心臓の鼓動が直接耳小骨を叩いているんじゃないか、と思えるほど、ドクン……ドクン……と脈打つ音が近くに聞こえる。
興奮で息が苦しくなり、乱暴に振る舞いたくなる衝動を必死に抑えながら、僕は咲の制服に手をかけた。黒いジャケットのボタンを指先で手繰り、ゆっくりと外す。
じれったい。
咲の胸が呼吸で膨らんでは萎む。それをじっと見つめながら、ボタンひとつに手間取っている自分の不器用さを叱った。
「…………咲?」
一言も発さない様子に訝しんで、咲の様子へと視線を向けた。
いま裸に剥かれようとしている彼女は、ピーンと手足を伸ばして固まっていた。肩までカチコチになっており、口をぎゅっと閉じて、目をカッと見開いている。小さいころに見たロボットのおもちゃのようだった。瞳は僕を避けるためか天井を見つめているし、ボタンを外すたびにビクンッと体が震える。
――め、めちゃくちゃ緊張してる……?
「ねえ、だいじょうぶ?」
「こ、こ、コレぐらい……ヘイキよ……」
「カタコトになってるけど……」
「ジッとしてるカラ……ハヤク……!」
余裕がなさそうだった。
ジャケットを解放し、続いてワイシャツ。襟元のリボンを外そうと手を伸ばすと、
「っ……!」
咲の首に指が当たり、ピクッと痙攣した。一瞬、怯えているような視線をよこしたが、すぐに天井へと戻した。僕がなにをしても、このまま人形のようになってやりすごそうというつもりか。
……少し腹が立ってきた。
親指を咲の唇に這わせて、その薄桃色の部分に滑らせる。彼女は身を縮こまらせると、目をつむって耐えていた。
「咲、口を開けて」
「んぅ……? ッ!」
理解の遅れている咲の白い門扉を強引にこじ開け、咥内に親指を差し込み、奥に鎮座していた舌に触れた。逃げるように巻いた舌を追いかけると、子犬にするように優しく撫でまわす。反射的にペロペロと舐めてくる感触に、得も言われぬ下卑た情欲を掻き立てられた。
もう片方の手でシャツのボタンを外しながら、耳元でささやく。
「指を噛んで」
「ほ、ほーひへ……?」
「キミの意識を僕から逸らさせないため」
「ひゃ……」
「嫌だとは言わせないよ。キミが望んだことだ。好きにして、って。ほら、噛んでよ」
無防備な獲物を前にした捕食者のような気分になりながら、低くつぶやいた。
「……じゃないと、僕が楽しくないでしょ」
「…………ッ!」
口を突いて出たサディスティックなセリフに、獲物は渋々といった様子で従った。親指に、恐る恐るゆっくりと歯が立てられる。咲は僕の顔色をうかがい、加減を確かめている。奴隷が主人にするように。
背筋がぞくぞくとして、肌が粟立った。
学校ではいつも無表情で、人に従うこともしない彼女の鉄面皮を剥がしているという優越感。たぶん、彼女の家族さえも知らない“被捕食者”の表情を引き出したということに、雄としての本能が刺激される。
やっとシャツのボタンを外しきると、胸元を開いた。
中学生にしては大きめの胸を、レースのついた黒いブラが支えている。意外だ。制服の上からでは分からなかったが、いわゆる着痩せするタイプだったのだろう。
以前は突然のことで慌てすぎて、大きさなんて見る余裕がなかった。いまはまじまじと観察していられる。
「咲、キミがホックを外してくれ」
「ふぁ……い……」
芋虫のようにもぞもぞしながら、咲は背中に腕を回した。パチン、と固い音がして、張力を失ったブラを剥がす。
あらわれた胸。やわらかな曲線を持った白い膨らみの上に、淡い色をした乳頭が載っている。あの日見たものと同じだった。
……正直、めちゃくちゃエロい。
親指を彼女の口から離すと、唾液の糸がつーっと引いた。
濡れたままの指で、乳房の先端を軽く転がす。
「ふ……ぅんっ!」
敏感なのか、慣れない感触に震えただけなのか、咲は声を抑えようとして小さく呻いた。
「気持ちいい?」
「くっ……あぁっ……」
「答えてよ」
「わからっないぃ……っ!」
お互い初めてのことだから、言語化なんてできるはずもないか。
