管理人さんの良いシゴト、亜人の人妻はお嫌いですか? 作:37級犬築士
「…………あつい」
思考も溶けて形にならない夏の猛暑。額に浮かぶ汗を何度も袖でぬぐい過ぎて肌が荒れる。
自分が今いる場所はバス停の日陰、日光が刺さらないのがせめてもの救いだが、依然目の前を横切る車両達の熱気が全てを台無しにする。ガソリン車が全て滅んでクリーンななんとかエネルギーの、とにかく環境に優しい車だけになればこの熱気は消え去るのだろうか。
……何を考えているんだ俺は
「………ッ」
キキーッと、タイヤのゴムがアスファルトと擦れ合うブレーキ音で我に帰る。目的地へと目指す市バスにのり、ようやく俺は文明の冷気に体を癒す。
暑くなった体が冷めると今度は汗がベタつく。自分の汗の嫌な臭いが鼻に付くと、つい他の同乗者から離れようとする。
そして、この後のことを思うと、なんともいたたまれない気持ちが芽生えてしまう。
さあどうしたものか、こんな汗にまみれた姿で、俺は今から初対面の異性と会うのだから。
「……仕方ない、嫌われたら嫌われたでその時だ」
バスがトンネルに入る。この先に待つ、とある街の団地が目的地、俺はそこで新しい暮らしを得る。
新居への引っ越し、だがその目的地は少し、いやかなり事情が変わってくる。
そこに待つのは人であって人にあらず。通称デミ、つまりは亜人と称される他の人類、ホモサピエンスとはことなる進化を得た、伝承や作り話にいるはずの彼ら彼女らが当たり前の隣人として生きていける街
俺たち人と、そして人以外の、つまりは亜人達が混じり合う街、交流区という堅苦しい呼び方も今は薄れ、定着した呼び名はデミまち、街がひらがななのは愛嬌だ。
そう、今日から俺は
「デミまち…………か」
◯
高校を卒業を期に家を去り、一人大学で自立して生活を続けて四年。就活もせずただただ卒業を終えた、そんな時にだ。その連絡は届いてしまった。
入院していた養父が死んだ。幼い頃に両親を亡くした俺を引き取ったおじさん。けど本当の家族には慣れなくて、ぎこちなくて息苦しくて、俺が一方的に見限って置き去った人。
寮生の高校に進学し、大学も一人暮らしで、大学に入ってからは四年間連絡も取っていなかった。そのせいで、結局理解し会えないままに、俺は他人のままにおじさんを逝かせてしまった。その後悔は、今も胸を痛める。
葬儀の手続き、遺品の整理が全部を済みだした頃、俺はこれですべてが終わったと思って、また惰性の日々が繰り返されるのだと、力の抜けた考えで日を過ごさんとした。
けど、そんな俺に転機は訪れた。いや、訪れてしまったというべきか
その通知は前触れもなく俺の元に届いた。国の通知書から届いたのは遺産の相続、どうやら俺にはおじさんの財産、とあるものの所有権が譲渡されるらしい。
そしてそれは、この日本の中において少し特殊な場所。人里から離れた京都のとある地域、山間に囲まれた盆地に築かれたそこに、俺は新たな勤め先を得たのだ。
俺は、おじさんの持つ集合住居の土地権利一切を相続した。
× × ×
トンネルを抜けて、そこに見えたのはすり鉢状の街の景観だった。
交流区、資料で見たその場所はかつてのリゾート地、バブル時代に築かれたここは多くの宿泊施設とレジャー施設がひしめく場所だったが、それも崩壊と同時に廃れゴーストタウンと化していた。ここはもともとそんな場所だった。
だが、今はこうして人の気配を感じさせる活きた町になっている。交流区とし採用され、多くの施設はマンションやアパートとして流用されている。
だから、どことなくレトロな雰囲気をもたらす街は時代を超えた光景のようで気分が躍る。
だけど、今回の目的は観光でもない。俺はここに引っ越したのだ。いずれ街は散策するとして、まず訪れるべきは俺の勤め先、俺が管理人となって所有することになった、とあるアパートのもとへバスは向かっている。
「……ここか」
バス停から降りてすぐ目の前、俺が聞いたのは木造建築のアパートだったが、どう見てもそこは小さいながら旅館にしか見えない。
外観は山間の傾斜に立つ温泉宿の宿泊施設。バスからも見えたその建物の裏側、俺が今目にしているのはその旅館の正面玄関と自然豊かな庭園、入り口から伸びる石畳の道の先、ガラス張りのエントランスの扉の先
「!」
女性が見えた。白い服を着た女性が手を品良く振っている。
……時間、遅かったか
約束の時間の10分前、俺はバッグを抱えて、急ぎ足で女性の元へ走った。じっとり絡みつく日差しがまずの冷気を取り外し、また全身にぶわっと汗が浮かび上がり、額を拭いながらガラス戸を押し開けた。
「……あら、ごめんなさい。急がせるつもりは無かったのよ」
「…………」
「えっと、外は暑かったのに……でも、約束の時間よりも早くて…………どう、中は涼しいでしょ」
