乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
☆ another story18話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売始めました!
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6517431
☆ extra story13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中です♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6121168
☆ 本編13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/5929552
「――クラエス様、お聞きになりまして? ニコル様とラファエル生徒会長の事!」
「あー、えっとー……」
ようやく平和な日常に戻ってこられた、はずだったのだけど……。
過去を変え、戻ってきたあの日から数週間が経っていた。
今のところ、学園内で変わっていたのは、ラファエルがシリウスでもラフィリアでもなく本人として入学し在籍している事と、ジオルドに付けられた私の護衛役が別の人になっていた事だけだった。
そして今、学園では、宰相の子息ニコル・アスカルトと平民であるラファエル・ウォルト生徒会長のセンセーショナルな恋の噂で持ち切りだ。
ラファエルがラファエルとして生きてきたこの世界では、平民という身分の為にシリウスだった時よりも学園での人気は落ちてしまっている。
けれど持ち前の優秀さに加えて、人当たりの良さと努力で周囲の信頼は勝ち得ており、平民出身で初めて生徒会長の座に着いていた。
身分違い、しかも男性同士とあって噂は瞬く間に広がり、どちらかと言えば好意的に受け止められている。
ニコルもラファエルも節度を持ちつつも堂々とお付き合いをしていて、見目麗しい二人の仲睦まじい様子を見守る生徒たちから密かな歓声が飛んでいる。
ソフィアはと言えば、むしろそっち系が大好物な為、「お兄様がそんな先進的なお考えの持ち主だったなんて…!」と大喜びで、応援する気満々だ。
「カタリナ様も、お二人を応援してくださいますよね!」
「もちろんよ!」
二人は本当にお似合いだと思うし、大きな障害を共に乗り越えて築いた絆と信頼がある。
まあ、闇の魔力を得る為に起きた悲劇はなかった事になっているから、私たち三人しか知らない――ヘイワードさんも入れれば四人だけの――秘密だけれど。
そういえばあの過去に戻れる魔法道具だが、あれからどこを探しても見つからなかった。
きっと役目を終えて、どこかで新しい主を待っているのだろう。
そんな訳で、ニコルとラファエルが結ばれた今、残る破滅フラグはジオルドとキースという事になる。
そして二人の仲の悪さは相変わらずだった。
過去に行っている間はラファエルのお母様を助ける事に集中していて、すっかり忘れてしまっていたけれど、こんな事なら過去にいる時に未来の自分に向けて手紙でも書いておけばよかったと後悔している。まあ、何て書いたらこの状況を回避できたのか、見当もつかないのだけれど。
夏休みのあの日から、ジオルドとの約束通りキースには全く触れていない。
反対に、周囲に見せつけるようにジオルドのスキンシップは激しくなっていて、人前でも構わず触れたり、抱き締められたりしていた。
――きっと傍目には、私がキースからジオルドに乗り換えたように映っているんだろうな……
考え事をしながら歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「カタリナ様、どちらへ向かうおつもりですか? 今日はこれから生徒会のお手伝いでしょう」
「あっと、そうだった! ありがとう、ベル」
ラフィリアの代わりに私に付けられていた護衛はイザベルといって、4つ年上の美人のお姉さんだった。サバサバしていて明るくて頼りになる人で、私は親愛を込めて“ベル”と呼んでいる。
過去でディーク家の庭師見習いとして少しの間だけど畑を弄ってしまったせいで、どうも放課後になると、前回魔法学園敷地内に作っていた畑の場所に向かいそうになってしまう。
ベルのおかげで遅刻する事なく生徒会室に入ると、窓辺ではアランとイチャイ――楽しそうに話していたメアリが気付いてそっと手を振ってくれた。
小さく振り返すと、ちらりとこちらを一瞥したアランも頷くような会釈をする。
メアリ以外の令嬢とはきちんと距離を取れるようになったアランの成長っぷりを“よしよし”と思いながら視線を転じると、生徒会長席に着いて書類を見るラファエルの後ろからニコルが一緒に覗き込むように話し込んでいた。真剣に話しているように見えるけど、さりげなく肩に置かれた手と、抱き締める寸前なくらい身体も顔も近い様子に、イヤでも妄想が捗ってしまう。
