※この作品はR-18です。

兎神伝〜紅兎   作:和心

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(3)前進

(3)前進

 

鱶見本社領(ふかみのもとつやしろのかなめ)に通ずる一本道に入って以来、その気配はずっと私達の後を静かにつけていた。

此処に私達が辿り着く事を、いつどのように知ったのだろう…

いつもそうだ…

彼は、私が思うよりも先に私の思うところを察し、そうなる事を望むよりも先に、それを遂行する。

そして…

私の向かう所には、必ず私よりも先に辿り着く。

但し…

私に付き従うのも、行き先で姿を現わすのも、私にとってそうする事が必要だと、彼が感じた時に限られる。

『困ったものだな…』

私は、その気配を感じながら思う。

私の前では、その気配に気づいているのかいないのか、和幸が、希美をあやしながら箱車を押す菜穂を愛しそうに見つめていた。

菜穂は、何か話しかけ、ケラケラ笑いだす希美に、巷でよく歌われる旅の歌を、素っ頓狂な声で歌い始めた。

「どーこかで ー、だーれかがー

きーっと、待って、いてくれるー

くーもは焼けー、道は乾きー

陽はー、いつまでも、沈まないー

こころはー、むかーしー、死んだー」

希美もまた、菜穂に合わせて歌いだした。

と、言っても、歌詞などさっぱりわからなければ、理解もしてないので、鼻を鳴らしてるだけなのだが…

「まあ、希美ちゃん、お歌上手ねー。」

途中、菜穂が頬を撫でて褒めてやると、希美は嬉しそうに笑いながら、やはり、歌の歌詞も意味もさっぱりなまま、一層気を良くして、鼻を鳴らし出した。

「ねえ、お父さんも歌おう。」

不意に、菜穂が和幸に言うと…

「えっ?僕も歌うの?」

戸惑う和幸に…

「歌う、歌う、お父さん、歌う。」

希美も菜穂と一緒になって、和幸の袖を引っ張った。

「しょうがないな…」

和幸は、軽く苦笑いして頭を掻くと、菜穂と希美に合わせて歌いだした。

「ほほえみには ー、会ったーこともないー

きのうなんか知らないー

きょうはー旅をーひとりー」

私は、少し離れた三人の後ろから、歌に聴き入りながら、ふと思う。

この気配の主に本当に願っているのは、こう言う事なのにと…

私の思いを逸早く察するはずの気配の主は、いつになったら、私が本当に願っている事を察してくれるのだろうか…

『余り、邪険にしないでやっておくれ…』

脳裏には、気配の主を育ててくれた叔母の玖玻璃(くはり)が、穏やかな笑みを浮かべて言う声が過って行く。

その時…

気配のする方から、物悲しい木枯らしに似た口笛の音…

『これは…』

和幸は静かに立ち止まった。

「けーれどもー、どーこかでー

おまえーはー、待ーってー、いてくれるー

きーっとー、おーまえはー

風のー中でー、待ってーいるー」

和幸の傍では、相変わらず、何も気付かぬ菜穂が、ケラケラ笑いながら鼻歌を口ずさむ希美と、下手くそな歌を歌っている。

口笛には、全く気付いてないようだ。

