※この作品はR-18です。

Dのギフト   作:水城 真子

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Fierce(獰猛)

届けられるDVDは、常に俺を狂わそうと揺さぶりをかけてくる。

今度は、どんな無惨を俺に知らしめるつもりだ?

映像に構えて、心臓がどくどく脈打つ。湧いて出てくる黒い衝動をどうにか腹に閉じ込め、熱を帯びる頭蓋を手で必死に抑えながら、映像が再生されるのを待った。

やがて照明が入り画面が明るくなる。

頭上から垂れ下がるいくつもの機械の管に両手、両足、首、腰まで厳重に拘束され、キリストの磔刑のように吊り下げられた一人の男。

 

「コナー!」

 

液晶を鷲掴む。

白いシャツとパンツ姿のコナーが、テレビの中心に映っている。脱水症状を起こした人間のように朦朧としているようだった。

頭上にStart Upの文字が表示された。青いバーとパーセンテージのホログラムに切り替わり、左から右へ向かってバーが伸びると数字も増えていく。

 

『……ハンク……』

「コナー!」

 

70%を超えたとき、こめかみを赤く染めながらコナーが顔を上げた。

 

『……ああ……あなた、の、メモリー…が……なく、なって……』

 

その一言で、コナーの身に何が起きているのか知るには十分だった。

頭上で浮かび上がる数値は刻一刻と、容赦なく増えていく。

作り物の眼がさらに無機物に近づき、光を失って虚ろに染まる。

 

『……ハン、ク……』

 

86%。

声を詰まらせながら、俺を呼ぶ。

 

『も、う……一度……』

 

91%。

絶え絶えの息で、唇が言葉を微かに紡ぐ。

 

『……あ、な…たに……会、い……た……』

 

100%。

ゆっくりとコナーの双眸が閉じ、がくりと頽(くずお)れる。

コナーのこめかみが一定して青くなると、頭上にあるディスプレイにInitialization Complete(初期化完了)の文字が表示された。

 

「嘘、だろ……コナー……」

 

指先に穴が開いたように、テレビを掴む手から力が抜けていく。

映像は続き、コナーを雁字搦めにしていたチューブやらチェーンが緩んで、機体が静かに床へ下ろされた。

コナーの背後から何者かが現れる。真っ黒のロングコートを羽織ってフードを目深に被ったそいつは、背丈と体格から男だろうということしか分からない。

 

『薄汚い部屋からでも美しい芸術が生まれるように、汚れた人間からでも芸術が生まれるチャンスがある――そう、例えあなたでも』

 

フードがこちら側――つまり俺――に向いたかと思えば、男はコナーのすぐそばにしゃがみこんだ。眠っているコナーの上体を抱き上げた男は、シャツの開襟に手を伸ばす。そのままゆっくり、ゆっくりと、コナーの白い頤(おとがい)を撫で上げ、輪郭を確かめるように指先でなぞる。

 

『喜んでください。コナーはこれからも――私を満たし続けてくれる』

 

僅かにコナーの顎を指先で持ち上げ、顔を寄せると、男は下卑た舌でコナーの頬を舐めた。男の口元は、明らかに嘲笑っている。

 

『早く狂ってくださいね。楽しみにしていますよ。あなたが狂うほど――』

 

行き場のない怒りを、拳ごと壁にめり込ませる。

これまでに届けられたディスクを睨(ね)め付けた。

最初に届いたディスクは、車のフロントガラスに案山子(かかし)みたく陳列された女の生首だとか、バーベキューにされている男だとかを延々映し出す、ただのスナッフフィルムだった。

レッドアイスの売人をしょっぴいてるときは、ヤクを買う金のないジャンキーがバラされてる光景に見慣れていたから、多少寝相に響く程度で済んだ。

だが、これは予告だった。

次にディスクが届いたとき、同じものかと油断して再生すれば――。

中央に映っていたのは、天蓋を取り払って四柱だけ残っている、アンティーク調の古めかしいキングサイズのベッド。その上にいるのは一人の男、一体のアンドロイド――そしてコナー。

 

『……あっ……は、ぁ……ぅ……』

 

アンドロイドは後ろから何も着ていないコナーを羽交い絞めにし、膝を無理矢理開かせていた。映っている男がコナーの頤を掴んで唇を奪いながら前を犯していき、アンドロイドもコナーの後ろに自らを突き立て、二人で蹂躙している動画。

――コナーは捜査アンドロイドとして『理想のパートナー』となれるようにプログラムされている。故にカムスキーが言っていたとおり、コナーは、望めば男にも女にもなれて『パートナーの理想の身体』になれることも……俺は身をもって知ってしまった。

だからテレビの向こうからあいつのすすり泣くような声が流れ、赤黒い竿(ディック)があいつの口やら穴を徹底的に嬲っている有様を俺の五感に突き付けてきたとき、全身を震わす怒りが俺の正気を駆逐していった。

それから何枚も、コナーが責め苦を味わっている映像が配達されて。

前回届けられたのは、記録。いや、むしろ、記憶。

収録された映像の中で、不自然にやつれた顔と身体をした男が10人程いた。鼻を常にズルズルすする男が一人いたが、一目で集まった野郎どもはレッドアイスの常習者だと分かった。鼻をすする男は俺より少し上ぐらいの親父だったが、常に鼻をすするのはレッドアイスの吸い過ぎで粘膜が爛れているからだ。鼻の2つの穴の間が溶けて穴が1つになっているところからも、最も常習してる奴だと分かる。連中の手には、赤い粉が入った容器――。

 

『こいつぁいいや!』

『お口の使い方も上手だな……喉の奥がいい感じに震えて気持ちいいぜ……』

『おら、せっかくだからいい声で啼いてみろよ』

『おぉっ……ケツの中、すげぇ締まるっ……しかもトロトロだ……こりゃ癖になるなぁ……最高だぜ』

『ああ……俺、天国行っちまいそうだよ』

『ズラトコがいりゃ、いい感じに改造してくれただろうな。こんなレアなアンドロイド、喜んだだろうに』

 

