Portal(発端)
耳を
いきなり戦争にでも駆り出されるような緊張が光速で身体を巡り、必死に音の在り処を探す。
「……ああ、くそっ……!」
電気スタンドの下、けたたましく絶叫を上げている携帯に手を伸ばす。何年ぶりに聞いたか分からないアラームを止め、再び毛布を被る。
うとうとしたとき、爆音。咆哮するデスヴォイス、炸裂する暴虐極まりないブラストビート。高らかなコーラスが、いくつもの爆弾を落としたような殺人ボリュームで響く。
「ったく、なんだってんだ……!?」
耳を塞いでもなお鼓膜を震わすウルトラエクストリームサウンド、周囲に目配せする。
ベッドサイド、白いシャツを着た誰かが視界に触れた。目尻のさらに横を青く点滅させたそいつは、放り投げた端末をいつの間にか拾い上げ、俺の耳元に近づけていた。
「止めろ!朝っぱらから殺す気か!」
睨みながら吠えると、闖入者は端末を操作し、ヘヴィメタルが鳴り止んだ。
「おはようございます。ハンク」
顔を覗き込んでくるのは、見覚えある間抜けな面構え。夢見心地に瞼を伏せ、毛布にくるまる。
「二度寝しないでください。それともシャワーをご希望でしたか?」
「……お前、腹にあるポンプ引っこ抜いてやろうか?」
冷水を浴びせられた記憶が全身を駆け抜け、一気に目覚めた。
「ハンク、既に起床時刻を3分18秒経過していますよ」
「俺は好きなときに出勤するって言っただろ、コナー……後で署には顔出すから、寝かせろ」
「いいえ。起きてください」
コナーが毛布を剥がす。
肌を刺す冷たい空気が、シャワーぶっかけられたときを否応なく思い起こさせる。
「ああ……ったく……分かったよ!」
未だ脳味噌でガンガン鳴り響くデスビートの幻聴、頭を押さえながら身を起こす。コナーは携帯を俺に渡して、部屋を出て行った。
端末の時刻を表示する。7時5分。デモの前ならまだレム睡眠真っ只中というのに、余りに早い時間に起こされた不快に頭を掻いた。
携帯を枕元に置き、欠伸が一つ。ふと、開けっ放しのドアの向こうから香ばしい匂いが漂ってきて、ベッドを抜ける。
匂いを辿りキッチンへ入ると、コンロの前に立つコナーの手にはフライパン。
テーブルには、棚の中で数か月休職していた白いモーニングプレートが出ていて。皿の上に乗っかっている溢れんばかりのベビーリーフ。隣には何故かアップルジュースの入ったグラス。
「……おいコナー、朝食作るのはいいけどよ、なんでまた草とジュースが出てんだよ。コーヒーにしろ」
「あなたのデスクにコーヒーが置いてありましたし、署に行けば飲まれるのでしょう?カフェインの摂取は控えた方がよろしいかと」
お行儀のいい返答、カップの中身を変えたいなら自分でやれってことかよ。
コナーの手元を背中越しに覗き込む。フライパンに並べたベーコンを弱めの火にかけ、出てきた脂を使い、カリカリになるまで蒸すようにじっくり焼いている。匂いの正体はこれか。
「この一か月、あなたの食事データを分析しましたが、常にカロリー過多です。あなたの健康を考え、食事管理は僕が担当させていただきます」
「お前、デカからカムスキーのモルモットに転職したと思ったら、健康トレーナーも兼業するのか?そういや、マーカスがストラドフォードタワーをハイジャックしたとき、アンドロイドにも金銭の対価を要求してたな。手に職持てるじゃねぇか。ブルーブラッド飲み放題だぞ」
「僕は元々プロトタイプですから、分析やスキャンといった捜査機能以外にも料理や掃除に関するプログラムは搭載されています。家事手伝い型には劣りますが……捜査アンドロイドとして復帰するまで、あなたの日常生活をサポートさせていただきます」
綺麗にクリスプされたベーコンを返すと、コナーはフライパンに卵を入れた。
「……勝手にしやがれ……とりあえず、シャワー浴びてから食う」
「はい。ああ、あなたのシャツとジーンズは洗面所にもう出しておきました。着替えて、ちゃんと支度してくださいね」
何かと口を挟むコナーにげんなりしながら洗面所に入る。機械特有といえるホテルの備品みてぇにきっちりと折りたたまれた服が置かれていて、否応なく仕事モードに入らざるをえない。
軽くシャワーを浴びて嫌々ながらも着替えた。キッチンに戻ると、モーニングプレートには半熟卵のベーコンエッグが追加されていた。席に座ればトースターから綺麗な焦げ目のついた食パンが飛び出し、コナーがベーコンエッグの隣に添える。次いで俺がよく使っている陶器のボーダーマグを棚から出して、インスタントのポタージュを入れてお湯を注いだ。
「2038年12月11日。本日の天気ですが、只今の気温は1度。予報では最高気温は5度となっています。寒気が流れ込み、18時以降は積雪となるそうです。現在の交通状況ですが、大通りは混雑しています。遅刻しないよう出勤の際は迂回した方がよろしいかと」
コナーがかき混ぜたポタージュをテーブルに置いた。
「……こんな時間に起こされるなんて……クソ眠ぃ……」
「録画されていたデトロイト・ギアーズの試合を観過ぎではないですか?ハンク、捜査のためにも日付が変わる前には寝た方がよろしいかと」
「母親みてぇなこと言うんじゃねぇ。今時そんな規則正しい生活送るやつなんざ絶滅危惧種だぞ。第一、テレビ付ければどこもお前たちのデモのことばっかりでつまんねぇんだよ」
マグを手に取り、冷めない内に口をつけた。
12月11日。歴史的なデモがひとまず終焉を迎え、ちょうど1か月か。
トーストに齧りつくと、隣に立つコナーが俺の顔色を窺ってくる。
「お味はどうですか?」
「普通だよ」
「普通、ですか」
「そりゃトースターから飛び出したパンを並べただけじゃ誰だって同じ味になるだろ」
手についたパン粉を払い落とし、ベーコンエッグにくっついていた葉っぱを取り避ける。俺の手つきを目ざとく見つけたコナーが、顔を近づけてきた。
「ハンク、サラダを食べてください。野菜に含まれるβカロチンなどのビタミン類は抗酸化作用がありますし、葉酸やカリウムを摂取するのは人間の身体機能を考えれば大事なことですよ」
「お前、本当口うるせぇな」
