(2)掛声
社の伝承にも、何も記されてはいない。
そもそも…
この祠の存在自体忘れ去られ、殆ど知るものはいないのだ。
前の宮司と
白兎達も、祠の事を知らなかった。
知っているのは、黒兎達だけである。
彼らは、この祠を、
そこは、紅兎達の会合場所であり、同盟紅軍を介して、他の
目明祠の名の由来は、
紅兎達が、会合を開く際には、必ず目明組の誰かが訪れ加わる事になっていた。
和幸は、目明祠の前に立つと、懐から何やら取り出し、憂に満ちた眼差しで見つめた。
一見、硬貨のようにも見えるが、周囲を剃刀の如く鋭利に研いだ手裏剣であった。
『平次…』
あの日も、雪深い冬の昼下がりであった。
和幸が、祠に近づくと、左後方より風を切る音…
懐より抜き放つ鉄扇を開き、振り向き様、飛んできたものを叩き落とした。
足元には、硬貨を象る手裏剣…
銭型手裏剣が、数枚落ちていた。
更に右前方…
続けて真後ろ…
風を切って、投げ放たれる銭型手裏剣を、鉄扇で払い落とした。
和幸は、呼吸を整えながら、四方に意識を傾けた。
次の刹那…
遥か真上の枝影に向けて、小型の鉄扇を投げ放った。
勢い良く孤を描いて飛ぶ鉄扇は、金属音に弾き返された。
和幸が、弧を描いて戻る鉄扇を手に取ると同時に、上空より、両手に二振りの十手を逆手に構え、紅い兎の面をつけた少年が、舞い降りてきた。
少年は、先端を鋭く尖らせた十手を、和幸の首筋目掛けて振り翳した。
和幸は、すかさず鉄扇でかわすと、少年は横向きにクルクル回転しながら、着地と同時に、更に銭形手裏剣を投げつけた。
『銭形の平次、腕を上げたな。』
和幸が鉄扇で銭形手裏剣を叩き落とすと、平次と呼ばれた男は、紅い兎の面をとって、ニッと笑った。
『油断したな、和幸!後ろをとったぞ!』
平次が声をあげると同時に、後ろから投げ放たれた鎖が、和幸を捉えた。
『それは、どうかな?』
和幸は、動じぬ眼差しを向けて言った。
すると…
『ウッ!』
和幸の背後を取った筈の、黒い紋付を着た、紅い兎の面の少年が、呻き声を漏らした。
何処からともなく投げ放たれた数本の釣り糸が、首と両手足首を捉えたからである。
『黒紋蝶の伝七!おめえの相手は俺だ!』
草叢から姿を現した貴之が、ニンマリ笑って言うと、伝七と呼ばれた少年は、決断早く和幸の首を捉えた鎖を捨て、蝶の如き身のこなしでクルクル回って貴之と向き合った。
貴之は、一層にやけながら、未だ伝七の首と両手首を捉える釣り糸を引く。
伝七は、敢えて抗う事をせず、まっすぐ向かって行った。
貴之は、すかさず背中の釣り竿を取るや、伝七に振りかざした。
伝七は、またも蝶の如く舞うように釣竿を交わしながら、平次と同じ先の尖った二振りの十手を構え、突きを連打してきた。
貴之も又、先の伝七同様、用をなさなくなった釣り糸を決断早く捨てると、右に左に交わした。
そして…
二人揃って、近くの川の辺りまで来た時…
『貰った!』
叫びざま、貴之は、素早く抜きはなった釣竿の仕込の切っ先を、伝七の首筋に突きつけた。
『甘いな?』
伝七は、紅い兎の面を取ると、人形のように美しい顔に満面の笑みを浮かべた。
次の瞬間…
川の中から、一本の手が生えたと思う間も無く、貴之の足がすくわれた。
『人魚の佐七か!』
叫ぶと同時に、引きずり込まれた貴之を、又も、紅い兎の面をつけた別の少年が、二人と同じ二振りの十手を抜いて、襲い掛かってきた。
漁師の家に生まれた貴之は、泳ぎを何よりも得意とする。しかし、魚の如く泳ぐこの男には敵わない。
『勝負あったな。』
『貴之では、佐七には、泳ぎでかなうまい。』
平次と伝七が口々に言うと…
『そう思うか?』
和幸は、相変わらず動じぬ眼差しで川面を見つめながら言った。
『
『あと二人…』
