乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
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――どうして今まで気付かなかったのだろう?
ラフィリアは、ラファエルなのだ。
どうして女性の姿なのかは分からない。
けれどそう考えると、他にも色々な事が腑に落ちる。
ニコルを見ても顔色一つ変えなかった事。
ひとつ年上で、遺跡に来た事があって、大穴が危険だと知っていた事。
着替えやお風呂の時は扉の前で待機しているのも、本当は男性だからだったのだ。
いつも男装なのは、きっと女性の服を着る事に抵抗があるからだろう。
ラファエルなのだと気付いてしまうと、色は違うけれどふわふわした髪も、童顔の顔つきも、ちょうどラファエルを女性にしたらこんな感じだろうと想像する姿と一致する。
前回の人当たりのいい印象とは違う無気力さは気になるけれど、それでもここぞという時に有能で頼りになるところはそのままだと思う。
――でもどうして?
ディーク侯爵家と闇の魔力に関わる人間は全て、魔法省が捕らえたはずだ。
まだ何も罪を犯していない、被害者であるラファエルが、どうして私の護衛をしているのかが分からない。
それも姿を――性別を変えてまで。
せっかく罪を犯す前に闇の魔力と復讐の妄執から助ける事ができたはずのラファエルが、あんなに表情が乏しく、生気のない目をしている事がショックだった。
名前さえ偽り耐えてきた7年もの歳月から解放されたラファエルは、幸せになる資格がある。
絶対に幸せにならなくちゃいけないはずなのに――…
ふと、その可能性を思いつく。
――護衛として私の傍に常に付いているのが、不自然ではないように?
もしもラファエルからまた名前を奪って、性別まで変えられている理由が私なら、到底納得できるはずがない。
私がなんとかしないと。
その為には、この状況になった経緯を知らなければ。
――ジオルドに聞いてみる?
ラフィリアを私に付けたのはジオルドなのだし、遺跡の中でラフィに抱きついた時にジオルドが不機嫌そうだったのは、ラフィが本当は男性だと知っていたからだろう。だったら――…
そう考えてから、いや、聞けるはずがない、と思い直す。
どうやっても、知っている理由も気付いた理由も説明できないからだ。
この世界のカタリナ・クラエスは、シリウス・ディークに一度も会った事がないはずで、ましてラファエル・ウォルトの事も闇の魔力の事も、知るはずがない。
それに私からディーク家に関連するような事や本当は男性なのだと知っている素振りを見せたら、ラファエルが話したのではと勘繰られてしまうかもしれない。
――そうだ……ニコルは?
確かアスカルト家とディーク家は遠い親戚だったはず。
ニコルなら何か知っているかも。
さりげなく話を振ってみて、何か聞ければ……。
さっそく明日聞いてみようと心に決め、ふと、今日試験に持っていったバッグが目に留まる。
メイドが中を検めてくれたらしく、入っていた物がキャビネットの上に並べられていた。
水筒がないのは洗う為に持っていったからだろう。
キャラメルの残りと岩塩、巻かれたロープ、結局使わなかったナイフと火を起こす道具に――コンパクト?
――あ、これ遺跡の中で見つけた――…
あの後、隠し階段を見つけたり、ジオルドたちと合流したりと色々あって、すっかり忘れていた。
勝手に持ってきてしまって、教師たちに知られたら怒られるだろうかと思いながら、コンパクトを持ち上げる。
だいぶ汚れているし、とても古い物みたいだ。
急に眠気が襲ってきて、あくびをしながら持っていたコンパクトをテーブルに置く。
少し眠るつもりでベッドに横になった。
――後でいらない布をもらって、磨いてみよう……
「――あの、ニコル様。お忙しいところ恐縮ですが、少しだけお時間いただけませんか?」
生徒会室の会長の席で仕事をしていたニコルが軽く驚いたような顔をしてから、頷いた。
「もちろん構わないが――ここで?」
「あ、いえ、できれば二人きりで……」
話の内容は、もちろんラファエルの事だ。けれどそれをラファエルに――ラフィリアに聞かれる訳にはいかない。だけど護衛の任務上、ラフィリアは私とニコルを二人きりにはしてくれないだろう。
だから知恵を絞って作戦を考えた。
要は、ジオルドの許可を取ったのだ。
“ニコルに想いを寄せる令嬢に託された手紙を渡し、返事をもらってきてほしいと頼まれた”と。
モテモテのニコルならありそうな話だし、デリケートな問題ゆえにさすがのジオルドも反対できずラフィリアを同席させろとも言わないだろうと考えたのだ。
――我ながら完璧な作戦だわ!
