乙女ゲームのR-18ルートに突入してしまった… 《もしかしたら あったかもしれない『はめふら』R-18ルート》 作:帆速やこぬ
☆ another story18話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売始めました!
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6517431
☆ extra story13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中です♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/6121168
☆ 本編13話に書き下ろしを加えた文庫本を、BOOTHにて販売中♪
https://hosokuyakonu.booth.pm/items/5929552
「……マリアは知っていたの?」
中断していた舞踏会が再開し、ようやく緊張が解けて控え室の椅子にへたり込んでいると、マリアが気を利かせて林檎のジュースを持ってきてくれた。甘い果汁が喉を通って少し落ち着いたところで聞いてみると、申し訳なさそうにマリアが答える。
「はい。キース様にお話をいただいて……」
マリアの話だと、キースから糾弾令嬢――もとい、嫌がらせ令嬢たちを告発するよう説得されたのだそうだ。
そもそもの始まりは、あの令嬢たちがキースに“私を糾弾しよう”と持ちかけた事がきっかけで、闇の魔力もゲームの強制力も関係なく、王位継承者の派閥争いが原因だったらしい。
キースは令嬢たちに協力するふりをして計画を聞き出した上で、マリアに今までされてきた嫌がらせを暴露させて、返り討ちにしたのだった。
「黙っていて申し訳ありません」
「いいのよ。キースから口止めされていたのでしょう?」
「ですが、キース様からお聞きしました。カタリナ様はずっと、わたしの事で心を痛めてくださっていたと」
「でもこうして動いたのはキースなのだから、キースにお礼を言ってあげて。きっと喜ぶわ」
つまりキースがマリアや様々な女子生徒たちに声を掛けていたのは、チャラ男化した訳ではなく証拠書類を作る為だったのだ。
ちょっぴりホッとしていると、背後に人の気配がした。
「――お礼なら義姉さんから欲しいな」
キースの声がした、と思った次の瞬間、椅子の背もたれ越しに後ろから抱き締められる。
「キース!?」
イザベルがいない事を失念していたせいで完全に無防備だった私の首筋に、キースが顔をうずめ、思い切り息を吸い込んだ。
「いい香り――久しぶりの、義姉さんの香りだ……」
「だ、だめ! 離れて、キース!」
こんなところ、ジオルドに見られたら――…
焦る私にお構いなしに、キースは肩にキスをする。
「義姉さん、僕、頑張ったんだよ。いっぱい褒めて、甘やかしてほしいな」
「キース、そこまでですよ」
いつの間にか傍にいたジオルドに、心臓が飛び出そうに驚いてしまう。
「ジオルド様!? ここここれは、その…!」
咄嗟の言い訳が思いつかずグルグルしている私を見て、ジオルドが微笑んだ。
「大丈夫、キースとは休戦協定を結んでいますから――と言っても“節度のある家族としての接触のみ”ですが」
「……へ?」
「君がキースの様子をとても心配していたので、彼について調べました。何をしていたのかはすぐに分かりましたので、僕も協力を申し出たという訳です」
「ジオルド様もご存じだったのですか…?」
「本当の事を言うと、僕だけでなく生徒会メンバーは全員、承知の上で今日の舞踏会の準備を進めていました」
「えええ!? 会長やニコル様、アラン様もメアリもソフィアも!?」
「そうですよ」
私以外、みんな知ってたの!?