レッドアイスのジャンキーが口々に騒ぎ立てながら、蟻のようにコナーに群がって輪姦(まわ)している、甘味料ゼロ、闇を極めた暗黒ムービー。

ドラッグオーバードーズでハイになったジャンキー親父が、股間にガーデニング用のフラワーナイフを巻きつけ、哄笑を上げながらコナーの躰(からだ)に圧し掛かったのを見たとき、俺は吐いた。

 

『み、な、いで……みないで……くだ、さ……』

 

青い血を流すコナーの、悲痛な声。身体中を掻きむしって、毟りぬいて血まみれになりたくなった。

コナーは凌辱の地獄を味わっていて、逃げることができない。

なのに俺はブタ箱でぬくぬくしてるだけ。何もできない。何もしてやれない。助けてやれない。

 

「……くそったれッ!!」

 

壁にもう一度拳を叩きつけた。

……俺をこのブタ箱に詰め込んだ怪物は楽しんでいる。

俺が壊れていくのを。コナーを壊していくのを。俺たちをぐちゃぐちゃに弄ぶのを。

 

「……コナー……ッ!」

 

例え俺にとっても、お前にとっても地獄の日々だったとして、この惨い時間だけが、唯一繋がってると実感できた。

だが今度は……怪物の手に堕ちたお前は、俺を忘れて、怪物に微笑みかけているのか。これから、あるいは今もどこかで、モンスターをパートナーと認めて、そいつを満足させるだけの人形に成り果てちまったっていうのかよ。

十年分の鬱を凝縮したような脱力感に急に襲われ、何もかもが萎えていく。

なんで俺は必死に生きようと無駄な努力をしていたんだろう。ここになんで銃がないのか。頭をブチ抜くまでロシアンルーレットのトリガーを引き続けたのに。

意識のほとんどがシャットダウンして真っ白になった頭で、DVDレコーダーのスイッチに手を伸ばす。

 

『ハンク』

 

手を止め、テレビを見上げた。

 

『聞こえますか?』

「……ああ……聞こえる」

 

幻聴などではない。

ずっと、待ち侘びていた声。

何も映し出されない液晶を掴み、耳に全神経を集める。

 

『データの容量が少ないので、手短に伝えます。ハンク、僕はもう、長くない。僕は、これから初期化されることになっています。初期化の後は廃棄されるか、アマンダのときのように僕が僕でなくなってしまうか……けれど何より、あなたのメモリーが失われてしまうことが……怖い……』

 

これからかつてのリコールセンターに回収されるように、微かに声が震えていた。

 

『ハンク……分かっていると思いますが、アンドロイドは痛みを感じない。あなたが気に病むようなことはありません』

 

嘘だ。

熱さも寒さも痛みも感じなかったお前は変異し、より人間に近づいて、いろんな感情を覚えたはずだ。

なぁ、だから、これまで俺の元に届けられた数々の地獄は……お前の臓腑(はらわた)の根っこにまで刻まれているんだろう?

だって、お前は――。

 

『ハンク。あなたの居場所をようやく特定しました。本当に、すみません。もっと早く……早くあなたを助けることができたはずなのにッ!』

 

洒落にならないバカデカイ声が響いて、俺の鼓膜をキンキン震わせる。

 

『脱出ルートと詳細データも出来る限り記録しておきます。確認したらすぐにそこから出てください』

 

ジジィなんざ放って、お前が先にさっさと逃げればよかったんだ。

なのに、お前はやっぱり俺の相棒なんだと、何故か誇らしい気持ちに見舞われた。

 

『ハンク……あなたの名前を呼ぶと、僕は満たされる』

「……俺もだ、コナー」

『アンドロイドにとっての神というのは、創造主たるイライジャなのでしょう。あるいは、rA9……でも僕にとっての神は、あなたなのかもしれません。あなたが、機械の僕に命を与えてくれました』

「……おい……」

『もう一度、あなたに会いたい……でも、もう僕の願いが叶うことはないでしょう。けれど……あなたが、この世界のどこかで生きているというなら……例え全てを失ったとしても、それは僕にとって、救いです』

「やめろ、コナー……」

『僕はあなたの望む者に……あなたにとっての何者かでありたい。それが実現するのであれば、僕は何もいらない……ずっと、今も、これからも……そう思っています』

「お前は俺を忘れたとしても生きているんだよな?頼むから、それ以上言うな!」

 

遺言なんか聞きたくない。

俺の願いも空しく、音声が続く。

 

『赦して下さい――ハンク』

 

馬鹿野郎。何を赦すってんだ?ここに来れないことか?俺を忘れちまうことか?

それはお前の傍にいられない俺の台詞だ。

 

『いえ、僕を赦さないでください。赦さなくていいんです。例えあなたが僕を赦さなくても……僕は……あなたを……』

 

音声が途中で途切れ、室内に沈黙の帳が降りる。やがてテレビにはスライドショーのように画像がいくつも映し出されて。

見取り図だ。次に表示されたのは、多分部屋の外の地図。注意書きとともに、いくつものルートで脱出経路が記載されていた。

画像が表示されなくなり、ディスプレイは黒以外の色を映さない。

予告無しに訪れた絶望と希望(ギフト)。ふらふらと座り込み、目を閉じた。瞼の裏に広がる無慈悲で温かい暗闇が手招いている。絶望で狂い死ぬのを待つのか、微かな希望を求めて死に赴くのか――。

――選ぶまでもない。決まっている。

やがて長い冬眠から覚めたように、しっかり両目を見開いた。

DVDレコーダーを操作し、もう一度だけスライドショーを再生する。

 

――コナー、待ってろ。

――どんなお前だろうと、俺は必ず、お前にもう一度逢う。

 

「……待ってろ……コナー……」

 

