止血のために手を鮮血で真っ赤に染めている透と、だんだんと血の気が引いていく咲。
そして、床に広がる命の源。
この沸き上がる泉のような出血は、重要な太い血管を完全に断ち切ってしまったからとしか思えない。
つまりは、致命傷。
苦しんでいた咲もだんだんと弱ってきて、動きもほとんどなかった。おそらく出血多量で体の感覚がマヒしてしまっているのだろう。
全神経を電流とノイズが駆け巡るような感覚が走り、脳をショートさせそうになる。眼前の光景と、かつて自分が引き起こしたトラウマが重なっていく。
思考回路が断線しそうになり……、
「ぐっ……!!」
自分の顔面を殴ることでかろうじて正気に戻った。
いま、気を失っている場合じゃない。
歯茎にまで突き刺さった痛みによってトラウマは徐々に消えていった。
「……僕がやる」
透に代わって、手ずから傷口を抑える。
生暖かく、粘着質の赤黒い液体が指の間にまで浸食してきた。それは骨の髄まで死の悪寒を感じさせ、すぐにでも離したい欲求に駆られてしまう。その衝動を気合で抑え込み、代わりに力を込めた。
こんなことしかできない自分の弱さに、また涙が込み上げてくる。
「れ……ぃ……ぅ……」
もはや声になっていない声で咲が呼びかけてくる。
「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ、咲……!」
僕はそれに応え続けた。彼女の意識を途切れさせないために。
涙がぽつぽつと手のひらに落ちる。
頼む、早く来てくれ。
そう唱えながら、壁掛け時計を何度も何度も何度も確認する。
遠くから、こだまするように低い音が響いてきた。
……救急車のサイレン!
顔を上げて、時間を確認する。通報から約五分。かなり速い。とはいえ、到着から病院への収容まで軽くニ十分以上はかかる。まだ安心はできない。
ほんのわずかでも生存確率を上げるために、僕は素人の応急処置を続けた。
ありさが飛び出すように玄関へと走っていった。
「こっちだ!!」
「はい!!」
救急隊員が担架を持って駆け込んできた。彼らは病院に傷の具合を伝えながら、迅速に咲を運んでいく。
僕は彼らの後に続いて「同乗させてください!」と頼んだ。
救急隊が「乗って!」と答えるのとほぼ同時に、僕は救急車に乗り込んでいた。
咲がプロの手に渡った以上、僕にできることはひとつだけだ。
「咲……! 咲……!」
彼女の手を握りながら、呼びかける。
ただでさえ白かった肌が、蝋のような青白さを刷きつつあった。それが死の色――死相であることをよく知っている。人の死に顔、死に至る顔、死ぬ瞬間の顔を間近で見たことがあるのだから。
輸血と血圧の維持はしっかりおこなわれている。しかし、これは命の灯芯が燃え尽きるのにブレーキをかけているだけで寛解には至らない。傷口を塞がない限り、生命はいずれ塵と果てる。
『……泣かないで』
ふいに、頭の中に響く声があった。
『絶対に……生きるから……』
咲が電波を使って声を送っているのだと気付くのに時間がかかった。今まで、こんなにはっきりと声が聞こえたことなどなかったからだ。
彼女の小指が僕の小指に弱々しく絡み、結ばれた。僕はそれを離さないようにしっかりと力を込めた。
『私……行きたいところが……たくさんあるもの……』
この公理の及ばない能力がどう作用しているかは皆目分からないが、僕は努めて意識を集中させた。
『例えば、どこ?』
『海……夏になったら……海に……行きたい……』
『そっか。きっと行けるよ』
『そのときは蓮司くんと……一緒に……』
『僕にその資格はないよ……全部、僕のせいだ』
『約束して……』
『約束?』
『私が生きていたら……一緒に行くって……』
『……っ』
『約束……してくれたら……私は……絶対に……』
『約束する! 約束するから! 頼む……生きてくれ……!!』
『よかっ……た……』
だんだんと声が小さくなっていき、僕は何度も『咲!』と呼びかけたが、病院に到着した頃にはすでに何も聞こえなくなっていた。