驚きつつも一日を振り返って納得する。
だから今日はずっと、誰かが必ず傍にいたのか……。
キースが前に来て、跪いて私の手を取った。
なんだか今日は、跪かれて手を取られるシチュが多いな。
「嫌な思いをさせてごめんね、義姉さん。……怒ってる?」
意外な質問に、ついきょとんとしてしまう。
「どうして怒るの? マリアの為に動いてくれたのでしょう? むしろ褒めたいくらいよ!」
「でも、義姉さんを不安にさせた。聞いたよ。僕が心変わりしたと思っているって」
「それは――」
ここでそれを肯定してしまっていいのか迷っていると、キースが手を包むように握って微笑んだ。
「僕の事で嫉妬してくれたのだと思うと、嬉しいな」
「カタリナは別に嫉妬していたのではなく“心配”していただけですよ」
ジオルドが笑顔で強調する。
「君が軽々しい行動を取る事で、クラエス家の醜聞に繋がる可能性もありますからね」
キースは聞こえないふりをして、握る手にきゅっと力を込めた。
「でも嫉妬なんてする必要ないよ。約束したでしょう? 義姉さんを一生愛し抜くと。僕が義姉さん以外の女性に心を動かされるなんて事、あるはずないのだから」
「君、よく僕の目の前でそのセリフを口にできますね?」
こめかみをヒクつかせながらもなんとか笑顔を保ったジオルドが、さっきのお返しとばかりにキースから私の手をもぎ取る。
――あ、なんか二人のこの感じ、懐かしい……
前回もよくこういう感じのやり取りをするジオルドとキースを、微笑ましいと眺めていた事を思い出す。
なんだかホッとして笑ってしまうと、二人は顔を見合わせた。
「カタリナ」
「義姉さん」
ジオルドとキースがそれぞれ私の手を取り、甲に口づけをした。
「な、なに!? どうしたの二人とも!?」
マリアだって見てるのに!
「誰よりも深く、君を愛しています。どうかこれからは君の傍で共に歩ませてください」
「僕はもう、義姉さんを知らなかった頃に――ひとりになんて戻れないから、ちゃんと責任取ってよね」
「えええ!?」
――なんで主人公を差し置いて、悪役令嬢の私が甘い言葉を囁かれているの!?
マリアをそっと見ると、なんだか羨ましそうな表情をしている。
本当ならこの告白はマリアが受けるべきものなのに……。
三人の視線に挙動不審になりながら、無理矢理話題を変えた。
「ああああの! さっきの令嬢たちは?」
「会議室に軟禁しています。扉の前には僕の従者が見張りについていますし、3階なので窓から逃げられるという事もないでしょう」
「そうですか」
今回の断罪イベントに闇の魔力は関係していないとすれば、あの令嬢たちはゲームのカタリナと同じ罪に問われるという事になる。つまり、国外追放だ。
ふと、悪寒が走った。
――なんだろう? 何か大切な事を忘れている気がする……
そう思った瞬間、舞踏会の会場から叫び声と悲鳴が聞こえた。
何事だろうと会場に向かうとフロアの中心にひとりの令嬢が立ち、目をギラギラさせながら周囲を見回している。
その手にはナイフが握られ、会場は騒然としていた。
「これは一体何事ですか!」
ジオルドが声を上げると、鬼のような形相の令嬢がこちらを見る―――さっきの糾弾令嬢だ。
見張りらしき従者がオロオロと声を上げた。
「ジオルド様! それが、用を足したいと言うので部屋から出したところ、急に走り出しまして――」
突然、周囲の人を突き飛ばすように糾弾令嬢がこちらに突進してくる。
「カタリナ・クラエス!!」
「!」
ジオルドが反射的に腰に手をやり、剣を帯びていない事に気付いて、咄嗟に近くのテーブルのクロスを掴んで空中に広げた。
料理が音を立てて落ちる中、斜めに切り裂かれたクロスの裂け目から、振り上げられたナイフが光る。
「お前さえいなければ!!」
その光景を、どこか冷静に見ている自分がいた。
ゲームのバッドエンド。
悪役令嬢は、主人公に“ナイフで襲いかかる”――。
そうだ、どうしてこんな大切な事、忘れていたんだろう。
命に係わる事なのに。きちんと対策しておかなければいけなかったのに。
――こんなところで私、終わってしまうんだ――…
「カタリナ様!!」
目の前に、マリアが身体を投げ出した。
「マリア!?」
閃く刃と飛び散る血。
会場に悲鳴が上がる。
マリアが床に倒れ、切り裂かれたドレスの胸元から血が溢れ出した。
「いやぁ! マリア! マリア!!」
血を――早く血を止めないと!
