乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
☆ another story18話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売始めました!
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6517431
☆ extra story13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中です♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6121168
☆ 本編13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/5929552
「――義姉さん!」
味の感じない夕食を飲み込むように済ませ、玄関で後悔と焦燥感にさいなまれながら義姉の帰りを待っていると、ようやく馬車が入り口に到着した。
「おかえり、義姉さん。心配したよ、こんなに遅くなるなんて――…」
駆け寄った馬車からはまずジオルド王子が降りてきて、芝居がかった手つきで中へと手を差し出す。
その手を取って降りてきた義姉さんは、僕を見ると目を逸らした。
「義姉、さん……?」
嫌な予感に震える。
「義姉さん」
もう一度呼んでみたが、義姉さんは俯いたまま目を合わせようとしない。
ジオルドが勝ち誇ったようにフッと笑った。
――どうして、無理にでも同じ馬車に乗り込み、ついていかなかったのだろう?
――どうして、途中から別人にすり替わっていた事に気付けなかったのだろう?
気付いてから街中を死に物狂いで探し回ったが、いくらなんでも王都は広過ぎる。
見つけ出す事ができないまま帰路につき、不安で気が狂いそうになりながら今まで玄関で待っていたが、ようやく帰ってきた義姉さんはもう“僕だけの義姉さん”ではなくなっていた。
毎日のように抱いていた僕だから分かる。
分かってしまった。
愛されたのだ、この男に。
その汚らわしい手で滑らかな肌に触れ、みずみずしい身体を犯し、僕だけのものだった義姉さんを隅々まで味わったのだ。
きっと義姉さんの優しさにつけ込み、無理強いしたに違いない。
ぐらりと地面が揺れ、反射的に傍の柱に手をついて身体を支える。
ひどい頭痛と、吐き気がした。
義姉さんはジオルド王子に何かを囁かれると頷いて、屋敷へと入っていく。
すれ違う瞬間、義姉さんは「ごめんね」と囁いた。
最後まで、義姉さんは僕を見てくれなかった。すぐに追いかけようとしたが、入れ違いに義親が屋敷から出てきて、タイミングを失ってしまう。
ジオルド王子は義親に挨拶し、馬車から降りてきた小柄な従者を紹介していた。
「――急な申し出で大変恐縮ですが」
「いえ、ジオルド様にそこまでお気遣いいただけるなんて、当家としても光栄の至りです」
何の話だ?
義父が僕を手招きした。
「キース、こちらラフィリアさん。ジオルド様がカタリナの為に付けてくださった護衛だ」
従者と思ったのは、男装をした同い年くらいの少女だった。
紹介された少女が無表情に会釈する。
「よろしくお願いいたします」
用は済んだらしく、ジオルド王子は挨拶をして馬車へと向かいかけ、ふと足を止める。
「ああ、そうだキース」
ジオルド王子が顔を寄せ、僕にしか聞こえないように囁いた。
「君のつけた跡は全て、僕が上書きしておきましたから」
「……!」
「それから――」
通り過ぎながら、嫌な笑みを浮かべる。
「――カタリナは僕を、喜んで“受け入れて”くれましたよ」
それが何を意味するかはすぐに分かった。カッと頭に血が上る。
「嘘を吐くな!」
殴りかかった僕の前に、護衛の少女がスッと立ち塞がると、天地が一転した。
――投げ飛ばされたのだ、と理解した時には、義親がジオルド王子に頭を下げていた。
「ジオルド様! 愚息が無礼を働き、大変申し訳ございません!!」
そう力があるようにも見えないラフィリアに捻じ伏せられ、身動きが取れない僕を憐れむように見下ろしたジオルド王子は、余裕を見せる。
「いえ、きっと脚がもつれて、殴りかかるような体勢になってしまったのでしょう。僕は気にしていませんよ。それに彼女の有能さも確認できましたし」
