※この作品はR-18です。

乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》   作:帆速やこぬ

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extra story 元生徒会長とのお忍びデートで朝帰りしてしまった… 《ラファエル編》

「ラファエルー!」

大きく手を振りながら駆け寄ると、広場の入り口に立つ青年が控えめに手を上げた。

よく晴れた青空の下、真っ赤な髪がとてもよく映えて目立つので、遠くからでもすぐに分かる。

柔らかさを感じさせる整った顔立ちと、立っているだけでも溢れ出る知性と気品が目を引き、同じように人待ち顔のご婦人たちがそわそわと遠巻きに視線を送っていた。

――さすがはラファエル。モテモテだなあ

「お待たせしてすみません」

「全然待たされていないよ。むしろ待ち合わせの時間には少し早いくらい。そのワンピース、可愛いね。溌溂としたカタリナさんによく似合ってる」

今日は胸元にリボンを結んだシンプルなワンピースに丈の短い上着を羽織って、街のお店の看板娘が目一杯おめかしして恋人と遊びに来た感じをイメージしてみた。

ラファエルもシャツのボタンは上まで留めずに襟元を緩め、ツイードのジャケットの袖を軽くたくし上げたラフな格好で、モデルさんみたいにお洒落で素敵だ。

 

彼の手が優しく髪に触れ、乱れた髪を直す。

「僕の為に走ってきてくれてありがとう。とても嬉しいよ」

本当に嬉しそうに微笑むラファエルにつられて、こちらまで笑顔になってしまう。

「久しぶりのデートだから楽しみで待ちきれなくて」

「うん、僕も楽しみで少し早めに着いてしまったよ……息が治まるまでベンチで一休みしようか?」

まだ息を弾ませている私を気遣うラファエルに、慌てて両手を振る。

「いいえ、私なら大丈夫です! あ、でもその前に、ちょっとお願いが」

昨日の晩、ラファエルと恋人としてもっと仲良くなるにはどうしたらいいだろうかと考えて思いついた事を提案してみる。

「ん?」

「今日は、私の事は“カタリナ”って呼んでください。さん付け禁止!」

「ええ!?」

お付き合いする前は様付けだった呼び方も、今ではさん付け呼びが定着し、そろそろ名前だけでもいいんじゃないかと思ったのだ。さすがに公の場所では難しいだろうけど、二人きりの時くらいは呼んでほしい。

「“今日のお忍びデートは、思う存分楽しむ為に貴族とばれないようにしよう”って言ったの、ラファエルですよ? だから今日は私たち、どこにでもいる普通の恋人です」

ラファエルがもっと砕けて話してくれるようになったら、二人の仲もより親密になるかなあと思ったのだ。

「う、うん……分かった。えっと――カタリナ」

言ってから「ちょっと照れるね」とはにかむように笑うラファエルにきゅんとしてしまう。

「じゃあ、入ろうか」

「はい!」

 

 

今日はラファエルに誘われ、郊外で開催されている移動遊園地でデートだ。

入場門代わりのアーチをくぐると賑やかな音楽が流れるそこは、もう夢の世界だった。

「凄い、凄い、凄い…!」

かなり規模の大きなその遊園地は秋の2カ月間だけの期間限定で、見回しただけでもメリーゴーランドに観覧車などの遊具に乗り物、お化け屋敷や迷路、色々なゲームの屋台の他に、軽食を売る出店も出ていた。学園祭で出ていた出店と違い、ここではもっと庶民的で、歩きながら気軽に食べられるものが売られている。

――やっぱりお好み焼きとたこ焼きはないか~

凄く残念だけど、ないものは仕方がない。

まだ開園したばかりの早い時間なのに、すでに園内はごった返していた。

「すっごい人!」

「はぐれないようにしないとね」

そう言うと、ラファエルはさりげなく手を取り、指を絡めて微笑む。

温かい手が心まで温めてくれるようで、どんなに冷たい風が吹いてもへっちゃらだと感じて、我ながら単純だとこっそり苦笑する。

「カタリナさん…あ、カタリナは何が見たい? 午後には特設舞台で劇やコンサートなんかもあるみたい。それに夜はライトアップもされるらしいよ」

「全部見たいし、乗りたいし、食べたいです!」

ラファエルがふふっと笑う。

「そうだね。今日は目一杯楽しもう」

 

 

想像より数倍スリリングなメリーゴーランドを絶叫系アトラクションのテンションで楽しんでから出店のフライドポテトをつまみ、ワッフルを食べながらそんなに大きくない観覧車の一番高いところを通過する時の景色に感動し、お化け屋敷できゃあきゃあ言いながら脅かし役の人から逃げ回った後に昼食がてらホットドッグを頬張り、的当てゲームでお互いに獲得した小さな革細工を交換し合ってから、飴細工をかじる。

「すっごく楽しい!」

「うん、君と一緒だと僕も楽しいよ……ん?」

ラファエルが小さなアーチを指差した。

「カタリナ、次はあそこに入ってみない?」

「迷路……?」

迷路の入り口傍の立て看板に近づく。

「あ! カップル限定チャレンジ『入口側と出口側からそれぞれ入場して中で出会えたらゴール』ですって! 面白そう!」

「じゃあ、それに挑戦してみる?」

「負けませんよ!」

力こぶをつくる真似をしてみせると、ラファエルは笑顔のまま首を捻った。

「んー…たぶんそういうチャレンジじゃないと思うけれど」

 

 

――ようし、絶対私の方が先に、ラファエルを見つけるぞ!

私は入口から出発し、同じタイミングでラファエルも出口側から出発しているはずだ。

結構広そうな迷路だけど、中をできるだけ複雑にする為か通路の幅はぎりぎり人がすれ違えるくらいだった。地面に打ち込まれた背丈くらいの杭に簡単に板を打ち付けられているだけの仕切りは、隣の通路がよく見えて圧迫感はないものの、子供なら簡単に隙間から通り抜けてしまえる簡素なものだ。

傍に組まれた展望台から、見物人が右だ左だと野次を飛ばしてきたり、カップルチャレンジに挑戦し出会えた恋人たちに拍手や指笛が起きていた。

――あっれぇ? また行き止まりだ

張り切って進み始めたのはよかったが、行く先々で通路は行き止まり、なかなか進めない。

仕切り越しに見える展望台の位置から、ほとんど進めていないのが分かる。

ラファエルは今頃、どのくらい進んだだろうと考えながら、迷路の必勝法を思い出してみる。

ええっと確か――『片手を壁に付いて進めばいつかは必ず出られる』だっけ?

いやいや、それは迷ってどうしようもなくなった時に試す方法な気がする。

――そういえば漫画やアニメでは、壁をものともせずに出口まで一直線に魔法とか力で破壊して進む! みたいな解決法があるよなあ……

ま、私の魔力じゃ無理だけど。それに壊したら怒られちゃうし。

だからまあ、こうして勘で進むのが一番正しい楽しみ方なのだろう。そう開き直って選んだ分かれ道で、更に二つの行き止まりにぶち当たる。

あまりにウロウロしているのが目についてしまったのか、展望台から野次が飛び始めた。

 

「茶色い髪のお嬢さん! そこ右だよ!」

「うそうそ! こいつの言う事なんて聞いてたら一生そっから出らんないよ! 左だ!」

「馬鹿言え! そこは直進だろ!」

 

からかわれているのか応援されているのかよく分からないけれど、とりあえず笑顔で手を振ってみせると、脇をすり抜けるように12歳くらいの男の子とすれ違った。咄嗟に身をかわしたが狭い通路なので軽くぶつかり、その拍子に肩から掛けていたバッグが落ちて、中身が散らばる。

「あ! お姉さん、ごめんなさい!」

慌てた男の子が地面に落ちた中身を拾い集め、私の手に押し付けた。

「ありがとう、拾ってくれて。もう大丈夫よ」

男の子は頷いて、通路を足早に歩いていく。

えっと、ハンカチにキャンディに――あれ? 財布がない?

目を上げると男の子の手に財布が握られているのが見えた。

――もしかしてスリ!?

「ちょっと、あなた!」

声を掛けると、男の子は急に駆け出す。咄嗟に、唯一使える魔法を叫んでいた。

「出でよ、土ぼこ!」

角で曲がる寸前で急に足元が隆起した事で男の子は躓き、もんどり打つ。

――あれ!? やり過ぎた!?