「どうぞ、カタリナ様」
ベルが引いてくれた椅子に座ると、ソフィアがトコトコと隣にやってきて「カタリナ様」と袖をきゅっと掴んだ。
その目はうっとりとニコラファに釘付けだ。
「わたくし、毎日が幸せですわ……」
「尊いよね」
「尊い……」
復唱したソフィアが衝撃を受けたように身震いし、ハスハスと鼻息荒く目を輝かせた。
「さすがはカタリナ様! まさにその言葉がぴったりですわ!」
――その後、学園内では“尊い”というフレーズが大流行する事となる。
「――それで、今日の議題なんだけど」
ラファエルが生徒会全員の顔を見回す。
「生徒から“思い出作りの場がほしい”という要望がきている」
「思い出作り?」
首を傾げていると、ラファエルが付け加えた。
「この魔法学園では2年に一度、学園祭が催されるのだけど、今年は開催しない年だったので何か代わりになる行事がしたい、という事らしい」
「なるほど」
この世界にも、そんな学生っぽい行事があったのかぁ。
「ささやかでも皆で楽しめるような行事を生徒会で企画してみてもいいと思うのだけど、どうかな?」
口々に賛成の声が上がり、どんな行事にするのか議論が始まる。
黒板には挙げられた候補が書き出された。
・音楽会
・お茶会
・舞踏会
・修学旅行
「ただ鑑賞するだけの音楽会では思い出作りにはならないかも」「全学生での修学旅行を企画するなら準備に1年は欲しいな」等の理由から、候補はお茶会か舞踏会に絞られる。
「開催日はいつ頃の予定なのですか?」
「冬休み前にできればいいと思っているけれど」
「それなら終業式の後に舞踏会を開くのがいいかもしれませんね」
妥当な案だと皆で頷く。
「でもせっかく生徒会主催でやるのなら、少し趣向を凝らしたいですよね」
「趣向? どんな?」
「そうですね、例えば――仮面舞踏会とか」
「顔を隠してしまっては思い出作りにならないのでは?」
確かに。
と、ソフィアがおずおずと提案する。
「あ、あの、でしたら仮面ではなく、仮装はどうですか? 男性は女装し、女性は男装して出席するというのは……」
「面白そう…!」
女子が目を輝かせる一方で、男子たちが一斉に声を上げた。
「絶対反対!!」
「ええ~?」
唇を尖らせるメアリをアランが諭す。
「メアリ、想像してみろ。俺の体格でドレスなんて着たら物笑いの種でしかないだろう」
「……………」
想像した後、ポッと頬を染めたメアリは「それはそれで……」と呟いたが、アランの必死な表情を見て苦笑した。
「そうですわね。わたくしにとっては全然アリですし、ドレスを着て恥ずかしがっているアラン様も尊そうですが、男性を辱めたい訳ではありませんし、今回は見送りましょう」
「尊……何?」
「いえ、こちらの事ですわ」
メアリの傍らではソフィアも期待を込めた瞳でニコルを見つめている。
「お兄様……」
「いや、ソフィア。可愛い妹の頼みでもそれはちょっと――」
「きっととてもお似合いになりますわ!」
「う……いや、でもさすがにそれは――」
予想外に男子たちの拒否反応が強く、これは無理っぽいと直感する。
それにラファエルの事を考えると、あまり女装を強要させるような事はしたくない。
「ソフィア、私も凄くいい考えだと思うのだけど、男子が誰も参加しないようでは舞踏会の体をなさないし、残念だけどちょっと難しそうね」
冗談めかしながら言うと、素直なソフィアはシュンとしながらも頷いた。
「はい……」
「――では何か、他に舞踏会の中でできそうな事を考えようか」
ホッとした様子のラファエルが場を切り替えるように言うと、マリアが「あの、ちょっと思いついたのですが」と控えめに手を上げた。
「ダンスコンテストなんてどうでしょうか? 二人一組のペアで出場してもらって、息の合い具合やステップの難易度などダンスの素晴らしさを審査するのは」
「それ、いいかも!」
生徒会室に、それなら、という空気が流れる。
ソフィアが楽しそうに両手を合わせた。
「それに選ばれた方たちには何か賞品があれば、参加者も増えそうですわね!」
◆◆◆ 生徒会主催/舞踏会 & ダンスコンテスト ◆◆◆
ささやかではありますが、生徒会で舞踏会を開きたいと思います。
短い学園生活に、少しでも楽しい思い出を作りましょう!
日時/終業日 17時から(開場16時)
場所/魔法学園 東棟・大ホール
参加条件/当学園学生
《ダンスコンテストについて》
舞踏会中に、ダンスのコンテスト(振り付け、選曲は自由)を開催します。
参加希望者は、二人一組で事前に生徒会まで申し出てください。
当日、人気投票を行います。
上位3組には選べる賞品があります! 奮ってご参加ください!