「寛大なお心遣い、痛み入ります。今後このような事がないよう、きつく言って聞かせますので――」
低頭する義父にジオルド王子は顔を上げるように言うと、ラフィリアには“もういい”と身振りで合図し、立ち上がった彼女に向き合う。
「――ラフィリア、改めて君に命じます。僕の大切な婚約者に手を出す愚か者から、カタリナを守ってください」
「……カタリナ様、そろそろお時間です」
ラフィリアが無表情に告げる。
あの日――下町デートをした日の帰り道、ジオルドは、私からキースを遠ざける為の護衛としてラフィリアをつけた。
以来、男装をした彼女が常に付き従っていて、学園には編入という形で教室では並んで授業を受けている。
編入試験の結果はとても優秀だった上に、ニコルを見ても顔色一つ変えずにいられた事とジオルドの後押しもあった事から、生徒会の補助員としても参加していた。あまりの有能さに、ニコルさえも一目置いている様子だ。
本当は私よりもひとつ年上という事だけど童顔で、表情が乏しくて口数も少なく、いつも顔色があまりよくない。
「ラフィ、昨日もあんまり眠れなかった?」
「いえ、いつも通りです」
彼女が寝る時は私の寝室と続きの部屋のソファを使っていて、あれではよく眠れないのも当然だと思うのだけれど、簡易ベッドを勧めても「ぐっすり眠ってしまっては、任務を全うできませんから」と、にべもなく、傍にいるようになって数週間経つのにちっとも打ち解けてくれない。
いつも少し退屈そうに授業を受けているのに、私が分からなくて悩んでいれば分かりやすく教えてくれるし、身のこなしは軽やかで素早い。土の魔力も持っている。
ただ魔法はあまり得意ではないらしく、私と同じように土を軽く弾く事ができるだけのようだ。貴重な土ぼこ仲間に、親近感が湧く。
男装なのが勿体ないほど可愛いらしいのに、癖のあるふわふわした髪をいつも無造作に後ろにまとめていて、どこか遠くを見ているような生気のない目と乏しい表情に、つい心配になって構いたくなってしまう。
――まあ、少しずつ仲良くなれればいいよね
そう。今はラフィリアの事よりも、考えなければいけない事がある。
キースと、ジオルドの事だ。
あの夜ジオルドに殴りかかったキースは、お父様に夏休みの残りの間、謹慎を申しつけられた。
部屋に閉じこもるキースが心配だったけれど、私にはどうにもできなかった。
翌日、扉越しに話したキースは、私がジオルドに愛された事に気付いている口ぶりで、絶望に打ちひしがれたように泣いていた。
泣かないで、とは言えなかった。
いつだって“僕だけを見て”と囁いてくれていたキースを裏切ってしまったのは私なのだから。
だけど私はキースの為に、お父様とお母様の為に、ジオルドとの約束を守らなければならない。
“キースに触れない”という約束を。
私の破滅エンドに周囲の大切な人たちを巻き込むのは、絶対にいやだ。
ジオルドに約束させられたという事は、キースには話していない。
話してしまったら、決定的にジオルドへの嫌悪が増してしまうと思ったからだ。
なのでキースには、こう言ってある。
「ジオルドの誠意に心を動かされた」と。
「だからもう、キースと“今までのように仲良く”はできない」と。
キースの事は大切だし、これからも変わらず大好きだとも伝えたけれど、虚ろな返事を返すキースに届いたとは思えなかった。
だから私には破滅エンドを回避する他に、二つ、やらなければいけない事ができた。
ひとつは、キースが暴走しないよう、気を配る事。
もうひとつは、ジオルドの執着を和らげる事。
どうやらジオルドは、自分の婚約者に手を出された事で私を意識し始めたらしい。
木登りがどうとか言っていたが、それはたぶんきっかけというか建前だろう。
要は王子様のプライドを傷付けてしまったのだ。
あんな強要するようなやり方は、前回のジオルドでは考えられなかった。
本当に好きになってとは言わないけれど、プライドで意地を張るように仲を深めようとするのは、なんかイヤだ。
たぶん、ジオルドとはもっと色々話したり、一緒に過ごしたり、時間が必要なのだと思う。
そうしてお互いをもっとちゃんと知り合えたら、前回のように普通に仲良くなれる気がする。
「――おはよう、義姉さん」
寮の前で待っていてくれたキースが微笑んだ。
