※この作品はR-18です。

乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》   作:帆速やこぬ

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『はめふら』のカタリナと『FORTUNE LOVER』の登場人物たちのお話です。

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another story 気付いたら入学直前だったので敵の本拠地に潜入してしまった… 《ラファエル編/中編》

「………う…ん……?」

ここは……?

床から起き上がろうとし、両手をニコルとラファエルの手に繋がれている事に気付いた。

そっと手を外して身体を起こすと、周りを見回す。

「……会議室?」

 

――そうだ。確か時を戻す魔法道具が突然作動して――…

 

周囲の様子は、意識を失う前と全く変わらない。

なんだったんだろう? ただ光っただけ?

「ふう……」

なんだか蒸し暑くて、手が無意識にパタパタと自分をあおいでいた。

――さっきまでこんなに暑くなかったのに……

そう思った瞬間、まさか本当に過去に? と初めて状況を疑う。

「まっさかぁ……」

言いながらも不安になり、試しに廊下に出て、貼り出されている掲示物を見てみた。

つい最近見たものと内容が全然違う。

「いやいや、まさかまさか……」

――あ、学力テストの順位……

貼り出されていた順位表には一度も見た事がない名前が並び、上位を占めているはずのジオルドやアラン、マリアたちの名前がない。

サッと血の気が引くのが自分でも分かった。

急いで会議室に戻り、二人を叩き起こす。

 

「起きてください、ニコル様! ラファエル! 大変! 大変なの! 本当に過去に来ちゃったみたいなの…!!」

 

 

 

オロオロと混乱するカタリナ嬢をなだめ、ニコルと三人で改めて学園内を歩いてみる。

確かに様子がいつもと少し違う。

途中、ニコルが通りかかった男子学生をつかまえ、卒倒する前に暦を聞き出した。

倒れた学生を椅子に座らせているニコルの横で、カタリナ嬢が指を折って数える。

「…7、8。私たち、8年前に来てしまったみたいですね」

 

――8年前……

 

予想していなかった訳ではない。

むしろ、もし過去に戻る事ができるのなら8年前に――母を殺されたあの瞬間に戻りたいと願った。

「っていうか、私、戻れるなら8年前に戻りたいって思いました」

カタリナ嬢が僕の考えとそっくり同じ事を言い出し、ニコルも頷く。

「俺もだ」

「え?」

驚いて顔を上げると、彼女が強い眼差しで見つめた。

 

「ラファエルのお母様を助ける――そうでしょ?」

 

本当にこの令嬢は、当然のように一足飛びに結論に辿り着く。

ニコルが付け足した。

「おそらく三人の願いがひとつになった事で、魔法道具は作動したんだ」

「つまりラファエルのお母様を助けるまでは帰れないって事ですね」

「断言はできないが……」

話を進める二人にポカンとしていると、カタリナ嬢が僕の手を取る。

「ほら、ラファエルしっかりして! お母様を助ける為の作戦を練らないと!」

時間を超えた事実に不安で怯えるよりも先に、他人の事を考えられる優しさと強さが、なにより心強い。

「うん……そうだね」

 

 

 

いつまでも学園内をうろついて不審者として捕まると身分が証明できない為、ひとまず敷地を出て、活動の拠点を定める事にする。

ラファエルの家に近い場所で、なんとかおあつらえ向きの宿屋で2部屋借りる事ができた。

貴族だと丸わかりの服装が目立つので、ラファエルに適当に見繕ってきてもらい、着替える。

ちなみに、ラファエルが少し小銭を持っていたが、私もニコルも現金の持ち合わせなどなかったので、身に着けていた耳飾りと腕輪を売った。

二人には止められたが、背に腹は変えられない。宿代にしろ食事代にしろ、お金は絶対に必要なので強引に押し切り、当面の活動費を確保した。

 

宿屋の1階の酒場で作ってもらった食事を持って上がって、部屋で食事をしながら状況を確認する。

 

「――儀式の日まで約3カ月、か……」

 

けっこう時間があるな、と思いながら口には出さなかったのは、単に口に食べ物を詰め込むのに忙しかったからだ。あ、このソーセージ、ちょっとピリ辛で美味しい。パンに挟んで食べよう。

 

「あまり時間がないな」

 

あれ? そうなの?