急いで走り寄ろうとすると、男の子は焦って土も払わずに駆け出した。

「待って! 膝、血が出てる!」

すばしっこい子で、あっという間に次の曲がり角まで離されてしまい、もう諦めようかと思った瞬間、向こうの角からラファエルがひょいと出てきた。

「ラファエル! その子、捕まえて!」

大声で叫ぶと、こちらに気付いたラファエルがくるりと身を捻り、あっという間に男の子を地面に捻じ伏せる。

「ああっ待って! 違うの違うの! 私がその子に怪我をさせちゃったから!」

「えっ、あっ、そうなの!?」

ラファエルが謝りながら男の子を立たせ、土埃を払ってやる。

「乱暴にしてごめんね」

展望台の上から騒ぎを見ていた係員が慌ててやってくると、私たちを引っ張り迷路の外へと移動させた。

「お客さん、騒ぎを起こされると困るんですよ」

「あー、ごめんなさい! すぐどきますから!」

愛想笑いしながらそそくさとその場を後にし、男の子の手を引いて少し離れたベンチに座らせる。

 

「ごめんね、膝、痛いよね」

派手に擦りむいた膝は血が滲み、ヒリヒリと痛そうだった。

近くの出店で分けてもらった綺麗な水で傷口を洗い、ハンカチで傷をしっかりと縛る。

「大丈夫? 歩けそう?」

「……どうして係の人に俺を突き出さなかったのさ?」

顔を上げキッと睨みつけるその目は、反発と戸惑いで揺れていた。

「どうしてって……私が転ばせて怪我をさせてしまったのだし……」

「それは姉ちゃんの財布を盗った俺を止めようとしたからだろ!」

事情を知らないラファエルが問いかける視線を向けたので、頷く。

「なんで、俺なんかにこんな――優しくするんだよ!」

吐き捨てるように続けた。

「お貴族様の気まぐれかよ! 憐みで親切にされて喜ぶとでも――」

「今、なんて!?」

聞き捨てならない言葉に、男の子の肩をガシッと掴んで迫る。

「なんで貴族だって分かったの!?」

「え………」

男の子がポカンと口を開けた。

「完璧な変装だと思ってたのに! どこからどう見ても、下町で暮らす平凡なお嬢さんだったでしょ!?」

「え? いや、だって……どっからどう見ても姉ちゃんたち貴族だろ。隠しきれてないよ、全然」

――全然!?

「そうだったのぉ!?」

くるっとラファエルを振り返ると、「あー…いや、そんな事は……」と視線を逸らされてしまう。

「嘘ぉ~…」

自分では完璧だと信じていたし、今までだって誰かにそんな素振りを見せられた事はないはずなのにとショックを受けていると、毒気を抜かれたように男の子が吹き出した。

「あはははははっ」

ひとしきり笑って、ふっと気が抜けたように空を見上げてから、懐に手を突っ込むと何かを取り出す。

「ごめん。返す」

差し出されたのは私の財布だった。

「怒りが収まらないってんなら、役人に突き出してくれても構わな――」

男の子の決意の言葉を、突然盛大に鳴り響いた“ぐうううぅぅぅぅぅ”というお腹の虫が邪魔をし、台無しにしてしまう。

「ごっ、ごめんなさい! 迷路でたくさん歩いたから、お腹が空いてしまって……!」

お腹を押さえながら、照れ隠しに笑い流す。

「財布の事は気にしていないから大丈夫よ。それよりあなた、お腹空いてない? そこの出店で美味しそうなミートパイが売っていたから奢ってあげる」

「それなら僕が買ってくるよ。二人はここで待っていて」

サッと立ち上がったラファエルが、止める間もなく行ってしまった。

「……行っちゃったね」

男の子と顔を合わせ、やれやれという感じで笑う。

「私はカタリナ、今のお兄さんがラファエルよ。あなたは?」

「俺は……シリウス」

――シリウス…!?

思いがけないその名前に、巡り合わせを感じてしまう。

「い、いい名前ね」

「そう? ありがと。孤児院の院長が付けてくれた名前だけど」

「そうなの。……ね、聞いてもいい? なんであんな事したの?」

「直球だなあ」

呆れた表情浮かべながらも、その男の子――シリウスは話してくれた。

「うちは貧乏な孤児院だけどさ、みんなも院長先生も優しいし、大切な家族だと俺は思ってる。だから少しでも助けになりたかったんだ」

シリウスの健気さに心を打たれながらも、言わなければいけない。たぶん、本人も分かっているだろうけれど。

「でも、人から盗むのはだめだよ」

「ん、分かってる。だからせめて、いけ好かない感じの金持ちっぽい奴から失敬しようと思って」

いや、それもだめなんだけど……。

「そういえば、私のどこらへんが貴族っぽかったの?」

シリウスは大人っぽく腕組みをした。

「うんと、まず赤髪の兄ちゃんがどう見ても――タチイフルマイ? とかそういうのが品があるっていうか、コイツ貴族のお忍びだなって思って」

ふんふん。

「で、目をつけて見張ってたら姉ちゃんが来て」

ほうほう。

「ホント言うと、姉ちゃんが貴族かはちょっと自信なかったんだけど」

ん?

「でも貴族の兄ちゃんと恋人なら、たぶん姉ちゃんも貴族かなって。それで姉ちゃんの方が脇が甘そうっていうか、カモにしやすそうだったから――」

――どう見ても貴族なのは、ラファエルだけ!?

それはそれでちょっとショックだ。

まあラファエルは今でこそ貴族ではないけれど、長い間貴族として過ごし身に付いた教養や気品からそう間違われてもおかしくない。

「――っていうのは冗談だけどね」

んん?

「……私、遊ばれてる!?」

「ごめんごめん。姉ちゃんはからかいがいがあるなあ。でもホント、“なんとなく”なんだよ。歩き方とか仕草とか目つきとか喋り方とか。本当に、なんとなくピンとくるんだ」

「へえ~」

感心して頷く。

「つまりシリウスは、洞察力が鋭いのね! それに手先も器用なのでしょう? だって財布を盗られた時、そんな怪しい素振り全然なかったもの」

「褒められていいのかなあ……まあ、姉ちゃんが心から褒めてくれてるって事は分かったよ」

たぶん、シリウスはとても賢くて優しい子。だけど真っ直ぐに生きる事を環境が許してくれなかったんだろう。

「……話が弾んでいるみたいだね」

いつの間にか大きな紙袋を抱えて戻ってきていたラファエルが笑いながら隣に座る。

「ラファエル! おかえりなさい。買ってきてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。はい、君もどうぞ」

ラファエルはシリウスにミートパイをひとつ渡し、自分の分をひとつ取ると、紙袋ごと私に残りを手渡した。その配分にシリウスが目を白黒させている。

「あ、ラファエル。この子の名前、その――シリウスっていうんだって」

ピクリと反応したラファエルを見て、不審そうにシリウスが声を上げる。

「なんだよ、俺の名前に何かあんのかよ。さっき姉ちゃんも、名前聞いた時ちょっと変な間があったよな」

ラファエルは平静を装い、笑って促す。

「……別に何もないよ。さ、冷めないうちに食べよう」

「そうそう、食べよ! わあ、美味しそう! いただきまーす!」

一口かじると、その美味しさに憂いも吹き飛んでしまう。

――美味しーい!

玉ねぎときのこがたっぷりと入ったひき肉は香辛料が利いていて、パイの歯触りもさっくりと柔らかい。これは、止まらない!