担架の車輪がガラガラと音を立てて真っ白な廊下を疾走する。
「ここでお待ちください」
手術室の前で待つよう言われた僕は、力なく壁に寄りかかった。
祈ることしかできない。
どこで間違えた。どこで失敗した。どこを見過ごした。
自責ばかりが頭を巡る。意味のない問答を繰り返す。ありえない可能性を探り始める。
無駄なことはするな。神様に祈ったほうがはるかに有益だ。
突としてスマホの着信音が鳴って、僕は震える手でつかみ取った。マナーモードにするのを忘れていた。病院内だが、周りには誰もいない。短時間ならば許されるだろう。
「……もしもし?」
『本田透です。蓮司くん、はなちゃんは病院に着きましたか?』
「あぁ。ついさっき」
『……きっと無事ですよね』
「無事に決まってる。約束したんだから」
早急な対応はできていた。応急処置も十分だ。救急車も到着が早かった。
これでダメなはずがない。
『私たちは警察の方とお話しています』
「魚谷がボコボコにしてたけど、捕まったりしてない?」
『たぶん、正当防衛になるんだそうです。それでも、一応警察の方たちと同行することになりました』
あれはどう考えても過剰防衛だろうが、人を刺したナイフを持って逃亡しようとする人間を無力化しようとした結果ならば、情状酌量の余地はあるのかもしれない。
それとも、感情に任せて殴ったように見せかけて、逮捕されない塩梅を理解していたのだろうか。いいや、やっぱりありえない推論だ。つい先日に尊敬する透の母を失い、怒りと悲しみで暴れていた彼女だ。親友である咲を理不尽に奪われるかもしれない状況で、逮捕されない塩梅を冷静に見極められるわけがない。
それよりも、僕のせいでありさが捕まるようなことにだけはなってほしくない。彼女は恩人だ。
「分かった。……母さんはどうなったの?」
『まずは病院に行くことになると思います。ですが、その後は……』
透は言い淀んだ。
これ以上、僕に精神的負担をかけたくないのだ。それでも、おおかた予想のつく答えだった。
家には物的証拠だらけだ。母は間違いなく刑務所行きだろう。
もしかしたら、僕も……。
「……そろそろ切るよ。ここは病院だから」
『はいっ。どうか、はなちゃんをお願いします』
「あぁ、任せて」
通話を切って、手術室のランプを見上げる。
嫌でも最悪の事態を想像してしまう。
時間はまだほとんどたっていない。
スマホの時計も、秒がいつもよりはるかに遅く感じた。
立ち上がって、ふらふらと歩き回る。
座って、足をゆする。
スマホでゲームや漫画を開いてみたが、集中できるわけがない。
遅い。
手術は長引くほど患者にとって負担になると聞いたことがある。
まだなのか。
たとえ処置が十分でも、刺しどころが悪くて死んでしまうパターンもある。
頼む。
もともと体の弱い人は、ほかの要素が併発して症状が増悪する場合も考えられる。
神様。
「咲!!」
唐突に、大声を上げて駆け込んでくる小さな姿があった。
見覚えがある。咲の弟の恵だ。
あの無表情さが消えていて、年相応の焦りと恐怖の入り混じった蒼白な顔をしていた。
「蓮司さん!! 咲は……咲は!?」
「まだ、手術中だよ……」
すると、さらにふたりやってきた。咲の両親だ。
父親のほうは歯をガチガチと鳴らして怯えていて、母親のほうは顔を覆って号泣していた。その姿が痛々しくて、申し訳なくて、とても直視できなかった。
「けが……ひどいの!? だいじょうぶですよね!?」
「……………………」
「なんで……蓮司さん……なんで……お姉ちゃんが……!!」
恵は涙をボロボロとこぼしながら、僕にすがりついた。
大好きな姉が、今までずっと苦しんできた姉が、やっと幸せを手に入れられた姉がどうしてこんな目に遭わなければならないのか。彼はそんなことを考えているのだろう。
それは全部、なにもかも、ことごとく、
「…………ごめん」
僕が生まれてきたせいだ。
