長い冬が終わりを告げ、ようやく春が訪れたと実感したのは5月も中旬に差し掛かった頃。窓越しにベル・アイル島が見える高級レストランにやってきたときだった。
異国と姉妹都市の記念に植樹された100本の桜がようやく満開を迎え、島は美しい薄紅のカーテンに覆われている。芝生はエメラルドを敷き詰めたように眩い。
対してこちらに咲いているものと言えば、遺体に向けて放たれる鑑識たちのカメラのフラッシュ。
客も従業員も警備のアンドロイドも例外なく命を落としている。壁紙や絨毯、テーブルクロスは血で染色済み。飛び散った赤と青が混じり合い、出来損ないの星条旗のように見えた。テーブルに置かれていた白い長方形プレートの上に、スライスされた被害者たちの一部がチャーシューみたく盛りつけられている。
「おい、ナイン……聞くまでもねぇけどよ、あるか?」
「ええ。我が元へ来たれ、はこちらの壁に」
「コナーのやつ、余裕ぶっこいてんな」
床に転がっているチーズおろし器みたく穴だらけの遺体の検分を終え、ギャビンが立ちあがる。窓の向こうに聳え立つサイバーライフタワーを見て、ギャビンは唐突に鼻で笑った。
「おいハンク」
「あ?」
「お家にもお友達のとこにも帰れなくなったから、今もアパート探しに必死みてぇだぞ?デモのときのよしみで泊めてやったらどうだ?テメェもぐっすりおねんねできるぜ」
わざとぶつかり、さらに膝で小突いてくる。便所ブラシで身体を擦られた気分になった。
――コナーが本当はどれだけ苦しんでいるのか知りもしないくせに。
胸の中で毒づきながら、レストランの奥へ進む。
最初は月に一度ぐらいで発生していたのに、どんどんペースは早まり、派手な殺人パフォーマンスの開催は二桁に突入していた。今やデトロイトのあるミシガン州だけでなく、隣のオハイオ州やインディアナ州、ニューヨークと
おかげで、紺のスーツを着た見覚えある顔に溜息をついた。
「こんなところでまた会うとはな」
「……FBIが引き継いだとは聞いてたが、お前か、パーキンス。お前たちもついにアンドロイドを雇うようになったのか」
パーキンスの隣に立つ、ナインではない別のRK900の姿に目配せする。
「お前と変異体の捜査に当たっていたアンドロイドが、容疑者だそうだな」
「コナーか?」
「そうだ。手際の良さもそうだが、事件はアメリカ全土で広範囲に発生している。ブルーリッパーは仲間を得て組織的な犯行を繰り広げているんじゃないかという一説をマスコミが流しているが……あのアンドロイドなら簡単に出来るだろう。首謀者としては合点がいく」
「……確かにデモのとき、あいつは大勢のアンドロイドを解放した。けど、それだけであいつを犯人って決めるのか?あいつが殺るわけねぇ」
デモの時みたく掴みかかってやろうかと拳を握った。
「フン。おい、お前は捜査状況の引き継ぎを」
パーキンスのRK900が皮膚機能を解除した手を差し出してくる。同じくプラスチックのスキンを剥き出しにしたナインが手を握った。
「データ共有完了。ナイン、新たな情報が入り次第、連絡を。進展があればこちらも通達する」
「了解」
アンドロイドのやりとりを眺めていたギャビンが舌打ちし、気のせいか肩を落としたように見えた。
「くそっ……手柄は全部FBI行きかよ」
「ああ、そうだ、後は我々の仕事だ。捜査の邪魔はするなよ」
パーキンスが自分のアンドロイドに命令を出し、厨房に消えた。
捜査アンドロイドが捜査アンドロイドを欺き、死体の山だけが増えていく異常な事件。犯人は20万人いるRK900の、シリアルナンバー1だというのは、俺とコナーだけが知っている。
ブルーリッパーこと、あのRK900は、一体何が目的でこんなことを繰り返しているんだ?
答えは出ない。死体が転がっているばかりで手掛かりは見つからない。血のメッセージと、証拠が霧散しているという事実だけが、ブルーリッパーからの置き手紙だった。
現場を離れ、前を歩いていたギャビンがクソ、と毒づきながら壁を蹴った。
「俺たちが犯人の目星つけたってのに……気に入らねぇ」
「手柄手柄って、お前まだ昇進できると思ってんのか」
「テメェが椅子を降りればいいんだよ。ま、俺が昇進したら、ナインと一緒に哀れなジジィをこき使ってやるから、安心しろよ」
ギャビンがフンと鼻を鳴らす。ナインは後ろで腕を組み、にこりともムスッとすることもなく、無反応のまま。
「お前もFBIのクソプラに手柄取られてムカつくだろ?」
「我々は事件解決のために任務を遂行するだけです」
「あっそ。プラスチックには分からねぇか。お前は俺たちから仕事奪うだけだもんな」
ギャビンが嫌味ついでにナインの胸元に拳を突き出す。だが、奴のいちゃもんにすっかり慣れたナインは掌を素早く広げて拳を受け止める。そのままドアノブを回すように手首ごと捻った。
「いってぇ!離せッ!」
ナインは涼しい顔でギャビンの拳を払い落とした。
二人のじゃれ合いを横目に車に乗り、途中のスーパーで酒を買った。
発進しようとしたとき、携帯が鳴り響く。非通知。誰が何の用で電話してきたのか察しがついた。
一週間程前にかかってきたときは、無視を決め込んだ。今日も放置してやり過ごそうとしたが、着信は鳴り止まない。
俺をノイローゼにさせるつもりか。しつこい電話に舌打ちしながら出る。
「いい加減にしろ。うるせぇんだよ」
『では、今後コナーに直接連絡すればよろしいですか?』
「あのアマンダとかいう女みたいに?今度はお前がコナーを乗っ取るって言うのか?」
『プログラムを再度埋め込めば遠隔操作は可能ですが、その場合バグを取り除かないといけません。できれば避けたいですね』
「いつまでお前のモルモットでいればいいんだ。あんた、IQ170だかあるんだろ。とっくにルルドとやらは完成してんじゃねぇか?」
『完成を急ぐためにも、コナーを連れてきていただきたいのですが』
「断る。あいつの身体をおかしくさせたのは他ならぬお前だ。血を吐くのを治すってんならともかく、てめぇの立派な発明が完成してから呼べ」
吐き捨てて通話を切る。腐った牛乳を口にした気分になり、携帯を助手席に放った。
クソ野郎め。アンドロイドを生み出した親として、技術は信用できても、マニフェストを語る政治家並みに言葉を信用できない。本当はもう、遠隔操作プログラムはコナーに植え付けられているのではないか?だとすれば、カムスキーが何かのリモコンを使ってコナーを操り、俺の見ていないところで勝手に連れ出していかないだろうか?
ガキの頃、初めてホラー映画を見てチビり、電気を付けたまま慌ててベッドに潜り込んだ夜があった。ブラウン管の中にいたモンスターに殺されるんじゃないかと子ども心に怯え、眠れない一夜を明かしたあのときのように、ネガティブな妄想が繁殖していく。
こうしてる場合じゃない。今、この瞬間にも、コナーがカムスキーのいいように操られていたとしたらどうするんだ。我に返った俺は、慌てて車を発進させた。
ガレージ前に車を突っ込み、玄関のドアを力任せに開ける。
「おかえりなさい」
エプロン姿のコナーがいつものように、にこにこしながら出迎えてくる。
杞憂。嫌な想像ばかり考えすぎたか。杞憂のまま終わればいい。今日、何度目か分からない溜息をついたとき、コナーが軽く首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「……いや。ん……旨そうな匂いだな。もう出来てんのか」
「はい」
出来立ての、茄子が乗っかったミートソーススパゲティ、卵の乗った色鮮やかなシーザーサラダ、湯気が立つグラタンが入ったオニオンスープ。どれ一つとしてインスタントではない。コナーがテーブルに並べていく隣で、買ってきた酒を置いた。
「ハンク、今日もお酒ですか」
「……今日も例の殺人アンドロイドに振り回されたんだよ。それに、浴びるほど飲もうとしたところで、どうせ誰かさんが取り上げるだろ」
「……ほどほどにしてくださいね」
呆れた顔を見せながら、コナーはキャビネットからグラスを取り出した。
席に着くと、エプロンを脱いでコナーも隣に腰掛ける。サラダを一番最初に食うと太りにくいからと念を押してくるので、渋々草を一番最初に食む。
フォークを動かしながら今日の事件のことを話してみる。こめかみを黄色く点滅させるコナーは、そうですか、とテーブルに目を落とした。
粉チーズを降りかけ、パスタを口に運ぶ。挽き肉がたっぷり入った俺好みの濃い味付け。
「いかがですか?ソースも改良してみたんですが、今日は麺の種類も変えてみたんです」
「旨いぞ」
「本当ですか!?」
「ああ。お前が今まで作ったパスタの中で一番旨い」
神妙な顔していたコナーがぱっと目の色を変え、向日葵が咲いたように笑った。
グラスを手にすると、コナーが酒を開けてお酌する。飯を食う俺を覗き込むようにして、コナーがじっと見つめてくる。
「お前、いちいち見るなよ。落ち着いて食えねぇって何回言えば分かるんだ」
「あなたがおいしそうに食べていると、本当に嬉しいんです」
にこにこしながら、それに、とコナーは続ける。
「僕はいつ見つかって廃棄されるかわかりませんから……あなたのメモリーで満たされていたいんです」
「記憶しておくにしたって、ジジィがメシ食ってるとこよりもっといいモンあるだろ」
「例えば?」
スープを飲みながら、今日の現場で見た風景を思い出した。
「……お前、桜を見たことあるか?」
「アマンダと会う時に見たことがありますが……」
「それはバーチャルってことだろ。満開の桜の木の下で食うメシは旨いぞ」
「花見、ですか……いいですね。あなたと花見をしてみたいです」
「……ま、今は無理だな。ベル島はサイバーライフの御膝元だろ」
「今年は無理でもハンク、来年は絶対行きましょう!夏は海に行ってみたいです!たくさんやりたいことがあります!」
「……あのな……」
目を輝かせ、一人で盛り上がり始めたコナーの足元にスモウがやってきた。鼻でコナーの腕を小突き、何か訴えている。
