(20)恋敵(2)
「なーに、しょぼくれて、ごじゃりますかー!」
不意に、立てた両膝に顔を埋めて泣く太郎に、素っ頓狂な声が呼びかけた。
太郎が、涙を拭いもせず顔を上げると…
「ジャジャーン!朱理ちゃんで、ごじゃりまーす!」
大きく万歳の格好をする朱理が、そこに立っていた。
「アケ姉貴!」
太郎が、面食らって瞬きすると…
「これこれ、アケ姉貴ではごじゃらんじゃろう。朱理先生でごじゃろう。」
朱理は、人差し指を振り立てながら、説教じみた物言いで言った。
「失礼しました、朱理先生…」
太郎が、立ち上がって、丁寧にお辞儀して言うと。
「宜しい!」
朱理は、思い切り腕を組んで、何度も大きく頷いた。
「でも、先生…どうして、ここに?」
「それはじゃな…」
朱理は、鼻の下を指先で擦りながら、ニッと笑うと…
「今夜は、進次郎様と、添い寝するので、ごじゃりまーす。」
後から入って来た、進次郎の腕にかぶりついて、クスクスと笑いだした。
太郎は、忽ち、部屋で大はしゃぎした。
憧れの進次郎と一緒に寝られるだけなく、朱理まで部屋に来てくれたからだ。
「ささ、アケ姉貴…ごめん、朱理先生、布団が引けたよ。休んで、休んで。」
「休んでじゃないでごじゃろう。休んで下さいでごじゃろう。」
「いっけねー!お休み下さい、先生。」
「まーったく、相変わらず礼儀がなってごじゃらんのう。」
朱理も、久し振りのチビ弟子に、得意になって胸を張って見せた。
側では、とことんやり込められてる太郎を見て、進次郎が先程から笑いこけている。
太郎と朱理の師弟関係が誕生したのは、愛が
私にとって、ちょっとした秘密の友達だった愛が、
当時…
私は、正義の名の下に展開される、太郎率いる悪ガキ達の格好の悪戯の餌食にされていた。
わざわざ、遠い
その日も、大事な祭禮中、祝詞をあげようとした私の上に、朱の墨汁を鶴瓶いっぱい浴びせると言う悪戯をして、勝鬨をあげていた。
すると…
『貴方が太郎君ね!』
丁度、私の祭禮を見に来ていた愛が、太郎の前に飛び出すなり、いきなり激しく頬を引っ叩いたのである。
『聞いてるわよ!いつもいつも、
『おまえは…?』
突然の思いもかけぬ出来事に、豆鉄砲食らったような顔をして見つめる太郎に…
『フン!』
と、そっぽ向く愛は…
『
頭から湯気出して怒りながら、私の手を引っ張って、その場を連れ出して行った。
いつまでも叩かれた頬を抑えて立ち尽くし、愛の去った方を見つめ続ける太郎は、その瞬間から、一目惚れしてしまったのである。
それから、太郎は毎日のように、愛が訪れるのに合わせて、やってくるようになった。
しかし…
『
そう言って、何だかんだと声をかけてくる太郎にそっぽ向いて、口もきこうとしなかった。
そんな太郎に…
『可愛い子じゃろう。』
ニィッと笑って、声をかけてきたのが、朱理であった。
『友達になりたいでごじゃるか?』
太郎が、答える代わりに、口を尖らせ俯いて、小石を蹴ると…
『力になってあげても、良いでごじゃるよ。』
朱理は、また、ニィッと笑って言った。
『本当か!本当に、あの子と友達にしてくれるのか?』
太郎は、忽ち、顔を輝かせた。
『まーっかせるで、ごじゃるよ。何たって、私はあの子の親友でごじゃるからね。』
『ありがとう!アケ姉貴!』
『その代わり、私の言う事、何でも聞くでごじゃるよ。それから、その姉貴は良くないでごじゃる。今日から、私の事は、先生と呼ぶでごじゃるよ。』
『はい!朱理先生!』
以来、太郎は、朱理にすっかり頭が上がらなくなったのである。
太郎は、頭を掻きながら、宝物の羽織を脱いで、朱理に広げて見せた。
「俺、今でも大事に着てるんだぜ…いや、着ております。」
背中に、丸で囲われた誠の文字を刺繍された、藤紫の羽織…
それは、進次郎に憧れている太郎の為に、朱理が縫ってやったものであった。
「それにしては、汚くてなってごじゃるのう。ちゃんと洗濯をしてごじゃるか?皺を毎日伸ばしてごじゃるか?」
「勿論だよ…勿論です、先生。シン兄貴!兄貴もだよな!」
進次郎は、急に話を振られ、少し目を丸くしたが、すぐにいつもの澄まし顔になり…
「拙者も、大事にしてござるよ。」
太郎とお揃いの羽織を脱いで、朱理に見せた。
こちらは、実に手入れが行き届き、新品同然であった。
ただ…
一箇所、刀で斬られて繕った跡が残るのは、彼のせいではなく、以前、襲撃されて立ち回った時の名残である。
この羽織を縫ったのも、切られた所を繕ったのも、朱理であった。
「進次郎様、今でも大事にしてくれたのでごじゃりますね。」
それまで、得意顔に胸張って威張っていた朱理は、急にしおらしく俯いて、頬を赤くした。
「そう言うアケちゃんこそ、未だに拙者の物言いを真似てござるな。」
進次郎が、鼻の下を掌で擦りながら言うと、朱理は指先で鼻の下を擦りながら、照れ笑いした。
「それにしても、アケ姉貴…じゃなくて、朱理先生もシン兄貴に惚れていたとは気づかなかったぜ。」
太郎は言うと、隅に自分の布団を持って行き…
「ささ、兄貴、今夜は存分にやってくんな。俺、ちゃんと後ろ向いて、見ねえようにすっからよ。」
言葉通り、後ろ向いて横になった。