シリウスも目を輝かせてかぶりついている。

「もうひとつ、食べる?」

「食べる!」

あぐあぐ、と私に負けない勢いでパイを平らげるシリウスに声を掛けると、最後の一口を飲み込みながら元気に答えた。子供らしい笑顔にちょっと安心する。

「美味しいね」

「うん」

渡したパイに再び大きな口でかぶりつこうとしたシリウスは、急に食欲を失ったように口を閉じた。

「どうしたの?」

「あ……うん、あのこれ……」

もじもじしながら言い淀むシリウスの頭を、ラファエルがポンと撫でた。

「大丈夫、それは君の分。後でお土産用に孤児院のみんなの分も買ってあげるから、安心して食べていいよ」

そうか、シリウスは孤児院のみんなに一口ずつでも分けたいと思って、食べずに持って帰ろうと思ったのか。

さすがラファエル。私にはそこにまで思い至らなかった。

人の機微を見抜いてフォローできるのは、彼がただ優しいだけでなく、苦しみながらも悲しみを乗り越えたからこそだ。

シリウスがぎゅっと眉根を寄せた。

「……なんで、そんなに良くしてくれるんだよ。俺……姉ちゃんに悪い事したのに……」

「このお姉さんが怒っているように見えるかい?」

急に二人に視線を向けられ、慌てて“怒っていないよ”と両手を上げて首を横に振る。

「もちろん人のものを盗るのは悪い事だけど、ちゃんと返してくれたのだし、誰かを傷つけた訳でもないし、それに美味しいものはみんなで笑顔で食べた方がもっと美味しく感じられるでしょ」

にっこりと笑って見せると、シリウスは眩しいものを見るような目をしてから、ふいっと顔を背けた。

「うん……ありがと」

ささっと袖口で目元を擦ってから、私とラファエルを見て、笑う。

肩の力の抜けた、いい笑顔だった。

「俺、もう悪い事はしないよ。ちゃんと真っ当に働いて稼ぐ」

それを聞いて、ラファエルがうんうんと頷く。

「それがいい。また、怖~いお姉さんに転ばされてしまうかもしれないしね」

「え! 私、怖かった!?」

からかうような笑顔のラファエルに慌てると、シリウスが吹き出す。

「そ、そうだよね。ごめんね。まだ傷、痛む?」

「全然平気! こんなのかすり傷だよ」

「そう? ……ところで孤児院の家族は何人くらいいるの?」

「8人だよ。それと院長先生」

「全部で9人ね。分かったわ。じゃあ、お土産用のミートパイを買ってくるわね!」

パッと立ち上がると、シリウスは紙袋の中が空っぽなのを見て唖然とする。

「あんなにたくさんあったのに、いつの間に!?」

 

 

 

「……貴族でも姉ちゃんたちみたいな人もいるんだね」

あっという間に見えなくなったカタリナさんの後姿を見送り、少年が――シリウスが呆気に取られたように言う。

「いや、彼女は特別。誰にでも分け隔てなく優しくて、明るくて温かい、本当に太陽みたいな人だよ」

「兄ちゃんともお似合いだね」

「そう? ありがとう」

正確に言えば僕は貴族ではないのだけれど、そんなややこしい境遇をこの子に話しても戸惑わせてしまうだけだろう。貴族だと勘違いしているのなら、わざわざ訂正する必要もあるまい。

 

――それにしても“シリウス”ね……

思うところはあり過ぎるくらいにあり、どうしたって思い出さずにはいられない。

8年もの間、それは僕の名前でもあったのだから。

昏い心とつらい記憶を抱えながら復讐の為だけに生きていた僕を救ってくれたのは、カタリナさんだった。

彼女の屈託のない笑顔に、純粋な優しさに、裏表のない人柄に、僕は救われた。

闇の魔力に操られていたとはいえ彼女を陥れようとし、ひどい言葉を投げかけて傷つけ、あまつさえ殺そうと眠りの魔法をかけた僕を、それでも彼女は心配し、手を差し伸べ、寄り添おうとしてくれた。

深く巣食った闇の魔力が欠片も残らないほど、心を温かな光で満たしてくれた。

“傍にいる”と言ってくれた言葉を、“ラファエル”と呼んでくれたあの響きを、僕は一生忘れないだろう。

今でも、あの時なぜ彼女が僕の本当の名前を知っていたのか分からない。

聞いてみた事はあったが彼女自身、上手く説明できないみたいだった。だがそれは問題ではない。

大切なのは、彼女が僕を闇の呪縛から解き放ってくれたという事実。

そしてこんなにも愛おしい彼女を守りたい、幸せにしたいというこの気持ちだ。

 

 

「……なあ、兄ちゃんたちはどこで知り会ったの?」

「魔法学園だよ」

うっかり口を滑らせ、言うべきではなかったと後悔した瞬間、“魔法”の単語を聞き逃さなかったシリウスは目を輝かせた。

「魔法学園!? スッゲー! じゃあ兄ちゃん、魔法が使えんの!?」

あー…やっぱりそうなるか。

「ね、ね、属性は? 五大魔法の何?」

「……風」

「そっかー、風の魔法かあ……いいなあ、かっこいいな~。あ、そっか。あの姉ちゃんも魔法で俺を転ばせたのか。てっきり姉ちゃんが足元に何か投げて、それに引っかかったんだと思ってたけど。ね、ちょっとだけ見せて――」

キラキラした瞳でねだるシリウスには申し訳ないが、あまり目立つと色々まずい事になる可能性があるので、気軽に応える事はできなかった。

「ごめん、大した魔法は使えないんだ。それにむやみに見せるようなものではないから」

「えー、そうなの? 俺にとっては魔法が使えるってだけで凄い事だけどなー」

シリウスは口を尖らせ、ちぇっと頭の後ろで手を組んだ。

その子供らしい、あまりに残念そうな様子についほだされ、人差し指を立てて口元にあてがい、片目をつぶってみせる。

「――ちょっとだけだよ」

 

 

 

出店で無事ミートパイを購入して戻ろうとすると、行き先になにやら人が集まっていた。

――何かあったのかな?

と、人垣の向こうでワッと歓声が上がる。ちょうどラファエルとシリウスの待っているはずの辺りだ。

「ごめんなさい! ちょっと通して! ごめんなさい!」

なんとか人だかりを抜けて前に出ると、思いもよらない光景が広がっていた。

 

ラファエルが魔法で手の平に小さなつむじ風を起こして落ち葉をくるくると巻き上げ、シリウスがさっと手をかざす度に落ち葉が消えていく。そして何も持っていないように見える手を一振りするとパッと落ち葉が宙を舞う。

息ぴったりのマジックショー。

 

シリウスの手元で落ち葉が消える度ホウっと感心の溜め息が上がり、紙吹雪のように落ち葉を放る度にわっと歓声が起こる。

やがて二人がお辞儀をすると、一斉に惜しみない拍手が贈られた。

 

「ラファエル! シリウス! 凄かったね! 一体どうしたの?」

人だかりが引けていくタイミングで近づき声を掛けると、二人は顔を見合わせ、悪戯っ子のように笑い合う。

「まあ、ちょっと」

ラファエルが言葉を濁すと、シリウスが大人ぶって答える。

「男同士の秘密だから」

なになに? どうして急に仲良くなってるの?

ちょっぴり疎外感を感じながら、ミートパイの入った紙袋をシリウスに手渡す。

「はい。重くない? 孤児院までついていこうか?」

「ありがとう、姉ちゃん。でもひとりで大丈夫」

シリウスはパッと駆け出すと、少し先で立ち止まり振り返った。紙袋を片手で抱え直して手を振る。

「今日、姉ちゃんたちに会えてよかったよ。俺、ちゃんと頑張るから! 次に会った時には胸を張っていられるような立派な大人になってみせるから!」

そう叫んで大きく手を振ると、シリウスの小さな背中があっという間に人混みにまぎれて見えなくなる。

「……行っちゃった……」

急な別れで寂しくなった気持ちを慰めるように、ラファエルが手を握る。

「きっと、またどこかで会えるよ」

「そう……だよね」

なんとなく肩をぶつけ合うようにその場に立っていると、見送った道の先からミートパイ屋のおばちゃんが慌てて駆けてきた。

「ちょっとあんた! さっきパイを山ほど買ってくれた娘だろ?」

「あ、はい」

「その紙袋を持ってた子が、貴族に絡まれてるんだよ!」

「ええ!?」

たった今、別れたばかりなのに!?

