(11)法被
智子と束の間過ごした小屋。
中断されたムシロ折り機は、そのままになっている。
「トモちゃん…さようなら…」
和幸は、溜まった埃を払いのけながら呟いた。
明日はいよいよ、岩屋谷を去る。
次にここを訪れる事があるとすれば、不治の病に倒れた時だろう。
十年後…
二十年後…
三十年後…
その時には、ここで共に過ごした人々は誰もいなくなり、和幸と智子の事は忘れ去られている事だろう。
当然…
智子と二人で暮らしたこの小屋はなくなり、全く知らない誰かが暮らしている事だろう。
「本当に、
私が、もう一度念を押すように尋ねると…
「決意は変わりません。」
和幸は静かに頷いた。
「私は、君には、ここの
「それで、僕達の間に産まれた子供が年頃を迎えたら、
「ならない。
かつて、百合の命を救ってくれた、重病患者を最後の実験台にする条件だった…
「ならば、ヒデは?マサは?リュウは?ユカ姉さん、ユキちゃん、アッちゃん、茜ちゃん、アケちゃん…これから、
「するつもりだ。これから、第二、第三、第四の拾里を建設する。少なくとも、私の
「では、愛ちゃんは?あの子は、
そのつもりだ…
愛を
愛を
私は、喉の奥まで出かけた言葉を呑み込み、胸に詰まらせた。
「愛ちゃんの後、
私は、赤兎の兎幣も皮剥も二度と行わない…
物言いは静かだが、何処かまくしたてるような和幸の言葉に、絞り出すように答えかける私の言葉は、やはり声となって出てはこない。
「それでも、
でも、
希美ちゃんを捨てた
僕達が幸せになれても、他の誰かが苦しみ続けるなら、同じ事ではありませんか。」
だから、私は…
「誰かが幸福を掴む傍らで、誰かが踏みにじられ続ける限り、誰も本当の幸せにはなれません。
誰かが何かを変えなければ、何も変わりません。
何も変わらなければ、誰も…」
変えるとも…
変えて見せるとも…
父を降し…
必要と有れば…
最初は、
そうすれば、多くの
一方で…
末端では、私に味方する勢力も広がっている。
私は、彼らと共に守旧派勢力を迎え撃ち、戦いの火蓋を切って落とす。
そして…
少しずつ
いつの日にか、
しかし、その長く苛烈な戦いに、和幸を加えるつもりはない。
「誰も掴む事の出来なかった幸せを、誰かが最初に掴む事自体、何かを変える第一歩とは思わんか?」
私は、脳裏を過ぎり、喉元まで出かかる数多の言葉を呑み込むと、大きく吐息を一つついて和幸に言った。
「幸せを、最初に掴む事?」
「そうだ。この小屋の中で、束の間、智子と手にした細やかな幸せ…
その幸せを、一つ、また一つと掴み取って行く事が、何かを変える小さな一歩となる。」
私がもう一度言うと、和幸は、小屋の中一帯を、グルリ見回した。
『カズ兄ちゃん、トモ姉ちゃんと仲良くねー。』
満面笑顔で、元気よく和幸に手を振り見送る愛は、あの日も全裸であった。
『トモ姉ちゃんに優しくしてあげてね。』
そう言って、和幸に智子の手を握らせた菜穂は、二人目の子供を
他の仲間達も、未だ
皆が、心から祝福した和幸の幸福の結晶が、小さな小屋の中いっぱいに溢れかえっている。
二人で抱き合い、暖めあった布団…
二人で囲んで、雑炊を啜った囲炉裏…
二人で編んだ雨合羽や藁靴に雪靴…
二人で着物を縫った、裁縫道具…
壁には、色違いでお揃いの法被が、三着掛けられている。
『ねえ?これ、美香ちゃんに似合うかしら。』
秋…
収穫祭を前に縫い上げると、智子は、完成品を大きく広げてみせた。
『可愛く出来たじゃないか。よく似合うと思うよ。』
『本当は、浴衣も縫ってあげたかったわ。でも、今からじゃあ…』
『浴衣なら、シゲさんが用意してくれるって言ってたから、良いじゃないか。』
『何言ってるの。娘の浴衣は、母親が縫ってあげるものよ。人様から借りるなんて…』
『来年…夏の盆踊りまでには、縫ってあげれば良いじゃないか。』
『そうね…』
『僕達、もうすぐ人の親になるんだね。』
和幸が言うと、智子は満面の笑みで法被を抱きしめた。
『美香ちゃん、もう裸でいなくて良いのね。もう寒い思いしなくて良いのね。浴衣に法被だけじゃないわ。お母さん、可愛いおべべをたくさん縫ってあげないと…』
智子は、六年も前に逝った美香と希美を完全に混同してしまっていた。その希美も、あと数ヶ月で逝ってしまう事をすっかり忘れてしまっていた。
只々、希美がもうすぐ自分達の娘になる事に、幸せいっぱいだったのだ。
和幸もまた、そんな智子の姿を見て、束の間の幸せを噛み締めていた。
『ねえ、カズちゃんは何をこしらえているの?』
ふと…
智子は、和幸が何やら木材を組み立てているのに目を留めて尋ねた。
『これか?これは…内緒だ。』
『まあ、狡い!私はちゃんと教えてあげたのに!ねえ、教えて、何をこしらえてるの?それ、美香ちゃんの何でしょう?教えて、教えてー。』