指で刺激を受けた乳首がツンと固くなってきた。
咲の胸に顔を寄せて、勃起した先端を舐めると、
「ひゃあああっ!」
彼女は背中を逸らすほどの反応を見せた。髪を振り乱して、はぁはぁと息を荒げている。乙女の甘肌もしっとりと汗をかき、赤みを帯びてきた。
「少し休憩する?」
「だいじょう……ぶ……」
ベッドのシーツをぎゅっと掴み、咲は歯を食いしばっていた。限界が近いように見受けられるが、続けてもいいなら続けよう。こちらもまだまだ遊び足りない。
乳首を口に含んで、優しく舌を動かす。
「れろ……ちゅ……」
「あうっ……ふぅぅ……」
「ん……れる……」
「あぁっ……れんじ……くんっ……!」
「どうしたの?」
「私は平気……だから……あなたのっ好きに……」
手加減していることに気づいていたか。息も絶え絶えな彼女に無理をさせるのは可哀想だと思い、衝動を理性で押さえつけてスローペースでしていたのだが。
「いいの?」
「…………っ」
こくり、と咲はうなずいた。
許可が出たなら、次の段階に進もう。
咲の下腹部へと手を伸ばし、スカートの下へと潜り込ませる。ショーツをずらして、その奥に指を差し向けた。産毛の生えた丘を越えた先に潜んでいる谷は、かすかに濡れていた。
常識的に考えて、そこは身を許せるほどの人間しか触れてはならない場所だ。わずかに残っていた理性的な部分が警告を発し、実体のない壁を生み出す。
「……触るよ」
言葉にすることで、壁の破壊を試みた。
咲は先ほどまでと同じようにうなずき、僕の蛮行を諾々と迎合した。
意を決し、準備のできている陰核を人差し指の腹で軽く触れる。
「あぁぁっ! んぁっあっ! やっ……あぁっ!」
これまで以上に乱れる咲に構わず、愛撫を続ける。折れてしまいそうな足が弱々しく暴れるも、僕を弾くには至らなかった。むしろ足が開いて、やりやすくなった。
過去にネットで、愛撫は豆腐を崩さず触るぐらいに優しくしろ、というのを見た覚えがある。そもそも豆腐を崩さないように触れた経験もないから程度が分からないが、ニュアンスは理解しているつもりだ。花よりも蝶よりも丁重に扱え、ということだろう。
「どう? 気持ちいい?」
「ぅぅ、うんっ……! ぁくっ……」
「自分でしたことある?」
「あ……あるっ……」
「へぇ、意外。動画とか? それとも、誰かで妄想した?」
「……んっ…………」
口を閉じてしまった。
こんなことをしているとはいえ、不躾な質問だった。人には誰にも知られたくないパーソナルな部分というものがある。性的な話題だと、その拒否感は顕著だ。僕も同じような質問をされたら答えたくはない。
などと考えていると、咲の唇が震えるように開いた。
「ま……前に……」
「前に?」
「貸してもらった……ハンカチっ……」
「え?」
予想外の告白に硬直する。
あれはいつだったか……そう、半年ぐらい前だったはずだ。咲がいじめられている現場に飛び込んで……それで……。
「そういえば、返してもらってなかったっけ……」
いや、問題はそこではない。
僕の貸したハンカチで、咲が自分を慰めていたという話だ。
「僕のにおいでしてたってコト……?」
「……えぇ。あなたが部活で流した汗が染み込んだであろうハンカチのにおいで」
「そんな生々しい修飾語は求めてなかったんだけど……」
「でも安心して。入れてはないから」
「訊いてもないのに語ったってことは、ちょっと考えてたってことだよね?」
「………………………………あっあんっ、蓮司くん。もっとぉ~」
「棒読みの喘ぎ声とか初めて聞いたんだけど!?」
衝撃の事実をなんとか飲み下し、止まっていた手を再始動した。
次第に秘所もしっかりと濡れてきたようだった。指を動かすたびに、くちゅくちゅという卑猥な水音が、静まりかえった部屋に響く。
咲は蕩けた顔で吐息をこぼし、ほほを紅潮させている。我慢できなくなってきたのか、僕の首に腕をまわし、ぎゅっと抱き着いてきた。
「おっと……よしよし」
彼女のすとんと落ちる黒髪を撫でる。
「しんどくなったら言ってね」