3カ月もあれば色々準備できそうな気がするけれど……。お、このミートローフもなかなか。

 

「俺たちに何ができるかだが……」

「母たちに事情を話して、逃げよう」

「それは俺も考えたが、逃げるにしてもいつまで? 例え儀式の日をやり過ごしても、その日が先にずれるだけかもしれないぞ。一生逃げ続けるのか? ――いやシリウスが亡くなるまで、か」

「そうか、それに母たちが逃げても、代わりに似た雰囲気の子供が犠牲になるかもしれない」

「ではディーク家の方にアプローチしてみるか?」

「ディーク家……」

思い出そうとするようにラファエルが眉間にシワを寄せる。

「そういえば、母を殺した男は儀式の時、古そうな本を手にしていた。ディーク家に忍び込んで、あの本を処分してしまえば――」

「なるほど、儀式自体を阻止する事ができる!」

 

なんか方針が決まったみたいだ。それにしてもこの、ジャガイモにたっぷりチーズがかかっているの、最高!

「……………」

食事に夢中で、テーブルの料理の半分以上がなくなっているのを見たニコルとラファエルが唖然としている事に気付くのは、この少し後だった。

 

 

 

「――さて、ごはんも食べた事だし、夜の散歩がてらラファエルのお母様に会いに行きましょう!」

 

空になった皿を酒場に下げて部屋に戻ると、扉を開けるなりカタリナ嬢が提案した。

「どのくらいここに――この過去の時間にとどまっていられるか分からないから、できる事はできるうちに済ませた方がいいと思うの! 一晩眠って元の時間に戻っていたりしたら、会っておかなかった事を絶対後悔するわ!」

この後ひとりでこっそり、母の様子を確認しに行こうと考えていたので、考えを読まれてしまったのかと驚いてしまう。

「え……あの……」

「ニコル様と相談したの。ラファエルはすぐにでも会いに行きたいはずだって」

頷きながらニコルも僕を見る。

「それにいざという時の為に、色々確認しておいた方がいい」

「ニコル……カタリナ様……」

二人の思いやりに胸が熱くなった。

「ありがとう――」

 

 

フードを目深に――特にニコルと僕はしっかりとかぶり、支度を整えて宿を出る。

――もうすぐ会える――母の元気な姿が見られる――…

はやる気持ちを抑えて子供の頃住んでいた家に向かっていたが、母の元に近づくにつれて次第に足取りが重くなっていく。

会いたいのに、会うのが怖い。

「なんだか……緊張してきた……」

本当にここに母はいるのか? ここがもし、母の存在ごと無かった世界だったら?

そんな可能性もないとは言い切れない事に、心がスッと冷たくなる。

「ラファエル?」

思わず立ち止まってしまった僕を、カタリナ嬢が不思議そうに覗き込む。

と、ニコルが手を取り、握った。

「大丈夫だ」

カタリナ嬢も反対側の手を取り、ニッと笑う。

「うん……」

手の平から伝わる温もりに励まされ、歩を進めると、すぐに目的地へ着いた。

 

「――あそこだ。角から3件目の小さな家」

 

吹けば飛んでしまいそうな粗末な家。

けれど母との幸せな思い出の詰まった、大切な場所。

 

「灯りが漏れているところを見ると、在宅のようだな」

「なんて言うの?」

「それがここに来るまで訪問の理由を考えていたのですが……思いつきませんでした」

「今日は窓から様子を見るだけでも――」

んー、と唸ったカタリナ嬢がおもむろに扉に向かい、高らかにノックをした。

「ごめんくださーい」

「え!?」

どうするつもりなのだろうと見守っていると、家の中から微かに物音がして、扉が開くと女性らしきシルエットが浮かび上がる。

「はい……どちら様でしょうか?」

逆光で顔はよく見えないが、懐かしい声。胸がドキドキと音を立て始めた。

「夜分遅くに申し訳ありません。実は飼い猫が逃げてしまって……。この辺りで見たという人がいたので、少しこちらのお庭を探させていただけませんか? 真っ黒い毛並みで、首に赤いリボンを巻いているんですが」

話を聞いて、ふっと笑うような気配がした。

「庭というほどのものではありませんが、構いませんよ。お手伝いしましょうか?」

女性は扉を開けたまま家の中に入っていくと、すぐに灯りを持って出てきた。

顔が見えた瞬間、声を上げそうになる。

「……母、さん………」

唇が震えて、涙が込み上げた。

 

――母さんだ。生きている、本物の母さんだ――…

 

溢れ出る涙をこらえられず慌てて顔を背けると、ニコルがそっと肩に手を置いてハンカチを渡してくれた。

 