ふいに、手術室の扉が開いた。そして、僕は飛び上がるように立ち上がっていた。
いったいどれくらい時間がたっていたのか。それを確認する考えは、いまの僕にはなかった。
「さっ、咲は……!?」
掴みかからん勢いで駆け寄った僕に、手術室から出てきた白衣の医者は面食らいながらも答えた。
「落ち着いて。成功したよ」
「はっ……はぁぁっ」
安堵と同時に、全身の骨と筋肉が消滅したかのように脱力した。ひざから崩れ落ちて、かろうじて座った体勢で留めた。
咲の家族もほとんど同じようなことになっていた。
「生きてる……咲が生きてるぅ……」
今度は顔面に水分がぎゅっと凝縮されたかのように涙と鼻水が止まらなくなった。
床に突っ伏し、感謝の念を込めて全力で叩頭した。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……! ありがとうございます……!!」
「ね、ちょっと! そんな土下座なんて……ねえ、ちょっと! キミ!? ね……ちょ……誰か止めて!!」
肩を掴まれて引き起こされてからも、僕はひたすら頭を下げて感謝を述べ続けた。
◇
どこだろう。
分からない。
地面がない。空がない。風がない。温度もない。色もない。上下もなければ左右もない。
無。それが周囲にあった。
いや、ただひとつだけ存在するものがある。
声だ。
『来ちゃダメだよ』
優しくて、泣きたくなるような声。
あの日、夕日の差し込む場所で聞いた声。
『あたしんところに来るのはまだまだ早いって。それにさ、透にははなちゃんが必要なんだからさ』
あなたは……。
『ん? あぁ、いいのよ。いいんだって。帰り道、覚えてる? んや……やっぱり、あたしが連れてってあげる。おいで、はなちゃん』
しばらくして、暗闇のような光のような、判別のできない穴へとたどりついた。
その穴の向こうはとても怖くて恐ろしくて危険に満ちている世界へとつながっている。だけど、それと同じぐらい優しさと愛情も存在している。
そう思えた。
『あたしに会ったことは、透には内緒にしてね。あたしなんかを引きずっちゃったら、あの子が倖せになれないでしょ?』
待って。せめて透くんに何か一言でも……。
『ええ? 難しいなあ……じゃあ、お願い。一言ね……頑張るんだぞ! 透!』
きょ――――
水面から顔を出すかのように、私は意識を取り戻した。
光を感じて、まぶたをわずかに開く。頭の中がぼやぼやしていて、綿あめでも詰め込まれてるみたいだった。おかげで思考のエンジンがかからない。
狭い視界に入ってくるのは真っ白な空間だ。どことなくそよ風もある気がする。
ここは天国なのだろうか。
「ぅ……ぁ……」
かすれた声を発した途端、視界に入ってくる人影があった。
「咲ちゃん!?」
父と母……遅れて、弟だった。
どうやら私はあの世から叩き出されたらしい。
「咲……よかったぁぁぁ!!」「咲ちゃんっよく頑張ったね……えらいね……」
両親は泣いていたが、恵だけはいつものむすっとした無表情だった。
それでも、彼の両目が赤くなっているのだけは見逃さなかった。
「恵も……泣いてくれたの……?」
「当たり前でしょ」
恵は小さな手で私の手を握った。
「透さんたちを呼ぶね」
私が返事をするよりも先に、彼は電話をかけた。
数十分後、走って……ではなく、早歩きで透とありさが病室に飛び込んできた。
「はなちゃんっ」「花島!」
そして、ふたりから私の気絶後の話を聞いた。
蓮司が病院まで連れ添ったこと。蓮司の母が殺人未遂で警察に捕まったこと。ありさは正式に正当防衛になったこと。
予想はできたことだったが「善は天下に、悪は牢に」といった結果に落ち着いてくれたらしい。
「はなちゃぁん……ご無事で……ほんっとーに、よかったですっ……」
うるうると瞳を潤ませている透の顔を見て、私はハッと思い出した。
「……そういえば……」
「はいっ?」
「聞こえたのよ……眠っているあいだに……声が……」
「声……ですか?」
「えぇ……」
