乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
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「……懇親会、ですか?」
メアリが疑わしそうに聞き返す。
「せっかくお近づきになれたのですし、生徒会の女子メンバーで懇親会を兼ねたお茶会を開きたいと思いまして! あ、もちろん他の二人も参加すると言ってくれていますわ」
「そう……ですか」
前回のメアリはいつもニコニコしていたから、この世界のキリリとしたメアリはなんだか新鮮だ。
“令嬢の中の令嬢”“貴族令嬢の鑑”と噂されるだけの気品と気高さを感じさせる。
――でも……なんだかちょっと、窮屈そう……?
どうしても前回の姿と比べてしまうから、そう思うだけかもしれないけれど。
メアリは溜め息を吐いてから、しぶしぶ頷く。
「……分かりましたわ。参加いたします」
「そう? ありがとう! みんなもきっと、喜ぶわ!」
嬉しさでつい砕けた口調になってしまうと、メアリは微妙な顔をした。
「あら……」
勧めた焼き菓子を口に運び、メアリが微笑んだ。
「このお菓子、とても美味しいですわ。どこのお店のものなのですか?」
「これはね、マリアが焼いてくれたの!」
自分の事のように得意気に言うと、マリアが「ハント様のお口に合ってよかったです」と少し恥ずかしそうに言う。
今日は生徒会女子四人集まってのお茶会だ。
あんなに入学前に頑張って噂を流しておいたのに、“平民のくせに”と嫌がらせをしてくる令嬢たちは結構いて、それをことごとく返り討ちにしていたおかげでマリアとはすっかり仲良くなれた。
ロマンス小説をきっかけにソフィアともだいぶ距離は近づいていて、できればこの会を通じてメアリとの壁も取り除き、つい親しげに話しかけてしまって怪訝な顔をされないようにしたいところだ。
メイドが淹れてくれたお茶を一口飲み、ほんのちょっとだけ物足りなさを感じる。
――ああ、ラファエルのお茶が飲みたいな……
あの優しい味のお茶が飲めないのは、思っていた以上に寂しい。
ちょっとボウッとしていたらしく、心配そうにマリアが覗き込む。
「カタリナ様? どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない! やっぱり、マリアの作るお菓子は美味しいなって思って。特にこのクルミのケーキ、最高!」
「ありがとうございます」
生徒会の仕事の事、癖の強い教師の事、授業についてや魔法学園の噂話など話は尽きず、思った以上に盛り上がる。
どさくさに紛れてメアリを名前で呼ぶ事にも成功した。
今まで“ハント様”だったので大きな一歩だ。
「――ところで皆さん、恋人はいらっしゃいますの?」
意外にも、恋バナの口火を切ったのはソフィアだった。
心の中でガッツポーズをする。
残念ながら恋人と呼べる人は誰にもおらず、全員首を横に振ったが、ソフィアは諦めずに更に話を振った。
「皆さん、想い人もいらっしゃいませんの? ――カタリナ様は?」
「私!? んー…そうだなあ……想い人っていうか、一応ジオルド様という婚約者はいるけれど、私に興味もなさそうだし、見合い話を断る為の防波堤としか思われていないから――」
「「「!!?」」」
急に話を振られてつい正直に答えてしまい、空気が固まった。
――し、しまった!!