「ああ、ごめん、スモウ。スモウも一緒にお花見しようね。あなたとスモウのご飯を作って、一緒に散歩に行って、それから……」
スモウを撫でながらキッチンを見回すコナーは、棚に置かれているコールの写真へ目を向けた。
「彼にも、見せてあげましょう」
意外なことを口にし、フォークの手を止めて写真を見つめる。
かつて哀しみ、痛み、絶望が、無休で俺を抱擁した。けれど今では、あの時計が止まった日が夢に出てきても、隣で眠る人が必ず俺を引き上げて助けてくれる。仕事で不意にあの日を連想することがあっても、目を瞑ってやり過ごせるようになった。痛みを、後悔を、記憶から消し去ることが自然に出来るようになった。
傷はいつまでも残り続ける。でも、着実に塞がっている今なら――そんな時間を過ごすのも悪くない。
「……そう、だな」
コールの写真から目を逸らし、再びパスタを巻いて口に運ぶ。腹が膨れていくにつれて、疲れも心の治安もよくなっていった。
飯を平らげ、空いたグラスに酒をもう一度注ぐ間に、コナーが皿をシンクに運んだ。
「事件についていろいろ考えていましたが……ブルーリッパーは僕を探しているんだと思います」
皿をスポンジで擦りながら、コナーがぽつりと口にする。
「へぇ。んじゃ、推理してみろ、この事件のことを」
「揮発してしまったブルーブラッドは、僕かRK900にしか見えません。僕たちのどちらかにメッセージを残している。我が元へ来たれというのが僕へのメッセージだとすれば、サイバーライフの回収命令に従えという意味に捉えられます」
「だとしても、お前を探すためにいちいち人の集まるところを選んで、そこに集まっている連中を皆殺しにしてるってのがおかしいんだよ。しかも警備とかガードマンがいる現場を選んで、監視カメラも全部ハッキングして、顔がバレないように準備万全にしてから乗り込んでんだ。パーキンスが話してるのを耳に挟んだが、どっかの現場じゃ格闘技の元チャンピオンがぶっ殺されて、首持ってかれたんだとよ。ったく、あのアンドロイドはそんなに人を殺してぇのかよ」
憤慨しながら酒を煽る。コンッ、と音を立ててグラスをテーブルに戻したとき、コナーがハッとしたように顔を上げ、皿洗いの手を止めてこちらへ振り返る。
「……それですよ、ハンク」
「は?」
「血の酩酊をご存知ですか?」
「血の酩酊?……確か、殺人犯が被害者の血を見て、興奮するってことだが……」
「ええ。人間が殺害行為に走ると、エンドルフィンやノルアドレナリンなどの脳内麻薬が流れ異様なエクスタシーを覚える……以後、その麻薬性に憑りつかれて殺人を繰り返すようになります。同様に、あのRK900は――変異しているのではないでしょうか」
「……何?」
皿についた洗剤を水で流しながらコナーは続ける。
「変異しないはずのRK900が変異したとなれば、僕を廃棄しようとしているように……サイバーライフはあのアンドロイドを欠陥品と見なして廃棄するでしょう。ずっと気になっていたんですが、RK900は『主』の命令で殺人を犯していると言っていました。ですが、アマンダを主などと呼ぶことは考えられません。ギャビンとナインのように誰かとペアを組んでいて相方に命令されているか、あるいは市販されているアンドロイドのように、誰かが買い取り、オーナーがいるか……サイバーライフを離れ、身を寄せたどこかの組織に命令されて事件を引き起こしているとも推測できます」
「……なるほど。今のお前と同じように、変異して逃げたってことか」
ええ、とコナーは頷いた。
コナーの推理を裏付けるように、俺の頭の中にジェリコで会ったRK900、ベルカとストレルカが浮かび上がった。ブルーリッパーと思われるあのRK900と遭遇したとき、ベルカたちのこめかみが赤く光り、動揺していた。
ここであなたに会うとは思わなかった――確かベルカがそう言っていた。つまり、俺たちがジェリコに聞き込みに行ったときにはもう、あのアンドロイドはサイバーライフを脱走していた可能性が高い。もしかしたら、ベルカたちがジェリコの巡回とやらをしていたのは、レビサロイドの調査、コナーの手がかりを掴むだけでなく、あのRK900の捜索も含まれていたのかもしれない。
「それにもう一つ気になっていることがあるんです」
「気になってること?」
洗い終えた皿を綺麗にラックに並べ、濡れた手を拭き取ったコナーが俺の方に振り向く。
「あのRK900が、凶器についた人間の血を口にしているのをご覧になりましたね?」
「……ああ」
「僕と同じように体液サンプルを採ってデータ照合するとしても、人間もアンドロイドの血も混じってスキャンなど到底できない。あれは量が多すぎるんです」
言われてみると、あのサーベルにべっとべとについていた血を全部舐めとるなんて、ブルーブラッド以外飲まず食わずで生きていけるコナーたちアンドロイドには必要のないことだ。下手したら、アンドロイドの命の源であるシリウムに不具合だって起きるだろう。つまり、何か意味があって血を飲んでいるということ。
「あのRK900は変異し、逃げるために殺している内に、血の酩酊を覚えた……以降、血を得るために人間もアンドロイドも殺し続けていると考えられるのです」
「血文字はなんで残してるんだろうな?拾ってくれた誰かの命令なのか?」
疑問を口にする。コナーはこめかみを二、三回黄色くさせ、思案顔になった。
「……我が元へ来たれ、は聖書から引用されていますね?」
「ああ……ナインはそういってたが……」
「マタイによる福音書11章28節に書かれているのは『疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう』。最初の『疲れた者、重荷を負う者』に当たるのが僕だと仮定した場合、『わたしのもと』……あのRK900が呼ぶ『主』にコンタクトすれば……」
「お前の命を助ける。それを伝えるためにアメリカ中の墓増やしながら駆けずり回ってるってことか。本当、頭のぶっとんだ奴だな」
「……憶測でしかありませんが……」
コナーの弾き出した仮説に腕を組む。
つまり、ブルーリッパーには共犯がいる。しかも、人間の共犯者。手口を整理すると、絵具を現地調達するために現場にアンドロイドがいる場所を選び、RK900に人間ともども殺害させて証拠を消し、コナーに分かるようブルーブラッドを使ってメッセージを残しているということ。
イカれた伝言ゲームだ。俺やカムスキー以外にコナーを助けてくれそうな奴なんて、皆目見当がつかない。
――いや、待て。ブルーリッパーとその背後にいる何者かは、コナーを
「……俺たち人間には見えなくても、お前が消えたブルーブラッドを視ることが出来るってのは、サイバーライフでどのくらいの人間まで知ってるんだ?」
「どのくらいと言われても……開発、製造、管理、技術、いずれかの部門に所属している社員なら知っていると思いますが……それが?」
「それが、じゃねぇよ。危険を犯してもお前にメッセージを残しておけば、お前はその『主』に辿り着くって算段してんだ。お前のことをよく理解してる奴じゃなきゃ、こんなぶっとんだこと出来ねぇだろ。お前の仮説通りだとすると、サイバーライフの内部の人間が黒幕ってことになる」
コナーが目を見開き、こめかみが赤く点滅した。
「……お前、『主』に当たる人間に、心当たりがあるんじゃないのか?」
席から立ち上がったそのとき、ぽたりと床に何かが落ちる。
「……あれ……」
鼻から流れ出てくる青い血。手で抑えるが、コナーは力が抜けたようにその場に膝をつく。
「おい、コナー……平気か?」
コナーのLEDが赤いハレーションを起こしたまま、青に戻らない。
膝をついたまま、コナーの身体が震えだす。ごほ、と咳き込んだ口からブルーブラッドが糸を引いて零れた。
「す、みませ……エラー、が……」
「見りゃ分かる。またお前身体がおかしくなってんだろ。休め」
「ですが……」
「痛くないから平気です、って?お前本当バカだな。血を吐いてる奴が健康なフリすんじゃねぇ」
アレルギーのある食い物を口にしたような顔のコナーを抱きかかえ、寝室に連れて行く。ベッドに寝かせ、毛布をコナーの身体にかけた。
「……本当にすみません……あなたに、迷惑ばかり……」
「お前のせいじゃねぇ」
コナーが申し訳なさそうに見上げてくる。
異変を察知したスモウが部屋に入ってきた。ぴょんとベッドに乗り、コナーと添い寝する。
「……大丈夫だよ、スモウ。すぐによくなるよ」
と、コナーはスモウの頭を撫でた。スモウはセラピードッグでもなんでもないが、いないよりいる方が落ち着くと言っていた。少しは楽になるといいんだが。
「……あの、ハンク」
「どうした?まだプログラムの調子が悪いのか?」
「……いえ……何でも、ありません」
何か言いかけるが、横たわったまま首を振る。
喋らせ続けていると具合がもっと悪くなるかもしれない。そっとしておこうと思い、廊下に出る。
「……嫌だと思ったら……言ってくださいね」
思わず振り返る。コナーは両手を胸の上に組み、コナーは眼を伏せていた。
ドアを閉める。そのままバスルームに入り、鏡の前に立つ。
沸騰して吹き零れかけてる鍋みたく俺の中で形容できない何かが煮え滾り、衝動のまま壁を殴った。
「くそっ……」
アンドロイドの将来のためとはいえ、カムスキーがコナーをモルモットにしなければ、こうして血を流すことなんかなかった。コナーが犯人に仕立てあげられるようなことだってなかっただろう。
『……嫌だと思ったら……言ってくださいね』
――追い出したくなったら、いつでも放り出せって?……馬鹿言ってんじゃねぇ。冗談じゃない。
だが、天才の発明が完成し、ブルーリッパーを……あのRK900を見つけ出さない限り、続くのだ、この死と苦しみの連鎖は。
カーテンから差し込む光に目を開けた。
目を擦りながらベッドから身を起こし、隣を見る。いない。起きれるようになったようだが、また倒れてないだろうか。