「おはよう、キース」
「ラフィリアも、おはよう」
「おはようございます、キース様」
さりげなく私とキースの間で歩き出すラフィに、キースが小さく溜め息を吐く。
ラフィリアはジオルドからの命令を忠実に守り、なんとか私に近づこうとするキースに立ち塞がっては追い払う。
ラフィのおかげで――というのも変だけど――今のところ、ジオルドとの約束は守られていた。
「今日は魔法の実技試験だね」
「そうね、キースはアラン様のチームだっけ?」
「そう。メアリ様とマリアさんの四人だよ。義姉さんはジ――」
ジオルドの名前を出すのもイヤだったらしく、キースが黙り込んだ。
「私はソフィアとラフィリアとジオルド様のチームよ」
そう言って、視線をラフィリアに向ける。
「今日はよろしくね、ラフィ」
「はい」
「僕からも義姉さんの事、よろしくお願いするよ。本当は僕が守ってあげたかったけれど――」
前回のキースがチャラ男ではなく好青年に育ったのは、孤独を感じる事なく家族に愛されて育ったからだと思う。
この世界のキースと違う要因が孤独なら、それを癒す事が先決だ。
だから少しでも早くキースと打ち解けて仲良くなろうと、添い寝をしたり、朝の生理現象を慰めたりと、ちょっと強引な手を使った。
けれど、今のキースはもうひとりぼっちではない。
ジオルドに殴りかかった夜、お父様には怒られてしまっていたが、そんなキースを庇ったのは意外にもお母様だった。
お母様も、これまでキースを誤解してつらく当たってきた事を後悔し、心からキースに謝り、今からでも母親らしくあろうとしていたのだ。
それに学園にはみんながいる。
私がいなくても、大丈夫なはずなのだ。
キースが私に執着するのは、きっとまだ周囲を信じ切れていないから。
私をなくしたら、自分にはもう誰もいないと思っているからだ。
でもそんな事は絶対にない。
悩みがあれば聞いてくれる人が、落ち込んでいれば慰めてくれる人が、孤独な心に寄り添ってくれる人が、今のキースにはたくさんいる。
それがまだ見えていないだけなのだ。
もしかしたら、これはいい機会なのかもしれない。
私しか見えなくなっているキースが、立ち止まり、周りをしっかりと見回す為の。
本当に大切な人は誰なのか、それに気付いた時、キースは本物の幸せを手に入れられるはずだ。
だから私に今できるのは、キースが寂しさや悔しさから暴走しないようにちゃんと見守って、大切な人や打ち込めるものを見つけられた時には、全力で応援する事だ。
空を見上げ、その青さに目を細めて刹那に祈る。
――願わくば、みんなが幸せになれますように――…
「――本日の実技試験では古の遺跡を探索し、魔力を宿す石を持ち帰ったチームが合格となります。かつて大魔法使いが暮らしていたこの遺跡は複雑な迷路となっており、様々なトラップが仕掛けられています。みなさん、くれぐれも注意して進み、これまで鍛錬してきた魔力と学んできた知識を最大限に活かしてください」
学園長が重々しく言うと、チームごとに分かれて、決められた入り口へと移動する。
前回一緒のチームだったキースは、ジオルドが裏から手を回したのかそれとも偶然か、別のチームだった。
その代わり今回はラフィリアがメンバーに入っている。
「では皆で力を合わせて、進みましょう」
メンバーを見回したジオルドは、テキパキと指示を出す。
「僕が先頭を歩きます。僕の後ろをカタリナ、その後ろをソフィア様、殿りをラフィリアにお願いします。トラップの危険がありますので、周囲には不用意に触れないようにしてください」
「分かりましたわ」
「どうやって進むのですか?」
「そうですね、地図がないので何とも言えませんが、試験と言うからには簡単には目的の石は手に入れられないでしょう。分かれ道はその場の判断になりますが、できるだけ奥まで進んでみる、という事でいかがですか?」
全員が頷く中、こっそりと手を握り締める。
――絶対に壁とか変な突起には触らないようにしないと……!
前回は動く度にトラップに引っかかってみんなに迷惑を掛けた挙句、迷子になって心配まで掛けてしまったので、今回は大人しくしていようと心に決めていた。
それにしても、魔力を宿す石かぁ……。
前回は確か、大きな穴のところで石を拾ったような気がする。
――つまり大穴のところに辿り着きさえすれば、試験は合格!?
