(11)お結
木陰に座り、むっつり黙り込む右門は、一人考えに耽っていた。
脳裏を過るのは、二昼夜に渡って必死に彼を説き伏せようとした、勇介の言葉であった。
勇介の言葉は、彼が敬愛する
右門もまた、言われなくても、勇介の話はわかっていた。
既に、楽土では、表面上の結束の硬さとは裏腹に、
同時に、本来、東亜の平和の為に、核弾頭破壊を目的とした革命は、奪う目的に変わった。
恐らく…
革命成就後に訪れるのは、
紅兎達が求めていたものは何も訪れはしない。
幼く多感で純粋な少年達である紅兎達が望んだ事は、ただ一つ…彼らが姉や妹、恋人のように愛した少女達を守り助けて幸福にする事。
その細やかな願いも、打ち砕かれるであろう…
右門は、もうかなり前からわかっていた。
だが…
少年達に、他に希望は何もなかった。
革命を取り除いて仕舞えば、あとは、絶望に満ちた未来しか残されてなかった。
無い夢を与えたのは、自分であった。
自分が、彼らを革命に誘い、革命に夢を与えてしまった。
自分が誘い、自分が与えてしまった夢を、今更どう言って否定し、奪えと言うのだろう…
一度与えた夢を奪ってしまった後、彼らに何を与えられると言うのだろう…
『右門さん、また、むっつりですかい?』
不意に、声を掛けてきたのは、目明組の伝六であった。
『また、難しい事をあれこれ考えてるんでしょう。』
右門は、答える代わりに軽く笑って見せると…
『あんまり、くよくよ考えない事ですよ。何つうかな…人なんて、みーんな、旨いもの食って、小綺麗なものを着て…それから…』
言い終えぬうちに…
『右門さーん。』
『右門さーん。』
可愛い声が聞こえてくると、伝六は忽ち顔を赤くして、もじもじし始めた。
右門は、優しげな笑みを浮かべて、二人に両腕を広げた。
千代と春…
二人とも、右門が育てた目明によって
すり替わった
最も…
程なく、
千代と春は、解放された後、たまたま出会った右門と暮らす道を選んだ。
『右門さん、おむすびどうぞ。』
『私も。』
千代と春は、同時に竹皮に包まれたおむすびを差し出した。
『お前達が握ってくれたのか?』
『うん。』
右門は、ニコニコ笑い、頷く二人の頬を撫でると、早速、竹皮を開いて二人のおむすびを交互に食べ始めた。
二人は、右門の食べる様子をジッと見つめている。
千代は十二歳、春は十歳。
よく、此処まで元気になってくれたものだと、右門は食べながら思った。
出会った頃、二人の姿は、無残なものであった。
七つの頃から絶え間なく
春は、何かと言えば脚を開いて、赤剥けになった参道をむき出しにして見せた。また、唐突に右門の股間に顔を埋め、穂柱を咥えようとしたり手で扱こうとした。
求められれば
千代は、着物を着せようとすると、火がついたように泣き出した。千代のいた
しかし、今は二人ともそんな事はなくなり、よく喋り、よく笑う、元気の良い娘達になった。
『千代ちゃんも春ちゃんも、すっかり右門さんの娘になったね。もう、何処から見ても、本当の親子だよ。』
伝六が、おむすびを頬張る右門を、嬉しそうに眺める千代と春に言うと。
『まあ!失礼ね!』
小さい春が、ませた口調で、唇を尖らせた。
『私、右門さんの娘じゃないわ。立派な許嫁よ。ねえ、右門さん。私、右門さんのお嫁さんになるのよね。』
すると…
『何言ってるの?チビのクセに…右門さんのお嫁さんには、私がなるのよ!』
大きい千代が、春を睨みつけて言った。
『ねえ、右門さん。私と春ちゃんと、どっちが握ったおむすびがおいしかった?』
『勿論、私よね。それで、おむすびが美味しい方をお嫁さんにするのよね!』
『何よ!私の方が絶対おいしかったわ!』
『私よ!』
『私ったら私!』
『ねえ、右門さん。私と春ちゃん、どっちのおむすびが美味しかったー?』
『ねえ、私とお姉ちゃんとどっちをお嫁さんにしたい?』
『ねえ、ねえ。』
『ねえったらあ。』
右門は、ただニコニコ笑って二人のやりとりを見つめるだけで、相変わらずのむっつりを続けていた。
代わりに…
『おいらは、お千代ちゃんが良いなー。』
思わず、側で口を挟むや、伝六は忽ち顔を赤くした。
『えっ?』
同時に、千代も顔を赤くして、黙り込んでしまった。
『私、伝六兄ちゃんに聞いてないよー。』
春が、眉を寄せて言った後…
『あれ?お姉ちゃん?』