「……それなら、会議室を使おうか」
会議室へ移動した私たちは、ラフィリアに扉の前で待っていてくれるように頼むと、部屋に入った。
念の為、窓際に寄り、扉前のラフィに聞こえてしまわないように気を遣う。
ここは2階なので、窓の外から話を聞かれる心配はない。
「それで、話って?」
「あの……今から私が聞く事を他の人に話さない事と、どうして知りたいのかを聞かない事を約束していただけませんか」
こちらの真剣さが伝わったのか、ニコルが口元を引き締めた。
「……約束しよう」
「ありがとうございます。実は、ディーク侯爵家の事件とその後どうなったのかを知りたいのです」
さすがのニコルも予想外だったらしく一瞬息を飲んで、私を見つめた。
「……ただの好奇心、という訳ではなさそうだね。いいよ、ソフィアが信頼している君になら、知っている事は教えよう――と言っても、詳しい話は俺もよく知らないのだが」
ニコルの話は、私が聞いている事とさほど変わりはなかった。
ディーク侯爵夫人が何か重大な罪を犯して捕らえられ、身分を剥奪、財産は没収となった。
屋敷や別荘、寄贈した建物なども取り壊された。
きっと闇の魔力を得る儀式を行った場所を、そのままにする訳にはいかなかったからだろう。
「俺が知っているのは、このくらいだ」
「あの、ディーク夫人がどんな罪で捕らえられたのかはご存じありませんか?」
「何か魔法に関する事らしい」
ニコルでも闇の魔力の事は知らされていないみたいだ。それか、知っているけれど口止めされているのか。
「シリウス様がどうなったのかはご存知でしょうか」
「残念だが……」
首謀者のディーク侯爵夫人と加担した人間は捕らえられたが、一人息子であるシリウスがどうなったのかは分からず、何か取引があったのか、全く関与していない為に放免されたのか、捕らえられた訳ではないらしいという事だった。
前回のラファエルは魔法省一択だったはず。
それがどうして今の状況になっているのかが、よく分からない。
「君はシリウスを知っているのか?」
「いえ、お会いした事はないのですが……」
嘘ではない。
この世界のカタリナは、シリウス・ディークと面識はない。
結局何も分からなかったが、ニコルに聞きたい事はもうひとつある。
「すみません、ニコル様。もうひとつよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「これを見ていただけますか?」
ポケットから取り出したのは、昨日遺跡で拾ったコンパクトだった。
「これは?」
「実は――」
事情を説明し、ニコルにそれを渡す。
「なんとなく昨日の夜、磨き粉で磨いてみたのです。そうしたら……」
「……蓋に“カタリナ・クラエス”と刻まれているね」
「でも私、何もしてないですよ!?」
「磨いたら名前が浮き出た……? 何かの魔法道具だろうか?」
ニコルは首を捻ってから、ハンカチを取り出して磨き始めた。
しばらく続けてから、もう一度首を傾げる。
「……変わらないね。他に何か、した?」
「いいえ、特に何も……」
「磨いたら、名前が出てきたんだよね?」
磨いていた時の事をよく思い出してみる。
「いえ……そう言われると、磨いている時には、もうあったような……?」
ニコルが口元に指を当てて考え込む。
さすが、どんなポーズも絵になるなぁと感心していると、ニコルがふと何かに気付いたように「そうか、もしかして」と顔を上げた。
「遺跡ネズミの巣から取り出す時、土の魔法を使ったと言っていたね」
「あ、はい」
ニコルはテーブルにコンパクトを置くと、手をかざして集中する。
風が巻き起こり、吹き抜けていった。コンパクトの蓋に文字が淡く光って描かれていく。
見ると私の名前の下に“ニコル・アスカルト”と刻まれていた。
「やはり、魔力に反応するみたいだ」
そう言うとニコルは、不意に扉へと歩いていく。
「ラフィリアさん、ちょっといいかな?」
部屋にラフィを呼び入れると、ニコルがテーブルを指し示す。
「テーブルの上に向けて、魔法を使ってもらえないだろうか?」
「え? ええっと……自分はとても弱い土の魔法しか使えませんので……」
ラフィは困った顔をした。
1年間机を並べて学んだニコルに魔法を見られる事は、身バレを意味する。
それを恐れているのだろう。
「あ、あの、ニコル様。申し訳ありませんが、少しだけ後ろを向いていただいても?」
「え? ああ……」
何か事情がある事を察したのか、ニコルが扉側に向き直り、目まで閉じてくれる。
「大丈夫。ラフィ、お願い」
ちらりとニコルを見たラフィリアは、小さく溜め息を吐いて、集中した。
テーブル上に風が起こって渦を作り、コンパクトを持ち上げる。
さっきと違い、全体が光り出したそれが、パクン、と音を立てた。
――蓋が開いた!
