(12)一心
革命決行は、明日に控えていた。
辰三は、温泉に浸りながら、星空を見上げていた。
同じ空を、仲間達も見ているのであろうか?
まず、弐十手衆が、東・西・北境外で騒ぎを起こし、目明組が内部に侵入して撹乱。
この混乱に乗じて、奥平剛三と軽信房江率いる同盟紅軍の革命戦士と
最後の仕上げとして、和幸達が、仲間達にも明かさぬ場所から参集殿に侵入。一気に、
これを合図に、既に楽土の間者達がすり替わった
更に、
やがて、燎原の火の如く広がる、
ほんの昨日まで、その日を夢見ては、胸が高鳴り心踊ったものなのだが…
いざ、その日が間近に現実になろうとすると、得体の知れない不安感に囚われる。
これまで、自分は、革命成就の日を夢見て、ひたすら駆け続けてきた。
辰三には、異名がある。
一つは、刻限に細かく、忠実に守るところから、時刻の辰。
しかし、刻限に細かいところから、慎重な男かと思いきや、遮二無二に走り出し、考えるより先に行動してしまうところから、すっ飛びの辰三とも呼ばれている。
正直、革命を成功させる事しか考えてこなかった。革命を成功させる事のみを考え、今、自分に課せられた使命…奥平剛三と軽信房江に的として示された相手をひたすら殺し続けてきた。その相手を何故殺すのか、何の為に殺さねばならぬかすら考えた事がなかった。
ただ…
目の前で、大人達の玩具にされ、大人達の意に沿わねば、正視に耐えぬ拷問じみた仕置きを受ける白兎と赤兎達を救う事…
苛めが子供を強くする、仕置きが子供を鍛え抜くと言う
自分が仕置される事は、余り気に留めた事はない。ただ、目の前で、姉のように可愛がってくれ、弟や妹のように懐いてくれる、仲間の白兎と黒兎達や、赤兎達がそうされるのを見るのが耐えきれなかった。
皆を、この地獄から解放してやりたい。
その一念しかなかった。
しかし…
いざ、夢にまで見たその日が目と鼻の先までくると、その後、自分はどうすれば良いのか分からず、得も言われぬ不安に駆られるのであった。
全てが終わったら、自分は何をすれば良いのだろう。
思い悩みながら瞼を閉じる。
浮かび上がるのは、いつも決まっていた。
常に全裸でいる事を強いられ、絶え間なく陵辱される幼い赤兎の姿であった。
キミ…
前の赤兎が
七つになるのに、三歳児で成長が止まり、まともに話もできない子だ。
その子は、今も犬のように首を縄で繋がれ、
前の赤兎は、股関節と腰骨を破壊され、箱車に運ばれて、
極端に幼いうちから、絶え間なく
迂闊な庇い方をすれば、自分ではなく、赤兎が酷い目にあわされる。
辰三は、何もしてやれない、助けてやれない、そんな赤兎を目の当たりにしては、いつも歯軋りをしていた。
キミは、今もきっと…
耳の奥底から、悲痛な鳴き声が聞こえてくる。
声が枯れ、もう悲鳴も上がらない…
言葉がわからないから、禁じられるまでもなく苦痛を口にする事も出来ない…
ただ、胸を裂くような声をあげ、啜り哭く事しか出来ない…
あんな声を聞き、あんな姿を見るくらいなら、自分が千回でも八つ裂きにされ、火に炙られた方が良い…
あの子の苦しみをほんの少しでも代わってやれるなら、どんな凄惨な仕置を受けても良い…
辰三はいつもそう思っていた。
辰三は、キミの事を思い出した時、思わず『アッ…』と、声をあげた。
革命成就の後、する事が見つかった。
あの子達の世話をしよう。これまで、不幸だった分、あの子達を幸福にしてあげたい。
赤子のようになってしまったなら、死ぬまで赤子のままで良い。今まで虐め抜かれていたぶん、死ぬまで赤子のように甘やかしてあげよう。
