ただとにかく、降ってわいた幸運だった。
午前中の早い時間。
二人で小屋を出ると朝焼けが広がっていた。その下を冷たい風が抜けていく。草を踏みしめて昨日仕掛けていた罠を一通り見て回った。
見回っている間中、エレオノールは風で髪があおられるのに任せていた。
「エル、髪が陽にあたってきれいだ」
ずっと無言だった中、急にノアが口を開いたかと思うとそういった。彼女の白銀の髪が陽の光を受けて赤銅色にぴかりぴかりと輝いているのを、ノアは無言で見ていたのだろう。
「そうか?」
急になんだと思うが、本当にただ思った通りのことを言っただけなんだろう。
「ああ、日の光にあたって赤く輝いている」
そういうノアの漆黒の髪の毛は、どんな光も吸収しているようだ。しかし黒くぬれた瞳は日の光を反射して赤く輝いていた。
「ノアの眼もな」
言い返すと「そうなのか」と笑う。
うさぎが一羽かかっていた。
「獲れたな」
「うん、ノアはさすがに通りみちをよく分かっているな」
ノアは、罠猟が結構うまい。
罠猟ではふつう獲物が暴れるのをきらって前足に罠をかけるようにする。後足にかかってしまうと、獲物が脱出を試みて懸命に暴れまわり、肉がやけた味わいになるのだ。
ノアが仕掛ける罠はことごとく獲物の前足をとらえているため、いつもおとなしくうずくまっていた。エレオノールも狙ってそれが出来るが、ここまで完璧にはいかない。
何かやり方に仕掛けがあるのかと思って、昨日とっくりとノアが罠を仕掛けているところをみた。しかし、特別な何かは見つけられなかった。
たとえば足跡から標的のクセを見抜いて罠にかけるところなんか「自分と一緒だな」と思ったくらいだ。
うさぎは何もかも見抜いたような態度で、静かにふせて時を待っていた。こんな時いつもエレオノールは、罠にかかったうさぎがなにものよりも気高く、賢く見える。
やわらかくて暖かい毛をまとったもの――
「すまんな」
ノアはサッと動脈をナイフで突いた。うさぎは音もなくギュッと身体をこわばらせる。彼自身の鼓動が、そのまま血抜きになるのだ。しだいに脱力し、やがて絶命したのが分かった。
皮を綺麗に剥いで肉と一緒に持って帰った。
「なんでいつも前足にかかるんだ」
帰りしな、ノアにそう訊いてみると感慨深げにつぶやいた。
「この一族とは、百年来の付き合いだからな」
そうか――そうだろうな……
昼は家で食事をとった。
獲ってきたばかりのうさぎで香草シチューをつくる。ノアは罠だけじゃなくて血抜きもうまいし、料理も絶品だ。
厚く切った肉は、しっとりとした食べ応えがある。
冬のこの時期のうさぎは秋に比べて肉付きがやや落ち始めている。が、それでも味がよく乗っていて美味しい。スープに滋味や香りが溶け出していて、すすると冷えた体を芯から温めてくれる。ハフハフと肉を頬張りながら、二人で「うまいな」と言い合って食べた。
食べ終わってからしばらくして忘れた頃に、獲ったうさぎの耳でノアの尻をひっぱたいた。
「うわ!」
ノアは驚いたが、叩かれたところを撫でてエレオノールの方を見た。
最初にこれをやった時はノアに驚かれた。
「わわ、なんだ、どうした」
そう言って狼狽するノアの態度を見て、かえってエレオノールの方が驚いたものだ。
「え、ノアはやらないのか」
「ん?どういう……」
アルブでは。
うさぎに代わって恨みを晴らす意味で、捕獲者をひっぱたく。そう説明をしたところ、そうか……と納得してくれた。それからは獲物をとった日には、こうして不意をついて相手をたたく。と言ってもそんなに強くじゃない。
あのうさぎはここで生まれて、ここで育った。香草も、きのこも、野菜もそうだ。その命を食べて、エレオノールはだんだんとこの地に溶け込んでいっているような気がした。
きっと太古の昔からこの地で紡がれてきた命のリレーの中に、自分が合流しているんだ。彼女はそう思う。
目に見えぬ、名前もない精霊たちの意思に触れているような気がした。