「ありがとう、ラフィ!」
風の魔法が止み、両手で受け止めたそれは、想像していた鏡ではなかった。
「ニコル様! 蓋が開きました!」
ニコルとラフィリアと三人で覗き込む。
「……壊れた、懐中時計……?」
文字盤の針は、もちろん動いていない。巻くところもない。
どうやら完全に壊れているみたいだ。
蓋の内側には細かい文字で何か刻まれていた。
「古代文字だね」
ニコルが窓際に持っていき、明るいところで確かめる。
『――深き後悔の谷へ落ちし者
救いを求める者よ
魔力を注ぎ、願え
秘密を明かす勇気と信頼
受け入れる優しさと強さ
共に歩み、生きる決意
重なる時を抱える覚悟があるのなら
時の翁の御手に己を委ねよ――』
「意味が分からないですね」
チンプンカンプンの詩に首を傾げている私の横で、読み上げたニコルとラフィリアは驚いたように固まっていた。
「まさか……」
「そんなものが存在して……」
二人には意味が分かっているみたいで、ちょっと焦ってしまう。
分かってないの、私だけ!?
「ど、どういう事でしょうか?」
「これは――」
ニコルが確かめるようにラフィリアを見ると、彼女は頷いた。
「――時を戻す事ができる魔法道具だ」
「ええ!? 今の詩に、そんな事書いてありました?」
「そうだな、例えば“後悔”に“救いを求め”て“時の翁に己を委ねる”というなら、それは“過去に戻ってやり直す”という事だろう」
「この魔法道具が起動する為の魔力を注ぐと、時が戻せるのではないでしょうか」
「蓋を開いた人間にその資格がある、といったところか」
そう言いながら、ニコルは何気なく蓋の表を見た。
「……“ラファエル・ウォルト”?」
――去年の冬、学園を訪れた魔法省の人間に応接室に呼び出され、僕は一通の手紙を見せられた。
手紙には、僕以外には知るはずのない内容だけでなく、僕が知り得ない内容までもが綴られていた。
7年前、ディーク侯爵夫人が闇の魔力を得る為に儀式を行った事。
不治の病に侵された一人息子のシリウスを生き延びさせる為に、ディーク侯爵とメイドだった母との間に生まれた、僕――ラファエル・ウォルトに記憶を移し替えようとした事。
そこで母を生贄として殺された事。
シリウスの記憶を移された僕が、ラファエル・ウォルトとしての自我を保ったままずっと耐えてきた事。
そして、闇の魔力を手に入れた後に用済みとなって殺された男の執念が僕に憑りつき、復讐を遂げようと僕を操っている事……。
手紙の最後には、苦しみ続けている僕をどうか闇の魔力から解放してあげて欲しい、と結ばれていた。
筆跡がバレないようにか、おそらく利き手と反対の手で書かれた下手な文字。つたない文章。
けれど僕を助けたいと心から思ってくれている事が伝わった。
書いた人間には全く心当たりがなかった。
事実と真実を突然他人に突き付けられて動揺した僕は、役人から問われた事に正直に答えていた。
儀式を行った場所。儀式の大まかな内容。呪文までは覚えていなかったが、本を見ながら黒衣の男が何かを唱えていた事……。
話を聞いた役人たちは頷き合うと、一番偉そうな人――女性だった――が指輪を差し出した。
「……これは?」
「光の魔力を込めた指輪だ。合図をしたら嵌めてもらいたい」
そのまま僕を、儀式を行った場所に案内させる。
魔法省と魔法学園のある敷地内にディーク家が建てた、今はほとんど使われていない倉庫。
本棚を動かすと現れる階段、その先にある隠し部屋。
そこを更に下りていくと、儀式に使われた場所がある。
地下特有の淀んだ空気。重く冷たく圧し掛かる、闇の魔力の気配。
母の悲鳴と最期の言葉が、まるで昨日の事のように蘇る。
――ラファエル……どうか、敵をとって――…
「…………」
なにか変だ。優しかった母さんが、僕にそんな事を言うだろうか?
