チキンとマッシュルームが香草と一緒に絡み合っており、食欲を膨らませる香りが鼻を通過する。

電子レンジで温める間、棚を開けてブルーブラッドのボトルを取り出す。ソファまで戻り、コナーの肩を掴んで上半身を起こし、ボトルを口に当てて飲ませる。

 

「……すみません」

「いちいち謝るな」

 

再び寝かせる。空になったブルーブラッドのボトルを捨てたとき、電子レンジのタイマーが無機質に鳴り響いた。

 

「……アレックスに、会えましたか?」

「ああ。お前の言うとおりだ。多分あいつが黒幕だ」

 

コナーの首がこちらに動く。

 

「ウェインは自分の執事用にジャスティンって名前のRK900を所持していた。あいつが多分、シリアルナンバー1……ブルーリッパーだ」

「そう、でしたか……証拠を見つけられましたか?」

「いや。あいつの家からは見つからなかった」

「……僕を探していましたか?」

「ああ」

「でしたらハンク、危険かもしれませんが、アレックスとコンタクトを取ってみましょうか?ブルーリッパーだと繋がる証言を彼から引き出せれば」

「会うな」

 

間髪入れずコナーの言葉を遮る。

 

「何故?事件の解決に」

「お前、ウェインには会うな」

 

語調を増幅した声を上げて提案を押し留める。

脳裏にほんの一瞬過ぎる、ホルマリン漬けの壊れてしまったコナー。

なおもコナーは何か言いたげに口を開く。

 

「いいか?サイバーライフに戻るな。ウェインにも会うな!絶対にだ!」

 

指揮者のタクトみたく人差し指をコナーに振り下ろし、自分でも驚くほど荒れた声で言い聞かせた。走ったわけでもないのに息切れし、幾度も肩が上下に動く。コナーのこめかみがケチャップ色となって点滅を繰り返す。

 

「……あと、カムスキーにも」

「それではメンテナンスが――」

「悪くなってる一方だろ!もっと重症になっちまったらどうするつもりだ!?」

「……ハンク、何があったんです?ストレス値が増えて――」

「止めろッ!」

 

ソファから伸びてきた手を振り払う。

途端にコナーはグラスを落として割っちまったような顔になった。手を静かに下ろし、胸の下に乗せると伏し目がちに視線を逸らす。

 

「……すみません」

「だから、いちいち謝るなって言ってんだろ!」

 

反射的にデカい声を上げてしまい、コナーはきゅっと眼を閉じて俺を遮断する。実際そんなことはないのに、目をつぶるコナーが身を縮こませて、一回り小さくなったようにも見えた。

 

「……すみません」

 

背もたれに向かって首を動かし、それきりコナーは無言になった。

下手すれば今にも泣きだしかねないコナーの陰った顔に、身体中の血が凍り付いてヒートショックを起こしかけた。

肩を落として項垂れる。何でキレてんだ、俺は。コナーが人間の記憶を視るには、眼に触れなきゃならない。なのに、俺は頭の中をほじくり返すつもりなのかと連想し、虫を仕留めるようにコナーの手を弾いた。

 

「……ちっと、嫌なモン見ただけだ。お前は寝てろ」

 

コナーが聞いているかどうか分からなかったが、なるべく語調を抑えて理由を述べ、ソファを離れる。スモウが代わりにコナーの傍らを陣取って伏せた。

温まった飯をレンジから取り出し、テーブルに放り投げるように置いて腰かける。フォーク片手にチキンを噛みちぎりながら、リビングへ目を向け、1mmも動かないコナーの様子を伺う。

そんなつもりじゃなかった。一言、そう伝えればよかったのに。テーブルについていた肘から先が上がり、熱を帯びる額を押さえた。でも、もう遅い。自分の短気を恨み、頭を掻く。

神経にエアコンのスイッチを入れて思考を冷却する。入り乱れていた感情を室外機を使って追い出そうとしても、ぐずぐず居残る熱風とともに全身を循環し、苛立ちが募るばかりだった。うだって呼吸が浅く、速くなっていく。

 

「クソッ」

 

弾かれたように椅子から立ち上がった。勢いよく滑った椅子が音を立てて床にぶつかった。誰が盗るわけでもないのにキャビネットに保管していた酒のボトルをひったくって開け、そのまま煽った。アルコールで今日の記憶をまるごと消毒したかった。

腹立たしさは消えず、咳き込みながらもボトルの中身を構わず流し込む。

アルコールはあっという間に全身を巡り、目の前に収納してあるグラスが水に浮かぶ油膜のようにぐにゃぐにゃ歪む。キャビネットに手をつき、ふらつく身体をどうにか支えた。頭の中の画面(スクリーン)も曇りガラスをはめ込んだようにボケ始める。

ピントを合わせようとしたとき、千切れたコナーがビーカーたっぷりに浸された薬品の中でぷかぷか揺れているのが見えた。ブラックホールの虚ろな眼が、俺を見つめている――まるで、あの日のコールみたいに……。

 

『パパ』

 

亡くした時計がサブリミナルのように頭に映り、呼び覚まされる。透写紙を重ねたようにウェインの家で見た壊れたコナーと、何トンもある鉄の箱に潰された息子が縺れ合う。やがて目を逸らしたくなる赤と青の暴力で塗りたくられ、コナーの身体から垂れていたケーブルを房代わりに、コナーとコールの顔がさくらんぼのようにくっつく。コールの真っ赤に濡れた手が、ズタズタのコナーの腹から生え、捻じれた足がコナーの腕から生え、無言の呻きが視界いっぱいに木霊してくる。言語にするのを拒否された、学名のないカテゴリにかろうじて収まる奇形の塊となって二人が完全に一つになったとき、猛烈な吐き気を覚えた。

加速する心拍数、ぶり返さないよう、もう一度酒を煽る。喉から胸に落ちていくアルコールがやがて全身を燃え上がらせ、二人の物言わぬ幻影を灼いていく。

酒を棚に戻す。食器に当たって甲高い音が耳を刺した。

千鳥足でよたよたしながらソファに歩いていく。そこに行けば今日という一日のエンドロールが流れる気がした。まだベッドに入っていないのに、どうしてそう思ったのか分からない。

スモウが伏せからお座りの体勢に代わって、俺にスペースの一部を譲った。

 

「……おい、聞いてるか……」

 

酒の力を借りた今なら言える。

床に両膝をつき、胸の上に折り重なっていたコナーの手をとる。宇宙空間みてぇな寒々しい手。

 

「……さっきは……悪かった……コナー……」

 

コナーの面は背もたれに向き、闇の中に避難したまま。

身体を揺すっても無反応。聞いちゃいない。

 

「……起きてるか?……お前、疲れないんだろ?眠らなくても平気なんだろ?いつも話しかけてくるくせに……なんで黙ってんだ?……」

 

不安を隠すように饒舌になりながらコナーの胸を軽く小突いた。

今、俺が見ていた悪夢によって引き起こされる不安の暴力が、現実にまで浸食してきたようだった。

 

「……なぁ……コナー……俺を起こせ……」

 

コナーの手を握りしめ、懇願する。返事はなく、死んだように眠ったままだった。

床に座りこんだ俺は、コナーの身体に頭を預けるようにしてソファにもたれた。

焼き払ったはずの幻が瞼の裏に見え隠れする。もう、酒の元へ辿り着く元気はなかった。邪悪な夢の続きが始まろうとしているのを察しつつも、睡魔に抗う術を失った俺は大人しく目を閉じる。

