乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
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今日は朝から急に強く冷え込み、暖炉では暖かな火が爆ぜている。冬がもう目の前にまで近づいていた。
放課後の生徒会室には、珍しく私と会長しかいない。
みんな何か用事があるらしく、まだ来ていなかったり席を外していたりで、いつもの賑やかさが嘘のように静かな部屋には会長が羽ペンを走らせる音だけが響いていた。
会長の淹れてくれたお茶をゆっくりと味わいながら、ここへ来る前にキースにもらったクッキーをつまんでいると、部屋の暖かさと穏やかな空気についぼんやりとしてしまう。
ここ最近は幼馴染みたちとのエッチな夢を見る事も、変に意識してしまう事もなくなった。
マリアと一緒に描いてもらう予定だった絵は、会長がお家の用事で時間が取れなくなってしまったという事で、一時保留になっている。凄く残念だけど、普段から忙しい会長に無理はして欲しくない。マリアとは、“その分楽しみが延びたね”と笑い合ったりした。
穏やかで、いつも通りの毎日。だけど――
――何か、大切な事を忘れてしまっている気がする……
胸の奥に鈍く痛みを伴う、絶対に忘れてはいけない、何か。
思い出さなければいけないはずなのに、思い出してはいけないような気がする、何か。
嬉しい気持ちと切ない気持ちを綯い交ぜにしたような、身体の奥からよじれるような焦燥感に駆られて叫び出したくなったり、かと思うと急に魂が抜けたように力が入らなくなったりする。
――何か――何かとても、大切な事だったはずなのに――…
不意に、窓辺から小鳥の鳴き声が聞こえた。
期待するようにガラス越しにこちらを見ている小鳥に、椅子から立ち上がって話しかける。
「また来たの?」
少し前に試しにあげてみたお菓子が気に入ったらしく、それ以来度々来ては窓辺で催促するようになっていた。あまり学園で餌付けするのはよくないかもしれないけれど、冬毛なのかふくふくと丸い愛らしい姿につぶらな瞳で見つめられると、つい何かしてあげたくなってしまう。
「ちょっと待っててね」
小皿の上でクッキーを小さく割り、小鳥を驚かせないようそっと開けた窓の縁に置く。
小鳥はすぐにクッキーの欠片をついばみ始めた。
気分転換か、癒しを求めてか、会長が席を立ってこちらに来た。
二人並んで小鳥を眺める。
「可愛いですねー」
自然と顔がにやけてしまっていた私に顔を寄せた会長が、小さな声で囁く。
「うん。いつの間にか随分慣れたね」
「生徒会室でする事ではないかもしれないですけど……」
「構わないと思うよ? 普段みんな生徒会の仕事で忙殺されているのだから、少しくらい癒しがあった方が気持ちも切り替わっていいんじゃないかな」
「やっぱり会長は優しいですね」
心から思った事を口にしただけだったが、なぜか会長の笑顔にほんの少し影が差した。
「――僕は……別に優しくなんて……」
「会長…?」
どうかしましたか、と言いかけた途端、ひゅうっと冷たい風が吹き込んで思わず首をすくめる。
「――ひゃっ」
「今日は風が冷たいね。そろそろ本格的に冬になるかな」
「すみません、会長。寒いですよね。窓、もう閉めますから」
「気にしないで。実を言うと僕も、この鳥が遊びに来るのを結構楽しみにしているし」
そんなやり取りをしているうちに満足したらしい小鳥は歌うような鳴き声を上げてから、微かな羽音を立てて飛び去った。
空に溶けていく姿を見送り、窓を閉めようとしたその瞬間、風向きが変わったのか突然強い風が部屋に吹き込んだ。
「ぅわあっ!?」
積まれていた書類の山を嘲笑うように、風が巻き上げ、散らしていく。
「大変! 拾わないと!」
慌てて窓を閉め、目の前をひらりひらりと舞う書類を追いかけるうち、周りが目に入っていなかった私は会長にぶつかってしまった。
「きゃっ!?」
「カタリナさん!?」
ぶつかった勢いでもつれ合い、そのまま二人で床に倒れ込む。
――あれ? 痛く……ない?