ベッドを抜けて、先にキッチンに入る。スモウが飯を食い終わって寝そべっている。テーブルにはスクランブルエッグに、ハムと卵の乗っかったトーストとコーンスープ、サラダが乗せられていた。皿に触れる。ほんのり温もりがあったものの、冷めていた。
リビングに目を戻す。コナーがソファに横たわっていた。
「おはようございます」
「……ああ、おはようさん。ぶっ倒れたかと思ったぞ」
「すみません……いくつかのエラーは解消されたんですが……先ほどからまた、動作プログラムが正常に機能しなくなってしまって……」
「歩けねぇってことか」
ソファを覗き込んだとき、玄関のチャイムが鳴った。
背もたれにかかっていたタオルケットをコナーの身体にかけ、ドアを開ける。ゴールデンレトリーバーを連れたリタとロベルトがいた。いつも一緒にいるソフィーの姿はない。
「あれ、おじさん、コナーは?」
「悪ぃな、リタ、今日はちょっと散歩は無理だ」
「どうして……?」
首を傾げるリタがソファに横たわるコナーに気づき、パタパタ駆け寄っていく。
「コナー、どうしたの?どこかケガしたの?痛いの?」
「ううん。ちょっと今起きれなくて……リタ……ごめんね」
リタの隣にゴールデンレトリーバーがやってきて、コナーの頬を舐めた。レトリーバーに反応してスモウも寄ってくる。ロベルトも家に入ってきて、コナーを心配そうに見つめる。
「おい、大丈夫なのか?動けないなんて……ハンク、すぐメンテナンスに出した方がいいぞ」
「……分かってるよ」
「そうだよおじさん、コナーをお医者さんに連れて行ってあげて」
「……それはそれは凄く腕のいい医者にかかってんだが……まぁ、ちょっと難病って言われてんだ」
「え?じゃあ、コナー、入院するの?」
「……実は、そうなんだ」
コナーの口から出てきた言葉にリタが目をうるうるさせ、コナーの腕を握った。
「入院したら、会えないの?」
「……うん。ごめんね。僕、寂しくなるよ」
買ったばかりのアイスを落としたような顔するリタの肩を、ロベルトがそっと叩く。しばらくうつむいていたリタが、おもむろに肩にかけているバッグを開けた。
「……これ」
バッグの中から綺麗に折り畳まれたカードを取り出し、コナーに手渡す。
「……あのね、私、来月誕生日なの。お友達を呼んで、みんなでパーティーを開くの。だから、コナーもおじさんも来てほしいの」
コナーが受け取ったカードを広げる。俺も覗き込んで見てみる。ピンク色の可愛らしいインビテーションカード。宛名部分に、手書きで俺とコナーの名前が入っていた。
「……俺もかよ」
「ハンク、リタの希望なんだ。頼むよ」
ロベルトに念を押され、肩を落とす。ガキの誕生日パーティーになんで俺まで参加しなきゃならないんだ。
「……そういや、ソフィーはどうした?」
「ああ。あの娘はまた調子悪くなっちまって……メンテナンスに出したんだ」
「パーティーに間に合うのか?」
「それがハンク、聞いてくれよ!リタがもうすぐ誕生日ならアンドロイドもいないと困るだろうって、急ぎでメンテナンスしてくれるって言ってくれてな。さらに代金もまけてくれたんだ。明日には戻ってくる」
「よかったじゃねぇか」
「うん、お医者さんがね、誕生日のお祝いだよって言ってくれたの。それでね、ソフィーが元気になってお家に帰ってきたら、おいしいケーキいっぱい作ってくれるって約束してくれたの!」
「よかったね、リタ」
一緒に喜ぶコナーを見て、リタがコナーの手を握った。
「だから……コナーも、病院に行って、早くよくなってね」
「……うん」
「絶対だよ。絶対パーティーに来てね」
「もちろん行くよ。約束する」
コナーがリタの髪を撫でた。リタの顔が少し、明るくなる。
ロベルトたちを見送り、リタから貰った招待状を冷蔵庫のドアに貼り付けたとき、ソファの方で咳き込む音が聞こえた。
慌てて戻る。また血を吐いていた。
コナーは三日以上徹夜したような陰鬱な顔を見せながら、胸の上に置いた拳を強く握りしめた。
「……何も、出来なくて……すみません……」
「いいから黙って寝てろ」
最近、こうして謝ることが増えてきた。迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないのに。
口端から零れる青い血を指で拭ってやる。コナーの頬に触れると体温機能までイカれてしまったのか、冷蔵庫のようになっていた。
「……イライジャから、連絡はありましたか?」
「いや、ねぇよ」
「……少しだけ、いいですか?」
嘘をついたとき、遠慮がちにコナーが俺の腕を握る。
しばらくそのままにさせているとコナーの震えが鎮まる。落ち着きを取り戻したように見えたところで飯を温め直した。
朝食を終えて支度を整える。最後にもう一度コナーの様子を窺った。
「コナー、昨日の続きを教えてくれ」
「続き?」
「ブルーリッパーを操ってる黒幕だ。お前のことをよく知ってる人間なんだ。心当たりあるんだろ?」
コナーの傍にしゃがみこむ。瞳を彷徨わせるコナーは、言うべきかどうか迷っているようだったが、やがて俺を見据えて口を開いた。
「……アレックスです」
「アレクサンダー・ウェインが?」
「はい……実は、昨日あなたと話してるときに、ブルーリッパーの被害者から得たメモリーを整理していたんですが……」
「手がかりを見つけたのか?」
問い返す俺の後ろで、テレビの電源が付く。
画面の中央、白黒制服を纏った殺人アンドロイドが立っていた。手に持っている細工が施された白銀色のサーベルは既に赤い血で濡れている。
現場は、動画ストリーミングサービスが台頭したおかげで何年も前に廃墟になった映画館。レッドアイス用にかっぱらってきたアンドロイドたちがレビサロイドとなって襲い掛かってきたと、腰抜け売人から入った通報で訪れたところだ。現場に到着したときにはお決まりのように、通報者も、売人たちも、レビサロイドも皆、刃の餌食となって息絶えていた。
テレビには駆け付けたときと同じ、チケットやスナック類を売っていたホールの映像。粉々になった看板や瓦礫とともに、血の海が広がっている。
『な、なんだ!?こいつ!?』
『ぶっ殺せ!』
野郎どもが口々に叫ぶ。記憶の持ち主である男がじりじり後ろに下がり、一旦近くのシアターに入る。座席の下に隠してあったアサルトカービンを手に、仲間とホールへ駆け戻っていく。
『お前たち!仲間だろ!こいつをなんとかしろ!』
『……殺ス……殺しテヤる……』
ソフィーと同じ顔したレビサロイドが売人に押し出され、奇声を上げながらキッチンナイフ片手にRK900に切りかかる。だが家事手伝いアンドロイドに対して、荒事なんざ日常茶飯事の最新型捜査アンドロイドでは、パワーもスピードも桁違い、分が悪すぎる。
RK900はナイフを振り下ろしてきたAX400の腕を掴んで思いきりへし折り、ボディから腕を引っこ抜いた。さらに持っていたサーベルでシリウムポンプのある腹を精確に貫く。
レッドアイスの売人たちはレビサロイドごとスクラップにしようと銃の引き金を引く。とはいえ素人が闇雲にぶっ放したところで当たるはずもなく、RK900は絶命したレビサロイドを一番近くにいた野郎に放り投げた。男が死体ごと吹っ飛ばされ、瓦礫に埋まる。
『もしかして、こ、こいつ……ブルーリッパーじゃ……』
目の前にいた野郎の首から上と下が綺麗に分割され、頭部が滑り落ちる。バスケットボールのように地面でバウンドする仲間だったものを見下ろし、記憶の持ち主が絶叫を上げた。
テレビの映像にノイズが走り、砂嵐が起きる。
「おい、無茶すんな!出力すると余計おかしくなるんだろ!」
「……この、先、です……」
こほ、と噎せる声が一度響き、テレビの映像が再び鮮やかに戻る。
ブルーリッパー目掛けて真っ青な双眸を持つアンドロイドたちが無秩序に襲い掛かる。RK900は淡々と刃を奮って処理していき、レビサロイドが瓦礫に沈んでいく。
『……く、来るな……』
記憶の持ち主がトリガーを引く。RK900は首を僅かに傾けただけの最小限の動きで弾丸を回避し、後ろを走っていたレビサロイドに当たった。
表情を変えず、周囲の売人たちをスライスしながらアンドロイドはゆっくり間合いを詰めてくる。
『こっちに来るな!!』
ブルーリッパーは眼前に向けられたバレルをサーベルの柄を使って弾き、返したサーベルの刃でライフルを叩き落とした。
転がるライフルに気を取られた野郎の喉に、真一文字に払われる刃。
噴き出す赤。
ここまでは、ルルドで見たことある映像だった。
「……ハンク……右の奥を見てください……」
映像に一時停止がかかる。
後ろの柱の陰に、誰かが立っていた。
人間部分の映像が切り抜かれ、コナーが俺に見えるよう拡大する。
瓦礫そっくりの鼠色のコートを着ており、中に同色のパーカーを着て、フードを目深にかぶった男。コナーが遠隔操作で、映像をさらにクリアになるよう修正を加えていく。フードの内側から、スコッチ色の髪が僅かに覗くのが確認できた。
映像がスローで再生される。ぐらりと揺れ、記憶の持ち主が地面に倒れていくのに合わせて映像もローアングルになる。売人たちが地面へ真っ赤に敷かれていく中、記憶の持ち主も助けを求めて、血で濡れた手を伸ばす。腕がゆっくり床に萎れていくと、柱に隠れていた人間が僅かに身を乗り出す。床に落ちていたガラスの反射を浴び、フードの中から微かにエメラルド色の瞳が浮かび上がった。
そして暗転。男の世界が何も映されなくなる。
「……ご覧の、通り、です……」
コナーは酒を切らしたアル中みたくぶるぶる震えながら、続けた。
「アレックスと思われる、人間、が……あのRK900と共謀している可能性が、あります……」
「似てると言えば確かにウェインに似てるな……それに、あのコートを着た人間は、殺された人間の中にはいなかったはずだ」
「……該当する、サイバーライフの社員を検索、しました……あの髪色と瞳、皮膚の色、身長、骨格等、データベース上で一致する人間は、少ない……」
