乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
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――ここは……?
辺りは暗く、先を見通す事もできない。纏わりつくような闇が重苦しい。
自分がどこにいるのか検討もつかないまま見回してみたが、何も見えなかった。
とりあえず歩き出してみる。
――ここはどこだろう?
足元はおぼつかず、そろそろと歩みを進めると、ふと何かに躓く。
――何……?
目をすがめて足元を確認し、思わず息を飲む。ジオルドが倒れていた。
意識がない様子に、慌てて膝をついて助け起こす。
「ジオルド様!? 大丈夫ですか!?」
声を掛けながら、暗闇に目が慣れたのか地面に無数の人影が倒れている事に気が付く。
「みんな!?」
近くにキースとアラン、ニコルも倒れ、傍には人数分の剣が落ちている。
嫌な予感に血の気が引く。
「キース! 返事をして! アラン様! しっかりしてください! ニコル様! 目を開けてください!」
声を掛けても、みんな全く動かない。呼吸をしているのかさえ怪しい。
――こんな――こんな事、あるはずがない
ゲームの中で命の危険があるのはただひとり、カタリナだけのはず。
魔法学園の中でも取り分け魔力が強い四人が、こんな風に倒れているなんて事、ある訳がない。
ただ起きてほしい一心で、必死に叫んだ。
「お願い! みんな、目を開けて…!」
――どうして……? なんで、こんな事に――…
「……ん?」
――なんだこれ?
前世ではなかったが、この乙女ゲームの世界に転生してからできたクセがある。
ちゃんとヘビのおもちゃが入っているか、時折ポケットに手を入れて確認するクセだ。
今も放課後の学園の廊下で無意識にポケットに手を突っ込み、ヘビのおもちゃを確認した指先に、金属製の何かが触れた。
身に覚えのない感触に、ポケットからそれを引き出す。
「鍵……?」
見た事のない鍵だ。
――どこの鍵だろう?
凝った意匠の鍵で、持つところには蔦のようなものが巻き付く細工と、目に黄色い石が留められた天使、透明の石が留められた天使が付いている。
いや? これ、天使じゃない?
よく見ると、背中に付いているのは天使の羽ではないようだ。
――これって――…
確認しようと明るい窓際に寄り、持ち上げてよく見ようとした時、後ろからジオルドに声を掛けられた。
「ああ、カタリナ! よかった、君が持っていたのですね」
「ジオルド様! この鍵、なんでしょう? 私の物ではないのですけど……」
全く見た事のない物が自分のポケットから出てきた事実に当惑して差し出すと、ジオルドは鍵を受け取った。
「これは生徒会室の鍵ですよ」
「そうなんですか!?」
――どうしてそんなものが、私のポケットに?
不思議に思ったが、もしかしたら落ちているのを見つけて、無意識にポケットに入れたのかもしれない。
――うーん……でも、拾った覚えもないのだけれど……
頭の中をハテナマークでいっぱいにしながら廊下を行くと、途中、キースとアラン、ニコルとも合流し、一緒に生徒会室に向かう。
生徒会室まで来ると、ジオルドが手にした鍵を鍵穴に差し込んだ。
ガチャン、といやに重い音を立てて鍵が回り、扉が開かれる。
「――!?」
扉の向こうに広がるのは、曇天と高い壁に挟まれた古めかしい石造りの通路だった。
「ねえ、キース……私たち、生徒会室の扉を開けた――のよね?」
「うん……そう思うけど」
キースもポカンと口を開けている。
「ここは……どこだ?」
アランがキョロキョロと辺りを見回した。
「……学園内に、こんな場所は……」
あまり喜怒哀楽を見せないニコルでさえ、動揺が隠せていない。
ふと、クスクスと子供の笑い声が聞こえたような気がして空を見上げる。渦巻くように低く垂れ込める雲が、なんだかいやな感じだ。
「外、ですよね……建物の中にいたはずですが……」
ジオルドが振り返って、息を飲んだ。
「――扉が!」
入って来た扉が跡形もなく消え、同じような通路が反対側にも続いている。
「えええぇぇぇ!? 本当に、ここどこ!? 私たち、どこに来てしまったの!?」
パニックになった私を見て逆に冷静になったジオルドが、提案した。
「カタリナ、落ち着いて。ここがどんな場所かを把握する為に、ひとまず高いところに行きましょう」
「そ、そうですね」
他の三人も頷き、高い壁の先に遠く見える古城のような建物に向かう事にする。
あの古城の上からなら周囲を見通す事ができそうだ。その先の事は、状況によって変わってくるだろう。
「それにしても……なぜ突然こんな場所に……」
「何かの魔法とか?」
「扉を違う場所に繋げる魔法、ですか? 僕は聞いた事がないですね……」
振り返って見回すと、皆一様に首を横に振る。
そうか……頭のいいみんなが言うのなら違うのかな……。
「学園に戻る事はできるでしょうか……」
「大丈夫。婚約者として、カタリナを危険な目には決して遭わせません。僕が必ず君を守りますよ」
不安が顔に出てしまっていたのか、ジオルドが励ますように肩に手を置く。
「あ、ありがとうございます。ジオルド様」
と、キースが凄くいい笑顔で、間に割り込んできた。
「いえいえ。大切な義姉を守るのは、家族である僕の役目ですから」
「キースも、ありがとう」
いつものように仲良く言い合いを始めたジオルドとキースを横目に、アランとニコルも元気づけてくれる。
「まあ、いざとなれば俺も守ってやるから、安心しろ」
「カタリナ、何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。アラン様、ニコル様」
私ひとりではどうしていいのか途方に暮れていただろうけれど、頼もしい四人の幼馴染みたちに勇気づけられ、再び歩き出す。
――それにしても、どこかで見た事がある景色のような……
両側には3mくらいの壁がそそり立ち、真っ直ぐに伸びた通路は行けども行けども曲がり角がない。不揃いな石が積まれた石壁は埃っぽく、長い間放置されてきた感じだ。
乙女ゲームに出てきた景色ではなく、凄く昔――前世の子供の頃にどこかで見たような気がする。
なんだっけな……絵本とかで見たのかな……それか、何かのアニメとか……。
なんとなく、イメージでは幻想的な物語の一幕だった気がする……。
「カタリナ、ボーッとして大丈夫ですか? 心細いのなら手を繋ぎましょうか?」
「義姉さん、お腹空いてない? ほらこれ、このあいだ義姉さんが美味しいって言っていたお店のお菓子」
「疲れたんなら、俺がおぶってやろうか?」
「カタリナ、寒いようなら上着を貸すが」
「み、みんな! そんなに気を遣わなくて大丈夫だから!」
歩きながら、気付いてしまった事がある。
四人の攻略対象に気遣われ、守られるように囲まれているこの状況。
――これ……かの有名な、“逆ハーレム”状態なのでは!?