学園中に貼り出されたポスターの前には、生徒たちが集まっていた。
皆、わくわくと目を輝かせている。
私も補助員とはいえ生徒会の一員なので、教室や廊下で捕まっては色々と尋ねられた。
ほとんどがダンスコンテストについてで、“他薦でもよいのか”とか“生徒会の方々も出場するのか”とか興味津々だ。
ちなみにダンスコンテストの景品が曖昧なのは、そこにまでかけられる予算がなかった為、生徒会メンバーで持ち寄る事になったからだ。
人気の高い生徒会メンバーは多くの生徒から他薦されたが、舞踏会の準備がある上に公平な立場でなくてはいけない為、参加はできない。
そこで代替案として一番ダンスの上手いメアリとアランが手本として最初のダンスを踊る事に決まった。
「――ごきげんよう、キース・クラエス様」
教室を出て廊下を通りかかると、後ろから声を掛けられた。
振り返った視線の先には、見覚えはあるが面識のないご令嬢が立っている。
「ええっと……あなたは?」
令嬢は優雅にお辞儀をした。
「突然申し訳ございません。エミリア・モーガンと申します。以後お見知りおきを」
「ああ、モーガン子爵のご息女でしたか」
面識はないが、彼女に対して良い印象は持っていない。
陰で義姉さんや気に入らない令嬢の悪口を広めたり、マリアさんに嫌がらせをしている事を知っているからだ。
以前ならともかく、今の義姉さんとは絶対に仲良くなれない人種だ。
失礼にならない程度に相手を品定めする。
品のない形に結い上げた赤褐色の髪、ごてごてと装飾の付いた下品なドレス。高慢な表情に態度。
同じ赤褐色の髪でも品性と知性の漂うメアリ・ハント嬢とは全く印象が違う。
金がかかっているだけで似合ってもいないドレスはむしろ滑稽で、高価ではなくとも清潔感溢れるマリア・キャンベル嬢の方がよほど好感が持てる。
どこかこちらを見下したような視線は、おそらく僕の出自を調べたからだろう。
――生徒会のみんなとは全然違うな……
自分にとって生徒会がとても居心地がよい場所なのだと、初めて気が付いた。
ソフィア・アスカルト嬢の控え目で優しい笑顔。ラファエル会長、ニコル様、アラン王子たちとの気の置けない会話。ジオルド王子とだけは未だ打ち解ける事はできないが、義姉さんへの扱いが変わったのは体裁の為からでなく本心からだというのは、今では分かっている。
――いや、本心からだと気付いていたからこそ、警戒していたのだろうな……
「……僕に何か?」
「ここではなんですので、テラスでお茶でも頂きながらお話しいたしませんか?」
あまり積極的に関わり合いたくはないが、どんな目的で近づいてきたのか知っておいてもいいだろう。
「分かりました」
「――それで、お話というのは?」
事務的に切り出すと、エミリア・モーガンは「そんなに警戒しないでくださいな」と微笑んだ。
「わたくし、以前からあなたと――キース様とお呼びしても構いませんか? わたくしの事もどうかエミリアと――キース様とゆっくりお話しをしてみたかったのですわ」
「僕と? なぜ?」
「あら、素敵な殿方と親しくなりたいと思うのは、そんなに不自然な事かしら?」
エミリア・モーガンは首を傾げてから、クスクスと笑う。
「まあ、そうですわね。これまでのキース様はただおひとりの姿しか目に入っていないようでしたもの」
「っ……」
何も言い返せない。
確かに僕は義姉さんだけが大切で、義姉さん以外の全てがどうでもよかった。
今だって、義姉さんの事を思い浮かべただけで身体が熱を持ってしまう。
だが湧き上がる愛おしさと同時に、狂おしいほどの喪失感にも襲われた。
夏休み明けからジオルド王子が義姉さんに公然と纏わりつくようになり、僕は周囲から“王子の婚約者である義姉に横恋慕した挙句に振られた男”として憐みの視線にさらされ、腫れ物のように扱われている。
常に目を光らせている護衛のせいで義姉さんに近づく事もできず、交わす言葉もよそよそしく当たり障りのないものばかりだ。
それでも、僕の義姉さんに対する気持ちが揺らぐ事はない。