拾い上げたテーブルクロスで傷口を押さえる。
「大丈夫! 大丈夫だからね、マリア」
白いクロスに取り返しのつかない速さで真っ赤なシミが広がっていく。
何か喚き散らす令嬢に数人が飛び掛かって床に捻じ伏せ、ジオルドが「誰か保健医を!」と指示を出している。
「カタ…リナ、様……」
マリアが目を開き、かすれた声を出した。
手を取ってぎゅっと握る。
「ここにいるわ!」
「お怪我、は……ありませんか……?」
「大丈夫よ、マリアが庇ってくれたから――」
言いながら、視界が涙で歪んだ。
「どうして――私なんかを庇ったの!」
苦しそうな息遣いのマリアは、それでも微笑む。
「先程、お二人がカタリナ様に想いを告げられているのを見て、わたし、とても羨ましかったんです……わたしにはカタリナ様に差し上げられるものが何もありませんから……だから嬉しいです。こうしてカタリナ様をお守りする事ができて……わたしにもできる事があって――…」
どんどん血の気を失っていくマリアに頷いてみせる。
「うん――うん。ありがとう、マリア。分かったから、もう無理に話さないで!」
「心から――お慕いしております……カタリナ様――」
スッと手から力が抜ける。
「……マリア?」
嘘。嘘だ。
「目を開けて! マリア!!」
こんな事、あるはずない。だってマリアは主人公だもの。
「――マリア!!」
「――容体は?」
「今のところは何とも――手は尽くしましたが……」
そんなやり取りをどこか遠くに聞きながら、マリアの手を握っている。
時計は既に深夜を回り、通報を受けてすぐに駆け付けた役人たちからの事情聴取も一段落ついて、学園に人気はない。
「……カタリナ、少し休んでは?」
ジオルドが声を掛けてくれたが、首を横に振った。
身体は疲れ切っているのに、眠れる気がしない。何よりマリアが目覚めた時にひとりぼっちにしたくない。
保健室のベッドで包帯を巻かれ痛々しい姿のマリアに、泣き過ぎて痛む目に涙が浮かんでくる。
いつの間にか周囲に人はなく、ベッドに横たわるマリアと二人きりだった。
「マリア……」
回らない頭で必死に考える。
どうして? なんでマリアが切られるの? ナイフを向けられていたのは私だったんじゃないの? マリアが主人公だから?
仕方がない、なんて絶対に考えたくなかった。
私が最も避けなければいけない破滅フラグ――死亡エンド。
ゲームでは主人公にナイフで襲いかかったカタリナを、ジオルドが剣で切りつける。
だから命の危険があるのは襲いかかる方で、襲われる方が傷付く事はないはずだった。
けれど今回、舞踏会の正装でジオルドが帯剣していないタイミングで事件は起きてしまった。
会場には大勢の生徒たちがいたから、魔法を使う事もできなかった。
だから糾弾令嬢は取り押さえられただけで死なずに済んだし、ジオルドは誰も手にかけていないから国外へ旅立つ必要もない。
バッドエンドは辛うじて回避できていると言えなくもないが、マリアが傷付くなんて、悪役令嬢の代わりに主人公が傷付くなんて、絶対にだめに決まっている。
「……私のせいだ――ごめん……ごめんね、マリア……」
――身体が熱い……
燃えるような熱を持った痛みが上半身をさいなむ。
朦朧とした意識の中、ずっとカタリナ様の謝る声とすすり泣く声がしていた。
――泣かないでください、カタリナ様……
励ましてあげたいのに、声が出ない。
涙をすくってあげたいのに、指が動かない。
心は大好きな人を助ける事ができた誇らしさでいっぱいなのに、身体は痛みと熱で押し潰されそうだ。
夢か現実か分からないような意識の境からぼんやりと覚醒し、ゆっくりと目を開ける。
一番初めに思い起こされたのは、誰よりも大好きで命よりも大切な人の事だった。
「…タリナ…様……」
喉がヒリヒリして声が上手く出ない。
「マリア!?」
すぐに気付いたカタリナ様が覗き込む。
「よかった、マリア――意識が戻って――」
「ここ、は――」
質素な自分の寮の部屋ではない事だけはすぐに分かった。