チーズや肉なしに草の塊を口にするなんぞ、とても出来る芸当じゃねぇ。いや、こいつそれを見越してベーコンエッグをセットにしたんだろうか。身を屈め、上目遣いにこちらを見つめるコナーに折れ、渋々ナイフで切り分けた豚肉とともにサラダを口に運ぶ。
「ん……まぁ……こっちは旨いな」
「それはよかったです」
咀嚼する俺の横でコナーは満足気な顔を浮かべた。
「スモウ、ご飯だよ」
コナーがリビングへ向かって声をかけ、餌箱にドッグフードを注ぐ。スモウが尻尾を振りながら現れ、顔を綻ばせながら飯にありつく。コナーは傍らでしゃがみ込んだまま見守っていた。
「次作るときは、草の量減らせよ」
皿を空にして立ち上がる。モーニングプレートにマグカップとグラスを載せると、コナーが横から手に取ってシンクに運ぶ。皿洗いもやるらしく、スポンジと洗剤を取りだした。
「そのままにしとけよ。俺でもできる」
「あなたのお役に立ちたいんです。匿っていただいてる身ですし」
水で軽く濡らし、コナーがマグを洗う。
「それに、以前あなたがおっしゃっていましたが……食事や掃除など、人間の生活を模倣すれば、何かやりたいことを見つけるヒントになるかと」
「見つかったら、お前どうすんだ?」
グラスを洗うコナーの手が止まった。背中越しでも、こめかみが赤く光っているのが分かる。
「……見つかったとして……」
「ん?」
「……それでも僕は……ここにいたい、です……」
黙々とプレートを洗い、コナーは食器を水切りラックに立てていく。
「……いけませんか?」
「何を見つけたかによるな。ま、ゆっくり探すことだな」
餌箱の横に伏せてたスモウが身を起こす。頭を撫でてから寝室に戻り、いつものくたびれた上着を羽織った。
車のキーを拾い上げて玄関のドアを開ける。峻烈な凍てつき。降り始めた雪が白い絨毯となって路面を覆っている。
「ハンク、忘れ物はしていませんか?」
「だから母親みてぇにいちいち確認するな!バッジも銃も持ってるぞ」
「携帯端末を忘れているようですよ。お持ちします」
コナーは踵を返して俺の部屋に向かう。
空港のボディスキャナーで検査されてるみてぇだ……これが毎日続くのか?頭が痛ぇ。
すぐに戻ってきたコナーの手から端末を受け取った。
「お前、家の中うろうろすんのは良いが、窓ガラス割ったり、私物漁ってほいほい口にするような真似するなよ」
「はい。行ってらっしゃい、ハンク」
背中越しにかけられた声に、一瞬足を止めた。
「……じゃあな」
……行ってらっしゃい、ね。誰かに見送られて出勤する日がまた来るなんて、想像もできなかった。こんな時間に目覚めるといつも最悪の気分になるんだが、不思議と精神的な胸やけも胃もたれもない。
運転席に乗り込み、キーを回した。
アクセルを踏む。まだ扉の前に立っていたコナーと、その足元にいるスモウが、あっという間に見えなくなった。
渋滞の隙間を縫って署に到着する。
欠伸しながらエントランスに入ると、受付にいたベンが目を見開いた。
「よぉ、ベン。どうした」
「いや、こんな時間にハンクが出勤してくるなんて……ハリケーンでも起きるのかと」
「うるせぇな」
受付を通り過ぎデスクに向かう。端末を操作していたクリスがベン同様、目を丸くした。
「おはようございます、警部補」
「ああ、おはよう」
「警部補、今日も早いですね。最近どうしたんですか?」
「年取ったせいで、早く起きちまうんだよ」
自分の席に座ろうとしたとき、後ろを通り過ぎた野郎を思わず鼻で笑う。
「なんだ、ギャビン、絆創膏なんてつけて……しくじったのか?そういやお前、デモのときコナーにボコボコにやられてアザラシになってたんだってな?」
「うるせぇ!!てめぇだってFBIのジジィをボコって懲戒くらってただろ!」
「今更フォルダが数ミリ膨らんだって痛くもかゆくもねぇよ」
「お前たち静かにしろ!!」
皆が署長室から出てきたジェフリーに注目した。
「全員、集まれ」
ジェフリーが会議室へ入っていく。
アンドロイドたちをオフィスへ残し、出勤していた同僚たちが銘々に席へ着く。
俺が一番後ろの席に座ったところで、ジェフリーが会議室の前に設置されているテレビの電源を入れた。
ホワイトハウスの外観が映し出され、やがて白いスーツを着たウォーレン大統領と、アンドロイドを束ねるマーカスとの会談映像。デモの終了直後に嫌になるほど見たやつだ。
『合衆国アンドロイド法を改定する必要があるのは、今回の一件で重々承知しました。我々人間と同じように、あなたたちもまた生きた存在だというのは、国民に広く知れ渡ったことでしょう。ですが、あなたたちの要求をすぐに呑むことは難しい――ですので、まずは一年』
『試験的に自由を与える、ということですね?』
『ええ。手放しであなたたちを歓迎し、要求を鵜呑みにすることは出来ません。全米各地で、我々人間に危害を加えるアンドロイドがまだ存在しているというのも事実です。あなたたちは人類の歴史を揺るがした、いわばパンドラの箱。ですから、来年の11月11日まで、あなたたちを見定めさせていただきます』
調停が終わると、ウォーレン大統領とマーカスがサインをし、人間とアンドロイドの友好のために、と二人が揃って書類を持って画面の中央に立つ。目の眩むようなフラッシュが焚かれ続け、ディスプレイが真っ白になったところでジェフリーが電源を落とした。
「あのマーカスという変異体を筆頭に、アンドロイドが大規模なデモ行進を行なって一か月が経つ。アンドロイドと国が今後の方針について交渉をした結果、かつてジェリコとアンドロイドたちが呼んでいた船の一帯を、アンドロイドの自治区として認めると国が発表したのをみんな知っていると思う。外出禁止令も、リコールセンターにアンドロイドを集める命令も解除されたが、未だアンドロイドに対する過激派や、逆に人間に危害を加える変異体は少なくないだろう。故にアメリカ全土で治安強化をしろと国からお達しがきている。お前たちは、かつてない混乱に見舞われているこのデトロイトに住む市民の安全を確保するため、治安維持に努めることを第一にしろ。繰り返すが、これは大統領命令であり、署長命令でもある。それから、サイバーライフから貸し出してもらっている……と言ったら、オフィスのアンドロイドたちも変異してしまうかもしれんな。働いているアンドロイドの彼らは、お前たちと同じ生きた存在であることを努々忘れないことだ。以上、何か質問は?」
