寒い日に起きたこと。
熱は消えず、胸に残る。
良くも悪くも。
あやトラが悪いんですよ、ええ。
江戸時代には、こたつを使い始める日が決まってたらしい。十月の戌の日、今で言うと十一月の中頃から十二月の頭くらいだったとか。割と遅くからだったんだな、と現代人の俺としては素直に思ってしまう。まあ一言で言えば、好きなときに暖房器具が使える現代は良いなぁ、って事だ。
我が猪股家でも、秋風が冷たくなったある日からは居間にこたつが常駐している。
暖かいのは勿論、もうひとつ歓迎すべき事がある。それは、千夏先輩との距離が縮まるって事だ。
今まで基本的に千夏先輩は、用事がない限りは自分の部屋で過ごしていた。多分居候だからとかそういう事で、団欒の場にいる事を躊躇ってしまうんだろう。気にしてほしくはないんだけど、でも。先輩と俺たちは、家族ではない。俺や母さんたちがどう思おうと、先輩にとっての家族はここにはいない。出来ればもっと打ち解けて欲しいし、と言うか家族になりたいのでお嫁に来てください。俺はいつでも歓迎します。
でもこたつを出してからは、家にいる時間の多くを居間で過ごしてくれている。居候としての矜持よりこたつの魅力が勝っているらしく、ぬくぬくと幸福そうな顔をして。俺としては、春になってもこんな風に呑気に過ごして欲しいんだけどな。難しいか。
でもま、一言で言えば。こたつサイコー。
こたつライフが始まってしばらく経った、ある寒い日の事。
先輩は帰りに委員会があるとかで遅くなり、じいちゃんは旅行中。父さんは出張で母さんは遅くなる、とそんなこんなで家に一人。俺はこたつに深く入り、冬の悦びを噛み締めていた。
全員が集まると、やっぱり俺が自発的に引き下がる事になるからな。まさか先輩に気を遣わせるわけにもいかないし、最年少としてはそこをやっぱり考えないと。こうやってのんびり入っていられるのは良いもんだ。部屋でベッドに入ってても暖かいんだけど、寝ちゃうからな。
そんなことを考えつつまったりしていると、玄関の音と聞きなれた声がやって来た。
千夏先輩が、帰ってきたんだ。未練はあれど一先ず這い出して、ちゃんと座り直す俺。さすがに肩まで入った姿は見られたくない。俺だって、先輩の前では格好付けたいんだ。
「ただいまー大喜くん、外寒いねぇ」
「北海道じゃ大雪らしいですよ」
やだやだ寒い寒いと繰り返し、千夏先輩は俺の対面からこたつに入ってきた。可愛いなあこの人。
――と。
「っ、ち……」
「あ、ゴメン。当たっちゃったよ」
暖まりきった足に冷たいものが当たり、思わず声が出てしまう。千夏先輩、こういう所がうっかりだよな。こないだは俺も同じことやっちゃったけど。
千夏先輩は体温低い上に冷え性で、必要以上に寒さが堪える体質らしい。それで暖房には人一倍執着があるから、結構押しが強い。アクシデントも起きやすい。……まあ、先輩に触れられるのは、嬉しいんだけど。
「……ベッドを大喜くんの部屋に移したら、私の部屋にこたつ置けないかな」
この人本気で言うから怖い、そんなことしたら俺が寝不足で死んでしまう。いやそうなると、こたつで寝ちゃうなこの人。一日中部屋のこたつで過ごしかねない。
なんとか諦めて貰うべく、説得フェーズへ。今日も俺たちは通常運転だ。
母さんはまだ帰ってこない、お茶を淹れるのも億劫になる気だるい時間。まるで仲の良い姉弟のように、いやもしかしたら恋人同士のように、先輩と二人きりの時間は静かに流れていく。
……そう思ってたのだけど。
さっきから先輩の足が、妙に当たってくる。顔はテレビに向けたままで、足だけがモゾモゾとこたつの中で俺をつついているのだ。先輩は時々俺をからかって遊ぶから、そんな感じなんだろうけど。でも、正直ちょっと困る。
なにせバスケ部のエースだし、手足が長い人だ。座ってはいるけど、足を伸ばせば橋まで届いてしまう。