「平気よ……れん……じくん……続けてっ……」
すんすんと鼻を鳴らして、僕の首筋のにおいを嗅ぐ彼女を尻目に、少しペースを速めた。
咲は腰を僕の指を強く求めるように突き出してくる。
「イキそう?」
「…………んっ!」
声にならない返事をすると、彼女は僕の首筋に吸いついた。わずかに痛みを覚えたものの、手は休めない。
やがて終わりが近くなり、咲はうっすらと涙を浮かべて、
「んんんんんんんんんんっ!!」
くぐもった悲鳴をあげた。
ピクッピクッと彼女の体が痙攣し、僕の体に爪を立てて強くしがみつく。
「ふぅ……ふぅ……」
「どうだった?」
「あ……えっと……よかった、わ……」
恥ずかしそうにつぶやいた咲の可愛さに呑まれそうになったが、なんとか意識を現実に留めた。ふだん見せない表情ゆえか、ギャップによる衝撃が大きい。
そこに肉付きのよい肢体が合わさって、僕の興奮は限界だった。股間もはち切れんばかりに痛くなってきた。
「じゃ、じゃあ……僕はちょっとトイレに行ってくるから……」
ここはいったん処理しないと、彼女を本気で襲いかねない。行為中でさえ、何度考えたことか。
前かがみになりながら立ち上がると、
「待って」
咲に服の裾を掴まれた。
「どうしてトイレに行こうとしているのかしら?」
「そんな野暮なこと訊く? 男に?」
「股間を隠す必要はないわ。それはあなたが私で興奮してくれた証拠でしょう?」
「う、うん。そうだとしてもね、心情的にこれを出すのは憚られるというか……」
「私は是非とも見たいわ。蓮司くんのちんちん」
「おいィィィィィィうら若き女子ィィィィィ!! オブラートに包みなさい!」
「おちんちんがよかったかしら」
「“お”の有無じゃねえよ!! だから、これ以上は本気で咲を襲いかねないから、ひとりでしてくるの!!」
「そうよね。ゴムもないし」
「最後までする気だったの!?」
襲い掛かった身でありながらなにを言うか、と思うが、付き合ってすらいない女の子の初めてを奪うのは、僕の中の道徳的な観念が許してくれない。その最後の一線を安易に超えてはならないのだ。
全力で拒否の意を示す僕に、咲は悲しそうにまつげを震わせていた。
「…………私ばかりに恥ずかしい思いをさせるのね」
「うっ……!」
「ひどいわ、蓮司くん」
よよよ~……と泣き真似まで始めた咲。
「あ、あのさぁ。そもそも、これは僕に感じていた恩を返すための行為でしょ?」
「そんなこと言ったかしら」
「都合のいい頭してんな!」
「ひとりでするくらいなら、私の前でシて。どこにも行かないで」
吸い込まれそうになるほどの黒い瞳が射貫いてきて、自分が逃げられないことを悟った。彼女からではなく、僕の中で芽生えた罪悪感から。
「わ、分かったよ……」
まじまじと見つめてくる咲に居心地の悪さを覚えつつ、ズボンとパンツを下ろす。勃起したそれを人前で晒したことに対する羞恥で、顔に火が点いたような熱を感じた。このまま部屋を飛び出したくなる。
「こ、これでいい?」
「恥ずかしくて顔が真っ赤の蓮司くん、とっても可愛くて……とっても愛らしいわ。まるでりんごみたい」
「なんだよもう……うぅ……穴があったら入りたい……」
「あら、穴ならここにあるわよ」
「下品なんだよ!! オッサンか!! ったく、さっきまでの緊張っぷりはどこへ行ったんだよ……」
「もう慣れたわ」
「早いなぁオイ!」
さっきまでの背徳的な雰囲気が完全に消し飛んで、代わりに弛緩した空気が漂っている。
ベットに腰かけ、咲と向かい合った。汗ばんでいる彼女の体を眺めながら、自慰を始める。彼女もまた、僕がしているところを穴が空くほど凝視していた。
「へぇ、そうやるのね。興味深いわ。気持ちいい?」
「う、うん……気持ちいい」
「写真を撮ってもいいかしら」
「いやダメだってダメダメ!」
「だいじょうぶよ。個人的に使うだけだから」
「それはそれでヤだ!」
「なら、代わりに私の写真をあげるわ。いまここで自撮りを……」
「やらんでいい!」