「……お母さん、どうしたの?」

不意に子供の声がしたと思うと、扉の陰からひょこっと小さな頭が飛び出す。

「お姉さんたち、誰?」

顔は見えないが赤い髪が頭部を鮮やかに縁どっていた。

「あ、お子さんですか?」

「ええ、息子です」

カタリナ嬢はしゃがんで目線を低くすると、子供に笑いかける。

「急に押しかけてごめんね。少しだけ、お庭に入らせてくれる?」

子供は返事をしていいのか困ったように母親に視線を向けた。

「ラファエル、奥に行っていてね」

「うん」

素直に頷いた子供が、家の奥へと戻っていく。

幼い自分だと分かっていても変な感じだ。

 

「こちらからどうぞ」

灯りを持った母さんが、家の脇を通って裏手へと回る。

庭と言ってもハーブの類いを少し育てているだけのささやかなものだ。

軒下や小さな茂みを覗いたり一応探している素振りを見せ、「いないみたいですねえ」というカタリナ嬢の言葉を合図に、お礼を言って引き上げる。あまり長居をして怪しまれてはまずい。

 

扉が閉まるまでの瞬間を目に焼き付け、夜の闇と静寂に包まれると、今目にした事は全て夢だったのではないかと疑ってしまう。

 

「……素敵なお母様ね、ラファエル」

その場を離れがたく、歩みを進められずにいた僕にカタリナ嬢が言うと、ニコルも言葉を継いだ。

「ああ。とても優しそうな人だった」

「うん……優しくて、強くて、綺麗で、僕にとってただひとりの、最高の母なんだ」

二人の手が、同時に肩にそっと置かれた。

「助けよう、必ず」

「そうよ、ラファエル。私たちで」

心強い言葉にまた涙が出そうになりながらも、深呼吸して顔を上げる。

「ありがとう……二人とも」

涙は母を助ける事ができた時までとっておこう、と密かに心に決めた。

 

 

歩き出し、少し行って表通りに出ると、ニコルが通りに立つ店々を見通す。

「どうかした?」

「いや……」

首を振るニコルの横で、うっとりとカタリナ嬢が言い出した。

「それにしても小さい頃のラファエル、可愛かったな~」

なぜかとても気恥ずかしくて返事に困っていると、ニコルがくすりと笑って話を変えてくれる。

「明日はどうしようか」

「それはもちろん、ディーク家を探らないと!」

カタリナ嬢の切り替えの早さに感心しつつ、「宿に戻ったら、揃えなければいけないものを考えよう」と提案すると、二人は頷いた。

 

 

 

 

「――お父さん!」

知らない女の子が僕を見上げ、満面の笑みで後ろに持っていた花を差し出した。

「お父さんにくれるのかい?」

答えているのは自分なのに、知らない声。受け取る手も自分のものではない分厚い手だ。

「んふふふ」

嬉しそうに笑いながら女の子は家の中に駆けていく。

扉をくぐると、台所で忙しそうにしている女の人が振り返った。

「あなた、おかえりなさい」

「ただいま」

やがて食卓に着くと粗末だが温かい食事を取る。

決して裕福とは言えなくとも幸せだった。

この時間を守る為ならどんな事でもできる。どんな無理でもする。

俺の、かけがえのない家族――…。

 

 

窓から射す太陽の光が顔に当たり、眩しさで目が覚める。

こんなにぐっすりと眠ったのはいつ以来だろう。

頭はすっきりとして身体も軽く、大げさだが生まれ変わった気分だ。

なんだか夢に知らない家族が出てきたが、昨日は色々あって疲れていたせいだろうか。

 

まだ眠っているニコルとカタリナ嬢を起こさぬように、洗面所で顔を洗う。

鏡に映る自分と目が合い、自分の顔が母にそっくりなのだと改めて気付いた。

――まあ、少し幼くて、だいぶ不健康な顔色をしているけれど

思わず苦笑してしまう。

女性に変えられてしまってからその事に鬱々としていたが、確かに母の血が自分に流れている事が感じられ、今はそれが無性に嬉しい。だから。

――決して母を殺させたりしない

鏡の中の自分に、そう誓った。

 

 

 

 

朝食後、宿を引き払って、昨晩話し合った必要なものを買い揃える為に市場へ出掛けた。

手頃な双眼鏡を見つけ、二人に相談しようと振り返る。

「―――…」

大丈夫、“ラファエル”で間違いない。

呼ぶ前に必ず一呼吸置き、口にしようとしている名前を確認する。

つい、“ラフィリア”または“シリウス”と呼んでしまいそうになるからだ。

「……ラファエル」

「ん?」

振り返る顔が可愛らしいのもまた、調子を狂わせる。

「これ、いいんじゃないか?」

「どれ?」

傍に来たラファエルが双眼鏡を手に取り、店主に「試してもいいですか?」と声を掛けた。

 