いつも、メアリとソフィア、最近ではマリアも一緒なので、男子四人だけと一緒というのはほとんどない。状況も状況だけに、なんだか緊張してしまう。
本当なら悪役令嬢の私ではなく、主人公のマリアがここにいるはずだったのかも……。
んんん? じゃあもしかして、これ、逆ハーレムルートに入ったイベント!?
逆ハーレムルートの存在は聞いていたけれど、こんなイベントがあるという事までは聞いていない。
――あ、いや、でもこの場にいるのがマリアじゃなく私という時点で、ゲームのイベントであるはずないか……
それにそもそも、四人を攻略した訳ではないし。
道なりに歩き、時折見上げて遠くそびえる古城を確認する。
「――???」
さっきから結構歩いているのに、曲がり角が全くなく、一向に建物に近づく感じがしない。
焦りを感じ始めた頃、アランが声を上げた。
「なあ、ひとつも曲がるところがないなんて、おかしくないか?」
「やはり、あなたもそう思いますか? それに真っ直ぐな道を来たのに、あの城に近づきも遠ざかりもしないのも変ですね」
「でも曲がり角に気付かないなんて事はないですよね」
「近づけないような魔法的な力が働いているのかもしれない」
みんなが眉根を寄せているので、私も言おうかどうしようか迷っていた事を話してみる。
「あのう……私、たぶん子供の頃にこういう不思議空間の物語を読んだ事があるのですが、そんな時は大抵、見えていないだけなんです」
「見えていないってどういう事なの、義姉さん?」
「ずっと続いているように見えていた壁の途中に、ちゃんと曲がるところや抜け道があったんじゃないかなと」
「僕たち五人もいるのに、みんなして見落としたって事?」
呆れたように言うキースを、ジオルドが制する。
「いや、頭から否定はできません。なにしろここに来た経緯が普通ではないのです。もしかするとそんな可能性もあるかもしれない」
「そうだな。とりあえずそのつもりで、何か試してみるのもいいんじゃないか」
「どちらにしてもこのままでは埒が明かない」
「それなら……」
足元に落ちていた枝を拾い上げる。
「この枝で壁を触りながら歩いたらどうでしょう? 手ごたえがないところに道があるかも」
こんな風に、と枝で壁を突こうとした途端に、たたらを踏む。
「きゃあ!?」
不思議な事に、壁にしか見えないそこは、隣の通路と繋がっていた。
「本当にあった……」
キースが信じられないといった感じで呟く。
そういう魔法なのか、一度気付いてしまえば、後はちゃんと曲がり角が認識できるみたいだ。
「迷路、だな」
「とりあえず、進んでみましょう」
右だ、左だ、いや真っ直ぐだと言い合いながらジリジリと進み、なんとか古城の前まで辿り着いた。
目の前にそびえる大きな門。その横に通用口らしき小さな門が二つある。
門の扉は堅く閉ざされ、門番のような人影はなかった。
大きな門はジオルドたち四人でもとても開けられそうにない。入るなら小さい門だ。
「どうして二つあるんだ?」
「さあ?」
扉には、架空の生き物を模した大きな顔の形をしたドアノッカーが付いていて、ギョロリと目の前の私たちを睨み付けている。
顎に指を置きながらつぶさにドアノッカーを観察していたジオルドは、誰に言うともなく呟いた。
「随分と個性的な意匠ですね……」
『それは褒めてくれたのかい?』
『それともけなしたのかい?』
――ドアノッカーが喋った!?
どう見ても金属でできているそれが、ジロジロとこちらを見ながら野太い声で言葉を発している。
みんなして顔色をなくし、咄嗟に言葉が出てこない。
『なんだ、返事もなしかい?』
『礼儀がなっちゃいないな』
「――し、失礼しました。“個性的”というのは、もちろん褒め言葉です」
さすがのジオルドも焦った様子だったのに、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「よろしければ、少しお話を伺ってもよいでしょうか?」
凄いな、ジオルド。よく、この異常な状況に順応できるものだ。
「ここはどこですか?」
『どこでもない場所さ』
『近くて遠い場所さ』
禅問答みたいな答えに、ジオルドが考え込むような顔をする。
キースが質問を重ねた。
「このお城には人が住んでいるのですか?」
『住んでいるよ、主がね』
『人ではないけどね』
――人ではない…!?
五人の視線が交差する。
とはいえ、扉を開けたら知らない場所に飛ばされ、金属製のドアノッカーが言葉を発する今のこの状況では、それほど意外な展開でもないかもしれない。
アランが問う。
「俺たちはソルシエ王国の魔法学園から来た。どうやったら帰れる?」
『俺たちゃただのドアノッカーさ。そんな事、知る訳がない』
『知りたけりゃ、城の中の主に聞いてみればいい』
ニコルが請う。
「では中に入れてもらいたい。どうしたらいい?」
『俺たちのどちらかを選びな』
『どちらかが正解で、どちらかが不正解だ』
「なるほど」
喋るドアノッカーに既視感を覚えつつ、試しに話しかけてみる。
「あの……どちらが正解ですか?」
『それを教えたら面白くないだろ? お嬢さん』
『ルールってのがあるんだよ、お嬢さん』
「何か……ヒントはないですか?」
『そうだな……よし、ヒントをやる代わりに、頬にキスしてもらおうか』
『なら俺は額にキスしてくれ』
セクハラ親父か! ……と内心でツッコミながら、困って後ろを振り返ると、四人が何か黒いオーラを出している。
「え、何? みんなどうしたの?」
“相手は金属製のドアノッカーだろ、ほっぺにチュウくらい、早くしてやれよ”って事!?