「私の部屋よ。保健室で処置をした後、こっちに移ったの。マリアの部屋に運ぶ事も考えたのだけど、ここなら必ず誰かが看ていられるから」
言いながらカタリナ様の目が涙で潤む。
「本当によかった……お医者様は命に別状はなさそうだって言っていたけれど、3日も目を覚まさなくて――もしこのままずっとマリアの意識が戻らなかったらって思ったら、私――…」
涙ぐむカタリナ様を元気づけたいのに、身体を起こす事もできないのがもどかしい。
「ご、ごめんね。泣きたいのはマリアの方だよね」
慌てて目元を拭うと、「何か、して欲しい事ある?」と聞く。
「お水…を、いただいても……?」
「ん、待ってね」
カタリナ様は傍らに置かれたガラスの吸い飲みを、口元に持ってきた。
「飲めそう?」
飲み口を口に挿し入れ、少しずつ水を流し込まれる。
ただのお水なのに、カタリナ様に飲ませてもらうと甘露のように美味しく感じられた。
「そうだ」
急に思い出したようにカタリナ様は立ち上がると、扉を開けてメイドに何かを頼む。
「今、マリアのお母様に目を覚ました事を馬車で伝えに行ってもらうからね。凄く心配していたから、すぐに来てくれると思う。到着するまで食事にしよう――あ、おかゆ、食べられそう?」
「はい……」
母の事を聞いてホッとしたところに食事の話をされ、急にお腹が空っぽである事に気付く。
「うちのメイドのパンがゆは美味しいよ! 私も具合が悪い時はいつも作ってもらうの。マリアもきっと、すぐ元気になれちゃうからね」
わずかでも身体を動かすと傷が引き攣れて痛むので、三人がかりでゆっくりと慎重に上半身を起こしてもらい、楽な姿勢になるようクッションで調整する。
「はい、あーん――焦らないでいいから……少しずつ、ゆっくり食べてね」
カタリナ様自ら匙で口に運んで食べさせてくれて、ただひたすらに幸せな食事を終え、呼ばれたお医者様に診てもらう。
「幸い内臓は傷ついていませんし、縫合も綺麗だ。食欲もあるようなら、すぐに傷は塞がるでしょう。ただし抜糸が済むまでの一週間は絶対に無理に動かない事。それと光の魔法で怪我を治す事ができるという事ですが、体力の落ちている今は、試すのは控えた方がいいでしょう」
そのすぐ後に到着した母はお医者様と話をしてから、ベッドの傍の椅子に座る。
「マリア! ああ、目が覚めてよかった……顔色もよさそうで……」
心配で眠れていなかったのか母の方こそ顔色が悪く、やつれて見えた。
「お母さん……心配かけてごめんなさい……」
「親が子供を心配するのは当たり前でしょう。そんな事は気にしないでいいのよ。あなたはまず、怪我を治す事を一番に考えなさい」
優しく頭を撫でる母の横で、カタリナ様が意を決したように顔を上げる。
「あの、マリアのお母様。マリアさんの看病を、このまま私に任せていただけませんか?」
「ですが、医師の手配やこちらのお部屋も甘えさせていただいているのに、そこまでしていただく訳には――」
「マリアさんは私を庇って傷を負いました。私にはマリアさんに責任を負う義務があります。お医者様も一週間は動かさない方がいいと仰っていました。馬車に長く揺られて負担になるより、安静にしていた方がいいと思うのです。ここで年を越す事にはなってしまいますが、どうかマリアさんの看病を私にさせてください。ご心配なようなら、毎日こちらから馬車を出してお見舞いの送り迎えをさせていただきますから」
カタリナ様がわたしを見る。
「マリア、これは私の我儘だけど――マリアが治るまで私に看病させてください。私に癒す力はないけれど、精一杯誠意を込めて看病すると約束します」
母は「あなたのしたいようになさい」と微笑んでくれたので、カタリナ様の申し出を受ける事にした。
実家に帰るつもりだった冬休みを母と過ごせない事は寂しいけれど、カタリナ様とずっと一緒にいられるのだと思うと不謹慎だけど幸せだと感じてしまう。
――カタリナ様は傷の責任を感じているだけで、他意はないのでしょうが……