歩けないなら、背負って、行きたいところに何処までも連れて行ってあげよう。
オシメを外せない子は、自分が死ぬまで替え続けてあげよう。
大も小も、幾らでも漏らせば良い…
漏らす度に、死ぬ程の仕置をされる事は二度とない…
自分が全部世話してあげれば良いのだ…
革命が終わっても、する事は幾らでもあるではないか…
革命が終わった先にこそ、自分のするべき事はあるではないか…
そして、いつか大人になったなら…
あの子と…
大好きなあの子と…
『タツ兄ちゃん。』
不意に、今思い描きかけていた声…
『花ちゃん!どうして、ここへ!』
振り向く辰三に、一つ歳下の少女はニコッと笑いながら着物を脱ぎ…
『駿介さんに連れてきて貰ったの。』
言うなり、飛沫を上げて湯に飛び込んだ。
『
思わず辰三が声を荒げると…
『タツ兄ちゃんは、今も、私におじさん達の玩具にされていて欲しいの?』
花は、思わず目を潤ませ、辰三の顔を見上げた。
『いや、それは…』
『私が、一度に何人ものおじさん達に弄ばれる方が良かったの?』
『そう言う事じゃなくて…』
『タツ兄ちゃんがそんな…酷い…酷い…』
辰三が思わず言葉を詰まらせると、花は両手を目に当てて、ベソをかいて見せた。
『ごめん…ごめんよ、俺がいない間、辛い思いしてたんだね…本当にごめん…』
辰三が、いよいよどうして良いか分からず、困り果てると、花はクックックッと喉を鳴らして笑い出した。
『花ちゃん、おまえ…』
今度は、呆れたように辰三が目を丸くすると…
『私、お兄ちゃんを守りに来たの!私も戦う!』
言いながら、花は辰三の胸に飛びついた。
『守る、戦うって…』
花は、一頻り辰三の胸に頬をすり寄せると、背後に回り…
『タツ兄ちゃんの背中、傷だらけ…』
言いながら、辰三の背中一面の傷跡を数え始めた。
『この鞭で打たれた跡も、この火傷の跡も、この切り傷、この刺し傷、この引っ掻き傷…全部、全部、私達を庇う為に受けた傷…』
花は、いつしか、今度は本当に声を涙に滲ませていた。
『タツ兄ちゃん、いつだって、私達を守ってくれた。私達が酷い目にあいそうになると、いつだって、代わりに仕置を受けてくれた。その為に、どれ程酷い目にあってきたか…』
『そんな…花ちゃんだって…』
『私、いつも泣いてるだけ。何もできなかった…焼き鏝で背中焼かれても、焼け火ばしで引っ掻かれても、声一つあげず私達を庇ってくれるタツ兄ちゃんに、何もしてあげられなかった…』
『良いんだよ、俺は男だから。花ちゃんは、いつだって優しいじゃないか。赤ん坊みたいなキミちゃんに、自分の食べ物殆どあげて…
『好きよ、タツ兄ちゃん…私、タツ兄ちゃんが好き。』
花は、後ろから辰三に抱きつき、背中に頬ずりしながら言った。
『今度は、私がタツ兄ちゃんを守るの。いつも、みんなを守ってくれたタツ兄ちゃんを守るの。だって、もう十四になるんだもん。子供じゃないもん。』
『花ちゃん…』
花は、振り向く辰三に目を瞑って上を向き、唇を差し出した。
辰三は、優しく花を抱きしめると、その唇を吸った。
『結婚しよう…』
辰三は唐突に行った。
『えっ?』
驚き首を傾げる花に、辰三は優しく笑いかけた。
『ただ、一緒に暮らしてくれれば良い。君の
『タツ兄ちゃん…』
『君の傷が治るまで、ちゃんと大人の身体になるまで…キミちゃんのお父さんとお母さんになってやろう。』
そう言うと、辰三は、花がやってくる直前に思いついた事を話して聞かせた。
『まあ、素敵!』
花は、忽ち顔を輝かせた後…