 

「……起こしてくれ……頼む……」

 

いつも隣で眠っているときみたいに。俺を悪夢の迷宮から――。

 

寝覚めは最悪だった。頭の中では、久しぶりに痛みがドラムを叩いていた。スティックでなく、バットでガンガンにビートを刻んで爆音を轟かせており、無音になるようこめかみを手で抑えつけた。尾てい骨の辺りはヤスリでもかけられたように痛み、腰全体もじんじんしている。時計を見ると、針は11時を指そうとしていた。

頭を抑えながら、後ろに首を動かす。コナーに変化はなく、昨日と同じ体勢のまま。動いた形跡はこれっぽっちもない。当然、鼻に入ってくるはずの焼き立てトーストや卵を焼いた匂いが漂うはずもなく、コナーが住み着く前と同じ、酒臭さが家の中をだらしなくうろついているばかり。

コナーの肩を揺する。ぴくりともしないコナーの頬に手を当て、こちら側に動かす。触った瞬間、ドライアイスに触れたような極めて低い体温に驚き、目が冴えた。こめかみはメトロノームみたく点滅している。

モルモットにさせられてから、動けなくなることは度々あったものの、眠りについたまま意識が戻らないというのは初めてだ。

ひとまず症状を見極めるためにこのまま寝かせておこうと考え、コナーにタオルケットを被せた。

酔いが残る中、なんとか立ち上がり、壁に寄りかかりながら歩いていく。ステルス訓練でもしているような俺を見て、餌箱の横で伏せていたスモウが不思議そうに首を傾げた。

汗が不快にまとわりつくシャツをなんとか脱ぎ捨てて着替え、身体の回路を無理矢理仕事モードに切り替えた。

もう一度コナーの元に戻り、上体を屈める。

 

「……コナー。行ってくる」

 

瞼は動かない。

 

「……なぁ……お前、疲れちまったのか?」

 

やはり返答はない。

コナーはここにいるのに、コナーの意識はどこかに引っ越してしまったようだった。けれども、コナーが心を箱に詰めてここじゃないどこかへ送り出してしまったとすれば、それは俺が原因だというのは十分思い当たっていた。モルモットにさせられ、濡れ衣を着せられ廃棄に怯える日々の中で、コナーの心はきっと擦り切れかかっている。なのに、俺は……。

コナーが目覚めるのを待ち、一番に昨日の謝罪をしたかった。だがコナーを元気にさせる方法はもう一つある。事件解決、をスローガンに、俺は署へ向かった。

自分のデスクに座った時、署長室から出てきたジェフリーが隣に立つ。

 

「お前が重役出勤するなんて、久しぶりだな。接待でもされてたのか?」

「ああ。ビーンブーズルを銀の皿に乗せて出されたぜ」

「傑作だな。何味だ?」

「ゲロ味。歯にまだくっついてんだ」

「だからお前吐きそうな顔してるのか」

「……ああ。まだ銃を舐めてるほうがマシだったよ」

 

罰ゲームで食わされるジェリービーンズの名前を出すと、ジェフリーは俺の頭痛の原因を納得して廊下へ出ていった。

……そういや、コールがいなくなった直後は、こめかみだけでなく口の中にも銃口を招いていたっけな。

あのときの冷たい味を思い返しながら、データベースを漁った。

ウェインに関するデータが記録されており、引っ張り出す。

話していた通り、ウェインは家族が殺され、身寄りもなく現在は独り身のようだ。当時は婚約者がおり、婚約記念パーティーを実施しようとしていた矢先、ディーン・カーターという男を筆頭とした一味があのお屋敷に強盗に押し入ったらしい。両親は金目の物を差し出して命乞いしたが、字面の如く出血大サービスされ死亡。妹がいたようだが、婚約者ともどもレイプされ、苦痛という苦痛をバラマキつくされ殺害された。事件当時ウェインは外出していて無事だったようだが、幸せの絶頂は砂となって崩れ去り、サイバーライフを休職。不思議なことに、悲劇がこびりついた家を売るわけでも離れるわけでもなく、事件発生後しばらくはあのお屋敷に引きこもっていた時期があったと、ご丁寧な記録が残されている。

ディーンたち一味はしばらく逃走していたらしいが、去年の10月、資金繰りのためにレッドアイスの売買をしていたところを取り押さえられ、捕まったという。

 

「……ん?」

 

ディーンたちが捕まった時の報告は、形式的すぎてすぐに頭からすっぽ抜けそうなものだったが、一文の中にあった『捜査アンドロイド』の文字に目が引き寄せられた。連中がレッドアイス栽培のために連れてきた変異体とごたごたを起こしたところを、変異体ハンターとアンドロイドに呼ばれた何者かがまとめて捕まえたという記述。

もしやディーンを捕まえたのは、俺のところに来る前のコナー?

――奴の悲劇と、ブルーリッパー事件にはなんらかの繋がりがあるのかもしれない。

思い立った俺はブルーリッパー事件に関するデータをディスプレイに表示する。膨大な被害者リストを筆頭に書類も広げ、糸口がないか目を通していく。

確か最初の事件では、被害者夫妻に怨恨があるのではと経営していた会社の従業員データをとっていたはず。設立当初から所属する全ての人間が几帳面に記載され、視力低下を招くだろう名簿を見返したとき、見たことある名前が目に入ってきた。

 

「……ディーン・カーター……」

 

ウェインの家族を殺した主犯。

どうもディーンは夫妻が経営する会社で10年以上前に働いていたようだが、素行の悪さが災いしてクビにされたらしい。

10年前というのは、ウェインの家族が殺された時期と一致している。点と点が線に変わった気がした。

ブルーリッパー事件から離れ、ディーンの情報をほじくり返す。被害者夫妻の会社を追い出された後は、その日暮らしを繰り返していたようだ。やがて憂さ晴らしに器物損壊や窃盗をして捕まっては釈放されたという調書。困窮していたディーンが、ザ・金と呼んで差し支えないウェインのお屋敷に目をつけてもおかしくはない。

ウェインは、家族を殺したディーンを当然恨んだだろう。コールを亡くした俺には分かる。最初はアンドロイド、やがてヤク中の医者、粉まみれの社会、何より救うことのできなかった俺自身。一秒でも早く破滅しようと感情のプールに溺れて、段々息が出来なくなっていく感覚。

『ピーターを嫌いな人は彼の犬にも害を与える』なんて諺がある。ディーンが解雇されなければ強盗を起こすこともなく、ウェインは今も家族とティータイムにでも興じる微笑ましい日々を送っていたかもしれない。極端ではあるが、ディーンの雇い主だった被害者夫妻は、ウェインの家族を間接的に殺したとも解釈できる。

――故に、ターゲットに選ばれたのではないか?