『そうだな…どーしよーっかな…』
和幸は、木材の一つを取り上げ、ジーッと眺めやりながら、勿体ぶって言う。
『ねえ、教えてってばあ…』
智子は、和幸の肩に腕を回して揺すりながら…
『ねえ、お父さん。』
と、小首を傾げて顔を除き込んだ。
『うーん…』
和幸は更に勿体ぶった後…
『やっぱり内緒だ、お母さん。』
チョンと智子の鼻を小突いた。
『もう…お父さんったら…』
『お祭りの日には、ちゃんと完成させて、教えてあげるよ。それまでの楽しみだ。』
いかにも不満そうな流し目が、残念そうに和幸を睨め付ける。
そんな智子に…
『お祭り、待ち遠しいね。お祭りの日に、あの子をうちに迎えるんだからね。親子三人、仲良く暮らそうね…お母さん。』
和幸が言うと、智子はまた満面の笑みを零して、和幸の胸に顔を埋めた。
しかし、結局、和幸が何をこしらえていたのか、智子は見る事ができなかった。
あの日から程なく、智子の容体は急変…
半月足らずで逝ってしまったのだ。
ガラガラガラ…
小屋の玄関先。
木製車輪の音が止まる。
「お父さん。」
仔馬の形した箱車を押した菜穂が、外から戯けたように、呼びかける。
箱車の中から、おかっぱの希美が手を振っていた。
和幸は笑みを浮かべ、頷き応じる。
「お父さんに、良いもの作って貰ったね。」
箱車を覆う傘にふれながら私が言うと、希美は、掛け布団に包まり、ニコニコ笑って頷いた。
「上手く出来てるな。こうすると…」
言いながら、私が手押しの部分を軽く引くと…
「キャッ!」
いきなり、背もたれが倒れ、希美が声をあげた。
「希美ちゃん、大丈夫!」
慌てる菜穂に、希美はニコッと応じた。
「もう、
菜穂は、軽く眉を寄せて私を睨んだ。
かつて、大人しく淑やかで、いつも和幸の後ろに隠れていた菜穂が、最近妙に気が強くなっている。
「いや、すまんすまん。」
私が軽く頭を掻くと…
「希美ちゃん、
菜穂は、更に私を睨み付けて言った。
女は、子供が出来ると、こうも変わるものなのだろうか…
いや、そうではない…
菜穂が変わった一番の原因は…
「お祭り、もう終わってしまったけどね。これを希美ちゃんに…」
和幸は三着のうち、薄紅色の法被を希美に差し出した。
「わあ、可愛い!ねえ、着てみよう。」
私に剥れていた菜穂は、忽ち機嫌をなおして、ニコッと笑って頷く希美に、早速着せてやった。
希美は、嬉しそうに、着せてもらった法被の袖に頬ずりした。
「お祭り、行く。お神輿担ぐ。」
「希美ちゃんは担げないわよ。女の子じゃない。」
菜穂は、可笑しそうにクスクス笑った。
「お神輿はね、男の子しか担げないのよ。」
「担ぐ…」
希美は、両手で法被の裾を掴んで、ベソをかきだした。
「その代わり、お父さんが一番大きなお神輿を担いで見せてくれるわよ。お母さんと一緒に、わっしょい、わっしょいって、掛け声かけてあげようね。」
「うん。」
希美は、また、ニコニコ笑った。
「その母さんにもだ。」
和幸は、菜穂にも、智子が着るはずだった赤い法被を差し出した。
「わあ!嬉しい!」
菜穂が法被を着ると…
「来年…夏のお祭りまでには、また、戻ってこられるよ。父さんも母さんも、必要な手続きを全て済ませて、晴れて、
和幸も法被を着ながら、希美に言った。
「うん。」
希美は、嬉しそうに頷いた。
「お祭り、楽しみだね。早く来年の夏になると良いね。」
「うん。」
「僕の担ぐ御神輿を見て、盆踊りを踊って、ご馳走いっぱい食べるんだよ。」
「うん。」
「本当…待ち遠しいわね。」
益々、上機嫌に笑う希美の頬を撫でた後…
「でもね…」
何を思ったのか、突然、菜穂は和幸を睨みつけた。
「お酒は駄目よ!絶対、駄目だからね!」
釘を刺すように言った。
「そんな…祭に酒は…」
「いいえ!絶対、駄目ったら、駄目ーーーー!」
思わず尻込みする和幸に、菜穂は一層凄んで言った。
そう…
昨夜、岩戸屋敷でちょっとした酒宴が行われた。
シゲ婆、八十歳の誕生日だったのである。
幼い頃…
顔が崩れる皮膚病を患い、人生の殆どを捨てられた山奥で暮らし続けたのである。
拾里が建設され、岩戸屋敷が建てられると、此処に引き取られ、世話をされるよりは、皆の世話をし続けて生活をしていた。
重い性病を患い、やはりいつ顔が崩れるかわからない不安を抱えて生きる百合の、良き相談相手でもあれば、心強い協力者でもあった。
百合は、感謝していた。恩を返したいといつも思っていた。
八十の誕生日…
重い病気を抱えながら、良く生きてくれたと、心から祝うと同時に、これからは労ってやりたいと思ってた。
言わば、シゲ婆の引退式も兼ねていたのだ。
ところが…
『ワシもまだ八十の小娘じゃ。人生は、これからが本番じゃよ。これからも、うんと働かせて貰うよー。』
壇上にあげられ、挨拶をした時の第一声は、それであった。
