乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
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「――待って、マリア!」
急に湧き上がった不安から、気付けば手と口が勝手にマリアを引き留めていた。
「カタリナ様!?」
走り出しかけたマリアが、掴まれた手に驚いて振り返る。
理由なんてない。でもなんでだろう? この手を離してはいけない気がする。
悪役令嬢カタリナ・クラエスの食堂での断罪イベントが終了した直後。
殺されてしまう事も国外追放になる事もなく無事このピンチを乗り切れたのは、みんなのおかげだ。
喜びのあまりちょっと昼食を食べ過ぎてしまって、もしかしたら胃もたれのせいで神経が過敏になっているだけなのかもしれない。でも――…
「あ! ご、ごめんね、マリア。急に手を掴んだりして」
「いえ、それは構わないのですが……どうかされましたか?」
「えっとー…ええっとー…」
戸惑うマリアに何か言わなきゃと思えば思うほど、言葉が出てこない。なにしろ何の根拠もない、ただの勘なのだから。
と、空気を察したメアリが助け舟を出してくれた。
「先程の根も葉もない騒動の後ですから、きっとカタリナ様は心配されているのですわ」
「そ、そう! あんな事があったばかりだし、やっぱり私たち、なるべく一緒にいた方がいいと思うの!」
「でも、あの……」
肩越しに振り返る怖れと決意の入り混じったマリアの視線を追って、中庭の向こう側を見る。―――誰もいない。
「どうかした?」
「あ……いえ……」
しばらく中庭を見ていたマリアは、やがて緊張が解けたようにふっと肩の力を抜いた。
「――そうですね。変な噂が広がらない為にも、今はカタリナ様と一緒に行動させていただいた方がいいですよね」
微笑むマリアに見惚れ、つい掴んだ手を両手でぎゅっと握ってしまう。
「マリア……私の我儘を聞いてくれてありがとう」
「カタリナ様……」
手を握って見つめ合う私とマリアを見て、メアリとソフィアが焦ったように手を挙げた。
「ずるいです、カタリナ様! わたくしの手も握ってくださいませ!」
「わたくしも! わたくしの手もお願いいたしますわ!」
二人は私とマリアの手を包むように握るとにっこりと笑い合う。
厚い友情に感激していると、アランがやれやれといった感じで声を掛けてきた。
「おい、そろそろ行かないと、授業に遅れるぞ」
おっといけない。この面子で授業に遅れたりしたら、また悪目立ちしてしまう。
「さあ行こ、みんな!」
――闇の魔力を使い、カタリナ・クラエスを陥れる計画は失敗に終わった。
陰から様子を確認していたシリウス・ディークは、踵を返すと教師の元へ向かう。午後の授業を早退する為だ。今日この後、彼らと顔を合わせるのはなんとなく危険な気がした。
幸い彼らには、カタリナから引き離す為に呼び出した際にやるべき事の説明と指示は出してある。生徒会の方は今日くらい自分がいなくても大丈夫なはずだ。
“――あんな方法で成功すると、本気で思っていたのか?”
もうひとりの自分が責めるように問いかける。
偽の書面を作成して罪を捏造し、彼女をよく思っていない令嬢を闇の魔力で操る事でカタリナ・クラエスは信頼を失い、この学園から――上手くいけば国外へと追放されるはずだった。
「………………」
――もし、成功していたら……
あの笑顔は見られなくなっていただろうか?
屈託なく、明るく、優しい、どこか母を思い出させるあの笑顔を。
「……それは………」
胸に痛みが走る。
ざわざわと、自分でも形容のしようがない感情が沸き上がる。
彼女の事を考えると、いつもこうだ。
復讐を誓ったあの日から迷う事などなかったが、彼女と出会ってからは疑問を感じ、笑いかけられれば決心が揺らいでしまう瞬間が増えた。
だがその度に、母の言葉が鮮明に蘇る。
復讐を望む、母の最期の言葉が。
こだまするその言葉に、明るい太陽に温められかけた心が暗く閉じ、頭が冷えていく。
「――やり遂げるんだ」
自分自身に言い聞かせるように呟いた。
――どうしたら彼女を僕の目の前から消す事ができるだろうか?