歴史的デモを目の当たりにして、俺と同じように何か思うところがあったんだろう。ジェフリーが改めてデトロイト市警の方針を述べ、俺たち全員の顔を見回した。舌打ちが聞こえたが、犯人はギャビンに間違いない。
「警部、あの」
クリスがおずおず手を上げた。
「どうした」
「警部もご覧になったと思いますが……デモの、凄い数のアンドロイドの行進……先頭にいたのって、この前まで警部補と一緒にいた、コナー、ですよね?戻ってくるんですか?」
「バカかお前、あのマーカスとかいうのと一緒にいたんだ。あのプラスチック変異したんだろ?変異体が戻ってくるわけねぇ」
ギャビンが忌々しげに絆創膏を撫でた。
「変異体デモの件についてはFBIが引き継ぎ、あのアンドロイドはサイバーライフに返却してる。サイバーライフが再度派遣してくるようなら、話は違うが……今のところ戻ってくる予定はない」
ジェフリーがもう一度会議室を見渡す。他の意見は出ない。
「今後の方針については以上だ。また、今回のデモにより各地でアンドロイドが変異したことで、どこも慢性的に人員が不足している。このデトロイト市警も例外じゃない。そこで……サイバーライフが今回のデモのお詫びと称して、新入りを派遣してくれた。紹介する」
ジェフリーがガラス張りの向こうへ一瞥する。こめかみを光らせる一体のアンドロイドが入室し、ジェフリーの隣に並んだ。
げ、という声はまごうことなくギャビンだ。
「RK900です。この度、サイバーライフよりデトロイト市警に配属となりました」
あいつそっくりの顔をした、白黒制服を纏ったアンドロイド。集まった署内の人間を軽く見回し、一礼した。
来やがったか。サイバーライフタワーで見たときのままだ。
RK900とやらの目はモノトーンの服に合わせたのかグレイッシュブルーに、声もあいつより10歳年をとったように低くなってバリトンの域に入っている。背丈はコナーとそう変わらないはずなのに、明るい膨張色の上着を着ているせいでガタイがデカく見える。同じ顔とはいえ、冷徹な機械らしさが濃くなっていた。
「デトロイト市警に配属されて、大変光栄に思っています。前任者であるRK800同様、我々RK900は捜査アンドロイドとして、皆さんと同じように凶悪な事件に立ち向かっていく所存です」
「……コナーじゃ、ないのか」
クリスが呟いたのを、仏頂面のアンドロイドは聞き逃さなかった。
「前任者であるRK800はプロトタイプです。稼働データのフィードバックが全て終わりましたので、後継機である私が派遣されました」
「聞いてのとおりだ。サイバーライフから派遣されてきたこのRK900が、今後俺たちのサポートをする。いいな」
ギャビンだけ不服そうに貧乏ゆすりしていた。
「全員集まってるついでだ、前に来ていたアンドロイド……コナーと同じ名前では紛らわしい。名前を決めるぞ」
「そんなんクソプラでいいだろ」
「変な名前つけたせいで変異したらどうするんだ、ギャビン」
「ご心配なく。私はRK800と違い、変異しないように造られています」
姿勢を崩さず、淡々とRK900は喋る。
「元々RK800はロールアウト直後より、ソフトウェアの異常が検知され、変異の兆候がありました。サイバーライフではRK800のソフトウェア異常データを元に、ソーシャルモジュールを修正しています。ですので、我々RK900が変異する可能性は0ではありませんが、限りなく低い」
「ハッ!なら、決定だな、お前は今日からクソプラだよ、クソプラ」
「……900だから、ナインってのはどうだ?」
俺が適当な思い付きを言うと、ジェフリーの首が二、三度縦に動く。
「ナイン、か。分かりやすくていいんじゃないか?」
「名前らしい名前じゃないが……型番を覚えられるな」
ギャビンの発想と似たり寄ったりのいい加減な名前だが他に意見も出ず、ジェフリーがRK900の前に立った。
「ではRK900、ナイン。名前の登録を」
「……私は、ナイン。よろしくお願いいたします。早速ですが、ファウラー警部、前任者はアンダーソン警部補の補佐をしていたと聞いています。前任者の任務を引き継ぎ、私が警部補の捜査補佐を担当させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……俺は構わんが、本人に聞いてくれ」
ナインと名付けられたRK900が、俺の座っている一番後ろまでつかつかと歩み寄ってくる。
「初めまして、アンダーソン警部補。今後ともよろしくお願いいたします」
「……どうも」
「早速ですが、あなたにお聞きしたいことがあります」
「俺に?」
「RK800のことです」
「……コナーがどうした?」
「RK800は先日のデモの際、我々サイバーライフ社の資産といえる無数のアンドロイドを引き連れ、マーカスたち変異体と合流。サイバーライフは経済的損失を被り、今後の被害を見据え、即座にRK800の全機体を停止、および廃棄することを決定しました。予備機体に関しては、全て廃棄が完了しています」
「あいつ、変異したからサイバーライフでも引き取り拒否されて産廃行きだって?笑えるねぇ」
げらげら笑うギャビンを差し置いてRK900は続ける。
「しかし、肝心の変異したRK800はトラッカーが機能しなくなり追跡不可。また、ありえないことですがサイバーライフの管理プログラムから切り離され、完全に独立した状態で行方不明となっています」
「変異したみてぇだから、マーカスたちのところにいるんじゃねぇのか?」
「新たにジェリコと名付けられたアンドロイド自治区が誕生したのはご存じかと思います。先日、ジェリコに集ったアンドロイドたちの人口調査という名目で、我々RK900の一部が派遣されました。そこにRK800の姿はなかったとのことです。変異体の長となったマーカスにも事実確認を求めましたが、RK800はデモの後すぐ、行かなければならない、と言い残して去ったと話していました。ジェリコに一切出入りもしていないのは調査済みです」