首をかしげる彼女に、私は託された“一言”を発した。
「『頑張るんだぞ! 透!』……ですって」
透は目を丸くして、すぐにくしゃっと微笑んだ。滔々と涙がこぼれ、彼女はそれを指で拭った。
「そう……ですか……そうなんですね……」
「えぇ」
「ありがとうございます……はなちゃん……」
嘘としか思えない話を、透はすんなりと受け入れた。
いや、嘘でも幻聴でもよかったのだろう。
特異な力を持った私が、人には知覚できない場所にいる人の声を聴いた。前半が現実なのだから、後半のファンタジーを根拠なく信じるぐらいは簡単だ。
隣にいたありさも泣き笑いの様相だった。
「んだよ……いるんならさぁ、あたしにもなんか言ってくれよ……ったく、ずりぃなぁ。ずりぃよ……あははっ……」
これはただの夢だったのか。
それとも私の異能が与えてくれた奇跡だったのか。
私には分からない。
でも信じたい。
この言葉は本物であると。
「……そういえば、蓮司くんは?」
「蓮司くん、ですか? そういえば……」
続きをありさが言った。
「一応あいつにも送ったんだがな。なんで来ねえんだ。昨日は追い出されるまでずっと花島のそばに付き添ってたのに」
「事件の事情聴取をされているのではないですか?」
「あーーー……そういや、そうか。まあ、気にすんな花島。あいつ、おまえのことに関してはめちゃくちゃ過保護だから、時間ができたら飛んでくるだろうよ」
結局、その日蓮司は来なかった。
その後、私は病院のベッドの上で警察と話をした。事件は明白なので話すことはほとんどない。せいぜい、殺傷に至った原因である確執について話すぐらいだ。
そして、退院までの約二週間。彼は一度も訪れなかった。
私は蓮司とどう向き合えばいいか考えていた。
彼の後悔は、今回の件で決定的になってしまっている。もう私と目を合わせることすらできないほどに。
それは私の見舞いに来なかったことが物語っている。
それがムカッとした。
退院後、病院から出た私はその足で蓮司の家へと向かった。
家族からは心配されたが、もうどこにも痛みを感じていないのでだいじょうぶ、とだけ告げた。お医者様からも運動をおこなってもOKとお墨付きをいただいている。
見慣れたチャイムを押すと、聞き慣れたチャイムが鳴り響いた。
足音を殺して、ドアの向こうに気配がやってくる。だが、開く様子がない。ドアスコープから視線を感じる。
この奇妙な間は、ドアノブを握ろうとして躊躇しているのだと……私には電波で分かった。
「開けなさい、蓮司くん」
高圧的に言うと、扉が恐る恐るといった様子で開いた。
裏から、怯えた顔があらわれた。
「や、やぁ……咲……わっちょっ……!?」
私が押し入って、彼の襟首を掴んだ。
そのまま引っ張り、
「んっ……」
唇を強引に奪って、床に押し倒した。
顔を真っ赤にしている蓮司を見下ろしながら、靴を乱暴に脱ぎ捨てる。
「……さ、咲……いきなりなにを……!」
「あら、私が怒ってるとは思ってなかったのかしら?」
「いや……でも、だって……んんっ?!」
もう一度口を塞いで、さっきよりも長く、感触を忘れらないほどに強く、キスをした。
「ぷはっ……はぁ……咲! 話をさせて!」
「あなたはこう考えているのでしょう? 自分も母も衝動的に人を刺すような人間だ。この先、私と一緒にいたら傷つけてしまうのではないか。なんて」
「うぅっ……」
「図星のようね」
彼の首に腕を回して抱き着き、耳に口を寄せる。
「約束よ。海に行くって」
「え、これから!? 夏じゃなくて!?」
「言うとおりにしなさい。今度は舌を入れるわよ」
「いや、それはさすがに……我慢できなくなりそうだからやめて……」
「私はいいのだけれど」
「昨日まで入院してたんだから体を大事にしなさい!」
私は蓮司を無理やり引っ張って、電車を乗り継ぎ、近くの海辺へとやってきた。
木々がさざめくような波の音と、潮の香り、青い海。太陽にきらめく水面は胸がすくほどに美しかった。