煮炊きのために暖炉の火を入れたため、小屋の中は十分暖かった。薄暗がりになっているベッドの側からみると、かまど側の窓から外の光が筋状に入ってきていて美しい。食後、エレオノールはベッドに腰かけて髪の毛をときながらそれを眺めているうちに、自分が不意に深い安堵の中に包まれていくのを感じた。
自分はきっとここで子をなす。
そういう直感があった。
エレオノールは、ノアを誘った。
あの日ノアが自分に告げたのと、ほとんど同じだ。身体も心も、彼を求めてやまない。初めて彼と結ばれて以来、すっかり
自分のその変化が気まずくて仕方なかったが、早い段階で素直にノアに打ち明けたところ
「そんなことを気にしてるのか。ちゃんとするから、遠慮なくおれに言うなり……そうだな、態度に出すだけもいい」
こともなげにノアがそう応えたので、エレオノールは安心した。こらえ性がない女だと思われるのがイヤだったのだ。
「まあ、クセになるほど俺が上手にやれたってことだ」
ノアがおどけたので「そうだぞ」とこづいたら、そのままベットに放り込まれた。
最初はどう誘ったものかと思案したが、今はもはや何のひねりもない。
「ノアして」
もしくは無言でノアのものを服の上から撫でると、お返ししてくれる。
ノアが言うには、今のわたしは興味深々なのだ。もっと深く味わってみたいという意味ではまったくその通り。
なんというか、ノアの指は繊細な動きをする。身につけている衣服の隙間に器用に忍びこんでくる。ひもをほどき、ボタンをとって……
温かくてゴツゴツした指が、ざらりと腹に触れる。その感触と体温で、自分の胎がギュウっと締まるのがわかる。ノアの手のひらが下着の中に差し込まれて、さらに指がのびてくる。自分の一番敏感な弱点。
指のはらをやわらかくおしあてて――
ノアの体温が粘膜に触れた時、期待と鼓動がピークに達するのがわかる。
胸が苦しくなり、息が荒くなり、体温が上がる。
わたしの期待に応えるように、優しく上下に動く。なぞり上げられながら耳に温かい吐息がかけられると、自然と声が出てしまう。
初めての時にノアが教えてくれた。そういうことが始まったら、深く呼吸すること。
それから、もれる声に素直でいること。
「ふ……うん……」
最初、この喘ぎ声に戸惑った。艶っぽく、聞き慣れないし、変な気がした。
けれどノアが興奮するのを目の当たりにしてからは、自分の
自分がきちんと女だという感じがして、エレオノールは密かにこれが嬉しい。
ノアの指は、ゆっくりと動く。
彼女の欲を指ですくって、弱点にぬるりとなすりつけてくる。
しびれるような生っぽいこの快感に、身も心も委ねればいいとノアは教えてくれた。
小屋の中に、自分のかぼそい喘ぎ声が響くのを聞くともなく聞いていた。不意にノアの唇が耳に押し当てられる。
「気持ちいい?」
ボソリと耳元で囁かれるとうわずった声が上がってしまう。たまらず腕にしがみつく。
エレオノールが慣れないのはそこからだ。
後ろから抱き抱えられてノアに寄りかかっている。その姿勢からゆっくりとベッドに寝かされた。ノアは身体を抜いて、仰向けになったエレオノールの下方にまわり、遠慮なく足を抱え上げてひらく。
エレオノールは、これの気持ち良さを身に染みて知っている。
ただ――
いずれ勇気を出して聞いてみようと思った。
「ノア、汚くないか……」
気になるのだ。
毎日風呂に入るわけではない。最後に入浴したのはおととい。一緒に入ったのだからノアだって分かっている。
「ん?」
「その――」
ノアと交わるようになり、用を足した後は入念にそこを清めるようになった。
「あの……」
「汚い?」
そう言って、鼻を鳴らして匂いをかいでくる。
「ばっ!やめろ、そんな――」
ぬるり
なめらかで、あたたかく、しびれるような、あまい感覚。
「あは……だめ……」
気持ち良くて、考えられなくなる。
「気にしてたのか」
「――気にしてた」
気にならないわけがない。
「しなくていい」ノアが言う。
「気になるよ」
「いいんだよ」
――わからない。
「何がいいんだ」
「エレオノールのならいいんだ」
そう言って、また舌で弱点をなぞりあげられた。
……ぅん
自分じゃ聞いたことのない、鼻にかかった甘い声が漏れる。
わたしのならいい?
