生徒たちの目から隠れるために別棟の隅までやってくると、晴香は端的に言った。
「あの女、もうじき浮気の件で詰められると思うから身構えとったほうがええで」
彼女の父親が証拠を見つけて、探偵に探らせているらしい。
すべて揃うまでそう時間はかからないだろう。
行動は大胆なくせに考えがまるで足りていないのが、僕の母親だ。運転手が前を見ていない車より危険な存在。逆によくここまでバレずに済んだなと驚いたぐらいだ。
「報告ありがとう。最悪のタイミングだけど」
「この話にいいタイミングなんかあるんか?」
「……うん、ないね」
ほかのタイミングなら誰も巻き込まずに済んだのだが、今はまずい。
これから少しのあいだ透が居候することになっているし、定期的に咲やありさが来る。彼女たちが関わることになるのは必至だろう。
「それにしても、キミも大変だね。こんなことになって」
「うちは平気や。この状況を楽しんどるからな。それに、あんなクソババァを母親として認めたくなかったから、追い出せるなら万々歳やで」
「………………よくよく思い返したら、この街……親がいない人多いな」
呪われてるのか。
咲もよく分からない超能力を持っているし、なにか良からぬ災いでもあるのかもしれない。怖い。
「にしても、あんたモテんなぁ」
「え?」
「クラスの女子はキャーキャー言うてるし、あの真っ黒い女子もあんたにずっとくっついてるやろ。クソババアって性格ゴミでも顔は悪くないから、やっぱいろいろ
「あ、アハハ……」
その微妙なニュアンスは本人も意識して放った言葉ではないだろう……と思う。
親と子は顔だけでなく中身も似てくるものだ。そんな偏見の一滴が、感情の水面を波立たせた。
――まさか。
だが、思い返せば僕はあの母親となんら変わらない人間じゃないのかという気がしてくる。
自分の初恋にいつまでも執着しておきながら、そのくせ気持ちは移ろいでいる。気が浮つくから浮気というのだ。
この自分勝手さが“血”だとしたら……。いずれ自分もあの母のようになるとしたら……。
そんな不安の影が僕を呑み込むかのように去来した。
「ほんじゃな。気をつけーや」
動揺している僕に気づかず、晴香は去っていった。
さっきの言葉が鐘の音のように頭の中で反芻している。
「どうした?」
だしぬけにありさが顔を覗いてきた。彼女の後ろには心配そうにしている咲がいる。
「盗み聞きして悪かったな。っていうか、母親に似てるって言われたのがそんなにショックだったか?」
「僕の優柔不断さがあの母親の血かもしれない気がして……」
「あーあ……マジか。前にその話聞いたとき、ちょっと思ったけど言わないでおいてやったのに」
思われていたのか……。
「ウソだってウソウソ。落ち込むなよ」
「ありさ、蓮司くんをあまり傷つけてはダメよ。ハートが豆腐より脆いのだから」
咲に窘められたありさが「はいはい」と言って後ろに下がった。
代わりに、咲が僕の眼前に立った。その双眸に感情の色はない。
「なにを選んでも後悔しそうで怖いのでしょう?」
「……あぁ、そうだね。そのとおりだ」
「でも、後悔しない選択なんてこの世にない。月並みな話だけれど」
至極ごもっとも。
いままでの僕もずっと後悔だらけだ。あのとき、ああしていればよかった。そんなことばかり考えている。だから怖い。間違えることが。
「あなたがあの母親とは違うことを証明するための確実な方法がひとつあるわ」
「えっ?」
指を突きつけられて、僕は目を丸くした。
「方法って……」
「選んだ道に責任を持つことよ」
それはとても簡単で……難しい話だった。