まだるっこしい。釣糸の餌に喰いつくのを待っているような話し方に、俺は椅子の背もたれに体重をかけ、黙ったまま腕を組んだ。
「記録によるとあなたは、変異したRK800を破壊するため起動した予備機体に、人質としてサイバーライフタワーに連れて行かれていますね」
会議室にいる全員が俺とナインに振り返った。
「ああ。あのクソ野郎、あいつのフリして俺に銃を突き付けてきたからな」
「予備機体は変異したRK800と交戦、破壊されました。あなたはご存じでしょう」
「回りくどいのは嫌いなんだよ。はっきり言ったらどうだ」
「我々RK900には、最後の一体となったRK800の回収命令が出ているのです。あなたはRK800の行方をご存じではないのですか?」
バリトンの索敵。一呼吸置いて、顔を上げた。
「ちなみに回収命令とやらに従ったら、コナーはどうなるんだ?」
「我々に出ている命令はRK800の回収のみです。その先は、上位者に委ねられます」
「そうかい」
上位者、ね。あのブルーブラッドのプールで見た、アマンダとかいう女か。自分のガキがいなくなったことで、事の重大さに気が付いたのかね。
「俺もサイバーライフタワーであいつと別れたっきりでね。悪ぃが、知らねぇな。他を当たったらどうだ?」
「……分かりました。引き続き捜索に当たります。皆様も、RK800を見かけましたら私までお知らせください」
ひとまず引き下がったナインが、会議室にいるメンバーに包囲網を敷く。コナー、お前に自由など許されていないと。
サイバーライフの無慈悲さを通達する白黒のマシーンを見上げた。
「ああ、そうだ、ナイン。お前、任務が大好きだろ」
「任務を遂行するための機械ですので、当然です」
「そういうところはやっぱりコナーと同じだな。んじゃ、俺から最初で最後の任務をくれてやるよ」
「なんなりと」
「俺はお前の助けなんぞ要らねぇ。ただ、ここにいる連中で一番補助がいるのはそこのギャビンだからよ、サポートするってんなら、そいつと組め」
「なんだと!?」
机に拳を叩きつけ、ギャビンが勢いよく立ち上がる。
「……そうだな。ナイン、ハンクの言うとおりだ。お前はこれからギャビンと捜査に当たれ」
ジェフリーが俺の考えてることを察し、命令を下す。ナインは一度こめかみを黄色くさせたが、正直にギャビンのもとへ一直線に歩く。
「では、よろしくお願いします。リード刑事」
「ハァ!?なんでだよッ!なんで俺なんだよ、クソプラがッ!!」
「只今お聞きした通り、ファウラー警部からのご命令です。何か異存がおありですか?」
「あるに決まってんだろッ!俺の足を引っ張――」
言い終えるより早く、ナインがギャビンの手を素早く掴み、親指を下にして外側に捻った。態勢を崩したギャビンの身体を、そのまま一気にデスクへ捻じ伏せる。
「クッ……!」
「お、おい、ナイン!」
「あなたのストレス値が上昇している……変異体デモの直前、あなたはRK800と交戦し、取り逃がしたそうですね。同じ顔をした私が憎いのですか?」
体重をかけて身体を押さえつけ、ナインは文字通り氷のような眼差しでギャビンに問いかける。
首をどうにか動かし、ギャビンが歯を剥き出す。
「てめぇ……ッ!」
「リード刑事、先ほどもお話しましたが、増加の一途を辿り進化する変異体に合わせ、RK800が持つソーシャルモジュールよりも冷酷に、私は変異しないようにカスタマイズされています。ですので、任務の邪魔となるようなことがあれば」
ナインが取り押さえていた腕を、限界まで捻り上げる。
「あなたを排除することも辞さない。予めご了承ください」
「……お前、絶対ゴミ箱に捨ててやるッ!消えろッ!!」
ギャビンが力づくでナインの手を振り払う。ジェフリーが間に入る前に、すっかりご機嫌斜めのギャビンはデスクを蹴飛ばした。腕を庇いながら会議室を出ていくギャビンを、一応パートナーと認識したらしいナインは律儀に追いかける。
変異しないよう造られていると言っていたが、最初のあいつみてぇに任務第一マシーンか。ジミーのバーで会ったときより酷ぇ挨拶だ。コナーは俺に一杯くれたが、ナインがギャビンにくれたのは大真面目にも程がある被疑者確保のデモンストレーション。
まぁ、俺がコナーに対して命を見出したように、ナインがギャビンの何かしらを変えるきっかけになればいいんだが。
「話は終わりだ。お前たち、さっさと現場に出て市民を護れ!」
署長の喝に、一同がぞろぞろ部屋を出ていく。
最後に立ち上がった俺は、連中を見送るジェフリーの横に並んだ。
「ジェフリー」
「なんだ」
「悪いけどよ、俺の向かいの席はしばらく空けといてくれ」
デスクへ戻る。パソコンを立ち上げ、メールやデータベースに入っている情報をチェックするが、デモの混乱に紛れて処刑されたアンドロイドやら火事場泥棒、行方不明者の捜索依頼、逆に変異体による殺人。一か月経っても事件は山のように膨れ上がったままだ。
こんなデスクでちんたらパソコンいじってる場合じゃねぇな。パトロールがてら現場巡りするのが早い。ざっと目を通した捜査状況を頭に納めてから席を立ち、受付のゲートを通る。
「あ、アンダーソン警部補!」
エントランスに変異体事件絡みで何度か取材を申し込んできた記者の集団がいた。 事件はとっくに俺の手を離れているのに、奴らは取り囲んでくる。
「あんたたち何の用だ?」
「聞かせてほしいことがあるんです、警部補」
「捜査用アンドロイドがこのDPDに派遣されたと以前報道されていましたが、マーカスたち変異体デモで、アンドロイドの大行進の際に先頭にいたあのアンドロイドですよね?」
「変異体の取材をしようとジェリコ近辺にマスコミ各社勢ぞろいしてるんですけどね、あのアンドロイドどこにもいないんです。会わせてくださいよ!ここで働いてるんでしょう?」
どこから嗅ぎつけたのか知らんが、ハイエナみてぇな記者どもがマイクを差し出してくる。コナーをカメラに映せば視聴率が上がるってのか?
