(9)出立
卯の正刻。
此処に座して待つ事一刻。
一人…
また、一人…
それぞれ、別々の方角から姿を現した。
紅い兎の仮面をつけた四人の少年達…
『
少年の一人が言いながら仮面を外した。
余り表情の動かさぬ少女のような顔に、微かに喜びの色が浮かんだ。
『うむ。やはり、どうしても君達だけは行かせるわけにゆかぬと思ってな…』
『
和幸は、一瞬綻んだ顔が再び能面のように変わると、その眼差しに憂いを滲ませた。
『階級闘争…同盟紅軍の基本理念はそこにある。実践論や矛盾論を始め、凡ゆる
『そんな事、わかってらあ!』
横から荒げた声をあげたのは、貴之だった。
『何も、カズの賢さをあげるこたあねえ!馬鹿な俺にだって簡単に理解できらあ!
要するに、てめえら和邇雨一族の
『タカ君、私はそれほど君が馬鹿だとは思わない。その行き着く先は、進次郎君率いる小泉組の
ならば、私はこの場で君を切る!』
『何だと!』
『マサ君…』
いきり立ち、背中の釣竿に手を伸ばそうとする貴之をよそに、私は政樹に目線を移した。
『君は、君を兄貴と慕う太郎君率いる神饌組の子供達とその家族を皆殺しにしたいのか?』
政樹は答えず、カタカタと身体を震わせていた。
『何を黙っている。革命が…殺し合いが始まったら、震えてるだけじゃ済まされんぞ。
同盟紅軍、君達が当てにしている楽土の解放軍は、情け容赦なく、彼らを皆殺しにかかるぞ!カズ君に聞くが良い!楽土でも、明星国でも、彼らの革命の行き着く先が何処にあったか…軽信や奥平達、今は口では何を言ってるかわからんが、革命と言う名の殺し合いが始まれば、間違いなく、君の友達を片っ端から殺しにかかる!その時、君は一緒になって、昨日まで共に遊び、悪さに明け暮れていた仲間達、友達を殺すのか!答えろ!』
私が、何も答えず、ひたすら震え続け、最後には膝をついて崩折れる政樹の胸ぐらを掴んだ時…
『そんな…真似は…しない…僕が…させない…』
秀行が、私の腕を捻り上げながら、喉から絞り出すような声で言った。
『私は、君に聞いてない!』
私は、私の腕を捻りあげる秀行の腕を掴み返し…
『私は、マサ君に聞いてるんだ!』
秀行を背負い投げ、その場に組み伏せた。
『てめえ!』
貴之は、いよいよ釣竿を取り、仕込みを抜いて、私に切り掛かろうとするのを、和幸が制した。
『あの戦争の終結後…
父さんは、この国の捕虜達に多くの者達が報復を叫ぶ中、手厚く寛大に遇して、後に多くの者達の罪を殆ど問う事なく釈放されたと聞きます。
その時、父さんは仰られた。『復讐や制裁では憎しみの連鎖は切れない。』と…
父さんは、
『大した自信だな。なぜ、そう言い切れる。』
『僕は、父さんを信じてます。』
『成る程…
なら、聞くが、もし、君がそこまで信じる
『その時は、この僕が父さんを切ります。』
和幸が切れ長の目を鋭く光らせ、鉄扇を抜いて言い放つと…
『そんなふざけた真似する野郎は、俺もぶち殺してやるぜ!』
貴之も、抜いた仕込みを振りかざし…
『僕も…そいつを…殺す!』
漸く立ち上がった秀行も、懐の簪を抜いて言った。
『どうしても行くのか?』
私が、もう一度念を押すように尋ねると…
『愛ちゃんを、赤兎にしたくありません。』
和幸は、答える代わりに言った。
『
私は、堅く目を瞑ると、脳裏にまた、少年だった頃、連日、目の前で繰り返された光景を思い出した。
百合を始め、幼い
『マサに、シンや太郎達を殺すのかと問い詰められた。なら、僕は
僕達の宝物を、コトちゃんみたいな目に合わせたいのですか?