「えっと……分かりました……」
少しつま先立ちになり、鼻の下を伸ばしたドアノッカーに顔を近づけようとすると、グイッと後ろに引かれた。
四人が袖や腕を引いていた。
「カタリナ……例え相手がドアノッカーであっても、みだりにキスをするなんて事を僕が許すと思いますか?」
ジオルドは腕を引いて私を一歩下がらせると、一際黒いオーラを出しながらドアノッカーに迫った。
「申し訳ありませんが、この令嬢は僕の大切な婚約者なので、その申し出はお受けできません。どうしてもと仰るのでしたら、“僕が”して差し上げますよ」
さすがのドアノッカーも、ジオルドの黒いオーラにヒッと顔を引き攣らせる。
「いや、待て、ジオルド」
前に出たニコルがジオルドを止めた。
「俺がやる」
あれ、なんかニコル、怒ってる?
ニコルがドアノッカーに顔を寄せ、頬の部分に手を置いた。
ええ? ニコルがキスするの? とドキドキしながら見守っていると、キースに両手で目を覆われてしまう。
「義姉さんは見ちゃ駄目」
「え? あ、ちょっと!?」
『やめろ! 男には興味ない! そんな目で見るな!……そんな、目で……そんな…素敵な目で…見つめられたら…………あっ……』
その後の事は声しか聞こえなかったけれど、初めは嫌がっていたドアノッカーは、最終的には完全に骨抜きにされていた。
『――では、ヒントを言います』
『言います』
言葉遣いまで変わったドアノッカーがパチパチとさっきより可愛い目をして、恥ずかしそうにニコルをチラ見している。
ニコルの魔性の魅力、恐るべし。
右のドアノッカーが口を開いた。
『左のドアノッカーの言う事は、本当である』
左のドアノッカーも続ける。
『右のドアノッカーの言う事は、嘘である』
『『さあ、本当の事を言っているのはどちらだ?』』
――あ、これパラドックスだ……
だけど残念な事に答えを憶えていない。なんて答えるのが正解なんだっけ?
「……相互言及の逆説ですね」
ジオルドが考え込むように腕を組んだ。
「なんだ? それは」
「例えば、右のドアノッカーが言った“左のドアノッカーの言う事は本当である”が本当だったと仮定します。すると“左は本当の事を言っている”は本当で、左の言った“右のドアノッカーの言う事は嘘である”も、本当となります。よって右の発言は嘘という結論に達します。つまり、仮定と結論に矛盾が生じるのです。同じように右の発言が嘘だと仮定した場合も、同じように矛盾してしまいます」
キースが眉根を寄せた。
「ええっと……」
「それぞれの言葉に矛盾はないのに、相互に言及し合うと矛盾を生じるという逆説です」
アランが頭痛を抑えるように頭を押さえる。
「つまり、どういう事だ……?」
ニコルが冷静に答えた。
「どちらも、本当の事を言っていると断言する事はできない」
頷いたジオルドはドアノッカーに向き直った。
「……いかがですか?」
『『俺たちのどちらも選ばないんなら、あっちの扉をどうぞ』』
ふてくされた顔でドアノッカーが大きな門を顎で指す。
重々しく軋みながら、ゆっくりと大きな扉が開かれた。
五人で顔を見合わせ、頷き合う。
「行きましょう」
開け放たれた大きな門をくぐり、エントランスホールに足を踏み入れる。
城の中は殺風景で、飾り気のない武骨なつくりだった。剥き出しの石でできた床と壁に、簡単な調度品。真正面に大階段がある。
ホールの両側の壁にそれぞれ盾を模した壁飾りがあり、そこに剣が2本クロスして掲げられていた。
ジオルドが近寄り一振りの剣を引き抜いて、検める。
「……まあ、ないよりはマシでしょうか」
振り返ったジオルドは、三人にも剣を取るよう促す。
「先程、あのドアノッカーが言っていましたからね。“この城の主は人ではない”と。用心するに越したことはありません」
手にした剣を思い思いに確かめる四人がちょっとうらやましくて、私もホールを見回してみる。他に武器になりそうなものはなさそうだ。剣の飾られていた盾も壁から外れない。
「あのう……私の武器は?」
「君が持つと僕らが危ない……いえ、姫をお守りするのが僕らの役目ですから」
本音が隠せてないんですけど…!
「どんな危険があるか分からないから、絶対に僕たちから離れちゃ駄目だからね、義姉さん」
「危なっかしいからな、お前は。勝手にうろちょろするなよ」
「カタリナ。こういう城には必ず、罠やからくりがある。迂闊に手を出すと危ないから、何かに触れる時は必ず誰かに声を掛けてくれ」
――心配されているというより、信用されていない!?
魔法学園の実技試験のダンジョンで、みんなに迷惑をかけた上に迷子になって心配させてしまった事を思い出し、大人しく頷いた。
「はい……」
「僕とキースが前を歩きます。カタリナを挟んで、ニコルとアランは後ろをお願いします」
ジオルドが割り振ると、少し憤ったようにアランが詰め寄った。
「それはお前と並んで前を守るには、俺では力不足だという事か? 確かにお前ほどではないが、俺だって剣の腕はそれなりに――」
――なになに? 兄弟喧嘩!?
一触即発と思われた空気を、ジオルドが不敵な笑みで一蹴した。
「もちろん知っていますよ。だからこそ、背中を預けるのです」
「お、おう……」
アランはジオルドの笑みに応えるように顎を引いて、頷いた。
「――分かった。後ろは任せろ」
抜き身の剣を手にした四人の騎士に守られながらエントランスホールを抜け、正面の大階段を上り始める。
「………………」
「カタリナ、どうかしましたか?」
「お腹空いた?」
「疲れたか?」
「少し休もうか」
「ううん、平気。そうじゃなくて、もうちょっとで思い出せそうなんだけど……」
くすんだ色調の世界。石造りの迷路。喋るドアノッカー。パラドックスの謎かけ。
――この世界に憶えがある。絶対、どこかで――
絵のようだけど、絵ではない。たしか動きがあった。アニメ……のようだけどアニメではない気がする。たぶん、実写……いや、CG?