「カズ兄ちゃん、どうしたの?」

「どちたの?」

漸く歌い辞めた菜穂が、小首を傾げて、和幸の顔を見上げると、真似して希美も和幸の顔を見上げた。

和幸は何も答えず目を瞑り、更に研ぎ澄ませた耳を、気配の方に傾けるや、素早く右手を上げて空を掴む。

「お父さん、これ…」

菜穂が、和幸の手に握られたものを見て目を丸くすると…

「お父さん、取った、取った、捕まえたー。」

希美は、手を叩いてはしゃぎ出した。

「黒塗りの竹楊枝…」

和幸は、手に握られた六寸半の楊枝を見つめて呟いた。

すると…

「まあ!里一(さといち)さん!」

いつの間にそこにいたのか…

菜穂は、目の前の岩石に腰掛ける男の姿に目を止めて声を上げた。

「サトイッちゃん、サトイッちゃん…」

希美がまた、菜穂の口真似をして、ケラケラ笑い出した。

三度笠に藍色の裾長い引回し合羽を纏った、頬に切り傷のある男は、盲人杖の仕込みで器用に楊枝を削りながら、静かに顔を上げた。

「木枯らしの口笛に、黒い六寸半の竹楊枝…撤退の合図でしたね。」

和幸が微かに口元を綻ばせて言うと…

「あっしの目には、おめえさんが、良からぬ方に進もうとされてるように見受けられやしたんでねえ。」

三度笠の男はニィッと笑って言うと、削ったばかりの長楊枝を咥えて立ち上がった。

視点の定まらぬ眼差し…

されど、一応手にする盲人杖をつこうともせず、軽やかな足取りでこちらに向かう姿からは、凡そ彼が盲目とは信じがたい。

「僕が、良からぬ方向?」

和幸が怪訝そうに首を傾げると…

「修羅の道にござんすよ。悪い事は言いやせん、お辞めなせえ。こんなに良いカミさんと、今じゃあ、可愛いお嬢さんまでいなさるじゃあ、ござんせんか。確か、希美ちゃんでござんしたね。」

三度笠の男は言いながら、希美の頬を撫でた。

「サトイッちゃん、サトイッちゃん。」

希美は、三度笠の男のザラついた手に頬ずりしながら、満面の笑みを零した。

「まあ!里一さん、希美ちゃんの事をもうご存知でしたの?」

菜穂が感嘆の声をあげると…

「あっしは、めくらな分、地獄耳にござんすよ。」

里一は、またニィッと笑った。

「菜穂さんは、しっかり者のお嬢さんだ。こんな可愛いお嬢ちゃんまでおできなすったんだ、旦那が間違った道を行かぬよう、しっかり見張ってるんですぜ。」

「それはもう!カズ兄ちゃんは、お父さんなんですもの!悪さなんか、絶対させないわ!お酒だって絶対呑ませないし、突然何処かに姿を眩ませて、みんなを心配させるなんて、もう二度とさせないんですから!」

菜穂は、和幸の腕に齧り付き、口を尖らせながら、顔を見上て言った。

「そっか…ナッちゃんは、そうやって僕を縛るのか…それじゃあ仕方ない。何処にも行けない分、片っ端から、女の子に手をつけるかな。社(やしろ)の子達は勿論…最近は、神饌組の女の子達も、何かと言い寄ってきてくれるからねー。片っ端から手をつけよーっと…そう言えば、綾ちゃん…他の子達はみーんな男ができたのに、あの子だけ生娘のまんまで寂しがってたから…」