唖然とする百合を他所に、周囲からは拍手と大歓声が上がった。
住人達も、百合からは引退式と聞かされ、頼りにしていたシゲ婆に、もう看てもらえないと思うと、不安と寂しさでいっぱいであった。
それが、これからが本番だと言われ、皆、喜ぶやら感激するやら…
更には…
『それにのう。この歳にして、ワシは男に想いを告げられたんじゃよ。』
『へぇー、マサ爺にかい?それとも、トキ爺にかい?』
『バカ言っちゃーいけないよ!わしゃ、あんなジジイまっぴらじゃー』
『何だと、失敬な!ワシだって、こんなババアに誰が惚れるかよ!』
忽ち広がる笑いの渦。
『想いを告げてくれたのは、カズ坊じゃよ。結婚して欲しいんじゃと。』
『まあ!』
思わず菜穂が声を上げ…
『カズ兄ちゃんったら、トモ姉ちゃん、アケ姉ちゃん、私でまだ飽き足らず、気が多いんだから。』
クスクス笑うと、周囲からまた、大爆笑の渦が広がった。
『ワシは、決心したよ!ナッちゃんさえ許してくれたら、ワシもカズちゃんの女になるよ。のう、ナッちゃんや、ワシもカズ坊の女にして貰って、良いかのう。』
シゲ婆が、崩れ去った顔いっぱいに笑顔を浮かべて言うと…
『良いわよ。シゲ婆さんだったら、大歓迎よ。みんなで楽しく暮らしましょ。ねえ、お父さん…』
菜穂が振り向いた刹那…
『まあ、まあ、カズ君ったら…』
百合が、慌てて和幸の元に駆け寄った。
側では…
『お父さん、ネンネ。ネンネ。』
希美が、いつの間にか大鼾をかいて大の字に寝てる和幸に、着ていた半纏を掛けてやっていた。
見れば、空にした一升瓶を抱え…
『シャーケ、シャーケ、オイヒーナー…』
と、寝言を口走っていた。
『まあ!カズ兄ちゃんったら、どうしちゃったの…』
呆気にとられて見つめる菜穂に…
『あー、ナッちゃんは知らなかったんだね。カズ君、此処ではとんでもない酒呑みなんだよ。』
『そうそう。弱いくせに、いつも大酒食らっちゃあ、その場で大の字になって、この通りさ…』
『風邪引いては大変と、トモちゃんをいつも心配させてたなー。』
誰かがそう言うと、皆一斉に笑い出した。
『カズ君、ほら、カズ君ってば…此処で寝たら駄目でしょう。起きて起きて…』
百合が必死に和幸を揺すり起こそうとすると…
『お父さん、おっき、おっき…』
希美も真似して和幸を揺すりだした。
この光景を前に、それまで上機嫌だった菜穂が、見る間に蒼白になった。
そして…
『でも、まあ…寝ちまっただけ、良いさね。』
『そうそう…酒呑んで外に出た日にゃ…山林に迷い込んで何日も帰れなくなって…』
『トモちゃんが亡くなった時もな…悲しいのはわかるけど…あんな、浴びる程酒呑んで、外に出ちまうから…』
『とうとう、あの失踪事件さね…百合さんは心配するわ、希美ちゃんはお父さんいないって大泣きするわ…』
そこまで聞き終えると、人の顔がここまで青白くなるものかと思われる程菜穂の血の気が引いて行き…
『みんなに散々心配かけておいて…そう言う事…だったのね…』
青白い炎の如く、両目をランランと燃え上がらせた。
そして、スーッと立ち上がると…
『おじさん、おばさん…バケツ十杯、お水汲んで来て…』
擦れるような声で、言い放ったのである。
「なあ、頼むよ、ナッちゃん…一杯だけ、一杯だけ、お酒…良いだろう?お祭りの日にさ…」
「ダーメッ!駄目ったら、駄目ーーーーっ!」
希美は、凄まじい菜穂の鬼の形相と、肩を落とす和幸のしょぼくれた顔を交互に見上げながら、次第に鼻を鳴らし始めた。今にも、ベソをかき出しそうである。
「大丈夫だよ、希美ちゃん。」
私は、苦笑いしながら希美の頭を撫でると…
「はい、ここまで、ここまで…」
手を叩きながら、眉をしかめて雷を落としそうな菜穂と、拗ねた顔する和幸の間に入った。
そう…
昨夜、シゲ婆誕生祝いの席で起きた事件…
それが、大人しく淑やかだった菜穂が、子供ができて強くなり、和幸の酒癖の悪さを知って怖くなった瞬間なのであった。
「さあさあ、谷のみんなにも、法被姿の希美ちゃんを見て貰おう。」
「うん。」
菜穂は、漸く笑顔を戻して希美の頭を撫でると、箱車を押し、谷の畦道を歩き始めた。
しかし、和幸を見る時の目つきは、まだまだ怖い…
雪は本格的に積もり始め、谷は銀白に染まりかけていた。
外に出て、雪掻きなどしてる人は、元気な人に限られ、後は殆ど小屋の中で家内作業に勤しんでいる。
「ねえ、ナッちゃん…」
和幸が声を掛けようとすると…
「フン!私、酔っ払いって嫌いなの!」
菜穂は一言そう言って、希美の箱車を押してぐんぐん先を行ってしまった。
和幸は、弱り果てた顔して一つため息をついた後…
『トモちゃん、見てるか?美香ちゃん、法被をあんなに喜んでいるよ。君がずっと…』
和幸は、懐から一枚の写真を取り出し、憂の眼差しで見つめた。
「カズ君…本当は、酔ってなどいなかったんじゃないか?