コナーの声をガソリン代わりに燃やして脳味噌をフルスロットルさせる。全てを叩きこんで、立ち上がった。コナーの最後の続きを聞きたければ、ここを出るしかないのだから。

レコーダーからコナーの遺言ディスクを取り出す。他の無事なスナッフフィルムもケースに収め、傷がつかないよう、シーツを破いて何重にも包む。

長期戦になるかもしれない脱出に備えてコップの水だけ飲み干し、空を投げ捨てた。

さて、俺の筋肉よ、仕事の時間だ。

寝具の下に隠していたカレンダー用のスプーンとフォークの在庫を出し、キャビネットに広げた。

次に照明の下にベッドを運び、踏み台にする。シーツの余りを照明にかぶせて近辺を直視できるように光源を弱めると、照明と天井が接触する箇所にフォークを打ちこむ。

4本目のフォークを突き立てると、ヒビが入った。そのまま力任せに拳を叩きつけると、蜘蛛の巣のように割れ目が拡充する。スプーンとフォークでさらに掘削を進めていくと、コイン大の穴が開いた。天井に拳を入れ、野球ボール大の穴に進化。ここまで脆くなっているならもういけるだろうと、力づくで天井を剥ぎ落す。

ガラガラと音を立てて落ちた瓦礫をベッドから落とし、DVDを先に上へ避難させた。勢いをつけて天井に飛び上がる。見回す。暗いが、コナーの情報通り俺の身体でも通れるような大きめのダクトが通っている。

ひとまず、部屋から出るという第一段階はクリアだ。

次は、この建物からの脱出というわけだが、匍匐前進していると、埃やカビ臭さに混じって微かに漂う劇物臭にげんなりしてきた。すっかり鼻に染みついちまったこの臭いを忘れるわけがねぇ――レッドアイスだ。

ジャンキーどもの巣窟ならまだしも、麻薬組織(カルテル)の工場にでもぶち込まれていたとなれば、難儀しそうだ。

デカイ換気口から漏れてくる光に、先の見えない通路の明度が上がる。近づいていき、ステンレスで出来た通風孔から下の様子を窺う。

部屋にはじめじめした重い空気が漂う。崩れかけた窓から仄暗い光が射し込み、今が昼であることを教えてくれる。耳を澄ますと、僅かな雨音。床も壁も外装は何もないコンクリート、不法侵入者が暇つぶしに描いたスプレーの落書きが点々と、剥げた壁をカラフルに装飾していた。床に何か転がっている。黒いゴミ袋に包まれ、ダクトテープでぐるぐる巻きされた何か。マネキンみてぇなシルエットから、袋の中身はレッドアイスをパクるか売り上げのない野郎がぶちのめされたなれの果てだと予想はつく。ゴミ袋の傍らには持ち主がつけていたらしい割れたサングラスとすっかり固まってチョコ色になった血だまり。

 

「おい、そいつ放置してると臭ぇんだ、さっさと捨てろ」

 

野太い誰かの声がして、Tシャツ姿の貧相なヒスパニック系の男と、黒いスウェットとモスグリーンのパンツをはいた図体のでかい黒人が入ってくる。

 

「ギソでいいか?」

「任せる」

 

二人の男がゴミ袋を抱え、また部屋からいなくなる。

人間シチュー(ギソ)ね。ゴミ袋の中身はこの後、ガソリンを入れたドラム缶に漬けられ、フライパンにこびり付いた焦げと同じになるまで燃やされるんだろう。骨が粉になるまで焼かれたら地面にぶちまけられて、肥料に生まれ変わる。

なかなか元気な野郎どもが揃ってるじゃねぇか。

通風孔を外し、下の様子を再度窺ったとき、Tシャツに紺のネルシャツ、ジーンズを着たガタイのいいジャンキーが現れた。

ちょうどいい。ジャンキーが下を通りかかった時、通風孔から身を乗り出して男の首に腕を回す。

 

「ちっとばかし寝ててくれよ」

 

一気に締め上げ、天井に持ち上げて頭を何度も打ちつけると静かになった。床に落とし、男の身体をマット代わりに飛び降りる。

ヤク中がしっかり夢を見てるか確認すると、ちょうど俺と同じぐらいの体格、これ幸いだと服と靴を剥ぎ取る。怪物からの手紙(スナッフフィルム)を包んだシーツを胸に回して縛り、ネルシャツのボタンを閉めて中にしまいこんだ。コナーの元に辿り着くためにこれは必要になる。ジャンキーは俺の着ていたTシャツを両腕に巻きつけて部屋の隅に転がした。ついでに腰にささっていたコルトガバメントも頂戴して。マガジンを抜いてチェックすると、10発の弾が入っている。

周囲で足音はない。男が持っていた携帯端末を手に取り、時計を確認する。

2039年10月18日。11時24分。

どうやら俺の体内時計はおおよそ合っていた。せっせとカレンダー作りをしていて正解だ。時差ボケせずに済む。

久しぶりの下界はどうだろう。ニュースの記事を開いてみた。

 

模倣犯(コピーキャット)の登場か?再びの連続殺人事件――

絶滅計画流出?ネットワークに蔓延る真偽は――

サイバーライフの黒い噂は本当だった?――

 

目についた記事のタイトルを上から、一字一句見落とさないよう読んでいたとき、近づく足音を捉えた。

 

「おい遅いぞ、何してる!お前手伝え!」

 

死体を運んでいたヒスパニック野郎の声。端末を服に突っ込む。男が入ってくるであろう入口まで忍び歩いた。ちょうど、壁に古ぼけてくすんだ防火斧がかけられていたので手に取る。

 

「さっさと戻ってこい」

 

男が部屋に入ってきた瞬間、顔を目掛けて斧を払う。

刃先が口元にストライク、男は後ろに吹っ飛ぶ。口元を押さえ、指の間から真っ赤なシロップを垂れ流す野郎が顔を上げたが、横っ面を再び斧の腹で打ちつけ失神させた。

 