復讐を遂げるまで迷わず、揺らがずにいるには、心を乱す彼女の存在が邪魔だ。
彼らの――ジオルド王子とアラン王子、カタリナの義弟のキース・クラエス、アスカルト家のニコルにソフィア、メアリ・ハントにマリア・キャンベルたちは、カタリナ・クラエスを中心に強い絆で結ばれているように見える。
今後、別の計画を立てても、おそらくまた彼らがカタリナを守るだろうし、今回の一件のせいでしばらくは彼女に干渉するのは難しくなるだろう。
今、こちらに疑惑の目を向けられる訳にはいかない。
どうにかして彼女を孤立させる必要がある。
ちらりと視線を送る先には、友人たちに囲まれ、微笑むカタリナ。
その姿はまるで聖女のようだ。
彼らは皆、カタリナが大切で、愛しているのだろう。
だが、一見和やかに見える彼らも、互いに相手に一線を越えさせないようけん制し合い、誰よりも一番に愛されようとし、彼女を独り占めしたいと願っている。
――そうか
ふと策を思いつき、自然と口元に笑みがこぼれる。
――なんだ……簡単な事じゃないか
そう、今の彼らの微妙なバランスを崩してしまえばいいのだ。
「――男子、会? …って、なんだい?」
聞き慣れない言葉に、シリウス生徒会長はキョトンとする。
いつもの生徒会室。
お茶をごちそうになりながら、ニコルが今夜、ジオルドとキース、アランを部屋に招いて男子会をする予定なのだと話すと、会長は不思議そうに聞き返した。
「男性同士で集まって、朝まで語り明かすのですわ」
「ああ、女子会の男性版という訳か。でもなんでまた、急に?」
「この前、私の部屋でパジャマパーティーをするって話をした時に、思い付きで提案したんです。その時はキースが嫌がって流れたのですが、後からソフィアがニコル様に熱心に勧めて、もともとまんざらでもなかったニコル様が今夜開く事にしたそうです。男同士で語り明かすなんてちょっと素敵ですよね。厚い――いや、熱い友情を確かめ合う、みたいな感じで」
「へえ………」
会長は何か考えるように、少し視線を泳がせた。
「……ちょうどいいかもしれない」
「会長? どうかしましたか?」
なんだか楽しそうな様子で会長がにっこりと笑う。
「途中、僕も顔を出させてもらおうかな」
――一体どうしてこんな事に……
学生寮のニコル様の部屋。
銘々夕食を取り入浴を済ませてから寝巻姿で集まり、男子会は始まった。
全員にティーカップが行き渡ったところでニコル様は使用人を下がらせ、部屋には男四人きりだ。
キャンベルさんが「よろしければ男子会で召し上がってください」と差し入れてくれた焼き菓子がテーブルに並び、つまみながらお茶をすする。―――気まずい。
断るつもりだったのに、義姉さんが目を輝かせて“絶対に行くべき!”と言い張り、無理矢理参加させられてしまったのだ。
そもそも子供の頃からずっと一緒のこの顔ぶれで、しかも全員同じ相手に想いを寄せているというのに、一体何を話せというのか。
「……そ、そういえば、もうすぐ秋の休暇ですね。義姉さんがみんなで紅葉を見にピクニックに行きたいと言っていましたよ」
「ああ、聞いていますよ。僕の方で良さそうな候補地をいくつか選定しています」
「ジオルド様は他にも何かご予定が?」
「そうですね……秋の薔薇を愛でるお茶会を開こうと思っていますよ。アランの演奏会も兼ねてね」
「おい、俺をついでみたいに言うな。この間いい曲を見つけたから今練習しているんだ。少し物悲しいけれど優しい旋律の曲で、あいつの喜びそうな――…」
「あー! アラン様! お茶のおかわりいかがですか!?」
「お? おお、……ありがとう」
「ニ、ニコル様は、旅行の予定などあるのですか?」
「……ソフィアに付き合って街の本屋に行くくらいだろうか」
ひねり出した話題はそこまで盛り上がる事なく立ち消え、気まずい沈黙の中、お茶をすする音と菓子を咀嚼する音だけが響く。
そっと目を上げて皆の様子を見れば、ジオルド様も貼り付けたような微笑みでティーカップを傾けているし、アラン様は所在無げにガリガリとクッキーをかじっているし、ニコル様はいつも通り無表情に黙々とパウンドケーキを噛んでいる。
――これ、お菓子がなくなったら、する事がなくなるんじゃ……
地獄のような沈黙の光景が広がる予感しかせず、菓子に手を伸ばす事すら躊躇してしまう。
――何か――何か話題を――…
そうは思っても、毎日顔を合わせているので特別話したい事もない。
この間の騒動のような楽しくない話題は持ち出さないように義姉さんには言われているけれど、義姉さんたちは一体何を話題にして、夜遅くまでお喋りして過ごしているんだろう?