そんな長い足が、俺の足をなぞるように這い上がってくる。明らかにアクシデントではない、明確な意思を持った動き。
そろそろ何か言うべきかな、と思っていると。
「……っ」
その足の先が、当たってはいけない場所に押し当てられた。俺の足の間に。
グリグリと押し潰すような動きは、あまりにも刺激的すぎる。こんな事をされている、その事実がすでに刺激的なのに。
これは、ダメだ。良くない事だ。そう思うのに、口は動いてくれない。千夏先輩に悪戯される、そんな妄想は何度もした。そしてその度に自己嫌悪に陥って、こんな事を考えちゃいけないと自戒してきた。それなのに、こんな。
身体は素直に反応し、どんどんと血流が集中していくのが分かる。思考に回すリソースが不足し、只でさえ出来の悪い頭が更に鈍っていく。
このまま、身を委ねてしまえ。千夏先輩の思うままに、されてしまえ。そうすればきっと、――気持ちいいから。
頭の奥で声がする、唆す声がする。
いつの間にか左右の足が緩急を付けながら、俺を擦り、撫で、挟み、押し潰していく。
千夏先輩はもうテレビなんか見ていない、薄く笑いながら俺を見つめている。それは悪の女幹部のような、邪悪なS笑い。俺を弄んで、楽しんでいる。俺を使って、楽しんでいる。
もし今ここで、下を脱いでしまったなら。思考の隙からそんな欲望が浮かんでくる。
千夏先輩に、直に触れてもらえる。千夏先輩に、愛してもらえる。
許されることじゃない、でもこれは俺の意思じゃない。千夏先輩が、やっていることだ。
なら、もう。そうするべきじゃないか。
理性に入ったヒビはどんどん深くなっていく、抵抗さえできない。
熱に浮かされ、快感に屈しようとしたその時。
玄関の音がそれに待ったをかけ、俺の理性をギリギリで決壊から救ってくれた。
「ただいま、ごめん遅くなっちゃって。すぐご飯の支度するからね」
荷物を抱えて帰ってきた母さんの姿に、ホッとする。
このあり得ないシチュも、これで終わりだ。きっとこれは一時の気の迷い、忘れよう。お互いの為に。
……俺はそう思ってしまった。少しでも考えれば、分かるはずなのに。
「っ、……!!」
先輩の足は、退くどころか加速していく。この人は、ドSだ。そしてやりたいことを、何があろうとも諦めない人だ。誰がいようと、お構いなしにやる人だ。俺はそれを知っている筈なのに、油断してしまった。
痛みさえ感じる激しい責めは、俺を興奮させるのに充分すぎる。しかも油断したせいで、身体のガードも下がってしまった。
「――良いよ、大喜くん」
先輩が囁いた、その瞬間。
ギチリ、と音がするほどの強さで先輩の爪先が食い込んだ。そしてそれが、トドメになる。
「~、……っ、ぁ……」
どんなに堪えようと無意味な、激しい快感に押し流されるように。射精が始まってしまった。
布地の中で精液が渦を巻く、生暖かい不快感。射精する姿を先輩に見られている、背徳感と倒錯した快感。なにもかもマーブル模様に融け合って、心がズタズタに引き裂かれていくのが分かる。
それを見届けた先輩は、一瞬だけニヤリと笑って。そして母さんの手伝いをする為、台所へと立ち去っていく。
あとに残された俺は、余韻に耽る暇もないまま罪悪感に沈むしかなかった。
まるで全てが嘘だったかのように、何事もなく時間だけが過ぎていく。
俺だけが感じた幻覚であったなら、それで構わないのに。
「大喜くん、ちょっと良いかな」
風呂上がりの俺を呼ぶ千夏先輩、その顔はさっきと同じサディスティックな笑顔。
どうしてあんなことを、と聞きたい。でも先輩に見据えられると、意思が萎えていく。
「さっきの続き、してあげようか?」
続き。それは、――それは。
「あんまりからかうのも悪いかな、とは思うけどね。だから無理にとは言わないよ、もし大喜くんがしてほしいなら、さ」