何度も思い返した光景なのに、初めて違和感を覚える。
と、頭に痛みが走った。
「ッ――」
――ラファエル……どうか、生きて――生きて、幸せになって――…
「っ…!?」
記憶と違う、母の言葉。
それを思い出した瞬間、黒い霧が噴き上がるように全身を覆い、もうひとりの自分が――いや、母を殺して闇の魔力を得た男が姿を現した。
“何をしている! こいつらを全員殺して逃げろ! 逃げて復讐を果たすんだ!”
周囲を調べていた役人たちに緊張が走る。
「これが憑りついている男か!」
「お前が僕を操っていたんだな!」
“お前の望みを叶える為に、手を貸してやっていたのだ”
最期の瞬間まで僕の幸せを望んでくれた優しい母の言葉を歪められていた事に、心の底から腹が立った。
「それはお前の望みだろう! 僕はもう復讐なんてしない! お前の思い通りにはならない! 母さんはそんな事、望んでいない!!」
“愚か者が!”
身体中を責めさいなむ激痛が襲う。
「うあああぁぁぁっ!」
役人たちは何かを掲げながら僕を囲んだ。
「お前の目的は自分を都合よく利用して殺害したディーク侯爵夫人への復讐だろう!」
「侯爵夫人は禁忌の魔法に手を出した罪で、必ず我々が捕らえる! 約束しよう!」
「ディーク家は取り潰し、関わった者たちには相応の罰が下される。お前の復讐は果たされる!」
「罪を立証する為にも、その少年が必要だ! もうこれ以上苦しめるな!」
“そんな言葉では俺の復讐心は満たされない――あの女が身を滅ぼす様をこの目で見届けるまで、消える訳にはいかない!!”
役人のひとりが指輪を嵌めるよう、合図した。
激痛に耐えながら、僕は叫んだ。
「僕は母の最期の願いを叶える! 生きて、幸せになるんだ!」
指輪を着ける。
“グアアァァアァァッ!!”
光の魔力に弾かれるように僕を離れた黒い霧を、役人たちが置かれた容器に追い込んでいく。
“おのれ! おのれぇッ!!”
断末魔を残し、闇の魔力の男がポウッと光った容器に吸い込まれていった。
素早く役人が蓋をし、封をする。
呆気ない幕引きに、復讐劇が本当に終わったのか現実感がない。
「もう大丈夫だ。今までよく耐えた」
そう言って、役人は僕の肩を叩いた。
母を最後に見た忌まわしいこの場所を、それでも目に焼き付けながら、母の最期の言葉と憑りついていた男の妄執を思い出す。
7年間刷り込まれ、心に焼き付いた復讐の炎は、そう簡単には消えそうにない。
けれど母の望みは叶えたい。
今はまだ、心の整理に時間が必要だった。
その後は秘密裏に魔法省の役人と連絡を取り合い、僕の証言を元に証拠を集めていった。
冬の終わりにとうとう魔法省が動き、あの女と関わった人間は捕らえられ、ディーク侯爵家は取り潰しとなった。
僕が罪に問われる事はなかったが、闇の魔力の事は口外できない為、ほとぼりが冷めるまで身を隠す必要があった。
少し残念だったが、魔法学園は退学した。
次期生徒会長と目されるほどに積み重ねた信頼も実績も、復讐を遂げる為の道具でしかなかったが、ニコルに何も言わずに会えなくなる事だけは心残りだった。
――ニコル……きっと心配しているだろうな……
遠縁で同い年、生徒会に所属していた事もあり、ニコルとは親友といってもいい付き合いをしてきた。向こうが僕をどう思っていたかは分からないが、感情を表に出す事が苦手な不器用さがかえって信頼できた。
彼といる時だけはシリウス・ディークを演じる事なく、ただの友人としていられる気がしていた。
人付き合いがあまり得意ではない彼に生徒会長役を押し付けるのは心配だったが、有能さでは問題ないはずだ。
――そうだ、別に僕がいなくたって世界は回っていく
それに気付いた時、急に身体から力が抜けた。
