「なんで倒れてる奴が増えてんだよ」
帰ってきたありさが、早々に呆れ顔で言った。
僕はリビングのソファに寝ながら、吐き気に近い胸のムカムカを覚えていた。意識して呼吸を整えていないと嗚咽してしまいそうになる。照明を後光にして僕を覗き込んでいる咲の顔が、二重にブレて見える。
未だに包丁が視界に入っただけでダウンする自分には驚きだ。
あれから何年たっても、手には肉を穿つ感触が残っている。刃の先が肋骨をかすめて脈打つ心臓を刺し貫く記憶は、まだ指の先にまで浸透している。
僕は父を本気で殺したかったのだろうか。なにがあそこまで自分を突き動かしていたのだろうか。あのときの殺意の残滓すらもない現在の自分には、もはや知る由もないことだ。
ありさは背負っていたバッグを下ろすと、中からパジャマや下着が入っているであろう袋をふたつ取り出した。
無遠慮に漁るものだから現物が生で出てくるのかと警戒したが、ちゃんと隠してくれて安心した。さすがに同級生の女子の下着をふたり分も目に入れるのは気が引ける。
「それにしても……」
僕はのっそりと起き上がりながら、数時間前よりも顔色がよくなったありさに顔を向けた。
「魚谷も咲もいつもの調子に戻ったみたいでよかったけど……」
「早くないか、って?」
「んん、まあ……」
「立ち直れたかって言ったらちょっと違うけどな……。でも病院を出たときに切り替えた。一番つらいのは透なのに、あたしがウジウジしてたらダメだろ」
「えらいなぁ」
「えらいかどうかはともかく、褒められて悪い気はしねーな」
照れもせずにさっぱりと応えるありさに、僕はちょっとした感動を覚えた。元ヤンで昔は荒れていたらしいが、いまの彼女はとても立派だと思う。
「で、透は起きてるのか?」
「さっき咲が確認しに行ったけど、まだ眠ってるらしい」
「あー、じゃあ眠らせたままにしたほうがいいんじゃねえかな。よく知らねえけど、眠ったほうが精神状態がいくらかマシになるとかいう話なかったっけか」
「なにかで聞いた気がするね。とはいえ眠りすぎるのも体に毒だし、九時まで待ってみようか。ふたりは透のところに行ってあげて。彼女の目が覚めたときに、誰かが一緒にいたほうがいいでしょ」
ふたりが部屋に戻っていくのを見送った僕は、シチューは弱火で温めたまま、透がこれからどうなるのだろうと考えていた。
住んでいるアパートにはいられないだろう。
そういえば、父方の祖父がいるという話だった。今日子の葬儀や手続きはその祖父がやってくれるのだろうか。
家族が死んだときに、いろいろと忙しすぎて悲しむ暇がないという苦労話がたびたびネットに流れている。唯一の肉親である母親を失った透にそんなつらいことはさせたくない。
「唯一の肉親……か」
嫌なことを思い出してしまった。
あの母親がいつかバレるであろう浮気をしていて、見つかれば僕のところに逃げて来るかもしれないという現実。
「来たら警察にバレないように殺すか……」
葬式はしなくていいだろう。骨は海にでも捨てよう。
僕は完全犯罪のトリックをぼんやり考えながら、煮えているシチューをじっと見つめた。
◇
「おかあ……さん……」
透は未だに寝言で母親を呼び続けている。なにかを掴むように手をもぞもぞと動かしている姿がとても可哀想で、私は彼女の手をぎゅっと握った。
五指を伝わってくる体温を感じながら「これで二度目ね」と二年前のあの日のことを思い出した。
蓮司が母親を求めながら、悪夢を見ていた日。
彼が赤ん坊のように母性を求めていたから思い付きでとった行動は、結果的に彼の救いになった。
だけど、透はあのときの彼とは違う。
蓮司は母の愛情を十分に受けられず見捨てられたが、両親に愛されて育った私ですら羨ましく思えるほど透と今日子は家族愛に満ちていた。
彼女は手に入れられなかったものを欲しているのではない。
あるべきだったものの喪失に嘆いている。
だから、蓮司のときのように私が母親の代わりになることはできないのだ。
「なぁ、花島」
回転イスに座っているありさが声をかけてきたので、私は「なにかしら」と返した。
「蓮司に告白はしないのか?」
「…………ッ」
「あいつのことになるとすぐ赤くなるな、おまえ」