私の赴任前…
私が声を掛けると、無言で振り向く和幸は、目を逸らせた。
「君が失踪している間、
酔った振りして、岩戸屋敷を抜け出し…一体、何をやっていたのだ。」
和幸は、尚も無言で目を逸らし続けた。
「まあ、良いさ…」
今度は、私が和幸の顔から、遙か前方に目を移した。
「しかし、よく出来てるな、あの箱車…」
私は、菜穂が再び中に乗る希美と話し、クスクス笑いながら押す手押し車を見やりながら、思わず嘆息した。
「あれ、背負子にもなるんだったな。」
「はい。背もたれをまっすぐ倒し、車輪を外して背負い縄を取り付けると、背負子になります。板の取り外しや付け足しで多少の大きさ調節が可能で…赤ん坊から、トモちゃんやサナちゃんくらいの背丈の者まで背負う事が可能です。」
「成る程…それを、ナッちゃんは、わざわざあんなにバラバラにして、途方にくれていたわけか。」
「しかも、デタラメに組み立ててくれたから、なおすの大変でしたよ。」
言いながら、この前、天安川の河原で途方にくれていた菜穂を思い出し、私と和幸は笑いだした。
「あれ以外にも、随分作ったそうじゃないか。曲がった手、指の欠けた者が使う匙、欠けた足を補助する靴、寝たきりの者を風呂に入れる椅子と風呂桶…
岩戸屋敷でも評判だったぞ。」
「いえ…鍛治作業を要するものは、マサの奴がいないと大変でした。細かい部品、細工モノは、ヒデの奴がいないと…」
「で、調理中、勝手に材料ちょろまかして菓子を作るのは、茜ちゃん…調理中のユキちゃんにいちゃつきながら、摘み喰いするのは、リュウ君と…」
「
和幸は、苦笑いした。
「みんな…ここに来たら、ここの者達がどれだけ助かるだろうな。」
私が言うと、和幸は押し黙った。
また、写真を見つめる。
それは、智子がいつも見つめては、笑顔を消していた写真…
何か嬉しい事や楽しい事が起きかけては、それを眺めて、浮かびかけた笑顔を消していた写真…
智子は、そうやって、いつも自分に笑う事、喜ぶ事、何より幸せになる事を禁じていた。
「君も、美香ちゃんを引き摺って生きるつもりなのか?」
「引き摺るのではなく、忘れないつもりです。生きてる間、全く気にかけてやれなかったから…」
「良い心がけだ。今からでも遅くはない。これから、美香ちゃんを気にかけてやれば良い。出会う人、一人一人を美香ちゃんだと思ってな。」
和幸は、また、写真を見つめた。
法被を一枚だけ羽織り、後は何も身につけていない少女が、巫女装束の上に色違いでお揃いの法被を着た智子と、満面の笑顔で映るあの写真である。
裸の少女の名は美香…
私が、
赤兎は、下着一枚着る事を禁じられてるだけでなく、
寒さを凌ぐ為に、布団を掛ける事も、縮こまったり、踞ったりする事すらも禁じられてる。
それを破れば…
百合は、未だに足を引き摺っている。
私の母が、いつも寒さに震える百合を可哀想がり、布団を掛けてやった事が理由であった。
見つけた
殴る蹴るは当たり前。その上、右足の裏を焼き鏝で焼いたのである。
美香は、優しい子であったと言う。
自分は、下着一枚着る事が出来ないのに、手袋や襟巻きを編んでは、寒くないようにと、黒兎や白兎達にあげていたと言う。
和幸と智子も、よく貰っていた。
それも、いつも青と赤…色違いでお揃いの襟巻や手袋を貰っていた。
かつて…
和幸と智子は、今の和幸と菜穂の仲以上であったと言う。
オシドリ夫婦と言うより、金魚の糞と言う方が相応しい程、いつも二人は引っ付いて歩いていたと言う。
和幸は男が見ても美しく、智子は女が見ても愛らしい顔立ちをしていた。その上、二人とも何でもでき、何でも知り、誰にでも優しく面倒見がよかった。そんな二人は、理想の恋人として、
美香もまた、二人にとても憧れていたと言う。
単に寒くないようにと言う気配りとは別に、二人を着飾りたくて、他の
智子は、そんな美香をとても可愛がっていた。
自分はいつも裸でいなくてはいけないのに、他の
それで、他の年下の
美香は、憧れの智子に目をかけられてると知り、夢見るような思いになった。七歳のうちから、日がな一日、男達の玩具にされる苦痛も消し飛ぶほど、毎日が薔薇色に輝いて見えるようになった。前にも増して明るくなり、誰に会っても笑みを絶やさなくなったとも言う。
智子は、そんな美香が、可愛くもあれば、哀れで仕方なくもあった。来る日も来る日も、田打と称しては、
なのに、ただ、自分に可愛がられてる事だけを喜んで、いつも笑顔を絶やさない美香を見るのが、愛しくもあれば、辛くもあったのだ。
そして…
いつか、
智子は、自分にできる事があれば、何でもしてあげたいと思った。ほんの束の間、自分のした事で、美香を笑顔に、幸福にしてやれるなら、何もいらないと思った。
夏。
港で行われる海渡祭りの日。
和幸と智子は、お揃いの法被と浴衣を着て、集まる領民達の間を練り歩く花形になっていた。
そんな二人を、傍で酔っ払い達に玩具にされながら、美香はうっとりと見つめていたと言う。
『トモ姉ちゃん、法被凄く似合ってた。素敵だった。』
お祭りが終わった後…