記憶から引っ張り出してみる。
確か義姉さんは、いつも“恋バナ”で盛り上がるって言っていたな……。
恋バナって恋愛話の事だっけ?
――ダメじゃないかぁ…!
がっくりと脱力し地に伏して泣きたい気持ちを抑えて、ティーカップをテーブルに置く。
恋愛に結び付く話題は絶対に避けなければ。
共通の話題ではあるけれど、絶対に義姉さんの事だけは話題にできない。
義姉さんを好きだという自覚のないアラン様以外、皆自分の気持ちも自分以外の三人の気持ちも知っているのだから、話題にしたら最後、泥沼になる未来しか想像できない。最悪、夜中のおかしなテンションから殺し合いになる可能性だって、ないとはいえない。
――だから僕は言ったじゃないか! 何を朝まで語り明かせばいいのか分からないって!
「お、お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しましょうか」
いたたまれず席を外す口実をひねり出すと、ニコル様がいやにきっぱりと制した。
「キースは座っていてくれ。招いたのは俺なのだから任せてほしい」
いつも通りにしか見えないニコル様だが、一応ホストとして張り切っているらしい。
「―――そうだ……」
ニコル様は椅子から立ち上がると、思い出したようにサイドチェストから何かを取り上げた。
「ソフィアに言われて、一応ゲームやトランプなども用意しているが……」
「それをやりましょう!」
「――ではここで――…」
ジオルド様が会心の笑みで4枚の手札をテーブルに出した。
「うわ、ジオルドお前、また革命!?」
アラン様が声を上げ、慌てて手持ちの札を確認する。
ふっと笑ったニコル様が、すかさず手元の札を返す。
「ならば革命返し」
冷静に、場を逆転する。
「瞬殺!?」
「さすが、ニコル様!」
こんなカードゲームでも、性格が表れるものだな。
チェスなどのボードゲームもあったけれど、四人全員が参加できるものがいいだろうという事で、トランプを使って大富豪に興じる事となった。
やたらと革命を起こしたがる引きの強い腹黒王子と、弱い手札から確実に消化していくあまり物事を深く考えない王子。黙々と事を進め、いざという時の手も残しておく堅実な宰相の子息。
遊びだというのに意外と熱くなっているのが、ちょっと面白い。
会話では盛り上がらなかったものの、トランプのおかげで場はだいぶ暖まっていた。
と、控え目に扉を叩く音がした。
ニコル様が入り口へ対応しに行く。話し声の後、戻ってきたニコル様の後ろから顔を覗かせたのは、シリウス会長だった。寝巻にガウンを羽織った姿がなんだか新鮮だ。
「こんばんは」
いつも通りの穏やかな笑顔で、大きなポットと紙の束を抱えている。
「会長! どうされたのですか?」
「もしかして、他の部屋から苦情が?」
「そんなには騒いではいないはずだが……」
「いえ、違いますよ。苦情のたぐいではありません。楽しそうな会を催していると聞いたので、少しお邪魔しに来ました。あ、これ差し入れです」
会長が大きなポットを掲げると、ふわり、と湯気が揺れた。
「それは?」
「ホットワインです。赤ワインをお湯で割り、蜂蜜と特製のスパイスで味を整えてあります。しっかり煮立ててアルコールは飛ばしてあるので安心してください。今夜は少し冷えますからね。温まりますよ」
