アスタリスクでの生活にも慣れた頃、俺はクローディアから呼び出されて生徒会室にやってきた。なんでも俺に頼みごとがあるらしい。
「すみません。GW期間なのにわざわざ来てもらって」
今はGWで学校は休みなので、いつもいる生徒達はそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。現に俺もクローディアから呼びだされなかったら、鍛錬するつもりだったし。
「鍛錬ぐらいしかやることなかったから気にするな。で、頼みってのはなんだ?」
「その話に入る前に、朝陽はシルヴィア・リューネハイムって方をご存じですか?」
もちろん知っている。彼女はクインヴェール女学園の序列1位で、
(万能、か……)
聞くだけでもすごそうな能力だ。機会があったら見てみたいな。
「ああ、知ってるよ。といっても、実際に会ったことはないけどな。頼みって、そのシルヴィアが関係してることなのか?」
「話が早くて助かります。彼女は近々学内コンサートをするんですけど、彼女は今をときめくアイドル故、変な輩に襲われる可能性は否定できません。なので、あなたにはコンサート開催日までの期間、リューネハイムさんのボディーガードをお願いしたいんです」
つまり、護衛をしろってことか。俺はアスタリスクで多くの経験を積みたいと思っているから引き受けるのはいいのだが、気になることが1つある。
「返事をする前に、何で俺なのか教えてくれないか?」
「そんなの、リューネハイムさんがあなたを指名したからに決まってるじゃないですか。しかもあなたでないとボディーガードは断ると言ってるくらいですし」
「そこまで……?」
「はい。なので、引き受けてくれると嬉しいです」
クローディアには務めとはいえ、天照のことで世話になっている。ならこれはその恩返しをするチャンスかもしれない。そう思った俺はクローディアに引き受ける旨を伝えた。
「ありがとうございます。何となく、あなたならそう言ってくれると思ってました」
「それで、ボディーガードはいつから?」
「今日からです」
「…………え?」
「今日から、です」
にっこりと笑顔になりながら復唱するクローディア。いやいや待て待て! 流石に急すぎだろ! 何で当日なんだよ!? 数日前に頼めよ!
……と、色々文句はあったが、それを言ってもしかたないと俺はそれらをしまいこみ、合流場所である広場に向かった。そこでしばらく待っていると、紫髪の少女が“朝陽く~ん!”と笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた。俺は彼女とは初めて会うはずなのだが、彼女は俺を仲のいい友人として認識してるかのような態度だった。
彼女がフレンドリーなだけかもしれないが、誰もが魅了されてしまうようなアイドルにそのような態度を取られると少し戸惑ってしまう。
「え、えっと……はじめまして! 今日からコンサート当日までの間ボディーガードを務めることになった日向朝陽です! よろしくお願いします。リューネハイムさん!」
「はじめまして? 違うよ? 私達はもう会ってるよ。覚えてない? 1ヵ月前のこと」
もちろん覚えてる。ただ、あの時はあんなところに世界の歌姫がいるなんて信じられなかったが、ここまで来たらもう否定できない。
「本当にあのシルヴィアだったんだな……」
「うん。そうだよ?」
あの変装は恐らく彼女の能力によって作り上げられたものだろう。俺は彼女の能力を見たいと思っていたが、既に一端を見ていたんだな。
「それはそれとして、何で1人なんだ? マネージャーはどうした?」
「途中までは車で来るつもりだったんだけど、トラブルに遭って遅れそうだってさっき連絡があったの。でも、待ってたら打ち合わせに間に合いそうになかったら、私が先に来たってわけ」
「なるほど。でも、そのままの格好で出歩いたら人に声とかかけられるんじゃないか?」
「人に見つからないように来たから大丈夫だよ。捕まったら確実に遅刻してたからね」
シルヴィアは今をときめくアイドルなら、一度捕まれば一瞬にして人の波に埋もれてしまうだろう。アイドルって、大変なんだな……。
「なにはともあれ、コンサートが終わるまでよろしくね。朝陽くん」
「ああ、引き受けた以上、全力でやってやる!」
こうして、俺のボディーガード生活が、スタートした。……だが。
(まさか、トイレに行ってる間にいなくなるなんて……)
というわけで俺は今、シルヴィア捜している。まさか就任早々護衛対象とはぐれるとは……これでシルヴィアに何かあったらクローディアから大目玉を喰らってしまう。何としても見つけないと!