和幸が悪戯っぽく言うと…

「あーっ!お父さん、酷い!狡い!私も、社領(やしろのかなめ)のおじさん達と色々で、文句言えないのを良い事に、酷いわ!」

菜穂は、忽ち、口を尖らせ涙目になった。

「あ…いや、そう言う意味じゃないよ…そう言う意味じゃなくて…」

和幸が慌てて何か取り繕って言おうとすると…

「お父さん、お母さん虐めたー!」

希美が、プーッと頬を膨らませ顔を和幸に向けた。

「まいったなー」

和幸は、益々バツの悪い顔をして、頭を掻き出す。

里一は、そんなやりとりを見て、ククク…と笑った。

「とにかく…」

と、里一は和幸の耳元に口を寄せ…

「もう、革命とやらを考えるのはおよしなせえ。また、大事な人を、大勢死なせやすぜ。」

囁きかけるように言うと、一瞬、和幸から笑顔が消え、刺すような鋭い流し目を里一に向けた。

「里一、お前もだ。」

私が横から口を出して言うと、里一は急に身を引き締めてひれ伏した。

「お久しゅうござんす、親父さん。」

「何が、お久しゅうだ。拾里を出たあたりから、ずっとつけていたんだろう?」

「気づいてらしたんで…」

「おいおい、その身なりで、あれだけ気を放ちながら付け回しておいて、気づいてらしたはないだろう。」

「でも、和幸さんと菜穂さんは、気づきやせんでしたぜ…」

「あんな調子の二人に気づかれなかったって?」

私が横目を向けて溜め息をつくと…

「私がどんな思いで、お父さん以外の男達に抱かれてるかも知らないで!片っ端から女の子に手をつけるなんて!意地悪!お父さんの意地悪!」

「いや…その…あの…僕はそんなつもりじゃなくて…」

「良いわよ!良いわよ!神饌組の綾ちゃんでも小牧ちゃんでも、好きなだけ手を出せば良いわ!もう知らない!お父さんなんて、大っ嫌い!」

菜穂は、嫌々をしながら、両目に手を当てて、「エーンッ!」と泣き出した。

「確かに…あれでは、真正面から熊に襲われても気づきそうにありやせんな…」

里一も、二人のやり取りに呆れ顔で首を振った。

「そんな事より…」

私は、もう一度深く吐息をつき、改めて里一に言った。

「もう、総宮社(ふさつみやしろ)や聖領(ひじりのかなめ)を探り回るのはよせ。聖宮社(ひじりのかなめ)が占領軍元帥と進めてる新兵器開発を巡って、神領(かむのかなめ)と聖領(ひじりのかなめ)が抗争していたのは十年以上も前の話だ。元帥は既に元首に更迭され、新兵器開発のきっかけとなった旧植民地の内戦も停戦した。

今は、占領軍砦も新兵器開発も、元首管轄となって事は解決済み…

全ては終わった話だよ。」

「鱶背社領(ふかせつやしろのかなめ)の件、総宮社(ふさつみやしろ)と聖宮社(ひじりのみややしろ)の双方から、思ってる以上に重く見られてる…と、言われやしてもでござんすか?」

「あの件は…」

「聖宮社(ひじりのみやしろ)が占領軍と開発中の新兵器を、楽土に売ろうとする輩を成敗された…でやしたね。」

「その通りだ。父上もいたく喜んでおられた。」

「表向きは…

しかし、その黒幕は…」

「私には関わりのない事だ。上の連中が何を開発しようと興味なければ、それを占領軍にくれてやろうと、楽土や楽園に売ろうと…或いは、明星国に奪われたところで、知った事ではない。むしろ、私は…」