「――美味しい!」
温かな湯気が香気を含んで鼻腔をくすぐり、蜂蜜の甘さとワインの豊潤さが優しく心をほぐしていく。
皆一斉にホウッと溜め息を漏らした。
「スパイスの配合が素晴らしいですね」
「身体の内側からぽかぽかと温まるな」
「甘さもちょうどいい」
「喜んでもらえて、なによりです」
会長の視線がテーブルの上に散らばったトランプを撫でる。
「このカードの出し方だと……大富豪ですか?」
「さすが会長、ご明察です」
ソファに率なく納まった会長は、手にしたカップに口をつけてから皆の顔を見回した。
「それで、皆さんどんな話題で盛り上がっていたのですか? 生徒会以外での姿をあまり見た事がないので、少し興味があります」
四人で顔を見合わせ、視線を逸らして苦笑する。
「……実はお恥ずかしながら、会話ではあまり盛り上がらず」
「子供の頃からずっと一緒なもので、改まって話したいような事も特になくて」
「へえ、そういうものなのですか? 僕はまた、年頃の男性らしく恋愛の話などをするのかと思っていました」
会長おぉ――!!?
意図して避けてきた話題を無邪気に振られ、なんて事をしてくれるのだという思いを隠せず顔色を失う。
「……?」
悪意のない笑顔で首を傾げる会長に、引き攣り笑いを浮かべて義姉さんの話題にだけは絶対にさせないと誓いながら答える。
「ぼ、僕は別に、今はまだ恋人が欲しいなんて思っていませんので…!」
「そうなのですか? 君は女生徒からとても人気があると聞いていますが」
「え!? ま、まあ恋人が欲しくないというのは言い過ぎというか欲しいと言えなくもないものの誰でもいい訳ではなくてもちろん想う人が自分を想ってくれるのならそれが一番いいのですが大き過ぎる障害があるのでまずはそれを取り除いてから――」
一息にそこまでまくし立ててハッと我に返り、慌てて咳ばらいをして取り繕う。
「いえ、今は学生らしく勉学に励み、この先公爵家を継ぐ為の技量を磨く事が最優先と考えています。色々と見合い話は持ち込まれるのですが、婚約者も今はまだ考えられなくて」
会長はうんうんと頷いた。
「分かります。僕もなかなか婚約者を決められなくて……。貴族の務めとして自分の気持ちを優先する事は難しいと理解はしていても、やはりこの先一生を添い遂げるのであれば憎からず想える相手を選びたいと心のどこかで思ってしまいますよね。そう考えると、ジオルド王子は幼い頃に決められた婚約者であるカタリナさんを本当に大切にされていて、男として羨ましいかぎりです」
その一言で、部屋にピシャーンと雷が落ちる。
もちろん心象風景だが、一瞬でこの場がジオルド様 VS 僕とニコル様とアラン様、という図式になった。
ひとり気付かないシリウス会長だけが、にこにこと笑いながら続ける。
「ジオルド王子の溺愛ぶりは有名ですからね。夜会などでも決して目を離されませんし」
「ええ、まあ。大切な婚約者ですからね。当然です」
口を濁しながらも明らかに優越感のこもった態度に苛立ちを覚え、言葉を添える。
「まあ義姉さんの方は、数ある見合い話を断る為にジオルド様が自分を利用しているだけだと思い込んでいるみたいですけど」
