私は蓮司の顔から眼を逸らしながら、未だに感じ続けている電波をどう表現していいものか考えていた。
教師はすでに次の話に移っていた。クラス委員長や給食の当番を決めるらしい。ここは中学でも給食があるのか。私はふと、小さなころのことを思い出していた。
六年生のときだったか。重たいシチューの鍋を運んでいると、私をイジメていた女子に後ろから足を引っかけられたことがあった。もちろん鍋はひっくり返り、中身は廊下にぶちまけられてしまった。白い液体の河をニンジンやジャガイモがどんぶらこと流れていく。もわっと湯気が立ち上り、急速に冷えていくのを私はじっと眺めていた。
「花島さん、マジでなにしてんの?」
しれっとした顔でそう言った彼女に、私は反論することすらできず、茫然としてしまった。彼女の行動が心の底から理解できなかったからだ。
私に恥をかかせるためだけに、わざわざ自分が食べるものを捨てたの? どうして? そこまでする理由はなに?
自分が会話していた相手が決して分かりあえない生き物だと分かったとき、人はどうするだろう。ほとんどの人間が恐怖を覚えるはずだ。だって、理解できないのだから。私もそうだった。怒りよりも恐怖が勝った。
「ふざけんなよ花島!」「返せよ俺たちの給食!」「おまえが掃除しろよ!!」「魔女よ、死ね!!」「なんか言えよブス!!」
教室でクラスメイトたちの罵詈雑言を一身に受けながら、私はそれを極力頭に入れないよう努めていた。
もしも感情と思念が一致してしまえば、以前のように誰かを傷つけてしまうかもしれない。できるだけ無感情になる。誰も死なないようにするために、意識的に感情を殺す。顔からも消して、心からも消して、意識からも消して。
そんな日々が続いて、気がつけば私は感情を表に出すのが苦手になっていた。もちろん、嬉しいとか悲しいとかはちゃんと顔に出る。けれど、みんなのように満面の笑みを浮かべたり、涙をこぼして感動することができなくなった。頬が固く、口端は上がらず、目を細められない。
それが余計に私を魔女っぽくしてしまっていたが、治すことはできなかった。
「給食当番は……本田透さん」
「はいっ!」
担当する生徒がひとりずつ呼ばれていく。可愛らしい少女が私には絶対できないぐらいのまばゆい笑顔で受け答えをした。
呼ばれていく生徒たちの顔を眺めては、仄暗い気分が募っていく。例えるなら、執行人を選ばされる死刑囚といった感じだ。この中の誰かが私を“魔女”と呼び、責め立てるかもしれない。そんなことを杞憂してしまうのも、私の過去からすれば無理もないことだ。
「花島さん」
蓮司が小声で話しかけてきて、私は一瞥した。
「なにかしら」
「休み時間に話をしたい」
「そこまで気になることなのね……でも、本当に話せることはないのよ……」
「それでも、だ」
蓮司からは焦りの電波が出ている。表情では冷静を取り繕っているが、私に内面を隠し通すことはできない。きっと、根掘り葉掘り聞かれるのだろう。
なぜ電波を読み取れるのか。今まで家族や知人にも説明したが、本気にしてくれたのは家族だけだ。
彼の顔立ちと堂々とした態度からして、きっとクラスの中心人物だ。そんな彼が私のおかしな点を知ったら、間違いなくクラスに言いふらす。そうしたら、また魔女狩りと称したイジメが始まってしまう。
この学校にいられるのも時間の問題かしら。まあ、どうでもいいことね。
新しい環境になっても、他人との距離を縮めようとは思わなかった。そんなのは白々しいと思ったし、あの日の過ちを忘れてはいけないと思った。だから、どうでもいい。
『――あきらめないで』
ふと、いつか父が私にかけてくれた言葉が蘇った。
なにを諦めないでほしいの……? 父さん……。
「行こうか、花島さん」
「えぇ……」
一限目の授業が終わり、私は蓮司に連れられて教室を出ようとした。
「どこいくのー?」」
後ろから女子が話しかけてきて、蓮司はさっきまでとは打って変わって柔和な微笑みを浮かべた。
「花島さん、転校したばかりで学校のこと知らないでしょ? だから僕が案内してあげようって思ったんだ」
「マジで? 蓮司くんやっさし~。でもそういうのって委員長に任せればよくない? 別に蓮司くんがしなくても……」
「せっかく隣の席になったんだから、仲良くしたいじゃない。ほら行こ、花島さん」
「ちょっと!」