長い事、胸に燃え上がる復讐の炎を周囲に悟られないよう、生きてきた。
魔法省の役人からは、裁判にかけられる事なく下されたディーク侯爵夫人とディーク家への刑罰について聞かされている。
けれど。
自分が手を下したという達成感のない虚しさ。
終わったという実感のないまま続いていく生。
あの日以来、眠りが浅く、よく眠れた夜はない。
気付けば、何もかもがどうでもよくなっていた。
そうして本当の名を捨てシリウス・ディークとして復讐に生きるはずだった僕は、再びラファエル・ウォルトとして生きていく事になった。
魔法省内に用意された仮住まいに、変装し身を隠しながらの生活。
初めのうちは毎日、闇の魔力が戻ったりしていないかを調べられた。
間接的、一時的ではあるが手にしてしまった闇の魔力が残っていないか、影響がないかを確認する為だ。念の為、光の魔力を込めた指輪も肌身離さず身に着けているように約束させられている。
ひと月ほど経った頃、魔法省から今後の身の振り方に関する選択肢が与えられた。
魔法省内で働くか、王子の護衛か。
同席していた役人が眼鏡を直しながら話し出す。
「我々も初めてのケースだったものでね。君への配慮が足りなかったと反省している。最低限の調査で君に接触したんだ。言い訳がましいが、少しでも早く闇の魔力に囚われている君を助けなければならないと焦っていたからね――そう、手紙の差出人の願い通りに」
役人は小さく息を吐いた。
「君の感じているその無気力――おそらく、君自身が納得する時間を取らなかった事が原因だろう。もう少し葛藤や心の整理など自分と向き合ってもらい、準備をしてから現場に赴くべきだった。魔法道具で無理矢理引き剥がすのではなく、意志を持って闇の魔力を心の底から否定する事が、君には必要だった」
テーブルに2枚の契約書が置かれる。
「君が魔法省の管理下に入るのは決定なのだが、急に居場所を取り上げられてしまった君に、別の人間として魔法学園に戻る機会を与えてもらった。とはいえ、王子の護衛としての任務はあるのだが……。本当にすまない。これが闇の魔力に触れてしまった君に対して我々ができる、最大限の譲歩なんだ」
――魔法学園――…
不思議とその言葉が懐かしく響いた。
もう自分には関係ないと諦めた場所。
戻る事はないと捨てた場所。
未練も後悔も、ないと言えば嘘になる。
そこへ、ラファエル・ウォルトとして通う事ができるのだ。
「さあ、どうする? この場で決めなくとも、数日であれば迷ってもらっても構わないが」
そう言いながら、役人は僕の顔を見て微笑んだ。
「……と言っても、もう心は決まっているようだね」
そうして僕は王子の護衛を選び、夏休み前まで体術や実践的な魔法の研修をしていた。
具体的な任務は第三王子 ジオルド・スティアートを、学友として目立たず自然に護衛する事。
ラファエル・ウォルトの名を知る者はいないから本名を名乗っても構わないと言われたが、シリウスの印象の強い、赤い髪色は変えるようにと変装の指輪を貸してもらった。
研修が終わり、夏休みに入ってジオルド王子に引き渡されると、能力の高さを買われた僕は任務の内容を一方的に変更された。
命じられたのは、ジオルド王子の婚約者、カタリナ・クラエス公爵令嬢から“悪い虫を追い払う事”――つまり彼女を他の男から守る事が任務となり、四六時中彼女に付いている為に、魔法道具を使って女性の身体に反転させられた。
どうしてそこまで、という疑問はすぐに判明した。
カタリナ嬢の義理の弟 キース・クラエスが彼女に懸想し、隙あらば手を出そうとしていたからだ。
確かに家族であるキース・クラエスから彼女を守るには、学園だけでなく寮や実家でも常に傍で目を光らせる必要がある。
それに彼はかなり強い土の魔力を持っているらしい。