それでも、カタリナ様がわたしの事をこんなに考えてくれていた事が嬉しかった。
「どうか、娘をお願いいたします」
「もちろんです。責任を持ってお預かりします」
母は思っていたよりもわたしが元気そうで安心したのか、何度もカタリナ様に礼を言いながら帰っていった。
それから、カタリナ様のお部屋で甲斐甲斐しくお世話される毎日が始まった。
何不自由なく、カタリナ様に甘やかされる日々。
大好きな人と二人きりで過ごせる時間。
時折襲われる痛みすら、カタリナ様に心配してもらえると思うと、いけない事だと分かっているのに嬉しいと感じてしまう。
冬休みの間中カタリナ様を独り占めし、たくさんのお話をした。
カタリナ様はわたしに気を遣って楽しい話ばかりしてくれた。
面白かった本の話。美味しいお菓子の話。木登りや魚釣りの話。
これからの話――約束もたくさんしてくれた。
今度一緒にお菓子作りをしよう。春になったらお花見をしよう。夏休みにはまたみんなで湖に遊びに行こう――。
ラファエル会長たちの卒業パーティーで、ドレスを貸してもらう約束もした。
カタリナ様の未来にわたしがいてもいいのだと思わせてくれる、希望の言葉の数々。
けれど、気付いている。
カタリナ様の太陽のような笑顔にほんの少し、陰りがある事。
わたしの傷を自分のせいだと責めている事。
この学園に来てからずっと見てきたから分かる。
カタリナ様を慕う人は多い。
嘘がなくて裏表のない性格。見ているだけでこちらまで元気をもらえる明るい笑顔。いつも自然体で朗らかで、身分など気にしない気さくな人柄。
みんなカタリナ様が大好きで、中でも生徒会のメンバーは特別に思いが強い。
メアリ様はカタリナ様に背中を押され、想い続けてきたアラン様と結ばれた。
ソフィア様は屈託なく接してくれるカタリナ様という友人を得た事で、他人と接する苦手意識を少しずつ克服している。
具体的に何があったのかは知らないけれど、ラファエル会長とニコル様との仲を取り持ち、後押ししたのもカタリナ様だという。
みんな心からカタリナ様を信頼し、何かあれば真っ先に駆け付け、力になろうとするだろう。
そして、ジオルド様とキース様。
本当に、心からカタリナ様を想っている事はわたしにも分かった。
そんなお二人を見ていて、わたしは自分の気持ちに、自分の願いに気付いてしまった。
――わたしは、カタリナ様を愛している
平民の自分が、貴族であり同性であるカタリナ様と結ばれる事は絶対にない。
そう言い聞かせてきたのに、同じように同性で身分違いでも堂々と交際を始めたラファエル会長とニコル様たちの姿に、イヤでも希望を持ってしまう。
――カタリナ様の一番近くに――ずっと一緒にいたい
そんな事は不可能だと頭では理解しているのに、一緒に過ごす時間を重ねれば重ねるほど想いは募る。
どうしたらこの先もカタリナ様と一緒にいられるだろうと、ずっと考えていた。
考えて、考えて、たくさん考えて、切り口が間違っている事にようやく気付く。
わたしの想いだけでは足りない。決めるのはカタリナ様なのだと。
――どうしたらカタリナ様が、わたしとずっと一緒にいたいと思ってくれるだろう……
冬休み最後の日、マリアはようやく抜糸ができるまでに傷が回復した。
「よかったね、マリア。お医者様も綺麗に傷が塞がっているって褒めていたし」
「カタリナ様が環境を整えて気を遣ってくださったおかげです」
「そんなの当たり前だよ。マリアの怪我は私のせいだもん」
「そんな……カタリナ様をお守りするのは、それこそ当然の事です」
「マリア、何度も言ったでしょう。私のせいでマリアが傷付くなんて絶対にだめ!」
「申し訳ありません、カタリナ様。同じ状況になれば、わたしはまた必ず同じようにします」
「マリア……」
悲しい気持ちで決心の固そうなマリアを見つめる。
マリアの心を変えられないのなら、今度は私がマリアを守らなければ。
「それなら私も、もう二度とマリアを傷付けさせたりなんかしないと誓うわ!」
「カタリナ様……」