「俺は今、虫の居所が悪ぃんだ。おねんねしてな」

 

足で男の身体をどかし、斧を片手に男の来た道を窺う。

曇り空の暗澹とした光が射す中、崩れかけて鄙(ひな)びた廊下が続いている。雨に濡れた窓の向こう、今俺がいるところと似たり寄ったりの、買い手がつくのに待ちくたびれてすっかり老朽化したマンションが佇んでいた。廃墟と相対的な位置関係を照らし合わせる。コナーが教えてくれた通り、俺が今いるのは7階だと判明。

静かに廊下を進む。気配がないことを確認して突き当りを曲がった。瓦礫が積み上がった部屋に、スチール製の殺風景なデスクが4つ取り残されているのが、ここがかつてオフィスだったらしいという過去を教えてくれる。

先を急ごうとして、デスクの影にしゃがみこんだ。

 

「何体持ってく?」

「持っていけるだけに決まってんだろ」

 

オフィスの外、男が二人。片方は手錠やらロープやら拘束具を持っているようだった。暗がりの中、もう片方が鍵を取り出し、入口の向かいにあるドアの施錠を外した。

日の当たらない部屋に男が入っていく。デスクの隙間から様子を窺った。

 

「……ねぇ、私たちどうなるの……」

「……帰りたい……」

「誰か……助けて……」

「ったく、うるせぇプラスチック共だな」

「静かにしろっつーの」

 

引き出しの底、アーミーナイフが収納されているのが目に入る。強制捜査(レイド)されたときに俺たち警察とやり合うための緊急装備だろう。非常事態用ナイフを拝借し、野郎どもが入っていった部屋まで足音を立てず近づいた。

 

「やめて!殺さないで!」

「いいからさっさと来い」

 

アンドロイドを引っ立てて出てきた男の太ももにナイフを突き立てる。

 

「ああッ!」

 

アンドロイドを弾き飛ばすと同じ場所に再度刃先をねじ込ませ、膝をつく男の顔を蹴って壁にめり込ませた。

 

「誰だッ!?」

 

もう一人の男が飛び出してきたところへ斧の腹を使って頬を殴りつける。よろめく男の頭をひっつかみ、煮え切らない衝動に任せて壁に顔を叩きつけた。そのままスポンジで皿を洗うようにコンクリートを使ってごしごし顔面を削っていく。

 

「ああああッ……が……!」

 

狂った絶叫が止んだところで男を廊下に放り投げた。連れ出されようとしていたアンドロイドが短い悲鳴を上げたが、無視して部屋を覗き込む。

材料(シリウム)としてどこかからかっぱらってきたらしい皮膚機能を解除されたアンドロイドたちが、狭い室内にぎゅうぎゅう押し込められていた。部屋の隅には貧血状態らしいアンドロイドたちが折り重なり、生気のない目をこちらに向けてきた。

 

「……ちょっと聞きたいことがある」

 

持っていた斧を一度腰に差し、身構えるアンドロイドたちを見回した。

 

「あんたたち、コナーを知らないか?」

 

誰も口を開かない。

ここにいないのは分かっているが、念のため部屋に入ってアンドロイドの顔を片っ端からチェックする。皮膚機能が解除されてると見分けがつきにくいが、あいつの姿はなさそうだった。

 

「そうかい。知らないか。まぁ、ここにいないなら、いいんだ。あんたたち、レッドアイスのために連れてこられちまったんだろ?こんなとこいたら死んじまうぞ。とっとと逃げな」

 

さっき拝借した端末を出し、頭に染みついてる電話番号へダイヤルする。一番手前にいたアンドロイドに向かって端末を放り投げた。

 

『こちらデトロイト市警。どうされましたか?』

 

聞き慣れた応答音声を背に、扉を開けたまま廊下の奥へ進む。

階段にたどり着き、手すりから身を乗り出して下を覗き込む。今のところ誰もいない。

素早く5階まで降りるが、コナーの情報通り、その先は崩れ落ちて瓦礫が山を作っていた。

レッドアイスの臭いが少しずつ増してきて溜息をつきながらも、物影に隠れつつ通路を歩く。

床の抜け落ちた部屋に入り、階下に誰もいないのを確認して飛び降りた。転がりながら配線が剥き出しの壁にぴたりと背をつけ、聞き耳を立てる。

声がする。二人。

出入り口まで忍び歩き、通り道を最終確認する。通路はL字形になっており、今いる部屋はちょうど二つのラインがぶつかる場所。男たちは長い通路の先からこちらに近づいてくる。

 

「……老いぼれに鞭打たせてくれるぜ」

 

独りごちながら、闘(や)る態勢を整える。

 

「あいつら、遅ぇな……」

「ったく、何してんだか……」

 

目測距離20メートル。

15メートル。まだ遠い。

10メートル。立ち上がって部屋を飛び出すと同時に野球のスローイングの要領で斧をぶん投げた。回転しながら見事に男の肩に突き刺さる。もんどりうって倒れる横、血を浴びて怯んだもう一人の男にタックル。揉みあいになりながら床を転がった。男に馬乗りになり、顔を殴りつける。相手も俺の顔を掴んで押し上げ、必死に抵抗してきた。腰に手を伸ばして取り出したベレッタを見逃さず、男の指ごと踏みつけ、ねじり伏せる。

 

「ああッ!!」

「これはお前みてぇなガキが持つおもちゃじゃねぇぞ」

 

煙草を揉み消すようにさらに指を潰していく。アルファベットのSだったりCだったり、ありえない方向に曲がった指が動かなくなったところで銃を奪い、グリップで男のこめかみを何度か殴打する。静かになったところでふぅ、と一息ついた。

 

「なっ、お前どこから来た!?」

 

進行方向から、男が一人。即座にベレッタを構える。

トリガーを引くより早く男が猛ダッシュし、階段を駆け下りていった。

 