美香は、智子に会うと、いつまでも、その時のことを思い出して、話し続けた。
そして…
『私も、法被、着てみたいな…』
何気なく言って、ニコッと笑った。
『カズ兄ちゃんとお揃いの法被着て、一緒に踊りたいな…トモ姉ちゃんみたいに、みんなの見てる前で、一緒に踊りたい…』
『カズ兄ちゃんって…美香ちゃん、ひょっとして?』
智子が聞き返すと、美香は思わず頬を赤くした。
『そうだったの、知らなかったわ…全然、気づかなかった。だったら、言ってくれればよかったのに…』
『だって…トモ姉ちゃんは、カズ兄ちゃんと…』
美香は、ますます顔を赤くして俯いた。
『そんな事、気にしなくても良いの。私に任せて。』
一月後。
『わあ!』
『美香ちゃん、ちょっとうちに寄って行きなさい。』
寸法の丁度合う法被が、壁にかけられていたからだ。それも、あの日の和幸と智子が着ていたものと、色違いのお揃いであった。
『あの、これ…』
美香が言いかけると…
『着て良いのよ。』
不意に、部屋に入ってきた智子が、法被をとって、美香に差し出した。
『え…でも…』
美香は不安そうに義隆の方を向くと、それまで気難しい顔をしていた義隆は、豊かに蓄えた顎髭を撫で、煙管を吹かしながら、幾分相好を崩して大きく頷いた。
美香は、両腕に乗せられた法被を、涙目で見つめた。
あの日、ずっと着たくてたまらなかった法被がそこにある。
それも、和幸と智子が着ていたのと、色違いでお揃いの法被であった。
薄紅色の可愛い法被…
ずっと着たかった法被…
しかし、それまで、ほんの少しでも何か身に纏えば、忽ち凄惨な仕置を受けた記憶が、着る事を躊躇させた。
『どうしたの?ほら、着よう。』
智子もあの日と同じ法被を着ながら、もう一度美香に促した。
『大丈夫、
義隆医師は、更に相好を崩し…
『ここには、私と
言いながら、念の為、部屋の障子も閉めた。
『それに…』
智子は、敢えて、大きく前開きに着せてやり…
『こうやって着れば、
美香を縦鏡の前に立たせてやった。
「わあ…」
それまで、涙目だった美香が、忽ち笑顔になった。
『トモ姉ちゃんとお揃いだ。』
『美香ちゃん、可愛い。とっても可愛い。』
智子が言うと、美香は嬉しそうに法被の袖裾に頬ずりした。
しかし、それが法被の裾で胸を隠してる事を知ると、美香はまた怯え出した。
『美香ちゃん、今日は大丈夫なのよ。
智子が言うと、美香はまた笑顔になった。
美香は、鏡の前でクルクル回りながら、法被姿の自分に見惚れ続けた。
智子は、そんな美香を見つめながら、しゃくり上げ、袖裾で目を覆う。
『美香ちゃん、法被だけであんなに喜ぶなんて…浴衣着せてあげたい…浴衣着せてあげたいよ…』
智子は、
『トモ姉ちゃん、どうしたの?』
振り向けば、智子がシクシク泣いてる事に気付き、美香は心配そうに首を傾げて顔を除き込んだ。
『そうだ…二人で写真撮らないか?』
智子が答える代わりに、
『うん。』
美香は、また、嬉しそうに大きく頷いた。
その日から、月に一度、当時の
最初は、単にお揃いの法被を着て写真を撮るだけだったが、そのうち、盆踊りの練習を始めた。
『上手に踊れるようになったら、カズちゃんを此処に連れてこようね。それで、美香ちゃんとカズちゃんの二人だけで踊って、写真を撮るの。』
『えー、良いの?だって、本当はカズ兄ちゃんの事を、トモ姉ちゃんが好きなんでしょう?本当に、そんな事して良いの?』
『その代わり、ちゃんと踊れるように練習するのよ。ちゃんと踊れるようになったら、カズちゃんと踊るだけじゃない。カズちゃんに、好きだって言っても良いわ。カズちゃんが、そうしても良いよって、言ったら、お嫁さんになってもかまわなくてよ。』
『わあ!本当?』
『本当に、本当。だから、もう一度、練習しよう。』
『うん。』
そして…
既に夏は遠く、実りの秋が過ぎ、長い冬が訪れた。
『美香ちゃん、上手に踊れるようになったじゃない。』
『本当?本当に上手に踊れてる?』
『ええ、もう完璧だわ。カズちゃんと踊ってもちっとも可笑しくないわ。』
『そうかな…カズ兄ちゃん、何踊らせても凄く上手だからな…まだ、一緒に踊るの恥ずかしいな…』
『そんな事ない、そんな事ない。ねえ、先生。』
当初、何処か厳つく近寄り難く思えていた
その日も、煙管を吹かしながら、目を細めて頷いた。
『さあ、次は、カズ兄ちゃんと二人だけで、踊ろうね。それで、上手に踊れるところを見てもらって…好きだって、言うのよ。』
智子が言うと、美香は顔を真っ赤にして俯いた。
『なーに、恥ずかしがってるの?将来、お嫁さんにして貰うんでしょう?』
美香は、人差し指を突きあわせてモジモジしながら、益々顔を赤くした。
そして、漸く顔を上げると…
『私、カズ兄ちゃんのお嫁さんにならなくて良いの。お嫁さんには、トモ姉ちゃんがなって。』
『どうしたの、急に?美香ちゃん、カズちゃんにお嫁さんにして貰う為に頑張ったんじゃないの?』
『ううん…だって、私、カズ兄ちゃんも好きだけど、トモ姉ちゃんも大好きだもん。だから、私、カズ兄ちゃんのお嫁さんにならない。お嫁さんには、トモ姉ちゃんがなって。』