「浮気して出て行って、息子である蓮司くんを捨てたくせに、平然と顔を出したのがあなたの母親。あの人は今回もまた同じ過ちを繰り返している。自分の選択に責任を持ってないからできることではないかしら」
「…………」
「あなたのその悩みが運命の分かれ道よ。好きなだけ悩んで、後悔してもいいの。私はずっと待つから。でも、気に入らなかったからって選んだ結果を勝手に捨てるようなことだけはしては駄目。それさえしなければ、あなたは他の誰でもない“吉阪蓮司”になれる」
僕は目を閉じて、咲の言葉を胸に刻んだ。
今まで選んだあとにやってくる後悔にばかり怖がっていた。だが、選んで終わりじゃない。道はずっと続いていく。選択はまだまだ出てくる。
親子の“血”では未来は決まらない。いいや、決められてたまるか。意地でも母親のような道には進まない。
そう決意した瞬間、さっきまでの不安が消えていくのを感じた。
「ありがとう、咲」
「透くんのお母様が言ってくれそうなことを口にしただけよ」
「いいや、今のはちゃんとキミの言葉だったよ」
そうでなければ僕の心にこんなにも響くことはなかっただろう。
「よかったわ。これでポイントがアップね」
「うん……それを声に出しちゃったらポイントダウンだね……」
なぜ良い話で終わらせないんだ、この子は。
今日子の葬式は事故から三日後だった。お通夜は昨日。
検視をおこなうのに時間がかかるのと、死因の特定のために解剖をおこなう必要があるから日程がずれたらしい。交通事故なのでなにが原因かなんてわかりきったことだと思うが、警察にも事情があるのだろう。
時間を置いたのは結果的によかったかもしれない。透にも心の準備をする時間が持てただろうから。
僕としてはいつ母親がやってくるか気が気でなかったが……。
もろもろの手続きは透の祖父がきちんと執り行ってくれたようだった。加害者側への慰謝料などの請求もおこなったようだが、相手も死亡しているということもあって透は複雑な様子だった。
加害者は娘を持つ父親で、僕たちと同じぐらいの年頃だ。これから女手ひとつで娘を育てなければならない母親のことを思って、透は胸を痛めているのだろう。自分のほうがはるかにつらい境遇だとしても、だ。
「蓮司くん、お手伝いをしてくれてありがとうございますっ」
「お安い御用だよ」
透はこれから葬式やらなんやらでさらに忙しくなるのだ。下心抜きで助けてあげたいと思って当然。
と言っても、セッティングはぜんぶ葬儀社がやってくれた。僕は細々とした部分に手をつけているだけだ。かといって保冷剤を大量に買い足すのは少々疲れた。
人もそれなりに集まってきている。しかし、今日子の親戚はいなかった。家族と絶縁してる関係上、親戚も来る理由がないのだ。
古い木造の家屋の中からは、焼香のにおいがほんのりと匂ってくる。
僕は父の葬儀を思い出してしまい、少しだけ身震いをした。昔だったら焼香を嗅いだだけで胸が苦しくなって動けなくなったものだが……やはり時とともに感情を忘れつつある。
広い畳敷きの居間で、飾られている写真の前で腰を下ろす。
そこにいるのは、かつて僕に見せてくれた眩しい笑顔の今日子だ。こんなに楽しそうに笑える女性がいるんだな、と感慨深く思ってしまうほどの輝き。
二度と、僕は彼女から許しを得られない。後悔を抱えたまま生きていくしかない。
だから、手を合わせて冥福を祈ることしかしなかった。死んだ人間は化けて出てきてくれたりはしない。それは僕自身が父を殺したことで証明している。
「でも、きっと見守ってくれていますよね。透のこと」
あの人が透を置いてさっさと天国に行くとは思えない。もしも神様がいるのなら、そいつをぶん殴ってでも戻ってくるだろう。きっとそんな人だ。