だって僕に向けられる笑顔も心配してくれる視線も、今までと何も変わらない。義姉さんは僕を嫌いになった訳ではない。ただ――認めたくはないが――好ましい人間が増えてしまっただけなのだ。
ならば僕は、自分に――そして義姉さんに誓った通り、一生愛し抜くだけだ。
例えそれが、この先報われる事がないとしても。
「――からかう事が目的でしたら、気はお済みでしょう。僕はこれで失礼します」
椅子から立ち上がると、エミリア・モーガンは少し焦ったように引き止める。
「お待ちになってくださいませ、キース様!」
「まだ何か?」
冷ややかなこちらの視線を弾き返すように見返す度胸は大したものだ。
「お話しはまだ終わっておりませんわ」
小さく息を吐いて、席に戻る。
「では手短にお願いします」
――本当に面倒くさい……
義姉さんに振られてから――僕自身はそう認めていないが――付け入るチャンスと勘違いした令嬢から誘われる機会が増えた。
大抵は義姉さんを悪く言いながら近づいてきて、同情を示しながら共感してみせる事で“自分は特別”なのだと印象付けようとしてくる。
全く以て、愚かな事だ。義姉さんを悪く言う相手に、僕が好意を抱くはずなんてないのに。
どうせ彼女も、同じ手合いだろう。
「キース様は、我がモーガン家がこの国の四人の王子の誰を王位継承者として推しているか、ご存じですか?」
「……いいえ」
意外な方向から来た話に、警戒しながら短く答える。
「モーガン家は第三王子であるジオルド様を推す派閥に属しておりますの」
「つまり、義姉をジオルド王子の婚約者の立場から降ろし、ご自分がその立場に収まりたいと?」
「お話しが早くて助かりますわ」
確かモーガン子爵家にそれほどの影響力はない。ジオルド派閥と言っても数多いる婚約者候補の中でも下位だろう。
だからこそ、どの派閥にも属さないクラエス公爵家次期当主の僕を取り込み、且つ、王子の婚約者である義姉を欲しがる僕を味方に付ける事は双方にとって都合がいい。
突然降って湧いたきな臭い話にどう対処するべきか思案しながら、ティーカップを傾ける。
「……何か、具体的に策があるのですか?」
「ご協力いただけるのでしたら、お話ししますわ」
僕は義姉さんを取り戻せるのならそれでいい。誰が後釜に座ろうと知った事ではないし、事が上手く運んだ暁には恩を売る事もできる。
僕の考えを一押ししようと、エミリア・モーガンが悪い笑顔を浮かべた。
「キース様を裏切った恥知らずを辱めてやりましょう」
「――――…」
彼女の一言で、自分でも知らなかった感情に気付かされた。
「……なるほど、それは魅力的な提案ですね」
エミリア嬢にならい、昏い微笑を浮かべてみせる。
「いいでしょう。お話、聞かせていただけますか?」
――最近、キースの様子がおかしい
生徒会の仕事が終わるとすぐに帰っちゃうし、生徒会がない日もどこへ行ってしまうのか、姿を見かけない。
何より心配なのは、キースがゲーム通りのチャラ男化してきている事だ。
噂では、人気のない教室や図書室などに女子生徒とよく二人きりでいるらしい。
実際私も、色々な女の子に声を掛けているキースの姿を何度か目にした。
それにあまり気のない様子だったマリアとも、急に距離が縮まり、仲良く話し込んだりしている。
「……まさかこれって――」
――強制力!? 破滅への第一歩!?
ぬおぉぉぉっ、と頭を抱えていると、ベルがびっくりして駆け寄ってきた。
「どうしました!? カタリナ様!」
「あ、ベル。驚かせてごめんなさい。なんでもないわ」
「なんでもない事ないでしょう! 見た事もない形に捻じれてましたよ!?」
「これはその――新しい柔軟体操?」
「どうして疑問形なんですか」
苦しい言い訳でやり過ごし、ぐるぐると考え込む。
強制力ではないにしても、キースのチャラ男化は孤独を感じている証拠という気がする。
キースの手を先に離してしまったのは私だけど、見放したつもりはない。
毎日顔を合わせているし、話もしている。
触れる事はできないけれど、ちゃんと心は寄り添ってきたつもりだ。
でも――…。
キースの孤独は埋められていなかった?
周囲の人たちの優しさに気付く事ができなかった?