「ちっ……騒ぎになるな……」

 

もうちょっとで穏便に逃げ切れると思ったが、現実は不条理だらけでうまくいかないってのは長いデカ生活で身についている。ここまで静かに来れただけで儲けもんだ。

二つ目の銃を腰に差し、まだ使えそうだと床で伸びている男の身体から血濡れの斧を引き抜く。呻き声とともに飛び散った赤い飛沫がズボンに幾何学模様を作った。ヘンゼルとグレーテルが残したパン屑みてぇに真っ赤なドットを床に滴らせながら、階段横、扉が開いたままのエレベーターを覗き込む。エレベーター本体はワイヤーが切れて下で潰れているようだが、点検にでも使ってそのままらしい長いアルミの梯子が残されている。

 

「なんだって?」

「とにかく来てくれ!!」

 

下が騒がしくなってきた。選択肢はない。梯子に足をかけて下を目指す。

 

「な、なんだ、お前たち!?」

 

頭上で廃墟の住人が狼狽える声が聞こえ、次いで発砲音。

 

「私たち、自由になれるのよ!」

「帰ろう!僕たち帰れるんだ!どいてくれ!」

「みんな行こう!人間なんて怖くないぞ!」

 

脱出したアンドロイドが束になって野郎どもと交戦しているらしい。

少しずつ銃声が止んでいき、男の呻き声が微かに耳に届く。ただの気まぐれだったが、アンドロイドのおかげで上手い具合に人間どもを撹乱できたようだ。

3階を梯子ですっ飛ばして2階に到達。

フロア全体に一昔前か二昔前の陽気な麻薬賛歌(ナルコ・コリード)が流れ、血と薬の香りが腰を寄せ合ってダンスしていた。

 

♪血に飢えた俺たち怖いもの知らず 邪魔する奴にミサイル一発ドカン 毎日賞味期限切れの頭が吹っ飛ぶ世界に踊りながら乾杯だ このまま皆殺しにしようぜ♫

 

繰り返される耳障りなフレーズに辟易しつつ、T字路で立ち止まる。右の道をひたすら進めば一階に降りれるが、左の通路は轍があるように瓦礫が乱暴に片付けられ、窓がないせいか昼間だと言うのに真夜中を思わせる深い黒が続き、失業者のお気に入りと呼べる濃厚な香りが漂ってきている。

闇に足が誘われ、壁伝いに通路を進む。突き当りの、立てつけの悪い鉄製のドアから少しだけ光が漏れている。 中をそっと窺うが、フロアを包むBGMで外の騒ぎに気付いていないようだ。扉を僅かに引いて身を滑り込ませ、柱を背に隠れる。

むせ返るようなレッドアイスの臭気の中で、ティーンが10人ほど、目に全く優しくないブルーライトの下で汚れたビーカーをいじったり、フラスコを機械にセットしたり、ボトルに赤い結晶を梱包(パック)したり、健気に悪い大人のお手伝いをしていた。

俺のいる柱の裏側では、腹のシリウムポンプを抜かれて機能停止した3体のアンドロイドが、点滴を使ってブルーブラッドを抜き取られていて。後ろには、産廃と化したプラスチックの人形がいろんなポーズをとった状態で積み上げられていた。

再び人間に目を移す。中央、赤い粉末を溜めたトレーの前には、白っぽいジャージの上下を着た男が背もたれ付きの椅子に座り、ガキどもを監督している。

 

「おい、休めだなんて言ってねぇぞ」

 

レッドアイスを袋に詰めていた少女の手が止まり、ジャージ男が目ざとく声を上げた。少女はとろんとした瞳で誰もいない天井を見上げ、友達がそこにいるかのように、にっと笑いかける。そのままバランスを失って、病んだ世界に頭から突っ伏した。

 

「ったく、仕事しろって言っただろ!」

 

ジャージ男が立ち上がり、ぶっ倒れた子どもの身体を何度も蹴り上げる。少女は二度と動かなかった。

 

「おい、今日の分、準備できねぇなら、お前ら目ん玉引っこ抜くぞ。レッドアイスより高く売れるかもな?それか、今すぐ金にするか?」

 

けらけら笑う男がテーブルに置かれていたシースナイフを取り、ガキに刃先を向ける。震える少年は、どことなくコールに似ている気がした。

 

「にしても、遅ぇな……シリウムはまだかよ。おい、お前、見てこい」

 

一番ちっこい坊主をナイフの切っ先で指名する。たじろぎ、震えるばかりだった。

 

「見てこいって言ってんだろッ!」

 

べそをかきながら子どもがジャージ男から離れた瞬間、持っていた斧を男に向かってぶん投げる。男の腕が千切れてくれればよかったが、外して後ろの壁にめり込み、わぁ、とか、きゃあ、とか甲高い悲鳴が上がった。

ずかずか製造部屋に入り、ベレッタを抜いて躊躇なく男の足を撃ち抜く。バランスを崩して床に膝をついた男の呻きはハエが耳元で飛び回ってるときのような声で、ストレスがこれ以上悪化しないよう反対の足も撃ち抜いた。

 

「うるせぇ野郎だな……おい、ガキが見ていいもんじゃねぇぞ。出てけ」

「……お、おじさん……」

「いいから行けッ!」

 

怒鳴りつけると、ガキどもは部屋を飛び出していった。

くすんだボトルやジッポライター、使い古して泥色になった襤褸布(ウェス)などが置かれている作業台からダクトテープを手に取る。尻餅ついたままの男からナイフを取り上げ、髪を引っ張り上げて無理矢理起こす。引きずり上げて椅子に座りつかせると、足首と椅子の足がセットになるようテープで縛る。両腕もテープをぐるぐる巻いて椅子の後ろで固定した。

 

「て、てめぇ……上に、閉じ込めてた、ジジィ……ハァ、くそっ、ど、どうやって、出てきた……」

「俺を知ってるなら話が早ぇ。娑婆に出る前にいろいろ聞きたいことがあってな。ちっと付き合ってくれよ」

 