「あの!」
出発しようとしていた三人を呼び止める。
「噂で聞いたのですけど、遺跡の奥には大きな縦穴があって、そこに石がある確率が高いとか。とりあえずその穴を目指してみませんか?」
なぜか、ラフィがピクリと反応した。
ジオルドは少し考えてから頷く。
「そうですね……目的地がある方が進みやすいかもしれませんね。そこへ着くまでの過程で石を見つけられればそれでいいですし。さて、そうすると――ソフィア様、風の魔法でその大きな縦穴の場所を探る事は可能ですか?」
急に話を振られて、ソフィアが赤くなった。
「え? ええ……大体の方向でしたら、分かると思いますわ」
「お願いします」
ソフィアは入り口に立つと目を閉じ、意識を集中させた。
ふわり、とソフィアの周りに風が起きたと思うと勢いを増し、遺跡の中に向けて吹き抜けていく。
少しするとソフィアが目を開いた。
「……確かに、奥の方に吹き抜けの大きな空間があるようです。内部がとても複雑ですので、通路が分岐する度に確認した方がよさそうですわ」
「では、慎重に行きましょう」
ジオルドが注意しながら先頭を歩き、分かれ道になるとソフィアが行き先を選ぶ。
前回とは違うルートを順調に進んでいると、通路途中の部屋の前でジオルドが立ち止まった。
「どうかされましたか?」
「……あれ、どう思いますか?」
ジオルドの指差した部屋の奥の壁に、キラキラとした石が嵌め込まれている。
「魔力を宿す石ですわ!」
ソフィアが嬉しそうに声を上げた。
「ですが、この部屋……」
部屋は縦に細長く、奥まっていて、石のある壁が不自然に入口から遠い。
「トラップがありそうですね――いや、あの石自体がトラップか」
「トラップだとしたら、どんなものでしょう?」
「これ見よがしに掲げられているところを見ると、おそらく石を外した途端に矢が飛んでくるとか、足元が崩れるとかでしょう」
さっきからずっと私にできる事はないかな、と考えていた為、パッと閃いた。
「要は部屋に入らずに石を外して様子を見られればいいって事ですね! なら、私の出番です!」
「カタリナ?」
必要もないのに腕まくりをし、向こうの壁に向けて大仰に腕を振り上げる。
「――出でよ、土ぼこ!」
壁からポコッと石が外れ、床へと転がった。
ゴトリと音を立てて転がった石はサッと砂に変わり、床石が落ちて崩れ始める。
部屋が何もない空間になってしまうまで、あっという間だった。
入り口から覗き込むと、底は見えず暗い。
「……ありがとうございます、カタリナ。君のおかげで命拾いしました」
「カタリナ様の魔法、絶妙でしたね」
「そお? ありがとう」
人を転ばせる事しかできないと思っていた私の魔法が役に立って、凄く嬉しい。
「…………」
ずっと黙って見守っていたラフィリアが、ふっと微笑んだ。
「あー! ラフィ、今笑った!」
「いえ、そのような事は……」
スン、と無表情に戻ってしまったラフィリアに抱きついて、顔を近づける。
「ラフィ、笑うと凄く可愛い!」
「可愛いだなんて言われても、嬉しくありません! 離してください!」
「ええ~? 女の子同士なのだから、そんなに照れなくても」
ラフィが腕を振りほどこうともがき、軽く揉み合っていると、ジオルドに引き剥がされた。
「カタリナ、彼女にはあまりベタベタしないように。護衛の任務が果たせませんから」
「え? あ、はい……」
ちょっと不機嫌そうなジオルドに、試験中なのにふざけ過ぎてしまったかな、と反省する。
その後、魔力を宿す石は見つからないままいくつかの部屋とトラップをやり過ごし、かなり奥まで来たのではないかと思いながら探索を進めていくと、不意に灯りが途切れた。
「この段差の陰、暗くてよく見えませんね」
「どうしてここで灯りが途切れているのでしょう? この先へは行ってはいけない、という事でしょうか?」
「でも先生方からはそんな注意、受けていませんよね」
なんとなく、暗くなっている箇所が気になる。
「出でよ、土ぼこ!」
暗がりに向けて土ぼこを放ったが、手応えがない。何か変だ。
「カタリナ?」
「ジオルド様、一瞬でいいので火の魔法で照らしてみてもらえませんか?」
「そうですね、トラップの可能性もありますし」
深呼吸をしたジオルドが、手に魔力を込める。
「……!!」
燃え上がった炎に照らし出された床を見て、全員が息を飲んだ。
陰になった暗い部分は落とし穴になっていた。