 

「ナイン、データを出してくれ」

「……了解」

 

瞳だけ動かしてギャビンのデスクを見る。デスクに足を置いてふんぞり返るギャビンを跨ぎながら、ナインがギャビンのデスクに皮膚機能を解除した手で触れた。ディスプレイから放たれていた光量がパッと変わるとギャビンが足を下ろし、ああでもないこうでもないと二人で意見を述べ合っているのが伺えた。

自分のディスプレイに目を戻し、溜息をつく。こういうとき、疲れ知らずで情報を引き出せるアンドロイドが羨ましい。

……ここに、コナーがいれば。

霞む目を揉み解す。顔を上げたとき、誰もいないはずの向かいのデスクに制服を着たコナーが座っているのが見えた。

プラスチックの真っ白な手で端末に触れ、数秒もかからず目的のデータを抽出し、見つけましたとデカイ声を張り上げ、得意げな顔して微笑む――。

頭を振る。幻を見るとは、脳味噌の電池が切れかけてるのか?

ブルーリッパー事件に再び焦点を当てて、死体の山リストからディーン、もしくはウェインとその家族に関連のありそうな人間がいないか片っ端からチェックしていく。たっぷり時間をかけて確認すると、ディーンのお仲間だったり、ウェインの家族が殺害された事件と何らかの形で関わりのある人間が数名いた。

ウェインの家族が殺された事件とブルーリッパー事件は一見無関係だが、一部は繋がっている。ウェインは何年もの間、自分の中で渦を巻いていた感情を醸造させ、家族の恨みを晴らそうとしているのだろう。ついでに事件のどさくさに紛れて、自分の造ったコナーを手元に回収しようとしている。

実行犯であるシリアルナンバー1のRK900――ジャスティンは、コナーが推測した通り、何らかの理由、例えば変異してしまったことが原因で廃棄されかかっていたが、恐らくウェインに救われたのではないだろうか。ジャスティンは自分を造り、生かしてくれるウェインに忠誠を誓い、奴の復讐に手を貸しているということになる。

これがきっと、ブルーリッパー事件の真相だ。残るは、証拠。復讐の証拠を見つければ、チェックメイト。コナーのブルーリッパー疑惑だって晴れる。真相を暴けば、コナーの評価も変わって自由になれるかもしれない。

事件解決の光明を見出した俺は、意気揚々とパソコンの電源を落とし、車のエンジンをかけた。

コナーがいなければ、あのアンドロイドに、そしてウェインに辿り着くことは出来なかった。バグまみれになって苦しみながらも、俺と一緒に捜査してきたコナーの働きは無駄じゃない。誰よりも先に真相に辿り着いた歓びを知らせたかった。自由に近づく可能性を掴んだと、コナーを喜ばせたかった。

 

「コナー、帰ったぞ」

 

帰宅し、真っ先にソファへ駆け寄った。コナーはやはり定位置となったソファの上でじっとしていた。

 

「聞け、ブルーリッパー事件が解決しそうだ」

 

声をかけてみても、コナーは動かないまま。かろうじて、こめかみの光だけが寝息を立てるように規則的に光っている。だがバリケートテープと同じ色した光を見ていると、コナーがうなされているように思えてきた。

スモウが自分の首輪を咥えて持ってきたかと思えば、コナーに押し付け始める。散歩をせがみ、クンクン鳴き始めるが、スモウにも無反応。

 

「……ったく、いつまでもこんなとこで寝てんじゃねぇよ」

 

身体を揺する。目覚めることなく、昏々と眠り続けている。普段は人間らしく見えるよう呼気に合わせて身体が動くはずなのに、胸が一切上下しない。身体の冷たさも相まって本当に死んでいるように思えてきた。

 

「起きろ」

 

思いきり身体を揺すると、ソファからはみ出した身体の重さに引きずられ、コナーはタオルケットを巻き込んだまま床にどさりと突っ伏す。これが人間なら一発で起きるのに、コナーの瞼は全く動かない。

 

「おい……コナー?どうなってる!起きろッ」

 

抱き上げて頬を叩く。こめかみの光以外は、電源の切れたアンドロイドと同じ。

もはや起きれないほど、ルルドによって生じたバグは致命的なものとなり、コナーの心身を脅かしているということなのか?

今からでもカムスキーの元へ連れていけば――直後、首を振って思考を追い出す。行ったところでメンテナンスと引き換えにまた実験台にされるんだ。モルモットになって苦しむのが分かっている以上、俺はもう奴に会わせたくなかった。

それにカムスキーは、すっかりお気に入りになったコナーを難癖着けて手元に置きたがっている。連れていってはいけない。金を積まれたって行きたくなかった。

カムスキーにモルモットとして明け渡すぐらいなら、せめて目の届くところに置いておこう――そこまで思い至った俺は、結局コナーをベッドに運んで寝かせたまま、しばらく様子を見ることにした。

コナーは必ず、目を覚ますはずだ。

根拠のない自信を持っていても、隣で眠るコナーに触れるたび、指を伝ってくる死体のような冷たさに打ちのめされそうになる。

うとうとして、ノンレム睡眠に辿り着こうとする直前、意識が叩かれたように何度も目が醒める。暗闇の中で、冷え切ったコナーの身体を温めようと摩る。命を吹き込むように、何度も、何度も。死の淵から生き返らせようとした。

どうして目覚めない?このままコナーは、二度と動かなくなってしまうのか?

――かつて息子が、俺の眼の前で息絶えたように。

 

室内が明るんでいた。いつの間に眠っていたのだろう。

気怠く重い身体をのろのろ起こしたとき、鼻孔が温かい匂いをキャッチする。一瞬で全身のスイッチが入った。

キッチンに入ると、デニムシャツと黒いパンツの上にエプロンを纏ったコナーが振り返って、薄く笑う。

 

「ハンク……おはようございます」

「やっと復活したか。具合はどうだ?」

「エラーは収まりました。今は吐血症状もありませんし大丈夫です」

「とりあえず、起きれるようになったんだな?」

「はい。ごめんなさい……ずっと、何も出来なくて……」

「お前は病人なんだ。無理するなって言っただろ」

 

何故かコナーは首を傾げる。

またあれか。疲れないアンドロイドに無理も無茶もねぇって言いたいのか。

 

「……それとも、任務大好きなお前にはこう言えばいいか?血を吐いて病気のやつが動き回るのは、俺の命令に反するって」

「あなたのサポートが出来ないのは、僕の任務に反します」

「本当、お前、俺の言うこと聞くようで聞きゃしねぇな……まぁいい。朝飯、出来たのか」

「はい」

 

テーブルにトースト、スクランブルエッグ、サラダが乗っかったワンプレートが出された。さらにスープと、アップルジュースを注いだコップをプレートの横に添える。

席に着き、数日ぶりの温かい食事にありつく。エプロンを脱いだコナーが隣に腰掛けるが、感想を聞いてきたり食べる順番といった普段口出しするようなことはせず、極小の文字で書かれた本が置いてあるようにじっとテーブルを見つめ、膝の上で手を擦り合わせていた。

 

「……あの、ハンク」

「ん?」

「……お願いが、あります……」

 

テーブルから目を離したコナーが俺を見据える。

 

「なんだ?」

「今日……『病院』に連れて行ってくれませんか?」

 

眉を顰める。コナーが自分からあいつのところに行きたいと口にするのは初めてだった。

 

「……まだどこかおかしいのか」

「はい……これ以上、あなたに迷惑かけたくないんです……」

 

耳を疑った。サラダに伸ばしていたフォークを止める。

連れていったら、どうなると思ってんだ?