「う――――――ん」
もどかしさで唸りながら階段を上り、踊り場に差し掛かって、ふと振り返る。
と、目の前に広がる不思議空間への衝撃で、自然と口からその名前が出た。
「エッシャー!」
「急にどうしたの、義姉さん? 何をやりきったの? 何かいい事、あった?」
「 “よっしゃー”じゃないわ。“エッシャー”よ!」
今通り過ぎたはずのエントランスホールは、いつの間にか階段と踊り場が不規則に床にも壁にも天井にも無限に広がり、重力さえも無視して繋がるエッシャーの有名な絵のような世界に変わっていた。
「これは一体…!?」
唖然とする男子たちの横で、喜びで思わず手を打つ。
「思い出したわ!!」
前世の子供の頃、DVDで観た古い映画。タイトルは思い出せないけど、ここは絶対に映画で観た世界だ。
「すっきりした~。これで心置きなく――」
言いかけながら一歩踏み出した瞬間、足元に穴が開く。
「――え?」
「カタリナ!」
「義姉さん!」
みんなの叫びと伸ばされた手はあっという間に頭上に飛び、私は暗闇へと飲み込まれた――…。
「カタリナ! 返事をして下さい!」
カタリナが掻き消すように闇に吸い込まれた穴に向け、必死に名前を呼ぶ。
「義姉さん! 義姉さん!」
「おい返事をしろ! カタリナ!」
「カタリナ! カタリナ!」
彼女の悲鳴がフッと消えると居ても立ってもいられなくなり、後を追う為に穴に乗り出した。飛び込む寸前にニコルが肩を掴む。
「待て、ジオルド。気持ちは分かるが、このおかしな空間でむやみに行動するのは危険だ」
「ですがこのままカタリナを放っておく事はできません。僕が追うので、後はお願いします」
だが、そう言った途端に穴はスウッと消え、元の石の床に戻ってしまった。
「!?」
皆で必死に石の床を叩き、もう一度穴が開かないか試していると、どこからともなく笑い声が響いた。
『そんなに必死にならなくても、お姉さんは無事だよ』
「――誰だ!?」
アランが鋭く声を上げる。
『 “誰だ”はないよね。この城の主に向かって』
声を追って顔を上げると、話しかけてきたのは天井に逆さまに立つ双子の少年たちだった。
人形のように整った顔立ちだが、どこか退廃的な雰囲気を纏っている。
「カタリナは本当に無事なのですか!?」
『そう言ってるじゃない』
『疑り深いんだね』
「お前たちがこの城の主……では、人ではないのか?」
双子はわざとらしく優雅な身振りで左右対称にお辞儀をし、おどけて見せた。
『夢魔にして、この“ラビリンス”の主、金眼のクリューソス』
『銀眼のアルギュロス』
そう名乗った双子は、確かに二つ名通りの怪しく輝く瞳をしている。
「夢魔? 夢魔とはなんですか?」
『僕たち夢魔は人の夢を渡り歩いて、心の奥底に眠る欲望を解放してあげているのさ』
『そして、その人の望む楽しい夢を見せてあげるんだ』
「夢? ここは夢の世界なのですか?」
『人の見る“夢”というのは、それぞれの無意識――潜在意識に繋がった状態の事をいう』
『そして潜在意識の奥底は、みんな繋がっているんだ』
「……集合的無意識、というやつですか?」
『おー、よく知っているね』
『お兄さん、博識だね』
「それが、この場所……」
「だとして、なんで俺たちはここへ来る事になったんだ?」
『お姉さんとお兄さんたちは僕らが招待してあげたんだよ』
「なぜ、そんな事を」
『たまたま覗いたお姉さんの夢がちょっと――いや、かなり面白かったからね』
――カタリナ……
こんな時だが思わず四人同時にがっくりと脱力して、深い溜め息を吐いてしまう。
『お姉さんだけでも面白そうだったけど、お兄さんたちも一緒の方が、もっと楽しくなりそうだったからさ』
「……どう思います?」
キースが声を潜めた。
「彼らが人ではないという事ですか? それともここが夢の世界だという事ですか?」
「両方です」
「ここが現実の世界とはとても思えないですし、おそらく、本当の事を言っているのでしょう。それに……」
「なんだ?」
「……聞いた事がありませんか? 魔法学園に伝わる“8番目の”七不思議の話を」
「どうしたんですか? 急に」
「8番目の七不思議?」
胡散臭そうにアランが問い返す。
「8つある時点で、すでに七不思議ではないようですが」
キースが怪訝な顔でもっともな疑問を呈し、ニコルのみ、噂の存在を肯定する。
「そういうのがあるらしいという噂を聞いた事はあるが、具体的な話は聞いた事がない」
「そうです。具体的な話が何もないから七不思議に数える事ができない。だから“8番目の”七不思議なんですよ。“何か”をきっかけに、“ある日突然どこかへ迷い込んでしまうらしい”という噂だけでは、あまりに曖昧過ぎて文字通り話にならない」
「ただの噂だろ、と言いたいところだが――」
アランが言うと、ニコルが溜め息を吐いた。
「これがその“8番目の七不思議”なのだろうな」
『ねーえ、相談終わった?』
『主の僕たちを差し置いて、失礼だよね』
「クリューソスとアルギュロス、でしたね。確認させていただきたいのですが」
『何かな?』
「あなた方は集合的無意識の世界に住まう存在で、人の夢や潜在意識を自由に行き来する事ができ、現実世界にも干渉する事ができるのですか?」
『まあね』
『凄いでしょ』
「ですが僕たちの世界では、あなた方の存在――夢魔、でしたか? ――は知られていません。なぜですか?」
『それはこの世界を出る時に、ここであった事の大半の記憶が消えてしまうからだろうね』
『夢って、目が覚めると忘れてしまうものでしょ?』
「なるほど……だから認知されていないのですか……」
「今、“大半の記憶”と言ったが、残る記憶もあるのか?」
『夢の断片や印象のようなものは残るかもね』
『そこから、お兄さんたちの言う、“8番目の七不思議”って噂話になったんじゃない?』
「ジオルド様、それよりも――」
焦れたようにキースが耳打ちする。
「ええ、分かっています。ですが状況を把握しない事には、対処のしようがありませんから」
アランとニコルが一歩前に出る。
「その辺でもういいだろう? ――おい、カタリナをどこにやったんだ!」
「なぜ俺たちを、ここへ招いた? 具体的な目的があるんじゃないのか?」
だが夢魔たちは答えずに、不意に顔を見合わせた。
『『……あ……』』
『お姉さん、気が付いたね』
『じゃあ僕は、お姉さんの相手をしてくる』
銀眼の夢魔アルギュロスが、階段を1段下りる程度の気軽さで、立っていた踊り場の縁から先の見えないほど深い空間へと身を躍らせた。その姿は闇に飲み込まれるように、すぐに見えなくなる。
金眼の夢魔クリューソスはそれを見送ってから、おもむろに指で輪を作って僕たちをひとりひとり覗き込んだ。
『ふーん……お兄さんたち全員、あのお姉さんの事が好きなんだね……それに――へぇ……みんな、お姉さんと愛し合ったのに覚えていないんだ……その記憶、戻してみたらどうなるかな…?』
そう言ってクスクスと笑う。
『さあ、どうやって遊ぼうか』
「……ん……」
目を開いて起き上がり、土を削って作られた穴蔵のような空間を見回す。
――確か、穴から落ちたんだよね…?