「……危なかったですね。踏み出していたら穴に落ちていたところでした」
落とし穴を無事越えて進んでいくと、だんだんと通路の様子が変わってきた。
石造りの床や壁はこれまで以上に荒れていて、何かの鉱石がほんのりと光っている。
なんか見覚えがある、と思っていると、ソフィアが風の魔法を使った。
「この先に、大きな空間がありますわ」
「ソフィア、大丈夫? そんなに何度も魔法を使って」
「さすがに少し疲れましたが、大丈夫ですわ。目的地は目の前ですし」
「よければ、これ食べて。疲れた時には甘い物!」
キャラメルをいくつか渡すと、ソフィアは嬉しそうに微笑んで受け取る。
「ありがとうございます。いただきますわ」
そんなやり取りをしているうちに、大穴へと辿り着いた。
「……凄いですね」
目の前に広がる穴は大きく、深く、底も天井も見えない。
「何の為の穴なのでしょう?」
「盗賊を追い込み、落としてやっつける為でしょうか?」
「階段などもなく階層ごとに繋がっていないところを見ると、そうかもしれませんね」
――前回はここで、人の気配を感じたんだよなあ……
今回はここまで進んだ生徒はいないのか、人気が全くない。
「では石がないか探してみましょう」
「あ、足元が脆くなっている――脆そうなので、なるべく壁際を進んだ方がいいと思います」
「そうですね、この穴に落ちたら怪我では済まされない」
ラフィリアはさっきからずっと黙ったままだったが、ここが危険な場所だと肌で感じるのか、緊張したように周囲に目を配っている。
慎重に歩を進めていくと、ふと、下の階層で何かが光った気がした。
「ん?」
目をすがめる。
「あ! あれ! あそこの光っているもの、魔力を宿す石では!?」
「どこですか?」
「あの、下の階の――」
「まあ、本当! きっとそうですわ!」
ジオルドが考え込むように、顎に手を当てる。
「……でもどうやってあそこまで下りましょうか。この複雑な迷路を戻ってあそこまで通じる道を見つけるのは至難の業ですし、僕たちの魔法では役には立ちませんし」
「ふっふっふ」
得意気に笑いつつ、ロープを取り出す。
「これであそこまで下りればいいのです!」
「荷物が多いと思ったら、そんな物を用意していたのですか」
「さすがですわ、カタリナ様」
前回迷子になった時の事を必死に思い出して、必要になりそうな物を色々と持ってきておいたのだ。
ロープの他にもキャラメルとクッキー、水、岩塩、火を起こす道具とナイフも持ってきてある。きのこが採れる事は分かっているから、これでいざという時の食料問題はバッチリだ。
「では問題は、誰が下りるかですが……」
視線が交錯する。
「……自分が行きます」
ラフィリアが手を上げ、その場の全員が、小柄で身のこなしの軽いラフィリアなら適任と頷いた。
しっかりとロープを腰に巻きつけた彼女を、みんなで下ろしていく。
「もっと下……あと1メートル………止めてください!」
ロープの先が見えないので、ラフィの声を頼りに慎重に従う。
ギシギシとロープが唸る音に混じり、コトン、と微かに硬い音がした。
「……魔力を宿す石、確保しました」
「では引き上げます。しっかりロープに掴まっていてください」
せーの、でロープを引き、少しずつ手繰っていく。
足場部分にまで上がったラフィリアもロープを両手で掴み、壁に足を掛けて自分でも登ろうとする。
ラフィの頭が見えてきて“あと少し”と思った時、ズザッと石を擦る音と共にロープに反動が来て、彼女の姿が消えた。
「えっ! ラフィ!?」
ガラガラと石が崩れて落ちていく音が響き、青ざめると、彼女の声がした。
「大丈夫です! 足を掛けたら崩れただけです。だいぶ石が脆くなっているようなので、こちらには来ないでください!」
「分かりました。もう少しだけ、あなたもこらえてください」
慎重にロープを引き、再びラフィリアの姿が見えてくる。
やがて足場の角に足を乗せて踏ん張った彼女が、転がり込むように上がってきて地面にお尻をついた。
「よかった、ラフィ! 怪我はない!?」
ホッとして思わず駆け寄った瞬間、視界がガクンと揺れる。
「いけない! カタリナ!」
長く放置されていたところに急に大人数が乗ってあれこれ動いた事がいけなかったのか、二人分の体重がかかった途端に足元の石が大きな塊のまま外れて、落ちていく。
ラフィが無事上がってこられたので気が緩んでいたのだろう、ロープがジオルドとソフィアの手からすっぽ抜けた。
――またこの展開…!!