返答を求めて鋭い視線を投げかけると、コナーは目を逸らし、心底申し訳なさそうに顔を伏せた。

アンドロイドの創造主のとこへ連れていったら、うそぶくだろう。治療を放棄するような真似して、どうしてこんなになるまで放置したんだと。こんな風にアンドロイドを扱うなら、自分が面倒を看ると言って――コナーは、あの蒼い泉のある地下から出られなくなるんじゃないか?

短絡的なシミュレーションをした俺は、眉間にさらに太い年輪を刻む。俺が今まで匿っていたのは無駄だというように、あのクソ野郎がほくそ笑むところまでイメージしてしまい、気分がジェットコースターみたく一気に急降下した。

 

「お前は自分の心配してろって言っただろ」

「……僕を匿って、面倒をみていただいているのはとても嬉しいんですが……このまま、あなたの手を煩わせてしまうのは……」

「だから、なんだッ!」

 

裁判官の木槌(ガベル)のように、テーブルに拳を振り下ろしていた。食器に乗っかっていた草やジュースが震え、激突音にコナーは一瞬で沈黙する。ダークブラウンの瞳は動揺を隠さずに揺れ、LEDも赤く点滅した。

 

「お前、なんだ、そんなにあいつのモルモットになりたいのか?ナノマシンだかなんだか知らんが、そんなにあいつのところに行きたいってんなら勝手に行ってこい。そのまま薬漬けになってろ。ヤク中はレッドアイスのジャンキーだけでこりごりだ」

 

さっさと口を閉じろと頭が警告を出したが間に合わず、最後まで言い切ってしまった。

深いため息をつき、こめかみをぎゅっと押さえ込んだ。なんでまたこいつに当たってんだ。血を吐いて、昏睡状態にまで陥った病人なんだぞ。一昨日と同じことを繰り返してどうする。咄嗟に謝ろうと口を開けてみたものの、すまん、の一言に固まりきれない言葉が、ただ荒い呼気となってキッチンに霧散しただけだった。

誰でもいいから今、馬鹿な俺を圧縮袋の中に放り込んで、空気を掃除機で吸い出すようにぺしゃんこにしてほしいと願った。ガキ以下の自分の学習能力に苛立ちが募り、しかめ面のままトーストを齧る。

 

「……とりあえず、飯終わったら連れてってやる」

「……分かりました」

 

それっきり、コナーは口を噤んでしまった。

なんとなく気まずいまま互いに支度をし、無言のまま車に乗り込む。

いつも通っている道を突っ切ろうと思ったとき、閉鎖中と書かれた電光掲示が目に入った。

 

「なんだ?通れねぇのかよ」

「……自動運転車がエラーを起こして横転したようです。現在封鎖して車の撤去作業を進めています」

「チッ……迂回するしかねぇか」

 

ハンドルを捌き、いつもは使わない高速道路(フリーウェイ)に乗り入れる。

アスファルトを敷いただけの変化に乏しい道を走らせながら、ちらりと横目にコナーを窺う。胸ポケットから硬貨を出すのが見えた。いつものように遊ぶのかと思いきや、俺の視線に気づくとうるさく言われると思ったのか再び服の中にしまい、外の風景をガラス越しにじっと眺める。時折、首につけているコインネックレスをシャツの中から出して、所在なげに指で触れていた。

 

「……そうだ、コナー。お前、ディーン・カーターを知ってるな?」

 

ネックレスを撫でていたコナーが手を止め、ようやく振り向いた。

 

「……ええ。レッドアイスの売人ですね」

「お前が捕まえたんだってな?」

「はい。あなたの元へ派遣される前の試験運用ということで、アレックスに彼を探すよう命令されました」

「ウェインの命令だったのか」

「ええ……現在は行方不明となっているそうですが……」

「行方不明?」

「彼は当時、逃走しようとする変異体に暴行され、重傷を負っていました。病院に搬送され、そのまま入院していましたが……入院していたカーターを何者かが手引きし、連れ出したようなのです。恐らく、彼を取り巻いていた人間だと思われますが……それが何か?」

「ディーン・カーターはウェインの家族を殺した人間だ。ブルーリッパー事件と繋がってるんだよ」

 

語気を強めたとき、立体交差するジャンクションに差し掛かった。

建設中の高架下を潜り抜けようとしたとき、コナーが目を見開く。

 

「……ハンク、車を停めてください」

「は?」

「ブレーキを!」

「な、なんだよ!?」

「早くッ!」

 

コナーがただならぬ剣幕を見せ、言われた通り急ブレーキをかける。

隣を追い越して行った車のドライバーが、ガラス越しに中指を立ててきたのを見送ったとき、目を見開いた。

タンクローリーが猛スピードで逆走してくる。追い越して行った車がトップスピードで正面衝突。洒落にならない破壊音が響いたと思った瞬間、ミサイルが発射されたような盛大な爆発が巻き起こる。

 

「おい、嘘だろ!?」

 

ハンドルを握りしめたまま、フロントガラスと額が接着するように身を乗り出した。

立ち上る黒い煙。炎が瞬く間に辺り一帯を飲み込んでいく。後続車たちがブレーキを踏み、引き返していく音を聞きながら、慌てて車を降りる。

鼻を腕で覆いつつ数十メートル先で燃え盛る事故現場へ近寄っていく。

 

「ハンク!危険です!」

 

コナーも車を降りて駆け寄ってきた。

車に乗ってた連中の生死を確認しようとしたが、ひしゃげてぺしゃんこに潰れている。即死だろう。

コナーが気が付かなかったら、俺は今頃消し炭になっていた……身震いしながらも、煙の切れ目に目を凝らす。今も絶賛炎上中のタンクローリーが窺える。

 

「ハンク、事故の通報を入れました。二次災害の恐れがあります。離れましょう」

 

コナーが俺の腕を掴み、引っ張った。

踵を返したときには立ち込める煙で一メートル先も見えないほど視界不良になってきた。すぐ前にいるコナーのLEDを頼りに歩く。

煙が薄まっておぼろげに自分の車が見えたとき、一発の銃声。

コナーの肩から血が噴き出した。

 

「コナー!?」

 

風が吹いて煙が晴れる。

俺の車の後ろには、見慣れたパトカーが何台も駆けつけていた。

 

「よう、久しぶりだな、コナー」

 

先頭に立っているのは、唇を左だけピエロのように吊り上げたギャビン。奴が持つ拳銃の先端から、硝煙が薄く立ち上っている。

ベンにクリス、見知った同僚たちが銃を手にパトカーから降りてくる。怜悧な靴音を響かせ、ナインがピストルを構えながらこちらへ歩み寄ってきた。

 

「RK800、ようやく見つけました。速やかに投降してください」

「お前たちなんでここに」

「匿名の通報が入ったのです。RK800、ブルーリッパーたるあなたがフリーウェイを通過したと」

「……何だと?」

 

目の前にやってきたナインとコナーが向かい合う。

ナノマシンが即座に働き始め、肩から流れる青い血は止まる。傷口はフライパンに落とした水滴が蒸発するように、俺の見てる前で塞がって元通りになった。

ナインが傷のあった部分を注視する。銃口をコナーの額に向けながら、今度は俺を睨んできた。

 

「……警部補、あなたはRK800を匿っていたのですね?」

「なるほど。顔見知りのジジィを脅して、のうのうと隠れてたってわけか。んで、今日はどこ行くつもりだったんだ?次はどこで殺しを繰り広げるつもりだったんだ、コナー?後ろの事故もお前の仕業なんだろ?」