自宅葬――といっても、ここは祖父の家だが――を選んだのは、今日子の交友関係があまり多くはなかったからだろう。彼女の実家から離れているし、親や親戚と絶縁しているのだから当然か。
それに会場費用もバカにならない。年金暮らしのおじいさんに頼るのは酷だ。
「――いやね、誰があの子を引き取るのかしら」
隣の居間から、ひそひそと会話する声が聞こえてきた。
「……ウチの狭さ知ってるでしょう?」
「……俺んとこだって両親がいるし」
「おかーさんおまんじゅー食べていー!?」
「静かにしなさいッ」
透の親戚たちが面倒ごとの押し付け合いをしているようだった。
……誰だって居候をひとり増やしたいなんて思わないか。
彼らは本人に聞こえないように話しているつもりだろうが、得てしてこういう陰口は本人に聞こえるもの。あまり透の耳に入れたくない。
「もうすぐ咲と魚谷が来るかな」
と、腰を上げると、
「……中尾小牧、です」
消え入りそうな声が玄関から聞こえてきた。
ショートヘアの女の子が、今にも消えてしまいそうな雰囲気で俯いている。今日子に僕らぐらいの年頃の女の子の知り合いがいたのだろうか。
透とおじいさんが対応しているが、その様子に違和感があった。受け入れる態度をとりつつも、遠慮が感じられる。
「あぁ……もしかして」
今日子を轢いたという男の……娘、だろうか。喪服がなかったのか、どこかの学校の制服姿だった。
僕はそっと玄関に近づいて、会話を聞いた。
「ご焼香……ご焼香、させていただきに……」
涙で震えた声は語尾に到達するまでに掻き消えた。華奢な喉が呼吸とともに大きく脈動して、言葉がぷつりと途切れる。
それにしても、彼女ひとりか。母親などの親族は同行していないのか。
大きく体を出して外を確認すると、後ろに姿があった。男子だ。歳が近そうだが、兄弟だろうか。
「ああ……わざわざありがとうね。そちらも大変だろうに……」
おじいさんは慈愛を感じさせる声色で答えた。
死んだ息子の嫁を轢き殺したような相手を前にして微塵も怒りを見せないなんて。
逆に、透は一切返事をしなかった。あれだけ他人の気持ちに寄り添える彼女でも、親の仇の娘に愛想笑いができるほど聖人ではない。
「中に入って」
「ありがと……ございます……」
小牧がおじいさんに促されて家にあがってきた。僕は複雑な気持ちになりながらも居間へと案内した。彼女はうなだれながら、するすると奥へ歩いていく。生気がなさすぎて幽霊のようだった。
父親が人殺しになったうえに死んだのだから当然か。
「あの男子は入らないのかな」
僕は道端に立ち尽くしている人影を観察していた。黒髪を短くしている、どこにでもいそうな顔立ちだ。彼も小牧と同じで制服姿だった。
彼は肩を怒らせながら透の前まで歩いてきたかと思いきや、
「あんた、むかつくね」
耳を疑う発言が飛び出した。
――なんだって?
男子はゴミを見るかのような目で透を見下して、睨みつけるように首をかしげて彼女の顔を覗き込んでいる。
聞き間違いではなかった。明確に悪意を持って話している。
透も驚いたように顔を上げていた。
「あんたひとりが全部の不幸を背負ってるなんて思うなよ」
男子の突き刺すような発言に、透の肩がびくっと震えた。
「あんたのほうが“可哀想”だなんて勘違いするなよ」
「おまえッ!!」
僕は怒りに任せて玄関から飛び出すと、男子の胸倉を掴んで透から引き離した。
「ぐっ……!」
「れ、蓮司くんっ!?」
背後でふたりが止めようとしているのが気配で分かる。今日子を弔うべき日にこんなことをすべきでないということも。
それでも許せなかった。
分かったような口をきいたコイツが。
透の悲しみを侮辱した、このクソ野郎が。
「謝れ!! 透に!! 謝れェ!!」
僕の
「なん……だよッ!