「きゃあああぁぁっ!」
「二人とも!」
「カタリナ様! ラフィリアさん!」
こちらへ腕を伸ばすジオルドとソフィアが、スローモーションで遠ざかっていく。
と、突然足元から風が渦となって巻き上がり、私とラフィリアを包んだ。
――この魔法は――!
見るとラフィリアがかざした手を足元に向け、神経を集中している。
「ラフィ!?」
「すみません、今話しかけないでください! 自分を中心に魔法を使うなんて初めてなので!」
コントロールが難しいのか、落ちるスピードを殺しながらも少しずつ落ちていく。
「っく……!」
なんとかラフィと二人で転がり込んだのは、元の階層から3階層下だった。
「――ラフィ、助けてくれてありがとう…!!」
思わず抱きつくと、ポンポンと優しく頭を撫でてくれる。
「怪我がなくて何よりです」
「――カタリナ! ラフィリア! 無事ですか!?」
ジオルドが崩れた足場から覗き込み、声を張り上げる。
「大丈夫です、ジオルド様! ラフィのおかげで落ちずに済みました!」
「カタリナ様! ラフィリアさん! よかった!」
ぴょこんと顔を覗かせたソフィアに、手を振ってみせる。
再び、ジオルドの声が響いた。
「なんとかそこまで下りる方法を探しますので、二人ともそこから動かないでください!」
「いえ、自分たちがそこまで上がりますので、灯りが途切れて落とし穴になっていた辺りで待っていてください」
「……分かりました。くれぐれも気を付けて。1時間経っても合流できないようなら、教師の協力を仰ぎます」
「はい」
ラフィリアは腰のロープを外し、方位磁石を確認すると、「行きましょう」と促す。
行動に迷いがない様子は、まるでこの遺跡に来た事があるみたいだ。
それに、ラフィリアがさっき使ったのは確かに風の魔法だった。
歩きながら、先を歩くラフィに尋ねる。
「ねえ、ラフィ。土の魔力持ちではなかったの?」
「あ、えっと……」
答えてもいいのか迷ってから、彼女はしぶしぶ口を開いた。
「あなたの護衛の為に、風の魔力を土と偽って同じ授業に出席していました。弱い風を地中から一瞬だけ起こして土を弾いて」
「そうだったの」
きっとジオルドから、そうするように指示されていたのだろう。
土ぼこ仲間だと思っていたので、ちょっと残念だ。
でもそれよりも聞きたい事があった。けれど、口には出せなかった。
“あの時助けてくれたのも、ラフィだったの?”
さっきの魔法は、前回私とソフィアが落ちそうになった時に助けてくれた魔法に間違いない。
――じゃあ、ラフィリアはあの時試験を受けていた一年生の中にいたって事?
でも同学年にそんな名前の子はいなかったと思う。
そうだ、ラフィは私よりひとつ年上だと言っていた。
って事は、補佐官の二年生の中にいた?
だとしたら、ラフィリアはわざわざ編入という形で一学年下に入学し直した事になる。
何か事情があるのか、ジオルドの命令に従っての事なのか。
前回あった出来事は本人の記憶にはない事だから、確認しようがない。
だけど、これだけは言える。
前回も今回も、ラフィリアは私の命の恩人だ。
彼女の手を取り、両手で握り締める。
「ラフィが困った時には、必ず私が助けるからね!」
「……急にどうされたのですか? カタリナ様」
不審そうなラフィリアに笑ってみせると、あろう事かこのタイミングで、大きな音を立ててお腹が鳴った。
「「…………」」
「あはははは……、ラフィ、少し休憩しない? さっきの魔法で疲れたでしょ?」
恥ずかしいのを笑って誤魔化し、バッグからクッキーと水筒を取り出す。
呆れた顔をした彼女は、それでも頷いてくれた。
「仕方がないですね。ジオルド様たちがお待ちなので、5分だけですよ」
ほんのりと謎鉱石が光る通路の端に座り、「お先にどうぞ」とラフィリアに水筒を渡すと、困ったように渡された水筒を返そうとする。
「あの……自分が先に口を付ける訳には……」
「なんで? 遠慮しないで大丈夫よ!」
「いえ、その……」
言いづらそうにラフィリアが告げる。
「……自分は平民ですので……」
「そんなの気にしなくてもいいわよ! ラフィが貴族だろうと平民だろうと命の恩人なのに変わりはないのだから! むしろ中身がただの水なのが申し訳ないわ」
呆気に取られたラフィリアが、ふわっと笑った。
「おかしな方ですね、カタリナ様は」
――やっぱり、笑った顔はめちゃくちゃ可愛い!