「……いきなりね」
心臓が早鐘を打つ音が聞こえてくる。私は自分でも呆れるほどに初心だ。きっとだいたいの女子高生では体験していないことを蓮司としたことがあるのに、繋がっていないけれど肌を重ねたこともあるのに、未だに気持ちを制御できない。
ありさは真剣な表情だった。からかいや冗談で言ったわけではないようだ。
「あたしさ……家に帰ったときに、親父にさ」
「……うん」
「いつもありがとう、って言ってやったよ」
彼女は照れ笑いを浮かべながら、恥ずかしそうに前髪をくしゃくしゃと弄んだ。
「ハハ……親父のやつ、びっくりした顔しててめっちゃ笑えた。でもさ、今日子さんが突然いなくなって、思ったんだ。人って誰でも死ぬんだな、って」
「…………」
「一番死にそうにないと思ってたのに。雷が落ちてもピンピンしてそうだとか思ってたのに、車に轢かれて死んじゃうんだもんな。だから、言えなくなる前に言おうと思ったんだ」
きょうのことがあって、ありさはただ悲しむだけでなく我が身を振り返ることもしていたようだ。我が友人としてできすぎているぐらいにできている人格。
「花島、言えなくなる前に言うべきだと思うぞ」
「そう……かしら。だけど、彼は透くんが好きなのよ? 見たことあるでしょう、彼の透くんに対する顔。私が入り込む余地なんて……」
「おまえも鈍感なやつだな……」
ありさが深いため息をついて、肩をすくめた。
「蓮司のやつ、おまえのこと好きだろ」
「……はい?」
「あいつ自身、気づいているかは怪しいけどな。っていうか、
そんなわけがない、と思いながらも、否定できない。
あんなこと――とは、つまり彼に性的に迫られた件だろう。とはいえ、男子の劣情を過度に煽ったのだから、襲ってきたとしても好意があることの証明にはならないのではなかろうか。
そう私が答えると、ありさはやや苛立ちを交えながら反論した。
「なんであいつのことを一番見てきたおまえが、あいつを過小評価してんだ。蓮司が裸を見たぐらいで好きでもないヤツに迫ると思うのか? 好きだから押し倒しちまったんじゃねえか。ほんとうに性欲に負けただけなら、花島が受け入れた時点で最後までやってんだろ。ギリギリで理性が残ってたのはおまえが大切だったからだよ。まあ、あたしからしたら押し倒した時点でアウトだけど、半分おまえが悪いからノーカンだ」
熱く語るありさに、私は反論することができなかった。
きっと心の奥底で気づいていたはずだ。
彼はいつもいつも透よりも私のことを優先してくれた。夏祭りで透とのデートを中断させられても不快な顔ひとつしなかった。
なのに、私は勝手に「蓮司は私のことを好きじゃない」と思い込んでいた。
いまのままの関係のほうがが楽だったし、一歩踏み込むのが怖かった。
蓮司が私の気持ちに気づきそうだったときも、私はとっさに電波を送って止めたのだ。
「つっても、この大変なときに告白しても評価はマイナスだろうけどな……」
「そうでしょうね」
「蓮司にそこまでの度胸があるか分からないが、あいつが告白したら、透はたぶん受けるぞ。透本人がどういう感情を抱いているかはともかくとして……少なくとも好印象ではあるからな」
胸の内に黒い感情がふつふつと沸き上がる。
それは透への嫉妬心……だけではない。蓮司に対する嫉妬もまた含まれていた。
ありさの言う予想が現実になってしまったら、私から透も蓮司も去っていってしまう。考えるだけで嫌な汗が出てくる。
「そろそろ九時だな。透を起こしておくから、花島は下に行って準備しといてくれ」
「分かったわ」
この場をありさに任せて、私は部屋を出た。
そろそろ覚悟を決めるときなのかもしれない。蓮司と出会って二年。
少女漫画で得た知識だが、知り合ってから三年目に突入すると付き合える確率がどんどん下がっていくらしい。どんな根拠とデータに基づいたものなのかは知らないが、なんとなく真実味がある。長く接していると恋心よりも親愛に近いものになってしまって、恋愛対象から外れてしまうということなのだろう。
などと今日の出来事とはまったく別のことを考えているのは、現実逃避であり自己防衛だ。