お答え下さい。』
私が、堅く目を瞑ったままおし黙ると…
『いってえ、どうなんでえ!答えろ!もし、愛ちゃんを、コトちゃんみてえにしてえってんなら…』
貴之は、いよいよ私に切りつけようとするのを、また、和幸が制した。
『愛ちゃんを、赤兎になどしたくない…』
私は、漸く声を絞り出すように言った。
『あの子を、連日裸で晒し者にして、欲情した連中のオモチャになどしたくない…』
『ならば…』
一瞬、動かぬ表情を輝かせかける和幸を遮るように…
『それでも、行くわけにはいかん。革命には加わらない…君達も行かせたくない…』
私は、更に声を絞り出して言った。
『カズ君、君は、
この革命の絵図を描いているのも、最早、
駄目か?』
今度は、和幸が目を瞑って押し黙った。
『私は、愛ちゃんを赤兎にしたくないのと同じくらい、君達に人殺しをさせたくない。
殺し合いの先に、いかなる光も希望も存在しない。あるのは、底無しの地獄だけだ。』
『カズ、もう行こうぜ。話すだけ無駄だぜ。』
貴之が、いつまでも押し黙り続ける和幸に言った。
『平次達が待っている。あいつを、コトちゃんと一緒に、北の楽園に行かせてやりてえんだろう?』
貴之が言うと…
『おまえは…楽土に行く….
秀行は、和幸の肩に手を乗せて言った。
和幸は、静かに頷いた。
『アケちゃんとナッちゃんも連れてってやれよ。特にアケちゃん、置いてけぼり食ったらビービー泣くからよ。』
貴之は言うと…
『マサ、安心しろ。太郎達おめえの弟分達はな、何があっても、俺達がきっちり守ってやるぜ。』
政樹を立たせ、
最早、皆、私など此処に存在してないかの如く歩き出していた。
『君達、大事な事を忘れてないか?』
私が今一度呼び止めると、和幸が振り向いた。
『
革命以前に、
『心配ご無用…その時は、血路を開くまで…』
和幸は、静かに答えた。
『それと、もっと大事な事を忘れてないか?
タカ君の言葉を借りれば、私は君達を恐れて、うちの子達に甘い顔をしてるだけかも知れんぞ。君達がいなくなった途端…前の
『何だと?面白れえ事言うじゃねえか。』
今度は、貴之が敏感に反応し、凄まじい形相で振り向いてきた。
『やっぱ、てめえは和邇雨の
言うなり、貴之は、再び釣竿の仕込みを抜きはなち、私に向かって来ようとした。
すると…
『
和幸は、貴之を制しながら…
『貴方は、そう言う方ではありませんよ。』
私の目をジッと見つめて言った。
『そうか…』
私は、大きく息を吐くと、懐から四枚の板切れを出し、和幸に差し出した。
『これは…』
『通行手形だ。私からの手向けとして持って行くがよい。』
『
和幸は、四人分の手形を受け取ると、深々と頭を下げた。
『何があっても、罪なき者に手をかけるな。もし、明星国や楽土で起きた革命の如く、階級闘争を理由に、罪なきものを手にかけるなら…
私は、
私が念を押すように言うと、和幸は大きく頷き、他の三人を伴って、去っていった。
やがて、彼らの姿が、峠道の彼方への消えた時…
『名無し様…名無し様…』
息も絶え絶えな声が、私を呼び止めた。
『飯伍!』
振り向くと、満身創痍の飯伍が、私の前に姿を現した。
『どうした!その傷は!』
私が思わず声を上げて、飯伍を腕に抱きとめると…
『和幸達を止めろ!行かせるな!』
やはり、全身傷だらけで虫の息の少年を抱えた義隆が、声を上げながら現れた。
『何があった!おいっ!』
『謀られ申した…奥平達に…謀られ申した…奴等…奴等…
それがしが…愚かでござった…それがしが…あの子達を革命に引き込んだばかりに…それがしが…あの子達を…あの子達を…』
飯伍は、私の胸ぐらを掴みながらそれだけ言うと、血を吐き、涙を溢れさせて意識を失った。
『飯伍、しっかりしろ!飯伍!飯伍!』
私が、わけがわからぬまま、必死に飯伍をゆすり起こそうとすると…
『同盟紅軍は、楽土は、
叫びながら、義隆は力尽きたように、私の前まで来て、膝をついた。
『義隆!これは、一体、どう言う事なんだ!わかるように説明してくれ!』
『そんな暇はない!早く、和幸達を止めろ!止めるんだ!奴等が一番消したがってるのは、和幸何だ!』
義隆は、私の胸ぐらを掴みながら、いつまでも蓄音機のように同じ事を叫び続けた。