「キース、僕とカタリナが結婚する事は決定事項です。婚約を解消する選択肢など絶対にありませんし、彼女を手放すつもりもありませんよ。何度も言っていますが、いいかげん義姉離れした方がいいのでは?」
「いえいえ、義姉さんには王子の婚約者は務まらないというのはクラエス家の総意です。それに本当に大切に想っているというのなら、義姉さんのメンタルと将来の為にもここは身を引かれるべきなのでは?」
「カタリナを世界で一番愛していて幸せにできるのは僕です。僕らが出会えたのは運命なのですよ」
「お言葉ですが、直接ではないにしろ幼い義姉さんの額に傷をつけ、それにつけ入るように婚約を持ちかける事のどこが運命なのですか? 自由で型に嵌らない義姉さんを王族という型に無理矢理嵌め込む事で、義姉さんが幸せになれるとでも?」
「でも彼女が僕の婚約者となったおかげで、君はクラエス家へ迎え入れられたのでしょう? それがなければ君はカタリナと出会う事すらできなかったかもしれませんよ? 彼女と出会えたきっかけを作った僕に、むしろ感謝してもいいのでは?」
笑顔を貼り付けながらもお互い黒いオーラを出して睨み合っていると、ようやく険悪な空気を感じ取った会長があわあわと間に割って入る。
「すみません、僕が変な話を振ったせいで! それぞれカタリナさんを大切に思っている事は伝わりましたので、えっと、あの、何か別の――そ、そう、トランプ! 僕も少しゲームがしたいなあ、なんて…!」
――なかなかの見ものだったな
ホットワインのアルコールを飛ばしてあるというのは嘘だった。
軽いアルコールの効果か、いつもよりも踏み込んだ言葉の応酬につい笑みがこぼれそうになる口元を抑え、思惑通りの効果をもたらした結果に満足する。
魔力の高いこの四人に闇の魔法が効かない事はすでに確かめていたが、薄めたワインひとつで効果が得られるのであれば、暗示をかけるのは容易い。
各々が想いを遂げようと周りを出し抜く為に躍起になり、疑心暗鬼の状態になれば、その絆を壊す事も簡単だろう。
「次、会長の番ですよ」
「ええ、熟考中です」
場をひっくり返す4枚と切り札は温存。これは状況を見て使う。大きい数字も小さい数字も革命の時の為に取っておく。
今ここでそこまでの駆け引きは必要ない――むしろ無邪気で朴訥な人柄を演じて見せてもよかったが、これからの立場と計画の為に一枚上手と思い知らせておくのも悪くない。
――確実に勝てる手札をつくる
手持ちのトランプから無難なカードを引き抜き、テーブルに出した。
「会長、強いですね」
少し驚きながら言うと、ニコル様も頷く。
「シリウスが来てから、一度も勝てなかった」
「いえ、そんな。たまたま配られた手が強かっただけですよ」
謙遜か勝者の余裕か、嫌味に聞こえないのは日頃の行いの賜物だろう。
「楽しかったですね――おっと、もうこんな時間でしたか」
皆の視線が時計に集まり、思ったよりも進んだ針に驚く。
「そろそろ部屋に戻りましょうか」
「そうですね」
誰も“朝まで”とは言い出さず、なんとか無事に終わった事にホッとしていると、アラン様とニコル様が頷き合っていた。
「こうして男同士で集まって、カードに興じるのは悪くなかった」
「気の置けない友人と過ごす夜というのもなかなか楽しいものだな」
――僕は二度とごめんです…!