強引に会話を打ち切った蓮司に、女子が慌てて声をかけるも、彼はさっさと廊下に出てしまった。この言動からして、蓮司にとってあの女子はそれほど重要な存在ではないのだろう。親しいと思っているのは片方だけか。
私が無言で会釈をすると、女子はじっとこちらを睨んできた。もしかしなくても、いらない怨みを買ってしまったのかもしれない。とはいえ、今の私にはどうしようもないことだ。
騒がしい廊下を、蓮司の背中にくっついて歩く。すれ違う生徒たちの電波が流れ込んでは消えていく、けれど、不快ではない。誰も私を嫌っていない環境だからだ。学校ってこんなに透き通った場所だったっけ。
別校舎付近の、誰も近寄らない階段までやってきた。薄暗い踊り場で、蓮司が階段に腰かける。
「花島さんも座りなよ」
「気遣いは嬉しいけど、遠慮するわ……。だって、話はすぐ終わるもの」
「どうして僕の過去を分かったんだ? ニュースにはなっていたけど、実名報道はされてない。小学生の頃からの知人は誰も、あの事件が僕のことだなんて知らなかったはずだ。警察がきっちり根回ししてたからね」
「待って……ニュース? 事件?」
不穏な言葉に、私は戸惑った。
「なんの話?」
「なにを言って……いや……」
蓮司は口を押さえ、視線を虚空にやり、なにかをぶつぶつと呟いている。深く考え込んでいるようだ。足を小刻みに揺らして、もう片方の手の指をしきりに泳がせている。
「……こんな状況で下手なごまかしをする意味が……人に聞いたにしては……いやでも、こんな子に……」
失礼なことを言われている気がするが、とりあえず結論が出るまで黙っておく。
私は壁にもたれかかり、頭より高い位置にある窓を見た。雲ひとつない晴天だ。しかし日光は差し込んでこず、ここにいる私たちだけが明るい世界から隔絶されているような気分になる。
「分かった」
蓮司が迷いの無い顔を上げて、私を見つめた。
「キミの言うことを信じるよ」
「電波を?」
「そう。キミが僕の心を電波で読んだってことを」
「読んだのではなくて、勝手に流れ込んできたというのが正解なのだけれど」
「どっちでもいいよ。それよりも、なぜキミはそんな力があるんだ?」
思ったよりもすんなりと信じてくれるようだ。今まで一度だってこうも簡単に話が進んだことはない。頭ごなしに否定されて、精神病だと揶揄されてきた。
私の心に“嬉しい”という感情が湧いてきて、固まっていた表情を解きほぐそうとしている。頬が持ち上がりそうになり、それを抑えようとしてヒクヒクと痙攣する。ダメよ。私は感情的になってはいけないのだから。
「……なぜかは分からないの。物心ついたときから、人の考えが電波みたいに聞こえてきたわ。騒いでいるように雑多な声ばかりなのに、すべての意味が聞き取れてしまう。制御できない聖徳太子のようなものよ」
すらすらと言葉が口から出てくる。今までの私ではありえなかったことだ。蓮司が真剣に話を聞いてくれるからか、そして同類の電波を放っているからか、不思議と落ち着くことができた。川のせせらぎのように穏やかな心を保つことが出来た。
「あるていどは聞き流すことができるようになってきたけれど、それでも勝手に受信してしまう。それだけなら、私が苦しむだけで済んだのよ……」
「なにかあったの?」
「私を魔女と呼んでイジメていた男子を、殺しかけたの」
蓮司の顔がにわかに険しくなった。
「なんだって?」
「どうやったのかは私にも分からない。でも“死ね”って強く念じた瞬間、彼の心臓は止まったわ。その後のことは今でも鮮明に思い出せる。教室に響いた悲鳴。心臓が動いてないって叫ぶクラスメイト。AEDを慌てて持ってきた先生。自分が人殺しになったかもしれないという実感と恐怖、そして朧気に闇から滲み出してきた“ざまあみろ”という邪悪な愉悦」
訥々と語りながら、自身の心情を思い返す。掘り起こすほどに醜さを痛感し、化け物であることを自覚する。けれど、この自傷行為で心の霧は晴れつつあった。
「そうか」
蓮司はうなずくと、軽く頭を下げた。
「ごめん。知りもしないで、悪いことを訊いた」
「……おかしな人。こんな突拍子もない話を信じるの?」
「作り話を語ってる顔じゃなかった」
「そんな理由で……」
「あと、僕も似たようなもんさ。キミだけが気分の悪い話をするのは不公平だね。僕も告白するよ。過去の過ちを」
「あなたが?」
「そう。僕はお父さんを殺したことがある」
たとえ誰が言おうと重みがあるであろう言葉。そのはずなのに、彼はあまりにも呆気のない口調で言ってのけた。あっさりとしすぎていて、それでいて実感が伴っている。いつか吐き出そうとしていた毒をやっと吐き出せたように、蓮司は背を反らして大きく息を吸い込んだ。