「あ、えっと、今のは――」
焦る私以上に慌てて、三人がフォローしてくれる。
「そ、そんな事はないと思いますよ!」
「そうですわ、わたくしにはジオルド様はカタリナ様に興味をお持ちのように見えますわ」
「あ、あの、カタリナ様! こちらのクッキーは召し上がられましたか? 猫の形が可愛くできた自信作です!」
ごめんね、みんな。気を遣わせて。
“全然気にしてないから”と笑ってみせると、ホッとした空気が流れる。
「あ、でも、キースが凄く優しくしてくれるし、今は義弟が恋人代わり、かな」
そう言うと、三人は微妙な視線を送り合った。
キースが人目を気にせず私に抱きついたり、抱き締めたりする為、姉弟だと知らない人は恋人同士なのだと勘違いしているらしい。
「――マリアは? 気になる人はいないの?」
「わたし、ですか……?」
何気なくマリアに話を振ると、メアリも少し不安げに真剣な視線を送った。
――そうか。メアリは、アランがマリアに気があると思っているから……
ポッと頬を赤くしたマリアは、上目遣いで私を見る。
「わたしは―――カタリナ様をお慕いしておりますわ」
ああ、前回もこのやり取りしたなあ、とちょっぴり懐かしく思いながら、マリアに笑ってみせた。
「ありがとう、マリア! 私もマリアの事が大好きよ」
横で、んんん? とメアリとソフィアが首を傾げているが、とりあえずマリアのルートはまだ決まっていないという事を知れたのでよしとしよう。
「ソフィア様は、お慕いしている方はいらっしゃるのですか?」
「たくさん、おりますわ!」
「「「ええっ!!?」」」
驚く私たちをよそに、ソフィアが指折り名前を上げていく。
両手の指では足りなくなった頃、マリアがコソッと囁いた。
「……カタリナ様、これって……」
「うん……全部ロマンス小説の登場人物だわ……」
唖然としていたメアリが、それを聞いてクスクスと笑い出した。
「メアリ様?」
「あ、ごめんなさい。わたくし、他人の噂話を鵜呑みにして、だいぶ目を曇らせていたのだと思って」
三人の視線を集め、メアリは微笑んだ。
「わたくし、本当の事を申しますとお茶会があまり好きではないのです。悪意のあるなしに関わらず他人の噂話に興じ、他人を決めつけ、腹を探り合い、身分の高下で態度が変わるような人間と、何が楽しくてお茶を飲まなくてはならないのかと」
真っ直ぐなメアリらしい。
「ですがこのお茶会に参加してよかったですわ。お三人とも、とてもいい方なのだと知る事ができました」
お茶会が始まってから初めて――いや、入学してから初めて目にする、メアリの楽しそうな笑顔。
照れくさいようなくすぐったいような、温かい空気が満ちる。
「――さあ、最後はメアリ様の番ですわよ」
ソフィアが目を輝かせて、わくわくと身を乗り出す。
「わたくし、メアリ様がどなたをお想いになっていらっしゃるか、分かる気がいたしますわ!」
マリアも頷いた。
「実はわたしも分かるような気がしています」
なあんだ、二人とも気付いていたんだ。
この世界のメアリはとても一途に、アランに恋をしている。
私はもちろんゲームで知っているけれど、気付いていないのは本人くらいではないかと思うくらい、周知の事実だ。
「……メアリ様、“緑の手”のお話をして差し上げては?」
真っ赤になったメアリが、バッと顔を上げる。
「カカカカタリナ様!? ご存じなのですか!?」
「私はほら、一応“王子の婚約者”という立場ですし、偶然耳に入ったというか――」
目に見えて狼狽しているメアリは、いつもの毅然とした様子と違って歳相応の女の子という感じで凄く可愛い。
――あ、違うな。これはきっと、“恋する女の子”だからだ
「緑の手? なんでしょうか、それは!?」
「ぜひお聞かせください!」
恋に恋する乙女たちのキラキラとした期待の眼差しに抗えず、メアリはもじもじとしながら念を押した。
「……大切な思い出ですので、他の方には話さないでくださいね?」
メアリがアランに恋をするきっかけとなった話をする間中、ソフィアとマリアは抱き合わんばかりに互いの手を握って、合いの手のように歓声を上げていた。
「特別な才能…!」
「素晴らしい存在…!」
「「素敵!!」」
ソフィアが、ハシッとメアリの手を掴むと、マリアもそこに手を重ねる。
「メアリ様! わたくし、お二人の事を応援いたしますわ!」
「わたしも応援いたします! わたしにできる事があれば、何でも仰ってください!」
「ソフィア様――マリアさん――」
私もみんなの手を包むように取り、力強く頷いてみせる。
「私も応援するわ」
ソフィアは少しはしたなくカップのお茶を一気に飲み干し、テーブルに両手をついてみんなを見回した。