「…………ッ」
止まってしまった。初対面のその姿を、間近で見たこの女性の姿に、俺は言葉を失った。
「………き、気になさらず。外が、暑かったもので…………はい、涼しいですね」
必死に脳を振って言葉を絞り出す。女性との会話に耐性がない訳じゃないけど、この人は別格だろう。
なにせ、この人は俺が生まれて初めて出会う、正真正銘の亜人、デミなのだから
「そう、そう!…………良かったわぁ、この辺りは暑くなりやすいから、夕方になれば涼しい風も降りてくるのよ、山の方からすすーって。あっ、自己紹介」
「……ぁ、ではお先に」
「あらそう、じゃあはじめまして、この団地の元管理人……初社(はつしや)冴子です。えっと、あなたがタビトさんの」
「……あ、はい!…………その、はい、息子です…………えっと、その」
「ふふ、緊張しなくていいわよ。名前は聞いてるのよね、大江山文人ふみとくん、文人くんでいいわよね」
「は、はい…………ッ」
いけない、想像以上に面食らってしまっている
普通に会話が弾んでいるようで、こっちはなんとも精一杯だ。こうして向かい合っていると、見るほどその姿はやはり異質だ。
初社冴子、年を経た妙齢の美女。見上げるその姿は、なんとも
「…………大きい」
「?」
「…………あ」
口にしてしまった。初対面の女性に対してなんと無礼なことを、でも本当に大きい、大きいのだ。
……二メートル以上ある、これがあの八尺様……なんだよな
そう、この街は亜人の。人ならざるヒト達の住まう街。このアパートの管理人で、かつてはおじさんの知り合う仲。とのことらしい。
歳はおそらく40あたり、そしてその種族は八尺、八尺様という怪談の正体であり、その実態はこの日本に長く潜み暮らしていた長身の亜人種なのだ。
噂には聞いていた。外観こそ普通の人だからこそ、その背丈の大きさは面食らってしまう。初めて白人に出会った幕末の日本人のような、そんな異質感におぼれそうな感覚だ。
「あらあら、素直な子ね…………八尺を見るのははじめてかしら」
「…………ッ!」
いけない、すぐに言葉を訂正しないといけないのに。でも、なんというか、改めて向き合うとなんとも言葉が出ない。
目の前にいるのは長身の美女。容姿も端麗で、その声色も実に艶やかだ。
「…………えっと、あの」
「気にしないわ、つい口が滑ることもあるわよね。でも、他のデミの人には気を付けないといけないわよ。…………それに」
「……!!」
身を屈めて、その大きな体が急に近づく。汗の匂いを感じられることの忌避感よりも、その漂う無自覚の色香が体を石にする。
逃げ場のない、そんな俺にこの人は
「…………ねぇ」
「!?」
肩を捕まれた。男の俺よりも大きな手のひら、ずっと強い力で、石になった俺を逃がさない。
これではまるで、本当にあの怪談の、八尺様に見初められた子供のような
「あの、俺さっきの言葉…………ごめん、なさいッ」
「…………ぷふ」
「?」
……パサリ
「!!」
視界を覆う何か、咄嗟に手でつかんで、それを手に取り見ると
「……タオル」
「なんて、ごめんなさいね。ちょっとからかっちゃった。そのタオル、汗吹いておきなさい……これから、この団地の住人と会うのだから」
「…………」
「ほら、いらっしゃい文人くん。今日から管理人になるあなたのアパート、その住人を紹介します。前管理人としての最後の仕事、初めてもよろしいでしょうか」
「……は、はい。おねがいします」
「ふふ、かわいい子ね……私でそんなに固くなってたらもたないわよ」
じゃあ、ついてきてと。冴子さんは踵を返し奥へと進んでいく。
その大きな背中を見ながら、知らない建物の中を進む。
……冴子さん、悪い人じゃないけど、なにか
戸惑う、その感情の正体は恐怖ではない。亜人に対する忌避感、差別と言った悪感情は決して抱いていない。でも、実際に会うデミがこんなにも魅惑的で、というかエロめかしいなんて知らされていない。
大きい、確かに俺はそう言った。でも、それは身長の話だけじゃない。俺の、平均以下の身長で、故に目線の位置がどうしてその部位に
「……やっぱり……い」
「あら、何か言ったかしら」
……ブルンッ!!
「!?……い、いえ、暑いなって……その」
そうだ、大きいのだ。冴子さんの衣装は白のワンピースで、その胸元にはおそらくブラが無い。だから、布越しに明らかな隆起、顔ほどあるその果実はなんとも重量感のあるボリュームで、きっとこれからであるどの女性よりもこの人は記録を上回るだろう。
「……ッ」
このアパートの善管理人であり、そして住人。まだこのアパートには他にも住人がいて、きっとその住人は皆デミ、人ならざるヒト
……他にも、一体どんな人、いやデミがいるのだろうか
今回はここまで、次回住人紹介になります。