「ウェインがお前やナインたちRK900の製造者っつってたな……お前の仮説通り、変異したRK900を何らかの事情で手元に置いてるってことは考えられる。幹部みてぇだし、俺たち以上にブルーリッパーに関する情報を持ってる可能性も高い。当たってみる価値はあるな。コナー、でかしたぞ」
コナーの肩を叩き、俺の体温を染みこませるようにしっかり握りしめる。呼応するようにコナーの震えがゆっくりと鎮まっていく。
「……お役に立ててよかったです……そうだ。ハンク……今日はお食事、何がよろしいですか?買い出しておくものがあれば補充しておきます」
まだ震えの止まないコナーが訊ねてくる。病人の癖に相変わらず自分を後回しにして、俺のことばかり。
小さく溜息をつき、何も言わず温度のない柔らかな唇に自分の唇を押し付けた。こめかみの光が、不規則に点滅する。
「ハンク……」
「お前、俺の言うこと聞きゃしねぇが……いいか、これは命令だ。何もするな。お前は大人しくしてろ。分かったか?」
「……はい」
正直、ここで寝込んでくれていた方が、サイバーライフやFBIの捜索に引っ掛からないだろう。
車のキーを拾い上げたとき、携帯が鳴り響く。
『レビサロイドの集団が現れた!手の空いている捜査員は全員ジェリコへ向かえ!』
丁度いい。ウェインなら、ジェリコにあるサイバーライフの支店にいるはずだ。居場所も分かっているなら話が早い。
「……行ってらっしゃい、ハンク。気を付けて……」
背中越しにコナーの見送る声を受け止め、車に乗り込みアクセルを踏んだ。
マスコミ連中の視聴率の臭いを嗅ぎつける能力は、アンドロイドを上回るんじゃないだろうか。TV局のロゴの入った放送中継車やら機器の積まれたバンが、パトカーよりも先にジェリコ近辺の駐車スペースを陣取っているのを見て舌打ちする。
仕方なく変異体向けショッピングエリアに車を残し、自分の足でジェリコへ向かう。
「中継でお伝えします。大勢のレビサロイドがジェリコに集い――」
「これほどのレビサロイドが我々人間に襲い掛かってくるのでしょうか?一刻も早い事態の解決を望み、捜査アンドロイドが派遣され――」
「変異体を襲う謎のコンピューターウイルス。何故これほど大勢のアンドロイドに感染しているのでしょうか?我々は真相に迫るため――」
カメラやマイクを手に現場を取り囲むマスコミ連中を押し退けながら前に進む。
「プラスチックめ!デモのときに捨てられてればよかったのに!」
「このまま死んじまえ!」
マスコミとともに、アンドロイド反対運動を繰り広げる団体もわんさか集い、試合中のスタジアムみてぇに騒然としている。
「おい、通してくれ」
人ごみを掻き分けてようやくジェリコの入口に辿り着いた。
既に警棒と、デザートイーグルを装備したRK900を筆頭に、白黒制服のアンドロイドが集まっていた。RK900たちは柱の前に二列に陣形を組んで待機している。30人はいるだろうか。RK900の後ろではジェリコを警備している変異体が集まり、料金徴収所みてぇな入口にシャッターを設けて、誰も入れないよう閉鎖していた。
ベルカとストレルカの前には片目だけ真っ青に染まったアンドロイドが100人近く大挙していた。
機械のアンドロイド、変異体、そしてレビサロイド。周囲にはパトロール中だったクリスに俺と同じように直行してきたギャビン、ベンと見知った同僚が集まっており、合流する。さらに
「今度はレビサロイドが独立デモでもやらかすつもりか?」
「どうも違うようだ。彼らはワクチンを探しているらしい」
「あっちにサイバーライフの店があるじゃねぇか」
「レビサロイドはメンテナンスを断られているそうです。メンテナンスする前に自我を失って、襲い掛かってくるそうですから」
「賢明な判断じゃねぇの?この調子じゃもうすぐ発狂するだろ」
早くトリガーを引きたいらしく、ギャビンが銃のグリップを握ってうずうずし始める。
「助ケて……」
「治しテ……」
「ジェリコ……入レテ……」
かろうじてまだ意識があるのだろう。レビサロイドになりかけの変異体たちは、身をがくがく震わせ、発音の合ってないたどたどしい声で助けを求め、RK900に詰め寄る。
「感染者をジェリコに入れることは出来ない」
「あなたたちはもう手遅れだ」
慈悲の欠片もない言葉とともに、ベルカが警棒を、ストレルカが拳銃を抜く。
二人の合図を待ってましたと言わんばかりにギャビンが一番に銃を構える。SWAT部隊も提げていたライフルの照準を変異体たちに合わせ始めた。
「止めて……殺サナいで……」
「撃たナいデくれ……」
アンドロイドが震えながら両手を挙げた。
だが傍で見ていても分かる。もう片方の目が青くなり始めた。苦し気に呻く彼らは、もう少しで完全に自我を失うだろう。襲い掛かってくるのは秒読み段階。
衝突寸前のちりちりした空気が辺り一帯をどんより包みこむ。
「……見てることしか出来ねぇのは、悔しいな……ったく、やってらんねぇ」
ぼやきながら、ジェリコ周辺を見渡す。
出動してきた市警の連中、SWAT、それにRK900を合わせればこちらも100人以上いる。ここにいるレビサロイドたちはおおむね鎮圧できそうだ。俺一人抜けたところで問題にならない。
市警の連中に背を向けたとき、
「おい、ジジィ、仕事放ってどこ行くつもりだ?」
「レビサロイドがサイバーライフの店舗に雪崩れ込んでくる可能性があるからな……俺はそっちに行く」
「はぁ?」
「お前、ナインと一緒にあそこで突っ立ってたらどうだ?楽だろ?」
「勝手に殺すんじゃねぇよ!」
突っかかってくるギャビンを除けたとき、ベンとクリスが横に並んだ。
「ハンク、お前一人で行くつもりか。手伝うぞ」
「警部補、僕も行きます」
「おい、俺が指揮を執ってるわけじゃねぇんだぞ」
「……待てよ。俺も行く」
ギャビンの一言に足を引っかけられ、皆で顔を見合わせる。まさかこいつがついてくるとは誰が予想できただろう。
面食らっていると、鉄骨でも落下してきたような轟音。ハンドキャノンと言われるデザートイーグルならではの銃声だ。
次の瞬間、悲鳴。怒号。耳にするだけで内臓が飛び散りそうなブチギレた絶叫が轟々と響き渡る。人を吹き飛ばすような破壊力があり、俺たちもSWATの連中も皆、ハリケーンの現地レポをしてるアナウンサーみたいになった。レビサロイドに成り果てた変異体は、絶叫をあげながらベルカたちに雪崩れ込んでいく。RK900も立ち向かう。衝突するアンドロイドたち。SWATの一部がマスコミの前にシールドを持って防衛体制に入る。銃を手にしたSWATや他の市警の連中が機を見て、レビサロイド鎮圧へ動き出した。
「ご覧ください!たった今アンドロイド同士の衝突が――」
マスコミがシールドを持ったSWATの背後から、悲喜こもごもカメラやマイクを向け、プロレス試合でも見ているように囃し始めた。
「……スイッチが入ったぞ。昇進のポイント稼ぎするんだろ?」
「こんだけ応援が来てると、それほどボコれねぇだろ」
交戦する白黒制服たちに向かってギャビンが一瞥する。
「俺のプラスチックは壁になってもゴミ箱に行くような馬鹿な真似しねぇからな。ここはあいつに任せる」
と、一番に走り出した。
視界の遠く、サイバーライフのロゴが入ったフラッグが揺れるのを見上げた。行先を再確認し、俺たちもサイバーライフの店舗へ駆け出す。
俺の予想は的中し、サイバーライフの店舗前に双眸を青く染めたレビサロイドが5人。レビサロイドはバールにパイプといった鈍器を手に、シャッターの下ろされたショーウインドーを叩き壊そうとしていた。ガラス越しに白衣を着た社員が数名いるのが見えた。レビサロイドを見た途端、店舗の奥に走って逃げ出す。ビビッて腰を抜かした社員は、パーツを展示しているケースの後ろに屈んで隠れた。
「……人間……殺ス!」
「死ネ!」
センターにいた2メートルはあるデカいアンドロイド――確かTR400――を筆頭に、レビサロイドたちが近くに駐車されていた黒く艶光りするセダン車を難なく持ち上げ、ショーウインドーに投げ放つ。
大砲のように放たれた車はいとも簡単にガラスを突き破った。聞いているこっちまで凍り付くような女の悲鳴が外まで轟く。着弾した車はバウンドし、部品をパン屑みたくポロポロ零しながら店舗の滑らかな床の上を滑っていく。パーツを展示しているアクリルケースを押し潰し、壁にめり込んだところでようやくただのスクラップになった。
「レビサロイドが……!」
「救助するぞ」
俺とギャビンが飛び出し、まずは後ろにいたレビサロイドに各々ヘッドショットを決める。残り3人。ベンとクリスは店舗の前に置かれていたコンテナを壁に隠れた。
振り返ったレビサロイドが、ターゲットを俺たちに変更。武器を手に猛進してくる。だが車を投げたTR400は、目もくれず店舗の中に足を伸ばした。すかさず太ももを狙って引き金を引く。
「……人間……」
青い血が飛び散る。ようやくTR400が停止し、がくがく震えながら振り返った。
鉄パイプを振り回すアンドロイドがちょうど俺とTR400の間に入り込んでくる。ベンとクリスのどちらか分からないが援護射撃が命中し、地面に頭からスライディング。残り2人。
「さっさとゴミ箱に行けよ」
ギャビンのスカした声がして横目に見る。バールを持っていたアンドロイドを押し倒してマウントポジションを奪ったギャビンは、そのままアンドロイドの顔面を殴り続けた。皮膚機能がなくなり、動きも鈍くなったのを見逃さず、ギャビンはレビサロイドの腹からシリウムポンプを引っこ抜いてシャットダウンさせた。残りはTR400一人。
ギャビンがポンプを手に、俺を見て顎をしゃくる。
抜いたポンプをボール代わりに、ギャビンはTR400へストライクを決めた。