「こうなったら作戦会議ですわ!」
「作戦…?」
「いいわね! メアリ様の恋を叶える大作戦ね!」
盛り上がる三人を前に、メアリがオロオロと困惑している。
「え、あの……皆さん!?」
お茶を淹れ直し、改めて席に着く。
ノリノリのソフィアが、議長を買って出た。
「――では議題は『どうしたらアラン様にメアリ様のお気持ちが伝わるか』です」
「はい! ソフィア様」
手を上げると、ソフィアがエア眼鏡を直す仕草をしながらこちらに頷く。
「はい、カタリナ様」
「まず現状を整理した方がいいと思います」
「なるほど――メアリ様、アラン様はメアリ様のお気持ちに全く気付いていらっしゃらないのですか?」
「はい……婚約したのが子供の頃でしたので、幼馴染みという立場から踏み込んだ関係になれなくて」
「つまりメアリ様は、もっとアラン様と親密な関係になりたい、と」
「まあ……そうです……」
“親密”という言葉に赤くなりながら、メアリは素直に頷いた。
「具体的には?」
「ぐ、具体的にですか?」
再びクイクイとエア眼鏡を直しながら、ソフィアが迫る。
「そうです。願望、妄想。アラン様としたい事、色々あるでしょう。それを参考に作戦を練るのです」
「それは色々とありますが――」
つい言ってしまい、耳まで赤くなるメアリが可愛い。
もじもじと恥ずかしがるメアリが言いやすいよう、助け舟を出してみる。
「恋人としたい事かぁ……一緒にお風呂に入ったりとか?」
「え……」
前回パジャマパーティーでメアリがしたいと言っていた事だから、共感を引き出せるかと思って言ってみたが、この世界のメアリには響かなかったらしく逆にドン引きされてしまう。
「……わたくしはただ、幼い頃からアラン様のお嫁さんになりたくて、本当にそれだけで幸せなのです」
「――でしたら、それをそのまま伝えましょう」
会議中ずっと黙ってマリアが、真っ直ぐにメアリを見た。
「アラン様は鈍感なところがあるように見受けられますので、素直に気持ちを伝えるのが一番だと思います」
簡潔にまとめ上げたマリアに感心していたソフィアが、ハッとして議長顔に戻る。
「いかがですか、メアリ様」
みんなの視線を受け止め、メアリは背筋を伸ばした。
「そう……ですわね。せっかく皆さんが考え、アドバイスしてくださったのですから、わたくしも努力しないといけませんね」
“努力”という言葉を聞いて、気付かないうちに私はメアリの手を取っていた。
だって私は知っている。
ゲームでも、前回も、立派な令嬢になる為に、メアリは本当に頑張っていた。この世界のメアリも、ずっと頑張ってきたはずだ。
「――きっと、伝わりますわ」
「カタリナ様?」
「メアリ様は“貴族令嬢の鑑”と言われるくらいずっと努力をしていらして、きっとつらくて苦しい時もあったと思います。それを乗り越える強さをくれたのがアラン様であるなら、その想いは必ず届きますわ!」
「…………」
時間が止まってしまったように固まっていたメアリの瞳がうるりと潤んだと思うと、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あ、あれ? どうして、わたくし――」
ソフィアが労わるように黙って肩を抱き、ハンカチを差し出す。
受け取ったハンカチで涙を拭い、顔を上げたメアリは、晴れやかに笑った。
「――ありがとうございます、カタリナ様。わたくし、心のどこかでずっと誰かにそう言ってほしかったのかもしれませんわ」
スン、と鼻を鳴らしてから、ソフィアとマリアにも向き合う。
「ソフィア様も、マリアさんも、わたくしの為に真剣に悩んで、背中を押してくださって、ありがとうございます」
そう言って少し迷うように視線を泳がせたメアリは、クッと顎を引いて、マリアを見つめた。
「マリアさん、わたくし、今まであなたに対して少しよそよそしかったと思います。アラン様があなたを気にかけている事に嫉妬していたのですわ。ごめんなさい」
素直に頭を下げるメアリに、マリアは慌てたように両手を振る。
「いえ、そんな! メアリ様のお気持ちを考えれば、当然だと思います」
それを聞いてふっと笑ったメアリは、今度は少しわざとらしい怖い顔を作って、マリアに迫った。
「ただ、これだけは言わせてくださいな。アラン様は確かに少し鈍感な部分もありますが、細かい事にはこだわらないところも魅力のひとつなのですわ」
メアリと呆気にとられたマリアが、見つめ合ってからプッと吹き出す。
まるで昔からの友人のようにクスクスと笑う様子に、私もホッと胸を撫で下ろした。
――よかった。冗談が言えるくらい二人が仲良くなって……