困惑しながらも、ラファエルと顔を見合わせて頷く。

「案内していただけますか?」

「ああ、もちろん」

おばちゃんについていく道すがら、ラファエルが声を掛ける。

「それにしても、よく彼女がすぐに分かりましたね」

「そりゃ分かるさ。一度に18個も買うお客さんなんてそうそういないからね」

「あ、ひとり2つだったんだ」

「本当は、3つは食べるかなーと思ったのだけど、在庫がないって言われて」

「大きな紙袋を持った男の子が、店先で貴族に突き飛ばされてね。落ちた紙袋からうちのパイが散らばるじゃないか。だからあんたの知り合いだろうと思って呼びにきたんだよ」

「ここの係員は?」

「もちろん駆けつけて事態を収拾しようとしているさ。だけど相手が貴族だからねえ」

駆けつけた人だかりの向こうから怒声が聞こえる。

「ほら、あそこだよ」

「すみません! 道を開けて!」

人垣を抜けると、貴族と一目で分かる青年がシリウスの襟元を掴み、罵倒しながら揺さぶっていた。係員と思しき人がオロオロと傍に立っている。

「ちょっとあなた! 何をしているの!」

「ああ? 誰だお前は。平民風情がしゃしゃり出てくるな! ――ほら、さっさと俺の財布を返せ! この泥棒が!」

「だから知らねえって言ってんだろ!」

「お前みたいなみすぼらしいガキがこんな大きな紙袋を抱えて、そんな金があるはずないだろう! 盗まれた俺の金で買ったに決まっている!」

なんという理不尽な言いがかり。反論しようとした瞬間、ラファエルが小声で止めた。

「待って。今、高位の貴族である君が出るとややこしくなるかもしれない。ここは僕に任せて」

前に出たラファエルが毅然とした態度で対面する。

「そのパイは僕の恋人がその子に持たせたものです」

「なんだ、お前は! 平民同士で庇い合いか? そんな事信じられるか!」

「では、証拠は?」

「なんだと?」

「その子があなたの財布を盗ったという明確な証拠があるのかと聞いているのです」

「証拠だと!? 貴族の俺が言っているのだぞ!」

「貴族だろうと平民だろうと、人を泥棒呼ばわりするからにはきちんと証拠を示すべきでは?いや、貴族だからこそ、その品位を損なうような振る舞いは慎むべきではありませんか?」

落ち着き払ったラファエルの態度に人垣からは感心と称賛と応援の声が上がり、貴族の青年へと非難の目が向けられる。

突然登場した美青年の堂々とした態度と物腰に、“身分を隠した貴族かしら”という囁き声まで起きている。

一変した空気に引っ込みのつかなくなった青年は、顔を歪ませて周りを見回した。

「い、いいだろう、証拠を見せてやる! ――こっちにこい!」

シリウスを締め上げたまま傍に建つ展望台に引きずっていき、階段を上り始める。

「ちょっと、何をする気!?」

「うるさい! そこで黙って見ていろ!」

展望台の中階の踊り場で止まった青年は、シリウスの襟元を掴んで手すりの外へと突き出した。

見ていた人々から悲鳴が上がる。

「ほら、白状しろ! 自分が盗りましたと皆の前で言え!」

あいつ頭おかしいんじゃないの!?

正論が通じない相手には、身分で捻じ伏せるしかない――そう思い展望台を上ろうとした時、青年が掴んでいたシリウスのシャツの襟元がすっぽ抜けた。

「うわあああぁぁぁぁぁっ!」

「シリウス!!」

ラファエルが片手を上げると、ゴオッと風が唸りを上げて巻き上がる。

――風の魔法…!

大きな風の渦は落ちてきたシリウスをふわりと受け止め、かすり傷ひとつ負わせる事なく地面へと降ろした。

シンと静まり返った次の瞬間、わっと拍手と歓声が起きる。

「やるなあ、兄ちゃん!」「なんて凄い風の魔法!」「いいもん見させてもらったぜ」「間違っている事を間違っているとはっきりと言える毅然とした態度、素敵でした!」

ラファエルは見ていた人々からの称賛を浴びながら、腰が抜けてしまったのか地面にへたり込んだシリウスを係員に預け、私についてくるよう合図して展望台へと上がっていく。

呆然としていた青年は、平民姿の私たちを見て逆に威勢を取り戻した。

「なんだよ、お前ら。貴族の俺に立てつこうっていうのか?」

ラファエルは無言で上着のポケットから魔法省の身分証を取り出す。

「なんだ、お前も貴族なのか」

むしろホッとしたように顔を歪めた青年に、ラファエルはギリッと奥歯を噛み締めた。

魔法省には強い魔力を持った者も多い。そして魔力持ちのほとんどは貴族だ。強い魔力を見せられ、それが魔法省の人間であれば、貴族だと勘違いしてもおかしくはない。

「僕は――」

今ここで、ラファエルに本当の事を言わせるのも嘘を吐かせる事もさせたくない――そう思った私は、間に割って入るように身分を明かす。

「わ、私も公爵家の人間よ」

「そうか、あんたも貴族か! なら分かるだろう? あいつら平民には分からせてやらなくちゃいけないんだ。身分の違いってやつをさ」

「……一歩間違えばあの子は死ぬところだったんだぞ」

静かな言葉だったが、ピリ、と空気が音を立てそうなほど彼が怒っているのが分かる。

「何をそんなに苛ついているんだよ? あんな平民のガキがひとり死んだところで別に――」

最後まで言わせず、ラファエルの拳が唸りを上げた。ガツンと重い音が響く。

「……これ以上、彼女の前でその汚い口を開くな。耳が汚れる」

床に伸びた青年の耳に、その言葉はおそらく届かなかっただろう。

と、ラファエルの身体がふらりと揺れた。

「ラファエル?」

「……ごめん、ちょっと……魔力を使い過ぎた―――」

「え? ラファエル!?」

力が抜けてその場に崩れ落ちる彼の身体を、すんでのところで抱きとめる。

「ラファエル! ラファエル!!」

いくら呼びかけても返事がない。顔は真っ青で、完全に意識を失ってしまっている。

「――ラファエル!!」

 

 

 

「……う…ん……」

目を開くと、僕は薄暗い部屋に小さな明かりがひとつ灯る殺風景な部屋のベッドに寝かされていた。

傍に椅子を寄せ、手を握って座っていたカタリナさんが、ホッとしたように涙を浮かべて笑う。

「ラファエル! 気が付いてよかった…!」

――そうだ……確か、不埒者の貴族を殴った後、気が遠くなって……

「……ここは?」

「さっきの騒ぎを見ていた近所の宿屋さんが、ご厚意で一晩部屋を貸してくれて、お医者様も呼んでくれたの。気分はどう? お水、飲む?」

「ありがとう。もらうよ」

見覚えのない荷物がごちゃごちゃと乗ったテーブルから水差しを取り上げてコップに注ぐ彼女を見ながら、遊園地のざわめきや音楽が遠く聞こえる事に気が付く。

カタリナさんがベッドにそっと腰かけてコップを差し出した。

起き上がってコップを受け取り、ゆっくりと水を飲む。思った以上に熟睡してしまったらしく、寝起きの水が美味しい。

「……シリウスは?」

「大丈夫、無事です。ラファエルのおかげでかすり傷ひとつなし! “俺のせいだから目が覚めるまで待つ”って夕方まで一緒に見守っていたんだけど、暗くなると子供ひとりじゃ危ないから孤児院に帰ってもらったの。あ、シリウスからの伝言を預かっていたんだ」