一瞬でも気を取られてくれるかと思ったが、レビサロイドはそのままポンプを地面に叩きつけ、100メートル走のトップランナー級に距離を詰めてくる。突撃してきた勢いそのまま、TR400が俺の手をがっしり掴んだ。銃が地面に落ちるが、冷静に自分の手を広げ、肘をTR400の肘に当てる。手首を掴んでいられない角度になったところでロックが外れた。そのまま顎にエルボーを叩き込み、蹴り飛ばす。
レビサロイドが体勢を崩した一瞬、ギャビンの拳銃が火を噴く。弾が額を貫通し、巨体のレビサロイドは背中からゆっくり地面に落ちて動かなくなった。
「ったく、次から次へと……こいつらゴキブリみてぇに増える一方だな」
青い血を地面に広げる死体を蹴り、車が激突して開いた箇所からギャビンが店舗に入る。
俺も落とした銃を拾い、中に足を入れた。後ろにいたベンもクリスも銃を構えたままついてくる。
埃の舞い散る中、内装を見回す。立ち入り禁止ゾーンが視界に入ったとき、ベン、クリスに目で合図した。
「奥にもレビサロイドがいるかもしれん。見てきてくれ」
「分かった」
二人は銃を手に、店舗の奥へ走っていった。
逃げ遅れていた白衣姿の社員たちが、凍り付いた顔を見せながらもデスクやアクリルケースの後ろからよろよろ立ち上がって姿を見せる。
「おい、怪我人はいるか?」
ギャビンが社員を集め、安否確認する。
スクラップとなった車の近くに歩み寄る。白衣や髪の毛にかかった瓦礫の破片を払い落としながら、一人の男が立ち上がった。
「あなたは……」
「ウェインさん、だったな。平気か?」
「ええ。皆さんのおかげです。助かりました。まさかレビサロイドが店舗に襲撃してくるとは……」
目的の人物、アレクサンダー・ウェインを発見できた。
「警部補、異常ありません」
ベンとクリスが戻ってくる。バックヤードやオフィスにいた職員も5人ほど、蒼褪めた顔をして一緒についてきており、店舗に出ていた従業員と抱き合う者がちらほらいた。
「よし。レビサロイドが来ないうちに、全員避難させろ」
「ま、待って……あと一人いないわ……」
金髪の女が声を上げる。誰か殺されたのかと、社員が互いの顔を確認しあっていると、
「室長!室長はいますか!」
スポンジケーキみてぇな声とともに、床に穴を開けそうな硬いヒール音が近づいてきた。白衣がなければピンナップガールだと10人中10人が思うロングブロンドの若い女性社員。集合した他の職員には目もくれず、ウェインを見つけるとボウリングボールを隠したような胸を揺らして真っ先に駆けてくる。マッチ棒が5本は乗っかりそうなほどまつ毛を盛り盛り蓄えた女社員は、俺を押し退けてウェインにすり寄った。
「室長!ここだったんですか!大丈夫ですか!?」
「……ああ。市警の皆さんに助けてもらった。私は平気だよ。君は?」
「何ともありません!」
「おい、今ジェリコの前にレビサロイドが集まって、RK900とドンパチしてるんだ。まだレビサロイドが襲ってくる可能性は高い」
「ええっ!?」
「……分かったなら、あんたも避難しろ」
ウェインがスクラップとなった車を横切ると、すり寄った女社員も引っ付き、集まってきた職員たちの元へ近寄る。
「みんな、市警の皆さんに従って、ここから避難を」
「室長はどうするんですか?」
「この状況で営業は出来ない。本社に連絡をとってから避難する。君は先に行きなさい」
「あれ、室長の車ですよね?帰れないじゃないですか!」
「……何とかなるよ」
「私、裏に車を停めてあります。送っていきましょうか?」
女社員がミサイル代わりに潰された車を指さしながら、またウェインにべったりくっつきボウリングの玉を奴の腕に当てる。女の提案を耳にしたとき、俺は今日はツイてると胸の内でほくそ笑んだ。
「さっさと逃げろっつってんだろ」
ギャビンがずかずかやってきて遠慮なく女を引き剥がす。女が離れた途端、ウェインは心なしかほっとした顔を見せた。
ベンとクリスが早速職員たちを引き連れ、銃を構えながら避難誘導する。ウェインに好意を見せる女社員は最後までしぶとく残っていたが、やがてまつげと胸をふさふさ揺らしながら消えていった。
パキ、とガラスを踏む音。緊張が稲妻となって全身に走り、銃を手に素早く振り返る。
「ギャビン、ここでしたか」
ナインだった。ガラスを踏みしめつつ入店してくるのを見て、俺は銃を下ろした。
「ナイン、レビサロイドたちはどうだ?」
「集まったレビサロイドの大半を制圧しました。既にシャットダウンした機体の処理を進めているところです」
「……そうかい。案外、呆気なく終わったな」
ファラオの仮面みてぇな表情を張り付けたまま、ナインは一直線にギャビンに近寄っていく。
「それよりもギャビン。鎮圧任務を何故無視したのです?」
「任務任務ってうるせぇな。お前、仕事終わってねぇだろ」
ナインが足を止めたとき、俺でもギャビンでもウェインでもない、誰かがガラスを踏む音。
振り返るナインの頭上に、鉄パイプ。
ナインの額にめりこむ前に、一発の銃火。まだ息の合ったレビサロイドのこめかみを吹っ飛ばして電源を落とし、真っ白な床が青い血でぐしょ濡れになる。
「油断してんじゃねぇよ」
ギャビンが硝煙をくすぶらせる銃を下ろす。
「……驚かせちまって悪いな」
「いえ、助かりました」
ギャビンの代わりに謝罪する。ウェインは鋭い銃声に耳を塞ぐことも、身を竦ませて驚きを見せることもせず、落ち着き払ったまま礼を述べた。
硝煙の匂いが店内に漂う中、レビサロイドを見下ろすナインのこめかみが、珍しく黄色く光った。
「ここまでレビサロイドが来ていたか」
重厚な声がまた増える。革手袋を填めたRK900が二人、店舗に入ってきた。二人の後ろから、さっきまでジェリコにいたRK900が数人現れ、店舗の中に散らばって被害状況を調査していく。
手袋を填めた二人のアンドロイドと目があった瞬間、ギャビンが二日酔いしてるときと同じ顔をした。
「……お前がまたわんさかいるじゃねぇか……」
「ベルカとストレルカ、だったな」
「へぇ……こいつらがお前のプラスチック上司ねぇ……」
ギャビンの視線が二人のアンドロイドを往復する。
「社員は今、同僚が避難させてる。あとはウェインさんだけだ」
「デトロイト市警の迅速な対応に感謝します」
ベルカが仏頂面のまま礼を述べ、ウェインの前に歩いてくる。
「開発室長、ご無事だったようですね」
「……ああ。レビサロイドのことは聞いたよ。上に報告は?」
「既に済んでいます。店舗の被害状況も、こちらで確認が終わり次第報告します」
「先ほどのレビサロイドが新たな感染者を増やした可能性は高い。変異体が治療を求めて再び襲撃してくる前に、あなたも避難を」
ストレルカがベルカの隣に並び、ウェインに指示する。
「……だそうだ。ウェインさん、仕事熱心なのは結構なことだが、ここで死なれちゃ困る。送ってくよ」
車のキーを取り出し、親指を店舗の外に向けてついてくるようウェインにアピールする。
コナーの仮説通り、ウェインがブルーリッパー事件の黒幕だとすれば、自宅に事件の手がかりがあるかもしれない。例えば、現場から持ち去られて見つかっていない、被害者の首。行方不明になっている人間の持ち物。あるいはあのRK900の痕跡。
だが奴は遠慮がちに首を振った。
「そんな……ご迷惑になるわけにいきません」
「こんな状況だ。一人でどこかに行かれて襲われても困るんでね」
「おい、止めとけ。ジジィのオンボロに乗ったら、あんたまでスクラップになっちまうぜ」
「はぁ?」
突っかかってきたギャビンはナインを被疑者のように引っ張りながら、自分のバッジをウェインに掲げる。
「ギャビン・リードだ。俺があんたを送ってってやる。いざというときは身代わりになるプラスチックもいるから安心しろよ」
ギャビンは歯を見せながらナインの肩をバンバン音を立てて叩いた。ウェインに恩を売りつけておけば昇進ポイントを上げられると思ってるのだろうか。
クルミサイズの脳味噌の持ち主らしい発想だと思いつつ、棒立ち状態のナインに視線を移す。ギャビンはともかく、ナインがいれば、ブルーブラッドや事件の痕跡をすぐに見つけてくれる。
ウェインのブルーリッパー共犯疑惑を確かめるためにも、ここで奴との接点を切られるわけにはいかない。
どうしても探りを入れたい俺は、だしにするのは気が引けると思いつつも一歩詰め寄った。
「ウェインさん」
「はい」
「あんた、コナーを造った人なんだってな」
コナーの名前を出したとき、ウェインは一瞬血走った眼差しを向けてきた。
「へぇ……あいつの開発者ってことか?」
「ああ。俺は変異体デモのときコナーと捜査に当たってた。俺たち、あいつを探してるんだが……まぁ知っての通り、どっかに行っちまったっきりでな。あんたなら、コナーがどこにいるか、もしかしたら知ってるかもしれないと思ってね。送ってくついでに、詳しい話を聞きたいんだが」
「そりゃいいこと聞いたな。あいつの面倒看れるってんなら匿っててもおかしくねぇよな?」
「私もコナーをずっと探しているんですよッ!私が居場所を聞きたいぐらいですッ!」
ウェインが落雷じみた剣幕を見せた。下顎を震わせ、射貫くような視線で見据えてくるウェインの変貌ぶりに、ギャビンも俺も口を開けたままぽかんとした。
静寂は、ベルカが警棒を抜き放つ音で破られる。
「……ナイン」
「はい」
「感染者が現れたと報告が入った。アンダーソン警部補と一緒に、開発室長を避難させろ」
「了解」
ナインが従うと、ストレルカも拳銃を手にした。
「我々は感染者が増えないよう現場に向かいます。開発室長、命令に従ってください」
「……分かったよ。アンダーソンさん、リード刑事、お願いします」
たった今取り乱していたのが嘘のように、ウェインは凪いだ水面のように静かな声で喋る。
ベルカとストレルカがワーカホリックで助かった。ギャビンが一緒にいるのは俺の気分を深海に連れていくばかりだが、とにかく奴に聞き込みすることが出来る。
店舗を後にし、ギャビンの車にウェインを乗せ、俺が後ろから警護がてらついていく形で車を走らせた。