ラフィリアがカタリナ嬢の護衛として現れた時から、なんとなく気になっていた。

初めて会った時から、彼女は――実際は彼だった訳だが――俺に普通に接してくれた。

話しているとどこか懐かしさを感じさせるラフィリアは、印象はまるで違うのに俺の知るシリウスを思い出させた。一緒にいると不思議と安心感があった。

ラフィリアがシリウスだったと言われた時、理解するよりも早くすんなりと、腑に落ちた。

 

シリウスの――ラファエルの話を聞いた時、彼の過去の壮絶さに胸が痛んだ。

自分の名を奪われ、憎む相手の子供を、その望み通りに演じ続ける。それがどんなものだったか、俺には想像もできない。

長い間、どれだけ自分を殺してきたのだろう。

俺たちだけは、俺たちだけでも、彼の本当の名前を呼び、尊重しなければ。

そして、心が引き裂かれずに自我が保てたのが母君への想いであるなら、必ず母君を助けなくてはならない。

 

彼は、絶対に救われなければいけない。救われるべきだ。

その為に、俺にできる事ならなんでもしよう。

 

 

 

 

「リーナ、ちょっとこっち手伝ってもらえるか!」

「はーい、すぐ行きます!」

ディーク家の庭師、ヘイワードさんに呼ばれて、こっそりと話し込んでいたニコルと別れ、走り出す。

 

過去に来て、2週間が経とうとしていた。

私たちは今回の作戦を3段階に見据えた。

 

第1段階は『本の破棄』

ディーク家から闇の魔力を得る儀式について書かれた本を奪取、破棄する事で儀式そのものを行えないようにする。

 

本の破棄に失敗した場合は、第2段階『ウォルト親子の保護』

幼いラファエルとお母様を安全な場所に逃がす、または匿う。

 

ウォルト親子を連れ去られてしまった場合は、第3段階『儀式の妨害』

儀式の場に乗り込み、力尽くで止める。この段階まで来てしまったら、もう荒事確定だ。

 

そして私たちは二手に分かれる事にした。

 

私とニコルは、ディーク家に使用人として潜入し、本を見つける役。

ラファエルはウォルト親子を見守る役だ。

 

厳重に保管、隠されているであろう闇の魔力の本を探すにはディーク家に入り込み、ある程度自由に歩き回れる必要がある。

中の様子をよく知るラファエルを潜入チームにしなかったのは、つらい記憶を思い出させる場所で憎む相手に仕えさせたくなかった事と、お母様に似ているラフィリアの姿がディーク侯爵夫人の目に入るのはたぶん避けた方がいいと思ったからだ。

 

なのでラファエルには、ウォルト家とその周囲を見渡す事のできる部屋から、常に警戒してもらっている。

これはニコルの提案だった。

ラファエル親子の様子を見に行った帰り道、表通りに出て辺りを見回したニコルは、3階以上ある建物にいくつか目星をつけていた。

翌日、必要なものを買い揃えた後に数件回り、目当ての部屋を借りたのだった。

たぶん、できる限りラファエルにお母様の姿を目に焼き付けさせてあげようと思ったのだろう。

 

これで、『闇本破棄作戦』が失敗したら速やかに『ラファエル親子保護作戦』を実行できる。

 

 

三人がバラバラになる事に不安はある。

何かあった時、とりわけ、時を戻した魔法道具が再び発動した時に、離れた場所にいた人が戻れなかったりしたら。

「魔法道具の蓋には三人の名前が刻まれている。確証はないが、おそらく資格者として選ばれたこの三人は、離れていても大丈夫だと思う」

ニコルがそう言わなかったら、二手に分かれる決断はできなかっただろう。

 

 

かくして、まずニコルが隣国の没落した貴族の出という設定で――誰も疑わなかった――使用人として面接し、雇ってもらえたところでその紹介という形で私も採用された。

ニコルは執事として、畑仕事の経験をアピールした私は庭師の見習いとして、ディーク家に潜入する事に成功した。

ニコルは瞬く間に屋敷中の使用人全てを――もちろん老若男女問わず――魔性の魅力で虜にしたが、ディーク侯爵夫人だけは出奔した夫の経験から男性に懲りたらしいのと、溺愛する息子の体調が思わしくないので、ニコルに心奪われる余裕はないみたいだった。

 

ちなみに本名を使う訳にはいかない為、ディーク家で私は“リーナ”、ニコルは“ニック”を名乗っている。

 

事前にラファエルから聞いた話だと、隠していると思しき場所は、宝物庫、ディーク侯爵夫人の寝室、地下室の3か所が有力候補だ。

 

「地下室?」

「子供の頃、入ってはいけないと言われていたので、あるいは」

 