「してたらダメなのか!? たったひとりの肉親を亡くして、悲しみに暮れてるのが悪いって言うのか!?」
「そういう顔をしてたらアンタらが小牧を責めてるみたいだろうが!! 小牧の辛さがそっちより下みたいで……軽く見てんじゃねえのか!?」
「悲しみに上も下もあるもんか……!」
「だったらあんな顔してんじゃ――」
「――やめてよ!!」
ふいに住宅街に響いた裂帛の叫びで、僕と男子は取っ組み合いを止めた。
振り返ると、そこには小牧がボロボロと涙をこぼしながら立っていた。
「お願いだから……翔くん……もう……やめて……」
「……な、なんだよ。だって、俺が言わないと、小牧よりそいつのほうが不幸みたいじゃんか!」
「嬉しくない……どっちが不幸かどうかで勝ったって……なんにも嬉しくなんかないよ……」
その切実な訴えに、僕は口をつぐんで離れた。お互いに傷つけるだけの言い合いの空虚さを知り、瞬間的に頭を冷えたのだ。
対して、翔は彼女の言葉を理解できていないのか、茫然としていた。
「……クソッ」
なぜ叱られたのか、本気で分からないようだ。
こういうタイプはまれにいるものだ。自分の親しい人たちは自分と同じ目線、同じ考えを持っていて、いつだって同調してくれる、などと思っている人間。
だから、意見が真逆に別れた途端、考えが追いつかなくて苛立ちばかりが募ることになる。
「意味わかんねーよ!」
本気で混乱している様子の彼を見て、僕の頭は冬の風が吹き抜けたかのように冷えていった。
翔はいくばくか逡巡した様子を見せたが、気まずそうに眼を逸らして背を向けた。
「ごめん……」
その謝罪は小牧に対してだろう。などと思ったのはきっと邪推ではない。今の彼にはまだ、透に謝れる心の準備はできていないはずだ。
「みなさん、ほんとうにすみませんでした……」
泣き出しそうな小牧が、逃げるように翔の手を引いて去っていった。
彼はひどいヤツだ。とはいえ、その行動は彼女を思いやってのことだ。根が悪い人間ではない。いずれ改心したなら、ちゃんとした謝罪があることを願う。
「ありがとう……ございます……蓮司くん……」
震える声でつぶやく透がかわいそうで胸が痛む。
おじいさんも「家に入って休憩しなさい」と労わってあげていた。
と、去っていった彼らと入れ替わるように咲がやってきた。
「……なにがあったの?」
「ちょっとした面倒ごとがあってね。少しのあいだ透についててあげてくれ」
「そう……さっきのふたり、いえ……あの男子が透くんになにかした?」
「キミは、透に、ついてあげくれ」
念押しするために区切って言うと、咲はピリピリとした嫌なオーラを収めた。
「ごめんなさい……」
「怒るのも無理はないよ」
彼女が僕らの電波を読んでだいたいのことは察したのだろう。
去っていった彼らを追って怒りのままに電波で攻撃するようなことはしないと信じているが、とりあえず今は冷静になってもらわないといけない。
「魚谷には内緒にしたほうがいいかもね」
「そうね。ありさは私みたいに頭痛を引き起こすぐらいでは済まないことになりそうですものね」
「こわい」
ありさはあの言動の割りには人に危害を加えたところを一度も見たことないが、これからもないとは限らない。
今日子の葬儀中に透に暴言を吐くような輩を前にしたら躊躇いもせずにぶん殴ってもおかしくない。というか僕も許すし、なんなら便乗して一緒に殴る。
葬儀から告別式も終わり、すでに夜近い時刻だ。空は濃紺と霞色の淡いグラデーションに、消え入りそうなほど小さな星の粒が散りばめられている。月は満ち欠けの関係なのか姿が見えなかった。
来場していた人たちもすでにほとんどいない。
彼らが去れば、片づけを手伝うつもりだ。
「透の調子はどう?」
質素な調理場で、おじいさんから「お礼に」と渡されたオレンジジュースを飲みながら、咲と話す。
「まだ笑顔に翳りがあるわ。……泣いていてくれたほうが私の胸の痛みもいくらかマシだったでしょうね」
「無理して笑うな、って何度も言ってるんだけど……無理しちゃうんだなぁ。自分を犠牲にして」
「周りに心配されるより気が楽なのかもしれないわね。それと、透くんはおじいさんが引き取ることになったわ」
「それがいいかもね。僕の家にいるよりは健全だ。いい人だし」
「あら、嫌がると思ってたわ」
「よくないでしょ……同年代の男女ふたりがひとつ屋根の下は」
僕の精神衛生的にも、透の感情的にも危ういところがある。