でもどこも痛くない。身体中確かめてみたが、怪我はなさそうだ。
見上げると、落ちてきたらしき穴はあるがジオルドたちの姿はおろか、光も見えない。
「ジオルド様! キース! アラン様! ニコル様!」
大声で呼んでみても、返事は返ってこなかった。
声が届かないほどの高さから落ちたのだとしたら、怪我がなかったのはラッキーだった。
――でもどうしよう……
暗い空間には出口や横穴は見当たらない。ここからどうやって出たらいいのか、見当もつかない。
途方に暮れていると、突然パチンと指を鳴らす音で明かりが灯り、声がした。
『お姉さん』
「ぅわぁっ!?」
いつの間にか、美少年が傍に立ち、にっこりと笑いかけていた。思わずつられて笑い返す。
「ええっと……私はカタリナ・クラエス。あなたは、誰?」
『僕は銀眼のアルギュロス』
「銀眼の……」
軽くしゃがみ、目線の高さを合わせて瞳を覗き込む。銀色の瞳が輝いていた。
「……本当。あなたの瞳、とっても綺麗ね! キラキラと銀色に輝いて、まるで満月みたい」
クスッと少年は笑う。
『うん、やっぱり面白い人だね、お姉さん』
“やっぱり”?
「ええっと……アルバトロスくん?」
『アルギュロス』
あまり聞き馴染みのない名前に、憶えられる自信がない。
「ん~……“アルくん”って呼んでもいい?」
少年が驚いた顔になる。
『初めて呼ばれた……なんだか新鮮な響きだ……』
でも悪くない、とアルくんが頷いた。
「でね、アルくん。私たぶん、あの穴から落ちてきたんだけど、ここから出て、みんなの――あ、私と一緒に男の人が四人、この世界に迷い込んだのだけど――みんなのいるところに戻るにはどうしたらいいか、知ってる?」
頭上を指しながら言うと、アルくんは優雅にお辞儀をした。
『もちろん。僕はお姉さんをエスコートする為に来たんだから』
アルくんは床に置かれた扉を持ち上げると、壁に立て掛け、ノブを引いた。
壁のはずの扉の先は、通路になっていた。
「おおー」
――この場面も、映画で観たな~
「ね、私、この世界を前世…じゃなくって物語で知っているのだけど、ここはどういう場所なの?」
『僕は夢魔。人の夢を行き来する事ができる』
――夢魔? 夢魔ってなんだっけ? 悪い夢を食べてくれる、獏みたいなものかな?
「夢? じゃあ、やっぱりここは、私が観た映画の世界なの?」
『 “映画”が何かはよく分からないけれど、お姉さんの潜在意識を覗いて、面白そうなイメージを反映させたんだ。お姉さんたちに楽しんでもらいたくてね』
「どうして?」
『ん?』
「どうして、楽しませてくれるの?」
『そうだね……。僕たちの退屈と空腹を紛らわせてほしいから、かな』
アルくんについて通路を進みながら、ふと気付く。
「ねえ、さっき“僕たち”って言ったよね? アルくんの他にも、ここには誰かいるの?」
『僕の双子の兄弟がいるよ。金眼のクリューソス』
「えー、アルくんと双子なら、その子もすっごい美少年なんだろうなぁ。わあ、会うの楽しみ!」
『そう?』
「あ、そうだ!」
ポケットを探り、さっきキースにもらったお菓子の包みを取り出す。
「ね、これ食べない? すっごく美味しいよ!」
『それは、何?』
「これは、クッキーとキャンディ。アルくんもどうぞ」
『クッキーとキャンディ……』
アルくんはまるで初めて目にしたようにお菓子を眺めている。
「好きなの取っていいよ、アルくん」
『いいの?』
「もちろん!」
『えっと――これ、綺麗だね』
どうやらアルくんは、クッキーよりもキャンディが気になるみたいだ。
「キャンディ? 色ごとに味も違って、美味しいよ。好きなの、どうぞ」
『じゃあ……お言葉に甘えて』
アルくんは綺麗な赤い色の飴玉を細い指でつまみ上げ、口に放り込んだ。
『――――!』
頬が紅潮し、大きく見開いた銀色の瞳がキラキラしている。
「甘くて美味しいでしょ? 赤いのは確か、ベリーの味かな」
『これが、“甘くて、美味しい”……』
確かめるように呟くと、にっこりと笑う。
『うん。“甘くて美味しい”気に入った!』
「じゃあ、他の味も食べてみる?」
『んーん、大丈夫。いい事思い付いたから』
「いい事?」
アルくんが指で輪を作って、その輪越しに私を見る。
「どうしたの?」
『うん…………あ、お姉さん、最近面白い夢を見ているね……うん、これがいいかな』
何を言っているのか分からず、首を傾げていると、急に通路に扉が現れた。
『お姉さん、ここに入ってくれる?』
「この部屋にみんながいるの?」
『いないけど、すぐに駆けつけてくれるよ』
部屋に入ると、扉が勝手に音を立てて閉まる。振り返ると、アルくんの姿が見えない。
「あれ? アルくん!?」
ノブを押しても引いても、びくとも動かない。
「アルくん! アルくん…!」
扉を叩いて呼んでも、返事は返ってこなかった。
一瞬の事なのに、はぐれてしまったらしい。
ないはずの場所に通路があったり、突然扉が現れたりする不思議空間だ。閉じられた扉の向こうは、もう別の空間なのかもしれない。
――どうしよう……
そうは言っても扉が開かないのだから、先へ進む他ない。
深呼吸し、気持ちを切り替えると、扉を背に歩き始めた。
薄暗い空間は、部屋というよりは大きな洞窟という感じで、絶え間なく滴り落ちる水音と、何かが潜み蠢いているような気配がする。
なんだかぬるぬると滑る地面を慎重に進んでいると、突然手首と足首を掴まれ、ふわりと身体が浮かび上がった。
四肢に巻き付いた何かに、吊り下げられる。
「!?」
薄暗い空間に無数の触手が蠢き、両腕と両脚に絡みついている。
――なにこれ!? やだ、これ前に夢で見た…!