言われたことの意味を考えてみる。背筋がゾクリとした。
「においとか……あるのか?」
おそるおそる聞いてみる。そうすると
「あるよ?」
「……だめだ」
拒否したが、足を抱えられて抵抗するすべもなく、より深く呑みこまれる感触におそわれた。抗うことはほとんど不可能だ。頭のなかが、甘く痺れるようだった。
『エルのなら、いいんだ』
ノアの言葉に、心がとろかされるような気持ちになる。
「なんで」
「なんでだろうな」
甘い陰圧でエレオノールの小さな突起部分を吸いだして、舌でこねまわしてくる。
「あっ!……それ……」
快感が鮮明になった。エレオノールの全神経が、ノアの舌に支配される。
『エルのなら、いいんだ』
この言葉が自分の――何というか――芯の部分を揺さぶったのが分かった。この人は、わたしのことを特別にしてくれる。
「ノアぁぁ、もっとしてぇ」
口をついてノアにねだっていた。
ノアは肩でエレオノールの開脚した足を支えるようにして、両手を胸に這わせてきた。
指で胸をこねられる刺激にも慣れなかった。その感触は、身体の芯にひびいてくる。あまりに直接的な刺激で、ノアが優しくしてくれなかったら耐えられない。
ノアはエレオノールの両方の乳首を、親指と中指で優しくつまんで固定し、人差し指の腹であやしく撫でまわした。ノアの指先に起こされる刺激は、エレオノールの胎に直接ひびき、まるでなにかが
漏れそうになっている、まさにそこをノアは丁寧に口で愛してくれる。
「あああ……ノア、なんか変になる……」
言うとノアが顔上げて、気づかわしげに聞いてきた。
「やめとくか」
「だめ、やめちゃやだ」
エレオノールの余裕のない返事にノアは、ん、と軽くうなずいて、また口をつけた。
すいだされる。
なぞりあげられる。
はじかれる。
ねぶられる。
おしあてられる。
歯を立てられる。
すいだされる。
なぞりあげられる。
ねぶられる。
おしあてられる。
ノアの口から空気がもれて、卑猥な音が空間にこだまする。
――じゅっ――ず―――
その音がやけに耳についた。胸のあやしい刺激が、たえずエレオノールを追い詰めた。
どうしてこんなに器用なんだろう。
気持ちが良くて頭がおかしくなりそうだ。
不意にエレオノールの脳裏に、またノアのさっきの言葉がよみがえってくる。
『エルのなら、いいんだ』
「あ……ノア…変」
急に何かが胎にこみあげてきた。
「ノア変!変なの!」
慌てて異変を訴えた時にはもう遅かった。窒息するような快感のうねりが、一気に胎から背中に向けて駆け抜け、耐えがたい稲妻が連続して走り抜けていった。
苦しい!
するどい快感をともなう不随意の痙攣がエレオノールを苦しめる。夢中になってノアの頭を両手で抱え込む。自分の口からきいたこともないような
ノアがそばに来てくれた。
エレオノールの頭の下に腕を差し込んでくれたので、胎の中に残っている快感の残渣を感じながらノアにしがみついた。
「なんだ……いまの……」
「なんだろうな」
ノアはニコニコしながら言った。
「気持ち良かったか?」
「なんか……すごかったぞ。引き絞られるようだった……」
「いやだった?」
「いやじゃない……」
エレオノールはそう応えるのが精いっぱいだった。ノアは髪を撫でてくれた。
――もっとするか?
こくんと首肯する。もっと欲しい。
「これ、して」
彼の熱くなったものに手を添えた。
ノアは最初の時と同じように、優しくしてくれた。
あおむけになって無防備に足を開く。ノアの全てを受け入れる姿勢をとる。
それだけで興奮する。その意味がノアに分かるだろうか。
エレオノールは精霊であり、アルブの戦士だった。生活圏に迷い込んでくる巨大な魔物の群れを狩ることもあれば、氏族間対立に立ち会うこともあった。
戦士として、自分の命を落とさずに相手の命をとるために必要な心の準備がある。
絶え間ない緊張感。
常に五感、六感を張り巡らせること。
必ず魔力起動が速やかに行えるようにしておくこと。
必要なら一気に精霊召喚ができる気力をもつこと。
それが彼女の最大の武装であり、生活の一部だった。
なのに――
なのにあっけなくその武装をノアに解除されてしまったと思う。
なぜだろう。
ノアが強いと分かるから?自分と同等……もしかしたらノアは自分よりも強い力を持っているかもしれないと感じる。
ノアが優しいから?ノアが二人の生活を守ってくれると感じるからだろうか。
分からない。とにかくノアと一緒に安心して過ごせることに大きな意味がある。
「ノア……」
呼びかけると、目が合う。
「すきだ」
やおらに深い口づけを落される。それだけで胸が苦しくなるほど興奮するのは、いったいなぜなんだろう……
そんなことを考えながらノアに溺れていった。
ああ――
ここに棲み……この地に溶けていく。