対抗できるほどの魔力持ちで、女性で、同じくらいの年頃、という王子の出した条件に合致する人材はなく、一番近かった僕に白羽の矢が立ち、魔法道具で性別を反転して任務に当たる事になった。
おそらく、ジオルド王子は初めからカタリナ嬢に付ける為に魔法省に護衛を依頼したのだろう。
そうなるとこの姿で男性名という訳にもいかず、名前も“ラフィリア”に変えたが、女物の服を着る事だけはどうしても受け入れられず、一人称も“自分”で妥協してもらった。
そうして過ごすうち、“ラファエル・ウォルト”でもなく“僕”でもなく、“男性”ですらない僕は悟った。
結局、何も変わらない。
闇の魔力に操られていた7年間も、その後も、名を奪われ、自分を殺し、偽って生きていく事に変わりはなかった。
そしてきっと、これからもそうなのだ。
母の最期の願いを叶えたい。けれど世界がそうさせてくれない。
――きっともう、ラファエルと呼んでくれる人はいないんだ――…
「……ラファエル・ウォルト? ――これは君の名前?」
ハッと顔を上げると、ニコルが僕を見ていた。
「え、あの――」
咄嗟にカタリナ嬢を見ると、なぜか僕以上に慌てていた。
「ああああの! ラフィには事情があるんです! あると聞いています! どんな事情なのかまでは知りませんが!」
「そうか、事情が……」
ニコルは頷いた。
「人にはそれぞれ色々あるものだ。大丈夫、決して口外はしない」
同じ風の魔力を持っていたから座学も実技の授業も一緒で、生徒会にも所属していた僕たちは、かなり長い時間を共に過ごした。無表情と評される事も多いニコルだが、長く一緒にいたからこそ彼の表情の小さな変化は分かる。
――ああ、変わらないな
表に出さないだけで、彼だって嬉しそうな時もあれば、怒る時も落ち込んでいる時もある。
励ますような微笑みを浮かべているニコルに、小さく苦笑してしまう。
――まったく……どんな事情を想像したのやら……
カタリナ嬢が伺うようにニコルを見た。
「それで、この魔法道具、どうしたらいいでしょう?」
「そう、だな……」
ニコルが、迷うように懐中時計を見てから窓の外を確認する。
「もう日も落ち始めている。今日はここまでにして、明日の放課後、またここに集まる事にしよう。これは三人だけの秘密だ」
「私が持っていても……?」
カタリナ嬢は“そんな大層な物を自分が持っていていいのか”と言いたそうだ。
「すでにこの魔法道具は主を見つけた。むしろ見つけた君が持つべきだと思う」
……眠れない……
ベッドの中で、寝返りを打つ。
昨日から、色々な事があり過ぎた。
ラフィリアがラファエルだと気付いてしまった事。遺跡で拾った物に自分の名前が刻まれていた事。それが時を戻す魔法道具らしいという事。ニコルにラフィリアの本当の名前がバレてしまった事……。
ラファエルに再会――この世界では初めましてだけれど――できた事は嬉しいけれど、なぜか名前も違うどころか女の子の姿になっていたりで、急展開過ぎて素直に喜べない。
ニコルは当然ラファエルの名前を知らないから、自分の前にいるのはかつてシリウスだった級友だとは夢にも思わないだろう。というか、おそらく“男の娘”だと思っている。
――あれ? 男の娘……?
そうだ。女装すればいいだけなのに、どうしてラファエルは性別まで変えさせられたんだろう?
不意に、分かってしまった。
私にキースを近づけさせない為に、護衛は常に傍にいなくてはならない。
そして、“常に傍にいる事で間違いがあってはならない”。
「そんな――…」
そんな事の為に!?
目の前でお母さんを殺されて、ずっと闇の魔力の人に騙されて復讐に生きてきたラファエルが、今度は私のせいで名前ばかりか本当の姿まで奪われているの!?