メアリがお花を摘みに席を立ったところで、声を潜めてマリアに話しかける。
「それにしても驚いたよー。マリアがあんなにはっきり“アラン様は鈍感”なんて言うなんて」
ソフィアもうんうん、と頷く。
実際、本当に驚いた。
マリアが他人に対して悪く言うのは、前回を含めても初めての気がする。
マリアはバツの悪そうな表情で「こんな事を言うのはいけない事ですが」と前置きした。
「わたし、アラン様には少し腹が立っていたんです。入学以来、何かにつけて絡んでくる事に困っていたのもあるのですが、明らかにアラン様を慕っているメアリ様の前でわたしに絡んでくるのが、あまりにも無神経で許せなくって。もしかしたらメアリ様の気を引きたくてわざとやっているのではないかとさえ考えた事もあります。あ、メアリ様には絶対に内緒でお願いしますね」
「あ、うん」
――あー…これはないわ――…
アランルートは絶対にないと確信したところでメアリも戻ってきて、会議は再開する。
コホン、とソフィアがしかつめらしく咳ばらいをした。
「では、メアリ様がお気持ちを伝える最高のシチュエーションを考えていきましょう」
ああでもない、こうでもない、と主にソフィアのロマンス小説ネタからの提案を検証しながら、作戦会議は煮詰まっていく。
「――では定番ですが、舞踏会を二人で抜け出して、お庭で告白するというのは?」
「そうですわね……」
この場で出た案の中で一番まともな案にも関わらず、メアリの反応は薄い。
具体的に提案されているうちに現実味を帯びてきて、急に弱気になってしまったらしい。
さっきまでの毅然とした態度はどこへ? なメアリだけど、弱みを見せても大丈夫な相手と思ってもらえた証拠でもある。
「……やっぱり恥ずかしいですか、メアリ様?」
「恥ずかしいというより……怖いです。もしアラン様に受け入れてもらえなかったら、重い女だと思われたらと思うと――」
なまじ婚約者という立場なだけに、一方の想いが強過ぎる事が相手に知られてしまうのはつらいかもしれない。
「怖いですよね、自分の気持ちを伝えるのって。想いが真剣であればあるほど」
マリアが励ますように手を取ると、メアリは自分を納得させるように呟いた。
「けれど伝えなければ前に進めませんものね」
うーん、と唸ったソフィアが唇に人差し指を当てながら独りごちる。
「アラン様のような方は、遠回しではなく真っ直ぐに言葉をぶつけた方がよさそうですよね」
「それは、確かに」
前回のメアリも、しょっちゅう“アラン様ってば本当に鈍いですこと!”とやきもきしていたっけ。
「例えば――“大好き”とか?」
「そ、それはさすがに砕け過ぎでは!?」
赤くなったメアリが椅子から腰を上げる。
「相手は一国の王子なのですし、もっときちんとした言葉で――」
「そうですねえ……ですがなんとなく、アラン様はよそよそしい言葉より、ストレートな言い方の方が刺さりそうですよね」
「それは……そうは思いますけれど……」
迷うメアリを、まあまあ、となだめる。
「人には向き不向き、得意な事や苦手な事があるものだし、無理にかしこまったり砕けたりするよりは、自分らしい言葉で、本当に伝えたい事を素直に伝えるのが一番いいと思いますわ」
言いながら、思い出す。
そういえばこれ、前回の子供の頃にアランにも言ったな。
「向き、不向き……」
メアリが復唱して、頷いた。
「本当に、その通りですわ。無理せず、自分らしく、自分の言葉で真っ直ぐにアラン様にお伝えしてみますわ」
「……それにしても、忘却の魔法とかありませんかね……」
ソフィアが溜め息を吐く。
「想いを伝えて受け入れてもらえなかった場合に、“なかった事にできる”ような……」
「そんな都合のいい――…」
苦笑しかけて、ハッと思い出した。
「――あるわ!」
柱の陰に隠れた私とソフィアとマリアは、時折廊下の先を覗きながらコソコソと会話する。
「――人払いは?」
「うちの使用人にお願いしてありますわ」
「学園の許可は?」
「勉強会を開くという名目で使用許可を取ってあります」
「完璧ね!」
魔法学園の東棟にある図書室。
そこには学園の七不思議に数えられる魔法書がある。
人間の欲望を欲しがるその魔法書は、気まぐれに人を本の中の世界に閉じ込めては欲望の限りをつくさせ、その力を吸収して生きながらえている。
前回、偶然巻き込まれた事を思い出した私は、メアリの告白の場として提案した。
あれなら魔法書の中で起きた事は、アランの欲望という事にできる。
メアリの想いを受け止めてくれればそれでいいし、だめだったとしてもそれをきっかけに、自分の隠された欲望としてメアリを意識するようになるかもしれない。
――我ながら冴えてるわ!