「ん?」

「“助けてくれて本当にありがとう。兄ちゃんの魔法、凄かった。最高にかっこよかったよ。俺も兄ちゃんみたいにかっこよくって優しい大人になれるように頑張る”って」

「そっか」

そんな風に純粋に感謝されると、気恥ずかしくてなんだかムズムズしてしまう。

「無事でよかった」

「そうそう、ミートパイ屋さんが“これも持っていきな!”って紙袋から落ちて食べられなくなった分を足して、シリウスに持たせてくれて――」

自分の事のように嬉しそうに話すカタリナさんについ笑ってしまってから、周りを見回す。

「ところで、今、何時くらい?」

「9時過ぎ」

「え!?」

窓の外がそれほど暗くないのでまだ夕方かと思ったが、遊園地から漏れる明かりのせいで明るく感じただけだったらしい。

「6時間も眠って!?」

慌てて立ち上がろうとする僕を、彼女は押し留める。

「まだ眠らなくちゃだめ! お医者様の言うには、疲労と睡眠不足のところに魔力を出しきったせいで、倒れてしまったのだろうって」

確かにそれでなくても毎日の激務と残業に加え、今日の休日を勝ち取る為に少し無理をした。

だからと言って張り切り過ぎて倒れ、恋人に心配をかけていれば世話はない。

「せっかくのデートだったのに心配かけてごめん。ずっとついていてくれてありがとう。でも本当にもう大丈夫。よく眠ったおかげでスッキリしたよ」

嘘ではなかった。驚くほど頭も身体も軽い。

「君が夢の番をしてくれていたおかげかな」

微笑んで見せると、彼女は真っ赤になった。

眠りながらなんとなく感じていた温もりと安らぎは、おそらく彼女が傍にいてくれたからだろう。

心配そうな表情を浮かべるカタリナさんの頬を撫でる。

「本当に、もう大丈夫だから。優しいね、君は」

「優しいなんて……ラファエルの方が何倍も――」

「僕?」

「だってシリウスの為にあんなに怒って」

「ああ、うん……」

つい苦笑いが出てしまう。

「僕も少し大人気なかった。“シリウス”の名に、冷静ではいられなくって」

カタリナさんは青年を殴って赤くなっている僕の手を取り、そっと手を重ねた。

「……私に光の魔力があればよかったのに。そうしたらあなたの手も、シリウスの膝も直してあげられるのにな」

「僕も――それにきっとシリウスも――もっと大切な部分を君に救われたよ」

「大切な部分?」

「そう。あの子も言っていたけれど、君と出会えて本当によかったと思ってる――…」

ゆっくりと顔を近づけると、彼女は頬を染めながら目を閉じた。

「ん…………」

優しくついばむように唇を重ね合わせると、カタリナさんが甘い吐息を漏らす。

唇を離した後もしばらくお互いの体温を感じて抱き締め合ってから、そっと身体を離した。

「……さあ、そろそろ君を家に送り届けないと。こんなに遅くなってしまって、きっと心配しているよ」

「いえ、あの――もう家には言伝を頼んであるんです。事情を説明して、“ラファエルの看病をしたいから、今夜は帰れない”って」

「え……」

「だから、その――」

彼女は赤くなりながら、上目遣いで言った。

「帰らなくても大丈夫、です」

「それは、つまり……」

――鍵のかかる部屋に、二人きり。外は適度に騒がしく浮かれていて、多少声を上げても咎める者は誰もいない。

頬に血が上るのが自分でも分かる。

「……そんな事を言われたら、今夜は眠らせてあげられなくなってしまうよ?」

「あ、えっと……実を言うと、ついさっきまで私もラファエルの腕の中で一緒に眠ってしまっていたんです。だってラファエルの身体が凄く冷たくって、心配で……それで少しでも温めようと思ってベッドに――あっ、別に変な事はしてませんよ!?」

更に彼女の頬が赤くなる。

――ああ、やっぱり……

眠っていたからはっきりと覚えている訳ではないが、彼女の優しい温もりと匂い、時折何か囁いてくれていた事は確かに感じていた。眠っていてなお、彼女が愛おしくて愛おしくて仕方がなかった。

胸に湧き起こる衝動に突き動かされてカタリナさんを抱き寄せると、彼女は応えるように背中に手を回した。

「……じゃあもう少しだけ、君の体温、分けてくれる?」

「はい……あ、でも――」

彼女が上目遣いで睨んだ。

カタリナさんは怖い顔をしているつもりなので、その表情がとても可愛いという事は内緒だ。

「倒れたばかりなんだから、絶対に無理しちゃだめですからね?」

 

 

 

ラファエルの手が、スルッとワンピースの胸元のリボンを解く。

ボタンを外して脱がされ、下着1枚にされると、ついピクリと震えてしまう。

「あ……寒い?」

「いえ、その……脱がされるってやっぱり恥ずかしいなって……」

「じゃあ、自分で脱ぐ?」

それも恥ずかしい。

「僕のシャツも、脱がせてくれる…?」

こくりと頷き、上からひとつひとつボタンを外して脱がせると、露わになった適度に引き締まった上半身と滑らかな肌に思わず見惚れる。

「可愛いね、カタリナは」

抱き寄せられ、ぴったりと裸の上半身をくっつけてラファエルは囁いた。

「もう何度もしているのに、その反応。まだ慣れない?」

「だって普段の姿からは想像もできないから……」

仕事中のラファエルからはこんなエッチな姿、微塵も感じさせない。真面目で完璧で、だけど苦労人で頑張り屋な彼がどうしてこんな私をこんなにも好きで、欲しがってくれるのか未だに謎だ。

もしも相手がラファエルではない平民の人だったら“もしかしたら私が公爵家の娘だからかも”と邪推してしまうところだけど、ラファエルはその生い立ち故に、むしろ貴族という立場を嫌う気がする。

「はは、そうだね。まあ正直なところ、仕事が忙し過ぎてそんな事を考えている余裕がないだけだけど」

「そんな事言いながら、一度だけ資料室でしましたよね」

「ん、ちょっと君が可愛過ぎて我慢できなくなった」

「人が来るんじゃないかってすっごくドキドキしました。仕事場で、あんな事……」

「……また、してみる?」

「もう! ラファエルのばか! エッチ!」

「でも――」

部屋に二人きりなのに、ラファエルは耳に唇が触れるくらい寄せて囁いた。

「――よかった、でしょ?」

「~~~~~っ!」

耳をくすぐる熱い吐息にゾクゾクッと快楽の予感が走る。

からかわれていると分かっているのに、つい反応してしまう自分が憎い。

「――ね、キス、して? カタリナからして欲しいな」

軽く舌を出して見つめる彼の視線に引き寄せられるように、唇を重ねる。

遠く遊園地の賑わいが聞こえる静かな部屋に、唇と舌を吸われ、唾液が絡まる音が響く。

「……君とのキスは、どうしてこんなに甘く感じるんだろう」

「あ、さっき甘いものつまんだから――」

「?」

「テーブルの上の荷物――あれね、全部ラファエルの雄姿を見ていた人とか出店の人が持たせてくれたの。“よくやった!”って。シリウスにもだいぶ持って帰ってもらったのだけど、まだあんなにたくさんあって……ラファエルもお腹が空いたのなら、食べてくださいね?」

「うん、後でもらうよ。でも今は――君を食べさせてほしいな」

甘えるような表情のラファエルが可愛くて、どんな事でもしてあげたくなってしまう。

「し、仕方がないですね……少しだけですよ?」

 

 

「す…ごい……」

グッと張ったズボンの前を開けて下着を下ろすと、ブルンと勢いよく陰茎が解放された。

「なんか……いつにも増して凄くないですか?」

「ここのところ、抜く暇もなかったから……」

「ああ! 疲れているとおっきくなっちゃうってやつですね!」

ポン、と両手を打ちながら自信満々に知識を披露すると、ラファエルが一瞬固まる。

「えっと――うん、たぶん。でもそれ、君みたいな貴族のご令嬢が他所で口にしたら絶対に駄目だからね」

真顔で諭されてしまうと急に恥ずかしい。

「いっ、言いませんよ! ラファエルの前でしか言いません! ラファエルとしかこんなエッチな事もしないし!!」

ムキになって言い募ると、くすっと吹き出したラファエルが頭を撫でた。

「君みたいな優しくて素敵な人がそんなに真っ直ぐに“僕にだけ”なんて言ってくれるのなら、僕が今までしてきた事も無駄ではなかったと思えるよ。まあこんな格好で言っても、説得力はないけれど」

