私は三年生になると、この一年で大した問題が起きなかったことを両親が嬉しそうにしていた。
友人ができて、精神状態も安定し、なにより電波も以前よりずっと制御できるようになった。問題はやはり環境だったのだと思う。
父も「こんなことならすぐに転校させるべきだった」と悔やみながらも喜んでいた。
それはどうだろう、と私は疑問を覚えたが口には出さなかった。中学二年というタイミングだからこそ透たちと出会えたのだと思うし、あの三人でなければ同じ轍を踏む結果になったであろうことは想像に難くない。
とびきりに運がよかったのだ。結局は。
春が過ぎ、夏に蓮司たちサッカー部の全国大会がおこなわれる。八月半ばから一週間かけておこなわれる大会には、実に三十以上の中学校が参加するらしい。
野球といい、夏まっただ中でやらなければならない理由でもあるのだろうか。
とはいえ、応援に行かないわけにはいくまい。
蓮司も三年生になったことで初参加だ。去年の三年は部員が多くて、二年は全国大会に出られなかったらしく、春や冬にやる小さな試合しか経験していない。
夏休みに突入し、空いた時間で蓮司の家で受験勉強をしていると、彼がたずねてきた。
「大会、咲も見に来てくれる?」
「いいわよ。ポンポンを持って端っこで踊ればいいかしら」
「良い子だから大人しくしてて。応援してくれるだけでいいから、チアリーダーはやらなくていいんだよ」
「冗談よ」
「知ってるけど、たまに本気だったりするから気が抜けないの」
蓮司はため息をつくと、問題集の一ページをペンで指した。
「じゃあ、ここの問題に行こうか。織田信長は本能寺の変で誰に討たれたのかな?」
「アチチ光秀」
「うん。火計と混ざっちゃったかな? それだと光秀が燃えてるみたいになってるけどね」
「信長の打倒にね」
「うまいこと言ったみたいな顔はやめなさい。この子はホントにもう……」
大会は、すべての試合が昼前に終わるように組まれていた。さすがに午後という暑さもピークのなかでやらせることはできなかったのか。
お弁当を用意しようかと思っていたのだが、出番はないようだった。
準々決勝までの試合は九時と十二時におこなれるのだが、蓮司たちは九時開始の組だった。昼にやらされることがなくてよかった、と彼は喜んでいた。以前の親善試合は透たちとお弁当を食べたことがあったと彼が語って、私は少し嫉妬心を覚えた。
結果は準優勝だった。
つまり決勝まで行って負けたのだが、これは客観的に見れば上々の成績だろう。しかし、かといって納得できるかどうかは別の話である。
サッカー部員たちはみな一様に悔しさを滲ませ、涙を流す者までいた。その姿と電波は、彼らが負かしてきた他校のチームと同じだった。
あのいつも冷静な蓮司ですら電波を乱している。ただ精神を安定させるためにおこなっていたスポーツだったとしても、本気でやっていたからこそ生まれる熱い感情が彼にも生まれていたのだ。
励ます顧問に対する彼らの返事も、まるで覇気がなかった。
それだけ青春を捧げてきたのだろう。
夢を追い、叶え、または破れた多数の人たちを間近で見ながら、私もなにかを見つけるべきだろうかと考える。
マズローの欲求五段階説の話をふと思い出した。
人間には五段階の欲求があり、ひとつを満たすと次へ、また次へとどんどん欲求が生まれるという話だ。
最初の私は第二段階――安全欲求がやや足りていなかった。自分そのものが爆弾であるのと、他人からのイジメを受けていた。
いまの私は第三段階――社会的欲求だろうか。誰かに受け入れてもらいたい、という欲求。それもすでに満たされていてもおかしくないはずだ。
ならば、次の段階である承認欲求にはいつ目覚めるのだろう。
そろそろ『なにかをして尊敬されたい、認められたい』という衝動が生まれてもいい頃合いのはずだが、いかんせんながら日々を過ごすだけでそのような欲求が生まれたことはない。
「咲は夢とかないの?」
蓮司にその話を相談したとき、彼に問われた。
「私は夢とか将来とか考えたことがなかったわ」
「まあ、それどころではなかったしなぁ」
「だから、小さいころ将来の夢の欄には『迷惑かけずに死ぬこと』って書いたの。いまでは笑い話ね」
