グルメ狂いにトリガーハッピー 作:ウルサス第二師団
次から多分過去話
冷蔵庫に魚団子のスープを入れた時、壁についているコントロールパネルの電源が入ってることに気づいた。
設定温度は39度。いつも浸かる湯船より3度ほど下だ。そんでもって、今先に風呂場に行ってるのは
そうともなれば、まぁ思いつくのは一つで。
「…あいつ風呂沸かしたな」
シャワー浴びる〜だなんて言っといてこれである。まぁ湯船の魅力には勝てなかったんだろう。その気持ちは痛いほど分かる。ジャグジーバスは最高だからな。
湯が沸くまでシャワーを使ってるのか、先んじて水が流れる音がふろ場から聞こえる。
この分なら少しは遅れても良いだろう。一昨日作ったレモン水をグラスに注ぎ、喉に流し込んだ。
…酸味でほんの少し、頭がスッキリする。
裾を捲って、自分の手首と一体化してる黒いバングルを見る。今となっては、無用な長物ではあるが、人様に見せるのは慣れない。
これのせいで鉱石病感染者と疑われたこともある。
じゃあこれは何だと聞かれたら、返答に困る。これは、恐らくリターニアの術師か、サルカズの歴史に知識があるやつにしかわからないモノなのだし。
「…ふっるいアーツの産物です、だなんて言ってもなぁ」
間違ってはいないが、説明としては雑だろう。
これのおかげで病知らずなんだし。
「……やっぱ言わないままでいいか」
今、シャワーを使っているであろうレミュエルくらいには、はっきり説明しておきたいモノなのだが。
こういう時、ちゃんとした教育を受けてないっていうのは痛い。ボスに相談したら『料理について説明する時みたいにしろ』って言われたけれど、それが出来たら苦労しない。
だからこうして先延ばしにする羽目になってるのだが。
どうしたものかと頭を悩ませていると、浴室から声がかかる。
見れば扉の向こうにシルエットが見えた。光輪と羽は曇りガラス越しでもよくわかる。
『アルー! お風呂沸いたー!!』
レミュエルがそんなことを言う。要するに早く入りに来いってことだろう。
グラスを濯いで洗い場に置く。
そしてあくびを噛み殺しつつ脱衣所に入ったところで、服を洗濯籠へ脱ぎ捨て、浴室に入った。
泡が継続して沸くバスタブに、二人の男女が身を入れる。
緑青の長髪を自前の黒角に巻き付けている青年ことレプリカと、赤いショートヘアの上に光輪を浮かせているエクシア。
二人の体勢はシンプルで、レプリカは足を開いて浴槽に座っており、エクシアはその間に腰掛けている。
髪と体は洗い終えたのだろう。二人の髪は濡れていて、浴室の床には泡が微かに残っていた。
レプリカはそれに気付いたのか、バスタブからお湯を掬い取り、床に落として泡を消す。
「…やばい、寝そう」
その中でぽつり、とエクシアが呟く。
答えるように、男の指が女の頬をつまんだ。
「寝んなー、溺死すんぞー」
「むぅ……」
不満げに口を尖らせる女。しかし男は気にした様子もなく、指先で頬を強めにこねくり回す。
しばらくして、男が手を離すと、赤毛の女は頬をさすった。
「いったぁ……目は覚めたけどさ、もうちょっと優しくしてくれても良くない?」
「首を噛まねぇでやっただけ感謝してくれ。こちとらお前のおかげで首筋っつーか人様にガンガン見える箇所にキスマークだぞ」
男の言葉通り、彼の首元には小さな赤い模様がある。それは先ほどまでの行為の名残だ。
くっきりと付けられた、言ってしまえば独占欲か、愛情の表れは、いやでも衆目を浴びることだろう。
それを見て、エクシアは男の胸板へ背中を預けたままケラケラ笑う。
「ごめんってば。でも淋しかったんだし、許してちょ」
「…………淋しかった?」
「起きたらいないって結構心に来るんだよ。ヤった後なら尚更!」
言いながら、彼女は男の肩に頭を乗せた。そのまま上体を捻り、顔を近づけて唇を重ねる。
軽く触れ合うだけのバードキス。数秒の後、離れた時には、満足そうな笑みを浮かべた女がいる。
