(5)母性
大鏡の前で、人形のように立ち尽くす愛に、朱理は丁寧に着付けをしていた。
何年ぶりだろう…
朱理は感慨に耽る。
かつて、毎日のように、着せ替え人形のように、新しい着物を縫っては、愛に着せて遊んでいた頃が懐かしい。
『やめるでごじゃる!愛ちゃんに、もう、やめるでごじゃるーーー!!!!』
一瞬…
朱理の脳裏に、あの夜の光景が蘇った。
皮剥…
それは、例祭の後、赤兎が最初の
この時、赤兎となる少女は、境内中央に儲けられた祭場で全裸にさせられ、周囲で身守る参列者全員に
高らかに祝詞があげられる中…
剥役と呼ばれる男が、少女の着物を一枚ずつ脱がせる事になっていた。
『愛ちゃんにやめるでごじゃる!私が代わるでごじゃる!私が代わるでごじゃるーーー!!!!』
祭祀が始まる前から、泣いて騒ぎ暴れ回る朱理を、
祝詞は無情にあげられ続け、参列者達は、これから始まる事に期待しながら、生唾を呑んで見守っていた。
『やだーっ!やだーっ!嫌だよ!誰かやめさせるでごじゃるーーー!!!やめさせるでごじゃるーーー!!!』
朱理が、一層激しく泣き叫ぶ中…
やはり、目にいっぱい涙を溜めた剥役が、愛の帯を解き始めた。
剥役は、赤兎の身内の者と決められれていた。
愛の剥役は、愛の父…座布団屋を営む山田屋の隆夫であった。
愛の解かれた帯びが落ち、愛の父が震える手で娘の着物を剥ぎ取りかけると、朱理は一層声を上げて泣き叫んだ。
「愛ちゃん、綺麗でごじゃるよ。」
掛け下着を丁寧に着付けながら言う朱理は、鏡に映る愛の笑顔を見ると、あの時も同じ笑顔を傾けていた事を思い出して、胸が疼きだした。
あの日…
愛は、一枚一枚、着物を剥ぎ取られる間、ずっと、朱理と父に笑顔を傾け続けた。
朱理と父にだけではない…
最前列で、この光景を見せられ、始終啜り泣く母と父の
意味も分からず、ただ、そこにいる大好きなお姉ちゃんに笑いかけてる、五歳になったばかりの、父の
一人一人に笑い掛けていた。
愛の為に涙する者達全員の事を気遣っての事である。
やがて…
愛は、着ていた着物を尽く剥ぎ取られ、祭場中央に焚かれる火に焼べられた。
赤兎は、この瞬間から
剥役を務める愛の父親は、愛を羽交い締めにして膝に抱くと、脚を拡げさせた。
『さあ、ご挨拶を…』
愛は、父親に促されると、大きく肯き…
『ようこそ…ご参拝…下さいました…参道を…開く準備が整いました…どうぞ…お通りください…』
と、参列者に向かい、震える声で言った。
すると…
最初の男…
縦一直線に禿げ上がり、縞模様状に両脇の髪を伸ばし揃えた頭頂部を撫でながら、愛の股間に顔を近づけた。
『広げろ。』
愛の父親は、
『良い色してるじゃないか。』
『イッ…イギッ…イギギギ…』
愛は、歯を食い縛って顔を背け、身を捩った。
愛の父親が、泣きながら更に強く愛の
『アーーーーーッ!!!!!』
『アッ!アッ!アッ!アーーーーーーッ!!!』
更に乱暴に掻き回され、
既に血が流れ出している。
最初の穂柱の挿入を待たず、
やがて、
そして…
『イッ!イッ!イッ!イタイッ!イタイッ!イターーーーーィッ!!!!イッ…痛いっ!痛いっ!キャーーーーーーー!!!』
愛は凄まじい絶叫を上げた。
『嫌ぁーっ!!!』
「アケ姉ちゃん…」
鏡の前の愛は、突然、耳を抑えて蹲る朱理に驚き、振り返った。
「アケ姉ちゃん、大丈夫?」
愛が心配そうに肩を揺すると…
「ごめん、何でもないでごじゃるよ。」
朱理は目をこすった後、笑い掛けた。
愛は、朱理の頬を伝う涙に気づかぬ風を装い、ニコッと笑って頷いた。
「あらー、愛ちゃん、素敵じゃない。」
朱理が、再び着付けを始めると、
「えっへん!どーじゃー、凄いじゃろう!」
朱理が、鼻の下を擦って、得意げに言った。
「アケちゃんも…相変わらず、上手だこと。
着物の仕上がりもそうだけど…その着付け、私にはとても真似できないわ。」
「エヘヘヘヘ…」
「その代わり、ユカ姉ちゃん、お料理がとっても上手だわ。私、ユカ姉ちゃんの料理が一番好きよ。」