考えながら廊下を歩いていると、不意に空き教室から楽しそうな話し声が聞こえた。
「あ……」
キースが女の子と話しながら、手を取っているのが見えた。
「もう、キース様ったら冗談ばっかり!」
「いいや、本当にこんな事、聡明で信用できるあなたのような方にしか頼めないのです」
「そんな事仰って――皆さんにそんな言葉を囁いていらっしゃるんでしょう?」
そっと、その場を離れる。
自分にそんな事を思う資格はないと分かっていても、他の女の子の手を握って微笑むキースの姿は、やっぱりちょっとショックだった。
「……カタリナ様?」
「あ、あー…、義弟が女の子にモテモテで、義姉として鼻が高いわー」
心配するように声を掛けるベルに笑ってみせながら、きゅっと胸元で手を握り締める。
分かっている。私にショックを受ける資格なんてない。
もしかしたらキースは、私との事から立ち直り、新しい恋を探している最中なのかもしれない。
キースの心が前向きになっている兆候と考えれば、これはむしろ喜ぶべき事だ。
なのにどうして――。
――どうしてこんなに、胸が痛むんだろう――…
「カタリナ、少しいいですか?」
ぼんやりとしていた婚約者が、顔を上げた。
「ジオルド様」
「君の好きそうな菓子が手に入ったので、僕の部屋でお茶にしませんか?」
「あ、はい、ぜひ」
いつもとは違うどこか覇気のない様子に、心配したイザベルから報告された通りだと確認する。
テーブルに並べられた色とりどりの菓子を見てもカタリナの心は晴れないようで、いつもなら美味しそうにパクパク食べてくれるのに、今は味も分かっていないように口に運んでいる。
イザベルの話だと、キースが他の女子生徒と仲良く話している姿を見てからだそうだ。
「カタリナ、口に合いませんでしたか?」
「え? あ、いえ! とっても美味しいですわ! このマカロンなんて歯触りが絶妙です」
慌てて笑顔を浮かべるカタリナに他の菓子も勧めながら自分もカップを傾け、表情を隠す。
二人を無理矢理引き離したのは自分だ。心が痛まない訳ではないし罪悪感だってある。
嫉妬に駆られていたとはいえ、夏休みのあの日の事は強引過ぎたと反省もしている。
僕だって本当ならゆっくり時間をかけて互いを知り、関係を深めたかった。
けれど一度外れてしまった欲望のタガはもう戻す事はできず、知ってしまった果実の味は一時だって忘れる事も手放す事もできない。
そしてそれは、キースだって同じなのだ。
ティーカップを受け皿に戻しながら、ちらりとカタリナを見た。
目の前の彼女はいつもの生き生きとした輝きを欠いてしまっている。今のカタリナの頭の中は義弟の事でいっぱいだろう。
――本当は、僕の事だけ考えていてほしいのですけど……
それでも大切な婚約者の落ち込んでいる姿は見たくない。
小さく溜め息を吐いて立ち上がると、彼女の隣にそっと座って手を取った。
「……キースの事が心配ですか?」
ピクッとカタリナが反応し、恐る恐るこちらを見る。
「えっと、あの……」
「彼の事を考えていたのでしょう?」
「いえ、その―――はい……」
「キースの噂は僕も聞き及んでいますし、実際に目にもしています。頻繁に複数の女性に話しかけているようですね」
「はい」
「何が心配ですか?」
「え……?」
「心配なのは、キースの貞操観念が低くなってしまっている事? それとも、心変わりが――もう君の事を想ってはいないのだと思うのが悲しい?」
「………」
動揺を示すように、カタリナの視線がテーブル上を彷徨った。
「正直に答えてくれていいですよ。君の気持ちをきちんと整理した上で、どうしたらいいのかを一緒に考えましょう」
できる限り優しく微笑んでみせると、カタリナは素直に答えてくれた。
「……たぶん両方、です」
「僕は気付かなかったのですが、キースの君に対しての態度に変化はあるのですか?」
「いいえ、今まで通り優しいです」
「では君を嫌いになった訳ではないでしょう。君への想いは家族としての愛だと吹っ切って――もしくは吹っ切ろうとして、新しい恋を探している最中なのでは?」
「はい……それは分かっているのですが……」
「これまで心を埋めてくれていた義弟が離れていくのが寂しいと感じてしまう事は理解できます。けれど君にはもう僕がいます。義弟離れしないと」
「はい……」
おそらく彼女も頭では分かっているのだろう。それでも急に切り替えられるものでもない。
励ますように握っていた手をポンポンと優しく叩く。
「ではこんな風に考えてみては? “キースは今、幸せになる為に努力している”と。どうです? 応援したくなりませんか?」
驚いたように目を見開いたカタリナが、ふわっと笑った。