「切実すぎて微塵も笑えないけど……」
「蓮司くんは?」
「サッカー選手だったかな」
「あら、ということはプロを目指すの?」
「いいや、大会で自分の実力がなんとなくわかった。さすがに高い壁が見えたよ。それに、もともとは体を動かしていないとどす黒い感情が湧いてきて頭がぐちゃぐちゃするから始めただけだし。だから、プロは目指さないかな。あ、誤解がないように言うけど、大会は本気の本気でやったからね。みんなにはお世話になったし、僕自身も勝ちたかったから」
それはそうだろう。わざわざ弁解せずとも、決勝で敗北したときの泣きそうな顔を見れば誰でもわかることだ。
「ってわけで、高校は部活には入らないかな。みんなのおかげで心に余裕ができた」
「もしまた余裕がなくなったときはいつでも言ってちょうだい。脱ぐから」
「……一肌を?」
「服を」
「そのときは大きな布で全身ぐるぐる巻きにしてやる」
ひどい。
いまの私に夢があるとするならば、この平穏が続くことだろう。
透がいて、ありさがいて……蓮司がいる。大切な家族が支えてくれている。これ以上を望むのは贅沢すぎる。恵まれすぎている。
ニュースで他人との関係に失敗して死を選ぶ人を見るたびに、そこに映っていたのが私だった可能性をいつも考えてしまう。
私も――自分を罰して生きるということを忘れたことはなかったが――自殺については幾度も考えた。だが、誰にも迷惑にならない死に方がまるで思いつかず、試そうとしたことすらなかった。
あのころには戻りたくない。だから、願う。軌を一にする級友たちと、いつまでも仲良くしていられることを。
◇
光陰矢の如し。
三年生の月日は流れ、年をまたぎ、受験シーズンが到来した。
気の早い雪解雨が降り、気温がわずかに上昇しつつある。近年は季節が狂っていると言われているが、まだ二月中旬という時期に春の兆しを見せられても困ってしまう。人によっては暑いとすら思えるらしい。
私たちが受ける海原高校はいたって特色のない……と言っては語弊があるだろうが、ほかの高校と大した差異のない学校だ。パンフレットを見ても、必死に絞り出しました感のある無理やりなセールスポイントが羅列されている。
本校舎は四階建て。別校舎は一階の中庭通路と三階の渡り廊下がある。手前にはあるのは部活棟だろうか。こちらは三階建てでかなりの大きさだ。
受験生たちが私の横を通って校内へと続々と入っていく。その姿を、高校生たちが遠巻きに眺めていた。自分たちの未来の後輩の姿に興奮しているようだった。
「海原高校というだけあって、制服はセーラーなのね」
私がちらほらと見える女子高生の服装に言及すると、隣で透が目を輝かせていた。
「とても可愛らしいですっ! 色も明るめなのですねっ。あぁっ胸元で結ばれているリボンも素敵ですっ!」
「透くんによく似合うでしょうね」
「はなちゃんは、やはり黒色のほうがよかったでしょうか?」
「そうね。でも、爪を塗ることまでは禁止されていないから、それで我慢するわ」
短縮授業とはいえ部活動はあるのだろう、ぽつぽつと見られる高校生たちを横目に、私たちいつもの三人は試験を受ける教室を目指した。
蓮司は彼の友人たちと先に到着しているらしかった。
二階に登り、すぐ手前にある教室が私の目的地だ。
「じゃあ、あたしはあっちの教室だから」
ありさが言って、それに透がついていく。
「はなちゃん! がんばってくださいねっ!」
手を振って去っていくふたりを見送り、私は自分の席についた。
教室に同じ制服を着ている人間が見当たらない。友人と同じ教室になれた女子たちが問題集を片手に最後の詰め込みをしているが、私と同じように孤独な者は無言で、本に穴が空くほど見つめている。
にわかに緊張と不安が押し寄せてきた。孤独な戦いを強いられたから、というだけではない。
もしも入学したとして、透たちと別のクラスになったら、私はどうなるだろう。それは三年生に進級するときも感じていた恐れだった。はたして、ふつうにやっていけるのか。昔のように戻ってしまうのか。
いいや、そもそも私が落ちる可能性だってある。そうなったら、ふたりとは疎遠になってしまうかも。実家だって気軽に通えるほど近くはない。