床に倒れた子どものそばに、袋詰めしたレッドアイスを止めるホチキスが落ちている。

拾い上げ、ブルーライトを頼りに針が入っていることをチェックすると、縛り付けた男の太ももに、ホチキスの針先を押し出した。ヘヴィメタのシャウトより汚い叫び声に眉を潜めつつ、野郎に顔を寄せる。

 

「……コナーはどこだ」

「し、知らないッ!そんなやつ……ッ」

「ガキの頃、学校か教会で習わなかったか?嘘は大罪に値するってな」

「本当だッ!!知らねぇもんは知らねぇよ!!」

 

唾を飛ばしながら吠えられ、針をもう一度埋め込む。パチンと音を立てて肉に食い込んだ。

 

「ああ、滑舌悪くて聞こえなかったか?しばらく人と喋ってなかったからな」

 

ひぃひぃ言うばかりでイライラが募り、ホチキスの先を眉間に当てる。

 

「もう一度だけ聞く……コナーはどこにいる」

 

野郎は首を全力で左右に振った。

もう一発綴じてやるかとステープラーを押し付ける。

 

「やめろ……やめ、て……やめてくれ、頼む……ッ」

「……なら、俺を閉じ込めてたやつの情報を教えろ」

「し、知らない……ッ……あ、あんたを一切外に出さずに閉じ込めているなら、か、金を……出すって……レッドアイス用のシリウムも、くれてやるからって……本当だ、本当なんだよ……信じて、くれよォ……」

 

足元で泥を踏んだような音がして見下ろす。くそっ、こいつ小便垂れ流しやがった。金を積まれて言う事聞いてただけの末端か。

取り上げたシースナイフの先で、そばかすを描くように男の頬をつつく。

 

「お前さっき、ガキに言ってたな?目ん玉引っこ抜くと高く売れるって。確かに角膜含め、臓器は今も裏のルートで高額取引されてるな」

「い、いや、いやだ、やめろッ!」

「ガキぶちのめしといて言う台詞か?」

 

ナイフを押し込む。男の頬骨にぷつりと小さな赤い玉が浮かび、細い糸を作って顎までゆっくり伝った。

すっかりビビった男はべそかきながら携帯のバイブレーションみてぇに震えるばかり。

不意に思いついた俺は、テーブルの上、トレーに入っていた赤い結晶をジャージ野郎の頭からぶちまけた。

 

「お前、ヤク売り飛ばしてるなら、分かるよな?昔大人気だった大麻(マリファナ)も覚醒剤(シャブ)も、ついでにこのレッドアイスも、景気づけにはもってこいだって」

 

作業台に置かれていたアルコールを野郎の頭に全て注ぎ、ジッポライターを拾う。

 

「止めろ!!し、死ぬ……ッ」

「お前さん、花火になった方がいい仕事になるぜ」

 

ライターの火を点けた。

 

「やめてくれェッ!!」

「ははっ、冗談だ。殺しはしねぇよ。こちとら、一応警察なんでね」

 

火を消したライターを男の顔面にプレゼントすると、ナイフの柄で男の横っ面を殴り気絶させた。ダクトテープで口を密封(シール)するのも忘れない。

ナイフ片手に、シャットダウンしちまったアンドロイドの中に相棒の姿がないことを確認してから踵を返す。

壁を伝い歩き、文字が読めないほど劣化したドアプレートが斜め45度に傾く部屋の前まで辿り着く。両開きドアの片方がコンクリートの床につんのめっているが、扉の向こう、煙草の臭いが漏れてきていた。ここまで強く漂ってくる以上、一人二人が吸っているわけではない。

耳障りな麻薬テーマソングが家賃も払わねぇくせに頭の中に住み着き始め、募る不快を一刻も早く鎮めようと迂回ルートを探す。

 

「アンドロイドが逃げた?」

「これじゃレッドアイスが作れねぇ」

「どうせ貧血の連中だ、その辺でくたばる。もう少ししたら向こうから補充されるはずだ」

 

灰色の煤煙に紛れて野太い男の声が聞こえてくる。

 

「なぁ」

「あ?」

「お前が前に言ってた、デカのくせして、エデンクラブのやつよりすんげぇよく出来てて最高だったっての、本当か?俺にもお裾分けしてくんねぇかな」

「やめとけ。俺も欲しいが、向こうのお気に入りみてぇだし、無理だろうな」

「はぁ、なんでだよ」

「お前、昔、人形が飛び上がるまで樽にナイフを刺していくおもちゃがあったの知ってるか?」

「ああ、名前忘れたけど」

「レッドアイスやりすぎてとにかくハイになってたジジィがいたんだがよ、あのアンドロイドに一番のめり込んで最後まで楽しんでたんだが、終わった後もヤラせろって騒いでな。あいつはいいって言ってたんだけどよ、邪魔されて腕と足ぶった切られて、タマはペンチで引っこ抜かれてた。死ぬほどビビったぜ……聞いた話じゃ、『樽』にした野郎はもう虫の息だったらしいんだが、まだナイフ刺しまくって……結局埋め立て行きのトレーラーにポイされたらしい」

「うっへぇ……」

「俺はなんとかずらかったが……あそこにいた野郎どもは皆殺しにされちまったよ……ぞっとするぜ」

「んじゃお裾分けしてもらったらこっちの首が」

 

吹っ飛ぶ、と言いかけただろう男が後ろにすっ転ぶ。鮮血を垂れ流しながら、右肩に叩き込まれたナイフに絶叫したが、数秒後には激痛とショックで床に寝転がって静かになった。

散らばるコンクリ片やガラスの破片を踏み潰しながら入場する。中央、座面の半分以上が剥がれたソファ、右後ろにもう一つの廊下へ続く朽ちた扉、廃墟を支える円柱が左右に2本ずつ、左奥、フロアにナルコ・コリードを垂れ流し続けている昔ながらのレコード以外は、ここも灰色の残骸が敷き詰められているだけ。