私が言いかけた時…

「ごめん、ごめん、ナッちゃん、ごめん…ほら、もう泣かない泣かない…」

箱車に突っ伏して泣き出す菜穂を、和幸は必死に宥め出していた。

「わかった、わかった…社(やしろ)に戻っても、ナッちゃん以外の子に手を出したりしないから、約束するから…」

「そんな事言って…そんな事言って…社(やしろ)に戻ったら…」

菜穂は、ますます声を上げて泣き出した。

すると…

「お父さん、お母さん泣かせたー!嫌い!」

希美が、菜穂の肩もって、プイッとそっぽ向いた。

「参ったな…ナッちゃん、本当、これからは、何でも言う事聞くから、もう機嫌なおしておくれよ…」

「本当?本当に何でも言う事聞いてくれる?」

「約束するよ。ナッちゃんの言う事は、何でもきくよ。」

「それじゃあね…」

菜穂は、急に満面の笑みを向け…

「おいおい、嘘泣きだったのか?」

呆れ顔で言う和幸に、両手を上げ広げた。

「まさか、此処で抱っこか?」

「ううん。希美ちゃんと一緒に、これ乗りたい。」

「しょうがないな…」

和幸は、希美を乗せたまま、箱車を手際よく組み立てなおして、内側を広くすると、菜穂をひょいと抱き抱えて、中に乗せた。

「わあ!とっても乗り心地良いんだ。」

菜穂は、箱車の中で希美を抱きながら言うとクスクス笑いだした。

希美も、菜穂と一緒に笑い出す。

「ねえ、お父さん、押してー。」

菜穂が和幸の袖裾を引っ張ってせがむと…

「お父さん、押す。お父さん、押す。」

希美も菜穂に習って、和幸の袖裾を引っ張った。

「はいはい、我がままお姫様。」

和幸は、やれやれと首を振りながら、大きく溜息をつくと、二人を乗せた箱車を押し始めた。

「どーこかでー、だれかがー

きーっとー、待ーってー、いてーくれる

血はー流れー、皮はー、裂けるー

痛みはー、 生きているー、しるしだー

いくつー、 峠をー、こえたー

どこーにもー、ふるさとはーない

泣くーやつはーだれだー

このうえー、何がー、ほしいー」

中では、菜穂がまた素っ頓狂な声で下手くそな歌を歌い出し、希美が鼻を鳴らしながら、和幸にニコニコ笑いかけた。

「けーれどもー、どーこかでー

おまえはー、待ってー、いてくれるー

きーっとー、おーまえはー

風のー中でー、待ってーいるー」

和幸は、二人の笑顔を見ると、もう一つ大きな溜息をつきながらも、愛しそうな笑みを返して一緒に歌いだした。

「そう言えば、伊吹には二人目の子ができたそうだな。」

「へい。今度は、女の子でござんす。」

「私としては、お前にも、そう言う幸せを掴んで欲しいんだけどな…

もう、危険をおかしてまで、つまらん陰謀に首を突っ込まないで欲しい。」

「幸せでござんすか…」

「そうだ。ユカちゃんの事、いつまで放っておく気だ?」

「由香里さん…」

「ユカちゃんも、今年で二十一になる。とっくに兎神子(とみこ)を解かれてる彼女が、何故、未だに社(やしろ)を出ないと思う?お前も男なら、まずは、自分を待ち続けてくれる女一人を幸せにしてみせろ。」

「それを言うなら…

そのお言葉、そっくりそのまんま、親父さんに返しやすぜ。」

里一は、咥えた長楊枝を飛ばし、近くの小枝に突き刺した。

「四寸、色無しの竹楊枝…前進せよの合図か…」

私が呟くと、里一はニィッと含み笑いをした。

「あの時、親父さんは、あっしに仰られたではありませんか。兄貴なら、弟達の生きる道を見つけ出せと…

だから、あっしはずっと、弟や妹達の生きる道をひたすら探しやした。」

「それが、上の連中の下らん陰謀に首を突っ込む事か?」

「作用でござんす。あっしとて、上の連中が作ろうとしてる、核弾頭とか言う、大筒も使わずに飛ばせる巨大な爆弾何ぞに興味ありやせん。

ただ…

このネタの使い方によっては、愛さんの聖領(ひじりのかなめ)行きを阻止できやす。

皮剥と赤兎の兎弊を全面廃止できると言いやしたらどうしやすか?」

「何だと?」

「あっしには、わかっておりやすぜ。親父さんは、未だに愛さんを赤兎にするのを阻止できなかった事を悔やまれていやす。だから、聖領(ひじりのかなめ)行きは阻止したい…皮剥と赤兎の兎弊を廃止したい…