夢と同じ事が起きるのだとしたら――。
これから起きる事と同時にさっきのアルくんの言葉を思い出す。
“すぐに駆けつけてくれるよ”
もしそれが本当なら、駆けつけてくれたジオルドたちにその姿を見られてしまう。そんなの絶対にいやだ。なんとか、変な事をされる前に、逃れなくては。
「助けて! 誰か!」
必死に叫んだ声は、闇に吸い込まれた。
逃れようと身をよじっても、白濁した分泌物を纏った赤黒い触手が遠慮なしに身体中を這い回って食い込み、両脚はすでに膝までたくさんの触手に飲み込まれるようになっていて見えなくなっていた。
「いやっ! やめて! お願いっ……」
何をされるかを知っているだけに、怖くてたまらない。
触手がドレスの胸元から入ってきた。
「……やだ……やだ……」
狭い隙間をぬるぬると無理矢理這い回り、全身を隈なく愛撫し始める。ゾクゾクと背筋に走ったのが嫌悪なのか快感なのか、自分でも分からない。
――この後、ドレスを……
分かっているのに抵抗する術はなく、触手がドレスを引き裂くのを受け入れるしかなかった。
前かがみの恰好で、ドレスから解放された乳房が揺れる。
破れたドレスが身体に残ったまま、露わにされた乳房に触手がギュウっと縛るように絡みついてくる。
「ああっ……」
――やだ……怖い!
感触を楽しんでいるかのようにぬるぬると乳房に巻き付き、揉み、扱き、絞り、まるで触手ひとつひとつに意思があるかのようだ。
更にイボがびっしりと並んだ触手が舐めるようにイボを擦りつけ、ぞろぞろとした感触に乳首が敏感に反応して硬くなる。それを理解しているのか、紐のように細い触手が乳輪ごと乳首をちぎり取ろうとでもするかのように強く巻き付く。
やがて細い触手が2本、唇から入り込んで口を大きくこじ開けた。
――確か、何か飲まされる…!
飲まないようにしなきゃと思ったのに、先がつぼみのように膨らんだ触手を喉の奥にまで捻じ込まれて、熱い液体を直接流し込まれる。
「んんっ!」
苦いような甘いような変な匂いが広がった。
――やばい…これ、本当に――やばい!
身体の奥が熱くなって鼓動が早まり、感覚が敏感になって、刺激がより鮮烈に感じるようになる。
気持ちが悪いはずなのに、火照った肌を滑る触手の感触が気持ちよく、もっと密着し、擦ってほしいと思ってしまう。
――怖い! 助けて! 誰か!
触手を気持ちいいと感じ始めている自分が怖くなり、思いっきり息を吸い込み、思い付いた順に親しい人たちの名を呼ぶ。
「助けて、アン! お父様! お母様! キース! ジオルド様! メアリ! アラン様! ソフィア! ニコル様! マリア…!」
声の限りに叫ぶと、まるでそれを待っていたかのように聞き慣れた頼もしい声が響いた。
「――カタリナ! 今、助けます!」
「遅くなってごめんっ、義姉さん!」
「カタリナ、無事か!?」
「すぐ助ける! カタリナ!」
ジオルド、キース、アラン、ニコルが剣を手に駆け寄る。
ジオルドが腕や脚に絡みつく触手を切り落とし、三人が襲いかかってくる触手を薙ぎ払う。
「カタリナ、これを」
ドレスを破かれてしまった私に、ジオルドが外した自分のマントを肩に掛けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「僕もあちらへ加勢してきます。君は岩の陰に隠れていてください」
「はい」
手近な岩に身を寄せ、マントをギュッと身体に巻き付ける。
ジオルドの匂いと温もりのまだ残るマントに包まれ、少しホッとする。
でもまだ助かった訳ではない。それに、触手に飲まされた何かのせいで、身体が火照って仕方がない。
触手はうねうねと蠢き、隙を見てはこちらに触手を伸ばしてくる。
その度に四人の剣が閃き、触手を跳ね除け、切り飛ばす。
「――危ない! キース!」
死角から迫った触手がキースに肉薄すると、アランが横から剣ですくうように軌道をずらして逸らせる。
「ありがとうございます、アラン様!」
「まだ来るぞ! 気を抜くなよ!」
剣を巻き上げようとしてくる触手を切り飛ばし、キースが頷いた。
「ええ! 分かっています!」
四人の勢いに少し引いた触手を追ってアランが踏み込み、切りかかる。
「アラン! あまり前に出過ぎるな!」
ニコルが、アランの頭上から振り下ろされた触手を紙一重で受け流しながら叫んだ。
こんな時ながら、剣を手に触手に立ち向かい、時に仲間に背中を預け合って戦う姿は凄くかっこいいと見惚れてしまう。だけど――。
――攻めきれていない……
一見、攻防は拮抗し善戦しているように見えるが、決定打がない。
このままではいずれ消耗し、こちらが蹂躙されてしまう。
「キリがないですね」
ジオルドはそう言うと、手に力を籠めた。
炎が燃え上がる。
――火の魔法…!