私はそよ風を全身に感じながら、腕を広げた。黒いプリーツスカートがさわさわと揺れる。
「蓮司くん」
「……なに? 咲」
「当たり前のことだけれど、どうするかを決めるのはあなたの自由よ」
背後で、蓮司が息を呑む音が聞こえた。
「どういう……意味かな」
「告白の返事が欲しい」
振り返って、彼と目を合わせた。
たぶん、もう二度とこんな人と出会うことはない。
私の弱い部分を知っていて、弱い部分に共感してくれて、まるで隣にいるかのように同情してくれる。それだけではなく、倒れても立ち上がる勇気をくれる。
彼がいなくても、私はきっと立ち直っていただろう。
透とありさの存在とはそれほどまでに大きなものだからだ。
けれど、それは光の部分だ。
闇を抱いてくれるのは、彼しかいない。真水の中で生きていけない魚がいるように、私は光の中だけにいては息が苦しくなるときがある。
立ち直った後の私を受け入れた人がいたとしても、見えているのは光の部分だけだ。それでは本当に幸せにはなれっこない。
もっとも深い部分で闇を共有できる存在は、この世に彼しかないのだ。
「あなたが好きです」
二度目。
それでも、まだ怖かった。
彼が私を好きでいてくれるという自信と、透の存在の大きさはほぼ同等だ。
男子の目から見たら、透のほうが魅力的に見えるに違いない。可愛くて、おしとやかで、いつも笑顔で、優しくて、ちょっとドジで、ほっとけない……理想の女の子だ。
私はその真逆。
「好き……ですっ」
漏れ出た嗚咽と、目尻に溢れてくる涙。
この気持ちの重さを吐き出すしか、できない。
好き、なんて言葉だけではあらわしきれないほどの愛と感謝が胸に詰まっている。
「僕は……誰かを選べるような普通の人間じゃない」
蓮司は後悔の色を顔に刷いていた。
「僕には幸せになる資格なんかないよ……」
「あるわ」
食い気味に言い返す。
「それはあなたが過去に透くんをいじめていたから? あなたが父親を殺したから? あなたの母親が透やありさに危害を加えて、私を殺しかけたから?」
「そうだよ。だって、それだけのことがあったら普通はろくな人間じゃないだろ!? 僕の存在は他人を傷つけるだけなんだよ!」
「そうね」
「そうね、って……」
「だったら、私のことも教えてあげる」
彼に一歩ずつ近づいて、声を張り上げた。
「私はクラスメイトを何度か殺しかけたわ」
「それは……」
「電波なんてよくわからないものを感じることができるせいでね。無意識に他人を攻撃してしまう。心臓を止めたり、気絶させたり、頭痛を与えたり……私も大概、ろくな人間じゃないのよ」
「咲……」
「それでも、幸せになる権利があると教えてくれたのはあなたよ」
「…………」
「あなたが周りを傷つけるのを恐れて独りになることを選ぶつもりだとしても、私だけは離れないわ。あなたが私にそうしてくれたように」
私は蓮司の両手を包んで、彼の泣きそうな顔を見上げた。
孤独だったころの私と同じ顔。
自分は存在すべきではないと思っている。
自分は今すぐ消えるべきだ。
なんで生まれてきたんだ。
どうして傷つけることしかできないんだ。
そういう顔だ。
「聞かせて。あなたはどうしたいの?」
そう問いかけると、
「僕は……僕はっ……」
蓮司は声を詰まらせながらも、必死に答えた。
「咲とっ……一緒にいたいぃ……!」
結んだ手のうえに涙がぽつぽつと落ちる。
「咲が好きだからっ……僕はっ……はっ離れなきゃって……! でも……やっぱり、咲といたいよ……!」
「そう」
また彼の唇にキスをした。今度は、しょっぱい味がした。何度も味わってきた辛くて苦しい味だ。けれど、今はもう嫌いじゃない。
「もちろん……いいに決まってるじゃないっ……」
「う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
その日。
私たちの泣き声と後悔を、穏やかな波の音が少しだけ掻き消してくれた。
次で最後……になると思います。