制止も聞かず、カシャカシャと何度もライトを焚かれる。遠慮なしか。
とはいえ、そこまで悪い気はしない。むしろ、女の子からここまで求められるのは男として本望だろう。
懸念としては、咲のブレーキの無さか。経歴的に考えてあまり男子との関わりを持たなかっただろうから、現状唯一の男友達である僕に性欲をぶつけるのもいたしかたないことなのかもしれない。
まあ、半年間ずっと僕をおかずにしてたのは、いくらなんでも傾倒しすぎな気がしなくもないが。
それにしても、そこまで熱中するとは、はたして彼女の中で僕はどの位置にいるのだろうか。知るのがちょっと怖い。
「触ってもよろしいかしら」
「え……」
こちらの答えも待たず、咲の細くしなやかな指がふわっと触れる。ひんやりと冷たい感触、そして痺れるような快感が訪れた。
「う! ~~~~~~ッ!」
人差し指が表面を浚うように撫でていき、その緩やかな動きに奥歯が震えそうになる。声を殺して耐える僕に、咲は容赦のない追撃を加える。
「どう?」
「あ、あの……ちょっ……あぁっ! 咲……ま……って……!」
「こうして手で包んで上下に動かすとネットで見たけれど、はたして合っているのかしら。塩梅が分からなくて怖いわ。もっと激しくすべき?」
「いやっ……だからぁ……手……やめ……っ!」
「え? 手を速め?」
「い、言ってない! ひぁっ……!」
「蓮司くんの電波、とても心地の良い乱れ方だわ。おかげでこうして触り方を変えるたびに、どうするのが一番気持ちがいいか、手に取るように分かるもの。これがいいのね? フフ、面白い……」
嗜虐的な色を載せた咲の言葉に、恐怖と興奮が沸き起こる。
その言葉に嘘偽りはなく、彼女の五本の指はさまざまに趣向を変え、的確に感じやすいポイントを突いてきた。先端を指でなぞり、手のひらで包み……自分でするよりも大きな快感を与えてくる。自分のすべてを知られているというのは、こんなにも無力感を覚えるものだったのか。
他人に触られているせいで生まれていた拒否感も薄れてきていた。彼女は真剣な顔で、僕を悦ばせようとしている。そこにさっきまでの面白半分な様子は見受けられない。
「ふぁっ……ひうっ……!」
「蓮司くん、さっきのお返しよ。気持ちいい?」
「きも……ち……ぃ……」
「それはよかった」
薄く微笑む咲。
正直、この状況に自分も慣れてきていた。
だからか、さっきよりも冷静――と呼んでいいかは謎だが――に咲の裸体を観察し、性的興奮へと変換できる。
中学生の体にはやや不釣り合いな大きさの乳房。薄桃色の先端。それらが彼女の動きに合わせて揺れている淫靡な姿は、どうしようもなく視線を釘付けにされた。
そして、惜しげもなく晒された下腹部。産毛のような陰毛と、ベッドとの間にかすかに見える割れ目。女性にとって大事な部分にさっきまで僕は触れて、弄っていたのだ。そう考えただけで、爆発するような疼きが巻き起こってしまう。
そうこうしているうちに、快感はピークに近づいていた。腰の奥から、熾盛のように滾る欲望の塊が、解放の蛮声をあげている。
「やば……もう……出そう……!」
「ほんとに? 私はどうすればいいのかしら。そのまま出したらシーツを汚してしまうわよね。ティッシュは……えぇっと……」
そうやって探しているあいだも彼女の愛撫の手は止まっておらず、
「あ……む、無理……っ」
「えっ?」
とうとう、限界に達した。
熱を宿した欲望の塊が噴き出し、咲の手のひらを汚していく。体にわだかまっていた鉛が抜けていくような感覚と同時に、ひときわ強い快感が全身を駆け抜けた。もはや表情を取り繕う余裕すらなく、よだれを垂らして意識を半分宙へと飛ばす。
彼女は僕から出てきた粘性のある白濁の液体を不思議そうに眺めていた。
「……?」
「はぁ……はぁ……どうしたの……?」
「意外と少ないのね。もっとドバーって出るものだと思ってたわ」
そう言うと、咲はすんすんと鼻を鳴らして精液のにおいを嗅ぎ、ぺろっと舐めた。
「ペッ!」
即座に唾棄。
案の定、まずかったらしい。