ああ、この人は。俺をいたぶるのが、好きすぎる。
快感に負けて罪悪感にとらわれていると知っているから、こんな事を言うんだ。
俺の心が折れていると分かっているから、傷口を抉ろうとしているんだ。
断れないとわかっていて、敢えて選ばせようとしているんだ。
「は……、い。してほしい、……です」
小さくそう言うと、先輩は嬉しそうに俺の手を取って。――そのまま、床に転がした。
困惑する暇もないまま、下が剥ぎ取られて。一番見せてはいけない部分が、露になる。
「ふーん、オトコノコってそんななんだー。初めて見たよー」
ニヤニヤとしながら言うその言葉が嘘か真か、それは分かるはずがない。そんなの、どうでもいい。ベッドに腰かけた先輩の生足が俺に触れたその時点で、もう頭は焼き切れてしまったから。
布を挟まない、肌同士の接触は、それだけで気持ちいい。柔らかい足裏が、器用に動く指たちが、絡み付くように俺を包み込む。足蹴にされているのに、気持ちいい。先輩の足は、気持ちいい。
時には力を込めて、踏み潰すような素振りさえ見せてくれる。僅かにでも力加減が失敗したら大惨事なのに、それさえ気持ちいい。
先輩から受ける全てが、痛みでさえ気持ちいい。
それ以外に考えることが出来ない。
「そろそろかな? そろそろ出るのかな?」
期待する声に応えるように、頭の芯から爪先まで稲光が駆け抜け。
「あ、出た出た。元気だねー偉い偉い」
噴水のように、精液が吹き上がった。子供をあやすような声を受け、全てを見られながらの射精。でも羞恥を感じることはなく、ただただ快感だけが俺を蕩かしてしまう。
だからそう、収まる気配さえしない。もっと、もっと、と欲望は膨れ上がっていく。
でも先輩は、何も言ってくれない。さっきのようには、言ってくれない。
してほしいのに、したいのに。
なら俺から、そう言えば良い。弄んで欲しい、と。
その一言できっと、先輩は俺を玩具にしてくれる。千夏先輩は、優しいから。気持ちいいから。
先輩が黙っているのは、それを待っているからだ。それ以外に、何がある。
「もっと、して……ください……」
絞り出す哀願に千夏先輩は目を細めて、そして――。
「だーめ。これ以上はしてあげませーん」
見透かしたように、ケラケラ笑いながら立ち上がった。
そんな、殺生な。こんなに期待させて、そんな。
文句を言おうにもショックで口が動かない、起き上がることさえ出来ない。
行ってしまう、先輩が行ってしまう。してほしいのに。もっともっと、してほしいのに。
なにも言えないまま、なにも出来ないまま、ただその背中を見送るしかない。
「ご褒美が欲しいならさ、もっと頑張りなさい。期待してるよ」
からかう言葉だけを残してドアが閉まって。残された俺は、足首に残るミサンガを見ながら思う。
頑張れ、か。頑張ったら、してくれるんだ。じゃあ、頑張ろう。
そんな都合の良い三段スライドを、疑うことなく受け入れていく。
俺の足りない頭はこの通り、シンプル極まりない出来だから。
いつの間にかこたつは居間から消え去り、気温も上がっていく。
季節は巡り行き、先輩と過ごす二度目の夏が近付く頃。
「今年はどう? インターハイ、さ」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくる先輩に、返す言葉は一つだ。
「行きますよ、絶対に。……だから、その」
あの日以来、俺と先輩は単なる同居人で居続けている。それ以外の関係は、何もない。
でもそれは全て、この先の為に。
「ん、良いよ。大喜くんが頑張ったなら、先輩としてご褒美あげないとねー」
その笑顔が、美しい悪魔のように。
その指先が、痛みの無い凶刃のように。
先輩が俺を、優しくいたぶってくれる。その時が、来たならば。
不純と言えば不純だろう、でもそれで良い。
俺は、それで良いんだ。