それにしても、僕は経るべき男女の段階をすっ飛ばしてばかりだな。
「なにかあって透に嫌な思いはさせたくない」
「常識人みたいなこと言うのね」
「常識ないと思われてたの!?」
「冗談よ。蓮司くん、すぐ真に受けるわよね」
言われてみれば、そんな気がする。
「それとは別に、なんでも大げさにリアクションをするクセがついてるのかもしれない」
「元から陽キャなのに陽キャのエミュをした結果、蛇口の壊れた水道みたいになったわけね」
「なにそのアクロバティックな例え方」
「そろそろ時間かしら。それじゃあ、私は蓮司くんの家に置いてある透くんの荷物を取ってくるわ」
「あぁ、気を付けてね。暗くなるから寄り道とかしちゃダメだよ」
「私は小さい子じゃないのよ」
少しムスッとした咲を見送って、僕は「さて」と深く呼吸をした。
葬儀社がほとんど片づけてくれたとはいえ、他にも掃除しなければならないところが残っている。おじいさんにはけっこうな負担だし、透にやらせるのもかわいそうだ。なので、僕が担当することになった。
「やりますか」
気合を入れるために袖を捲って、手伝いを始めた。
◇
透の着替えと、生活用品を大きなバッグに詰め込む。量はそれほど多くはなく、値段も高いものはひとつもない。彼女の素朴な生活がよくわかる。
以前、三人で買ったイヤリングを見つけた。パールのイミテーションゆえに本物よりもわずかに輝きが強く、おもちゃ感がある。そして千円ちょっとの安物だ。けれど、よい思い出である。今でも三人で遊びに出かけるときは身につけている。
「…………」
ひょっこりと顔を出したアルバムを開くと、そこには今日子を含めた四人の姿が映っていた。
ちょっとした遠出だった。河原でバーベキューをして、私も含めてみんな楽しそうに笑っている。キラキラとしたまばゆい光景が、写真を通して脳内に映像を映し始めた。私は呼び起こされた記憶の迷宮をぐるぐると回り、やがて現実の扉を開いて戻ってきた。
隔絶された楽しい過去と悲しい現在、その違いが、今という時の空虚さを浮き彫りにしていた。
「これで全部かしら」
見える範囲の透の私物を持って家の外に出る。もしも忘れたものがあるなら、あとで取りに来ればいいだろう。
玄関から出ていこうとして、
「――久しぶり」
見覚えのある女性が目の前に立っていた。
一目見れば蓮司と親子であることが分かる端整な顔立ち。しかし、やつれた表情と老化が合わさって以前会ったときとはまた違った印象を覚えた。
大蔵舞子。蓮司の母親。
彼女は昏い決意をにじませた双眸で、こちらを見下ろしていた。
「……ッ!」
私はとっさに扉を閉めようとしたが、ガッ、と足が差し込まれて邪魔された。
隙間から、ギョロリとした血走った目が覗く。怒りに満ちたまなざし、興奮で膨れた鼻の穴、浮いた唇の間からむき出しになった歯茎。それは美貌では誤魔化しきれない“
殺される、そんな気がした。
いいや、彼女が発している電波は殺意と同質のものだ。
舞子は鼻息を荒くしながら、扉に手をかけた。
「痛い……じゃないの……」
「帰ってください……!」
「蓮司のお友達にこんなことされて……悲しいわねぇ……」
片手で必死にドアノブを引きながら、泣きそうな思いでスマホを操作する。
とにかく助けを呼ぶしかない。
焦りでおぼつかない手先で、電話アプリをタップする。並んだ名前一覧の中から蓮司を探すも、見当たらない。
フフフフ、と奇矯の笑いをこぼす舞子が、
「ねえ、これ見てくれる?」
と、隙間から彼女のスマホの画面を見せてきた。
なにかの罠に違いない。そう思いながらも、横目でちらりと見てしまった。
「…………」
動画だった。
それは蓮司がこの家に私と透とありさを招いている映像。そして、透が居候していることが分かるように、窓から家の内部を盗撮されている。
ここ二日間ぐらいだろうか。編集されており、見た人間がいかがわしい誤解してもおかしくない内容だった。蓮司と透だけではない、私どころかありさまで関係があるような印象を持たせる。
これを私に見せたということ……彼女はまぎれもなく悪意を持っていることがハッキリと伝わった。
「なんのつもりですか……」
「フフ、お願いがあるのよ」
怒りの双眸のままに、ニタニタと口を弧に裂いて嗤う舞子。不気味を絵に描いたような顔に、怖気を覚える。歪つな表情は、直視すらできないほど恐ろしい。
そして――
「…………ッ」
――彼女の言葉に、私は従うしかなかった。