『美香ちゃん…』
『その代わり、私、カズ兄ちゃんとトモ姉ちゃんの娘になる。』
『えーーー!どうして、また…妹じゃなくて、娘なの?』
『だって…私のお父さんとお母さん、私が赤兎にされてじきに死んでしまって、寂しかったから…ずっと、お父さんとお母さん、欲しかったから…だから…』
『そうだったの…』
『ねえ、私のお母さんになってくれる?』
『そうね…五歳しか違わないのに、親子って言うのも…でも、良いわ。お母さんになってあげる。』
『わあ!ありがとう!』
美香は、思わず智子に抱きついた。
『それじゃあ、今度、私とカズ兄ちゃんの二人じゃなくて、トモ姉ちゃんと三人で踊ろう。それで、三人でお揃いの法被着た写真撮るの。
ねえ、お母さん。』
『そうね、三人で踊って、三人で写真撮りましょうね。』
智子が、美香の頬を撫でて言うと、二人は満面の笑みを交わし合った。
その日から、美香は、一月後を楽しみに、毎日心ときめかせて過ごしていた。
智子と顔を合わせては、二人だけの秘密の日…次は、大事な一人を仲間に加える事を思って、特別の笑顔を交わし合っていた。
美香の毎日は、何も変わらなかった。
当時の
特に、どんな陵辱をされても、羞恥や苦痛を訴える事を許されない美香を、面白半分にいたぶり苛めぬいて喜んでいた。
こんな小さな子に、よく飽きもせずと思われる程、暇さえあれば陵辱を加えていた。昼間から他に仕事がないのかと思われる程、
美香が、何か理由をつけては暴行され、泣き叫ぶのを見聞きしない日は、一日たりともなかった。
それでも、毎日ボロボロになりながら、美香は笑顔を絶やす事がなかった。
あと一月過ぎれば…
あと半月過ぎれば…
あと一週間過ぎれば…
和幸とお揃いの法被着て、一緒に踊れる…
智子と和幸…
三人だけのお祭りを楽しめる…
いつも、お内裏様とお雛様のように憧れている、和幸と智子が揃って踊るのを目の当たりにできる…
何より…
その二人と一緒に自分も踊れるのだ…
しかし…
『カズちゃん、美香ちゃんがね、大事なお話をしたがってるの。』
『美香ちゃんが、僕に?』
『そう。とっても楽しくて良い話…聞いてくれる?』
いよいよ、その日を前日に控えた日…
智子が、なかなか恥ずかしがって言い出せない美香に、和幸と話す機会を設けようとした時の事…
『キャーーーーーーー!!!!』
凄まじい絶叫が聞こえてきた。
『美香ちゃん!』
智子は、血相を変えて駆け出した。
今日もまた、何か適当な言い掛かりをつけられ、いたぶられているのだろう。
『お許し下さい!お許し下さい!キャーーーーーーー!!!!!!』
智子がかけつけると、美香は、
と…
『ヒヒッ…ヒヒヒヒヒッ…』
信彦は、頬を痙攣らせ、薄気味悪い笑い声をあげると、美香の
『キャーーーーーーー!!!!!』
美香は、文字通り火がついたような叫び声をあげた。
それは、練り山葵に一味唐辛子と粗塩をたっぷり混ぜ合わせたものであった。
それを、連日の陵辱で裂けてしまった、
『キャーーーーーーー!!!!!』
美香が身を捩って、凄まじい声を上げて泣き叫ぶと、信彦は忽ち袴の股間をぐっしょり濡らした。
信彦には、穂柱がない。昔、黒兎の秀行に口でやらせようとした時、噛み千切られたのである。
しかし、穂袋はあり、精力もある。
なまじ、穂袋も精力も残しながら、穂柱を失った事が、元々残忍な性癖を持つ彼の性格を更に歪ませた。
通常の
『美香、もう一度聞くよ。これは、何なのかな?』
興に入る…まさに、そんな感じであった。
そうする事が、何よりも楽しく嬉しいと言う面持ちで、ニヤけていた。
『お許しください….お許し下さい…お願いします…お願いします…』
美香は、写真を見て全身を震わせながら、ひたすら許しを乞い続けた。
想像を絶する
『許して下さいじゃあ、わからないな。ワシは、これは何なのかって聞いてるんだよ。』
信彦も、ニィッと笑うと、壺から赤いものをたっぷり掬い上げた指を、今度は参道の中に捻じ込み、乱暴に掻き回し始めた。
『キャーーーーーーーッ!!!!』
美香は絶叫すると、また、信彦の股間が失禁したように濡れ出す。
『やめてっ!』
智子は、信彦の腕に取り縋って哀願した。
『美香ちゃん、悪くありません!私です!私が悪いのです!私が!私が!』
『コラッ!離せ!邪魔するな!』
信彦が智子を思い切り蹴飛ばすと、別の
『お願いします!美香ちゃんを許してあげて下さい!私なんです!私が悪いんです!』
『それじゃあ、お前が、この写真の説明をしてくれると言うのかな?』
智子に突きつける写真には、お揃いの法被を着て満面の笑みをこぼす、美香と智子の姿が写されていた。
『アァァァーーー!!!!』
また、美香が悲痛な声をあげた。
信彦が、一度引き抜いた指に、また、たっぷりと赤いものを掬って、再度美香の参道に捻り込み、前にも増して乱暴に掻き回したのだ。
『痛い!痛い!痛い!トモ姉ちゃん、助けて!助けて!キャーーーーーーー!!!!』
『やめて!お願い、もう辞めて!』