だんだんと不安が大きくなってきて、押しつぶされそうになる。あらゆる懸念が私を苛む。別の事を考えようと努めても、闇がちらついて消えてくれない。
すると、
(この科目苦手なんだよな~)
忽焉として、その声が頭に流れ込んできた。
また勝手に他人の考えていることを受信してしまっている。
まずいと思って締め出そうとするが、
(落ちたくない……落ちたら死ぬ……)
(ぶさいくな顔してる奴いるじゃん。後で撮ってやろ)
(あいつ浮気してたなんて最悪! 死ね死ね死ね)
私の意思とは関係なく、脳はこの教室にいる人間の電波を無作為にキャッチしてしまっていた。
原因はおそらく、私の精神状態が不安定になったせいだろう。最近はほぼ完ぺきに制御できていると思っていたのに、少しぐらついただけでこれか。
落ち着こうと考えれば考えるほどに胸に重たい苦しさを覚える。それに他者の電波が追い打ちをかけてきて、完全に負のスパイラルに陥ってしまっていた。這い出ようとすればするほどに沈んでいく、底無し沼に足を取られたかのような絶望感が私を襲った。
まずいまずいまずいまずいまずい。
目の奥で火花が弾けるような感覚、そしてそれに起因する眩暈。
平衡感覚も失いつつあった。
息苦しく、肺に酸素を送れない。
これでは試験どころではない。
自分の実力で試験に落ちたのなら納得はできる。だが、こんな理由で落ちたりしたら悔やんでも悔やみきれない。
また父と母に心配かけたくない。
透と、ありさ、と蓮司と同じ高校に通いたい。
お願いだから治まって……。
助けて、誰か――
突然、ブブブブ、と机の上に置いたスマホがバイブした。
「……?」
いまはとにかく、この暗黒から逃れたい。その一心でスマホを手に取る。
確認すると、蓮司からのメッセージだった。
『絶対緊張してると思って連絡してみた。生きてますか~?』
小馬鹿にしたような文章だったが、ふしぎと不快にはならなかった。なるはずがなかった。
いま、私は蓮司と繋がっている。
そばにいなくても、孤独ではない。
胸元まで絶望の沼に沈んでいた私を、彼の言葉が一気に引っ張り上げてくれた。視界、呼吸、感覚すべてが元に戻ってくる。泥まみれだった部分が洗い流されていく。
電波が運んでくる放言の渦を、外へと押し出した。まだ壁越しに何か聞こえているような感覚があるが、その言葉の意味までは伝わってこない。これなら耐えられる。
私はまだ震えている指で返信を綴った。
『ありがとう。おかげさまで生き返ったわ』
『それはよかった。余計なお世話かと思ったけど、キミに万が一のことがあったらイヤだからさ』
いつも私がピンチにときに助けてくれる。そんなヒーローのことを悪く思うわけがない。
私が助けを呼ぶ声がしたからと、いままで何回も駆けつけてくれた彼だ。でも今回は、タイミング的にそのパターンには入らないだろう。今回のメッセージは私が電波を送ったからではない。彼自身の意思だ。
――ほんとうに助けられてばかりね。
『前に教えた、指を使った記憶術はちゃんと試してる? もしそれでも不安なら僕のいる教室においで』
『それじゃあ、あとで遠慮なく行かせてもらうわね』
『そういえば、透や魚谷はそこにいるの?』
『残念ながらいないわ』
『そっか。無理しちゃダメだよ? しんどくなったら遠慮せずに言いなよ?』
子ども扱いをされてしまったが、さっきまで危険な状態だったから反論できない。
『頑張ってね』
『蓮司くんもね』
会話のやりとりを終えると、別のトークにもメッセージが届いていた。私、透、ありさの三人で作ったグループトークだった。
『はなちゃ~ん! そちらはだいじょうぶですか~?』
『さっき、透と一緒に嫌な感じがしてな。おまえになんかあったんじゃねえかって話してたんだよ。無事か?』
どうやら電波は彼女たちにも届いていたらしい。
……そうか。と私はくすっと笑った。
いままでは蓮司にばかり助けを求めていたが、透たちにも伝えられるように私も成長していたようだ。
試験も、入学後にひとりになる可能性も、なんら恐れることではなかった。