フンス、と鼻息荒く自分の閃きに酔いしれていると、「いらっしゃいましたわ!」と小声でソフィアが囁く。
そっと覗き込むと、メアリとアランが連れ立って向こうから歩いてきた。
メアリは面倒くさそうにしているアランを図書室に押し込みながら扉の前で立ち止まり、こちらにさりげなく視線を送る。
三人で“頑張って!”のポーズをして励ますと、メアリは緊張した顔で少し微笑み、頷いてから部屋に入っていった。
扉が静かに閉まる音が廊下に響く。
後はもう、メアリの勇気次第だった。
深く息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。
3回繰り返し、それでもドキンドキンと高鳴る胸を押さえながら、事前に聞いていた本棚の前に立って目的の本を探す。
直接、これ、と指差して教わらなかったのは、不用意に近づいて二人の欲望を吸われ、アラン様に使用する時に作動しなかったら困るからだ。
――あった……『欲望という名の物語』
古い本が並ぶ本棚にひっそりと、なのに一度気付いてしまうと視線が吸い寄せられ、手に取らずにはいられない存在感。
棚から引き出すと、とても古い本のはずなのに装丁は真新しく、魔法書と知っているせいか息をしているように感じられた。
「――どうしたんだ、メアリ?」
本を手にしたまま開きもせずに立ち尽している事を不審に思ったのか、アラン様が傍に立つ。
「なんだこれ。古代文字? ええっと………欲望という…名の、物語?」
アラン様としてみたい事。
それを色々と思い浮かべながら、思い切って本を開いた。
「!」
カッと本から溢れ出した光の奔流が全身を包む。
眩い光の中で、身体が薄く引き伸ばされ、天に落ちていくような地面に昇っていくような不思議な感覚に飲み込まれる。
「メアリ!」
アラン様が咄嗟に光から目を守るように腕で防ぎながらもう片方の手でしっかりとわたくしの手を掴み、その感触を最後に意識は途切れた――。
――ここは――どこだ……?
見覚えはあるが、どこかふわふわと現実感のない風景。
――メアリの家の庭、か? でもどうして?
自分がいるべき場所ではないと分かるのに、戻るべき場所がどこなのか、今まで何をしていたのかが思い出せない。
不意に、傍に少女が立っている事に気付いた。
緊張しているのが見て取れるその少女は、それでも一生懸命に、自分の育てた薔薇を披露してくれている。
幼い頃のメアリだ、と気付くのが遅れたのは、今の雰囲気とはかなり違うからだ。
自信のなさそうな態度、気の弱そうな表情。
この貴族社会ではすぐに悪意に飲み込まれ、壊れてしまうだろう。
――俺が、守ってやらないと
庇護欲と呼ぶには幼過ぎる身だが、それでも自分が守らなければと心に決める。
何か、勇気づけ、元気づける言葉をかけたい――。
つい先日覚えたばかりの慣用句を思い出し、必死に王子らしい余裕を装いながら微笑んでみせる。
「メアリの手は“緑の手”なんだね―――」
俺なんかの話でも、メアリは感激したように聞いてくれた。
それが嬉しくて、パッと花が開いたような笑顔が可愛くて、婚約者として大切にしてきた――つもりだった。
元々努力家だったメアリは、いつの間にか“貴族令嬢の鑑”と言われるまでに成長していた。
礼儀作法、立ち居振る舞い、ダンスにドレスの着こなしまで全てを完璧にこなし、気付けば堂々と胸を張って俺の隣に立つようになっていた。
“まるで、ジオルドみたいだ”
いつも自分と比べられる完璧な双子の兄の姿を重ねてしまった瞬間から、いつしか婚約者をどこか疎ましく感じるようになっていった。
別に自分を持たない気弱な人間が好きな訳ではない。思い通りに言う事を聞く人間が欲しい訳でもない。ましてやメアリが悪い訳ではない。
どんなに理性が囁いても、感じてしまった苦手意識は少しずつ膨れていき、いつしか心は離れてしまっていた。
「………様」
魔法学園への入学は、自分に向き合い、気持ちを切り替えるのに、いいタイミングだと思ったが、そんな矢先に出会ったのが、マリア・キャンベルだった。
何をやっても勝てない兄に今度こそ勝つつもりで頑張ったテストの結果は、兄どころか平民の女子生徒にさえ届かなかった。
だが、悔しさと同時に湧き上がったのは、興味だった。
ジオルドやメアリのように天賦の才に恵まれているのか、それとも俺と同じように努力で手にした結果だったのか。
「……ン様」
魔力を持つ者のほとんどは貴族階級から生まれるが、平民の身分でもまれに魔力に目覚める者はいる。大抵は謂れのない中傷にさらされ、好奇の目で見られたり疎んじられたりするが、そんな孤立した中でも努力してきた人間ならば、似たもの同士、仲良くなれるかもしれない―――…
「アラン様!」
ハッと顔を上げる。
メアリが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか、アラン様? お疲れでしたら、今夜はもうお休みになられますか?」
「!!?」
髪の一筋さえ乱した事のないメアリが、バスローブを羽織った姿で、目の前に立っている。
「メメメメアリ!? その恰好は――」
気付けば、部屋の様子もおかしい。
カーテンが引かれ、小さな灯りだけが灯る部屋には、甘い香りの香が焚きしめられていた。
そんな部屋に据えられた大きなベッドに俺は腰かけ、なぜかローブを着ている。
「……やはりお疲れのようですね。無理もありませんわ。今日の結婚式まで本当に忙しかったですから」
――結婚式?