彼が毎日虚ろな目をしているのが自分のせいだと思うと無性に腹が立って、起き上がって窓辺に行き、乱暴にカーテンを開けた。
月が煌々と静かに夜を照らしている。
唇を噛んで見上げていると、控えめにノックの音がした。
「はい」
「カタリナ様? まだ起きていらっしゃるのですか?」
ラファエルが顔を出す。
「眠れないようでしたら、お茶でもお持ちしましょうか?」
「あ、ううん。平気よ」
「そうですか」
「もしかして、ラフィも眠れない?」
「ええ、まあ……」
ニコルに本名がバレてしまったのだ。そりゃラファエルも動揺してるよね。
今夜は眠れそうにない。それはラファエルも同じだろう。
「……ねえ、ラフィ。お願いがあるのだけれど」
「なんでしょうか」
「今夜は、一緒に眠ってくれない?」
悲しそうに微笑まれてしまい、断りきれずにベッドの端に横たわる。
さすがに恥ずかしくて彼女に背中を向けると、カタリナ嬢は腕を伸ばして、ぴったりと背中に身体を寄せて抱きついてきた。
むに、と柔らかく背中に押し付けられる感触に、頭に血が上る。
「あ、あの、もう少し離れて……今日、僕が本当は男なのだとお知りになられたでしょう?」
「…………さい」
彼女が何かを言った。
「え?」
「ごめんなさい……ごめんなさい――…」
「カタリナ様……」
「私のせいで、名前も性別も変えられてしまったのでしょう?」
意外だった。
あの魔法道具に浮き出た名前を見ただけで、そこに辿り着くとは思っていなかった。
カタリナ嬢はあまり物事を深く考える性質ではないと思っていたが、考えるよりも先に直感で本質を見抜くタイプなのかもしれない。
起き上がり、彼女の頭を撫でる。
「……優しい方ですね、あなたは。カタリナ様のせいではありませんから、どうか気に病んだりしないでください」
「でも!」
真剣な表情で、綺麗な水色の瞳を潤ませるカタリナ嬢に、なるほど、と思う。
ジオルド王子とキース・クラエスがこだわる理由が分かった気がした。
「……でしたら、お願いがあります」
「何でも言って!」
勢い込んで前のめりになるカタリナ嬢に、つい微笑んでしまう。
「二人だけの時は“ラファエル”と呼んでいただけますか?」
パアッと彼女が顔を輝かせた。
「もちろんよ! 今までの分も、みんなの分も、全部私が呼んであげるわね、ラファエル!」
翌日、約束通りニコルとラファエルと私は会議室に集まった。
ポケットから魔法道具を取り出してテーブルに置くと、手を伸ばしたニコルが蓋を開ける。
「やはり、気になるのは蓋の内側に刻まれた文句だな」
『深き後悔の谷へ落ちし者
救いを求める者よ
魔力を注ぎ、願え
秘密を明かす勇気と信頼
受け入れる優しさと強さ
共に歩み、生きる決意
重なる時を抱える覚悟があるのなら
時の翁の御手に己を委ねよ』
何度読んでもよく分からない。
どうしてこれが、“時を戻す魔法道具”だと気付けるんだろう?
さすが二人とも学年1位と2位を争う秀才なだけはあると感心していると、ラファエルが刻まれた文字を撫でた。
「これ、真ん中の一節だけ、前後と少し毛色が違いますよね」
「ああ、俺も気になっていた。初めの一節はおそらくこの魔法道具を起動する資格を持った人間と行動――つまり俺たち三人の魔力に反応した事を意味していると思う」
「最後の部分はこの魔法道具の効果ですね」
「だとすると、真ん中のこの一節は――」
考え込むニコルに、ラファエルが答える。
「条件、でしょうか」
「そうか、条件…!」
ハッとしたニコルがラファエルを見て、頷く。
「あのう……どういう意味でしょうか?」
完全に置いてきぼりだったので小さく手を上げると、ニコルが説明してくれる。
「おそらくだが、“信頼できる相手に勇気を持って秘密を明かし”、明かされた相手は“受け入れる優しさと強さ”と“共に歩み、生きる決意”を示す事で、“深い後悔を残す時点に戻る事ができる”、という意味ではないだろうか」
「なるほど……」
深い、後悔……。
後悔した事がない人なんてこの世にいないだろう。
私が後悔しているとすれば、前世でトラックの前に飛び出してしまった事。前回なら破滅エンドを回避できた事に浮かれてスキップして転んだ事。
でもその時点に戻りたいとは思わない。
その後にあった経験だって大切な思い出で、なかった事にはしたくない。
今一番後悔しているとすれば、ラファエルを助けられていなかった事だ。
手紙を出すだけではだめだった? 手紙の内容が足りなかった?