『でも…それなら、赤兎達だけだなくて、不具を理由に産んだ子を殺されて、気が触れてしまった子達、絶え間ない
辰三の胸に顔を埋めて言った。
『やっぱり、花ちゃんは優しいな。』
辰三もまた、前にも増して顔を輝かせて言った。
『毎日、
『
『その通りだ!俺達の革命だって、何も
そうだ!いっそう、俺達で、鱶背に拾里を作らないか?』
『拾里って…あの、百合先生とか言う元赤兎の?』
『そうだよ。
『素敵!素敵だわ!』
二人は、また見つめ合い、近い未来の夢に目を輝かせながら、強く強く唇を重ねて抱き合った。
不意に…
『アッ…』
花が声を上げると、頬を赤く身を固めた。
『えっ?』
辰三が振り向くと…
『すまん!』
いつの間に来ていたのか、駿介が思わず後ろを向いた。
『それがし、覗く気はござらなんだ。少々、
花は、硬直したまま立ち尽くし、唇を噛み締めた。目は、涙ぐんでいた。
白兎は、赤兎のように、日がな一日、全裸でいなくてはならないと言う事はない。それでも、肌を晒す時、隠す事を禁じられている事に変わりはなかった。もし、男の前で晒される
『何してるんだ、タツ。』
駿介は、大木の後ろに立ち、背を向けたまま優しく言った。
『早く、花ちゃんの
辰三は、はたと気づいて、急ぎ近くにあった長尺手ぬぐいで、花の身体を覆ってやった。
『それで良い。それでこそ、男でござるよ。』
駿介は背を向けたまま、満足そうに大きく頷いて見せた。
『女が
『駿介先生!』
辰三は、忽ち目を輝かせながら、長尺手拭いに包んだ花を抱きしめた。
『花ちゃんは、本当にタツに惚れてござるな。』
今度は、花が、耳たぶまで顔を赤くした。
『女は、当たり前のように男に守られていろ。守られてばかりいる事に、何ら負い目を感じる事はない。当然のような顔して守られていろ。事実、当然だから。
その分、タツを優しく支えてやれ。いつも、甘やかしてやれ。男は、いつまでも幼子のように、女に甘える。しょうのない程に甘える。全部、受け入れてやれ。
互いに優しく守り支え合う、それが、真の男女…人のあり方でござるよ。』
湯を出て、二人が着物を身につけると…
『似合うぞ!本当に似合うてござるぞ!』
漸く振り向く駿介が大きく頷いて、花を益々赤面させた。
『タツ、弐十手の意味を覚えているか?』
『はい!一心の志です!』
『そうだ!寸分違わぬニ振りの十手は、天と地、右と左、男と女、相手と自分…二つにして一体なるものを表してる。どちらがより大事でもなければ、尊いわけでもない。どちらが欠けても成り立たず、両者が手を携えあって、共に成り立つのでござるよ。
共に和して成り立つ国…共和国。我らが目指すのは、互いに寄り添う共和国だ。
皆が共に助け合い、豊かになり、幸福になる国…
共和国の基本の心こそ、一心の志にござる。
一心の志は、男女互いに睦合うところから始まる。この世の平和と豊かさは、小さな家庭から始まる。家庭には、女の存在、母親の存在が必要だ。
花ちゃん、だから、それがしは、そなたを連れてきたのでござるよ。』
『でも、駿介先生…俺達はこれから…』
辰三が、急に顔を曇らせ、何か言いかけると…
『何度言わせる気だ。だから、おまえが守ってやれ。自分の女一人守れぬ男に、どうして革命を実現できる?共和国を築ける?人々を救える?
革命をどうこう考える前に、まず、おまえの女を命がけで守ってやれ。それができて初めて、おまえは本物の男になれるでござるよ。』
駿介は、そう言って大きく頷きながら…
『何より、死ぬなよ。』
最後に、強く念を押すと、辰三の頭をクシャクシャに撫で回して見せた。