そうしてニコルと私は人の目がない事を確認し、注意しながら宝物庫以外の2か所を探したが、それらしいものは見つからなかった。

 

「やっぱり宝物庫ですかね」

「なんとかして鍵を手に入れて、確認しないと」

 

“なんとかして”などと言っていたニコルは、翌日あっさりと鍵を入手してきた。

宝物庫の鍵は侯爵夫人と執事長しか持っていないが、ニコルは執事長が失神するまで見つめ続けたらしい。

 

だが宝物庫にも闇本は隠されてはおらず、その後は屋敷中の部屋のキャビネットや棚、引き出し、外は納屋や地下貯蔵庫、馬小屋に至るまでしらみ潰しにあらゆる場所を探して回ったが、闇本を見つける事はできなかった。

 

成果の上げられないままディーク家に来てひと月が経つ頃、私たちはひとつの結論に至った。

 

“ディーク侯爵夫人は、まだ闇本を手に入れていない”

 

考えてみれば闇の魔力を手に入れる方法が分かっているのなら、シリウスの容態がこれだけ悪いのに儀式を行わないのはおかしい。

ラファエルとは3日に一度裏門で落ち合い、柵越しに短い言葉を交わして情報をやり取りしていて、ラファエル親子を捜索する怪しい影はまだ見当たらないそうだ。ラファエル親子が見つからないから儀式を先延ばししている可能性もあるが、これだけ屋敷中を探して見つからないとなると、闇本が手に入るのは儀式の日の直前なのかもしれない。

 

「きっと侯爵夫人は方々に手を尽くして息子を救う方法を探し、偶然手に入った闇の魔力の本を見て、歪んだ救いを求めて儀式を行ったんだろう」

「……………」

「どうかした?」

「それはそれで、少しかわいそうだなって……」

大切な我が子が目の前で衰弱していく絶望は、私には想像もつかない。

おそらくたくさんの医師、あらゆる療法、様々な健康法などを試し、藁にもすがる思いで禁忌の魔法に手を出したのだろう。

依存し過ぎて子供の負担になるのはどうかとは思うけれど、子を思う気持ちに嘘はないだろう。

「そうだな。だが、だからと言ってラファエルたちを恨み、犠牲にしようとするのは許される事ではない」

そうだ。ニコルの言う通りだ。

息子を救いたいという気持ちと、ラファエルたちに逆恨みする事は、全く別の話だ。

「ええ、必ず儀式を止めましょう」

 

 

 

 

――ベッドには、少女が苦しそうな息遣いで横たわっている。

薄っすらと目を開けた少女は、小さな手をこちらへ伸ばした。

「お父…さん……」

その手を取り、勇気づけるように強く握る。

「大丈夫、大丈夫だよ。奥様から特別な仕事を任されてね。たくさんお金をくれると約束しているんだ。よいお医者様に診てもらって、ちゃんとしたお薬をもらえれば、また走り回る事ができるからね」

「あなた……」

不安そうに肩に手を置く妻に、下手な作り笑いを浮かべてみせた。

「大丈夫だ。必ず上手くいく。俺を信じてくれ」

例え地獄に落ちようとも、家族は俺が守る――…。

 

 

 

鳥のさえずりで目が覚め、ぼんやりと呟く。

「また……知らない家族の夢……」

ニコルとカタリナ嬢がディーク家に潜入し、3階の部屋から母を見守りながらの一人暮らしが始まってそろそろ2カ月が経つ。

すでに何度も、あの家族の夢を見ていた。

なぜあんな夢を見るのか、薄々気付いてはいる。

おそらくあれは闇の魔力の男の家族だろう。

それはつまり、魔法省の魔法道具に吸い込まれたはずの闇の魔力の男の意識が、僕の中にまだ残っているという事だ。

――この事、ニコルたちにも話しておいた方がいいのだろうな

明日は二人と得られた情報を交換する日だ。

もしかしたら、何かの糸口が掴めるかもしれない。

 

 

 