何がいけなかったのだろう……。
「そうは言っても、三人それぞれの後悔の時点にそれぞれが戻るのか、それとも誰かの後悔の時点に三人で戻るのか、戻った時にその時点の自分に戻るのか、この身体のままでその時点に戻るのか、全然分からないですね」
ラファエルが言うと、ニコルが提案する。
「試しに、お互いの後悔を話してみる、か?」
三人で顔を見合わせ、頷いた。
「では、言い出した俺から――」
ニコルが話し出す。
「俺の後悔は、友人の助けになってやれなかった事だ」
「友人……」
「二人は知らないと思う。シリウス・ディークと言って、この春に取り潰しになったディーク侯爵家の子息だ」
「「!」」
ニコルの口から出た名前に、思わず二人で反応してしまう。
「同い年だったシリウスはとても優秀で人望も厚くて、生徒会長も本来なら彼が任命されているはずだったんだ。アスカルト家とディーク家は遠縁にあたるから、シリウスの事は昔から知っていた。ソフィアにも優しくしてくれていたし、俺にとってもシリウスは普通に接してくれる数少ない、大切な友人だった――親友と言ってもいい」
ラファエルが小さく息を飲む。
ニコルが拳を握った。
「それなのに、俺は何もできなかった。彼を助ける事ができなかった。ディーク家の事を聞かされたのは、全てが終わった後だった。きっとシリウスは悩んでいたと思う。苦しんでいたと思う。俺は何も気付けなかった。もしかしたら相談くらいは乗れたかもしれない。何もできなくても、一緒に悩む事くらいできたかもしれない。せめて、大切だと思っている事くらいは伝えたかった――それが俺の後悔だ」
「……………」
黙って最後まで聞いていたラファエルは、ニコルの前に立つと微笑んだ。
「ありがとう、ニコル。その言葉だけで充分だ」
その言い方に聞き覚えがあったのだろう、ニコルがハッとラファエルを見つめる。
ラファエルが嵌めていた指輪の1本を外すと、髪の色が鮮やかな赤に変わった。
「……シリウス? 君なのか?」
「ちょっと魔法道具で女性になっているけれど、君の言う“シリウス”は正真正銘、僕だよ」
「そうか……無事だったのか……よかった、本当に――…」
ニコルは腕を伸ばすと、ラファエルの肩に手を置く。まるで、触れて確かめておかないと消えてしまうと思っているみたいだ。その不安を拭い去るように、置かれた手をポンポンと優しくラファエルが叩いた。
「ニコル……心配かけて、ごめん」
男同士の友情に私までもらい泣きしそうになっていると、ラファエルが真剣な顔になる。
「僕の話を聞いてもらえるだろうか。それが、僕の後悔にも繋がる」
――全てを、話した。
僕の本当の名がラファエル・ウォルトである事。約8年前、シリウスの為に行われた闇の魔力を得る儀式の事。そこで殺された母の事。ラファエルの意識とシリウスの記憶を持って、母の最期の望みが復讐だと思い込まされてこれまで過ごしてきた事。闇の儀式を行った男の執念に憑りつかれていた事――…。
話の流れ上、闇の魔力の事も話さない訳にはいかなかったが、静かに驚いていたニコルと違い、カタリナ嬢に驚いた様子はなかった。高位の貴族だから知っていたのかもしれない。
謎の告発文で真実を知り、魔法省と連携して闇の魔力を封じ、ディーク侯爵夫人を捕らえ、その後は王子の護衛として訓練を受け、今はカタリナ嬢の護衛となったところまで話し終えると、突然、懐中時計の針が反対に回り始め、光を放った。
「何!?」
「魔法道具が作動した!?」
「手を! 何が起きるか分からない! せめてバラバラにならないように――!」
三人でしっかりと手を繋ぎ、強い光に吸い込まれるような、それでいて弾き返されるような感覚に耐えるうち、いつしか意識は遠のいていった――…。
”魔法省の役人”の”一番偉そうな人”は、もちろんラーナ様です。(*^-^*)
ラフィは常に光の魔力を込めた指輪と、変装の指輪の2本を身に着けています。
最初の頃のラフィリアの目が死んでいたのは、復讐が宙ぶらりんなのと、名を奪われた上に女体化までされたせいです。
(ΦωΦ)スン