『秀行と政樹か…』
平次と伝七が言うなり振り向くと、貴之と佐七が組み合う近くの川面から、身の丈六尺五寸の巨漢が姿を現した。
背中一面に山桜の刺繍を施した紅の羽織、額から頬にかけて鋭い刃の傷…
秀行は、異様に鋭い眼差しを川面に向け、両手の指をポキポキと鳴らすや…
ズブッ!と、音をさせて、その手を水中に突っ込み、何かを掴んで、空高く放り投げた。
『陸の上では、俺の方が数段上だぜ。』
川辺に着地するや、再び釣竿を構えて貴之が言うと…
『我らには、もう一人いる事を忘れてもらっては困る。』
佐七が言うなり、貴之は突然後ろから何者かに組み伏せ胸ぐらを掴まれるや、気合の声と共に放り投げられた。
『てめえは、コマ形の新五!』
貴之が叫ぶより早く、新五と呼ばれた少年は、更に貴之の胸ぐらを掴んで、コマの如く転がした。
新五は、立ち上がる暇も与えず、もう一度、貴之の胸ぐらを掴もうとした…
その時…
『コマ形の新五!俺が相手だ!』
叫び声と共に、政樹が横から飛び蹴りを放ってきた。
新五は、すかさず交わすや、二振りの十手を抜いてかまえた。
政樹も、六角形の匕首を抜き、鞘と組み合わせて手槍にして構えた。
『そこまでだ!』
声をあげたのは、平次であった。
『いつもながら、お見事!』
平次は、両手を大きく広げて拍手しながら言った。
『何の…君達こそ、前にも増して腕を上げたではないか。素直に言う。このままやり合えば、我らが勝てた自信は全くない。』
和幸が、動じぬ眼差しを向けて、淡々と言うと…
『その割に、随分と冷静な顔をしてるではないか。この勝負、間違いなく我らの負け。さすがは、あの鋭太郎を倒した和幸一党…目明組も形無しだな。』
平次は、ニッと笑った。
『ところで、平次。奥平さんから、特別の話しがあると呼び出されたが…目明組の頭目自らやってくるとは、一体、何事だ?』
『いよいよ、決行の時が来た。』
『決行…革命のか?』
『そうだ。来月、
あとは、楽土の解放軍がやって来るのを待つだけだ。』
『遂に、その日が訪れたのか。だが、そんな重大な事、我らに話しても良いのか?
周知の如く、例の一件で、同盟紅軍より破門同然の身だ。』
和幸が訝しげに首を傾げて尋ねると…
『和幸君、貴方の力が必要なのよ。』
後ろから、懐かしい女の声が聞こえてきた。
『姉さん!』
振り向けば、そこには、同盟紅軍首領、
『既に楽土の解放軍が出撃の準備を整えて、待っているわ。お父様もね。』
『父さんも来てくださるのですか!』
『ええ。和幸君に会える日、共に黄河の辺りで暮らし、一緒に食事できる日を待ちわびてらっしゃるわ。』
日頃、動じたそぶりを見せる事のない和幸が、目を輝かせて言うと、軽信房江は大きく頷いて見せた。
和幸の脳裏には、あの言葉が再び蘇った。
『最後に、一度だけ、私を父さんと呼んでくれないか。』
『息子を持つのが、夢だった…』
『楽土には、美味いものがいっぱいあるんだぞ。』
『黄河の辺りで一緒に暮らそう…』
だが…
楽土工作員の一斉蜂起もなければ、革命の狼煙も上がらなかった…
楽土の解放軍もやっては来なかった。
勿論、
訪れたのは、思いもかけぬ裏切りによる、目明組の壊滅だけであった。
『父さん、何故…』
和幸が、掌の銭形手裏剣を憂いの眼差しで見つめながら心の中で呟いた時…
鈴の音色…
風をきって、何かが、和幸めがけて投げ放たれた。
和幸は、自分の首をめがけて飛んできたものを、その手に捉えた。
『組紐…』
大型の鈴を分銅にして飛んできたそれは、色鮮やかな組紐であった。
更に、新たな鈴の音と風を切る音が、和幸を狙う。
和幸が、最初の組紐を掴んだまま、その腕を掲げると、手首を別の組紐が捉えた。
更に、立て続けて、鈴の音と風を切る音が、和幸を狙う。