恥ずかしそうに、だけど愛おしそうに微笑む彼に、きゅんと胸が疼く。

私のどこにラファエルをこんなにも欲情させる要素があるのか分からないけれど、興奮してくれている事は単純に嬉しい。

「――今日は全部、私がしてあげる。ラファエルは動かないでいいですからね♡」

「無理しないで。君も今日はたくさん遊んで疲れているだろうし」

「いいんです。私があなたを気持ちよくしたいの。いやな事とか仕事の事とか、全部忘れて二人で気持ちよくなりましょ?」

ビクッ、ビクッと震える陰茎をそっと手の平で包み込む。

「ふっ…うっ………」

――あ、大きさだけでなく、いつもより敏感かも……

苦しそうなラファエルの様子に、早めに出してあげた方がよさそうだと、亀頭の根元を軽く握って動かしながら裏側に舌を這わせる。

「あっ……はあぁっ…っ!」

溢れる先走りが手を濡らしていやらしい音を立て始めたところで、今度は竿を扱きながら先っぽをちろちろと舐め回す。

ラファエルは顔を真っ赤にして喘ぎながら、見つめた。

「カ、カタリナっ……口で、含んで――!」

――おねだりラファエル、可愛い。もっともっと気持ちよくさせてあげたい――…

大きく口を開けて咥えると、ドクッと脈打つ。クポックポッと唇をカリに引っかけながら優しく吸うと、ラファエルが仰け反った。

「ああっ! 口の中っ……熱くて――溶け、る!」

「んんっ!?」

口いっぱいにたっぷりと濃い精液がほとばしった。

「――…っはっ……はあっ……はあ………」

荒い息を吐く彼の陰茎は、一度出して少しは楽になったかと思ったのに全然萎えない。

「ごめん、ずいぶん早く出ちゃった――なんだか君がたまらなくて」

――凄……濃過ぎて喉、落ちていかない……

喉に纏わりつく精液を一生懸命飲み下し、こちらも完全にスイッチが入ってしまった。

「ん………♡」

下着を下ろすとトロトロと愛液が糸を引いて太ももを濡らす様子を見て、ラファエルが嬉しそうに言う。

「……興奮してしまうね。僕のをしゃぶってそんなになってくれるなんて」

「いやらしい恋人はきらい、ですか?」

「まさか。愛おしくてたまらないよ」

「よかった」

身体の位置をずらし、すでにたっぷりと濡れた秘部を彼のものに擦り付けると、目の前にきた彼の乳首がツンと勃っている事に気が付いた。

――男の人も、感じるのかな……

つまんでコリコリと弄ると、ラファエルはちょっと慌てたように息を乱す。

「ッ!? ……どうしたの? いつもはそんな事しないのに」

「なんだか今日は、してあげたくなっちゃったんです。……昼間、ラファエルのかっこいいところを見たからかな」

「格好いい?」

ぐいん、と腕を振って空を殴る真似をする。

「あのいやな奴を殴った時、すっごくかっこよかったです! スカッとしました!」

「そ、そう? ……僕も他人を殴ったのなんて初めてだったから力加減が分からなくて、怒りに任せて思いっきりやってしまったよ」

「ラファエルが本気で怒る姿も他人の為に怒れるところも、それにあの時の魔法も――あ、いえ、なんでもないです――とにかくかっこよくって惚れ直しちゃったから、今日はいっぱい甘やかしてあげますね」

硬い肉棒を柔らかな秘肉にぬるぬると当てながら片手で乳首を弄り、もう片方の乳首を舌先でちろちろと舐める。途端にラファエルが女の子みたいな可愛い声を上げた。

――可愛い! 感じてるラファエル、めっちゃ可愛い!!

いつもは優しくリードしてくれるラファエルを感じさせている手応えに、ゾクゾクと不思議な感情が湧いてくる。

「ラファエル、こんなに乳首されるの好きだったんですね♡ もっと早く触ってあげればよかった」

「んっ……ぅん……僕も初めて知ったよ……」

チュッ、チュッと吸うと、彼の陰茎の反発とビクビクが強くなる。

――もう一度、このまま出しちゃおう

乳首を強く吸いながら舌先で転がし、秘部で彼の根元からカリ下までグリグリと擦り上げる。

「あぁっ……上と下、両方同時は本当に駄目――!」

ラファエルが喘いだ瞬間、びゅるるっと音を立てて熱い精液が吐き出され、二人の上半身に飛び散った。

乳房とお腹にかかった精液を指先で集め、トロトロとこぼれそうになる指を彼の目を見つめながら舐め取る。

「ラファエルの弱いところ、知っちゃった♡」

屈み込んで彼の耳元に囁くと、まだまだ硬くて熱い陰茎がビクッと大きく震える。

そのままラファエルの首元にまで飛んだ精液を舐め取り、下半身へと順に綺麗にしていく。

赤い顔でその様子を見つめていたラファエルが、焦ったように声を上げた。

「カ、カタリナ! 君の中へ――もう我慢できない!」

起き上がろうとする彼を押し戻す。

「だーめ。今夜は私がしてあげるの♡ ラファエルは横になっていてください」

少し恥ずかしいけれど脚を広げて彼の下半身に跨り、そそり勃つ陰茎の先っぽをあてがう。つるんとした亀頭はすぐに入り口を見つけ、滑り込んだ。

「ふっ♡……んんっ」

ゆっくりと腰を下ろし、彼のものを挿入する。

小柄なラファエルに似つかわしくない、凶器と言ってもいい大きさと太さの陰茎が少しずつ膣内を押し広げていく。たっぷりと濡れ、力を入れないようにしているのに、太過ぎてなかなか入っていかない。

「じ、焦らさないで、カタリナ」

「焦らしている訳では――」

すんなり受け入れられないほど大きいラファエルのものに苦戦する。

「じゃあ、両手をベッドについて、こちらに身体を倒してみて」

言われた通りにすると、ラファエルの手が乳房を優しく包み込む。柔らかな肉に指が沈み、手の中でタプ、タプと音を立てて形を変える。

「さっきのお返し」

クニクニと先っぽをつまみ上げられ、舐め回し、吸われ、甘噛みされてきゅんきゅんと痛いくらいに身体の奥が疼いていく。

「あっあんっ――だ、だめ、ラファエルっ! 今は敏感過ぎるの! 感じ過ぎちゃう…!」

ラファエルへの前戯で気付かないうちに昂っていた身体が、ようやく与えられた愛撫を貪ろうと信じられないくらい敏感になっていた。

連動するように膣が痙攣し、彼の肉棒を飲み込んでいく。

「っあぁぁあっ――♡」

――気持ちいいところ、当たって――…

「ここ――好きなところだよね?」

トン、トン、とノックするように優しく突き上げられ、揺すられる。

「んあぁっ! ラファエル、それだめぇ!」

私の奥の責め方を熟知しているラファエルは、逃がさないとでも言うように腰をしっかり押さえつけた。子宮口の弱いところを的確に愛撫され、ゾクゾクと背筋に快楽が走る。

「ああぁぁあぁぁっ! キちゃうっ! キちゃうぅ!!」

「いいよ――このまま、君も一度イっておこう?」

「あぁ、だめっなの! そこっ! あっイ、クっ♡――イクッ♡ イックゥ♡♡」

ガクンと身体が跳ね上がり、ガクガクと腰を震わせて絶頂してしまった。

甘い痺れに力が抜け、ラファエルにくたりと身体を預ける。

「……大丈夫? なんだか、いつにも増してイキ方が激しかったけれど」

「私――変なんです。ラファエルの魔法を見てから、あなたへの想いが溢れて止まらなくて」

「僕の魔法? さっきも言っていたね。何がそんなに――」

最後まで言わせずに抱きついて、唇を塞ぐ。

たっぷりと舌を絡ませていると、自分の奥から熱い愛液が溢れてくるのが分かった。

「だいぶ馴染んできたね――初めの頃は引きちぎられてしまうんじゃないかっていうくらいキツかったけど」

「それはラファエルのが大き過ぎるから!」

「でも、好き、でしょ?」

悪戯っぽく微笑まれると、恥ずかしいのに素直に答えてしまう。

「……好き」

「っ――!」

私の中で、ラファエルがドクンと反応する。

「あ……」

自分でも気付いたらしく、恥ずかしそうに頬をかいた。

「あはは……素直に言われると、嬉しくてつい反応してしまうものだね」

起き上がって微笑み返し、繋がったままの彼のものを更に奥へと導く。

「カタリナ!? それ以上は無理だよ!?」

首を横に振って、ラファエルを見つめる。

「――今夜はもっと深く、ラファエルを感じたいの」

「駄目だ」

彼はきっぱりと言った。

「身体の内側の繊細な部分なんだよ。無理をして傷付けたりしたら――それに最初の頃に比べればかなり深くまで入るようになったのだし、焦る必要は全く――」

真剣な顔で見つめていると、ラファエルは根負けしたように溜め息を吐き、しぶしぶ頷く。

「……無理だと思ったら、すぐに止める事。いいね?」

 

 