感激したように微笑んだマリアは、少し俯いてから、意を決したように顔を上げた。
「カタリナ様。お願いがあります」
「ん? なあに?」
「抜糸も済んで、体力も戻り、お医者様から魔法を使ってもよいと許可が出ました。ですので、光の魔法でこの傷を治そうと思います。おそらく、傷は綺麗に消す事ができますが――」
「何か問題があるの? あ、魔法の後、すっごくお腹が空いちゃうとか?」
マリアは少し微笑み、そっと胸元に手を置いた。
「胸の傷を少しだけ残しておきたいのです。カタリナ様をお助けできた勲章として――駄目でしょうか?」
――勲章……
マリアが傷をそんな風に思っていた事に、申し訳なさでいっぱいになる。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。
マリアは私の為に命を投げ出す覚悟までしてしまっている。
主人公なのに悪役令嬢の為に死んでも構わないと思っている。
「マリア、女の子の身体に傷が残るなんて、よくないよ」
一応言ってみたが、マリアは微笑むばかりだ。
こんな事絶対に間違っているのに、マリアの意志は固く、揺らぎそうにない。
――マリアがこんな風になってしまったのは、私のせいだ――
仲良くなれた事で浮かれていた。シナリオを変えて破滅エンドを避ける事に夢中で、その後にどうなるかなんて考えもしなかった。
長く孤独だったマリアが、ようやくできた友人を大切にしようとするのは当然だったのに。
今回傷が浅かったのは運が良かっただけで、次は分からない。
それなのにマリアは、私に怪我がなくてよかったと笑ってしまう。
私の為なら、また同じ事をすると言ってしまう。
もし、取り返しのつかない深手を負ってしまったら――
私のせいで本当にマリアが死んでしまったら――
考えただけでゾッとする。
それに、傷付くのは身体だけではない。
私がゲームの中で見てきた、嫌がらせと悪意の数々。
イヤな気分にはなったけれど、心が本当に傷付く事はなかった。
けれどここは私たちにとって、現実だ。
16才の女の子が、あんな風に他人の悪意に晒され、剥き出しの殺意を見せつけられて、ショックを受けないはずがない。
今は友人を助ける事ができた高揚感で気にならなくても、いつか突然、人と接する事を怖いと感じてしまうかもしれない。
光の魔法で傷は治せても、心の傷は簡単には治せない。
――どうしたら分かってもらえる? 一体どうすれば――…
ふと、今まで一度も試した事のない方法を思いついた。
マリアの手を取り、ぎゅっと握って真っ直ぐに見る。
「聞いて、マリア。とても荒唐無稽な話だと思うかもしれないけれど――」
「――つまりわたしたちは、物語の中の登場人物という事ですか?」
「厳密には違うのだけど、そんな感じ」
“ゲーム”と言ってもよく分からないようだったので、選択肢によって読む度に内容が変わる不思議なロマンス小説と説明した。
魔法学園を舞台に主人公のマリアが色々な男性と出会い、恋に落ち、その恋を成就させていく物語だと。
私には前世の記憶があるというところから始まり、前回無事破滅エンドを回避し友情エンドを迎えた後に、気付いたらこの世界に再び転生していた事。
今日までこの世界で破滅フラグをへし折る為に、何をしてきたのかを。
キースやジオルドとの事も正直に話した。
ラファエルの過去を変え、闇の魔力の悲劇をなかった事にしたところまでを一気に話し、息を吐く。
話している間、マリアは何も言わなかった。
だけど、真剣に聞いてくれた。
時折思い当たるように頷き、考え込むように視線が空を彷徨う。
「――だからね、主人公のマリアが、悪役令嬢の私の為に傷付くなんておかしな事なの。それに私は大好きなマリアにもう傷付いてほしくない。優しいマリアに誰より幸せになってほしい」
「カタリナ様……」
マリアは最後まで聞いて、嬉しそうに微笑んでくれた。
ちょうど昼時になり、メイドが食事を運んでくる。