母が仕事場に出勤するのを無事見届け、一応周囲に怪しい影がないかを見回る。

今のところ、異常はない。

僕が経験した通りに事が起きるとすれば、約2週間後が勝負だ。そろそろあの女の手下の姿が確認できてもおかしくない。

一番気を付けなければいけないのは、夕方だ。

仕事から帰宅した母に喜んでほしくて、淹れたお茶を飲んでもらっていたところに襲撃を受けた。

――いっそ事情を話して、二人を僕のところに一時的に――…

考えながら歩いていると、すれ違う少年と目が合った。

「あ、猫探しのお姉さん」

鮮やかな赤い髪。灰色の瞳。間違いようもなく子供の頃の自分だ。

「……この前は庭に入らせてくれてありがとう。ずいぶんと前の事なのに、よく分かったね」

「だってお姉さん、母さんに似てたから。それに……」

少し心配そうにこちらの顔を見てから、にっこりと笑った。

「今日は泣いてないね」

あの時は涙を見られまいと顔を伏せていたが、小さなこの子には見られてしまっていたらしい。

照れくさく笑うと、抱えている荷物に目を留める。

「お使いかな?」

「ううん、これはね」

大切な秘密を打ち明けるように声を潜めて、幼い自分が囁く。

「自分で貯めたお金で、お茶の葉を買ったの。これで母さんに美味しいお茶を淹れてあげるんだ」

「そっか。お茶の淹れ方は分かる?」

「お湯を注げばいいんじゃないの?」

「相手に美味しく飲んでもらうには、色々とコツがあるんだよ」

少年はパッと目を輝かせた。

「お姉さん、詳しいの? ねえ、それ僕に教えて! 母さんを喜ばせてあげたいんだ」

復讐の為に“母を喜ばせて”きた自分が忘れかけていた、純粋に大切な人を喜ばせたいと思う気持ちに心を打たれる。

「……じゃあ、一緒に練習しようか」

 

 

 

「ヘイワードさん、そういえば、娘さんの具合はどうですか?」

頼まれた肥料を下ろしながら、少し前から具合がよくないという娘さんの話を出すと、ヘイワードさんの表情が曇った。

「……あまりよくない。いい薬さえ手に入れば、あの子だって元気になるのに」

少し思い詰めたような様子に、いらない事を言ってしまったと反省する。

「す、すみません。余計な事を聞いてしまって……」

「ああ、いやいや。リーナにまで心配かけてすまないね」

「私、明日はお休みをいただけたので街に行こうかなって思っているんです。お土産とお見舞いを兼ねて何か甘いものでも買ってきますね。娘さんの好きなお菓子とかありますか?」

「あの子は甘いものならなんでも食べるよ。と言っても滅多に食べさせてはやれないが」

「じゃあ、夜に持っていきますね」

庭師のヘイワードさんは、一家でディーク家敷地の端に建つ小さな家で暮らしている。

「ありがとう、あの子も喜ぶよ」

 

 

いつもならニコルと休みがかぶる事はないのだが、今回はたまたま同じ日に休める事になったので、街の喫茶店でラファエルと三人、待ち合わせる事にしていた。

ニコルとの仲を怪しまれたら困る――色々な意味で――ので、屋敷を出る時間も、門を出て向かう方向も別々だ。

お土産のお菓子を買い込んで、落ち着いた雰囲気の喫茶店の奥の席に着いているニコルとラファエルに無事合流すると、さっそく情報交換を始める。

 

ディーク侯爵夫人がまだ闇本を手に入れていないっぽい事とラファエル親子を捜索する人影はまだ見当たらない事を確認し合い、新しく分かった事や気付いた事、変化した事などを共有する。

 

過去に来てからのラファエルは、よく眠れているのかとても血色がよく、覇気のある顔つきになっている。それになんだか今日は特に楽しそうだ。

「ラファエル、何かいい事、あった?」

飲み物に手を伸ばしながら言うと、彼は少し焦ったように驚いた。

「え!?」

「実は俺も思ってた」

ニコルにまで言われては話さざるを得ないと思ったのか、ラファエルは素直に話し出す。

 

「……そんな訳で、自分にお茶の淹れ方を教えているんだ。なんだか変な感じだよ」

毎日に希望が持てずに瞳から光を失っていたラファエルが、一時でも楽しいと思ってくれているのならこんなに嬉しい事はない。

「でも、そうだな。一緒にいられるのは考えようによってはいい事かもしれない」

「ニコル?」

「儀式の日まであと2週間もない。そろそろ事態が動き出してもおかしくないだろう。僅かな兆候も見逃さず気を付ける必要がある。小さい頃のラファエルが危険に晒される事はないはずだが、一緒にいる事で誘拐を阻止できるかも」

「誘拐を阻止するのなら、二人に住居を移してもらう?」

「いや、あの場所が見つかっているのか分からない今、移動しても移動先で見つかるだけかもしれない。踏み込まれた時点で出し抜く必要があると思う」

「そうだね、その辺りは状況に応じて柔軟に行動しなければいけないと思う」

三人で頷き合ってから、ふと思い出したようにラファエルが話し出した。

「そういえば、大事な話があるんだった。実はここに来てから夢を見るようになったのだけど――…」

 

 

「それって、闇の魔力の人がまだ憑りついているって事!?」

思わず声を上げそうになり、慌てて自分で口を塞いで、キョロキョロと周りを見回す。

「カタリナ様、落ち着いてください。以前のようにそそのかされるといった事はないので。ただ何というか――深い後悔というか、未練のようなものが残っている感じで」

「家族の夢、と言ったけど……」

「ああ、娘の具合がよくないが医者に診せる余裕がなくて、金が必要で儀式を引き受けたみたいだ」

――なんだかつい最近聞いた話だな……?