思わず抱き締めたい衝動に駆られるが、さっきイヤがられてしまったのでグッとこらえる。
この薄暗い中でイヤがる女の子に抱きつくのは、変態認定されかねない。
せっかく縮まった距離は、大切にしたい。
「あ、これも食べて! 大きな魔法を使ったのだから、しっかり補給しないと!」
水を飲んでふうっと息を吐いているラフィの手に、クッキーとキャラメルを山盛り乗せる。
「こんなに!?」
「いやあ、もし遺跡の中で迷子になって何日も彷徨う事になったらと考えたら、多めに持ってきた方がいいと思って……」
そんな言い訳をしていると、急な騒がしさに驚いたようにネズミが1匹ちょろりと出てきた。
「珍しい。遺跡ネズミですね。魔力が淀んでいるところを好むネズミです」
「そんなのがいるのね」
こんな遺跡の中に暮らしているなんて、根性のあるネズミだな。
きっと毎日あのきのこやトカゲを食べて生きているに違いない。
クッキーを割って軽く放ると、遺跡ネズミはすぐに気付いてフンフンと嗅ぎ、口に咥えて走り出した。なんとなく見ていると、すぐ近くの石の割れた隙間に入っていく。
「あそこが巣のようですね」
ラフィもクッキーを口に運びながら、見るとはなしに眺めている。
「ん…?」
今、何か光ったような?
立ち上がり、隙間のところまで行って手を入れようとすると、ラフィリアが慌てて制止する。
「カタリナ様!? ネズミに手を噛まれたらどうするのですか!」
「あ、そっか」
隙間の入り口から1メートルくらいのところにクッキーをもうひとつ置いて、様子を見る。
すぐに甘い匂いに誘われた遺跡ネズミが、顔を出した。
「ほーら、おいでおいで……」
遺跡ネズミが出てくると、隙間に手を突っ込む。
指先に硬く冷たい感触。
「何か……金属の……?」
どうしても届かず、奥の手を使ってみる。
「出でよ、土ぼこ!!」
ポン、と土ぼこに弾かれ、隙間から何かが転がり出た。
こんなに土ぼこが活躍した事が、未だかつてあっただろうか。
今日という日を『土ぼこ記念日』に制定しよう。
ひとり悦に入っていると、自分の巣を荒らす不届き者に抗議するようにひと鳴きした遺跡ネズミが、どこかへ走り去っていく。
隙間から出てきたものを拾い上げると、それは丸い金属のコンパクトのようなものだった。側面に蝶番のようなものが付いている。
「なんか……開きそう?」
指先に力を込めてみたが、びくともしない。
「だめだわ。錆びているのかも」
立ち上がったラフィリアが、お尻のほこりをはたいた。
「以前に遺跡探索に来た研究者か学生が、落としたものでしょう。さ、そろそろ行きますよ」
「あ、うん」
手にしたものをバッグにしまい、遺跡ネズミにはお詫びのしるしに隙間の入り口にクッキーをひとつ置くと、先導するラフィリアを慌てて追う。
「待って、ラフィ~」
それきり、その拾い物の事は忘れてしまった。
「疲れた~~~」
なんとか試験を無事乗り越え、ぐったりとソファに身体を投げ出す。
頼もしいラフィリアが遺跡内にある隠し階段を見つけ出してくれたおかげで、休憩の後はトラップにも引っかからずに上に上がり、無事ジオルドたちと合流する事ができた。
魔力を宿す石もしっかり持ち帰り、私たちのチームは合格決定だ。
キースたちのチームも無事合格したらしい。
「ラフィ、今日は本当に、助けてくれてありがとうね」
私の着替えが終わって、扉の前で警護していたラフィリアが部屋に入ってきたので、改めてお礼を言う。
「いえ、あの時は自分の命もかかっていましたから」
ラフィリアはいつも、着替えとお風呂の時は扉の前で待機している。
確かにジオルドはラフィを護衛として紹介したのであって、使用人ではなかった。
ドレスの着付けとか、そういう訓練は受けてないって事なのかもしれない。
と、ノックの音がして、メイドがワゴンを押して入ってきた。