長い話をした後だったので少しボウッとしながら昼食を取っていると、マリアが急に姿勢を正して私に言った。
「……あの、カタリナ様。その“ゲーム”というもののそれぞれのあらすじと分岐点、前回のカタリナ様がしてきた行動とみなさんとどのように出会い、関わってきたのかを、書き出していただいてもよろしいですか?」
「う、うん」
昼食後、できるだけ細かく書き出し、途中思い出しては付け足す。
もうこれ以上ないと思えるまでになる頃には、既に陽は傾き、夕方になっていた。
「……これで全部、だと思う」
ノートを受け取ったマリアはパラパラとめくって目を通してからそっと閉じて、私を見上げる。
「カタリナ様。こちら、お借りしてもよろしいですか?」
「もちろん」
「一晩、じっくり考えさせてください」
カタリナ様のお話は聞き慣れない言葉が多く、分からないところも多かったけれど、不思議と作り話とは思えなかった。
出会った瞬間からお優しかったカタリナ様。
嫌がらせを受けていると、おとぎ話の勇者様のようにいつも颯爽と助けにきてくれた。
いつだって身分を気にせず分け隔てなく接してくれた。
それが知り合う前からわたしを知っていたからだとすれば、納得がいく。
けれど、だからと言ってわたしのカタリナ様への気持ちは変わらない。
カタリナ様の事が世界一大好きで、誰よりも大切なこの気持ちは。
ノートを開く。
正直に言えば、ジオルド様とキース様とのお話はとてもショックだった。
まさか睦事まで交わしているなんて思わなかったけれど、確かにお二人のカタリナ様を見る目は他の殿方と違うとは感じていた。
反射的に“イヤだ”と、“わたしのカタリナ様を汚さないで”と思った。
ページをめくり、じっくりと目を通していく。
前世の記憶というものが本当に存在するのか、わたしには分からない。
だけど妙に整合性の取れた、この不思議な話をわたしは信じる。カタリナ様がわたしを謀る理由なんて思いつかないし、なによりカタリナ様が言う事ならわたしはなんだって信じたい。
信じ通す事が、カタリナ様の隣にいられる唯一の方法な気がした。
カタリナ様を破滅へと追いやる“攻略対象”なる危険人物――ジオルド様とキース様は、もうカタリナ様が“攻略”してしまっている。
――カタリナ様は自覚されていないようだけれど……
おそらく、この先お二人がカタリナ様を害する事はないだろう。
“ゲーム”について書かれた最後のページを読む。
あと残っているイベントは、“卒業パーティー”だけのようだ。
わたしがお二人を選ぶ事は、絶対にない。だってわたしがお慕いしているのはカタリナ様ただおひとりなのだから。
そしてカタリナ様も、ジオルド様とキース様を邪魔するつもりはない。
という事は、先日の“断罪イベント”が、直接的に害が及ぶ可能性のある最後のイベントのはずで、カタリナ様が破滅する可能性はないと確認できた事になる。
だからわたしにできるのは――いや、わたしがしなければならないのは、カタリナ様に“破滅する危険はもうない”と安心してもらえる状況を作り出す事だ。
断罪イベント――生徒会主催の舞踏会で騒ぎを起こしたあの方たちは、その後身柄を拘束され、身分を剥奪の上、国外追放になったそうだ。
具合のよくないわたしに気を遣って、カタリナ様はあまり話題にしたくなさそうだったので、お見舞いに来てくださったジオルド様にこっそり教えていただいた。
ジオルド様もキース様も、それに娘が刃物で襲われたと聞いて駆け付けたカタリナ様のご両親からも、身を挺してカタリナ様を守った事をとても感謝し、“何かお礼がしたい”と仰ってくれている。
――お礼……
悪い考えが頭をよぎった。
ずっと“見てほしい”と願っていたわたしを真っ直ぐに見てくれた、初めての人。
わたしが作ったお菓子を美味しそうに食べ、屈託なく笑ってくれる、大切な人。
カタリナ様とずっと一緒にいられるのならば、わたしはこんな卑怯な方法でも考えついてしまう。
こんな事を考えるわたしを、カタリナ様は嫌いになってしまうだろうか?