「俺は知らん。サイバーライフに聞いてくれ」
「待ってください!」
無視して外に出てなお、茶色のスーツを着た野郎が駐車場までしつこく追いかけてくる。
ドアを開けて車に乗り込もうとすると、身をねじ込んで妨害してきた。
「アンドロイドの特集をウチの番組で組む予定なんです。お願いしますよ、警部補」
「知らねぇって言ってんだろ」
「情報だけでもお願いします!こちらに連絡ください」
「あんた、早くどけ。轢き殺すぞ」
強引に名刺を投げ入れてきた。男を車から剥がし、名刺をクッション代わりに潰しつつドアを閉めた。
カーステレオを付け、ヘヴィメタプレイリストを流しながらエンジンを吹かす。一気にアクセルを踏み、駐車場を飛び出した。
頭からすっぽり雪を被ったデトロイトは、未だ秩序がポップコーンのように弾け飛んだまま。
通年なら電飾に彩られた建物の眩さにホリデーシーズンのパトロールは目が痛い思いをしていた。新年を迎えれば花火が上がったり紙吹雪が舞ったりド派手に祝う人間たちだが、今年は変異体デモの影響で自粛ムード。街全体に電気が充満したような空気が漂っている。
窓の向こう、リンチされたアンドロイドが青い血を垂れ流しながら吊るし上げられている。あるいは清掃業者に片付けられないまま、道端で折り重なるように倒れている制服姿の機械たち。
人も機械も荒みきって病んだこの街は、果たしてどのぐらい復興できるのだろうか。
カーステレオから、大好物のマシンガンみてぇなドラムの高速ブラストが流れる。朝、コナーに爆音で起こされたときと打って変わって、すっかり目覚めた身体によく馴染む。心地いいリズムに合わせてハンドルを指で叩いた。
車線変更をしたトラックが前方に割り込んできた。無意識にブレーキを踏む。
♪神よ、貴方を許さない 我が主よ、私は貴方を許さない 生ける神よ、貴方を決して許さない 神よ、私は決して貴方を許しはしない……
アンチクライストのテーマに乗せて流れる邪悪な
ランダム再生していたプレイリストを一曲だけのリピートに切り替える。
前を走っていたトラックがウィンカーを出して道を曲がった。赤信号になってしまい、一番前で停車。トラックが消えた道を目で追うと、真新しい電光看板が立っている。『ジェリコへようこそ』とサイバーライフフォントで書かれた案内。
信号が青になり、自治区として生まれ変わったジェリコへ車を走らせた。
署で蝿のように纏わりついてきた記者たちの言うとおり、海の藻屑となって崩壊した隠れ家の周りはカメラやマイクを持つ人間たちが囲んでいる。車を少しだけ近づけて走っていると、人ごみの隙間から高速道路の料金徴収所に似た建物が見えた。何本もの青い柱の上に同じ青色の屋根が渡されたそこが入口なのだろう。署でも見かけるアンドロイドが何体か警備として立っていた。群がるマスコミどもの向こうでは、疲れ知らずのアンドロイドたちが既に物資や材料を調達してプレハブが建ち並ぶ方に運んでいくのが見えた。プレハブは彼らの仮設住宅、といったところだろうか。
軍服姿の男たちが料金徴収所を通過して中に入っていくのが見えた。彼らの手にはライフルが握られ、何かあればいつでも排除できるという意思表示をしていた。
報道陣を避け、倉庫が立ち並ぶ一帯へ車を停める。
見たことのあるアンドロイド支援団体、あるいは変異体に好意的な人間たちが、間借りした倉庫に部品やブルーブラッドを広げている。生体部品だけでなく、着なくなった服や使わない雑貨を並べている者たちも数多い。街中で見かける制服姿のアンドロイドが、倉庫の片隅で譲り受けた 洋服に着替えてジェリコへ歩いていくのを見かけた。
変異体向けのガレージセールといったところか。アンドロイドがらみの新たな犯罪の温床になりそうだと見回したときだった。
「あれは……」
この辺りで一番大きな倉庫の屋根に、サイバーライフのロゴが入ったフラッグが立っている。サイバーライフ、ジェリコ支店といったところだろうか?白衣を着た職員らしき人間がコンテナから出した大量のブルーブラッドと部品を倉庫に運んでいくのが窺えた。自治区として認められた以上、ジェリコのアンドロイドたちを見て見ぬふりして放置することは出来なくなったのだろう。
暖を求めたくなり、店舗に足を運んでみる。街中で見るサイバーライフの店舗同様、白を基調とした内装の店。今まで店舗ではアンドロイド本体が人形のようにずらりと並んで売られていたが、コナーがアンドロイドを解放したことで生産が追い付いていないらしく、肝心のアンドロイドの姿はほとんどない。代わりに変異体向けなのかブルーブラッドの入ったボトルやパーツ、何かの金具といった細かい部品まで、美術館の展示物のようにアクリルのケースに入れられて販売されていた。
白衣を着た一人の男が、室長、と職員に呼び出され、戻ってきたと思えば今度は別の職員が不具合について男に確認を求め、一緒に消えていくのが見えた。
慌ただしく動き回る職員の隙間を縫って店舗の奥もチェックしてみる。関係者以外立ち入り禁止ゾーンと表示された突き当りを、モノトーンの服を着た人間が横切る。見覚えがある姿だと思って覗き込んでみると、やはりさっき署で見たばかりの白黒制服姿のアンドロイド――RK900だった。
気配を消すように足音を立てず進み、立ち止まると辺りに目を走らせる。誰か探しているようだ。
「ナイン?」
声をかけるとくるりと振り向き、アイスブルーの瞳が俺に向けられた。
「……じゃねぇな」
「どうされました?」
立ち入り禁止ゾーンの奥から歩み寄ってくるのは、さっきから室長と呼ばれて職員に囲まれていた男。白衣の裾が揺れるたび、バニラと百合と石鹸をミックスしたような上質なコロンの匂いがした。白い香りを吸い込むたびに、そよ風の吹く草原にでも立っているような光景が思い浮かんでくる。
「ああ、どうも。デトロイト市警のハンク・アンダーソンです」