咲は捨てられた子犬のように悲しそうな顔で言った。
「ぜんぜん美味しくないわ、蓮司くん」
「そりゃそうでしょ……」
「もっと甘いものは出せないのかしら。そうしたら口に入れられるのに」
「無理です。僕の体はドリンクバーではありません。っていうか口に入れないで、ばっちぃから」
「甘いものをたくさん食べれば出せるかもしれないわ。頑張って」
「その前に糖尿病になるわ!」
手をティッシュで拭かせて、服を着る。その間、できるだけ咲を見ないようにしていた。さんざん裸を見たとはいえ、着替えまでじっくり眺めるのはさすがに罪悪感が勝る。
乱れた髪を整えようと壁にかけてある鏡を覗くと、
「げっ……」
首筋に赤い虫刺されのよう痕があった。内出血を起こしている。実際にこうなった経験はいままでなかったが、この傷のことは知識として頭に入っていた。
「ちょ、咲! がっつりキスマークついてるんだけど!」
「そうね」
「そうね、じゃなくて! 明日も学校あるんだよ!? これ……周りに変に思われるって!」
「絆創膏を貼ってはダメかしら」
「余計怪しい!」
「じゃあ、私のコンシーラーがあるから貸してあげるわ」
「ありがとう……って思ったけど、元はと言えばキミが悪いから感謝する必要もないか……」
「ひどい」
「どっちが」
数分後。
さっきまでの情事などなかったことかのように無表情でマンガを読んでいる咲の隣で、僕は自分のしでかしてしまったことを猛烈に反省していた。
友達を襲うなんて、これでは自分が嫌っているタイプの人間と同じだ。同意の上だったと言えるかもしれないが、体格に差のある男子に組み伏せられて、はたして「NO」と言える女の子がこの世にどれだけいるか。
咲自身も僕に恩義を感じて、体を渡しただけだ。もしかしたら、傷つけてしまったかも……、
「……………………」
横目で、ページを捲りながらポテチをバリバリ食べている咲を見る。
……いや、ないな。微塵も傷ついてないし気にしてもないわ、この子。
っていうか取り上げたポテチをいつの間にか持ってきてるし。これで寝転がってたら完全にオッサンだったな。
「咲はさぁ……なんでOKしたの?」
「んぅ? はひは?」
「飲み込んでからしゃべってくれ……」
「……んっ。なんのことかしら?」
「恋人でもない相手に体を触られるのって……普通は嫌がらない?」
触った張本人が言うのも変だが。
彼女は人並みの貞操観念もあるし、徳操だって持ち合わせている。興味本位が動機ではあるまい。
あと、最後に考えられるとしたら……。
「……駄目よ、蓮司くん」
咲が人差し指を僕の唇に当てて、小鳥のように
「答えはまだ見つけないで」
彼女は柔らかく口角を上げ、しかし愁眉も浮かべていた。今までに見たことがない、相反する感情がないまぜになりつつも、溶け合っている。その切ない表情に僕は息を呑むと同時に、辿り着こうとしていた真実が濛々と立ち込める霧の向こうに消えていく。
心を……電波を読まれたのだろうか。
だとすれば、咲の中では確固たる理由があって、僕の暴挙を受け入れたということか。気負ったわけではないのなら、深く詮索しても無意味……なのかもしれない。
呆けていた僕に、咲は続けた。
「でも、いつか必ず教えてあげるわ。だから……それまで待っていてくれる?」
「う……うん」
「ありがとう。……それじゃあ、そろそろ帰るわね」
時刻は七時に差し掛かろうとしていた。駅までの道は明るいが、もうそろそろ女子ひとりで歩かせていい時間ではない。
「駅まで送ろうか?」
「平気よ。まだ人も結構いるし」
咲は玄関で靴を履き替えると、振り返り、手を小さく振った。
「また明日」
「あぁ、また明日」
「それと……まだ恩は返しきれてないと思うから、これからもお願いするわね」
「はい? ちょっ……」
返事をする前に彼女は飛び出してしまい、僕はひとり玄関に立ち尽くした。
夜風が木の葉とともにヒューッと吹き、屋内に冷気をもたらす。
「……え? まだやるの? え? マジで?」
その率直な疑問に答える者はなかった。