「誰と、誰の……?」
思わず確認してしまうと、メアリはプウッと頬を膨らませた。
「まあ! アラン様の意地悪! どうしてそんな事を仰るのですか?」
「す、すまん。疲れているせいか、記憶が混乱していて……」
まあ、そうですよね、と納得した様子のメアリは、気を取り直したように微笑む。
「アラン様とわたくしの結婚式に決まっているではありませんか」
「……!?」
声を上げて驚きそうになるのを必死で堪える。
驚いて見せたら、またメアリの機嫌を損ねてしまう気がした。
――俺とメアリの結婚式……!?
いつかそうなる事は婚約が決まった時から分かっていた事だが、それでも面喰ってしまう。
メアリと結婚するのが嫌という訳ではない。
ただ、心の準備というものが――…。
「一応、今夜は初夜という事になりますが……でも、アラン様がお疲れでしたら、今日はもう休む事にしましょう」
「ああ……」
結婚式となれば準備までに時間もかかるし、それが王子の結婚ともなれば式は盛大になる。大勢の披露宴の招待客たちの相手をしたりもしたはずだが、全く記憶がないのはどういう事なのだろう。
「……ん?」
混乱と戸惑いで聞き流した言葉が耳に引っかかった。
――“初夜”?
今、初夜って言ったのか?
急に眼が冴え、動悸がしてくる。
俺とメアリが? いや、もちろん夫婦になったのだから当然の事だし、想像した事がないと言えば嘘になるが――。
「……アラン様。眠る前に、少しだけお話しさせていただいてもよろしいですか?」
メアリがベッドの上に座り、少し緊張したようにかしこまっている。
「あ、ああ」
大切な話だとなんとなく分かったので、こちらもメアリに向き合って座った。
深呼吸したメアリがそっと胸に手を当てた。その薬指に指輪が光る。
「アラン様。家の決めた婚約でしたが、わたくしはずっとあなたをお慕いしてきました。わたくしの夢は、子供の頃から“アラン様のお嫁さんになる事”でした。ですから、とうとうこの夢が叶って、わたくしとても幸せですわ」
「メアリ……」
「初めてお会いした時にアラン様に掛けていただいた言葉――わたくしを“特別で素晴らしい存在”なのだと言ってくださったあの言葉が、当時のわたくしにとっては本当に嬉しかったのです。あの言葉を胸に、わたくしはアラン様にふさわしくなれるよう、頑張る事ができました。“貴族令嬢の鑑”などと称えられるのはわたくしには過ぎた尊称ですが、それも全て、アラン様のおかげなのですわ」
「それはメアリが頑張った結果で、俺は別に――…」
俺はそんな大層な事は何もしていない。
たまたま口にした言葉が、メアリにとってタイミングよく響いただけの事だ。
そう告げると、メアリは首を横に振ってから微笑んだ。
「ですがその偶然が、どんな大輪の薔薇よりも鮮やかにあの時のわたくしの心を照らしてくれました。その頃のわたくしはお母様を亡くし、居場所がなくていつも泣いてばかりいて、そんな臆病で弱虫な自分が大嫌いでした。わたくしを救い、生きる意味と目標をくださったのは紛れもなくアラン様です。ですから――」
メアリが俺の手を取り、ギュッと握る。
「アラン様、わたくしと出会ってくださってありがとうございます。心からお慕いして――いえ、飾らない言葉で言わせていただきますね」
恥ずかしそうに、だけどとても幸せそうに、メアリは笑った。
「大好き、です」
はにかんだようなその笑顔が、出会った頃によく見せていた表情にそのまま重なる。
メアリの心からの言葉に、胸に温かい炎が灯り、熱を帯びていく。
気付けば、握られた手を引いてメアリを抱き締めていた。
少し慌てた様子のメアリだったが、おずおずと腕を背中に回す。
「アラン、様?」
「……ありがとう」
「え?」
「こんな俺を――そんなにも想っていてくれて、ありがとうな」
メアリがまたぷうっと頬を膨らませ、顔を上げた。
「“こんな俺”なんて言わないでください。わたくしにとって、アラン様は誰よりも素敵で大切な方なのですから」
「あ、ああ……」
こんなにも素直に好意を示されてしまうと、くすぐったくて、どんな顔をしていいのか分からなくなる。
俺の胸に顔をうずめるようにくっつけたメアリは、囁くように俺を呼んだ。
「……アラン様」
「ん?」
「………………」
少し身じろぎしたメアリが、迷うように黙り込む。
「どうした?」
「……アラン様は本当に、このままわたくしと結婚してもよろしいのですか?」
今日結婚式を挙げたにしては妙な質問だ、と心の隅で思う。
「アラン様のお心には、他に誰か、想う方がいらしたのでは……?」
「いない」