床に倒れた衝撃は感じたのに、痛くもないし、なんだか温かい。
「痛たた……大丈夫? カタリナさん?」
そろりと目を開けると、床ではなく会長の身体の上に倒れていた。
「会長!?」
咄嗟に私ごと身体を捻って反転し、下になってくれたらしい。慌てて起き上がる。
「ありがとうございます、大丈夫です! 会長こそ、頭打ったりしていませんか!?」
「僕は大丈夫。カタリナさんに怪我がなくてよかった」
「はい。会長のおかげでどこも痛くありません」
言いながら立ち上がって、会長に片手を差し出す。
一瞬、会長は手を取る事を迷うような素振りを見せたが、思い直したように手を握った。
「よっ……と」
反動をつけて会長が立ち上がる。――と、思った以上に反動が大きくて支えきれず、起き上がるのに手を貸すどころか、また会長の上に倒れ込んでしまった。
「わっ!?」
再び抱き留められ、会長の腕の中で、その温もりに既視感を感じる。
――あれ? 前にこんな風に会長に抱き締められた事があったような……
記憶にはない。
けれど会長の優しい匂い、胸の温かさを身体が覚えていた。
――…なんて、ね。そんな事ある訳ないか
「すみません、会長。何度も下敷きにしてしまって――…会長?」
会長がぼんやりと私を見ている。
なんだか心ここにあらずといった感じで、私を見ているというよりも私を通してどこか遠くを見ているような目だ。
「あの……会長? 大丈夫ですか?」
「うん…………」
変なところを打っちゃったのかな?
心配していると、バタンと大きな音を立てて再び窓が開いた。強い風が吹き込み、書類を撒き散らす。
さっき慌てて閉じたので、ちゃんと閉まっていなかったらしい。
「ああ!? 大変!!」
窓を振り返ると書類が1枚、外へ吹き飛ばされるのが見えた。
急いで、今度はしっかりと窓を閉める。
「会長! 私ちょっと、風にさらわれた書類を拾ってきますね」
「え? ――ああ、うん……いってらっしゃい」
夢から覚めたばかりのような表情の会長が気になったが、窓から落ちた書類を放っておく訳にもいかない。
――あんまり遠くに飛ばされていないといいのだけれど……
紛失してしまったり、汚れたりしたら困る。できる限り急ぎ足で外へと向かった。
――そう、だ……僕は――彼女を――…
倒れ込んだ彼女をこの胸に抱き締めた瞬間に感じた温かさ。首筋の甘い香り。背中に回した手の感触。
初めに倒れた時に何かを思い出しそうになり、わざと彼女を強く引いて確かめた。
「………思い…出した……」
彼女を――カタリナ・クラエスを、復讐を忘れてしまおうとさえ思えるほどに、愛した事を。
その身体に、温もりに、優しさに、溺れた事を。
誰にも呼ばれる事のないはずだった本当の名前を呼んでくれた、優しい響きを。
大切な想いを抱き締めるように胸に拳を押し当てると、もうひとりの自分が吐き捨てるようになじった。
“――愚か者が!”
「なぜこんな大切な事を忘れさせていたんだ!?」
“全て、復讐の為――お前の為だ”
「僕は彼女を愛した事を忘れたくない!」
“どうやら、もっと強い暗示が必要なようだな………あの女が復讐を遂げる為の障害でしかないと”
「嫌だ! 彼女を愛している! これからは彼女を守る為に生きていきたい!」
“お前の生きる目的は復讐だけだ! 他は必要ない!!”
深い闇が湧き上がり、全身を覆って責めさいなむ。
「うあああぁぁぁぁぁっ!」
身体中を襲う激痛に、思考力を奪われる。
「――嫌だ! もう二度と彼女への気持ちを忘れたくない!」
“母さんの復讐を果たさないまま、自分だけのうのうと生きていくつもりか!”
「僕は彼女を愛している!」
“そんなのはまやかしだ! あの女は復讐を妨げる邪魔者でしかない!”
「そんな事はない! 僕は彼女の優しさに救われた!」
“優しさなどではない! 憐みで、寂しい人間に声を掛けているだけだ!”
「僕の本当の名を聞いても、何も言わずに抱き締めてくれた!」
“自分に陶酔して自己満足と優越感に浸っているだけだ!”
「違う! 彼女はまるで――聖女のように優しく温かく僕を包んでくれて――…」
“ただの偽善者だ!”
「違うっ――違う…!」
“お前が心の底であの女に感じているのは苛立ちと嫌悪だ!”
「違う……僕は心から彼女を………」
もうひとりの自分がニタリと笑う気配がした。
“愛しているだと? ――ならばお前はその愛する者を陥れ、汚し、傷つけた訳だ”
「っ――!」
“あの女がそれを知ったら、お前をどう思うだろうな?”