ハッと気が付く。

「それ、たぶん庭師のヘイワードさんだ!」

「庭師?」

「そう、ラファエルの話してくれた条件にぴったり当てはまるの」

「確かに、夢であの男は“奥様に仕事を任された”と言っていた……そうか、使用人だったのか……」

呟いたラファエルが昏い目つきになる。

「ま、待って、ラファエル! まだヘイワードさんは何もしてないから! ね!?」

彼はピクッと背中を震わせてから顔を伏せ、大きく息を吐き出した。

「……そうだ、僕は復讐しに来た訳じゃない。母を助ける為にここに来たんだ」

言い聞かせるようなラファエルに、少し大げさに肯定してみせる。

「そうよ! それに上手くすれば、ヘイワードさんが罪を犯すのも止める事ができる! 一石二鳥じゃない!?」

「だが、カタリナ。それは彼に娘の病気は諦めろという事だ」

冷静なニコルの言葉に止まってしまう。

「そんな……」

どちらの願いも叶う方法はないの――?

 

 

 

「――やあ、リーナ。本当にお土産を持ってきてくれたのかい?」

「夜分にすみません。これ、人気のお店の焼き菓子です。ご家族の皆さんでどうぞ」

「ありがとう。妻も娘も喜ぶよ」

奥から出てきた奥さんとも挨拶し、よければお茶でも、というお誘いを丁重に断る。

「ヘイワードさん。少しだけお話し、いいですか?」

小声で言うと、こちらの真剣な様子を見たヘイワードさんは灯りを持って家の奥に声を掛けた。

「おーい、少し風が出てきたから、立てたばかりの支柱が倒れていないかちょっと見回ってくる! リーナ、休みのところ悪いが、手伝ってくれるか?」

「あ、はい!」

畑に向けて歩いていくヘイワードさんに「裏門にお願いします」と言うと、家が見えなくなったところで灯りを吹き消した。

「……大事な話かな?」

「はい。裏門に私の友人が待っているので、着いたらお話しします」

「そうか。悪巧みの片棒を担がせようというのではあるまいね? いや、リーナに限ってそれはないか」

「そんな事ありませんよ。もしかしたら私、屋敷からお宝を盗みだそうとしている大怪盗かも?」

「リーナが? まさか!」

おかしそうにハハハと笑うヘイワードさんが、こんなに家族を大切にしているヘイワードさんが、これからラファエルのお母様を殺めるなんてとても信じられない。

けれど彼はこれから家族の為に犯罪に手を染め、挙句口封じをされてしまうのだ。

 

――そうだ。そんな事、絶対にさせてはいけない。ラファエルの為にも、ヘイワードさんの為にも

 

きちんと動けば、きっとなんとかできるはずだ。

月の光が、切れ切れの雲の隙間から裏門のシルエットを浮かび上がらせる。

「誰もいないようだが……」

一見人影は見当たらないが、裏門に近づくと柱の陰の内と外からニコルとラファエルが現れた。

「確か、ニックだったね。中で働いている人の事はよく知らないが」

ニコルが軽く頭を下げる。

ヘイワードさんは門の外に目を向けた。

「君は?」

ラファエルが目深にかぶっていたフードを取る。

「ラファエルといいます」

ヘイワードさんが私たちを見回す。

「それで? 俺に何の用かな?」

「その前に、いくつか質問させてもらってもいいですか?」

ニコルが落ち着いた声で、真っ直ぐにヘイワードさんを見る。

「ディーク侯爵夫人に最近、何か特別な仕事を頼まれましたか?」

「特別な仕事? いや、特には」

答えるヘイワードさんからは嘘を吐いているような様子は感じない。

「娘さんの具合はかなり悪いのですか?」

明らかに不愉快そうに眉をひそめる。

「なんでよく知らない相手にそんな事を話さなきゃ――」

「ごめんなさい、ヘイワードさん! 大切な事なんです!」

ヘイワードさんはしばらくニコルを睨みつけていたが、やがて深く溜め息を吐いた。

「……そうだ、良くない。いい医者に診せて、ちゃんとした薬さえもらえれば――だから明日、奥様に少しでも金を都合してもらえないかお願いしにいくつもりだった」

「お金はどのくらい必要なのですか?」

彼が告げた金額に、三人で頷き合う。

ニコルが懐から重そうな袋を取り出し、開けて見せる。

中には金貨が詰まっていた。

「ここにその倍の金額があります。これを差し上げる代わり、俺たちと取引をしてもらえませんか?」

「な……」

月明りに光る金貨とニコルの顔を交互に見たヘイワードさんは、両手で顔を押さえるとゆっくりと息を吸い込んで呻くように言った。

「――俺は何をすればいい」

 