「……つってもなぁ、お前の寝起き何するかわかんないし怖いんだよ。起きるまで待つのも…「はい減点」むごっ」
エクシアの人差し指がレプリカの口を止める。
不機嫌そうに唇を尖らせた彼女だが、熱で茹だった頭のせいか、不用意な発言をする。
少なくとも、次の言葉は悪魔のような独占欲を持つ欲張りな男には禁句の一言を。
「乙女心がわかってないよ。あたしセフレじゃないんだしさぁ」
「…お前それ分かッて言ッてる?」
低く、しかしじっとりとした声。
いつの間にか、赤いサンクタの手首は緑青の角付きの手にがっしりと掴まれていた。
力は強いが、しかし痛みはない。
だが明確に逃げられない状態だと理解して、エクシアは頬を引き攣らせる。
「えっと……その、今のは言葉の綾というか…例えというか…本気じゃなくてさ…あの、なんか……変なスイッチ入ってない?顔怖……」
「大丈夫、確かに抱いた後の対応が雑なのは事実だろうからな。本人から言われたんなら、しッかり認めるさ。だからほら、要望通り『大事』にしてやろうッてさ」
ほぅ、と熱い息が天使の耳朶をなぞる。その瞬間、背筋に走った悪寒が、彼女の脳裏に警鐘を鳴らした。
「そういや、サンクタの光輪と脳の関わりは深いらしいな。帽子被ると気分が悪くなるやつもいたッけか」
レプリカが囁きかけるような声で告げてくる。その意味を察して、エクシアの顔は青ざめるどころか白くなった。
そんな彼女を余所に、男は女の赤髪の上に浮く光の輪へ唇を近づける。そしてそのまま、光に向けてキスをした。
「〜〜〜〜〜っッッッ!? な、ッにこ、れェ…ッ!?」
刹那、エクシアは全身を駆け巡った未知の感覚に悶える。頭に血が上り、思考が乱される。まるで脳内を直接かき混ぜられているかのような体感。
全身の力を奪われたかの如く、四肢を弛緩させる天使。だが、角持つ男はそれを見てもなお、止まらない。舌をなめずりし、光輪を柔く唇で食む。
女は一層大きく体を震わせた。彼女はとっくに手首の拘束が外れている事に気づいていないし、気付いていたとしても、既に動くことは出来ないのだが。
そして男の責めは、尚も続く。光輪を食んだ唇は、密やかに蠢き、微かな音節を紡ぐ。その一つ一つは、脳を溶かしかねないほど甘ったるい睦言だ。
「ぁう……ッ!ふぁ……ぁぁぁ……っ!」
エクシアは弱々しく喘ぎ続ける。男の声と言葉が光輪を犯す都度に、体の奥底から得体の知れない熱が湧き上がってくる。
頭をぐるぐると寒気にも似たぞくりとした感覚が這いまわり続ける。
「やめ……てよ……」
震えながら、消え入りそうな声で懇願するが、当然のように聞き入れられはしない。愛でるような優しさで、快楽を与えられる。女は呻くように喘ぎ、体をびくびくと震わせ続ける。
そんな責め苦とも変わらない時間が続いて、やがて、男の唇は光輪から離れていった。
「…………うぁ……」
エクシアの口から漏れたのは小さな吐息。根強く頭に残る甘い痺れに、半ば放心状態であり、指すらもまともに動かせない。
けれど、せめてもの抵抗か。力の入らない、蕩け切ったか細い声で悪態を吐く。
「…………さいあく…あたま……へんになりそ…… 」
それがどれだけ意味のない行為なのかは、当人も理解していた。だが、そうでもしなければ、どうにかなってしまいそうなくらいに思考と判断が蕩けていく。
だが、ようやく光輪から口が離れた。その事実に安堵したのか、エクシアは油断しきって体の力を抜いていた。
それを狙い目と踏んだのか、赤い舌が光の輪を這う。瞬間、エクシアの体が跳ね上がった。悲鳴のような声が喉奥から絞り出される。
再び始まった愛撫に、エクシアの体は何度も痙攣を繰り返す。逃れられない刺激が、彼女の脳神経を焼き切らんばかりに襲ってくる。
「ぉ゛……ッ!? ま、待って、これヤバい……っ!」
快楽は暴力的なのに、自らを抱きしめる腕は優しく、それでいて温かい。
抱擁と責め苦で、ただでさえ揺れる脳が更に不安定になる。
「ひぅ……ッ! ぁ……あ……ッ!!」