自分でも意外なほど、反射的に言葉が出ていた。
「そう……なのですか?」
「俺にはお前がいるだろう」
「最近のわたくしは、形だけの婚約者でしたわ」
「そんな事は――」
「ない、と言えますか?」
メアリは俯いたまま、額でぐりぐりと胸を押した。
どう見ても拗ねている態度に、ひとつだけ思い当たる。
「――マリア・キャンベルの事か?」
メアリの動きがピタリと止まった。
「やましい気持ちがないからこそ、お前の前で話しかけたりしていたんだが――」
いや、今言うべきなのはそうじゃない。
「――そうだな、俺が無神経だった。婚約者の前で他の女性に頻繁に声を掛けたりして、嫌な気持ちにさせてすまなかった。ただ、これだけは言わせてほしい。好意以前の純粋な興味があっただけで、本当にやましい気持ちはなかったんだ」
「……どうしてマリアさんに興味を持ったのか、お聞きしても……?」
「そうだな……きっかけはテストの順位で負けた事だが――聞きたいのはそうじゃないよな……」
メアリが本心をさらけ出した今、自分も正面から向き合わなければいけないだろう。
それを口に出すのは――俺を素敵だと信じてくれている相手の前で認めるのは勇気がいる事だったが、深く息を吐き出し、心を決める。
「メアリ。ちょっと、恰好悪い話をするぞ」
「俺は――生まれた時からジオルドと比べられて、ずっとあいつが嫌いだった。何をやってもあいつには絶対に敵わなくて、“ジオルドの残りかす”なんて陰口を叩かれて」
「な……一体誰がそんなひどい事を!? アラン様はアラン様にしかない良いところも素敵なところもたくさんあるのに!」
ガバッと顔を上げたメアリは、悔しそうに唇を噛んだ。
「ああ、ありがとう」
本気で怒ってくれているメアリのおかげか、話しながらもそれほど心は痛まなかった。
「……だから、俺は自分が王子という身分に見合わない出来損ないだと、何の才能もない駄目な人間だとずっと思い込んできた。いくら努力しても届かず、努力など無駄なのだと思い始めていた。俺はただ虚勢を張っているだけの、劣等感の塊だったんだ」
「アラン様……」
「そんな時、俺の前に現れたのが、マリア・キャンベルだった。なんていうか――俺と似ていると思ったんだ。周囲の理解が得られず、孤独に、それでも努力を続けてきた人間なのだと。でもそれは“同類相憐れむ”類いのもので、本当に恋愛感情などはなかった」
「そう……だったのですね」
今なら分かる。たぶん俺は、マリア・キャンベルに恋をしかけていた。
だがメアリのおかげで、その一歩手前で踏みとどまる事ができた。
幼い頃出会った気弱な少女が、こんなにも立派に成長した事を喜ぶ事も誇る事もできずに、眩しさにただ目を逸らしていた自分が情けない。
メアリは俺にふさわしくありたいと、俺と共にある為に努力してきたと言ってくれた。
彼女がそう信じてくれるのなら、俺は今までの自分の努力を認めてもいいのかもしれない。
そして、これからもお互いに高め合う存在であれるよう、もっと努力したいと思える。
「……幻滅しただろ?」
「そんな! アラン様がジオルド様に苦手意識をお持ちなのはなんとなく分かっていました。わたくしがもっと早く、アラン様が誰にも代えられない大切な人だと伝えられていればよかったのですわ。勇気が足りず、申し訳ありません」
ふと、何か思い出したようにメアリが小さく息を吐いた。
「つい最近言われた言葉なのですが――“人には向き不向きがある”のだそうです」
「どういう事だ?」
「アラン様は、ジオルド様の優れた面ばかりを見ていて“敵わない”と思い込んでしまっているのではないでしょうか? どんな人にも必ず得意な事と苦手な事があるはずです。アラン様にはアラン様にしかできない、アラン様の得意な才能を伸ばしていけばよいのでは?」
「俺には才能なんて呼べるものは――」
「そんな事はありませんわ。例えば子供の頃によく聴かせていただいたピアノの演奏は、音のひとつひとつが輝いて感じるくらい本当に素晴らしいものでした。アラン様には音楽の才能がきっとおありだと思います」
「音楽……」
幼い頃は、新しい曲を覚える度にメアリに弾いてみせていた。
いつだってメアリはうっとりと最後まで聴いてくれ、弾き終わると、手が腫れてしまうのではないかと心配になるくらい一生懸命に拍手をしてくれた。
それが嬉しくて、一時期は熱心にピアノに打ち込んでいた事を思い出す。
あんな風に“誰かを喜ばせたい”という気持ちを、俺は長い事忘れていた気がする。
勝ち負けにこだわり、前を歩くジオルドをただ追う道ではなく、自分自身と闘う道。
今からでも、遅くないだろうか?