「ふんふんふ~ん♪」
幸いと言っていいのか、シルヴィアは1階の廊下にいた。上機嫌に手紙を読んでいるようだが、勝手に離れるのはやめてもらいたいものだ。
「シルヴィア!」
俺に気づき、シルヴィアが視線を手紙から俺に向ける。
「あ、朝陽くん。トイレはもう済んだの?」
「あ、朝陽くんじゃない! 急にいなくなるから心配したんだぞ!? 警備の人もシルヴィアのこと捜し回ってるし」
「ごめんね。ずっとしかめっ面の男の人に囲まれてたから、息抜きしたくなっちゃって」
シルヴィアのキモチは分かる。だが、それはしかたのないことだ。シルヴィアを守るのが俺たちの役目なのだから。
「まあ息抜きも必要だけど……ところで、それはなんだ? ファンレターか?」
「そうだよ。ほら、こんなに!」
嬉々とした表情でファンレターを俺に見せる。たしかに多いが、俺は一番上の手紙を見るなり、それをシルヴィアから奪い取った。それでシルヴィアが何も感じないわけなく、不機嫌な顔になる。
「ちょっと、返してよ! それ読んでないんだから!」
「……」
シルヴィアを無視して、手紙の封を開ける。中には案の定手紙ではなく、カミソリの刃が入っていた。
「もう、ひどいよ! いくら私が勝手に出てきたからって!」
「……シルヴィア、これを見てみろ」
カミソリの刃を見せると、シルヴィアは目を見開く。人気アイドルともなればこういうことは一度や二度経験してるはずなのだが、どうやら気づいていなかったらしい。
「手紙の膨らみ方が不自然だったから、おかしいと思ったんだ。でも、仕掛けはちゃちなものだし、ただのいやがらせだと思うけど……」
「……油断してた」
「そんな顔するなって! シルヴィアのこと応援してるファンだっているんだし!」
「……うん」
暗い顔のまま頷くシルヴィア。俺には理解できなかった。頑張ってる人に何でこんなことするのか。人気故の嫉妬? それとも嫌いだから? どちらにしたってこんなこと許されるわけない。
「ありがとう。キミが気づかなかったら、本番前にケガするところだったよ」
「引き受けた以上は全力でやるって言っただろ? シルヴィアのことは最後まで守りきる。それが俺の役目だからな」
「……」
シルヴィアが黙りこむ。俺は気になって“どうした?”と聞くと、シルヴィアは“頼もしいね”と笑った。その時シルヴィアの顔が赤かった気がするが、気のせいか?
―――――
ボディーガード生活2日目。シルヴィアがウインドウショッピングをしたいということで、俺はそれについていくことになった。
「このスカートかわいい! 今年って、ナチュラルカラーがはやりなんだよね!」
「ナチュラル、カラー……?」
俺は武道の心得はあっても、ファッションの心得はまったくない。つまり、シルヴィアの言ってることは俺にはまったく理解できない、ということだ。
「このスカート、キレイだけどちょっと地味かな……? ねぇ朝陽くん、このカットソーを組み合わせたら可愛くなると思うんだけど、どうかな?」
カットソーを見せながら聞いてくるシルヴィア。だが、さっきも言ったが、俺にはファッションの心得はまったくない。だから、そんなことを聞かれてもベストな答えを出すことはできないのだ。
「悪い……そういうのはよく分からなくて……」
「あっ、そっか。ごめんね、私だけ楽しんじゃって……」
「シルヴィアが息抜きするために来てるんだ。シルヴィアが楽しめてるならそれでいい。でも、練習はしなくていいのか? あと3日で本番だろ?」
「それはまあ……なんとかね……」
シルヴィアが苦笑する。大丈夫じゃないってことがすぐに分かる顔だ。
「練習、上手くいってないのか?」
「うん、まだ満足できるパフォーマンスができなくて……」
俺はそうは思わなかったが、シルヴィアにとっては今の自分の歌は妥協点にも満たないのだろう。歌に関してはあまりくわしくないが、そんな俺でもこれだけは分かる。アイドルは自分が想像している以上にすごい世界なのだ、と。
「前から思ってたけど、歌のことは話してるシルヴィアって真剣だな! これがプロなんだなって感じするし!」
「ありがとう。でも、それなら朝陽くんも同じじゃない?」
「俺が? なんの?」
「ボディーガードのだよ。カミソリを手紙の中から見つけてくれたときもそうだし、今でもこうして私に寄り添って守ってくれている。その時のキミの顔は少し怖いけど、プロであろうとする顔だなって思うよ」
“まあ、お金をもらってないって意味じゃプロじゃないかもしれないけど”、とシルヴィアは付け足す。プロであろうとする顔、か……シルヴィアに言われると照れるな……。
「俺はただ引き受けたことを全力でやってるだけだよ。昨日も言ったじゃないか」
「そうだったね。じゃあ、その調子で私のこと守ってね? ボディーガードさん」
「ああ、任せとけ!」
シルヴィアに答えるように、俺は笑ってサムズアップした。
―――――