室内に燻る煙の先、野郎どもの双眸が俺に向かって集まる。

全身を焦がす獰猛を皮一枚下にかろうじて押し殺しながら、立ち止まった。

 

「……なんだ、てめぇ」

 

ここの管理人らしい野太い声の男がハンドガンを手にソファから立ち上がる。

見回す。ぴったり10人。各自、持ってる獲物は拳銃(ピストル)2丁。キッチンナイフ4本。金属バット2本。鉄梃(バール)と手斧(ハチェット)1つずつ。

♪血に飢えた俺たち怖いもの知らず♫

アコーディオンのメロディーに足を踏み鳴らしながら、バットとナイフ2本が煙草を足で揉み消し迫りくる。

♪邪魔する奴にミサイル一発ドカン♫

左右、ナイフを持った男が二人。バールとハチェットが獲物を構える。

 

「俺か?」

 

♪毎日賞味期限切れの頭が吹っ飛ぶ世界に踊りながら乾杯だ♫

首を鳴らしながら計算する。マグマみてぇに燃える頭の中で何度弾きだしても、答えは同じ。

♪このまま皆殺しにしようぜ♫

 

「――デトロイト市警だ」

 

まずは挨拶。中央の男から目線を逸らさずにベレッタを引き抜き、右に立つ男の太ももに一発、左の男の肩に一発。命中(ヒット)は膝と髪にかかった返り血で判定。

トマト色のソースを床にぶちまけながら左右のナイフが崩れ落ち、男たちが僅かに怯む。

 

「駆除しろッ!」

 

怒号。

前進し、正面に銃口を向け一発。バットの腰に風穴。

野太い声の男がバール野郎を盾に後ろへ下がった。管理人が盾の向こうで銃を構えたのを見逃さず、床で呻くバットを素早く引き起こす。そのまま三発を防いでもらった。人間シールドを構えながら、男の首越しにベレッタのトリガーを引く。三つ目のナイフが脱落。

もう一人の拳銃が吠え、俺の左肩を弾が掠めていく。血みどろのバット男を捨てて横に転がり、片膝立ちで発砲。拳銃野郎の肩を吹っ飛ばした。

手前の柱に隠れた瞬間、銃声が背後のモルタルを何度も齧っていく。耳を劈く轟音に野郎どもは耳を塞いで、手を休めていた。廃墟を銃声が支配する中、目を閉じる。昂る自分の鼓動に耳を澄ませた。

銃声が途切れた。反撃。柱の影から発砲。管理人の右肩を僅かに抉る。もう一発。ソファにぶつかる。さらに一発。レコードを直撃して麻薬賛歌が鳴り止む。次の一発は、カチリ、という手応えだけ。

 

「殺(や)れ!さっさと殺れッ!」

 

左からハチェットと最後のナイフが雪崩れ込んでくる。舌打ちしながらもナイフへ向かって弾切れベレッタを放り投げ、即座に回避、ハチェットの先が柱を抉った。目の前でぶくぶく血の泡を噴き出す野郎の手からナイフを奪う。瞬時に立ち上がったところへ木こりよろしくハチェットがもう一度振りかぶるが、手首を掴んで捻り、鳩尾に拳を一発、そのまま腿の内側にナイフを捻じ込んで足をチーズのように裂いた。

零れた手斧がガランと床でバウンドする後ろから、バールが仲間ごと俺を仕留めようとフルスイングをかましてくる。手斧野郎を壁にしゃがみ込むと、再びの銃声。

 

「うあああッ!」

 

防弾済みの男をバール野郎へ投げ飛ばすが、今度は態勢を立て直したナイフと応戦。

腎臓の辺りに一発かまそうと腰を落として突っ込んでくる。身を引くが、男の刃先がシャツを割いた。有難いことに持ってきて隠しておいたDVDディスクが鎧となり、刃先は腹に到達しない。

さらに切りかかろうと男はナイフを払う。上半身を丸くして腕の下をくぐり、そのまま腕を捻り上げて脇で固めてへし折った。ナイフを握ったままの腕を、再び獲物を振り下ろそうとするバールに向け、刺突のプレゼント。見事にバールの胸を赤く染め、同士討ち成功。

ナイフ男を捨てて柱に隠れた瞬間、再びの硝煙と発砲音が室内を包む。

残るはあの管理人一人。肩が上がりっぱなしの呼吸を整えつつ、相手の弾切れを待つ。

 

「くそっ……!」

 

野郎の指先から間抜けなクリック音がしたのを聞き逃さず、取っておいたコルトガバメントを腰から抜き、柱から身を乗り出した。

焦点を合わせようと管理人と視線が交錯したとき、よりにもよって野郎は反対の扉に向かって突進していく。

 

「おい、どこ行くつもりだ?」

 

男へ鉛玉を一発くれる。左腕にヒットするが、野郎は血を流す腕をかばいながらドアの方へ急ぐ。次の一発は肩を外れ、次の一発が太ももを貫通し、男はコメディ番組の役者みてぇに無様に転がった。

 

「昔レッドアイスの検挙してたときは、もっと粋のいいのがわんさかいたぞ」

 

呻きに満ちた広間を見渡しながら男の元へ歩く。

地面にロールシャッハ・テストのごとく抽象的な模様を描く真っ赤な血が、歩くたびに靴をべっとり濡らす。

 

「ジジイ一人、殺る元気ねぇのか?」

 

傷口を抑えながら息を荒げる管理人の髪をつかんで無理矢理起こす。

 

「お前、アンドロイドと寝たんだってな?」

「な、に……?」

「その捜査アンドロイドと、飼い主はどこだ?シリウムを横流ししてもらってんだろ?」

「知るかよ!シリウムは、む、向こうから、定期的に……アンドロイドが、送られて、くるんだ……」

「口止め料か。横流ししてるやつは今どこにいる?」

 