智子は、激しく踠きながら、哀願した。
『美香ちゃん、許してあげて下さい!仕置きするなら、私を!私を、お願いします!』
『お前も、美香と同じで分からん奴だな。ワシは、この写真の説明をしろと言ってるんだよ。
赤兎の美香が、何で、こんなもん着てるんだ?』
すると、側に控えていた禰宜の
『おい、仰向けに寝かせろ。』
通が命じると、
『美香や、最近、お乳が少し膨らんで、固くなってきたな。』
『ヒィィーーーーーーッ!!!!』
美香が、乳房の痼りを捻り上げられる激痛に悲鳴をあげると、
『やれ!』
顎をしゃするのを合図に、通と聡は、美香の仄かに膨らみかけた胸を目掛けて、交互に打ち据え出した。
忽ち、美香は、耳を劈くような声で絶叫した。
『美香ちゃん…』
側で押さえつけられる智子も泣き出した。
『ほら、泣いてないで説明しろ。お前だって、知ってるだろう?赤兎は、最初の子を孕むまで、布切れ一枚身に纏う事を許されてない事くらいな。だのに、何で、こんなもん着てるのかを説明しろと言ってるんだ。こんな簡単な事、何故言えん。』
『私が着せました…』
智子は、しゃくりあげながら言った。
『何だって?』
『私が着せてあげました…お祭りの日、美香ちゃんだけ、浴衣も法被も着せて貰えなくて、可哀想だったから…』
『つまり、美香は赤兎の分際で、人が着てる浴衣や法被を羨ましがった、着たがっていた。そう言う訳なんだな。』
また、美香の絶叫がこだまする。
『違います!私が着せてあげたかったのです!美香ちゃん…美香ちゃん…これまで一度も人が着てるものを羨ましがった事も、自分が着たがった事もありません!それどころか…』
智子は、激しく嗚咽し、声を詰まらせながら言った。
『この子、自分は何も着せて貰えないのに、私達の為にいつも手袋や襟巻きを編んでくれました…自分はいつも震えて暮らしてるのに、私達が寒くないようにって…だから…』
『それで、お前が着せてやったと…でも、着たのは、美香だな。赤兎の禁忌を破ったのは、美香だな。』
眞悟は憎々しげに言いながら、今度は思い切り美香の胸の膨らみを踏みつけた。
『お願いです…もう、許してあげて下さい…禁忌を破ったのは私です。私が美香ちゃんに着せたんです…あんまり…あんまり、可哀想だから…
それに…美香ちゃん、
『成る程、確かに…』
『確かに、悪い了見の姉さんに法被を着せられても、此処はちゃんと丸出しにしてるな。』
言いながら、信彦がもつ壺から、たっぷり赤いものを指で掬い上げ、参道に捻じ込み掻き回し出した。
『キャーーーーーーー!!!』
『よしよし、その点は良い心がけだ。偉い偉い…とっても偉いぞ。』
『離してやれ…』
美香を押さえつける
『美香ちゃん!』
『トモ姉ちゃん!』
美香は、漸く解放されると、駆け寄る智子に飛びつこうとした。
刹那…
『痛っ!』
美香は、赤いものを捻じ込まれ、掻き回された参道に激痛が走り、股間を抑えて蹲った。
すると…
『おまえ、何そこを隠してるんだ?』
『美香ちゃん!』
智子は、美香の側へ駆けよろうとするより早く、また、俯せに押さえつけられた。
『あれだけ仕置されても、まだ、自分の立場をわきまえられないようだな…』
最早、悲鳴をあげる力もない美香は、呻き声を漏らした。
『連れて行け。』
眞悟宮司が顎をしゃくると、
『お願い…もう、やめて…仕置するなら私にして…私が、禁忌を破ったの…私が、美香ちゃんに法被を着せたの…私が悪い事したの…だから、私、どんな仕置も受けます…だから、だから…』
『そうだ、おまえが悪いんだ。』
『おまえが、浅はかな気持ちでした事が、どんな結果を招いたか、その目でじっくり見ておくと良いさ。
それと、もののついでに教えてやろう。あのヤブ
『そんな…先生が…』
『おまえが、つまらん事をあいつに頼み込んだ結果だ…おまえが、あのヤブ
『先生まで、私のせいで…私のせいで…』
蒼白になって、その場に滝崩れる智子を後ろにし…
『さあて、おまえのせいで、美香がどんな目に合うかじっくり見ながら、自分のしでかした事をじっくり考えるが良いさ。』
ゲラゲラ笑いながら、美香を引きずり連れ去った
大雪の中。
境内に聳える大木の一つに、美香は全裸で何日も縛りつけられた。
その間、絶え間なく氷の貼る井戸の冷水を浴びせられ、気を失いかけると、
『おうおう、可哀想に…智子のせいで、こんなに凍えちまって…よしよし、今、思い切り暖めてやるからな。』
禰宜や権禰宜、祝彦達は、そう言っては、息も絶え絶えの美香を陵辱した。
誰一人、大雪の中、大木に縛り付けられて震える美香に同情する者はいなかった。
そんな光景を目の当たりにした蔵の中に、智子は閉じ込められていた。
『お願いします!私が、代わります!私が代わりますから、美香ちゃんを、中に入れてあげて下さい!お願いします!お願いします!』
智子は、次第に弱り行く美香を目の前に、激しく蔵の戸を打ち据えながら、泣き叫んで哀願し続けた。
『寒いよう…トモ姉ちゃん…寒いよう…』
当初…
美香は、朧に霞む蔵の中の智子の方を向いて、凍え震え続けた。