和幸は、もう片方の腕を掲げると、数本の組紐が、その腕を捉えた。
和幸の両腕の袖裾から、一本ずつ小さな鉄扇が飛び出し、開いて軽く翳すなり、両腕に巻きついた組紐を切り裂いた。
更に、何処からとなく、組紐が投げ放たれ、和幸の首を狙う。
和幸は、軽く鉄扇で組紐を切り裂くと、その鉄扇を、組紐の投げ放たれた方角に投げつけた。
何者かが、鉄扇を交わして草叢に飛び込み、更に組紐を投げ放った。
和幸は、軽く組紐を手に掴むと、訝し気な眼差しを向けて、飛んで来た草叢の方を見つめる。
静寂…
サワサワと風を靡かす風の音だけが、何かを告げている。
更に沈黙…
和幸は、静かな辺りを見回し、ある一点に目線を止めると…
不意に、握りしめた組紐を投げ捨てるなり、背後の木陰に向けて、小型の鉄扇を投げつけた。
弧を描いて飛ぶ鉄扇は、鋭い音を立てて、大木の幹に突き刺さった。
木陰から、素早く草叢に飛び込む人影…
次の刹那…
和幸は、懐から片手に一本ずつ二本の鉄扇を取り…
遥か頭上の枝から舞い降り、振りかざされる
「リュウ、なんの真似だ?」
和幸が静かに言うと….
「今日こそ、おいらを紅兎に加えてくれ。」
竜也は、体制を整え苦無を身構えながら、左手を懐の組紐に伸ばした。
「その腕では、無理だ。」
和幸が言うと…
「何だと!」
叫び様、竜也は、ハッと目を見開いた。
背後から、何者かに手槍の切っ先を喉元に突きつけられていた。
「マサ兄…」
「リュウ、まだ、そんな寝言をほざいているのか?」
「関係ねえ!おいらは、カズ兄と話してる!放っておいてくれ!」
「馬鹿野郎!」
政樹は、竜也をその場に引き倒すと、思い切りぶん殴った。
「おめえ、ユキ姉を血で汚した手で抱くつもりか!」
「それを言うなら、マサ兄だって…」
竜也は、殴られた頬を撫で回しながら、食ってかかった。
「茜姉を抱く手で、何十人殺してきたんだ!」
「リュウ!」
「思いは同じだ!おいらも、ユキ姉達や愛ちゃんを守りてえ!」
竜也は言いながら、目に腕を押し当てて啜り泣きだした。
「おいら、もう嫌だ!ユキ姉達が、毎日好きでもねえ男達に抱かれるのを見るのも、できた子を他所にやられて泣くのをみるのも…
まして…
愛ちゃんが、今までよりもっと辛え目にあわされる
「リュウ、おめえは、人を殺すと言う事が、どう言う事かわかっているのか?」
政樹は、手槍を握りしめた自身の手を見つめながら、声を震わせて言った。
見れば、その手も震えている。
「一人でも殺せば、この手はベットリ血に濡れる。どんなに洗っても、洗っても、落ちねえんだよ。
そうして、また、新たに殺せば、更に血に濡れて、気づけば、
そんな手で、あの子を抱く時の気持ちなど、想像もつかねえだろう。
何も知らねえ、あの子を…
俺を誰よりも優しい男だと思って、無邪気に甘えるあの子を…
俺は、おめえに、そんな思いさせたくねえ。」
政樹が言い終えた時…
「リュウ君!リュウ君!何処!何処にいるの!ねえ、リュウ君!」
何処からともなく、雪絵の声が聞こえてきた。
「ねえ!リュウ君ってばー!何処に行っちゃったのよー!ねえー!戻ってきて!お願い!お願いだから!」
その声は、涙に滲んでいた。
いつも姉貴面して、特に竜也の前では偉そうに振舞ってる同じ少女とは思えぬ程、幼子の泣き声にも似た声で、呼ばわり続けていた。
「嫌よ!嫌!嫌!リュウ君!私のリュウ君!いなくなっちゃ、嫌!戻ってきてよ!リュウ君!私のリュウ君!私の坊やーーーー!」
やがて、その声は激しい号泣に変わっていった。
「坊やか…」
和幸は呟くと、冷酷とも言える無表情さが消え、普段、皆に見せている、気品に満ちた笑みを浮かべた。
「リュウ、行ってやれ。」
「カズ兄…」