――もう……少し………

「ん―…んんっ―――っ」

メリメリと押し広げながらゆっくりと奥へ、彼の身体の一部を受け入れる。

――苦しい、けど……もうちょっと………

どうしても、彼のものを根元まで全部、丸ごと受け入れたい。全てを包み込んであげたい。お互いの一番深いところで繋がりたい。

今までのラファエルは私の様子を見ながら少しずつゆっくりと慣らしてくれていて、決して無理はしない。いつもこれ以上ないくらい労わってくれる。

たぶん自分の事は二の次で私を気遣い、セーブしてくれていたと思う。

ずっと感じていたもどかしさを今夜は消してしまいたい。

体重を使って、グッと最後の隙間を埋める。

「はっ―――」

――入っ……たぁ――…

本当の事を言えば、子宮を押し上げ無理矢理挿入している痛みはある。けれど彼のものを全て受け入れ、一番深いところまで繋がる事ができたという達成感の方が大きかった。

「す、ごい……君の中、こんなに深く―――」

「あ………ぁ……」

上手く喘ぐ事もできず、膣が馴染むまで唇を噛んで痛みに耐える。

「……どう、ですか?」

「ん、感じるよ。君がしっかりと包み込んでくれてる」

「気持ち、いい?」

「最高に気持ちいいし、なにより君が無理をしてまで僕を奥まで受け入れてくれた事が嬉しいよ」

「よかったぁ………」

「さあ、カタリナ。そろそろ抜いて。今夜はもうこれで充分だから」

「私は大丈夫ですから、もっと――」

「だーめ。全然大丈夫じゃないでしょ。そんなに涙をぽろぽろこぼして何言ってるの。大切な恋人に無理はさせられません」

――大切な、恋人――…

その一言で胸の奥から幸せな気持ちが溢れてくる。

「次は、もう少し長く繋がっていようね」

ラファエルは優しく頭を撫でて、腰を浮かせるよう促す。

こくりと頷いて、抜こうと腰を上げようとしたが――。

「え……?」

深くまでみっちりと挿入され、その大きさを受け入れ始めた膣は、ラファエルをなかなか離そうとしない。無理に抜いたら子宮まで持っていかれそうなほど、ぴったりと繋がってしまっていた。

「待って。僕が抜く」

気付いたラファエルが身体を起こして入れ替え、私をベッドに寝かせる。

「力、抜ける?」

「はい……」

できるだけ力を入れないようにして身を任せると、ラファエルは下腹部を優しく愛撫しながらゆっくりと引き抜いていった。抜かれていくだけなのにゾクゾクと震えてしまう。

抜ける寸前、クン、と角度がついた陰茎に弱いところを強く押し擦られる。

――あ!? そこ!!

「んぁッ♡♡」

「わ…!?」

一瞬頭が真っ白になり、チカチカと目に星が飛ぶ視界に水が飛び散るのが見えた。

気が付くと、びしょ濡れになったラファエルが苦笑している。

「まったくもう……抜き潮とか、可愛過ぎでしょ」

「え? 私、潮吹いて……?」

「今までにないくらい、派手にね」

このシーツはもう使えないなと呟いて、手際よくシーツを剥がしながら、ラファエルは私にシャワーを浴びてくるように言った。

「こっちはやっておくから、先に浴びておいで」

 

 

「……お先にいただきました」

サッと汗を流しさっぱりして部屋に戻ると、剥がされたシーツはきちんとたたまれ、ベッドは整えられていた。濡れていたところも綺麗に拭き取られている。

「お帰り。じゃあ、僕も浴びてこようかな」

「あ、ラファエル! お腹空きません? せっかく頂き物がたくさんあるので、シャワーの後、夜食代わりに召し上がりませんか?」

「そうだね……うん、もらおうかな」

「じゃあ準備しておきますね」

身体を拭き、ワンピースを着ながら、ふとラファエルとの会話がリフレインする。

――あれ、なんか今の会話、夫婦っぽかった?

恥ずかしがる必要はないはずなのに、なぜだか頬に血が上る。

――ううん、違う。私、嬉しいんだ

テーブルに乗った紙袋を開き、取り出しやすいように折り込みながら、自然と口元に笑みがこぼれる。

今日は本当にいい一日だった。

遊園地デートを楽しみ、美味しいものを色々食べて、素敵な出会いがあった。

ラファエルが倒れてしまった時は凄く心配したし、いやな奴もいたけれど、そのおかげでラファエルのかっこいいところを見られたし、大切な事も思い出せた。

それにラファエルの“カタリナ”呼びも、初めはぎこちなかったけれどもう今は自然な感じで、恋人として更に一歩近づけた気がする――…

「――カタリナ」

「わあ!?」

いつの間にかシャワーを終えたラファエルに声を掛けられ、びっくりして手にしていた紙袋を取り落としそうになってしまう。

「ラファエル! 早かったですね」

「あ、うん……なんか驚かせちゃったみたいでごめんね」

「いえ、私がボーッとしていただけで……そうだ、頂き物の中にレモネードがあったんです。お風呂上りにピッタリだと思うのだけど、いかがですか?」

「ありがとう」

ラファエルはバスローブのまま椅子に座り、グラスを受け取るとテーブルの上を見回した。

「こんなにたくさん頂いてしまったんだね。自分の怒りに任せて行動しただけなのに、なんだか申し訳ないな……」

「そんな事! みんな凄くいい笑顔で褒めてくれていましたよ」

「そ、そう? ……えっと、この中で君の一番のおすすめは?」

「どれも美味しいけれど、ラファエルがまだ食べていないものだと――あ、この揚げパンの蜂蜜がけは凄く美味しかったです!」

「ああ、それがさっき君の唇を甘くした犯人だね」

寝る前という事で軽くお腹を満たし、小さなベッドに二人で横たわる。

「……やっぱり僕は椅子で寝ようか?」

「絶対だめです! ラファエルを椅子で寝させるくらいなら、私が床で寝ます!」

「でも――」

「もう! ラファエルは今日、倒れたんですよ? ちゃんとベッドで休まなきゃだめです! ベッドが狭い事を気にしているのなら―――あ、そうだ! こうするのはどうですか?」

ラファエルに身体を寄せ、彼の腕に首を乗せてその腕で肩を抱かせる。

「――これなら狭くないし、温かいでしょ?」

「う、うん」

秋の夜。シワになってしまうので二人とも服は脱いでいる。けれどこうしてお互いの体温を重ねれば寒さは全く感じなかった。

「……静かですね」

「そうだね。君はまだ眠くならない?」

「なんだか――せっかくラファエルといられるのだから眠りたくないっていうか、幸せ過ぎて眠るのがもったいないっていうか」

ふっと笑うような吐息が聞こえて目を上げると、ラファエルが優しく微笑んでいた。

「僕も同じ。だから眠くなるまで付き合うよ………そうだ、さっき浴室から出て声を掛けたらとても驚いていたけれど、なんだったの?」

「あれは、今日一日本当に楽しかったなーって考えていて」

「うん、楽しかったね」

あれも、これも、と指を折って楽しかった事を数えているうち、ふと聞きたい事を思い出した。

「そういえば、私が買い物している間、シリウスとどうやって仲良くなったんですか?」

「ああ、あれ?」

ラファエルがクスクスと、思い出して笑う。

「大した事ではないよ。ちょっと僕が口を滑らせて、魔法が使えると知ったあの子に“見せてほしい”ってねだられてね」

光景が目に浮かぶ。

「で、小さな風の渦をつくって見せたら、凄く喜んでくれて。その時、パッと閃いたんだ。君のおかげでね」

「私?」

「僕が買い物から戻った時に、あの子と話していたでしょ。“手先が器用で洞察力がある”って。いつもの僕なら“職人になればいい”ってきっとアドバイスしていた場面なのだけど」

うんうんと頷く。

「あの場の楽しい雰囲気で、思いついて言ったんだ。“奇術師を目指したら? ”って」

「それで即席のマジックショーだったんですね」

「うん」

なんとなく沈黙が下りたが、気まずいものではなくむしろ心地いい沈黙だった。

「――僕も言わなくちゃって思った事があったんだ。さっきの君の言葉だけれど」

「?」

「“自分に光の魔力があれば”って言っていたでしょ? だけど僕は、君が土の魔法を使えたからこそ、今回の一件はいい方向に転がったって思うんだ」

「どういう事?」

「君が土の魔法でシリウスを転ばせたから、僕はあの子を捕まえる事ができた。あの時あのまま逃げられていたら反省する機会はもっとずっと先で、もしかしたらあの子の人生は取り返しのつかない方向に向かっていたかもしれない。だからシリウスが自分の行いを悔いて、反省して、決意を新たにできたのは、君のおかげなんじゃないかな」