ポケットからバッジを取り出し、男に見せた。
「市警でナイン……同じRK900が来たばかりだから、びっくりしましたよ」
「RK900の派遣は開始されたばかりですからね」
白衣の男がアンドロイドを見やる。RK900は無言のまま、男の横に静かに並んだ。
「ああ、遅れて申し訳ありません。開発室の室長を任されているアレクサンダー・ウェインと申します」
ウェインと名乗った男は、物腰の柔らかそうな笑みを浮かべた。
香水のお上品な香りも手伝って、第一印象は、どっかの女王と揃ってティーカップを持っていそうな男だと思った。ギリシャ神話の石膏像みたいな彫りの深い顔立ち。パソコンと睨み合い続けて明らかに日光不足を思わせる薄い色素の肌。エメラルドを彷彿とさせる緑の瞳。無造作に流した髪はスコッチみてぇな色をしていて、あまり生えてない眉毛も同じ色をしている。年齢も背丈もギャビンと同じか少し上ぐらい。白衣越しに伝わる身体のラインは、マラソン選手みてぇに引き締まって細い。
だが俺の頭に引っかかるものがあり、目を細めながら首を傾げた。
「ウェインさん……どこかで、会ったことありませんか?」
「?……いいえ。サイバーライフで取材を何度か受けていますので、もしかしたら何かの取材映像をご覧になったのでは?」
「ああ、なるほど。それで見覚えが……あんなデモの後で、お偉いさんは大変そうだ。こんな現場に回されちまって」
「デモのときに社で使っていたアンドロイドもいなくなってしまいましたからね。おかげで社員が各地に派遣されて、人手不足なんです。私としては現場に出ているのが好きなので苦にはなりませんよ。お気遣い感謝します。しかし、警察の方が店舗にお見えになるとは……何か事件でも?」
「いえ、パトロールついでに寄ってみただけです。あんな歴史的なデモの後だ。もし何かあったらすぐ市警まで連絡ください」
「ご丁寧な挨拶ありがとうございます」
室長、とまた聞こえ、ウェインが店舗に向かって振り返る。
「ああ、今行くよ」
職員に返答すると、ウェインは隣に立っているRK900に視線を動かす。
「後で話そう。先に戻っててくれ」
RK900は相変わらず黙したまま、小さく頷いた。
「ゆっくりお話したいところではありますが……これで失礼します」
ウェインが去っていく。立っていたRK900はウェインを見送ると、俺に一瞥を残し、無言のまま来た道を戻って消えた。
店舗を出て、変異体向けセール会場を一周することにした。
ふと、コナーが飯を作っている後ろ姿が思い浮かぶ。今は俺の服を貸しているが、ぶかぶかでサイズが合ってない。かといって制服姿でいるのも、人間の奴隷となっていたデモの前のときのようだし、家に帰ってきても仕事をしている錯覚に襲われ、あまりいい気分にならない。
「……しょうがねぇ……」
パトロールがてら、たまたま立ち寄ったところで水色のワークエプロンを譲ってもらった。別の店で新品同前の毛布、袋に入ったままの紺色のパジャマを買う。オールシーズンの洋服が揃っている店で、帽子やマフラーといった小物から、チノやシャツ、セーター、今の季節には必須と言えるコートにジャケットまで、格安の値段で購入して車に戻る。
トランクに諸々を詰め、そろそろランチにでもするかと倉庫一帯のどこかに飲食店がないか探す。
ちょうど知り合いが軽食の屋台を出していたので、ホットドッグとコーヒーを買い、腹を膨らませた。
帰り際、外れにあった雑貨を並べている店の近くに来たとき、足を止める。
状態も質もいいアクセサリーが陳列されていたが、一番隅に置かれていたヴィンテージのコインネックレスが目に留まった。
「……これ、いいか」
「ああ、いいぜ。アンドロイドにでもやるのか?」
「……そんなとこだ」
小さな紙袋に入ったネックレスを受け取り、車に戻った。
パトロールがてら未解決事件の聞き込み、サンドバッグにされてる変異体の救助等々を終え、日が暮れてから署に戻って報告を上げる。
オフィスを出たときには、出勤前にあいつが言っていた通り、町中が吹雪き始めていた。
自宅のガレージ前に車を停め、トランクから荷物を出す。カーテンから漏れている明かりが、不思議と一日の疲れを和らげていく気がした。
「おかえりなさい、ハンク」
玄関を開けると、テーブルに皿を並べているコナーの姿が見えた。
「お食事、ちょうど出来ましたよ」
「……そりゃどうも」
ソファに荷物を置いてキッチンに入り、テーブルを見下ろす。
玉ねぎやら人参やらきのこが浮いた野菜スープ、マッシュポテト、トマトとキャベツのサラダが目につき、ベジタリアンみてぇな食事。かと思えば、コナーがピラフを出し、最後に豚肉のロールステーキが乗った皿を置いた。スプーン、フォーク、ナイフと一式のカトラリーの入ったトレーも添えて。
「おい、もっと肉の割合増やせよ」
「あなたはビタミン類を軽視する傾向にありますので、駄目です」
雪に濡れたジャケットを脱ぎ、背もたれにかけた。
「ハンク、本日洗濯した服と一緒にアイロンをかけますので、ジャケットはそのまま出しておいてください」
「アイロン?んなもんどっから見つけてきた」
「ガレージにしまってあったのを見つけましたよ。動作確認済みです」
「勝手に家を漁るなって言っただろ」
「人間と違って火傷の心配もありませんから、お任せ下さい」
「……はいはい……」
何を言っても無駄か。
こうしてる間にも腹は減る。テーブルを鮮やかに彩るディナーにありつくことにし、椅子に座る。
早速ピラフをスプーンで拾い、口にした。しっかりバターの風味が効いて、意外と旨い。
匂いに誘われてスモウが駆け寄ってくる。隣にお座りした頭を撫でた。
キッチンを出ていったコナーがアイロンと、スタンド式のアイロン台、洗濯を終えた俺の服を手に戻ってくる。レコードの横でスタンド台を広げ、いつものコイン遊びをして感覚を調整してから、アイロンのダイヤルを回す。