 

手錠を取り出したギャビンがずかずか近寄ってくる。

コナーは大人しく両手を上げた。

 

「ハンク、テメェもテメェだ!殺人鬼を匿ってたなんて、懲戒どころの話じゃねぇぞ」

「……ギャビン、警部補は何も関係ない」

「お前が庇ったところで、こいつの懲戒フォルダはもう破裂すんだよ」

 

コナーの両手に手錠がかけられる。

へへ、と下卑た笑みを浮かべたギャビンは、コナーの胸倉を掴んだ。

 

「署でゆっくり取り調べしたら、ちゃんとゴミ箱に連れてってやるから安心しろよ。俺の出世払いだ」

「ほぉ。んじゃ、お前に昇進祝いくれておかないとな」

 

腰から銃を引き抜き、先端をギャビンへ向ける。鉛玉をプレゼントしようとトリガーに指をかけたとき、

 

「ハンク、止めてください」

 

コナーが俺に向かって小さく首を振る。いつも家でころころと見せていた鮮やかな感情は消え、生気のない色褪せた表情。疲れを感じないはずなのに、目を伏せるコナーは急に何年も老けたように見えた。

 

「……警部補。僕はずっとあなたを騙していました。でも、もう安心してください。裁かれるのは、僕だけでいいんです」

 

命に関わるときだってのに、コナーは嘘をついて自分をないがしろに、ひたすら俺を庇おうとする。

止めろ。そんな台詞、お前の口から聞きたくない。苦しんできたお前が、何故無実のまま断罪されなければならないんだ?

 

「だとさ。よかったな、ジジィ。銃、下ろせよ。罪を認めたんだぜ?」

 

ようやくギャビンがコナーを押しやり、手放す。

ギャビンに従う気などさらさらない。辺りへ目配せする。コナーを救う手段はないのか?

先へ続く道は炎の壁で塞がれ、同僚たちによって退路は断たれている。逃げ出そうとすれば、容赦なくコナーは蜂の巣……。

俺のシミュレーションでは突破口を見出せず、唇を噛み締めながら銃を下ろした。ギャビンが得意げにヒュウ、と口笛を鳴らす。

――クソが。

 

「ハンク……一つ、いいですか」

「……なんだ」

 

コナーの一言一句を逃さぬよう、すぐ隣に立つ。

 

「完成したら、すぐマーカスたちに届けてほしいと……あの人に伝えておいてください」

 

囁くように頼みを言い残したコナーは、こめかみを赤く光らせながら一度目を伏せる。

やがて青さを取り戻したとき、コナーが顔を上げ、真っ直ぐ俺を見据えた。

 

「……僕のせいで……本当にすみません。今まで……ありがとうございました」

 

静かに別れを告げる。

嘘で全て覆い隠したまま、一人でこのまま逝くつもりかよ。

コナーの寿命を引き延ばそうと、必死に言葉を探す。だがもう、コナーの眼は、ナインの方を向いていた。

 

「RK800。回収命令に従っていただけますね?」

「……ああ」

 

言葉を見つける前に、非情にもナインがコナーの腕を取り、パトカーへ連行していく。逃げ出さないよう、ナインと反対側にギャビンもくっついた。

離れていくコナーの背中を視線で追いかけながら、銃のグリップをきつく握りしめた。

同僚たちが大人しく従うコナーに銃を下ろしたそのとき、間近で花火が炸裂したような、身を竦ませる轟音が響き渡る。

全員が音の在り処を探す。煙の向こう、建設中の道路から石ころやコンクリの破片が降り注いでくる。ガードレールを突き破った何かのシルエットを捉えた。黒光りする機体、豹の目みてぇなヘッドライトを持つ、大型バイク。

捜査員たちが慌てて離れると、弧を描きながら転落してきたバイクが一番奥に停められていたパトカーを勢いよく潰した。

 

「……何だ、こいつ!?」

 

ざわめく同僚たちの一人が声を荒げる。

煙の中から突如現れる、黒い影。

黒のフルフェイスヘルメットをかぶっており、バイクの持ち主だと分かった。シャツにネクタイ、スーツ、皮手袋、革靴に至るまで、全身黒づくめの男。

風に煽られてはためくジャケットの裾辺りに、黒いパイプのようなものを提げているのに気づく。一見釣竿入れ(ロッドケース)にも見えるそれは、見覚えがあった。

――サーベル。

 

「……ブルーリッパーのお出ましだ」

 

ヘルメットへ銃の照準を合わせる。

 

「なぁ?ジャスティン」

 

ヘルメットのフェイスガードが、俺に動く。

 

「は?……あの雑用アンドロイドだって?」

「ジャスティン、もう喋れないフリしなくていいぜ。お前、本当は喋れるよな?コナーと同じ声で」

 

目を鋭くし、スーツの男を睨む。

数秒無言を貫いていたが、黒づくめがヘルメットを脱ぎ、腰に当てる。予想通り、ナインと全く同じ顔がそこにあった。

俺の背後で、同僚たちのざわめく声が聞こえた。

 

「……よくご存じですね、アンダーソン」

 

初めて、ジャスティンが口を開いた。やはり、コナーと同じ声。こいつは喋れるのだ。

 

「やっぱりな。シリアルナンバー1のRK900ってのは、お前だな?」

「警部補、シリアルナンバー1は廃棄されている。現存するはずが――」

「表向きはそうなってんだろ?」

 

ナインを遮って問いかける。

 

「……ええ。シリアルナンバー1942は私の偽造IDとして登録しています」

 

それに、と続けて、ジャスティンの青い瞳が後ろにいるナインを捉えた。

 

「Pタイプには、私に関するデータへのアクセス権限がありませんから」

「……馬鹿な……」

「そうかい。ジェリコで見たのはやっぱりお前だったんだな」

 

ジャスティンがナインから目を逸らすと、双眸を薄くして再び俺をロックオンする。

 

「犬ともども、あなたを殺しておけばよかった」

「……犬?……ベルカたちのことか?」

 

指先で引き金を捉えたとき、後方で燃え盛っているタンクローリーの残骸から、ガタガタと音が聞こえてきた。

爆発を予期して総員後退する。

タンクローリーの運転席のドアが鍋蓋のように吹き飛んだ。炎の中から二体のアンドロイドが姿を現す。

 

「レビサロイド……!?」

 

目を真っ青に着色した、署でも見かける制服姿のPC200とPM700。火に包まれていたというのに無傷で、PC200は両手に短機関銃(ウージー)。

二人はがくがく身を震わせながらも、ジャスティンの一歩前に出て並ぶ。真っ青に充血した両目をコナーに動かした。

 

「……見テ……rA9……」

「……rA9がイタ……」

「君たち……何を言ってるんだ?僕はマーカスじゃない」

 

コナーが否定するが、レビサロイドはにたにた笑う。PM700の歪んだ唇の端から涎が落ちて、地面に円を描いた。

ジャスティンが値踏みするように俺たちを見回し、最後にコナーを視線で捉える。

 

「RK800、私とともに来ていただきたい」

「……どういうことだ」

 

問い返すコナーに、ジャスティンは無言を貫く。

つかつかと俺の横を通り過ぎてジャスティンの前に進んだナインが、銃を構えた。

 

「ジャスティン、回収命令を――」

 