私はまだ今日子の死による悲しみは振り切っていない。違うことを考えていないと、精神悪化によって乱れた能力がよからぬ電波を飛ばしてしまいかねないのだ。
それに、こうしていつもどおりでいることが透を支えることに繋がるのだと信じている。
キッチンに行くと、
「あら……?」
蓮司がイスに座ったまま、うつらうつらと船を漕いでいた。寝息がかすかに聞こえてくる。
シチューを見たまま寝落ちしてしまったのだろう。室内も暖かいし、ひとりでいたら眠ってしまってもしかたないのかもしれない。
合間にいじっていたに違いないスマホが彼の手から滑り落ちそうになっていた。それを私はそっと拾い上げて、テーブルの上に置いた。
「蓮司くん。時間よ。起きてちょうだい」
「ん……んぅ……」
軽くゆすっただけでは目を覚ましそうにない。
口を小さく開けている蓮司の可愛い寝顔を見ているうちに、イタズラ心が湧いてきた。さっきまでの思案はどこへやら。
「……これでよし」
ちょうどカバンに入れていたリボンを彼の髪に無作為につけると、なかなかシュールになってしまった。
ハッとして、四つ目をつけようとしている手を止める。
「つい遊んでしまったけれど、こんなことをしている場合ではないわね」
こうやってからかうから、最近彼の私に対する態度がどことなく『手のかかる妹をあやすお兄ちゃん』っぽくなってきているのだろう。
目を覚ます前に全部外してしまおう。
反省して、ひとつひとつ外していると、
「んぁ……さき……?」
蓮司のまぶたがゆっくりと開いて、ぼんやりとした視線が私に向けられた。
「ハハハ……な~にしてんの……?」
またなにかイタズラしてるな、といった保護者目線の微笑みを浮かべる蓮司に、私はちょっとだけムカっとした。
「リボンをつけてただけよ」
「この子はまた……まあ、いいけどさ」
フッ、と笑う蓮司。
案の定、お兄ちゃん的な態度をとられてしまった。
このままではほんとうに恋愛感情が消えて、ただの親愛なる妹になってしまうかもしれない。
……言えなくなる前に言え、か。
月並みな言葉だが、過去幾度となく囁かれている言説ということはそれだけ確かなことなのだ。
けれど、物事には順序というものがある。
まずは私が同級生の女子であることを蓮司に思い出してもらう必要があるだろう。
彼が私を性的に意識し始めたのは胸を見せてからだ。ならば、もう一度やれば手っ取り早く意識させられるのではないか。
「蓮司くん、私脱ぐわ」
「……………………キミは胸のボタンを外しながら、突然なにを言っているのかね?」
「襲いたければ『襲う』と言ってから襲ってちょうだいね」
「襲わねえよ! いきなりどうした!?」
「蓮司くんが弱っている透くんにつけこまないようにしなくちゃ、と思って(建前)」
「そんなゲスだと思われてるの僕!?」
そろそろ透とありさが来るかもしれないので、このへんにしておこう。かなり強引だったが、あとでふたりきりになったときにでもこの話をする口実ができた。
しかしながら、
「…………」
私は羞恥で焼けそうなほどに顔を熱くしていて、さっきの言動を少しだけ後悔していた。いいや、かなり後悔している。
いくらなんでも調子に乗りすぎた。
過激すぎて引かれてやしないだろうか。
胸のボタンをかけ違えて、わたわたと直していると、蓮司が首をかしげた。
「咲、どうしたの? さっきから焦ってるように見えるんだけど……」
「えっと……」
「――おーい、透を起こしたぞ~」
と、ありさがキッチンまでやってきた。
彼女の後ろには透がいた。髪が乱れていて、彼女にしては珍しくやや猫背気味だった。それだけ気力を失っているのだろうが、眠れたこともあってか顔色はかなりよくなっていた。というものの、未だつらい状態であることに変わりはない。
「すみません……お世話になりっぱなしで……」
力なく笑う透に、蓮司が慌ててかけよった。
「何度も謝ることはないよ。僕らが支えたいだけなんだから。それより透、食欲はある?」
「はっはいっ。思えばお昼はなにも食べていなかったですし……おなかペコペコですっ! えへへ」
無理して笑う透に対して蓮司はなにか言いたそうにしたが、どうにか飲み込んだようだった。彼はつらければ笑わなくていいと透に言ったが、何度も忠言するのもいたずらに耳を痛めるだけと知っているのだろう。