私は茫然と固まっていた。意味が理解できなかったわけではない。むしろ、ストンと腑に落ちた。あぁ、だからなんだ……と、蓮司という青年の解像度がクッキリと映し出されて、私の瞳に投影される。ならば「なぜ」と思うだろう。それは心のどこかで、彼を同類だと思っていたからだ。きっと私と同じような境遇だと、心のどこかで傷を舐め合う相手を求めていたのだ。つまりは、自分勝手な失望が私から身動きを奪ったのだ。
そんな様子の私を見て蓮司は自嘲気味に笑った。
「僕だって殺したくて殺したんじゃないんだけどね」
今の話を聞いて、私が戸惑っていると思ったのだろう。彼のどこか陰のある哀婉な表情に、私の胸はギュッと締めつけられた。嫌な感覚ではない。
「いろいろあってお父さんがおかしくなっちゃって……はぁ。襲われたんだ」
「……………………」
「手元にちょうど包丁があってね。まあ、とっさに刺したわけなんだけど」
「やりたくてやったわけではない、と?」
「いいや……“必ずやる”と思わなければ、人を殺すなんてできないよ。実際、僕もこのまま乱暴されるぐらいなら殺してやるって考えしか頭になかったし、胸を一度ならず何度も刺したことは事実なわけだし」
私はどうだっただろうか。あのとき――恨みが募った末に“死ね”と願ったとき、私の心に“必ずやる”という確固たる意志があったとしたら? あれはただの事故や、力の暴走などではなく、混じりっけのない私の殺意だったら?
……むしろ、そうであってほしい。
制御できない力などではないのなら、いつか誰も傷つけずに済むようになるかもしれない。希望的観測だが、それに縋れるだけの理由を蓮司が与えてくれた。
私は心にわずかな安らぎを覚えて、彼に感謝した。
「ありがとう。少しだけれど、気分が楽になったわ。似たような過去がある者同士、通じ合うものがあったのかもしれないわね」
「でも、キミは人殺しじゃない」
「未遂だろうと、殺しかけたことに変わりはないわ。それに、許されたいわけではないの。二度とあの日のことを忘れずに、自罰して生きていたいのよ」
「わざわざ自分に罪人の証をつけるぐらい?」
「あなたもしてみる? 道具なら貸してあげるけれど」
「そんなゲームの貸し借りするみたいなノリで言うことじゃないでしょ……」
「そう。それで、用件は済んだかしら」
「いや、最後にひとつだけ」
「どうぞ」
「このことは誰にも言わないでほしい」
「もちろんよ。私のことも、誰にも言わないと誓ってくれる?」
「わざわざ遠くから転校してきたってことは、思い出したくもないことなんだろう? 誓うよ」
握手こそなかったが、お互いに秘密を共有する者としての連帯感が生まれたように思う。
人を殺したか否かの違いはあれど、やっぱり私と彼はそっくりだ。誰かが罰してくれることを望んでいながら、周りがそれを許さない。私は家族が守ろうとしてくれて、彼は世間が罪を認知しない。しかし罪が濯がれるわけでもなく、宙ぶらりんのまま罪悪感に心を削られる日々。
「……?」
同じはずなのだけれど、彼の電波にはわずかに別種のものが混ざっている。初めて会ったときに感じた、ふたつの暗い電波のもう片方だ。それを彼は語らなかった。
問いかけようか。いいや、これ以上踏み込んだところで余計な荷物が増えるだけだ。
急な転校で教科書が用意されておらず、授業中は蓮司のものを一緒に読むことになった。机を寄せて、肩が触れ合いそうな距離にまで近づく。間近で聞こえる彼の吐息に胸がざわつき、頬が微熱を持った。
私の記憶にある限りでは、男子とここまで接近した経験はあまりない。思い出せるのはどれもイジメの記憶だ。そのせいか、こんなにも落ち着いて寄り添える相手がいるということに、照れと恥ずかしさを感じた。
「……?」
一瞬、どこからか刺すような電波が飛んできた気がして、私は顔を上げた。キョロキョロと辺りを見回したが、犯人は見つからない。なんだったのだろう。
昼休みの時間になり、給食当番が専用の白いゆったりとした服を制服の上に着て、教室から出て行った。頭にはわたあめのような帽子を被っている。ああいうのって小学生のときだけじゃないのかしら。
そして、食べる場所は自由らしい。そこは小学生とは違うのね。生徒たちが各々のグループに別れて、机を寄せ合って給食が届くまで談笑をしている。