「……そうですね。私、キースには幸せになってほしいです」
ようやく、カタリナに彼女らしい笑顔が戻る。
「励ましてくださってありがとうございます、ジオルド様」
「いいえ、婚約者として当然の事ですよ。むしろ今まで君に寄り添ってこなかった事を僕は本当に後悔しているのです。これからは、何かあればすぐに頼ってください。全力で君の力になりましょう」
カタリナの額に口づけをし、浮かんでいる疑問を笑顔で隠す。
確かに、キースが様々な女性に声を掛けているのは自分も気になっていた。好ましい相手を選んでいる、という風にも見えないからだ。
―――少し、調べてみましょうか……
冬休み前日。
終業式も滞りなく終わり、午後は舞踏会の準備で生徒会は大忙しだった。
大きなトラブルもなく、なんとか開場にこぎつける。
受付係を仰せつかった私とマリアは、やってきた生徒たちに入り口でコサージュを渡し、用途を説明していく。
「このコサージュがダンスコンテストの票になります。6組の参加者のダンスを全て見てから、一番素敵だと思った組の箱へ入れてください」
やがて時間になり、ラファエルの挨拶から舞踏会が始まった。
予定通りファーストダンスをアランとメアリが務め、曲と曲の間にダンスコンテストの参加者のダンスが一組ずつ披露される。
優雅なステップで魅了する組、大胆な振り付けで喝采を受ける組、回転する度にふわりと広がる虹色のシルクのドレスでターンの美しさを際立たせる組、難しいステップに果敢に挑戦して派手に転ぶ組……。
皆、思い思いに工夫を凝らしたダンスで会場を沸かしてくれていた。
受付係は2組目のダンスが始まったところでお役御免となり、マリアと軽食を摘まみながら会場を見回る。
「マリア、このテリーヌ美味しいよ! このサンドイッチも!」
おすすめを取り分けた皿を渡すと、マリアは嬉しそうに受け取ってくれた。
「本当に。それにカタリナ様といただくと何倍も美味しく感じられます」
今日のマリアはピンクのドレスがとても似合っていて、今も周りの男子がチラチラとダンスに誘いたそうにしている。
生徒会のメンバーはダンスコンテストには参加できないけれど、踊る事自体を禁止されている訳ではない。
でもマリアが魅力的過ぎて、なかなか声が掛けられないみたいだ。
――分かる! 分かるよ! 尊みが深過ぎて手が出せないよね!
うんうん、とひとり頷いていると、マリアが不思議そうに「カタリナ様?」と覗き込んだ。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて……」
「カタリナ様は率先して舞踏会の準備をお手伝いされていましたから、お疲れになられたのでは? 控え室の方で少し休まれますか?」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、マリア」
本当にマリアはいい娘だなあ、と感激していると、キースが近づいてきた。
いつも傍にいるイザベルは、舞踏会が始まる直前にジオルドに何か頼まれたとかで出掛けている。
「キース。そっちはどう? 問題ない?」
「今のところはないよ。それより少し、マリアさんをいい?」
「わたしですか?」
「この後の段取りで、確認しておきたい事があるから」
キースがマリアに目配せし、マリアが慌てて皿を置いた。
「あ、そうでしたね」
この後って事はダンスコンテストの開票についてとかかな?
「それ、私も聞いておいた方がいいよね?」
「義姉さんは大丈夫。ここで料理を楽しんでて――じゃあマリアさん、行こうか」
「はい。カタリナ様、すぐに戻りますね」
キースに付いて歩き出したマリアが、すぐに引き返してきて両手を取った。
「マリア?」
キリリ、と真剣な表情でマリアが見つめる。
「あの、カタリナ様。カタリナ様の事は必ずわたしが守りますから!」
「え? う、うん。ありがとう……?」
今のセリフはどういう意味なんだろうと思いながら二人の背中を見送り、キースはマリアを誘いにきたのだと気付く。
――少し遠回りになったけど、キースはちゃんとマリアに恋をしたんだな……
嬉しいような寂しいような、相反する気持ちで二人の行ってしまった方に気を取られていると、あまり親しくないご令嬢たち数人が目の前に立ち塞がった。
なんだかみんな、怖い顔をしている。
あ、テーブルを塞いで料理が取れないから怒っているのかな?
さりげなく身体を寄せたが、令嬢たちは向き合ったまま距離を詰めてきた。
中心人物っぽい令嬢が一歩前に出て、周囲の注目を集めるように大きな声を上げる。
「カタリナ・クラエス! わたくしたちは今日この場で、あなたの不敬と不貞、背信の行為の数々を公のものとするわ!」
――こ、これは!!?