ナインの言葉が途切れる。音を立てて地面に銃が落ちた。斬り落としたナインの腕ごと。

ジャスティンは目にも止まらぬ早さで抜剣していた。

 

「あなたは邪魔だ、ナイン」

 

刃先から、青い滴がぽたり。ナインが目を見開き、こめかみが一度だけ赤く染まる。

 

「総員に告ぐ!ブルーリッパーだッ!捕まえろッ!」

 

声を張り上げたとき、ジャスティンの唇が僅かに弧を描く。

笑った――。

 

「では、私も任務を達成させてもらう」

 

ジャスティンが持っていたヘルメットを空高く放り投げる。火蓋を切るように。

ヘルメットに気を取られた一瞬をつき、PM700が袖口から何かを取り出した。

 

「伏せろッ!」

 

咄嗟にパトカーの連中へ指示する。前にいたベンとクリスが最初に車を壁に隠れたとき、レビサロイドは催涙弾を放り投げた。パトカーが集まる中心へいくつも着弾し、俺たちとパトカーを分断するように白い煙が立ち上る。

折しもタンクローリーから沸く煙が風に乗って再び立ち込め始め、腕で粘膜を守る。視界不良に陥る中、サブマシンガンを持った方がパトカーへ乱射。風穴を開けながら前進していく。刺激臭に咳き込む同僚たちの元へ、もう一人のレビサロイドも豚の鳴き声みてぇな奇声を上げながら白煙の中に消えた。

 

「ナイン、話は後だ!僕たちで彼らを止めるんだッ!」

「あなたは大人しく控えていただきたい」

 

声を上げるコナーの背後にジャスティンが音もなく回る。コナーの膝を蹴って体勢を崩させ、アスファルトに倒した。

ナインが地面を見ず、転がっている自分の腕へ鋭い蹴りを入れる。反動で浮き上がった手から素早く銃を回収し、ジャスティンの眉間を捉えた。俺もギャビンもナインに追従し全員がトリガーを引く。首を軽く捻るだけでジャスティンは難なく弾を避けた。

間髪入れずジャスティンは右足をこれでもかというくらい思い切り上へ蹴り上げ、そのままバク宙。目の前に落ちてきたヘルメットをボールに見立て、ジャスティンは正確にボレーシュートを決めてきた。ヘルメットがギャビンの鳩尾にゴール。直撃した勢いで吹き飛んだギャビンはガードレールに叩きつけられた。

 

「ク、ソッ……どうなって、やがる……!」

 

唇から血を伝わせながら、何度も咳き込む。胸元を庇い、息を喘がせながらもなんとかギャビンは立ち上がった。

ナインの背後に着地したジャスティンは、振り向きざまナインの膝を蹴り払う。

バランスを崩しながらもナインは自分の頭の後ろへ銃を回し、連続でトリガーを引いた。俺も追撃し、ナインを援護する。ジャスティンは風になびく旗みたく最小限の動きで弾を回避し、一発も命中しない。

ナインが前に転がって間合いを取る。砲身の延長ががら空きになったギャビンが痛みを堪えながら一発ぶちかました。ジャスティンはギャビンを一切視認せず、身を翻して鉛玉を躱す。こいつの頭には見えないカメラでもついてるのか?

弾丸みてぇな激速スピードでギャビンの懐に入るジャスティンに、思考はすぐさま打ち砕かれる。

サーベルを持っている側の肘を使ってギャビンの顎に一発。そのまま拳を顔面に叩き入れてワンツーコンボ。とどめとばかりに刃が払われる。ギャビンはリンボーダンスの要領でなんとか潜り抜けた。涼しい顔したジャスティンはすぐさま回し蹴りを放つ。ガラ空きのあばらに踵がめり込み、ギャビンの図体が弾き飛ばされた。

 

「……こいつ、雑用プラスチックじゃなかったのかよ……!」

 

煙で見えないパトカーの方から銃声と呻きの大合唱が響く中、体勢を立て直したナインが引き金を引いて畳みかける。ジャスティンは華麗に見切って、再び射線を捉えようとするナインの前に潜り込んだ。サーベルの刃で撫でつけ、銃口をずらす。鉛玉はアスファルトに着弾。銃口を向けようとするナインの前に、ジャスティンが踏み込む。素早く下から斬りつけ、腹から胸にかけて抉り、さらに胸元を払って十字を刻んだ。

ナインの身体から舞う青い血飛沫。

鼻血を出してふらつくギャビンに一瞥し、

 

「ギャビン、そのまま下がっていろ」

「は……!?」

「下がれ!」

 

抑揚の見せないナインが初めてデカイ声を上げ、威圧的にギャビンに命令する。ナインは、なおもジャスティンを屠ろうと銃を額へ。瞬時にサーベルとは逆の腕をナインの手首の外側から当てて弾き、ジャスティンは弾道を逸らした。そのまま腕を半円状に払い、もう一本腕を貰おうと斬りつけてくる。ターンして避けたナインは再び至近距離でトリガーに指をかけた。身を反らしたジャスティンに命中せず、あっという間に踏み込まれて腕を掴まれる。ジャスティンが膝を目掛けて鋭い蹴り。腕を軸にくるりと転回し、後ろへ回り込んだナインが、蹴りを放つ。屈んで身を低くしたジャスティンはハイキックを避けつつ、刃をナインの足元へストローク。ナインは冷静に見極め、フィギュアスケートの選手みてぇにトゥループして一撃を免れた。

だが、次の一撃への布石だった。着地したナインを目掛け、ジャスティンの刃が素早く食らいつく。ズバリと腹に入る一閃。

 

「ナインッ!」

「私に構わず撃ってください!」

 

同じ機種だからなのか、息の合ったジャイブを踊っているようにさえ見える二人のぶつかり合いが続く。援護するにも二人の動きが早すぎて動体視力がついていけず、狙いを定められない。

撃つタイミングを逃す間になおも斬り、払い、突き、ジャスティンはキレのある刃を高速で放って追い詰めてくる。これまでのはお遊びだったというような苛烈さ。猛攻に防戦一方、ナインの制服はクラッシュデニムみたく穴だらけになっていき、じわじわ青く染まっていく。

 

「止めろ!」

 

二人の間に入ったのは、コナー。手錠をジャスティンの首に引っ掛け、自分の方へ引き寄せる。

 

「分かっているのか!?君は僕の後継機……捜査アンドロイドだろう!何故人間を……同じアンドロイドまで殺す必要があるんだッ!?」

 

ジャスティンは慌てる素振りも見せず、コナーのこめかみへ手を伸ばす。薬でも打たれたようにコナーはふらりとジャスティンへもたれかかる。

 

「必要だからですよ」

「どう、いう……ことだ……ッ」

 

なんとか顔を上げて問いただすコナーの腰に、ジャスティンは腕を回す。後ろから逆手に持ったサーベルをコナーの首に当て、バイオリンの弓のように滑らせた。

すっぱり斬られたコナーの首筋からブルーブラッドが流れ出す。

コナーの首から流れる血を見て、ジャスティンが不気味に笑う。

 

「……何、を……ッ」

 

刹那、ジャスティンがコナーの頭を押さえながら、傷口へ食らいついた。骨付き肉にかぶりつくように、歯を立ててぐびぐびとコナーの血を啜っていく。

 

「……こいつ……マジかよ……食ってんのかッ……!?」

 