代わりに、彼自身も笑顔を作って応えた。
「シチュー作ったけど食べられそう?」
「もちろんです、いただきますっ!」
透の空元気を見ているとかわいそうで胸がズキズキと痛む。昨日まであんなにも暖かさをくれていた彼女の笑顔が、いまや冬の風に揺れる
テーブルに食事を並べて、四人で食卓を囲む。心なしか部屋全体が暗く感じた。まるでホラー映画のようだ。
ここから見える位置にテレビがあるが、透を刺激するような番組が放送したらシャレにならないからとつけなかった。テレビをつければ確実に雰囲気が明るくなるだろうが、地雷を踏むリスクのほうが怖い。
「とってもおいしいですっ!」
透はシチューを一口飲むと、頬が攣ったような笑顔を浮かべた。
ふだんのテンションを維持しようとしているのが丸わかりの透に、私たち三人はぎこちないながらも「よかった~」と笑い合う。
まるで大縄跳びでもしているような気分になってきた。
「このシチューははなちゃんが料理されたのですか?」
「僕と一緒にね」
と、蓮司が手を小さく挙げた。
「僕は包丁が苦手だから、咲には具のカットをしてもらったんだ」
「そうだったのですねっ。おふたりとも、すごいです! お上手です!」
「そんなことないよ。透だって料理うまいよね。前の調理実習とかでもほとんどひとりで作ってたし」
「はいっ。昔からよくお母さんと一緒にお料理を……」
透は言葉を詰まらせて、スプーンを持ち上げる手がぴたりと止まった。
ピーンと糸を張るような緊張が空間を支配する。
あっ、と思ったときにはすでに遅く、
「……うっ……ぁ……」
声にならない声を出した透の双眸から、ぽろりと大粒の涙がこぼれた。
私たち三人はガタッとイスから立ち上がって「透くん」と呼びかけながら彼女の周りに集まった。そんなことをしたところで介抱のやり方など分からないが、黙って座ってはいられなかった。
「すっすみま……せんっ。だいじょっだいじょうぶですっ……! だいじょうぶれすっ……」
「いいんだ。好きなだけ泣いていいんだよ」
蓮司はひざまずくと、透の涙を優しくハンカチで拭って、彼女の手を握った。
「キミが泣き止むまで……ううん。自然に笑えるようになるまで、僕がキミのそばにいるから」
「れんじ、くん……」
「ごめん、ちょっと言葉足らずだった。僕だけじゃない。咲も魚谷も一緒だ」
頼ってほしいと伝えても、透はいつもひとりで抱え込んでしまう。
そういう性分なのだろう。
彼女は母親である今日子を助けるためにたくさんのことを我慢してきた。自分の欲求を殺したことも一度や二度ではあるまい。それがひとかたならぬ慈愛の精神も育んだのかもしれないが、こんなときぐらいはワガママになってもいいと私は思う。
「お、お騒がせしました……おかげで少し楽になりました……」
「シチュー、食べられそう?」
「せっかく作っていただいたのですから、もちろん残さず食べますっ」
「食べられそうになかったら残していいんだよ。好きなだけワガママになっていい。キミの言うこと、全部聞いてあげるから」
蓮司が頭を撫でると、透はほんのりと頬に
その後、透は時間はかかったもののシチューを完食した。
彼女は食器洗いを手伝うと言ったが、蓮司とありさが断固として止めた。家事はほぼ確実に地雷だということを知った以上、傷口を広げるような行為は避けてもらわなければならない。
透がありさと一緒にシャワーを浴びているあいだ、私と蓮司は洗い物を済ませる。
そのあいだ、私はずっと考えていた。
自分は透に嫉妬しているのではないか、と。
きょうの蓮司の透に対する態度は、いつかの私に対するものとそっくり同じだ。壊れそうなものをそっと扱うような付き合い方。
もちろん、彼にとって好きな相手がつらい状況なのだから当然の対応だ。
でも、私だけが独占していたはずの蓮司を透にも向けられているというのが、かすかな妬心を生んでいる。もやもやとしたものを覚えずにいられない。
ただし、それだけではないものも胸中に生まれつつある気がするのはなぜだろう。
「これで終わり、っと」
最後の食器を片づけ終えると、蓮司が言った。
「手伝ってくれてありがとうね、咲」