ゴオッと音を立てるほど激しい炎を放ち、触手の大部分が炎に包まれる。
触手の悲鳴だろうか、軋むような音を立てて苦しむようにのたうつ触手を見て、ジオルドが声を上げた。
「魔法も効果があります! みなさんも試してみてください!」
「では、僕が押さえ込みます!」
キースが大きな土人形を作り出し、体当たりさせて触手を押さえつけると、ニコルが風の魔法で地面に散らばる石を巻き上げ、弾丸のように勢いよく放った。
アランが濡れた地面に触れると水が浮き上がり、鋭い刃のように飛ばして触手を切り刻む。
再びジオルドも炎を放ち、触手の本体ごと炎と水、土と風の強力な魔法で総攻撃をかけた。
さしもの触手の怪物も抗う事ができないまま、穿たれ、刻まれ、燃え尽き、動かなくなる。
さすが魔法学園でもトップの成績を誇る実力の持ち主たちだ。鮮やかに触手を倒してしまった。
念の為、キースが土人形で押さえ込んだまま壁に固めて、封じ込める。
触手の怪物がもう動かない事を確認すると、四人はこちらに駆け寄った。
「大丈夫ですか、カタリナ? 怪我はありませんか?」
「義姉さん、すぐに助けに来られなくてごめんね」
「動けるか? カタリナ」
「カタリナ、怖い思いをさせてすまなかった」
――ああ、私の幼馴染みたちは本当に頼もしくて優しくて、かっこいいな……
「助けに来てくれてありがとう、みんな」
「ところで、みんなはどうやってここに?」
羽織ったマントで破かれたドレスの前を隠しながら訊ねると、四人は少し気まずそうにする。
「……?」
「カタリナ――」
言いかけたジオルドの言葉は、パチパチと手を叩く音で遮られた。
『いやあ、凄い凄い! 久しぶりに興奮しちゃったよ』
『強いね、お兄さんたち』
『もっと強く作ってもよかったかな』
『そうしたらもっと血沸き肉躍る剣戟が観られたかもね』
そっくりな二人の美少年が、宙に浮いている。
ひとりはアルくんだ。
『やあ、お姉さん。僕の言った通り、ちゃんとお兄さんたちがすぐに駆けつけてくれたでしょ?』
「アルくんが呼んできてくれたの?」
『呼んだというより、試練を与えたという方が正しいかな』
「それって、どういう……」
アルくんにそっくりだけど瞳の色が違う少年が、お辞儀をした。
『はじめましてだね、お姉さん。僕は金眼のクリューソス』
「カタリナ・クラエスよ。よろしくね、クリューソス、くん? ん~…“リューくん”って呼んでいい?」
二人がクスクスと笑う。
『本当に面白いね、お姉さん。アルギュロスに聞いた通り』
アルくんひとりでもすっごい美少年なのに、二人並んだ破壊力たるや、前世の世界なら即アイドルかモデルにでもなれそうな美貌だ。まだ十歳くらいに見えるのに、綺麗な顔は幼さよりも色気に溢れ、見ているとなんだかイケナイ妄想をしてしまいそうになる。
『――ねえ、お姉さん。さっきの“甘くて美味しい”、クリューソスにももらえる?』
「キャンディの事? もちろん!」
ポケットからお菓子の包みを取り出して広げると、空に差し出す。
「どうぞ」
スイッと下りてきたリューくんが黄色いキャンディを取り、光に透かすように眺めた。
『綺麗……』
ゆっくりと口に含むと、頬が紅潮する。反応がアルくんと一緒で、双子なんだなと、つい微笑んでしまう。
アルくんがリューくんの腕に手を置いた。
『ね? 綺麗で、甘くて、美味しい』
『うん。いいね』
『こうすればよかったんだ』
『今度からそうしよう』
なんの話だろう?
『――それで』
アルくんとリューくんがジオルドたちに向き直る。
『どうだったの? お兄さんたち?』
キースが胸を反らした。
「僕が一番でしたよね」
「待ってください、キース。君が呼ばれたのは四番目でしたよ」
「この中では一番だったじゃないですか」
「いいえ、一番はアンでしたよ」
「アンだったな」
「確かに、アンだった」
「アラン様とニコル様まで!?」
「アン、父君、母君ときて、家族だから君が順当に呼ばれただけでしょう」
「ま、アンなら仕方がないんじゃないか」
「カタリナの姉のようなものだからな」
アランとニコルの言葉に、ジオルドがにっこりと笑う。
「だから今のは無効です」
「そんな…!」
みんなが何の話をしているのか全然分からずポカンとしていると、アルくんとリューくんが呆れたように眉をひそめた。
『結局決まらなかったの?』
『仕方がないね。別の状況を考えてみる?』
『そうだな……じゃあ、こんなのはどう?』
リューくんがパチンと指を慣らす。
「……え?」
再び足元に穴が開き、私はまた暗闇に落ちていった――…。
――ここは……?
辺りは暗く、先を見通す事もできない。纏わりつくような闇が重苦しい。
自分がどこにいるのか検討もつかないまま見回してみたが、何も見えなかった。
ドレスは破れたままで、ジオルドのマントが傍に落ちていた。
――よかった、なくならなくて
マントを拾い肩に羽織ると、とりあえず歩き出してみる。火照った身体はなんだかふわふわとして、周りが暗い事もあり足元がおぼつかない。
――ああ、もう! ドレスが邪魔!