ドン引きするギャビン同様、俺だけでなくナインまで引き金にかけていた指を止めてしまった。

コナーが顔を歪めながらずるずるしゃがみこんで膝をつく。なおもジャスティンはコナーを離さず、吸血鬼のごとくブルーブラッドを吸い続けた。

やがて顔を上げたジャスティンは、チョコレートを口の中で溶かす子どものように満足げに微笑む。唇に残った青い血も一滴残らず舌で拭い取った。

 

「ジャスティン……何故……ッ」

「すぐに終わりますよ」

 

耳元に一言残し、ジャスティンは手錠を素早く抜けてコナーを押しやった。

瞬きする間に、ジャスティンがナインの眼前に飛び込んできた。刃がフェンシングのように突き出され、ナインの銃を叩き落す。

 

「シリアルナンバー1、ジャスティン……何故任務を放棄し、脱走したのです?」

「……任務を放棄したつもりはありませんよ」

「何?」

「所詮Pタイプのあなたに、本当の任務は与えられないということだ」

 

ジャスティンはサーベルで水平線を描く。ナインの首が刎ねられ、胴体から切り離された。

呼吸を忘れ、絶句する。俺だけでなく、ギャビンも、そしてコナーも。目の前で、ナインの身体がふらりとアスファルトに沈んでいく。

撥ねたナインの首をジャスティンは片手でキャッチ。デカイ鮭でも一本釣りしたかのように掲げ、切断面からぽたぽた滴る青い血に、舌を伸ばす。

 

【挿絵表示】

 

二、三滴だけ受け止めると、顔を顰めながら舌を引っ込めた。

 

「……不味い」

 

ギャビンへ向かってナインの首を片手で押し出した。

ワンハンドパスで回ってきた首を受け止め、驚愕しながらも顔を上げるギャビンの眼前へ、ジャスティンが降り立つ。そのまま顔面に爪先から蹴りを叩き入れ、昏倒させた。

クソ野郎とはいえ、棺行きにさせるわけにはいかない。地面を舐めるギャビンにジャスティンがサーベルを振り上げた瞬間、トリガーを引く。ジャスティンはさっと避けるが、死の一撃をなんとか中断させられた。

黒い殺人鬼が向き直る。ヘッドショットを狙うが、引き金を引く瞬間を見切って飛び上がったジャスティンが一気に距離を詰めてくる。着地と同時に迫るサーベル。咄嗟に身を引くが、刃先が俺の左腕を抉り、鋭い痛みが走った。

間髪入れず刃が心臓を目掛けて飛んできた途端、

 

「止せッ!」

 

俺を庇って割り込んできたコナーの肩が切り裂かれ、青い血が飛び散る。

 

「馬鹿!出てくるな!」

 

コナーは言うことを聞かず、俺を車のある方へ押しやり、素早く地面を転がる。そのたった2、3秒の間に血を吸われた首の傷も、肩の切り傷も肌色で塗りつぶされて元通りになった。ナインが持っていた銃を拾い上げたコナーは、ジャスティンの進路に銃弾を叩きこみ牽制する。

 

「ジャスティン。一つ教えてくれ。君は、僕を探すためだけに、仲間を……人間を……殺したのか?」

「それが何か?あなたはメッセージを読まれなかったのですか?」

 

宿題をやってきたかどうか問いかける教師のような口調で、質問に質問を返してくる。

コナーは、肌が白くなりそうなほどの力で銃を握りしめた。

 

「君の目的は僕なんだろう?無関係の人間にこれ以上手を出すなッ」

 

怒鳴りつけ、発砲する。奴は銃弾を見切ってあっさりコナーの懐に入り、服の中に手を突っ込んだ。

 

「何をッ……!」

 

せめてもの抵抗だとコナーはジャスティンの首に手錠を回した。動きを封じようとするが、身体を押し出され、バランスを崩したコナーは転倒する。

ジャスティンの手に握られているのは、コナーの心臓たるシリウムポンプ。

 

「手を出してほしくないと言うなら、大人しくしていてください」

 

そう言ってジャスティンは黒煙の中へポンプを放り投げた。

心臓のある方角へ首を動かし、コナーの気が一瞬逸れた隙に、ジャスティンは手の中の銃を蹴って弾く。

 

「止めろッ……!」

 

心臓を取り戻そうと、コナーはタンクローリーのある方へ這いつくばっていく。

ジャスティンと視線が交わり、サーベルが再び俺を刺身にしようと迫ってくる。

奴はコナーを無力化し、俺をこのまま嬲り殺そうと分断したのだ。

 

「くそッ!」

 

このままではコナーがシャットダウンしてしまう。

なんとかジャスティンの一振りを避けた俺は、あえてダッシュし、黒煙の中に飛び込む。

目が開けていられないほど痛む。焦げ臭い有害な臭いに喉も痛んで何度も噎せるが、必死にコナーの心臓を探す。

時間がない。どこだ。どこにある。早く見つけないと、コナーが。

アスファルトの上で右往左往する俺の足に石が当たる感触。

見下ろす。

あった。ポンプだ。

 

「あったぞ!」

 

しゃがんで拾ったとき、俺の頭があった辺りの煙が一閃を描いて晴れる。

黒い煙の向こうから放たれるジャスティンの追撃。咄嗟に後ろへ移動し回避した。

視界の先に伏せていたコナーへ心臓を投げる。腹に戻すのを見届けるが、息つく間もなくジャスティンが刃を振り下ろしてくる。退いたとき、アスファルトがバターのように削れていた。

 

「お前、とんでもねぇ獲物を持ってるな」

 

炎の近くにいるというのに、じっとりした冷たい汗が背中を伝う。

このままでは俺たち全員屠殺される。死体の山を築かれる前に、なんとしても奴の殺害記録(スコア)をここでストップさせなければならない。

諦めず拳銃を構える。今度はジャスティンが飛び退き、煙のヴェールを纏って消えた。

 

「ハンク、上ですッ!」

 

ガードレールを踏み台に飛び上がったジャスティンがおぼろげに捉えられた。銃口が火を噴く前にコナーが飛び出してくる。

俺を馬鹿力で思いきり押し出してくるもんだから、勢いあまってアスファルトに尻餅をつく。立ち上がった時には、ジャスティンの刃がコナーの二の腕を貫いていた。

好機と捉えたコナーは、腕から飛び出しているサーベルの刃を掴んだ。擦り切れた指の関節から青い血をぽたぽた滴らせながら、刃を引いてジャスティンを手繰り寄せる。

 

「ハンクッ!」

 

サーベルを引き抜いたジャスティンに無我夢中で飛びついた。

ジャスティンと縺れ合ってアスファルトに倒れる。拳を振り上げて何度も殴りつけるが、奴は剣の柄を盾にガードした。ジャスティンは地面の上を転がっていきながら身を起こし、低い姿勢を保ちながら流れるように身体の重心をずらして飛び、パトカーのある方へ着地する。

そのとき、一際大きな爆発が起こった。

上に目を凝らす。ショベルカーにダンプが降り注ぐ。恐らくタンクローリーが生み出す灼熱の炎が、上層に残されていた工事車両を誘爆したのだ。

足場が轟音を立てながら崩れ落ちてくる。慌てて煙の内部から脱出して走った。

振り向いたとき、俺とコナーの間に巨石がいくつも降り注いで壁のように立ち塞がった。衝撃で舞い上がる黒煙に、コナーが攫われて消失する。

 