そんな風に考えた事はなかった。ラファエルの優しい言葉と気遣いに、胸がきゅうっと痛くなる。

ラファエルは本当に優しい。

だって彼は、“闇の魔法で操られていた時”ですら優しかったのだから。

「――私も……」

「え?」

「私も、ラファエルと出会えて本当によかったって思っています。学生だった頃、私、ラファエルに――シリウス会長に命を救ってもらいましたよね?」

「……そんな事、あったかな?」

「さっきシリウスが風の魔法で受け止められるのを見た時、思い出したんです。一年生の時の実技試験で、ダンジョンの大穴に落ちそうになった私とソフィアを風の魔法で助けてくれたのは、やっぱり会長だったんだって」

「あー…うん……でもあれは――」

 

ラファエルはあまり、シリウス・ディークだった頃の話をしたがらない。

それは苦い記憶とつらい過去に繋がっているからだと分かっていたから、無理に話させる事は避けてきた。

だけど、どうしてもこれだけは言いたい。

 

「あの時はありがとうございました。私が今ここにいられるのは、会長の――ラファエルのおかげ」

微笑んで見せると、ラファエルは視線を逸らした。

「……謝罪した時、君は当たり前のように許してくれたけれど、闇の魔力に操られていたとはいえ、僕は君にひどい事を―――」

 

どうしてもシリウス・ディークの頃の話をすると、ここに帰結してしまう。

だけど、もう彼は解放されてもいいと思う。

8年もの間、彼はひとりで苦しんできた。名前さえ偽って生きてきた。復讐なんて重いものを背負わされて、ずっと、たったひとりでそれを抱えていたのだ。

それなのに闇の魔法から解き放たれてなお、後悔と贖罪に心を痛めてほしくない。

もうひとりで苦しまないでほしい。

これからは私が一緒だと、傍にいると伝えたい。

 

ラファエル手をそっと握って、囁く。

「あれはラファエルが悪いんじゃない。悪いのは闇の魔力の人。それに私にとってはシリウス・ディークも会長も全部ラファエルで、優しいところも仕事ができるところも、お茶を淹れるのが上手なところも、笑顔が可愛いところも全部ラファエルのいいところで、それを私は大好きなのだから。絶対にラファエルの8年間は無駄な時間ではなかったはずです」

ラファエルの呼吸が震えた。

「――――ああもう……本当に君は――…」

「ラファエル…?」

そっと顔を見ると、彼は涙で濡れた頬をそのままに優しく微笑んでいた。

思わず両手でラファエルの頬を包み込むと、彼は恥ずかしそうに目を閉じた。

「……格好悪いところを見せてしまったね」

「かっこ悪いなんて、そんな――」

彼の頭を引き寄せ、胸元にぎゅっと抱き寄せる。

「ラファエルはいつだって優しくて、かっこいい、本当に素敵な人です。それに前に約束したじゃないですか、“悲しい時、つらい時には元気が出るまで一緒にいる”って」

「……うん、ありがとう――」

甘える子供のようにラファエルは胸元に顔をうずめ、背中に手を回した。

ぽつり、と話し始める。

 

「――僕の幸せを望んでくれた母の願いを叶えたい反面、僕は決して手の届かない君に恋をしてしまった。平民の身分で貴族の君に、傷つけあまつさえ殺そうとした僕が、想いを伝えるなんて許されるはずがなかった。だから僕はずっと、君が幸せになれるなら相手は僕でなくてもいいと思っていた。ただ君の幸せを願い、君が困っている時には力になろうと決めていた。だけど君は―――僕を選んでくれた」

ラファエルは私の肌に口づけをし、顔を上げた。

「君が僕を選んでくれた時、今まで生きてきた中で一番幸せだと思ったよ。愛する人に愛される喜びで、胸の中に温かな光が溢れるみたいだった。僕の手で君を幸せにしたいって思った。大切にしなければって」

「いつも大切にしてもらっていますよ。ラファエルはむしろ、いつも気を遣い過ぎです」

彼は困ったように笑った。

「毎日、幸せで――君にラファエルと呼んでもらえるだけで本当に幸せで――同時に怖くなった」

「怖い……?」

意外な言葉に、思わず復唱してしまう。

「母を奪われたように、また君を失ってしまったら――僕はきっと、もう立ち上がる事もできなくなる」

思わず、息を飲んだ。

「ごめん……こんな話をすれば、君にそんな顔をさせてしまうと分かっていたのに――本当に、僕は弱いね」

「弱くなんてありません! 8年もの間、ずっとひとりで苦しんで、耐えてきたあなたが弱いはずないじゃないですか! ラファエルには苦しんだ分も幸せになる権利があります!」

 

私だって破滅エンドを回避する為に、誰にも言えずに長い事、色々な努力を重ねてきた。頑張ってこられたのは大切な人たちがいつも傍にいてくれたからだ。

だけどその間ラファエルはずっとひとりで苦しんでいたのだと、私が家族や友人に囲まれてのんきに笑っている時、彼はひとりぼっちで泣いていたのだと考えただけで、胸が押し潰されそうに痛くなる。

過去は変えられないのなら、ラファエルのこれからを共に歩む事で少しでも幸せにしたいと思うのだ。

 

「――本当に? 自分さえ欺いていた僕が幸せになってもいいのかな?」

「当たり前です!!」

これだけは絶対に、胸を張って断言できる。

幸せになってはいけない人なんて、いる訳がない。

「文句を言う人がいたら、私が土ぼこで転ばせてやります! 例え世界中の人があなたを責めたって、私だけは絶対に味方ですから! これからもずっとラファエルの傍にいて、絶対にひとりになんてさせません。だって――」

握った手にキュッと力を込めて、真っ直ぐに宣言する。

「あなたが幸せになる事は、お母様だけでなく私の願いでもあるのだから」

ラファエルはまた、泣き出しそうな顔で笑う。

「あり、がとう……」

ラファエルの頬に残る涙をそっと拭い、まぶたにキスをすると、彼はゆっくり息を吐いた。

「……もしかして、それを伝えたくて今夜はあんな無理を?」

「なんとなく、ラファエルが優し過ぎるのは私に対して負い目を感じているからかもしれないって思っていました。だからずっと、それを払拭したかったんです。でもどうやったら伝わるのかが分からなくて……。ラファエルを全部受け入れる事で、あなたの為ならどんな事も、どんな痛みにも耐えられるって分かってもらえるかもって思ったんです。苦しんだ事も努力も全部、報われてほしいと願っている事も、ラファエルの事が大好きな事も、ただ伝えたかった」

「………………」

ラファエルは何も言わず、まるで宝物を抱くように優しく、だけどしっかりと私を抱き締めた。

「ラファエル?」

「……もう少しだけ、このままで………」

二人の体温と呼吸が溶け合い、どちらのものか分からなくなった頃、顔を上げたラファエルが幸せそうな、少し照れくさそうな笑顔を浮かべて言った。

 

「――ねえ、カタリナ。次の休み、お揃いの指輪を買いに行こうか」

 

 

 

 

 




初めは街中を食べ歩きデートして宿屋に連れ込まれちゃうというプロットだったのですが、せっかくだからちょっと舞台を楽しい感じにしたいと思って、移動遊園地デートになりました。

ラファエルとのお話を書こうとした時、過去と向き合う必要があると思ったので、スリの男の子の名前をシリウスにしてみました。
嫌でも思い出させられる過去と向き合い、不安や想いを打ち明けるラファエルと、それも込みで許し、包み込むカタリナ、という二人のラブラブっぷりをご堪能いただければ嬉しいです。

それとカタリナに土ぼこで活躍させてあげたかったので、そんなエピソードも入れられてちょっと満足です(*´ω`*)ムフー

あと自分で書いておいてなんですが、読み直す度に”やったんか?お前ら魔法省の中でやったんか?”とツッコんでしまいます。(;''∀'')
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