破れたドレスが落ちてきて、マントの下で引き上げるのが面倒になり、いっそ思い切って脱いでしまう。
とにかく歩きづらいし、どうせもう着られない。ジオルドのマントがあれば見えないはずだし、下着に直接マントなのが変質者みたいでちょっと気になるけれど、この際仕方がない。
――ここはどこだろう?
さっきの触手のいた洞窟よりも地下だろうか?
でも、ここは物理的な法則が通用しない空間のようだし、穴に落ちたから地下深くという訳ではない気がする。
そろそろと歩みを進めると、ふと何かに躓く。
――何……?
目をすがめて足元を確認し、思わず息を飲む。ジオルドが倒れていた。
意識がない様子に、慌てて膝をついて助け起こす。
「ジオルド様!? 大丈夫ですか!?」
声を掛けながら、暗闇に目が慣れたのか地面に無数の人影が倒れている事に気が付く。
「みんな!?」
近くにキースとアラン、ニコルも倒れ、傍には剣が落ちている。
――なんで!? 触手の怪物はさっき倒したのに!
嫌な予感に血の気が引く。
「キース! 返事をして! アラン様! しっかりしてください! ニコル様! 目を開けてください!」
声を掛けても、みんな全く動かない。呼吸をしているのかさえ怪しい。
――こんな――こんな事、あるはずがない。
ゲームの中で命の危険があるのはただひとり、カタリナだけのはず。
魔法学園の中でも取り分け魔力が強い四人が、こんな風に倒れているなんて事、ある訳がない。
ただ起きてほしい一心で、必死に叫んだ。
「お願い! みんな、目を開けて!」
――どうして……なんで、こんな事に――…
と、みんながパチリと目を開いた。
「……え?」
暗かった空間はいつの間にか明るくなり、嬉しそうに微笑むジオルドの横でキースがむくれている。
「ありがとう、カタリナ。僕のところに一番に駆けつけてくれましたね」
「それはたまたまジオルド様が、義姉さんの一番近くに倒れていただけでは?」
「そうだな。それにお前、駆け寄られたというより蹴躓かれてただろ」
「キースとアランの言う通りだ」
「落とされた時、誰がどこに落ちるかなんて誰にも分かりません。運も実力のうちと言ってもいいでしょう」
「でしたら、次は――」
「それなら、ピアノの演奏で勝負を――」
「ならば俺は――」
『ねーえ? まだ決まらないの? お姉さんの一番』
『僕、もう飽きちゃった』
「アルくん、リューくん! さっきから、何を言っているの?」
『えっとねー、クリューソスがお兄さんたちに、この四人のうち誰がお姉さんにとって一番大切な人なのか聞いたんだ』
『そしたら、みんなして“自分だ”って言い張るんだ』
『ちょっと自意識過剰?』
「あなた方が言ったのではありませんか! カタリナの一番大切な人を教えたら、ここから出る方法を教えると!」
『まあ、そうなんだけど』
『とにかく埒が明かないんで、お姉さんの気持ちを確認する為に、ちょっと怖い目に遭わせちゃった。ごめんね』
『危険に晒された時に誰を一番に呼ぶかとか、倒れているお兄さんたちの中から誰を一番に助けようとするかとか』
『結局、決着つかなかったけどね』
『あ、でもお姉さんに直接聞けばいいんじゃない?』
リューくんが言った途端、グリンと凄い勢いでみんなが振り返り、視線が刺さる。なんかみんな、ちょっと目が怖い。
『ね、お姉さん。この四人の中で、誰が一番好き? 一番大切で、全てを捧げてもいいと思えるのは、誰?』
「え…ええっと、そんな…選べないよ……みんな大切だもん」
『え? みんな?』
「一番とかなく、みんな大切」
『四人全員?』
「もちろん! みんな大切な“幼馴染み”で“家族”だから」
『『お姉さん……』』
アルくんとリューくんは可哀想な人を見る目でジオルドたちを見る。
なぜか四人は苦笑いしながらガックリと肩を落としていた。
『無自覚って怖いね……』
『残酷でもあるね……』
――ええ? 何か私、変な事言った?
困惑する私を尻目に、リューくんがアルくんに言う。
『……でもさ、もしかしてその方が僕たちにとっては都合がよくない?』
『“五人で”って事…?』
『うん……たくさん集めて保存できれば……』
『最高だね』
「先程から、一体あなた方は何を言っているのですか!」
「義姉さんの一番大切な人が誰なのかが、どうしてここから出る為に必要なんだ!?」
「戯言にはもううんざりだ! いい加減、俺たちを元の世界に戻せ!」
「何か、俺たちにして欲しい事があるんじゃないのか?」
頷き合ったアルくんたちは優雅にお辞儀をする。
『そうだね、そろそろ本題に入ろう。僕たちにとっても大切な事だし』
『改めて、ここから出る方法を教えてあげる』
リューくんが手を振ると、空中から大きな瓶が現れた。
瓶の蓋部分は凝った細工が施されていて、なんとなく細工の雰囲気がつい最近どこかで見たような気がした。
『――お姉さんのオーガズムでこの入れ物をいっぱいにしてくれたら、出してあげるよ』
みんな大好き、エッシャーです。(`・ω・´)وヨッシャー!
オタクはみんなエッシャーとウユニ塩湖が好きと信じてます。
カタリナのポケットから出てきた鍵をジオルドが”生徒会室の鍵だ”と思ったのは、そう思い込ませる魔術がかけられていたからです。
そして鍵の意匠は天使ではなくコウモリの羽をつけた夢魔です。 (☆w☆)Ψ
設定の”8番目の七不思議”ですが、設定が活かしきれていない… (;´Д`) ハウッ
機能していない代わり、邪魔もしないのでとりあえずこのままで。
ちなみに、カタリナが一生懸命思い出そうとしていた映画の元ネタは、ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス』です。
故デヴィッド・ボウイ演じる魔王様がかっこよかったなあ…(*´ω`*)
ジム・ヘンソンだと他に『ストーリーテラー』も大好きでした~。
逆ハーレム編の大枠を決めた時、もう一度観たいと思ってDVDを購入し直したのですが、昔観たのと訳が微妙に違っていて、ウーン?ってなりました。
ナンカチガウ(。-`ω-)コレジャナイ