「蓮司ー!」
男子たちに呼ばれて、蓮司が立ち上がった。彼も友達と一緒に食べるらしい。
「花島さん」
蓮司は申し訳なさそうな顔をして言った。
「僕は友達のとこ行くけど……一緒に食べる?」
精一杯、気を遣ってくれているのだろう。転校してきたばかりで、友人などできそうにない暗い女子を放っておくのは良心が咎めたに違いない。
情けをかけられるのは嫌だ。それに、男子の集まりに入ったところで気まずくなるし、変に探りを入れられるのもごめんこうむる。中学生男子というのは思春期真っ盛りで、他人に対する配慮を忘れがちだ。会話の途中で性的な話題を振られるかもしれない。お互いに嫌な思いをするのは目に見えている。
「遠慮しておくわ。それに、私なんかと関わらないほうがいいの」
「そっか……気が変わったらいつでも言ってね」
「えぇ」
優しい言葉をかけてくれるのは嬉しい。でも、それはそれだ。近い人間だからと甘えていては、罪を忘れてしまうかもしれない。
給食が運ばれてきて、黒板前に並べられる。シチューのいい香りが鼻腔をくすぐり、その味を連想させた。食器を受け取り、配膳される食事を眺める。
黙々と作業が進む中、これからこんな日々が続くのかしら、と気分が落ち込んでいると、
「はいどうぞっ」
小鳥の囀りのように可愛らしい声がした。
なみなみ注がれたシチューは今にも零れそうで、トレイを持つ手に力がこもる。いったい誰がこんなことを、と私は顔を上げた。
「花島さんっ! 今日は大盛りサービスなのですっ!」
春の日差しのように明るく、暖かな笑顔が目の前にあった。桜のように美しく整った顔立ちの美少女の微笑みが私に向けられていた。その満面の輝きだけで凍った心が雪解けていくような感覚。冷え切った手を優しく包む陽気。
今まで他人に感じてきたものとはまた違った聖母のような電波に、私は一瞬呆けた。けれど、そこに光だけではない、わずかに小さな陰りもまた垣間見える。
この子は確か、名前は本田透だったはずだ。さっき、当番決めで呼ばれていた。
「私、本田透っていいますっ! よろしくお願いしますっ! この学校の給食はとっても美味しいのですよ。花島さんも気に入ってくれたら嬉しっ……」
若干早口でしゃべる彼女に、
「本田さん!!」
私の後ろで並んでいたクラスメイトたちがプンプンと目くじらをたてて怒鳴った。
「後ろ詰まってるんだからおしゃべりは後にしてよ!」
「あ゛ぁっ!! すっすみません!!」
大慌てで次の生徒の配膳にかかる彼女を尻目に、私は自分の席に戻った。
ドジっ子なのかしら。そして、なぜ同じクラスメイトに敬語……?
それにしても驚いた。私に対してああも明るく臆することなく話しかけてくる人がいるとは。蓮司という例外はいたが、彼の場合は理由があったからだ。
爪を黒くして、不愛想な私にあんなにも友好的な態度をとれる人は初めてのことで、どう返事をしていいか分からなかった。失礼に思っただろうか。
「――おい……おい! そこの転校生!」
ぶっきらぼうな声に、私は振り向いた。
そこにいたのは髪を明るく染めて、服を着崩している美人だった。ケガでもしたのか、頬に大きな絆創膏を貼っている。足を組んでイスに座る姿は傍若無人で、不良そのものだった。
彼女の名前はなんだったか……そうだ。魚谷ありさ。掃除当番だったはずだ。
「どーせひとりで食う気だろ。そーゆーのうぜぇからそこ座れよ」
偉そうに指図されたが、無視して恨みを買うのも怖い。とはいえ関わりたいわけでもなく、私はその場に突っ立ったままになった。
なんの話をされるのかしら、と少し身が縮こまった。舎弟になれとか、パンを買ってこいとか、ドラマの下っ端のようにこき使われたりするのだろうか。転校したばかりの私に味方はいない。誰も助けてはくれないだろう――蓮司以外は。
ありさはいきなりプッと噴き出したかと思うと、クスクス笑い始めた。
「朝礼のときのあんた面白かったな。あれ、しょっぱなからキャラ立ちすぎて周り引いてたぞ? ククク」
「そうでしょうね」
「あぁ、ありゃあ傑作だっ――ってオイ! 透~! こっちィ!」
ありさが手を振って呼んだ先から、透が給食を持って駆け寄ってきた。
まさか、彼女が舎弟一号? 大人しそうな子だから、狙われるのも理解できるけれど。
「お待たせしました~!」
小走りで到着した彼女の顔には怯えはなく、屈託のない笑みがあった。とてもじゃないが主従の関係には見えない。もしかして、私の勘違い?