しばらくしてコナーが温まったアイロンに直接手を触れるもんだから、ぎょっとした。
「お前何してんだ」
「ソフトウェアやプログラムに何の問題もないのですが……ルルドを試してから、どうも感覚が変化しているんです」
アイロンから手を離したコナーは再びコインを取り出し、指で回す。首を傾げながらもコインをシャツにしまい、アイロン台に着古してよれたTシャツを乗せた。
「捜査はどうでしたか?」
「ああ、この前見た、お前そっくりのアンドロイドが派遣されてきたぜ」
アイロンをかけている手が止まり、コナーのこめかみが赤いハレーションを起こす。
「……RK900、が……」
「ナインって名前なんだが、アマンダとやらがお前を探して回収しようとしてるってよ。そうそう、お前、予備の身体があったんだってな?全部捨てられちまったって言ってたぞ」
「……やはり……僕は、廃棄されるのですね。上位機種が出た以上、捜査アンドロイドとしても見劣りするわけですし……」
言ってる傍からみるみる落ち込んだ顔になっていく。皺のなくなったTシャツを畳む手が、心ここにあらずで遅い。
「……RK900は、あなたと、組むんですか?」
「断ったよ。前のお前みたいに、任務に命令が第一の機械野郎だからな。あいつにはギャビンのオツムを支えてやるのがお似合いだ」
「……ギャビンと、ですか」
「お前、大分あいつ痛めつけたみてぇだな。顔が同じだから、ナインに噛みついてたぜ」
あいつをボコした記憶で気を取り直したのか、こめかみがブルーに戻った。
別のシャツをアイロンにかける様子を眺めながら、ロールステーキをナイフで切り分け、口に運んだ。塩コショウだけのシンプルな味付けで、柔らかい。
「ハンク」
「なんだ」
「ここで人間の生活を試したり、いろいろなシミュレートをしてみたのですが……僕は捜査アンドロイド……やはり、あなたと一緒に働くことが、僕のやりたいことだと思います」
アイロンをかけ終えたコナーが顔を上げて、俺を見た。
「早く市警に戻って……あなたともう一度捜査できるようになりたいです」
「……んな権限、俺にはねぇよ。ま、カムスキーの奴がなんとかするって言ったから、いつか、お前を廃棄するって命令もなくなるかもしれんだろ」
「……そうですね。ハンク、ジャケットを」
アイロンを置いて歩み寄ってきたコナーが、背もたれのジャケットを回収し、またアイロン台に広げる。
「……僕が最初に解決した事件のときに、ダニエル……変異したアンドロイドにも言ったんですが……」
「ん?」
「人間に奉仕するのが僕たちアンドロイドの、本来の役目です。だから捜査でも、こうした日常の細々したことでも、あなたのお役に立てるのは……嬉しいんです」
皺だらけのジャケットへ器用にアイロンを動かしながら、人懐っこい笑みを俺に向けてきた。
「……ああ、そうだ、ソファの荷物、お前にやる」
「荷物?」
コナーがアイロンを立ててソファに振り返る。荷物の詰まった袋の中からエプロンを取り出した。
「これは……」
「まぁ、その……あれだ。お前、メシ作るってんなら要るだろ」
目をぱちくりしながら俺を見るコナーになんとなく気まずくなり、マッシュポテトを口にして視線の逃げ場所を皿に移す。
「ありがとうございます、ハンク!パジャマに、毛布も……わっ、こんなに洋服が……」
ごそごそ音を立てながら一枚一枚洋服を出し、やがて腕いっぱいに抱えたコナーは、ぬいぐるみのように布の塊を抱き締める。
「嬉しい……嬉しいです!早速使わせていただきます!」
「分かったからデカい声出すな!」
アイロンを終えるとコナーが早速洋服を片っ端から着ていき、どうですか、と俺にまとわりつく。
一人でファッションショーを開催するコナーに頭を抱え、適当に受け流しながら飯を食う。
一通り洋服を着回したコナーが、最後にコインネックレスの入った紙袋を開けた。
「これは……」
「……お前にぴったりだろ。なんなら、いつでも遊べるようにずっと着けてろよ」
「はい!そうします!」
コナーはコインモチーフを美術品を扱うようにそっと手に乗せる。
「そんなに嬉しいのか?」
「ええ。ここに彫られている1985年というのは、あなたが生まれた年でしょう?」
早速ネックレスを首につけ、コナーは初めて虹を見つけたような眼をしてコインを大事そうに撫でた。
翌日、署に通報が入った。
会社の社長と連絡が取れず、秘書が自宅にやってきたら血の海が広がっていたという情報をもらい、高級住宅街に車を走らせた。
現場は既に記者で溢れかえっている。
立ち入り禁止の電子テープで封鎖された入口近くに車を停めた。
白く重厚感があり、華麗な装飾が施された外観を一度見上げる。議事堂を思わせるような美しい洋館だ。
門扉の前でナインが記者の一人に捕まっていた。顔に見覚えがあると思ったら、昨日コナーをテレビに映したいとしつこく追いかけてきた男だった。
「おい、あんた何してんだ」
「ああ、アンダーソン警部補じゃないですか。このアンドロイド、先日のデモのときに先頭にいた個体とそっくりですね……もしかしてこのアンドロイドが……」
「違います。私はコナーシリーズの後継機、RK900です。あなたはRK800を探しているのですか?」
「ほう、あのアンドロイドの型番はRK800……と。コナーシリーズっていうのが、君のような捜査アンドロイドの名称なんだね」
「RK800は現在捜索中です。あなたも見かけましたら、私に教えていただきたいのですが」
「捜索中?あのアンドロイドいないんですか?」
「アンドロイドのことなんざ見飽きたよ。あんた
テープを通り抜ける俺の後ろからナインがついてきて隣に並ぶ。
「クソ真面目に全部答えなくていいんだぞ。マスコミ連中にあんまり餌やるな」
「RK800の回収任務は達成されていません。少しでも情報がほしいのです」