「そうだよ、リュウ。おめえに殺しは似合わなねえ…」
竜也が、固く目を瞑り、
「ユキ姉は、おめえを、恋人としてだけでなく、弟のように…
おめえが、此処に来る直前に、取り上げられた、赤子のように思ってる。優しくしてやれ。
それも、男として立派な戦いだ。」
政樹が言い終えると、竜也は手に握る苦無を懐にしまい、雪絵の声に向かって駆け出して行った。
「マサ、君も紅兎を抜けろ。」
やがて、竜也の姿が見えなくなると、和幸は政樹の肩に手を乗せて言った。
「えっ!何だって…」
政樹は、思わず目を見開いて、和幸を見つめ返した。
「殺した血の感触が落とせない、消えないか…
おまえにも殺しは似合わない。
ヒデも、死んだタカも言っていた。君は優しすぎるとね。」
「カズ兄…」
「僕達はね、もう、何人殺しても、血の感触すら感じなくなってしまってるんだよ。殺した直後に、ナッちゃんやアケちゃん、希美ちゃんを抱く事に、何の違和感も感じなくなってしまっている。
そうなる前に、抜けろ。」
その時…
「ポヤポヤ~、マサ兄ちゃん、何処行ったポニョ~。」
今度は、雪絵の声とは別の方角から、茜の声が聞こえてきた。
「罰当番の厠掃除、私にだけ押し付けるなんて、あんまりだポニョ~。お菓子作るお手手が臭くなるポニョ~。」
こちらは、雪絵の声とはうってかわって、まるで悲壮感のない、間の抜けた声であった。
政樹の事を信じ切ってるのか、何と言うのか…
「早く罰当番片付けて、お菓子作るんだポニョ~。」
はたで聞いていると、余りの間抜けさに、笑ってしまいそうである。
「さあ、君も行ってやると良い。また、君達の新作楽しみにしてるよ。後で、ユカ姉にお仕置きされるのを見るのもね。」
和幸が、軽く口元を綻ばせて言うと、政樹もニッと笑って、手槍を懐にしまい込んで、その場を去って行った。
「あいつらには、殺しは似合わぬと言い、私には共に戦えか…
君も忙しい男だな。」
「それは、貴方が大嫌いだからです。爺じ…」
和幸は、不意にかけられた声に、振り向きもせず答えた。
「なるほど…」
私は、小さく頷きながら、木々の狭間から見える彼方の光景に目を留めた。
「リュウ君…リュウ君…何処行っちゃったの…私の坊や…」
雪絵は、しゃがみこんで、目を擦りながら、嗚咽していた。
「大丈夫でごじゃるよ、大丈夫…リュウ君、すぐに戻るでごじゃるよ。」
朱理が、背中を撫でながら、一生懸命宥めていたが…
「坊や…坊や…私の坊や…」
雪絵は、いつしか、眠っている間に、腕の中から連れ去られてしまった、赤子の事を思い出しながら、一層、いやいやを続けていた。
「あー!リュウ君でごじゃる!」
ふと、後ろを振り向く朱理が言うと…
「リュウ君!」
雪絵は、さっきまで大泣きしていたのが嘘のように、満面の笑みで立ち上がった。
「ユキ姉!」
竜也は、両手を広げて待ち構える雪絵の胸に駆け込むと、雪絵は思い切り抱きしめた。
「もう!何処に行ってたのよ!」
「
竜也は、雪絵の胸に顔を埋めると、今にも泣きださんばかりに言った。
「全く…リュウ君って、幾つになっても、私がいないとどーしてこーなの?だから、側を離れちゃいけないって言ってるじゃない。」
雪絵は、竜也を抱きしめ、幼い子をあやすように、頬擦りしたり、頭を撫で撫でした。
「そうで、ごじゃるよ。リュウ君がいてあげないと、ユキ姉、すぐに泣くでごじゃるよ。」
朱理も、鼻の下を指先で擦りながら、竜也を撫で撫でして言った。
「まあ!アケちゃん、何言ってるの!私、泣いて何かいないわよ!」
雪絵が、顔を上げて、怒ったように言うと…
「泣いてたでごじゃる。リュウ君がいない!リュウ君がいなくなっちゃった!お願い、戻ってきてー!って、泣いてたでごじゃる。」