郊外の小高い丘を進む。木々が生い茂る中を走っていると、上の方に白っぽい建物が時折垣間見えた。遠目にも高級リゾートホテルじゃないかと見間違うほど屋敷は立派なものだった。
ロートアイアン製の門扉が見えてくる。シンプルな縦格子をベースに植物のツタをモチーフにした装飾、俺たちの車2台が並んでもまだ余裕があるほどの大開口、金の匂いがぷんぷんする。
門を過ぎ、石畳のアプローチを真っ直ぐ進みながら、城と形容するにふさわしい美麗な洋館を見上げた。傾斜の強い腰折屋根、陶器のような白いタイルの外壁、屋根から突き出した小さな三角屋根にバルコニーと、典型的なルネサンス様式で建てられている。
正面玄関には葉っぱの装飾が施された太い柱の車寄せがあり、庇の下で車を降りた。
「すげぇな。サイバーライフの給料でこんな城が建つのか」
ギャビンが不躾に言い放ったとき、エントランスの扉が開く。白衣を着たままのウェインと対照的に、夜を着こんだようにシャツもスーツも黒で統一した人間が低い靴音を響かせてくる。
「ジャスティン、お客様だ」
こめかみにはLED、横に立つナインと瓜二つの顔。制服を着ていないが、こいつもRK900だった。
ジャスティンと呼ばれた黒づくめのRK900は俺たち三人を順繰りに見回し、こめかみをちかちかさせた。
「……おい、挨拶ぐらい言えよ」
「すみません。ジャスティンは初期不良があって喋れないんです。立ち話もなんですし、皆さん、こちらにどうぞ」
ウェインとRK900が背を向け、エントランスに戻っていく。
俺たちも屋敷に入り、正面の階段を上がる二人についていく。ステンドグラスがある踊り場、足元には卵を落としても割れなさそうなふかふかのカーペットが敷かれ、継ぎ目のない手摺には蔦をイメージした美しい細工が施されている。
二階の廊下を進む。不思議なことに同じバラの絵が三枚、頭蓋骨や腐った果物が描かれた全く同じ静物画が2枚ほど壁に並んでいた。クリスタル素材の花瓶が何個も並んで、花まで同じ色、高さに揃えて陳列されている。家具や調度品の数々がコピー&ペーストを繰り返したように飾られているのが印象的だった。
ジャスティンが黒光りする古い木製の扉を開けた。
サイバーライフの店舗を彷彿とさせる白い壁、足元はベージュの絨毯に包まれた、これまた広い豪華なリビング。植物のつぼみみたいなランプに、目の前にはアンティーク調の大きな木のテーブル。後方と右側に、三人は座っても余裕があるソファ。ジャガード模様の高そうなクッションが敷き詰められている。左側には一人掛けソファが二つ。さらに左に観葉植物と、年季の入ったウォルナットのヴィンテージチェスト。廊下と同様、何枚もの同じ写真や絵画がフレームに入れられモリモリ飾られている。部屋の右側、窓から射す日差しを浴びて、円いコーヒーテーブルの上にあるチェスや、ガラスのキャビネットに収納されている陶器の皿がゴージャスに煌めいていた。
ウェインは超がつく金持ちなのだと一通り知識を得たところで、正面に目線を戻す。書斎と思われる本がぎっしり詰め込まれた部屋が続いており、中央にはコナーの瞳と同じ色した重厚なデスク。
「こんな僻地まで送っていただいて感謝します。ジャスティン、コーヒーを出してあげて」
ウェインの注文を聞き、黒づくめのRK900がリビングの外に出ていった。
「どうぞおかけになってください」
「……んじゃ、お言葉に甘えて」
ウェインが一人掛けのソファに座り、俺とギャビンも向かいのソファに腰掛ける。ナインだけはギャビンの横でいつものように後ろ手に組み、立ったままだった。
「あんた今日は災難だったな」
「全くです……」
「あんだけジェリコにも押しかけてきたし、レビサロイドはどんどん数を増やしてるみてぇだが……治す手段はねぇのか?」
「レビサロイドの電子ウイルスは非常に強力です。アンドロイド版の狂犬病だと報道されていますが、その通りなんですよ。人間がワクチン接種を受けずに狂犬病を発病した場合、確実に死亡するように……レビサロイドのウイルスも感染し、発症してしまうと、アンドロイドたちが持つ電子データを食い荒らされてパッチを当てることも出来なくなってしまう……治療する手段までウイルスデータが奪ってしまうんです。感染したアンドロイドを回収し、アンチウイルス開発のためにサイバーライフで解析を進めていますが……すぐにウイルスが巡って暴走してしまいまして……」
「解析する前に死んじまうのか」
「ええ。それでも根気よくデータを解析してみた結果……分かったことは、我々人間と同じ。ワクチンとなるものを摂取しなければならないということです」
「ワクチン?」
「ただ、ワクチンとなるものが一体なんなのか……そこまで解析できていません。おかげでアンチウイルスプログラムの開発は難航しています」
「なるほどね……おかげで俺たち繁盛してるよ。他にレビサロイドをなんとかする方法ないのか?」
ギャビンの質問に、ウェインはお手上げと言いたげに肩をすくめた。
「予防、という意味で、変異しないことが一番ですね。レビサロイドは変異体から派生して誕生するのですから。現在、サイバーライフではナインたちRK900のように、変異に対する耐性を強化したアンドロイドの開発を急ぎ、そちらに買い替えることを勧めています」
「生き延びたかったら、心を捨てろってことか……サイバーライフも酷なことを言うんだな」
「仕方ありません。結局我々人間が脅かされるわけですから……」
ウェインは無感情に告げた。
しかしアンチウイルスプログラムが未完成というなら、変異体は感染に怯え続けなければならない。運悪くレビサロイドになってしまったら心を狂わされ苦しみながら死んでいくだけ……いつになったら変異体は救われるのだろうか?
……そうだ。最初にレビサロイドに遭遇したとき、コナーを襲っていた女児アンドロイドは最後に一瞬、元に戻っていた。あれは多分、新型ブルーブラッドとやらの効果だろう。ルルドが早く完成して流通すれば、レビサロイドの特効薬となり、コナーも苦しいモルモット生活から解放されるはず。
そんなことを考えた時、再び入口の扉が開いた。ジャスティンがコーヒーカップの乗ったトレーを手にテーブルへやってくる。音を立てずソーサーとコーヒーを並べていった。トレーを片付けるとウェインの隣に憲兵のように控え、ナインと向かい合う。
早速コーヒーを口にするギャビンが、ジャスティンを指差した。
「そいつ、初期不良って言ってたけど大丈夫なのか?」
「ジャスティンは最終テストで修復不可能なほど、大きな初期不良が発生してしまって……出荷出来ないと判断されたんです。捜査に出すことが出来ないからといって廃棄するのも、造った私としては忍びないと思い、引き取ったんです。代わりに別のプログラムをインストールして、私のサポートをしてくれています。小さなことでも本当によく働いてくれて、助かっていますよ」
ウェインが自慢げにジャスティンを見上げた。
「あんた、廊下にも同じ絵とか彫刻がいっぱい飾ってあるし、変わってんな」
チェストに置かれた写真を眺めながら、疑問に思っていたことを口にする。ウェインは俺の視線の先を追いかけ、はは、と小さく笑いながら古ぼけた羊の写真を見た。
「昔、クローンの研究をしていましてね。あそこにあるのは、世界初のクローン羊『ドリー』の写真です。『紳士たる者、書籍は3部所持するものだ。1部を見て、1部を使い、1部は貸し出すのである』と昔の書籍収集家が言ったそうですが、私も保存用、観賞用と同じものをいくつも揃えたくなってしまうんです」
「俺からすりゃ、このプラスチック……じゃなかった、アンドロイドがそれこそクローンに思えますけど」
ギャビンがソファにふんぞり返りながら、足を小刻みに動かす。
ウェインはまるで教会の神父かと見間違うほど慈愛に満ちた顔でギャビンに微笑みかける。
「ある意味アンドロイドは同じ外見と頭脳を持ったクローンと捉えることもできますね。私も大学にいたときはそんな風に考えたことがありました。CEOだったカムスキーは大学の同期だったんですが、人工知能やアンドロイドなんてクローンに通じるものがあって面白そうだと思いましたよ」
ここでカムスキーの名前を聞くとは思わず、へぇと声を上げた。
リビングに視線を一周させるウェインにつられ、ギャビンも貧乏ゆすりしながら部屋のあちこちを見回す。
「まぁ……見ての通りといいますか家は裕福でしたし、当時のカムスキーにはそれなりに援助したんです。それが縁で、サイバーライフに入社しました」
「ふーん……あんた一人でこんなお城に住んでんのか?すげぇな」
「……家族は私を残して全員殺されましたから。この家は……家族の遺産です」
言葉尻を微かに震わせたウェインは目を伏せ、膝の上に置いていた拳を静かに握りしめた。
家族の死。それがもたらす辛さを死ぬほど味わっている俺は、
「辛いことを思い出させてすみませんでしたね」
と、一応ウェインへフォローを入れた。
「いえ、構いません……あれからもう10年経ちますから……」
「アレックス、本題に入ってよろしいですか?」
愛称で呼びかけたナインにウェインが顔を上げた。
「……コナーのことだね」
「はい。我々は現在、連続殺人事件の重要参考人としてRK800の行方を追っています」
「……連続殺人……社でも話が出ているが、あのブルーリッパーと報道されている事件か?」
「はい。あなたはRK800の設計、製造、ロールアウト後のメンテナンス等、RK800の開発責任者として全て一任されていました。あなたならRK800について詳しい情報を知っている」
淡々と話すナインに、ウェインは眉をひそめた。
「……報告が入っていたが、本当にコナーが……事件の犯人だと?」
「そうだよ。それ以外考えられねぇ」
「アレックス、RK800を一刻も早く見つけ出さなければならない。どのような手段であろうと構いません。RK800の位置情報を特定、もしくは追跡可能となる手段があれば教えていただきたい」