どこかで聞いたような断罪のセリフに頭が真っ白になる。
いつの間にか音楽も止み、シンと静まり返った会場に、ひそひそと囁き合う声が広がっていく。
糾弾令嬢たちは分厚い書類の束を掲げ、周囲に知らしめるように私が犯した罪を責め始めた。
てっきりマリアに嫌がらせをしていた、と濡れ衣を着せられるものと思ったが、糾弾されたのはキースとの関係についてだった。
「あなたは王子の婚約者という立場でありながら、義弟であるキース様と公衆の面前で触れ合ったり、密着したりと、ジオルド様を裏切るような不誠実な振る舞いを繰り返し――」
ラファエルの闇の魔力は消えたはずだから、このご令嬢たちが闇の魔力に操られているという事はたぶんない。だとすると――。
――やっぱりゲームの強制力からは逃れられないの!?
「ここには多くの生徒たちの目撃情報が記されています。中には樹の陰で口づけを交わしているところを見かけたという証言もあり――」
そもそもキースとの事は事実なので否定も言い訳もしようがない。
夏休みに入るまでは私とキースが恋人同士なのだと誤解している人も多かったから、見守る周囲の視線も冷たい。
――どうしよう……一体どうすれば――…
不意にバタバタと駆け寄る足音がし、立ち尽くす私と糾弾令嬢たちの間に数人が立ちはだかった。
「……みんな……」
ジオルドにメアリにアラン、ソフィアにニコルにラファエル。
キースとマリア以外の生徒会のみんなが糾弾令嬢たちを鋭く睨みつけながら、私を守るように立つ。
まずメアリの舌戦が火を噴いた。
「これはエミリア・モーガン様。このような場で他人を辱めようと画策するなんて、なんて品がないのでしょう」
アランが続く。
「メアリの言う通りだ。生徒たちの思い出作りの為に設けた場を台無しにして、どう責任を取るつもりだ」
最近めきめきと頭角を現し始めた第四王子と令嬢の鑑と謳われるその婚約者が非難する事で、場の空気が一変する。
「せっかく生徒会の皆さまが企画してくださった舞踏会なのに――」「しかも相手がひとりなのを見計らって複数人で取り囲んだりして……」「練習を重ねてきたコンテストの参加者の方々がお気の毒ですわ――」
非難の囁きを聞いて、糾弾令嬢たちの顔が真っ赤になる。
ソフィアが慣れない大きな声を出す。
「ご姉弟の仲がいいからと言ってそれを偏見の目で見るなんて、信じられませんわ!」
ニコルが見た事がないほど怒りを込めた瞳を向けた。
「君たちはどうやらカタリナがジオルドの婚約者にふさわしくないと喧伝したいようだが――彼女は他人の為に一生懸命になれる素晴らしい人だ」
ラファエルも口を添える。
「その通りです。僕も彼女ほど純粋で真っ直ぐな人を見た事がない。彼女には本当に、何度救われた事か」
意図してなのか少しずつ論点がずれていっているが、口を挟める雰囲気ではなかった。
糾弾令嬢のひとりがキッと私を睨み、ジオルドに向き直る。
「ジオルド様、これをご覧ください! カタリナ・クラエスの不誠実な振る舞いの数々を!」
差し出された証拠書類を侮蔑するように見たジオルドは、その手を払った。バサリと床に落ちて広がった書類を、慌てて糾弾令嬢たちが拾い集める。
「な、何をなさいますの!? わたくしたちはジオルド様の為に――」
「僕の為?」
ジオルドはハッと笑った。
「自分の為の間違いでしょう? 彼女を貶めれば、代わりに自分が王子の婚約者に収まれるとでも算段しましたか?」
氷よりも冷たい目つきで見下すジオルドに、令嬢たちがヒッと慄く。
「あいにく、その辺りの話はもう済んでいるのですよ。あなたたちにとやかく言われる筋合いはありません。いい機会ですからここにいる皆さんにも聞いていただきましょう」
スッと息を吸い込んだジオルドが、会場を見回す。
「皆さんもご存じの通り、ここにいるカタリナ・クラエス嬢は僕の婚約者です。ですがこの婚約は8年も前に交わされたもので、幼過ぎた当時の僕たちにはあまり現実味がありませんでした。僕にとってカタリナは、婚約者というよりも“特殊な立場の幼馴染み”という程度の認識だったのです。そのせいで彼女には長い間、寂しい思いを強いてしまいました。ですがこの学園に入学し、生き生きと輝く彼女と過ごすうち、僕のカタリナへの気持ちははっきりとした愛情へと変化しました」
聞いていたご令嬢たちから、羨望の溜め息が漏れる。
