(7)恋慕
「なーーーるほど!!!!それで、
これまでの経緯を事細かに話し終え、政樹がポーンと一つ手を打った途端、厨房は大爆笑の渦に包まれた。
私は、やっぱり話さない方が良かったかなと、思わず下に目を伏せる。
「爺じ?」
漸く機嫌をなおして、いつものようにニコニコ笑ってる希美が、小首を傾げて不思議そうに、俯く私と笑いこける皆の顔を、交互に見比べた。
そして…
皆が笑いこける中、一人、唇を噛んで俯く由香里に目を留めた。
見れば、さっきまでの威勢良さと打って変わって、隅でしおらしく立ち尽くし、時折、里一の方を見ては、また恥ずかしそうに俯いていた。
「はい、どーじょ。」
希美は、狸を象る大福を取ると、ニコッと笑って、由香里に差し出した。
「あらあら、お姉ちゃんにもくれるの?優しい子ね、ありがとう。」
由香里は、受け取る大福を一口齧り…
「うん、美味しい。」
漸く笑顔になって、希美の頭を撫でた。
「どだ、旨いポニョ。」
茜は、すかさず横からひょこっと首を出して言うと、鼻の下を擦りながら、ニマッと笑った。
「なーに、アケちゃんの真似してるのよ!」
由香里が、また口をへの字にして振り向くと…
「ほぇー、よりによって狸大福とは…まるで、共食いじゃねえか。」
政樹が言い…
「何ですってーーーー!!!」
むくれる由香里に…
「うわー!本当、まさに狸そのものだーーーー!」
竜也が声をあげるなり、またもや、厨房は笑いの渦に包まれた。
次の刹那…
「うわっ!」
「痛いポニョッ!」
「痛ってぇーーー!!!」
続け様、由香里に打たれた頭を抑え、政樹と茜と竜也が声を上げた。
「もうっ!」
茜はムッとして、剥れた顔を由香里に突き出すと…
「何で、私まで、ぶつんだポニョー!」
腕組みしながら、目の前の由香里を真似て、眉に皺寄せ、口のへの字にして見せた。
由香里も負けずに、益々、眉に皺寄せ口をへの字に曲げて、茜を睨み返す。
その時…
「相変わらずでござんすねー、由香里さんは。」
いつの間にか、和幸と肩を並べて魚を捌いていた里一が言いながら、ニィッと笑って見せた。
由香里は、「ハッ!」と雷にでも撃たれたような顔すると、忽ち頬を真っ赤に俯いた。
「ポヤー?」
茜は、急に大人しくなってしまった由香里の顔を除き込むと、両目を三日月にして、頬に大きな笑くぼをこしらえた。
「ユカ姉ちゃーん、ホッペが真っ赤っかだポニョ~。」
言いながら、面白そうに、由香里の両頬を人差し指でツンツンすると…
「バカっ!」
思わず拳を上げる由香里に…
「ポヤポヤ~?ぶっちゃうポニョー?里一さんの前でー?」
茜は悪戯っぽく言いながら、ジーッと里一の方に目線を移して見せた。
「乱暴な女の子は、嫌われちゃうポニョ~。」
振り上げかけた拳のやり場に困る由香里は、すぐ側でクックック…と笑い声を嚙み殺している政樹と竜也をキッと睨みつけ、歯をむき出して見せた。
「さあさあ、みんないつまで、僕達だけに料理させる気だー。」
和幸が、また一匹さばき終えた魚を、菜穂に渡しながら言うと、漸くみんな、オカズがまだ何も出来てない事を思い出した。
「まあ、希美ちゃん、上手、上手。」
「お手伝い、お母さん、お手伝い。じょーずねー。」
見れば、菜穂と一緒に、捌かれた魚に衣をつけて、希美がご機嫌に笑っていた。
本当は…
「お父さん、お手伝い、お父さん、お手伝い…」
そう言って、希美は包丁を持ちたがっていた。
「よし、やってみるか。」
「良いでござんすねー。このくらいから教えると、料理が上手くなるでござんす。」
和幸と里一は乗り気で、希美に包丁を持たせようとしたのだが…
「わあっ!ダメダメ!希美ちゃん、危ないわよ!」
菜穂が飛んできて希美を抑えると…
「お父さん、手伝う、手伝う。」
と、希美はべそをかき出した。
「希美ちゃん、包丁は危ないのよ。お手手切ったら、痛い痛いになっちゃうのよ。」
菜穂が必死にたしなめれば…
「お父さん、手伝う。」
希美は、益々べそべそし始めた。
すると…
「そうだよ!何で止めるんだよ!」
これまで、何を教えるのも菜穂に独り占めにされ、漸く出番が訪れたと思っていた和幸が、口を尖らせ文句を言い…
「まあ!お父さん!包丁何か持たせて、希美ちゃんのお手手、怪我したらどうする気なの!」
せっかく、仲直りしたはずの菜穂は、またしても和幸を睨みつけて食ってかかった。
そこへ…
「さあ、お母さんと一緒に、衣つけよっか。」
私が、捌かれた魚に衣をつけながら言うと、忽ち興味深そうに、私の手を見つめた。
「どうだ?面白いんだぞー。」
私が、わざとゆっくり丹念に衣をつけて見せると、希美はすっかり包丁を忘れて、衣付けに釘付けになった。
「ナッちゃん。」
希美が、すっかり衣付けに魅入った頃合いを見て声をかけると、菜穂はニコッと笑って頷き…
「さあさあ、お母さんを手伝ってくれる?」
と、希美の頭を撫でた。
「うん。お母さん、手伝う、手伝う。」
言われるまでもなく、早く捌かれた魚を弄りたくてたまらず、手を伸ばしていた希美は、満面の笑みで頷いた。
「見ろ、こんなおチビちゃんも手伝ってるんだぞ。さあ、みんなもお手伝いだ。」
私が言うと…
「へーいっ!」
「合点、承知だポニョ~!」
雪絵と茜が威勢良く返事をし…
「さあ、リュウ君。」
「やるポニョ、マサ兄ちゃん。」
それぞれ、ホの字な女の子に促されるままに、竜也と政樹も、和幸と里一を手伝い始めた。
由香里は、まだ、魚を捌く里一を見つめながら、モジモジと立ち尽くしていた。
「カズ君。」
私が声をかけ目線で促すと、和幸は由香里に目を留めて…
「ユカ姉さん、此処、代わって貰える?」
「えっ?」
「僕は、ナッちゃんと希美ちゃんを手伝ってやらないと…」
戸惑う由香里に大きく頷いた。
「うん!」
由香里は、漸く和幸の意図を察すると、いつもの形相からは想像もつかぬような笑みを満面に浮かべ、頭に手拭いを撒いて、里一の隣に向かって行った。