グルメ狂いにトリガーハッピー 作:ウルサス第二師団
AM 5:30 龍門市街 屋台通り
龍門であっても、早朝は活気が無い。
街行く人通りは数える程度。仕入れを終えた者達は、手早く回転準備や仕込みに入っている。
龍門の若者の一人であるジェイもそれに漏れない。
彼は素早い包丁捌きで、魚を切り分けている。
黙々と行われるそれを遮るように、早すぎる来客が彼の元へとやって来た。
「はよー、ジェイ。菫じぃ元気?」
「相変わらず元気でさぁ。
にしても滅茶苦茶早起きしたなァ、レプリカ」
緑青の髪と黒角が特徴的な青年だ。
服装は極めてラフであり、黒ジャージと簡素なジャケットのみである。肩からはエコバッグを下げている。屋台に買い物へ来たようだ。
「いや目ぇ覚めただけ。
んで冷蔵庫見たら朝飯っぽいの皆無で」
「具体的には」
「たくあんの油炒め、辛めの煮物各種」
「…壊滅的」
「つーことで魚団子スープ二人分いい?」
「二人分? …ああ、あの赤髪の人の分か。
ちょいとお待ちを…」
ジェイがホーロー鍋を開ける。
中にあるのは黄金色のスープと、白い魚団子。各種薬味と野菜も加わったそれを、取り出した小鍋に二人分ほど移し、コンロの上に置いて火をつける。
時折中を混ぜながら、煮えるのを待つ。
それまで時間があるのか、ジェイは中断していた仕込みを続けた。魚肉が再び捌かれていく。
包丁の動きは澱みない。
「…前より手際良くなってねぇ?」
「いやぁ、まだまだ」
席に腰掛け、温めを待つ。軽口を叩く中で、レプリカは手提げから煙草を取り出しカウンター上へ置く。
銘柄は龍門でありふれているのものだ。
不味くはないが、特段良さがあるわけでもないスタンダードな一品。ジェイはそれを見て首を傾げる。
「これ、菫じぃに返しといて。
やっぱ俺タバコ駄目だわ」
「はいよ」
どうやら貰い物の煙草だったようだ。
ジェイが煙草をポケットに入れたのを見てから、レプリカは再び口を開く。
「今度休みいつ? また麻雀やらねぇ?」
「この前大敗しただろうがい」
「うるせーありゃノーカンだノーカン。流し満貫が通されるなんざ考え付かねーだろうが普通は」
「あと一発狙ってたら即座に鳴かれて立直のみになったりとか、高得点狙って和了牌見逃したらそれが原因で倍満くらったりもしてたなァ」
「俺お前になんかしたっけ?」
トラウマをほじくり返され、目が濁るレプリカ。見た側にとっては喜劇でしかない。その証左に、見事にジェイの口端は引き攣っている。
「ロマンにこだわるこたねぇだろうに」
「ドカンと勝つのが気持ちいいんだろーが」
「勝ってから言ってくんな、ほら」
勝てもしない勝ち方にこだわる男へと、ピシャリと現実を言い渡される。
そんな仕打ちをしたジェイが、フタ付きの器を二つカウンターに出した。先に注文した品が出来上がったらしい。
レプリカは龍門弊を支払い、器を手提げの中へ丁寧に入れた。二人にとってこのやりとりは手慣れたものなのか、動作はえらくスムーズだ。
「サンキュー、でも次の麻雀は勝つからな」
「へぇへぇ、こっちもまた勝たしてもらうわな」
しかしジェイは青年の勝利宣言をばっさりと切り捨てた。
目が覚めた理由は、温もりの喪失だ。
触れ合っていたはずの肌は無く、丁寧にかけられた布団だけが、あたしの体温を維持している。
それでも、人の体温とは大きなものなのだろう。
側にあったはずのそれが無くなった途端、こうも簡単に微睡から抜け出せてしまうのだから。
のそり、と体を起こした。
2度だけとはいえ、夜通しでヤるのは体に響く。倦怠感と、僅かな体の火照り。それと形容し難い寂しさ。
今この場にいない彼は、わかりやすい欠点こそ無いが、偶にアフターケアが雑なきらいがある。
…いや、これは単にあたしが我儘なだけかな。
「……あるておー…」
寝ぼけた声で、あたしを抱いた張本人を呼ぶ。
返答はない。エクシア、レミュエル、レミィ、天使サマ。彼があたしを呼ぶ名前のどれもが帰ってこない。
今は家にいないのだろうか。ともかく、シャワーを借りて、眠さと気怠さを熱いお湯で流してしまおう。
アルテオの部屋は、だだっ広い。ソファ、テレビ、デスク、パソコン、ラックにその他諸々…ともかく、小物が殆どないのに、彼が選ぶ家具はどれもこれも小さい。
だから空白が多くて、どことなく「虚無感」みたいなものを時折感じる。それと少しの寂しさを。
「…早くシャワー浴びよ」
それもきっと寝ぼけた頭のせいだと思って、そそくさと浴室に足を運ぶ。
冷えた廊下の床に素足を乗せた時、玄関の方から呆けた声が聞こえた。
「うわ、起きてた」
「……あれ」
そこにいたのは紛れもなく、アルテオだった。昨日削った角と、おそらくは寝起き間も無くに乱雑に結んだであろう緑青の髪。
いつも通りの黒いジャケットとズボンに身を包み、手にエコバッグを持っていた。
彼は空いてる方の手で顔を覆ってため息と同時に一言。
「…俺の家だけどさぁ…せめて軽く服着た方が良いんじゃねぇ? シーツ軽く体に巻いただけってお前…」
指の隙間から覗く瞳には、呆れの色が見えた。
まあ確かにそうかもね。
ベッドの上に脱ぎ散らかした下着やら何やらを思いながら、彼の頬に手が当たるまで距離を詰める。
相変わらず、その視線は居心地が悪そうなまま。
あからさまな欲情の色が見える訳でもない。
別に裸見られたって今更だし。
そもそも抱いた後のアフターが雑なそっちが悪いと思うよ、あたしは。
そう思って、彼の首筋に唇を押し付ける。
そのまま吸い付くと、ほんのりと赤い跡が残る。
それは、キスマークというより、ただ皮膚を吸ってつけただけの、内出血の跡。
「……ハイネック洗濯出してんだけど」
そんな文句を言いながらも、引き剥がそうとはしないあたり、やっぱり優しいよね。
そんな事を考えながら、もう一度彼に抱きつく。
今度は、しっかりと抱きしめ返してくれた。
愛されてるな、と思う。それと同時に、知り合った時と比べて、本当にアルは丸くなった。
昔の、まだあたしがペンギン急便に入りたての頃は、こんな風に甘えさせてはくれなかったし、あたしもこんなことはしなかった。
その変化が良いのか悪いのかはわからないけど、少なくとも今のこの瞬間だけは、幸せだと思う。
だから、もう少しだけ甘える。
「一緒にシャワー、浴びようよ」
アルテオの首元から顔を上げて、そう言うと、彼の表情は露骨に嫌な色に染まった。
あははっ、そうそう。あたし達二人にとって「二人でシャワー室を使う」なんて、あんまり良い思い出がない。
どっちかがヘマして血まみれだったり、しょうもない悪戯が仕掛けてあったり。
そんな思い出がよぎってるであろう、アルテオはあたしの顔を見て、それから観念したように言った。
「…わーったよ…じゃあ、先に入ってろ。
俺は後で行くから」
「うんっ!」