「今日は試験を頑張られたお嬢様に、クリームたっぷりのケーキをご用意しました」
ワゴンには美味しそうなケーキが1ホール乗っている。
「わあ、凄く美味しそう! ラフィも食べるでしょ?」
「え……」
さしものラフィリアも美味しそうなケーキを前にしては抗えず、恥ずかしそうに首を縦に振った。
「はい……」
ケーキを切り分け始めたメイドに、声を掛ける。
「ケーキはまだあるのでしょう? こっちはいいから、みんなで食べてきて」
「はい! ありがとうございます、カタリナ様!」
パアッと顔を輝かせたメイドは手早くケーキを皿に取り、カップにお茶を注いで用意をすませると、いそいそと部屋を出ていく。
――ああ……やっぱりラファエルのお茶が飲みたいな……
ティーカップを傾け、一口飲んで溜め息を吐いてしまう。
何が違うのかは分からないけれど、何かが違うのだ。
「はあ……」
「どうされました、カタリナ様?」
「あ、うん、お茶がね、これも充分美味しいのだけれど、もっと美味しく淹れたお茶を飲んだ事があるから、つい物足りなく感じてしまうのよねー」
「……そうですか」
ラフィリアがお茶を飲み、軽く首を傾げると、「ちょっと待っていてください」と言って席を外す。
少ししてから、ワゴンを押して戻ってきた。
目の前にティーカップが置かれる。
「どうぞ」
「え!? ラフィが淹れてくれたの?」
「はい。お口に合えばいいのですが」
「わあ、ありがとう」
一口飲んで、思わず手を止めてしまう。
――これって――…
「どうかされましたか、カタリナ様?」
「ううん、何でもないわ。凄く――本当に、凄く美味しい」
――この味を忘れるはずがない。間違えるはずがない
「そうですか。それは何よりです」
ふわり、とラフィが笑った。
微かに震える手でカップを受け皿に戻し、素直に感じたままを口にする。
「ラフィの淹れてくれるお茶は、優しい味がするのね」
「っ――…」
驚いたように目を見開いてまじまじと私を見つめるラフィリアに微笑んで見せてから、ケーキを取ろうと手を伸ばしてこっそりと目元を拭った。
「お茶が美味しいから、ケーキも捗っちゃうな。ラフィももう一切れどう?」
「あまり食べると夕食が食べられなくなりますよ」
「今日は試験頑張ったのだから、特別!」
「仕方がないですね。自分は充分頂きましたので大丈夫です」
美味しいお茶とケーキを詰め込み、少し寝室で休むと告げると、ラフィリアはソファで本を読み始めた。
扉をそっと閉めながら、その横顔にもう会えないと思っていた人の面影を重ねて、呟く。
「……ラファエル……」
読んでいて、ラフィリアがラファエルだと”ははーん”と思われたのはどの辺りだったでしょうか?
風の魔法のところなら目論見通りですが、”名前ですぐにピンときたよ!”という方もいたでしょうか…(;・∀・)
偽名は迷いに迷いました~。
『せっかく本当の自分として生きていける事になった』 + 『ラファエルを誰も知らない』 のに、全く違う名前を使うとは思えないし、かといってラファエラとかまんまな名前じゃ、分かりやす過ぎて面白くないし。
ラファエルは魔法省へのタレコミで解決、のつもりでいましたが、よく考えるとそうもいかなさそうなので、ここからちょっと展開します。
ちなみに遺跡でちょろちょろしていたアイツですが、ネズミに餌をあげるのは衛生上よくないかと思い、“遺跡ネズミ”にしました。遺跡の2文字がつくだけで、ちょっと天然記念物っぽい雰囲気に…!?(;^ω^)セーフ?
あの遺跡の灯り、教師と2年生がろうそくを一本一本立てて灯して回ったんですかねえ…
あと、闇の儀式場の大量のろうそくも、一本一本ラファエルが着けたのかな…
(;´・ω・)オツカレサマデス
酸欠にならないか、そしてあんなところに座り込んでうっかり服に火が移らないか、心配です。(;゚Д゚)ヨケイナオセワ!