「それ、は…………」
“軽蔑し、嫌悪し、一時でもお前を愛した事を後悔するだろう………目的の為に利用された悲しみと汚された憎しみから、絶望し、誰も信じる事ができなくなるかもしれないな?”
「……………」
“それも全て、お前のせいだ。そんなお前に人を愛する資格があると思うか? 復讐以外の道があると思うか? 身分も名前も本性も、何もかもが偽りのお前を本当に愛する事ができる者など、いると思うか?”
――そうだ……その通りだ………
突き付けられた事実に、改めて自分の罪の重さを自覚する。急激に心が冷たく虚ろになっていった。
「――例え僕自身が愛されなくてもいい……。憎まれ蔑まれても、共に生きる事ができないとしても、一生を懸けて僕は彼女を陰から守り支えていく……」
決意とは裏腹に、口から出た言葉は弱々しかった。
“自分が犯した罪がいつばれるかを怖れながら、罪悪感を抱えたままあの女の前に立つ事ができるのか? 例えあの女が知る事はなくとも、お前自身はお前の罪を知っているんだぞ”
指先が震え、手を握り締めたが震えは治まらなかった。
“それとも、あの女が他の男に愛され幸せに暮らすのを、ただ黙って陰から見守っていくのか? ……どちらにしても地獄だな”
「そんな事はない! そんな……事は………」
否定というより自分に言い聞かせながら、服の胸元を握る。
自分の罪の重大さに身体の底から震えが止まらない。
もうひとりの自分が急に猫撫で声を出す。
“――ならばその罪を全て、“なかった事”にしてやろう”
「………なかった……事に……?」
“今回の目論みに巻き込んだ全ての人間から、あの女と関係を持った一切の記憶を心の奥底に沈めてやる……思い出さないよう既に暗示をかけているところに更に強く、な。――無論、お前自身も含めてだ”
「……なかった事に――…」
“罪自体がなくなれば苦しむ事も怯える必要もない。そうだろう?”
――本当に?
彼女の笑顔と好意に、引け目を感じる事なく応える事ができる?
罪悪感なくこの先もずっと共にいられる?
――いや、罪はなくならない
一度犯してしまった罪は、一生背負う事でしか贖罪にはならない。
それでも、その提案に一瞬でも魅力を感じてしまった時点で負けだった。
“お前が母さんの復讐を遂げる事を誓うなら、お前の罪を消してやる”
弱さに、つけ込まれる。
“母さんの今際の言葉――最期の望みを叶える為に今まで全てを懸けてきたのだ。お前はこれまでの8年間を、母さんの死を、無駄にできるのか?”
「だけど……それじゃ………」
“なあに、何もかもこれまで通りに戻るだけだ。お前も分かっているだろう? 復讐の為に、母さんの為に――”
「嫌だ……無理だ……僕にはできない………」
“――あの女との事は全て、忘れろ”
「頼む……やめてくれ………彼女は……彼女だけは――……」
痛みに、絶望に、ただ床に膝を突いて耐える。
“約束してやろう……お前の罪はなかった事にしてやる”
ほんの僅かな温もりと光さえも闇に飲み込まれ、復讐の二文字だけを残して心は冷たく固まっていった――…。
「…………ッ……」
床からふらりと立ち上がり、テーブルで身体を支える。ひどい頭痛と吐き気がした。
――なんだ? 僕は何をしていたんだ?
何か大切な事を忘れている気がしたが、それは明滅する光のように掴む事ができず、指をすり抜けていった。
不意に、ノックの音がした。咄嗟にいつもの表情をつくる。
「――どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ってきたマリア・キャンベルは、ハッと顔を強張らせると僕を鋭く見つめた。
「会長!」
いやに怖い顔をして、こちらを睨んでいる。
――なんだ? 何か怪しまれるような事をしたか?
「マリアさん? どうしたの?」
「――会長の周りを取り巻いている、その黒い霧のようなものは何ですか!?」
――――再び、本編へ――――
カタリナがマリアを引き留めた事から突入してしまったR-18ルートは、エピローグを以て本編に戻りました。
この後マリアが失踪して見つかるまでの5~6日の間に闇の魔力の人が暗躍し、色々と辻褄の合わない不都合な記憶を全部消して回ってくれるはずです。
色々と回収し切れていませんが、ひとまずこのシリーズは完結となります。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました!
(,,>᎑<,,)