「アラン様……少しだけ、お胸を貸していただいても……?」
そう言ったメアリは俯いて、黙り込んだ。
「ああ」
その肩をそっと抱き寄せる。
――こんなに、小さかったのか……
いつも堂々と胸を張るメアリの、抱き締めて初めて知ったその肩の小ささに、改めて自分が守らなければと思う。
「……メアリ?」
肩が、震えている。
――泣いている?
すすり泣いていたメアリが俯いたまま涙をこぼし、膝にパタパタと音を立てて落ちた。
「わたくし、ずっと……ずっと寂しかったです。頑張れば頑張るほど、アラン様のお気持ちが離れていってしまうのを感じて――」
長い事、我慢していたのだろう、気持ちを吐露した途端に感情の制御ができなくなってしまったように、メアリは声を押し殺して泣き出してしまった。
その背中を強く、強く抱き締める。
「メアリ――すまなかった、不安にさせて――悲しませて。俺は、お前は才能に恵まれたジオルドと同類なんだと勝手に思い込んで、無意識に敬遠してしまっていたんだ。だがお前の気持ちを聞いて、今、俺は本当にお前を愛していると気付けた」
「…………」
「愛している、メアリ」
「アラン、様……」
なんとか涙を止めようとして不器用に両手で目元を拭う。
「も、申し訳ありません。こんな――子供みたいに泣いたりして……」
「いや、構わない。俺たち、付き合いは長いのにこうして本心を見せ合ったのは初めてだもんな」
「本当ですね」
「今度から、ちゃんと自分の気持ちは伝えるようにしよう。俺たちはもう夫婦なのだから」
「はい―――はい」
頷きながら、泣き笑いになる。
「わたくしも愛しております、アラン様。誰よりも、あなたが好き」
――こんなに表情がくるくる変わる奴だったか?
膨れっ面も、泣き顔も、笑顔さえも、初めて見るほど表情豊かで、自分がいかに上っ面のメアリしか見ていなかったのかを思い知らされる。
いや、自分が不甲斐ないばかりにメアリに自制を強い、完璧の仮面を被らせ続けてきたのだろう。
ぽろぽろと涙をこぼしながら微笑もうとする様子が愛おしくて、震える小さな肩が愛おしくて、胸に押し付けるように強く抱いた。
「……なあ、メアリ」
「はい」
「抱いても――いいか?」
ピクリ、と肩が震える。
「……もう抱き締めていただいていますよ?」
「馬鹿」
耳元に囁く。
「――分かって、いるだろ?」
「――…はい」
ゆっくりと顔を上げたメアリは頬を染めながら額をくっつけ、上目遣いで瞳を覗き込む。
「もう、離さないでくださいね」
『――二人はそのまま唇を重ねると、ゆっくりとベッドに横たわり――…』
そこまで読んだ私は、バタンと音を立てて魔法書を閉じ、ソフィアとマリアを見る。
二人とも本を覗き込んだ姿勢のまま顔を真っ赤にして気が抜けてしまっていて、ハッと正気に戻ると手を取り合って悲鳴を上げた。
「これはもう、お二人、この後に結ばれていますよね!?」
「間違いなく、結ばれています!」
きゃあっと一騒ぎしてから、嬉しそうに溜め息を吐く。
「よかったですね」
「わたくし、メアリ様の想いの一途さに、途中泣いてしまいそうになりましたわ」
――本当に、よかった……
結局マリアはアランルートを選ばなかったし、メアリとアランは両想いになったので、もうメアリにとってのバッドエンドはないはずだ。
なによりずっと気を張ってつらそうだったメアリが幸せになって、本当に嬉しい。
さすがにこれ以上は読めないので、後はもう二人が欲望の限りを尽くし、魔法書を満足させて解放されるまで、図書室に誰も近づかないよう見張り番をするだけだった。
カタリナが全員攻略すると思っていた方、ごめんなさい!
アランとメアリが結ばれるのが『FORTUNE LOVER』的に自然だと思い、こうなりました。
アランはめっちゃマリアに嫌われてましたが、マリアの性格上、そうなると思うのです。(。-`ω-)プイ
another storyで一番の純愛回になりましたが、前話に引き続きまたまたR-18要素なくてすみません!そして次回もありません。
(; ・`д・´)エエ⁉ナイノ⁉
今は友情回収編です。