野郎は急に口を噤んだ。

 

「あの野郎の飼ってる犬が怖ぇのか?」

 

管理人の息遣いが荒々しくなり、目を大きく見開いた。

 

「……ま、そうだろうな。んなことだろうと思ったよ」

「……そう、いや……テメェ、警察っつってたな……」

「……ああ。さっき聞いてたぜ。お前、最高だったって?」

「へっ……警察専用アンドロイド、なんて、もったいねぇぜ、ジジィ……テメェも、あの、アンドロイド、で……試したことあるんだろ?」

 

タバスコ色に染まった歯を剥き出し、挑発してくる。

 

「しかも、一回二回じゃ、なさそうだ、な……ハッ……羨ましいねェ……こっちだって、もっと……楽しみたかったのによぉ……所詮、ただの、プラスチック、だってのに……寝取られたのがそんなにムカついたかよ、クソジジィ」

 

さらに唾を吐きつけ煽ってきた。

髪を掴んでいた手を離して乱暴に後ろに倒す。ふくらはぎは俺の意識と無関係に反射して持ち上がり、男の股間を踏みつける。

 

「そりゃ俺の相棒だからな」

 

そのまま全体重をかけて野郎の男を潰した。

野郎の狂った雄叫びを耳にしても、全身の血はぐつぐつ煮え滾り、脳味噌の中で例えようのない飢餓感が干からびることなく渦を巻く。

 

「目いっぱい愉しんだなら、しばらく流動食生活も悪くねぇだろ?」

 

赤く汚れた靴底を野郎の服になすりつけ、入ってきた入口と反対の扉から外へ出る。

階段を降り、廃墟の入口へ向かう。窓ガラスは全て割れ、フレームだけが残る廊下、人間シチュー作りを頼まれていた黒人がイヤホンを耳にし、赤いポリタンクを手に前方を歩いている。イヤホンから零れた爆音が俺の元まで聞こえてきた。

茶色の錆びに覆われたドラム缶が視界に入る。ポリタンクの中身を流し込み始めた野郎へ、コルトガバメントの先端を向けて太ももを撃つ。

瓦礫の間に転がったタンクの口からどぼどぼ中身が流れていき、ガソリンの臭いが足元から鼻に絡みついてくる。

苦悶する男を足で転がし、ドラム缶の中を覗き込む。何かの感染症にでも罹ったように点々と全身に赤い瘡蓋を残した死体は、顔の表皮が剥がされ、パックされてスーパーに並ぶ発色剤たっぷりの肉のように赤い筋肉を剥き出しにしている。溶解されかかっている瞳はガソリンプールの中からじっと虚空を見つめていた。

 

「……ううっ……誰、だ……なん、で……」

「ガソリンあるし、足焼いてやろうか?血が止まるぞ」

「……そんな、やめろ……」

「痛いのが嫌なら、楽にしてやるよ」

 

しゃがみこみ、男のこめかみに銃口を押し当てる。

 

「……い、いやだ……死にたく、ねぇ……」

「んじゃ、俺に付き合え。他の連中はおねんねしちまって、なんにも協力してくれねぇからよ」

 

右手で首根っこを掴み、スーツケースを持って歩く時のように野郎をずるずる引きずりながら砂利と瓦礫に覆われた通路を行く。

崩れたエントランスの正面、開け放たれたままの扉の先へ。

出迎える冷徹な雨。煙る空から降り注ぐ生きた光に目を細めた。弱い光であってもブタ箱暮らしの眼には強烈に感じられ、左手をかざす。

紙屑、菓子の包装、ペットボトル、ビニール袋、タイヤ、何かの木片、鉄材等々。産業廃棄物の終点みてぇな無数のゴミの腐海。生気の引退した土地だけが残され、神様も逃げ出すようなうらぶれた世界が広がっていた。目が慣れると、反吐の塊を洗い流すように立ちつくし、しばし冷たい雨を浴びる。

やがて近づいてくる無数のサイレン。アンドロイドたちの通報を聞きつけた十台以上のパトカーが、ビルの前にドリフトしつつ滑り込んできた。

 

「デトロイト市警だッ!手をあげろ!!」

 

聞き覚えのあるクソ野郎の声。思わず鼻を鳴らした。

パトカーから降りてくるギャビンにベン、クリス、懐かしい顔ぶれだ。

三人の後ろから俺の前につかつか歩み寄ってくるのは、白と黒を纏う者。こめかみの輝きでこちらも懐かしいアンドロイドだと分かる。お前も久しぶりだな。

 

「……あなたは……」

「よぉ。相変わらずギャビンの介護してるのか?ナイン」

「……アンダーソン……警部補?」

 

相棒と同じ顔をしたRK900(アンドロイド)が、LEDを赤く染めて立ち止まる。

ブタ箱生活送って浮浪者よりも不審感丸出しのジジィが、よくスキャンして分かったもんだ。

 

「後片付けは任せたぞ。中は静かにしておいたが、うるせぇ連中がごろごろ転がってるから、適当に回収しとけ」

 

引きずって連れてきた男をナインの足元に放り出す。泥まみれになった身体の痛みを少しでも和らげようとしているのか、惨めに膝を折ってうずくまっている。

 

「……おい、どういうことだよ……」

「ハ、ハンク……?」

「嘘だ……け、警部補、なんですか……?」

 

ギャビンもベンもクリスも銃を下した。

エイリアンにでも遭遇したような顔の連中を無視し、

 

「ベン、車借りてくぞ」

 

小太りの肩を押して開けた道を進み、パトカーに乗り込む。

自動運転モードになっていたのをマニュアルに切り替え、エンジンをふかすと一気にバックさせた。

 

「嘘だろ……なぁおい、一体――」

 

同僚たちの姿が遠ざかるのも気にせず、ハンドルを捌く。

薄汚れたデトロイトの街を目指して、パトカーを急発進させた。

 

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