たとえ教室という空間に彼女たちがいなくても、孤独ではない。そんな当たり前のことに気づくのに無駄にあれこれ悩んでしまっていた。
つらいことがあれば教室を飛び出してしまえばいい。そうしたら、透たちが私を守ってくれる。今の私には、他人に助けを求められる強さがある。
『ありがとう、ふたりとも。平気よ』
『そうですか! 安心しました!』
『花島もがんばれよ』
ふたりの返信を確認して、スマホをカバンにしまった。
だいじょうぶ。私はひとりじゃない。
深く呼吸を繰り返す。
そして、試験に挑んだ。
すべての試験を終えたときには、魂が半分飛び出しているんじゃないかと思うほどに疲労しきっていた。
いくつか答えられない問題があったし、なんなら自信のないものもあった。ざっと脳内で自己採点してみたが、合格ギリギリのラインではないかと思われる。
もっとできたはずだ、という後悔は強く私を責め立てるが、同時にあれが限界だっただろうという気もする。終わったことを嘆いてもしかたがない。
私は全力でやった。あとは運否天賦だ。……などと言ったら蓮司に「受験を運に任せるな」とお叱りを受けそうだ。
周りの生徒たちは腰を上げて、帰ろうとしていた。私も透たちのところに行かなくては。
気力を振り絞って立ち上がろうとすると、
「ねえ、あの人かっこよくない?」
なにやら女子たちが扉の前で騒いでいた。
もしかして迎えに来た蓮司だろうか。と視線を寄越すと、私は一瞬目を疑った。
「ごめん。俺、急いでるから」
廊下にいたのは嫌でも目を惹かれるほどの美少年だった。
ともすれば女の子にすら見える柔らかい顔立ちと、すらりとした手足。どこか憂いのある双眸。白い肌は透けているかのようだった。
蓮司と同じか、それ以上の端麗なルックスだ。道を歩けば男女の境なく、誰もが振り返るであろう美貌。
だが、私が驚いたのは容姿ではなく、その奇妙な髪の色だった。
銀色。
ただ色を抜いたのとは違う、自然なグレーヘアだった。遠目だからハッキリとは見えないが、毛髪の痛みもほとんど見られない。
――染めているのかしら? いえ、それにしては自然すぎるわ。まさか、地毛……?
彼が放っている浮世離れした雰囲気は、その髪色からか、それとも……ふいに届いた奇妙な電波のせいか。
ねずみ。
あらわすのなら、それだ。
あの美少年にはどことなく、ねずみの電波を感じる。
我ながら頭がおかしくなったのではないかという気にもなるが、これはほぼ確信に近い感覚だった。もしかしたら、言語化できないものを無理やりに解釈しているだけの可能性もある。
確実なのは、人ならざる何かを感じ取ったということ。
「草摩くん、またね~!」
「うん、また」
草摩と呼ばれた美少年は別れの挨拶を交わし、教室を去って行った。
「はなちゃ~ん!」
入れ替わるように透とありさが教室に入ってきた。
透は若干蒼褪めて、きいてきた。
「試験、どうでしたかっ?」
「ウフフ、そうね。不安しかないわ」
ありさが「ダメじゃねーか」とツッコミを入れた。
「わ、私はいま思い返しても、あれを間違えたのではこれを間違えたのではと不安で不安で……」
「だいじょうぶよ。下に私がいることは確定だから。ねえ、ありさ?」
「花島……それなんのフォローにもなってねえぞ……」
蓮司は友人たちと先に帰ったらしい。スマホにはその旨を告げるメッセージが入っていた。
私に構うのが嫌になったのかしら、なんてネガティブな考えが脳裏をよぎる。そんなわけがない。周りの目もあるし、友人もいるし、透たちもいるのにわざわざ私を気遣う必要がないだけ。
悪いことを考えてしまったのは、私が拗ねているからだろう。
……せめて、一言ぐらいあいさつしてくれてもいいのに。
帰り道、私がムスッとしていると、透が不思議そうに顔を覗いてきた。
「どうされましたか? はなちゃん」
「別に……」
言葉を濁すと、ありさが意地悪な笑みを浮かべた。
「らしくない返事じゃねーか。……蓮司か?」
と、耳打ちをしてきた。
バレバレだったことに、私は羞恥で顔がカッと熱くなり、口をぎゅっと閉じた。
「……図星かい」
ありさは呆れた様子で身を引いた。