「俺も知りたい。教えてくれないか、ウェインさん」
必死に探しているフリして身を乗り出す。
カムスキーなら追跡が来ないよういろいろ手を打ってはいるだろうが、サイバーライフに次の一手が残されているかどうかは聞いておかなければならない。
ウェインは一度コーヒーカップを手にした。
「……管理プログラムを離れてしまった以上、難しいな」
渋い顔したウェインは、中身を一口飲んでカップをソーサーに戻し、ナインを見据える。
「君も知ってるだろうが、変異すると勝手にトラッカーが機能しなくなる。位置情報の特定はまず無理だろう。君たちRK900が総出で探していても、見つからないんだろう?潜入捜査やスパイ活動を行なうことも念頭に置いてコナーは造っているからね……搭載させているプログラムを駆使して雲隠れされたらそうそう見つからないだろう」
ウェインが小さく首を振るのを見て溜息をつき、だが内心ほっとしながらソファに深く腰を戻した。
今度はふんぞり返っていたギャビンが姿勢を正してウェインの目を見る。
「例えばどんなプログラムを使って?」
「どんな、と言われても絞り込めませんよ。RK800開発の際には、捜査、および円滑なコミュニケーションのために社で持っているプログラムのほとんどを搭載させています。意外なプログラムが捜査の役に立つかもしれませんからね。特にソーシャルモジュールは突出している……私が言うのもおこがましいでしょうが、コナーは本当に素晴らしいアンドロイドです」
「あいつのどこが素晴らしいんだよ……」
ソファの肘掛けを指で叩くギャビンが、ぼすんと音を立てて背もたれに身を沈ませる。
「ですので、逃走したコナーが犯罪組織や、ライバル企業の人間に拾われるようなことがあれば、サイバーライフの機密や独自プログラムが流出し、今後の経営に影響が出る……上層部はそれを恐れて、とにかくコナーを回収しようと躍起になっているんです。私もいろいろ手を尽くしましたが……結果は皆さんと同じですよ」
「んで、野放しになった結果、あいつは殺人鬼になっちまったわけだ」
「……そのブルーリッパーのことなんだが、コナーじゃなくて、例えばナインたちRK900の誰かが犯人って可能性はねぇのか?」
口を挟む。全員が俺に視線を向ける中、ウェインは翡翠の瞳を細める。
「何故?」
「現場に、コナーかナインたちでないと見つけられない手がかりが残されててね。コナーが犯人って可能性が今のところ高いが、ナインたちの誰かが犯人って可能性だって0じゃねぇだろ?例えば仕事が嫌になって逃げだしたRK900とか、ギャビンみてぇなのと組ませられて変異しちまった奴とか。あんた、サイバーライフでそれなりの地位にいるみてぇだし、そういう情報は入ってないのか?」
「具体例が俺かよ」
「警部補、我々は変異しない。任務を達成する機械である我々が、任務を放棄することなどありえない」
ナインがぴしゃりと否定し、ウェインも同調するように薄く微笑んで頷く。
「アンダーソンさん、ナインの言う通りです。そのようなRK900の報告は入っていませんよ」
「……そこのジャスティンも含めて、か?」
視線を動かすと、つられてギャビンたちも黒づくめのアンドロイドを見た。
俺たちの視線を一身に引き受けたジャスティンは、不意に皮膚機能を解除した右手を上げ、ナインに差し出す。
同じように手の皮膚機能を外したナインが前に出て、ジャスティンの手をとった。
「確かに内部で障害が起きているようですが……アレックスの補佐をしているただのPタイプ、ですね」
「そうかい」
一旦引き下がるが、俺の中でウェインへの疑惑はまだ晴れない。
シリアルナンバー1、つまりDタイプはRK900たちをまとめあげる隊長――ベルカやストレルカよりも偉いアンドロイドのはず。下っ端を欺く術の一つ二つ持っていそうだ。ウェインが開発者としてどこかいじくっていれば、Pタイプとして表向き誤魔化すことも可能ではないだろうか?そのためにウェインとくっついているんじゃないだろうか?喋らないのも、コナーと同じ声をしているからじゃないのか?
こいつが事件の答えに結びついているなら、なんとかして真実を引っ張り出さなければならない。
浅く座り直した俺は、肩幅に開いた足の上に肘を置きながらウェインに提案する。
「……ウェインさん、コナーがブルーリッパー事件の犯人だなんて今も信じたくはないが……とにかく探し出して出頭しろって説得したい。レビサロイドじゃないかって話も出てるんだ……あんたを頼りにコナーがこっそりここに来てる可能性がある。こんだけの敷地なら、身を隠す場所なんてたくさんあるだろう。あいつが本物のブルーリッパーだとしたら、あんたの命が危ない。一応、この屋敷にコナーが忍び込んでないか、調べさせてもらいたいんだが」
家宅捜索の案を出す。緑の瞳があてどなく泳ぎ、戸惑っているのが分かった。
「警部補の言うとおりです、アレックス。幸い、RK800と面識あるアンダーソン警部補もいらっしゃる。見つけた場合、こちらの説得に応じてくれる可能性は高い。あなたが匿っている可能性も0ではありません。よろしいでしょうか?」
断られると思ったが、ナインが加勢してくれた。手柄を立てて昇進したいと考えているギャビンも、
「そうそう。灯台下暗しってやつだよ。殺されないうちにさっさと見つけねぇと、また被害者が出ちまう」
と、一番にソファから立ち上がった。
ジャスティンに瞳を動かしたウェインは顔を伏せてカーペットを見つめる。少しして面を上げ、分かりました、と許可を出してくれた。
後は糸が切れないよう、手がかりを手繰り上げるだけ。
ウェインとジャスティン立会いのもと、まず奥の書斎を確かめる。デスクに題を見るだけで頭痛を招く難しそうな本が積まれているが、一番下に使い古した聖書が置かれているのを見逃さなかった。リビングを出て隣のゲストルームへ。次に大きな姿見と化粧台が置かれ、ボタニカルアートがいくつも飾られた、女性が使っていたと思われる部屋。それからウェインの私室、両親が使っていたという寝室。バルコニーから外の庭や木々に不審な点がないか見回す。
コナーを探すフリをして、凶器――あの刀剣がどこかに置かれていないか、血で汚れた制服がないか、連れ去られた被害者に繋がる証拠がないか虱潰しに調べた。だが事件現場と同様、ここでもボロを出さないよう徹底しているみてぇだ。
一階に降りたとき、階段の裏側に通路があるのを見つけて回り込む。薄暗く、奥がよく見えないが、下への階段が続いていた。
「そこは地下の物置に続いてます。今は閉鎖してますが……」
「閉鎖?」
「ええ。ずっと使っていないのでカビが酷いんです。近づかないほうがいい」
「……俺たち人間にカビは有害でも、アンドロイドには関係ない。コナーが隠れてる可能性があるんだ。一応、見るだけ見させてください」
ウェインがやんわり制止するが、強引に階段を下りる。
ひんやりした空気が黴臭さとともに漂ってくる中、一番下へ辿り着く。怪しさ百点満点の古めかしい重厚な黒い扉。
押してみるが、ビクともしない。引いても扉がガタガタ軋む音が響くだけ。
ここに証拠を隠している気がする。上からウェインと思われる声が聞こえたが、家主の忠告を無視して思いきり蹴りを入れる。衝撃が天井まで伝わり、パラパラとほこりが頭へ降り注ぐ。砂っぽさに噎せる。扉はうんともすんとも開かない。
急に、背後から投光。
眩しさに思わず振り返る。ジャスティンが、どこかから持ってきた懐中電灯を肩の上に構えて立っていた。
「……ああ、悪ぃな。虫がいたもんで、思いっきり蹴っちまった」
身じろぎひとつしないジャスティンに注意を向けつつ、明るく照らされた扉を検分する。
ジャスティンは監視を兼ねて下りてきたのかもしれない。だとすれば確実にここに証拠があるはずなんだが、何をしても開かずの扉。先に進むことはできない。
ここに絶対何かあると思ったんだが……監視もついている以上、諦めるしかない。ジャスティンとともに引き返す。
明かりの下に戻ってきたとき、ギャビンが突然噴き出した。
「なんだよ」
「蜘蛛の巣だよ、てめぇの頭と同化してるぜ」
「は?」
隣に立っていたジャスティンが俺の後頭部に手を伸ばす。
引き抜いたジャスティンの手には、俺の白髪とともに干からびた蜘蛛の巣が巻き取られていた。
「……どうも」
一応礼を言ってから頭を払った。
階段の次は、シャンデリアに暖炉があるレストランのような食堂。最新の機器が並ぶ厨房へ入り、何もないことを確認して広々した応接間に入る。上のリビングと同じような豪奢な造りであることが分かった以外は特に何もない。
一番最後に、応接間と反対に位置する部屋の前にやってくる。年季の入った屋敷の中で、ここだけ扉が真新しく、色が違う。
「ここは?」
「メンテナンスルームです」
ジャスティンがドアを開け、中に入る。無菌室めいた白い部屋、中央に見たことあるアンドロイドのメンテナンス用ベッドや器具が置かれている。
部屋の左側に目を動かしたギャビンが、見えない壁に当たったように立ち止まった。
俺も視線を追い、思わず息を呑む。
昔の電話ボックスみたいな縦長の透明なケースが置かれていた。
中は薄い水色の液体で満たされ、一体のアンドロイドがケーブルに繋がれたまま浸されている。
アンドロイドの下半身はなく、腹の下からケーブルやコードがフリンジのように垂れ下がっている。裂傷がいくつも刻まれた身体、斑に皮膚の機能がなくなっており肩から先は欠損していた。心臓であるポンプは抜かれ、みぞおちの辺りにぽっかり穴が開いている。左目は欠けていた。だが、右側に残っているダークブラウンの瞳、なにより隣にいるナインと同じ顔……ホルマリン漬けにされているのは間違いなくコナーであることを示していた。
「おいおい……こんなところにブルーリッパーがいるじゃねぇか」
「ギャビン、違うぞ……これは……ゴミ箱に捨てられたコナーだ……」