「僕がカタリナに心を開く事ができなかった間、彼女に寄り添っていたのが彼女の義弟であるキースです。その事を誰が責められましょう? 確かに二人の“家族特有の親密さ”を羨んだ時もありましたが、彼が僕の最愛の女性の寂しさを埋めてくれていた事を、今ではとても感謝しています。これは不貞でも、不誠実でもなく、僕たちは子供だった――ただそれだけの話なのです」
今この会場の空気を支配しているのは、完全にジオルドだった。
周囲の視線を一身に集め、ジオルドが優雅に私の目の前に跪く。
「カタリナ、他の誰より深く、君を愛しています」
ジオルドが手を差し出した。
「もう決して君に寂しい思いなどさせないと、この場で誓わせてください」
この断罪イベントを乗り切るには、手を取る以外の選択肢などない。
覚悟を決めてその手を取ろうとすると、いつの間にか傍に来ていたキースが、にこやかにジオルドの手を取って立ち上がらせた。
「「…………」」
想像力逞しいご令嬢の中に、新たなカップリングが生まれた瞬間だった――か、どうかは分からない。
「……君はいつもいいところで僕の邪魔をしてくれますね、キース」
「いえいえ、それほどでも」
「あ、マリア!」
今までどこにいたのかマリアも一緒で、その手には分厚い書類の束が握られていた。
「――それで、首尾は?」
「上々です」
黒いオーラを出して笑顔で睨み合っていたジオルドとキースが、今度は悪い笑みを浮かべ合う。
糾弾令嬢がキースを見て金切り声を上げた。
「キース様! どうしてそちらに立っていらっしゃいますの!? わたくしたちに協力してくださると約束してくださったではありませんか!」
「約束? そんな約束をした覚えはありませんが」
「いいえ、確かに仰いましたわ! “あなたを裏切った恥知らずを辱めてやりましょう”と言ったわたくしに、“魅力的な提案だ”と」
「あなたが僕の返事をどう解釈したのかは知りませんが、僕が義姉さんを辱めたいなんて思うはずがないでしょう。あなたに提案された時、僕が考えたのは“あなたのような恥知らずから義姉さんを守る事ができるのは僕しかいない”という事ですよ」
冷ややかに言い放つキースに、糾弾令嬢がウグッと歯噛みする。
キースはマリアが持っていた書類を受け取ると、周囲に掲げて見せた。
「これはエミリア・モーガン嬢や他数名の令嬢が行ってきた、マリア・キャンベルさんへの嫌がらせの証言をまとめたものです」
「なっ!?」
真っ赤だった糾弾令嬢が、今度は真っ青になる。
「学園内で見かけた方もおられるかと思いますが、彼女たちは、希少な光の魔力保持者であるマリアさんに対し“平民である”というくだらない理由で犯罪まがいの嫌がらせを繰り返してきました。歴史あるこの魔法学園で、このように低俗で卑劣な行為が許されていいはずがありません。僕は今日この場でその罪をつまびらかにし、然るべき機関へ正式に告発したいと考えます!」
キースは令嬢たちに指を突き付け、高らかに宣言した。
ラノベ帯風サブタイトルは『強制力発動!?キース、チャラ男化!?』です。
ナ (; ・`д・´) ナンダッテ-⁉
2年に一度の学園祭って、不公平過ぎる…一年生の時にあるか二年生の時にあるかで全然違うよなぁ…一年生は可哀想…
という妄想の結果、何かイベントを企画しよう思い付きました。
今回、かなり迷走しました~ :;(∩´﹏`∩);: カイテモ カイテモ ススマナイ~
最初は仮装舞踏会だったのが、”ラファエル回であれだけ悩んだのに女装に賛成する訳ないだろ”と却下し、次にミス・ミスター魔法学園を決める催しで書き進めて”いや、身分で結果が左右されるに決まってるよな”と自分にツッコみ、ダンスコンテストに出場したジオカタペアに糾弾令嬢を断罪させようとして”生徒会役員が出場する余裕ある訳ないし”と冷静になり。
舞台がなかなか整わず、何度も書き直しました。
ちなみにキースの名誉の為に追記しておきますと、女の子の手を取っていたキースは、その後、羽根ペンを持たせて証拠書類を書かせています。(・ω・)ノ ウワキジャナイヨ!
それにしてもおかしいな…
当初ヤンデレ化するはずだったキースはマリアと断罪しているし、ジオルドも腹黒っぷりを発揮するはずだったのに夏のあの日を反省してるし。(´-ω-`)ハテ?
きっとカタリナと一緒にいると、心が浄化されてしまうのでしょうね…