蓮司の行動ひとつで一喜一憂して、こんなにも心を搔き乱されるなんて。
少女漫画で何度も見た光景だ。恋するヒロインがヒーローに振り回され、モノローグで心情を語るのだ。幼い私は「そんなに慌てたりするものかしら?」なんて気取った感想を持ったものだが、当事者になって初めて分かることもある。
いまの私はきっとそのヒロインたちと同じだ。彼のことがどうしようもなく好きで、彼の目に映る世界すべてに私を映してほしくて、ずっと私のことだけ考えていてほしくて……いっそどこかに閉じ込めてしまいたくなる衝動すら芽生える。
「そうそう、花島。こっちの教室にすごい奴がいてな」
ありさが楽しそうに話しかけてきたが、その内容はだいたい見当がついた。
「あの派手な髪色の男子のことかしら」
「知ってたか。まあ目立ってたからな」
「受験に金髪で来るあなたも相当なものだと思うのだけれど」
「おまえも爪塗ってんじゃねえか!」
言われてみれば、ここにいる三人のうちふたりは人のことを言えないタイプの人間だった。
透も親譲りで髪が茶色がかっているが、常識の範囲を出ていない。よっぽど校則が厳しいところでもなければ何も言われないだろう。
そして、受験した海原高校はけっこう緩いらしい。実際、明るい髪色の生徒をいくらか見かけたし、なによりありさや銀髪美少年が怒られないのだから、ほかに類を見ないレベルの緩さのはずだ。もしかしたら白黒ヘアーやオレンジヘアーにしても許されるのではないだろうか。
「三人一緒に受かっているといいですねっ」
透が夕日を見上げながら、陽に照らされたまぶしい笑顔で言った。
「……そうね」
彼女たちからたくさんのものを貰っておきながら、まだ離れたくないなんてワガママかもしれない。
でも、たとえ神様に叱られたってずっと三人一緒にいたい。
試験の合格発表が発表される日、私はあまり眠れずに寝不足のまま高校に足を運んでいた。
自分の頭の悪さについては自分が一番よく理解している。一応、先生からも合格圏内だとお墨付きをもらったけれど、不安を拭いきれなかった。
校門までやってきたが、入るのが怖い。
緊張して身を縮こまらせている透が、足をガクガクさせながら泣きそうな声で言った。
「う、うおちゃ~ん! わ、わ、私、結果を見るのが怖くて動けませ~んっ!」
「……そんなにビビることってある?」
「も、も、もしも、おち、お、落ちてたら……お母さんに大変な迷惑が……!」
「しゃあねえな。掲示板まで背負ってやるよ」
軽々と透を担ぎ上げたありさが歩き出そうとして、振り返った。
「あれ? 花島、どうした?」
「……………………足が震えて動けないわ」
「おまえもかよ……」
半ば引きずられる形になって――実際に引きずられていた――受験生たちが集まっている掲示板の前に放り出される。ふたりを運んだありさがぜいぜいと息を荒げて、冬場だというのにびっしょり汗をかいていた。
すでに合格を見たのだろう生徒たちが、嬉しそうに自撮りをしている姿が目に付いた。
自分の番号を確認して、恐る恐る掲示板を見る。意味もないのに若い番号から確認してしまう。
心臓がバクバクと早鐘を打つ音が耳にまで届いてきた。緊張で乾ききった喉が、乾燥した空気とあわさって痛い。唾液を絞り出すことにすら手間がかかる。
目を逸らしそうになって……視界に入った。
「……あった」
自分の番号。
合格したことの証。
隣を見ると、ありさは自慢げに「あたしもあった」とサムズアップしてみせた。余裕な姿がかっこいい。
対して透は、
「あ、あ、あ゛り゛ま゛じだ~~~~~~~!!」
ボロボロと涙を流しながら大喜びしていた。
「うおちゃぁぁぁん! はなちゃぁぁぁん! わらひ、合格ひてまひた~~~~~~~!!」
「よかったなぁ透~!」
ありさにぎゅっと抱きしめられた透はわんわんと泣き続けた。それに喚起されたのか、私も少しだけうるっと涙がこぼれた。
胸に広がるのは喜び、そして安堵。まだ彼女たちと一緒にいられるのだという幸せだった。
雲間が切れて、春の到来を告げる暖かい日差しが私たちのもとに舞い降りる。それはまるで、私たちを祝福しているかのようだった。
「また……三人一緒ですねっ」
「……そうね」