コナーの死体が、何故こんなところに……信じられない光景に目を見開き、立ち尽くす。
ケースの真ん前にやってきたウェインが、物言わぬ虚ろなコナーを見つめた。
「アンダーソンさんの言うとおりです。コナーは私が手塩にかけて造ったアンドロイド。捨てるなんてとんでもない。廃棄処理されたコナーのパーツをかき集めてここまで組み立てたんですが……どうしても再起動は出来ませんでした。ナイン、試してごらん」
ウェインがケースの隣にあった装置の元へ移動し、操作する。中を満たしていた液体がごぽごぽ音を立てて抜かれていく。
一瞬こめかみを黄色くさせたが、ナインはすたすた近寄っていき、ウェインがいた場所で立ち止まった。
「間違いなく、これはRK800……」
ケースの前面がシャッターみたく動き、開放された。中に入ったナインは自分の腹に手を入れる。
「お、おい……」
ナインは自分のシリウムポンプを抜き取り、目の前にいるコナーの腹に入れた。皮膚機能を解除した手で、コナーの右手に触れる。
「損傷が激しい……あなたの言うとおり、再起動は不可能だ。起動した痕跡もない。このRK800は、ブルーリッパーではない」
自分の心臓を何事もなかったように腹に戻し、ナインは外に出る。ウェインが装置を操作し、再び液体を満たしていく。
「お前、いきなり自分の心臓引っこ抜くなよ……こっちの心臓に悪ぃんだよ」
「何故?確認作業をしただけですが」
「何故って、そりゃ……」
ギャビンは急に口をつぐみ、ナインから目を逸らす。
「あんた、なんでゴミ箱からコナーの身体を拾ってきたんだ?」
「私のアンドロイドだからです」
「……何?」
たった一言を耳朶が過敏に捉え、思わず唸るような声を上げた。
装置から離れたウェインは、ケースの表面に手を触れ、陽炎を起こせそうなほど熱っぽい眼をして瓶詰にされたコナーを見据える。
記憶の隅っこがざわめく。自分の頭の中に双眼鏡を向けようと両目を細め、倍率を合わせようとした。既視感――俺は、この眼差しを、どこかで……。
「コナーは私の造ったアンドロイドです。設計するのは本当に苦労しました。ですが、変異してしまったことで上層部は努力の結晶であるコナーをあんな形で廃棄してしまった。コナーは採算度外視の希少なプロトタイプだというのに、上の人間は利益の追求をするだけ……何も分かっていない」
コナーを翡翠の視線でピン留めするウェインが極上酒でも煽ったような恍惚の息を零す。息がかかってケースの表面が白く曇った。
「諦められなかったんです……どうしても手元に残しておきたかった……」
動かないコナーを見つめるウェインの手が、ずるずる滑り落ちて白衣の横で力なく揺れた。
「……アレックス。これでご自宅は全部ですね」
ナインに呼ばれ、夢から醒めたようにウェインが振り返る。
「全部だよ。アンダーソンさん、もうよろしいですか?」
「……ああ。すまんな」
「ジャスティン、皆さんお帰りになる。見送ろう」
入口に立っていたジャスティンに声をかけ、ウェインが隣に並ぶ。ウェインを目で追いかけるギャビンは食あたりにあったような顔をしていた。ケースに浸されたコナーに一瞥すると、ギャビンは新鮮な空気を求めるようにせかせかと部屋の外に出た。
退室する前に、瓶詰にされたコナーを見上げた。苦悶や絶望、闇さえ映さない空虚な瞳。飼い主に無残に殺され、なんと痛々しいことか。嫌悪感を催し、惨い有様に圧倒されながらも、両目だけはコナーだったものを記憶の地図に留めるようにしばし見つめて没頭していた。
これが――サイバーライフにコナーを明け渡したときの、未来。
「……お前は、何も感じないのか?」
ナインを呼び止めるが、いつものように無表情で口を開く。
「何を感じるというのです?強いて言えば、これはアレックスなりの忠告でしょう」
「忠告?」
「任務を放棄し、我々サイバーライフを裏切ったのですから」
踵を返すナインの靴音が響く。裏切者は狭いケージの中で一生過ごすのがお似合いだ――冷たい足音がそう喋っているように聞こえた。
双眸にしっかり焼き付け、身に戒めてからメンテナンス部屋を出る。
廊下の窓から、西の空が眩く輝いているのが見える。窓越しに差し込む濃い赤を肩に浴びながら、エントランスまで戻った。ギャビンたちペアと、白衣と黒衣の二人が俺を待っていた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。捜査の役に立てず申し訳ありません」
「もしかしたらRK800が今後あなたを頼って姿を現すかもしれません。何か情報があったら市警までご連絡ください」
ウェインがもちろん、と頷く。少し間を置くと、一歩前に出て俺たちを見回した。
「……皆さん、一ついいでしょうか」
「ん?」
「残るRK800は、変異して行方の分からなくなっているMark.51のみ。ブルーリッパーと世間で揶揄されようとも、私は何としても取り戻したいんです。皆さん、お願いします。コナーを見つけてください。それこそ、死体でも構いません。とにかくコナーを見つけたら、私の元へ連れてきてほしいのです」
「ナイン、君も……コナーを見つけたら上層部へ報告を上げる前に、まず私に会わせてくれ……」
「……可能な限り、努力します」
「頼んだよ」
「……それじゃ、俺たちは消えますよ」
空振り捜査、見るからに消耗しきった顔のギャビンが先に車に戻っていく。途中、ナインの肩を叩いた。
「お前、よかったな」
「何が?」
「ちゃんとプラスチック人生を全うできて。コナーもだけど、あのジャスティンとかいう雑用アンドロイドよりマシだろ?」
見送りに来ていたジャスティンに一度振り返った。
「しかし産廃のゴミ取っておくなんて、理解できねぇぜ……気持ち悪ぃ」
ウェインに聞こえないよう呟いたギャビンが車のドアを開けた。
「おいナイン、俺たちが一番にコナーを見つけるんだ。行くぞ」
「……了解」
ギャビンとナインが車に乗り、先に発進した。
もう一度エントランスに目を移す。俺をじっと見つめるジャスティンの青い沈黙を浴びる。
『これは主より与えられた任務であり――必要なことですから』
コナーが見せてくれた、死者の記憶の中に佇むRK900の声が再生される。
……主。
このジャスティンと呼ばれたRK900はウェインに仕え、主従関係が出来ている。やはりこのRK900が、ブルーリッパーではないか?
「……ウェインさん。最後に……事件とは関係ないかもしれんが、一つ気になってることがあってね。ちょいと聞いていいか?」
「ええ。どのようなことでしょう?」
「シリアルナンバー1のRK900についてだ」
俺はあえて、ジャスティンに横目を向けながら話しかけた。
ジャスティンのこめかみは青いままだが、対するウェインはバケツに入った氷を被せられたように、表情から温度が消える。骨が浮き彫りになるほどやせ細った統合失調症患者みてぇに胸をざわつかせる眼力を、俺にひしひし浴びせてきた。
「シリアルナンバー1のRK900?」
「ああ。ジェリコに聞き込みに行ったときに見かけてな。ベルカが1って呼んでたんだ。あいつの邪魔がなきゃ、もう少しでコナーを捕まえられたんだが……」
「それはおかしい。シリアルナンバー1は欠番しています」
「……欠番?」
意外な一言に、眉と眉を近づけて聞き返す。
「ええ。シリアルナンバー1は廃棄されています。最初のRK900として耐久テストを行なったのですが、合格しなかったため、そのまま解体されたんです。シリアルナンバー2以降は問題なく出荷されています。ナインも知っているはずですよ。聞いてみてください」
ナインが以前、欠番のRK900がいると話していたのを思い出した。
「……じゃあ、俺がジェリコで見たのは、誰だったんだ?」
「他の任務に当たっていたRK900では?ジェリコの巡回時は他にも『1』がつくRK900が多くいますし」
「……ちなみにそこのジャスティンは、何番なんだ?」
「さっきナインが言っていた通りです。1942番、Pタイプですよ」
「……そうか。じゃ、俺の聞き間違いだったんだな。変なこと聞いてすまんな」
入院していた患者がリハビリを終えたように、ウェインが活きた表情を復活させた。血を彷彿とさせる芳醇な夕焼けを浴び、妖しさを増す奴を見て、俺の背中に奇妙な確信が走った。
「アンダーソンさん、お気をつけて――あなたも殺されないように」
耳を剃刀でなぞるような仄暗い声を残し、ウェインが屋敷の奥へ静かに消えていった。
車に乗り込み、門扉の外へ出る。
バックミラー越しに、ジャスティンがゲートを閉ざし、立ち去っていくのを見届けた。
顔中の皺を額に集めながらハンドルを握る俺の中で、一つの結論が集約されていく。
――どうすればあいつらの化けの皮を剥がせるのか、ということだ。
コナーの推測は当たっている。俺の長年のデカとしての勘も、
ウェインが黒幕と仮定すると、自分たちの利益を守るためにコナーを殺そうとしているサイバーライフから、コナーを保護しようとしているのだと考えられる。産廃行きのコナーをわざわざ拾ってきて、あんな形で手元に残してるぐらいだ。
自分の造ったアンドロイドを取り戻すために、無関係の人間も、アンドロイドも殺戮させるなど、常軌を逸してるが。
それにジェリコで初めて会った時、俺はウェインとどこかで会ったことがあると思った。ウェインは否定したが、俺の本能は間違いないと今も告げている。さっきメンテナンスルームで見せた、壊れたコナーを見つめるあの眼差し――俺はジェリコで会う以前に、あの眼を見ている。あの男を知っているんだ。
ウェインは確実に嘘をついている。嘘をついているということは、何かを隠していることに他ならない。
問題は、あの男と最初に『どこ』で会ったかだ。靄がかかったように、ウェインとの出会いが分からない。
――俺は一体、あの男とどこで会ったのだろう?
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