「学園を案内してくれないかな?」
ボディーガード生活3日目。練習を終えたシルヴィアがそんなことを言ってきた。
「案内?」
「うん。練習とかライブの準備とかで中を見て回るヒマがなかったから。お願いできないかな?」
脱走の手助けなら断ってところだが、そういうことなら断る理由はないな。
「分かった! 生徒会長ならここに来る機会はまだあるだろうし」
「ありがとう! じゃあ、早速行こ!」
最初に来たのは校門。ここの生徒にはなじみ深いところだが、シルヴィアは大抵裏門から入るので、なじみないと思ったのだ。
「ここが星導館の校門かぁ……見たの最初に来たとき以来かも」
「まあ、そうだろうな」
「そういえば、ここの生徒って服装ちゃんとしてるよね。レヴォルフみたいに乱れてないし」
「ああ、だからユリスみたいな人でも通えてるんじゃないか? じゃ、次行くか」
次にやってきたのはトレーニングルーム。ここも俺たち―――特に
「へぇ……結構広いんだね」
「あと造りもしっかりしてるな。ユリスの炎にだって耐えられるぐらいだし」
「リースフェルトさんって、ここの
「いやぁ……」
俺の苦笑でシルヴィアは察してくれたのか、“なるほどね”と言って苦笑した。あいつは他人を近づけさせない雰囲気を纏ってるからな……特訓だっていつも1人でやってるし。
「でも、ここなら朝陽くんと思いきり手合わせできそうだね。いつかできるといいなぁ」
「なんなら今やるか? クイーンヴェール序列1位の実力を知っておきたいし!」
「いや、今日は遠慮しとくよ。ここでバテちゃったら案内どころじゃなくなるしね」
たしかにここで体力を使ったら案内どころじゃなくなるな。ということで、俺達はトレーニングルームを後にし、次の場所に向かった。俺が一番世話になっている―――食堂に。
「メニュー、結構あるんだね」
「クイーンヴェールと比べても多いのか?」
「うん、かなり多いよ。朝陽くんはこの中で何が一番好きなの?」
「ここにあるメニューは全部好きだけど、1つに絞るなら……これだな!」
メニューの1つを指でさす。最大級に盛られたご飯の上にカレーを最大級にかけて、更にその上に最大級のカツを乗せた最大級のメニュー、その名も……。
「カツカレー マキシマム盛り……?」
「ああ! これが開発されてもう10年になるけど、あまりの量の多さに去年まで完食者が出なかったくらいなんだぜ!」
「これ、少なく見積もっても10人前はありそうだけど、誰が完食したの……?」
「聞いて驚け! その猛者とは……俺だ!」
自分を指さして笑ってみせる。対してシルヴィアは“そうなんだ。すごいね”と言ってにっこりと笑った。
「朝陽くんって、大食いなんだね」
「父さんの遺伝かな? 父さんも大食いだし」
「胃袋って遺伝するんだ……知らなかったよ」
遺伝にしろそうでないにしろ、大食いで良かった。そうでないと天照を使いこなせないからな……。
「とまあ、こんなところだ。あとは職員室とか生徒会室があるけど、あそこに入るには許可がいるし」
「十分だよ。ありがとう」
「礼なんていいって! 俺はシルヴィアの役に立てたならそれでいいんだからさ! でも……」
「でも?」
「学園なんてどこも一緒だろうし、面白みがなかったんじゃないか?」
「そうでもないよ。レヴォルフは中は荒れてるし、ガラードワースはチリひとつなくて、さすが秩序の守護者って感じだし」
学園によって違うもんなんだな……。ていうかガラードワース、絶対掃除大変だろ……。
「朝陽くん、私ね、クインヴェールをもっと良くしたいの。生徒会長だからっていうのもあるけど、それ以前に、クインヴェールが好きだから」
そう語るシルヴィアの顔は真剣そのものだった。やっぱり、シルヴィアは……。
「すごいな」
「え?」
「シルヴィアはすごいな。アイドルだけじゃなく、生徒会長としても立派で」
「そんなことない……って言いたいけど、朝陽くんにそう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」
笑顔で礼を言うシルヴィア。そんな顔にドキッとしたのを隠したくて、俺はシルヴィアから目をそらす。シルヴィアの笑顔は本当に可愛い。それを独占してるなんて、かなり贅沢なことじゃないだろうか。
「ねえ、あの人シルヴィア・リューネハイムじゃない!? 隣にいるのは……ウチの生徒よね?」
「シルヴィアさんと何話してるんだろう。楽しそうに話してたけど、付き合ってるのかな?」
「……」
第3者から見たら、俺とシルヴィアはそう見えているらしい。シルヴィアは今をときめくアイドルで、俺はそのボディーガード。そんな俺がこれ以上距離を縮めたら、シルヴィアは……。
「どうしたの朝陽くん? 急に黙りこんじゃって」
「あ、いや……なんでも……」
俺は……作るべきなんだ。シルヴィアのためにも、壁を……。
誰と付き合いたいですか?
-
綺凛
-
シルヴィア
-
両方