手を後ろに組んで、モジモジしながら俯き、たまに伝六の顔を見上げては、また俯く千代の顔を見上げた。
『ハハァーン。』
春はニマッと笑うと…
『お姉ちゃん、伝六兄ちゃんにも、ほら…ほら…』
千代は、小さく頷くと、竹皮の包みではなく、曲げわっぱの弁当箱を、伝六に差し出した。
『えっ?おいらにもかい?』
『うん。』
『わあ!ありがとう!』
伝六が、飛び上がらんばかりに大喜びして受け取ると…
『ねえ、開けてみて。』
千代が、また、後ろに手を組み、肩を窄めて言った。
伝六が、大喜びで蓋をあけると…
半分側には、ご飯の上に炒り卵を乗せ桜でんぷんで綺麗な桜吹雪が描かれていた。もう半分には、絹ささや、煮込んだ椎茸、ごぼう、レンコンが、綺麗に盛り付けられていた。
『わあ!』
思わず声を上げる伝六に…
『はい、アーン。』
千代は、おかずを一つ箸に取り、伝六の口に運んでやった。
『美味しい?』
『うん、美味しい。やっぱり、おいらは千代ちゃんの作る弁当が一番良いや。』
二人は、クスクス笑い出した。
『あの二人、良い感じよね。』
いつの間にか、右門の膝の上を独り占めし、いつもだったら千代と大喧嘩になるところの春が、二人を見つめながら、ませた口調で言った。
『歳も、伝六兄ちゃん十四歳、お姉ちゃんは十二歳。丁度良いわよね。』
右門は、答える代わりに、春の頭を愛しげに撫でながら、やはり、微笑ましく二人を見つめた。
ここに、小さな恋、幼い恋が育まれている。
革命決行を明日に控え、右門は言うに言われぬ寂しさと胸の痛みを覚えた。
皆、革命成就までの事しか考えていない。その先の事を何も考えていない。
無理もない。来る日も来る日も、欲情した大人達の玩具にされる地獄の中を生きてきたのだ。その地獄が永遠に続く。未来に何の夢も希望もない。
そこに、革命と言う微かな光が差してきた。
革命の大義や目指す所など、彼らにどうして考えられるだろう。
ただ、地獄から抜け出したい。否…思春期の少年達は、目の前で数え切れない男達に弄ばれ、ボロボロになって行く、恋する少女達を地獄から抜け出させて幸せにしてやりたい。それしか、考えなど及ぼうはずがなこった。
彼らが何も考えていない明日の先にある未来…
右門は、今更ながらに、何と罪深い事をしてしまったのかと思う。
本当なら、そう言う事を、大人である自分達が考えてやるべきだったのだ。
だが…
自分もまた、目の前で苦しむ親友…駿介の目先の苦しみから逃してやる事しか考えてなかった。その為に、幼い者達まで巻き添えにしてしまった。
無い夢を与えて…
『右門さん、実はね…』
春は、不意にもう一つ竹皮の包みを取り出して、右門に差し出した。
『もう一包、握ってきたの。』
右門が、少し驚いたように目を見開いて見せると…
『いっぱい食べて。やっぱり、右門さんのお嫁さんには、私がなるから。』
春が、クスクス笑って言うと、右門も笑い返した。
『私、大きくなったら、右門さんのお嫁さんになって、このおむすびみたいな顔した赤ちゃん、たくさん産むの。』
右門は、言われた途端、忽ち悲しげに表情を曇らせた。
『どうしたの?赤ちゃん、欲しく無いの?』
首を傾げる春に、大きく首を振って、笑い返した。
『よかった。私もお姉ちゃんも、本当に好きな人と一緒に、自分で育てる事の出来る赤ちゃん欲しいなーって思ってたもの。
だから、私は右門さんの、お姉ちゃんは伝六兄ちゃんの赤ちゃんをいっばい、いっぱい産むんだ。』
右門は、更に、胸の疼きを覚えた。
千代も春も、どうしても癒しようの無い傷を、無数に負っている。赤兎だった日々、心と身体に負った数多の傷…
例えば…
ヨチヨチとした歩き方…
締まりが悪く漏らしやすい尿…
二人とも、杖とオシメ無しには一生過ごせぬと言う。
しかし…
何より致命傷なのは、二人とも、御祭神がボロボロに傷つき、大人になっても子供は産めないのだ。
『ねえ、大きくなったら、二人で可愛い赤ちゃんいっぱい育てようね。おむすびみたいな可愛い子供達に、美味しいおおむすび、毎日、お腹いっぱい食べさせてあげようね。』
満面の笑みで言う春に…
右門は何も答えず、愛しげに抱きしめ頬擦りしながら、胸の疼きは更に更に大きくなっていった。
また一つ、無い夢を純無垢な幼子に与えてしまった。
最後に残された、春の作ってくれたおむすびを見つめながら、目に見えぬ大きな棘が突き刺さったように、いつまでも胸が疼き続けた。