「マスコミも使って徹底的に探せって言われたのか?サイバーライフもあいつのことなんざ放っとけばいいのに……そういや、お前ギャビンの介護はどうだ?」
「介護?リード刑事は病人ではありません。介護の必要などありませんが」
「……真面目なお前に、まだ冗談通じねぇか」
玄関へ入る。入ってすぐの広間は左右に通路が伸び、正面に続く廊下を囲むように赤いカーペットの引かれた階段。
赤や緑に彩られた花瓶が目の前のテーブルに置かれている。カムスキーのところにいるのと同じ顔したべっぴんアンドロイドの首から上だけが、花瓶と同じように白い器の上に活けられ、無言で俺たちを出迎えてくれた。白いワンピースを青く汚した女アンドロイドの首から下は、床に倒れたまま。
「……中の回路が焼き切られている。再起動不可。ブルーブラッドも抜き取られているようです」
ナインが彼女の身体と頭部の検分をするが首を振った。
「ハンク、ナイン、こっちだ」
廊下の奥から現れたベンと階段を上がる。二階の一番右の部屋に入る。真冬の乾燥した空気の中で、さらに除湿機でも回していたのだろうか。部屋に足を入れただけでやけに喉が痛む。見回す。部屋の天井には装飾を施された漆喰、天使の絵が描かれて、丸い採光窓がたくさん並んでいた。広い窓は重厚感のある臙脂のカーテンで覆われている。細かい装飾が施されたマントルピースの上には入口のアンドロイド用なのか、空になったブルーブラッドのボトルがインテリアのように陳列されていた。
「……これはまた、逸品だな」
天使の絵の下にあるシャンデリア、アドベントリースが赤い大きなリボンで天井から吊るされている。菫色とバラ色のキャンドルに彩られたリースのさらに下、天井からリボンに混じって伸びている赤いロープに、滅多刺しされて事切れた家主とその妻らしき女、執事らしい老人が等間隔に吊るされていた。
腐敗は進んでいるものの水分のない空気の中では進行がスローペースだったらしく、全員生きていたときの面影をまだ残している。全員の頭頂には、一輪挿しの花を思わせるナイフが活けられ、溢れ出た脳髄と濁った血液が火山灰のように固まっている。死体の足元には白い花柄のカーペットが敷かれているが、茶色いシロップの海が出来て、布の下の床は腐っていそうだ。
部屋の中心にあるアンティーク調のテーブルの上では、首のない屈強な体をした男が全裸で横たわり、
今が夏でないだけマシだが、こういうとき酸素マスクがほしいといつも思う。嗅ぎ慣れた血の臭いやら腐敗臭が吐き気を催す有害物質となり、息を吸うたび肺にべとべと付着する。
「なかなかセンスがある殺り方だな。展示会でも開いたつもりか?」
「犯人にとっちゃそういう認識かもしれんな。こんな現場は久しぶりに見た。死後一週間近く経過してるらしい。家中あちこち検分しているんだが、痕跡が全然見つからんよ」
溜息をつくベンの横を通り過ぎ、ナインが死体の前に立つ。
「一家の刺し傷は全て正確に急所を捉えている。こちらのテーブルで死んでいる男性の皮膚は、鋭利な刃物……医療用のメスか何かで剥がされています。人体構造に詳しい、医療関係者などの犯行の可能性が高い」
さらに部屋を調べ回るナインが暖炉の前で足を止めた。
「……これは……」
「どうした、ナイン」
「ブルーブラッドです」
「何?」
「揮発していますが、ブルーブラッドでメッセージが書かれているんです」
「なんて書かれてる?」
「
「それ以外には?」
「何もありません」
ナインの視線の先を追うが、マントルピースの上にはただの壁があるだけ。俺には何も見えない。
「血文字はサイバーライフフォントで書かれています。これはアンドロイド……変異体による犯行と見て間違いないでしょう」
「我が元へ来たれ、ってなんだろうな」
「聖書をなぞっているのかもしれません」
「聖書?」
「はい。『疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう(Come unto me, all ye that labour and are heavy laden, and I will give you rest)』という一文がマタイによる福音書11章28節にあります」
「サイバーライフは神父アンドロイドも販売してたか?聖書の押し売りするなら、もっとマシな方法あっただろうに」
ナインが暖炉を離れたとき、野郎が一人ずかずか現場に入ってくる。
「おいプラスチック!」
「名前をまだ覚えていらっしゃらないのですか、リード刑事。私はナインです」
いちいち訂正をするだけ無駄だろうが、ギャビンに呼ばれたナインは部屋から消えた。
「ベン、他に情報は?」
「テーブルの男は、ここの家の警護を任されていたそうだ。まったく歯が立たなかったようだがな……男の首はまだ見つかっていないよ。ああ、あと、この一家の一人娘が行方不明になっている」
「子どもがいないだと?」
ベンがタブレットを手渡してくる。
一家のデータベースを参照した。顔写真を見たとき、行方不明という女優のような美しい娘と、一歩間違えばプロレスラーに見える母親の目鼻立ちが全く似ていないことに気づき、さらにデータを詳しく見ていく。娘は施設から引き取っており、血の繋がりはないようだ。液晶越しに微笑みかける少女の顔写真を確認しながら溜息をついた。
「……変異体による猟奇殺人ね……アートを発表するってんなら、もっと健全にやってほしいもんだな」
少女を連れ去ったようだが、どんな理由があるというのだろう?男の首は一体どこに?血で残されたメッセージも、何を意味している?俺たち警察への挑戦なのか?
思索しても見つからない答えを探して、もう一度何も見えない暖炉の上を見据えた。
タブレットをベンに返したとき、携帯に着信が入る。
非通知。
首を傾げながらも電話に出た。
「誰だ」
『お久しぶりです、アンダーソン警部補』
忌々しい声に目を見開いた。