その為に、上の連中と遣り合う気でいなさる事を…」

目の前では、菜穂と希美にせがまれるままに、和幸が箱車を押して駆け回っている。

「お父さん、遅い遅い!もっと早く!もっと早く!」

「お父さん、もっと早く!もっと早く!」

「おいおい、もう勘弁してくれよ…」

和幸が、額の汗をぬぐいながら、一層早く押して走り出すと、菜穂と希美は、楽しそうな笑い声をあげた。

「お馬さん、ハイヨー!ハイヨー!」

「ハイヨー!ハイヨー!」

私は、不意に、今と同じように、貴之が早苗を箱車に乗せて駆け回っていた時の光景を思い出す。

『わあ!早い!早い!』

『さあ!もっと、もっと、早く走るぞー!』

貴之が一段と速度を上げて走り出すと、やはり、早苗は今の菜穂と希美のように明るい声を上げて笑っていた。

その光景は、やがて、最初は私と百合の姿に、更には私と愛の姿に重なって見えた。

「親父さん、愛してらっしゃるのでやしょう?社(やしろ)の兎神子(とみこ)達の事…

我が子のように…

だから、あっしも…親父さんのお子さんだと思えばこそ、あっしの弟や妹のように思っておりやす。

増して、愛さんは、今となっては、親父さんの女だ。

菜穂さんが、和幸さんの女であるように…」

里一は言うと、近くの小枝に向けて吹き飛ばしたのと同じ、四寸色無しの長楊枝を懐から取り出し、私に差し出した。

「ねえ、里一さーん、里一さーん。」

遠くから、箱車に乗った菜穂が、手を振って呼びかけた。

「サトイッチャーン、サトイッチャーン…」

希美も、菜穂の真似して呼びかけながら、ケラケラ笑っている。

側では、和幸がすっかりへばって、座り込んでいた。

里一は、また、ニィッと軽く口元を綻ばせながら、二人が乗る箱車に近づいて行った。

「ねえ、この箱車、お父さんが作ってくれたの。可愛いでしょう。」

「成る程…仔馬を象った箱車でござんすか。相変わらず、凝ったものをお造りになる。」

里一は、丹念に箱車を撫で回しながら言った。

「お馬ちゃん、パカポコ、お馬ちゃん、パカポコ…」

希美が、箱車の先端にはめ込まれた仔馬の頭を撫で撫でしながら、ニコニコ笑いだした。

「これね、担架や背負子にも組み替えられるのよ。」

菜穂が、まるで自分が造りでもしたように、得意げに言うと、里一は笑みを浮かべながら、何度も頷く。

「成る程、さすがは、伊吹に仕込まれただけある。でも…これ、少々造りが複雑すぎて、組み替えるのに骨がおれるでやしょう。」

「そうなの!私や親社(おやしろ)様だと、背負子に組み替えるの大変なの!」

「伊吹の奴が作ったのなら、希美ちゃんでも組み替えられたでやしょうに…」

里一は言いながら、ククク…と笑った。

「その代わり、伊吹さんがお造りになるのより、数段丈夫ですよ!」

和幸は、まだへばって地べたに座り込みながら、横から不服そうに言った。

「そりゃ、そうでやしょうけどね…こう言うものは、誰もが簡単に使える実用的なもんでなけりゃあダメなんでござんすよ。」

言いながら、しかし、里一は尚も感心深げに箱車を撫で回し続けた。

「ねえ、里一さん。この箱車、押してみたいでしょう…」

菜穂は、不意に肩を窄め、思いっきり艶っぽい流し目を里一に向けて言った。

「えっ!」

思わず撫で回す手を止める里一の頬を、菜穂は一層悩ましく見つめながら、撫で撫でし始めた。

「特別に、押させてあげる。」

「こいつは良い!」

和幸は、思わず手を叩いて笑いながら言った。

「希美ちゃん、里一さんはね、それはそれは力持ちなんだよ。お父さんより、早く走って押してくれるよ。」

「わーい!」

希美も、和幸を真似て、手を叩いて笑い出した。

「サトイッチャン、サトイッチャン、ハイヨー!」

「ちょっと、待っておくんなせえよ!あっしはめくらなんですぜ。」

慌てふためく里一に…

「なーにがめくらだ、なまじ私達より、よく見えてる癖に。押してやれ、押してやれ。」

私も面白がって言うと…

「希美ちゃん、爺じも押してくれるって。」

菜穂は、悪戯っ子のような顔をして、希美に言った。

「わーい、爺じも押す、爺じも押す。ハイヨー!ハイヨー!」

希美は、ますます上機嫌にはしゃぎ出した。

「おいおい、冗談だろう?」

私が目を丸くすると…

「爺じも押す…」

希美は、今度は口を尖らせ、べそべそし始めた。

「さあ、爺じ、一緒に行きやすぜ。」

里一がニヤニヤしながら、箱車のとってを持ち、隣をあけて私に手招きした。

「仕方ないな…」

私は首を振りながら、里一と並んでとってを持って押し始めると…

「お馬さん、パカポコ、お馬さん、パカポコ…」

「お馬ちゃん、パカポコ、お馬ちゃん、パカポコ…」

また、箱車の中で、菜穂と希美が一緒になって口ずさみながら、はしゃぎだした。

「希美ちゃん、爺じに押してもらって、良かったね。」

後ろでへばっていた筈の和幸が、いつの間にか側にやってきて、希美に言うと…

「うん。」

と、何故か、菜穂が希美をギュッと抱きしめながら、大きく頷いた。

「楽しいか?」

私が尋ねると、希美は答える代わりに…

「爺じ、お馬ちゃん、パカポコ、お馬ちゃん、パカポコ…」

と言いながら、ニコニコ笑い出した。

私は、希美の頬を撫でてやりながら、不意に、私との赤子を胸に抱く愛の姿が、目に浮かびあがってきた。

社(やしろ)に戻ったら…

愛も赤子と一緒に、これに乗せてやろうかな…

すると…

「親父さん、社(やしろ)に戻りやしたら、例の話を詳しく聞かせやす。」

「里一…」

「一人で抱え込むこたあ、ござんせん。

親父さんの子供達は、あっしにとっては兄弟姉妹にござんす。

兄弟姉妹の為なら、あっしも命を張りやす。

一緒に戦いやしょう!」

里一は、私の耳元で囁くように言い、四寸無色の長楊枝を口に咥えると、また近くの小枝に向けて吹き飛ばした。

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