どんなに寒くても、
ほんの少しでも、
『おまえ、何、
ある時に至っては…
通と聡が火鉢を抱えてやってきたかと思うと…
『そうか、そうか、そんなに寒いのか、可哀想にな。それじゃあ、たっぷり暖めてやろうな。』
言うなり、中で真っ赤に焼けた焼火ばしを取り出し、美香の足の指や指の間、足の裏に押し当てたり、突き刺したりした。
しかし、そのうち、そうされても泣き叫ぶ力すら失っていった。
もう、自分がどこで何されてるのかもわからなくなっていった。
そうなると…
『トモ姉ちゃん…三人で…盆踊り…写真…』
美香は、もう寒さを訴える事もなくなり、譫言のように呟いて、智子にニコニコ笑いかけるようになった。
そうして、何日目の事だろう…
『トモ姉ちゃん…好き…大好き…私の…お…母さん…』
最後にそう呟くと、もう一度、満面の笑みを零しながら静かにその場に崩折れた。
『美香ちゃん!嫌よ!嫌!嫌!美香ちゃん、起きて!目を開けて!法被着せてあげるから!浴衣も、可愛いおべべもいっぱい着せてあげるから!だから、目を開けて!目を開けてよー!』
しかし、狂ったように泣き叫ぶ智子の前で、美香は二度と目を開ける事も、動く事もなかった。
『どうだ、友達を殺した気分は。』
『美香も可哀想になあ、智子の浅はかさのせいで、こんなに冷たくなっちまって…
智子、美香の顔をよーっく見ておけよ。こいつは、おまえが殺したんだぞ、おまえがな。』
智子は、何も答えず、ただただ、美香の亡骸を抱きしめ、泣き続けた。
『おまえが殺した責任だ。美香の死体を片付けてこい。』
そして、美香の亡骸を裸のまま、智子に背負子で担がせ、
『美香ちゃん、ごめんね…私のせいで…私のせいで。』
智子は、道すがら、背中の美香に何度も何度も謝り続けながら、歩き続けた。
やがて、長い長い道のりの末、漸く
『おろせっ!』
智子は立ち止まると、背負子の背負縄を握りしめ、身を固くした。
『何してる!早くおろせ!』
鋭太郎は、更に声を荒げて命じた。
智子は、応じる代わりに、眼下の断崖を見下ろした。
益々激しく吹雪く風…
凍てつく海は、激しく波を岸壁に打ち付けていた。
智子は、泣く泣く美香の亡骸を降ろすと、羽織りを脱ぎ、美香の亡骸に着せてやろうとした。
『何やってんだ!』
鋭太郎は、智子を激しく蹴って突き放すと、美香に着せられた羽織りを、乱暴に剥ぎ取った。
『嫌っ!』
智子は、激しく泣き叫ぶと、美香の亡骸に取り縋った。
『嫌っ!嫌っ!美香ちゃんに何か着せてあげて!お願い!何か着せてあげて!』
『何、馬鹿な事を言ってるんだ!赤兎は、死んでも何も着る事は許されない!おまえ、知ってるだろう!離せ!離すんだ!』
鋭太郎が怒鳴りつけると、
『嫌よ!嫌っ!嫌っ!美香ちゃんに何か着せてあげて!こんなに寒いのに、裸で海に捨てる何て可哀想よ!可哀想よ!』
しかし、
『お願いします!美香ちゃんに何か着せてあげて下さい!お願いします!お願いします!美香ちゃん、可哀想!裸のまま捨てないで…捨てないで…』
やがて…
更に激しく岸壁を打ち付ける波…
肌を刺すように吹雪く風…
『えぇぃっ!離せって言ってるだろうが!!!』
尚も美香の亡骸に縋りつこうとする智子が、鋭太郎に無理やり引き離され、蹴飛ばされ、激しく打ち据えられる傍…
美香の小さな亡骸は、
『なーに、寒かないさ。』
『この辺りは、鱶が多いんだ。あっと言う間に食われて、温い胃袋の中に行けるだろうさ。』
代わる代わる智子の肩を叩き、
『美香ちゃん、ごめんね…ごめんね…美香ちゃん、ごめんね…』
智子は、美香が投げ捨てられた崖縁に座り込み、両手が擦り切れる程地面を叩きつけながら、いつまで慟哭し続けた。
「目の前の美香ちゃんを、一人ずつ幸せにしてやれ。」
私は、いつまでも写真を見つめて立ち尽くす和幸の肩に手を乗せて言った。
「目の前の美香ちゃんを幸せにしながら、自分も幸せを掴め。誰かが掴めなかった幸せを誰かに掴ませ、自分も幸せを掴む。その積み重ねが、何かをほんの少し変えて行く。私はそう思うよ。」
和幸は、何も言葉を発する事なく、ただ、憂いに満ちた切れ長の眼差しを私に向けた。
「何より、トモちゃんと美香ちゃんが、君の幸せを喜ぶだろう。後三月…希美ちゃんの若い父親をしながら、じっくり考えると良い。」
振り向けば…
菜穂は、相変わらず希美と楽しそうに話しながら、箱車を押して、畦道を歩いている。
どんな話をしてるのだろう…
希美は、箱車の中で、始終クスクスと笑い続けていた。
「ナッちゃん、希美ちゃん。」
和幸が二人を追いながら呼びかけると、菜穂は足を止め、希美と二人で、和幸の方を振り向いた。
「ここを出る前に、写真を撮らないか?」
「写真?」
「そう、写真だよ。お揃いの法被着て、ここの思い出に写真を撮ろう。」
和幸が、菜穂と希美を両腕に抱いて言うと…
「わあ!素敵!」
菜穂は、手を叩いて喜んだ。
「ねえ、希美ちゃん。お父さんとお母さんと三人で、お写真撮りましょうね。」
菜穂が言うと…
「うん。」
希美も、満面の笑顔で頷いた。