透は私の顔を見ると、嬉しそうに手を叩いた。
「花島さん!? 花島さんもご一緒ですか!?」
それに対してありさも楽しそうに答えた。
「いまナンパしたとこ~」
「うわぁ……っすてきなナンパですっ!」
さっき、透の敬語は初対面の私だからしているのかと思っていた。けれど、こうして友人であるありさにも使っている。他人に対して使い分けているのではなく、誰にでもこうなのか。敬語がクセになっているのかもしれない。
「それではさっそくご一緒にお食事しましょう!! どうぞ花島さんお座りください!!」
透が手際よく私のイスと机を持ってきて、そこに私をガタッと座らせた。
勢いに押されるまま腰を下ろしてしまったが、タイミングを見て離れなくては。
「うーん……花島……」
と、ありさがなにやら神妙な面持ちで考え事をし始めた。今度はいったいなんだ。
透も「どうかされましたか?」と小首をかしげている。
「今日子さん的に言えば……」
ありさはうんうん唸っていたかと思うと、目をキラリと輝かせてこちらに身を乗り出した。
「あんたははなちゃん!!」
は?
「ああっそうですね!! はなちゃんですはなちゃん!!」
透もなぜか同意している。いったいなんの話だ。どうしてこんなに盛り上がっているんだ。はなちゃんって安直すぎないか。そもそも、今日子さんって誰だ。
……このふたり、変だわ。
「いまなにかおっしゃいましたか?」
透の言葉に、私は血管が凍りついたように全身が硬直した。寒気が走り、呼吸が止まる。
まさか、またなにか発してしまっていたのか。わずかな混乱でさえ、影響を与えてしまうなんて。あまり考えていると
焦燥感が募った。今すぐ離れなくてはいけない。恨みを買うとか嫌われるとか、そんなことを気にしている場合ではない。私なんかに親しくしてくれた彼女たちに危害を加えてしまったら、到底償いきれない。
「悪いけれど……」
声が震えるのを抑えながら、私は立ち上がった。ふたりがポカンとした顔でこちらを見上げる。
「一緒に食事をとるつもりはないし……私自体と関わりを持たないほうがいいわ……百害あって一利なしよ……」
拒絶の意思を見せて、冷たく突き放す。これでいい。最初から独りで生きていくつもりだったのだから。これで彼女たちも愛想を尽かすだろう。
と思っていたのに、
「うぅぅぅぅ……」
透がなぜかどんよりと曇り空のように落ち込んでいた。
「私と関わっても一利あるかどうか……………………」
対して、ありさはケラケラと晴れ空のように笑い飛ばしていた。
「あたしなんか二百害あって一利なしかもな~っ! うひゃひゃひゃひゃ!!」
望んでいた反応とは違った。
まるで自分のことのように受け取り、喜怒哀楽をあらわすふたり。雲をつかむようにとらえどころがなく、私を離すつもりのない優しい彼女たちの態度。
わずかに苛立ちを覚えて、私は言い返した。
「落ち込んでほしいわけでも、笑い飛ばしてほしいわけでもなくて……」
「そ、そうですよねっ!」
透がぎゅっと手を握ってきた。
「一利ある人間になれるよう頑張りますっ!」
「いえ、目標を持ってほしいわけでもなくて……」
なんだか話がおかしな方向に転がり始めた。
「うっせえなあ」
ありさが窓にひじをかけながら、呆れたように言った。
「細かいことはいいじゃんよ。今日、あんたは転校してきて、天気がよくて、給食があって」
と、スプーンを掴み、
「変なふたりとそれを食べるのだ~っ! いただきま~す!」
「いただきますっ!」
こちらの様子もお構いなしにふたり揃って食べ始めた。
どうして話を聞いてくれないのだろう。どうして放っておいてくれないのだろう。どうして……こんなにも心地が良いのだろう。
嫌ってくるわけでもない。気を遣ってくるわけでもない。会ったばかりだというのに、旧来の仲のようにズケズケと私の領域に入り込んできて、こっちの事情なんて慮ることすらしなくて、なのに追い出す気にもなれなくて……。
「……本当に変だわ」
私がボソッと呟くと、ふたりはまったく気にせず、アハハとご機嫌な調子で答えた。
「「よく言われま~すっ!」」