普段、茜と二人して弄られ、からかわれている雪絵に、ここぞとばかり仕返ししようと、手振り身振りに真似ながら、朱理はケラケラ笑って言った。
「私、泣いてない!」
雪絵は、益々ムキになって言い…
「泣いたでごじゃる、泣いたでごじゃる。」
朱理は、益々面白がって言い…
「泣かない!」
「泣いたでごじゃる。」
「泣いてないったら、泣いてない!」
「泣いたでごじゃるったら、泣いたでごじゃる!」
次第に、二人の間に穏やかざる雰囲気が漂い出し、間で竜也が困った顔になり出した時…
「もう!あんた達、また喧嘩!ダメじゃない!」
突っ慳貪な声が聞こえてきた。
「アッちゃん!」
「亜美姉ちゃん!」
振り向くと、希美の乗る兎型の箱車を押す亜美が、睨みつけていた。
「喧嘩、ダメない!」
箱車の希美も、亜美の顔を真似て、睨みつけた。
「本当、喧嘩ばっかりするんなら、一緒に遊ばないからね!」
続けて、赤子を抱いた愛がやってきて、やはり睨みつけて言った。
と、希美がまた…
「一緒、遊ばないからね!」
今度は、愛の真似をして、睨んで言った。
雪絵と朱理は、忽ちしょんぼり俯いた。
漸くホッとした顔の竜也は…
「ところで、ナッちゃんは?」
あたりをキョロキョロしながら尋ねた。
「
亜美が、何処か投げやりな物言いで答えた。
「
竜也は呟くと、もの悲しげに目を曇らせた。
「さあさ、リュウ兄ちゃんも見つかった事ですし…」
愛は、竜也の眼差しを見て何かを察すると、気分を変えるように言い…
「みんなで、羽子板の押絵を描きましょう。」
皆に向かって、満面の笑みを浮かべて、十八番の片目瞬きをして見せた。
「描きまちょ。」
希美も言いながら、愛を真似して片目瞬きをしようとして、うまくできず、両目をパチパチしだすと、皆クスクスと笑いだし…
まだ、何か物憂げな顔をしていた竜也も釣られて笑い出した。
「さあ、ナッちゃんが戻ってくるまで、いっぱい描こう。」
雪絵が言えば…
「でも、ナッちゃんが描く分の羽子板、残すでごじゃるよ。」
朱理が言い…
つい先刻、希美の取りっこで喧嘩した事など忘れてしまったように、和気藹々と去って行った。
「カズ君。君の私を嫌う思いと、あの子達を愛する思い、どちらが強いのかね。」
私は、いつの間にか、隣に並んで、竜也達の姿を見つめていた和幸に尋ねた。
「もし、あの子達を愛する気持ちの方が強いなら、リュウ君もマサ君も、紅兎から手を引かせるのは簡単な話だ。君が、革命から手を引けば良い。」
和幸は、何も答えず、同じ方角をジッと見つめ続けていた。
そこには、もう、竜也達はいない。
「もう、革命の事は忘れろ。夢だったのだよ。
その夢も、もう終わった。あの夜にな。」
「僕には、まだ、夢は終わっていません。終わらせる事が出来ません…」
「
「父さんの事もあります。でも、それ以上に…」
和幸は、静かに目を瞑って暫し沈黙したのち、また口を開いた。
「僕の耳から、平次の声が消えないのです。」
「平次君…」
和幸は、また、懐から銭形手裏剣を取り出すと、目明祠に目を向けた。
『俺は、北の楽園に行く!誰もが同じ豊かさと幸福を分かち合う夢の楽園に行く!
知ってるか?そこではな、女の子も子供達も、チョゴリと言う可愛い着物を着て、毎日、楽しそうに歌ったり、踊って暮らしてるんだ。上手いものを山程食ってな。
北の楽園に言ったら、コトちゃんはもう、裸で暮らさなくて良くなる。日がな一日、男達の玩具にされずに済む。』
脳裏には、あの日、平次が熱く語り聴かせた時の輝くような眼差しが浮かんでくる。
『北の楽園に行ったら、コトちゃんにチョゴリを着せてやるんだ。』
和幸は、今も耳の奥底に響き続ける、平次の希望に満ちた声に聴き入りながら、いつまでも、掌の銭形手裏剣を見つめ続けた。