心の中で叫んでいると、先程までとは打って変わって真剣な表情のシリウス会長が、切り出す。
「ところでお開きの前に、実はちょっと皆さんに、相談したい事があるのですが……」
「――まずはこちらを。40~50枚はあるので手分けして目を通していただきましょうか――あ、不快に感じるとは思いますが、破り捨てないでくださいね。大事な証拠品ですので」
会長は、持ってきた紙の束をざっくりと4つに分けると、それぞれに手渡した。
「これは……」
目を通し、眉をひそめて絶句する。
大きさもまちまちな紙片には、絵が描かれていた。
女性の裸体。脱ぎかけのドレス姿に下着姿。いかがわしいポーズや行為に及んでいる姿――…。
明らかに性的な興奮を誘う絵だ。
生徒会長が部屋を訪れた本当の目的は、最近男子生徒たちの間に出回っているという、いかがわしい絵についてだった。
「あまり女子生徒の目には触れさせたくなかったので、無粋を承知でこの男子会にお邪魔しました」
芸術として裸婦を描くというのとは違うと分かるのは、紛れもなく学園の生徒――それもほとんどが生徒会の女子メンバーをモデルとして描かれているものだったからだ。
「彼女たちは人気もあるし、立場的にも容姿の面でも、どうしても目を引きやすいですから」
「誰が描いたのか、分かっていないのですか?」
「ええ。教師たちの話では、こういったものは毎年必ず出回るらしいです。こんな事を聞くのは心苦しいのですが、何か心当たりはありませんか? いつも一緒にいる君たちなら、おかしな視線を向けている生徒に覚えがあるのではないかと思って」
「いえ……特には」
皆それぞれに、心当たりはないと返事をする。
「本当にこれが男子生徒たちの間で? 僕は見かけた事もありませんが……」
「それはやはり、身近な人間に見られて咎められないよう、警戒しているのでしょう。まあ、単純に見せづらいというのもあるかと思いますが」
「これは生徒から没収したものなのですよね? その生徒は、どこから手に入れたのですか?」
「それが、どうも曖昧なのです。教室の机の中にあったとか荷物の中にいつの間にか入っていただとか、本の間に挟まっていただとか、友人から回ってきただとか」
四人で顔を見合わせる。
つい先日、義姉さんを言いがかりで糾弾した令嬢たちの一件もある。
また何か、よからぬ事に巻き込まれているのだろうか?
――そろそろだな
四人の様子を見るともなく見守り、その手元が最後の1枚をめくるのを目の端で確認する。
絵の中にはカタリナがモデルらしき絵も数枚あり、配る際に最後の1枚になるように仕込んでおいた。
機械的にめくっていた手がピタリと止まり、それぞれ食い入るように絵を見つめ、そわそわし始めたのを確認したところで、“用事を思い出したので少し自室に戻る”と告げて部屋を後にする。
初めに「40~50枚ある」と枚数を特定せずに伝えたのは、“1枚くらいなら抜いても気付かれないだろう”と思わせる為だ。
彼らはお互いの目を盗み、それぞれこっそり絵を抜き取るはずだ。そして後でじっくりと妄想と欲望を向けてそれを眺める。
具体的に目にしているうちに、その妄想は刷り込まれ、不和をもたらす行動を起こす起爆剤となるだろう。
「―――ハッ」
廊下を歩きながら、声を出さずに笑う。
以前から教師に相談されていた案件だったが、こんな風に活かせるとは思わなかった。機会を最高のタイミングで活かすことができ、つい口元がほくそ笑んでしまう。
教師から聞かされた時は面倒な事だと思ったが、今は感謝したいくらいだった。
「それにしても……」
――誰が描いたのか、あの絵……特徴を掴んでいて、結構上手かったな……
「………今度人物画に挑戦してみようかな……」
本来なら黒いもやを纏ったシリウスを追いかけて行方不明になるマリアを、カタリナが引き留めた事で、別のルートへと突入してしまいました。 (;゚Д゚)ココハドコ⁉
男子会の場面は主にキース目線ですが、苦労人のキースらしい感じが出ていたら嬉しいです。 ヤキ(;´・ω・)モキ
初めはトランプ遊びはポーカーで書いていましたが、高校一年くらいの男子が盛り上がるなら、なんか違うかなと思い、大富豪に興じる事になりました。
勝手な設定として、シリウスは絵を嗜むという事にしています。(*''ω''*)