「私が出した食器汚れもあるのだから、礼を言われるようなことではないわ」
「ん? どうしたの? 拗ねてるみたいな顔して」
「……拗ねてない」
私が頬を膨らませて怒ると、蓮司はくすくすと笑った。
「図星でしょ。らしくない顔してる」
「私だってふつうの女の子みたいに怒ることだってあるのよ」
「なに言ってるの。咲はふつうの女の子でしょ」
「……電波があるというのに?」
「超能力がひとつあるぐらいでふつうじゃなくなるとは思わないね。世の中にはキミよりもっと変な人がたくさんいるし」
と曇りのない瞳で語った蓮司だったが、その表情がだんだんと虚無に変わっていった。
「……いや、やっぱりキミもけっこう変だな。主に性格が」
「まさか速攻で裏切られるとは露ほども思わなかったわ」
とりあえず話を逸らすことはできたが、別方向からのダメージを受けてしまったのでマイナスだったかもしれない。
「蓮司くんの言うところのふつうの条件ってなにかしら」
「喜怒哀楽を心から表に出せること」
哲学的な話っぽくなってきた。
「咲って腹の底から大笑いしたことある?」
「ないわね」
「じゃあ、練習しようよ。こちょこちょ」
蓮司の両手が私の脇腹を這って、くすぐりはじめた。
「えっ……ちょっとまっ……ふふっ、待って……!」
「思いっきり笑うところを見せてくれたら許してあげる」
「あはっひっ……ひどいっ」
だんだんと楽しそうにしてきた蓮司は、私の脇やお腹もくすぐりだした。
「んふっ……ほんとにっくるしっ……あはははっ!」
「おっ、聞いたことない大笑い」
「もう許してっあはっふふっ限界だからっ」
「もうちょっといけるでしょ」
「あはははっ無理、無理よっ! ふふふあはは……あぁんっ」
ふいにぞくりとする感覚が走って、思わず艶っぽい声が出てしまった。
ビックリして手を止めた蓮司が「ごめん!」と慌てて謝ってきた。
「ハァ……だいじょうぶよ……」
「そ、そっか……ちょっと調子に乗りすぎたかも」
「もしかして興奮させてしまったかしら」
「いや、してないから」
「これは責任をとる必要があるかもしれないわね」
「ねえ、話聞いてる!?」
蓮司の心を私に向けさせる方法がこれ以外に思いつかなかったから、私は強引な手段に出た。
彼は透を好きだが、私も好きなのだというのがありさの見解だ。人としてなんらおかしくない現象だと思う。
私だって、もしかしたらこの先の人生で蓮司以外の誰かを同じぐらい好きになることだってあるかもしれない。
現状、恋の天秤がどちらにかたむくか分からない。それはつまり私にもチャンスがあるということだ。ならばどんな手を使ってもいいから、彼の心を私に引き寄せたい。
「さっきも言ったけれど、好きな女の子と同じ屋根の下ですもの。間違いがあってはいけないわ。興奮して透くんに手を出さないよう、
私は彼の手を無理やりに掴むと、
「そうでしょう?」
胸に引き寄せて、触れさせた。羞恥を感じて逃げようとする彼の腕を両手で抑えて、その五指を乳房に沈めさせる。一生忘れられないぐらいに、指の神経にしっかりと刻み付ける。
私はなんて矮小な人間なのかしら。
いびつな関係だというのに、蓮司の獣欲を向けられていることへのゾクゾクとする快感がある。
透を命よりも大切な親友だと心の底から思っているのに、彼女の手の届かないところに蓮司を連れて行くことへの優越感がある。
ドス黒い感情が沸き上がって、下腹部にうずくような熱をもたらす。
――花島、言えなくなる前に言うべきだと思うぞ。
ありさの言葉が脳内で反芻される。
そのとおりだ。いつ手遅れになるか分からないのなら、今すぐ行動するのが最良の選択なのだ。それが間違いだったとしても、しないよりはマシだ。
以前聞いた、蓮司の母親が来るかもしれないという話。もし来たときになにかが大きく変わってしまったら、告白どころではなくなってしまうに違いない。
やるなら、今だ。
突然のことに、蓮司は顔を真っ赤にして戸惑っていた。
「さ、咲っ……なにをして……」
「深夜にあなたの部屋に行くから、待っていてくれるかしら」
「拒否権は……」
「もし断ったら、透くんにあなたとの関係をすべてバラすわ」
「マジの脅迫……!」