声を抑えることも出来ず、与えられる快感に身を捩らせ、喘ぐことしか出来ない。
弱々しい小鳥のように震え、体を小さく縮こまらせる姿からは普段の快活な面影や素振りなどまるで感じられない。
そこにいるのは、愛でるように与えられ続ける快楽に翻弄される無力で哀れな羽のついた女だけ。
「やぁ……ッ! も、もうゆるして………ぃや……やだぁ……っ」
許しを乞うたところで、止まることはない。むしろ、男は責めを激しくするだけだ。
エクシアは涙を浮かべ、首を横に振る。それでも止まらず、より強くなっていくばかりの刺激に、彼女は遂に限界を迎えた。
「だめぇ……ッ!!やだ、ゃ……ああァア───ッッ!!!」
エクシアは背筋を大きく仰け反らせて絶頂を迎える。その拍子に、光輪から口がぬるりと離れ、そのまま浴槽の縁に頭を預けることになる。
肩を上下させ、荒く息をする女を、男は横抱きにして立ち上がる。水面が揺れ、水が滴る。
大きなバスタオルを手にとり、自身と女を包み体についた水を拭き取る中、彼の瞳はギラついていて、この程度では終わらせないと雄弁に語っていた───が。
「…いや待て、ゴム切らしてるじゃねぇか」
「……へ?」
唐突にレプリカが発した言葉に、快活さの欠片もない、ぐったりとしつつも熱を帯びた表情のままエクシアが顔を上げる。
「続きは…駄目だな」
「え……」
呟かれた言葉の意味を理解し、一瞬呆けたような顔をした後、じわじわと寂しそうな、物足りなそうな表情を浮かべる。
そして、エクシアはおずおずと男の体に手を回し、胸板に頬を寄せながら上目遣いで暗に問う。
「…………………」
しかしレプリカは答えない。エクシアは焦るように、男の首に手を回す。
そしてほんの少し力が込められた。
潤んだ瞳が、縋るかのように男を見つめる。
「………やっぱり、だめ……」
「…まぁな。お前がラテラーノの国籍も、教えも、本当に全部捨ててくれんなら話は別だけど」
レプリカは、先とは打って変わって毅然とした声で言う。
「それは……」
赤いサンクタは視線を落とし、言い淀む。
「…魔族との子なんざ親ごと掻っ捌かれて死ぬのがオチだろ。あの国の『教皇』ならやるだろ、そういうこと。
だから、今は二人で我慢。いや焚き付けた俺が言ったら駄目なんだろうけど…」
レプリカはエクシアの短い髪をくしゃっと撫でる。
エクシアは目を細め、心地よさげにするけれど、どこか不満そうであり、不安そうでもあった。
だって今、レプリカは明確に『教皇』という言葉を憎悪と殺意を込めて吐いたのだから。
「……アル」
天使は、角を持つ男と指を絡める。
そして二人はどちらともなく唇を重ねた。
浴室を出て、髪も乾かした後。
エクシアもレプリカも、白を基調とした上着───ペンギン急便の制服に身を包む。
サンクタの女は銃を携え、角を持つ男は片刃の刀剣を携える。
そんな二人の顔色は、どこか釈然としていない。
「ねぇ、アルテオ」
天使は男を、レプリカという偽りの名ではなく、アルテオという真名で呼ぶ。
顔を見せず、背中を向けたまま。
「あたしさ、やっぱり…誰でも良いからさ、この頭の上の『蛍光灯』消してほしいよ」
自身の頭部に浮く光輪に手をかざし、エクシアはそれだけ言うと、部屋を出るために歩き出そうとする。
その背後で、男は静かに言葉を返す。
「……なら悪魔にでもなってみるか?」
エクシアは足を止め、振り返る。
「それもいいかも。けど、どうせならさ───」
玄関の戸を開く。男と女の目に、ビル模様に装飾された青空が広がる。太陽は既に朝を示し、世間を照らした。
女は手を伸ばし、蒼穹に浮かぶ小さな羽獣へかざす。
「二人で、光も角もいらない。
ただの鳥になりたいかも」
その言葉に、男は応えない。
言葉の代わりに、天使の手を引いて歩き出す。
その返答にエクシアは満足気に笑い、
空ではなく、前を向く。
そんな彼女の頭上で、光輪は煌々と輝いていて、その光すらものともしないかのように、男の角は真っ黒だった。