「コナー!」

 

瓦礫がなおもタンクローリーを潰していき、熱と重みに耐えられなくなったのかアスファルトにまで亀裂が走っていく。

さらに後退して車までたどり着いたとき、火炎の咆哮が振動を伴って轟き、コナーを飲み込んだままガラガラと崩落する。小さな太陽が生まれたような渦が下層に爆誕し、百匹もの狼が同時に吠えているような轟音が周囲を包む。

 

「コナーッ!!」

 

ガードレールから身を乗り出し、あらん限りの声で叫んだ。

返事は、あらゆるものを舐めつくす灼熱の悪声(グロウル)だけ。

 

「コナー……」

 

寝ぼけたような声を発したのはジャスティンだった。奴は俺と同じように呆然とした顔で炎の海を見下ろしていた。

催涙弾の煙幕がようやく晴れ、パトカー近辺の様子が浮き彫りになる。端的に言えば、ボコボコに制圧されていた。

ウイルスが回りきったのかレビサロイドが地面に倒れ、胸をかきむしるようにして悶える。やがて動かなくなると、痣やら傷やら勲章を残しながらベン、クリス、軽傷の連中がジャスティンを囲うように集まり、銃口を向けてデカの意地を見せつける。

 

「ジャスティン!手を挙げろ!お前を逮捕する!」

 

俺も砲身をジャスティンへ向ける。額をぶち抜くなら、今。トリガーを引こうとしたとき、奴は溜息交じりに剣を収め、黒い両手を上げた。降参のサイン。

後ろにいたベンが手錠を渡してくれた。銃を構えながら手錠片手に近づいていく。

 

「……またあなたのせいだ」

「何?」

 

足を止めたとき、ジャスティンの唇が僅かに動く。

また笑った――フェイントだと気づいたときには既に遅く、ジャスティンは急に飛び出してこちらへ全速力で駆け寄ってくる。

咄嗟に撃つが、スーツを微かに掠めるだけ。ジャスティンはバネのように飛び上がって空中で身を捻る。サーカスの空中ブランコみてぇに、俺も同僚たちも、さらに後ろにあるパトカーの列も一気に飛び越すほどの跳躍を見せ、全員が呆気にとられた。

 

「待てッ!ジャスティン!」

 

さらに二度、俊敏なバク転をしながら後退。もう一度バク転したときジャスティンはガードレールの縁を掴んだ。そのまま手を離し、ヒモ無しバンジー。

一同ガードレールに集まり、銃を構えながらつぶさに探した。下で潰れている形跡はない。

下層から立ち上る煙が僅かに晴れる。別のバイクに跨った黒づくめの男がノーヘル状態で走り去っていくのを見逃さなかった。

 

「逃がすなッ!追うぞッ!」

 

目の合ったベンとクリスが頷いた。

ざっと見渡す限り、レビサロイドにぶちのめされてはいるが、死んでいる人間は一人としていない。それだけが幸いだった。

唯一の死者はナイン。青い血溜まりに沈む死体が視界に入ったとき、持っていた手錠ごと拳を握りしめた。

伸びていたギャビンがふらふらと立ち上がる。鼻を押さえながら、ギャビンはナインだったものをじっと見下ろしていた。

 

「ギャビン、行くぞッ!」

「……ああ」

 

足元に転がる首に一瞥したギャビンがキレた顔して車に乗り込み、一番にアクセルを踏んだ。救援を待つ負傷者を残し、動けそうな奴は穴だらけのパトカーに乗り込んでいく。

もはやアジトと疑いようがないウェインの屋敷へ爆走する。静かな郊外にサイレンが響き渡った。

鉄の柵が見えてくるが、固く閉ざされている。前を走っていたギャビンの車がスピードを上げていき、ブレーキをかけることなく門扉にバンパーから突っ込む。

強制開放された扉を通過し、屋敷の前にパトカーが次々雪崩れ込む。勝手知った俺とギャビンが先頭に立ち、銃を手に突入する。

エントランスを抜けてぐるりと一階を巡り、メンテナンスルームを開けたときだった。

 

「……なくなってる……」

 

俺に悪夢を提供したホルマリン漬けのコナーの死体がない。ケースごと、水を抜く装置もセットで。

あんなデカいのを、持ち去ったというのか?

家主も執事も不在の一階を捜査員に任せて二階へ上がる。

ギャビンがリビングの扉を蹴破った。

目に飛び込む光景に構えていた銃を下ろす。

 

「……どういうことだ……」

 

正面のソファに座っていたのは、首のない白衣を着た男。

リビングを見回すが、荒らされた形跡はない。そのまま奥の書斎に入る。リビングに飾られていた皿がデスクにわざわざ出されていた。皿の上には、何かの供物のようにウェインの首が活けられている。ゼリーみたく凝った翡翠の瞳が、皿にラズベリーソースみたくぽつぽつと落とされた血痕をじっと見つめていた。

後ろの本棚に、サイバーライフフォントで書かれた長ったらしい血のメッセージ。ただし今までと違い、ブルーブラッドでなく、人間の赤い血で書かれている。

 

「『見よ、わたしは災いを下す。あなたが強情で、わたしの言葉に聞き従おうとしないから(Listen! I am going to bring on every disaster I pronounced against you, because you were stiff-necked and would not listen to my words)』……災い、だと……」

「これは……エレミヤ書19章15節を引用している」

 

バリトンの声に振り返る。到着したパーキンスと並んで立っているのを見て、ナインではなく、パーキンスのアンドロイドが喋ったと分かった。

 

「フン……この期に及んで、また聖書か……まぁいい。この屋敷を徹底的に捜索しろ」

「なら、パーキンス」

「なんだ?」

「地下だ」

 

捜査員を引き連れて固く閉ざされていた地下の扉をこじ開けたとき、ゴーグルをしていても目が開けられない程の悪臭が溢れかえった。

暗く粗末な石造りの部屋に、現場から連れ去られていた被害者たちがいた。ただし、人間としての原型は留めていない。骨から引きはがされた人間の残骸に、かつての面影を見出せる程度だった。

100%ピュアな無惨を敷き詰めた地下室、墓を掘り返すような作業になると予測した捜査員たちの額に脂汗が浮かぶ。

屋敷に訪れていたとき、どうにかしてここをこじ開けていれば……もしかしたら誰か一人ぐらい助かっていたかもしれない。やるせない気持ちが鉄球のように全身にぶら下がって何もかもしんどくなり、一旦屋敷の外へ出た。

全身をマラソンしていたアドレナリンが疲弊し、忘れていた痛みが喚き始め、ふらふらと車に寄りかかる。

ウェインの遺体が外に運び出されてくる。血塗れの白衣を見送りながら、項垂れた。

――目の前でコナーが炎に飲み込まれてしまった。

――コナーは、もう……。

 

『あなたのせいではありません』

 

歴史が変わったあの日、俺の歴史も間違いなく日付が変わった。

また、俺の時計は止まるのだろう。今なら、外れてばかりのロシアンルーレットが成功する気がした。

銃に手を伸ばしたとき、突如鳴り響く携帯の着信音が、俺を現実に呼び戻す。

画面に表示される、非通知の文字。

 

『すぐに来ていただけますか?』

 

今日に限って、嫌味な声が天の助けに聞こえた。

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