 

 

光の魔力が込められた指輪を外し、門扉の間から手を差し出す。

「僕の手を握ってください」

「ああ」

目の前のヘイワードという庭師は、記憶の黒衣の男とは印象が全く異なる。

条件が合うと引き合わされた今ですら、本当にこの男なのかと疑ってしまうくらい人が良さそうで、頼もしくいい父親なのだろうと思わせる雰囲気。

だから僕の奥に未だ残る闇の魔力の男の思念に賭けてみる事にした。

上手くいくかは分からない。けれどやってみる価値はある。

 

昼間、喫茶店でカタリナ嬢は未来から身に着けてきたネックレスやドレスを全て売って、お金をつくる事を提案した。

彼女が貴族である最後の証しを潔くなげうった事で、どんな事でもやってみようという気になれた。

 

――さあ、来い! これがお前の望みなんだろう!?

 

ザアァッと内側から湧き上がるような感覚がし、手の平を伝ってヘイワードへと流れ込んでいく。

「ああっ!? あああぁぁッ」

思わず上げた声は、苦しんでいるというよりは戸惑っているもののようだ。

ハッ、ハッ、と息を乱したヘイワードは膝をついてその場にうずくまり、肩を震わせている。

「俺は――俺は何て事を――…」

地に爪を立て、己がこれから犯す罪に恐れおののき、すすり泣く。

「あなたが儀式の男で間違いありませんか?」

「そうだ……俺は……」

微かに残っていた男の意識が過去の自分に乗り移り、これから起こる事を見せたのだ。

「……俺はこれから金の為に他人の命を奪い、殺されるのか――?」

カタリナ嬢が膝をつき、ヘイワードの肩を励ますように揺らす。

「未来なら今からいくらでも変えられます! お願いします、ヘイワードさん! 私たちに力を貸してください!!」

「だが俺はとんでもない罪を――君の母親を――」

ヘイワードは門扉越しに僕を見上げる。

「……確かに、母を殺したあなたが憎い。けれどあなたは“まだその罪を犯していない”」

片膝をついて、彼を見つめた。

「僕たちに協力してもらえますか?」

「もちろんだ! 償う機会を与えてくれた事に感謝する――」

 

むせび泣くヘイワードが落ち着くのを待ち、これからすべき事を説明した。

 

 

 

 

 




闇の魔力の人をディーク家の使用人にしましたが、フードからちらりと覗いたお髭から、執事というよりは庭師っぽいかなあと庭師にしました。

幼いラファエルにお茶の淹れ方を教えたのが自分になってしまうタイムパラドックス(?)が発生していますが、SF世界ではなく魔法の世界なので、問題なしという事で。
タイムパラドックス? (*'ω'*) ナニソレ オイシイノ?

extra story 元生徒会長とお忍びデートで朝帰りしてしまった…《ラファエル編》の中で、「あれはラファエルが悪いんじゃない。悪いのは闇の魔力の人」と書きながら、”本当にそうだろうか?”と実は引っかかっていました。儀式を終えた黒衣の男の「家族の元へ帰らせていただいても?」というセリフから、この人も家族を盾に取られていた被害者なのかな、と。
という訳で大団円に向けて波乱万丈の後編に乞うご期待です!?

ジオルド編を書いていて、この後キースの待つ屋敷にカタリナをそのまま帰すはずがないよな、ジオルドなら護衛を付けるだろうな、けど絶対に男の護衛は付けないだろうなと思って、初めは女性のオリキャラのつもりだったのですが、ふと、ラファエルを女体化すればいいんじゃね!?と思いつき、色々悩んだ末にラファ母を救うタイムトラベル編に突入しました。が。
潜入させる段になってラファエルが女性という設定が仇に。三人で潜入するはずが分かれて行動する事になってしまいました。

まさかまさか、話がこんな方向に行くとは自分でも思ってもみませんでした。
この後、どうしよう…ジオルド編以降、マジで行き当たりばったりで書いてます…
((∩´﹏`∩))ハワワワ
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