ノートを閉じる。
――けれどこれが、唯一の“みんなが幸せになる方法”だと思う――…
「ジオルド様、キース様。大切なお話がありますので、少しお時間いただけますでしょうか?」
始業式の後、わたしはカタリナ様に内緒でお二人を空き教室に呼び出した。
「マリアさん、今日は始業式だけなのだし、休んでもよかったのでは?」
「みなさん、心配されているかと思いまして」
実際、学園に顔を出すと、たくさんの生徒から声を掛けられた。
舞踏会で――それも由緒ある魔法学園で刃傷沙汰など、前代未聞の事件だったのだから。
心配まではいかなくても、傷を受けた人がどうなったのかは気になるところだろう。
「傷の痛みなどはもう大丈夫なのですか?」
「はい、実はその事でお話があるのです。まずは、これを見ていただけますか?」
胸元のリボンを取り、ボタンを外し始めると、お二人は慌てたように顔を背けた。
「な! 何を!?」
「ちょっ、マリアさん!?」
ブラウスの前を開け、傷をお二人に見せる。
「このように傷はしっかりと塞がりました」
恐る恐る視線を向けたお二人は、傷を見てたじろいだ。
抜糸の済んだばかりの赤黒い傷は、肌に痛々しい跡を残している。
「光の魔法で消す事はできなかったの?」
キース様が心配するように言うと、ジオルド様は少し鋭い目でわたしを見た。
「……どういうつもりですか?」
さすがジオルド様。わたしの意図に気付いたらしい。
「光の魔力を持つあなたなら、その傷を消す事など造作もないはずでしょう。まさか残すつもりですか? カタリナを自分に“縛りつける”為に」
ここからが勝負だった。
「……わたしは平民です」
急に話を逸らされて鼻白んだジオルド様と少し呆気に取られているキース様に、微笑みかける。
「例えわたしが光の魔力を持っているとしても、身分の差は歴然。この学園を卒業してしまえば、わたしはカタリナ様と共にある事は許されない。ですが――この傷」
殊更に胸に手を添えて、見せつける。
「もちろん、あの時はカタリナ様をお救いしたい一心でしたし、後悔もありません。この傷はわたしにとって、“勲章”です」
「勲章? “鎖”の間違いでしょう」
話が飲み込めたキース様も、説得を始めた。
「女性の――友人の肌にそんな傷が残るなんて、義姉さんが悲しむよ」
「そうですね。だからこそ残す意味があるのです」
「カタリナが、罪悪感であなたから離れられなくする為に?」
曖昧に笑い、言葉にはしない。
「――ところでお二人は、わたしに“お礼がしたい”と仰ってくださいましたよね?」
「……ええ」
再び話を変えると、ジオルド様が用心深く答える。キース様も警戒するように頷いた。
「ではジオルド様、キース様。お願いがございます」
わたしのお願い――途方もない提案を聞いたお二人は、言葉も出ないほど驚いていた。
「無茶な願いである事は百も承知しています。ですがもし叶えていただけるのでしたら、すぐにでも傷は消しましょう」
転生の事やゲームの事を話したら、マリアならきっと、信じてくれると思うのです。
そして自分がどう動いたらカタリナの破滅フラグを回避できるのかを真剣に考えてくれると思うのです。
だって『はめふら』のカタリナに出会ったマリアは、必ずメロメロになると決まっているから!(≧◇≦)
ちなみに護衛のイザベルがいなかったのは、舞踏会直前にジオルドに頼まれて、糾弾令嬢たちを連行する役人を呼びに行っているからです。
本編はエピローグ含めてあと2話(R-18なし)、その後R-18のextra storyを書きたいと思います!