「嬉しい!ありがとう、愛ちゃん。そう言ってくれるの、愛ちゃんだけよ。みーんな、カズ兄ちゃんの料理の方が美味しいって言うからね。」
「カズ兄ちゃんのも美味しいけど、ユカ姉ちゃんのは、お母さんの味がするわ。」
「良い事言うじゃない。さすが、愛ちゃんは、料理ってものをわかってるのねー。今日はね、腕によりをかけて、特別なご馳走作ったわよ。」
「わあ、ありがとう。」
朱理が、眉に皺寄せ、真剣そのものな顔で帯を締め始める中、愛は肩を窄めて嬉しそうに笑った。
その時…
「なーにが、特別なご馳走よ。真冬に冷や素麺なんて信じられないわー。」
呆れ顔で言いながら、
「それに、腕によりをかけてって…ダシをとったのも、茹でたのも…
殆ど、私がやったんじゃなーい。」
由香里は、忽ち、眉に皺寄せ、口をへの字に曲げた。
すると…
「おいらも手伝ってやったぞー。味付けは殆ど、おいらだからな。」
「よく言うわね!殆ど、ユキちゃんにベタ付いて、胸やお尻を撫で回してただけじゃない。」
「そーんな事ないわよねー。」
「ねー。」
「リュウ君、凄く頑張ったもんねー。」
「ねー。」
と…
雪絵が、一つ年下の竜也に身をすり寄せ、竜也は一層熱心に胸元忍ばせた手を蠢かせ、二人イチャイチャベタベタし始めると、由香里は口をへの字にしたまま、首を大きく降った。
と…
雪絵の腕の中で、ケラケラ笑う声がした。
「わあっ!赤ちゃん、来てたでごじゃるのねー!」
振り向く朱理の声と同時に、皆、一斉に破顔する。
「ほーら、お母さん、綺麗でちゅねー。」
雪絵は、胸に抱く赤子に、愛の姿を見せると、赤子はまたケラケラと笑いだした。
赤子は、愛が十二歳の誕生日を迎えて二ヶ月目に産んだ女の子である。
既に三月が過ぎていた。
名前はない。
赤兎も白兎も、産んだ子は
名前はない子…
雪解けには里子に出される子…
それでも、今日この瞬間は、里子に出されてじきに忘れるであろう人々の愛情を一身に受けていた。
「アァー…アァー…アァー…」
赤子が、小さな母親の方に手を伸ばして、ぐずり気味になった。
愛は、一瞬、胸に手を当てて、モジモジし始める。胸が張ったような気がして、赤子の空腹を感じ取ったのである。
「少し、休もうか。」
朱理が言うと、愛はニコッと笑った。
次第に本格的にぐずりだし、雪絵を困らせかけた赤子は、愛の胸に抱かれると、忽ち安らかな顔をした。
「おいちい?お母さんのオッパイ、おいちい?」
朱理は、愛の隣に座ると、夢中で乳首を吸う赤ん坊の頬を指で突いて、クスクス笑った。
「赤ちゃん、良いなー。可愛いなー。」
これまで、柔らかな温もりとミルクの香りに包まれていた胸元が、急に寂しくなって、雪絵が言うと…
「おいらも、ホチイデチュー」
と、竜也が、雪絵の胸に顔を埋めようとする。
元々、発育がよく、豊乳だった雪絵の胸は、十九になって、益々豊かになっていた。
「バカッ!」
雪絵は、竜也の頭を軽く叩くと、また、肩を寄せ合って、ベタベタしはじめた。
由香里は、呆れたようにため息をつくとまた、感心したように、愛の方を見つめる。
『あの愛ちゃんがね…すっかり落ち着いて、大人っぽくなって…まだ、十二歳だって言うのにね…
女の子は、子供ができると、みーんなこんな風に変わるのかしら…』
由香里は、ふと、自分のお腹をさすり、かつて自分も三回懐妊した時の事を思い出す。
三回とも、前の
もう、二度と子はできないであろうと言われてる。
「一度で良いから、抱いてやりたかった…」
由香里は、ほんの束の間、そこに別の命がいるだけで幸せだった日々を思い出しながら、腹を撫で続けた。
「ユカ姉ちゃん、この子、抱いていてくれる?」
不意に、愛は赤ん坊を由香里に差し出した。
「良いの?」
「うん。料理を作るお母さんの手の匂い、嗅がせてあげたいの。」
由香里は、嬉しそうに笑うと、赤ん坊を胸に抱いた。
「それじゃ、愛ちゃん。」
「うん。」
再び、愛が朱理に着付けを始めて貰い出すと…
由香里は、今さっき、乳を飲ませる為に、愛が座っていた場所に座り、赤ん坊に頬ずりをした。
既に満腹仕切った赤ん坊は、そんな由香里の胸の中で、スヤスヤ寝息を立てていた。