(13)銃声
『わあ、うまそうだなー。俺にはねえのか?』
銘々、木陰や切り株、岩石に腰掛け、ガツガツ頬張るおむすびを見て、辰三が言った。
『ある訳ねーだろう。』
ドブが言うと…
『そうそう、おめえには、他に作ってくれる人がいるじゃねえーか。』
次郎吉が、花の顔を見ながら、にやけて言った。
『おいっ!』
辰三が拳を振り上げる傍で、花は忽ち顔を赤くした。
『それを言うなら、ドブと次郎吉も、本当ならこのむすび、食う資格ねえな。』
今度は、半七がにやけて言うと…
『そうそう、お二人には、仙さんって素敵な次郎吉の妹がいるんだからな。』
『やめてくれ!あんな、オタフク!』
『仙は俺より十以上も歳上だぜ!』
ドブと次郎吉が吐き出して言うと、忽ち辺りから爆笑が渦巻いた。
『女は顔や若さで決めるものでは、ござらんぞー。』
辰三と同じ、木々の間から駿介が姿を現し…
『女は、ここが大事だ、ここがな。』
ぽんぽんと胸を叩いて言うと…
『そうだ、そうだ!』
『ドブと次郎吉には、仙さんがお似合いだー!』
『ドブ、仙さんを大事になー!』
『次郎吉、妹を可愛がってやれよー!』
そんな掛け声が飛び交いながら、一段と大きな爆笑が渦巻き、辰三を冷やかした威勢良さが消え、ドブと次郎吉は小さく肩を窄めた。
『さあ!どんどん食え!沢山食って、精をつけろよ!』
遠くから、新三郎が芋汁と漬物を腕と器に盛りながら声をあげたかと思うと…
『あ!タツ兄ちゃんに、花姉ちゃん!』
春が、千代と二人で結んだ、竹皮のむすびを持って来ようとした。
すると…
『春ちゃん!』
一同、声をあげて駆け寄る間も無く、春が前のめりに倒れ込んだ。
『春ちゃん!大丈夫か!』
辰三が血相を変えて駆け寄り、抱き起すと…
『えへへ…はい、タツ兄ちゃんと花姉ちゃんにも、おむすびどうぞ。』
春は、なんとか落とす事も潰す事も防いだむすびを差し出した。
『ありがとう、春ちゃん。』
後から駆け寄ってきた花がむすびを受け取った。
『さあ、乗れ!無理して歩くな!』
辰三は、春の前にしゃがみ込んで背中を差し出すと、春が、大きく首を振った。
『どうした、遠慮するな。』
春が、もう一度首を振ると…
『私達は、誰にも頼らずに生きて行くの。』
側で、杖をつき、ヨチヨチ歩きながら、むすびを配っていた千代が言った。
『千代ちゃん…』
千代は、ニコッと笑いながら、今やすっかり姉妹同然になっている春を助けて立たせた。
『ねえ、春ちゃん。どんなに大変でも、自分の足で立って歩いて、自分の手で持って食べる。これが自由なんだもんね。』
『うん。』
千代に言われ、春も大きく頷いて、満面の笑みを浮かべた。
『でも、無理は駄目だぞ。』
と…
先程から、二人を心配して見つめていた伝六が、さりげなく春が持ち忘れた杖を差し出した。
『自由に生きたいなら、自分のあるがままを知り、受け入れる。自分を大切にする。右門さんに、そう教わったろ。』
『伝六兄ちゃん…』
『今度、足を折ったら、二度と歩けない…ちゃんと杖を使わないと…
それと…』
今度は、千代に目線で合図を送り…
『そろそろ…
右門さんが、向こうで待っているよ。』
伝六が言うと、千代は『アッ…』と、自身の股間に目を移した。
気づけば、だいぶ前から取り替えてないものが、かなり湿っている。このままでは、着物まで濡らし、臭い出すだろう。
『春ちゃん…』
千代が目で合図を送ると…
『アッ…』
春も何かを思い出したように大きく頷いた。
伝六は、周囲に気づかれぬよう、さりげなく二人を、少し離れた木陰で待つ右門の方へ連れて行った。
辰三はまた、胸の疼きを覚えた。
二人が何故、右門と共に姿を消したか知っている。
七歳の時から、絶え間なく大勢の男達に
辰三は二人の後姿を見て、すぐに漏らしては、それも理由に酷い仕置を受けている、赤兎のキミを思い出したのだ。
『タツ、あれが人を支えると言う事だ。』
『えっ?』
『闇雲に何でも助けてやる事が、人を支える事ではござらんぞ。
拾里を作りたいなら、伝六をよく見習っておけ。』
駿介が辰三の肩に手を置いて言うと、辰三は大きく頷いた。
『本当に、これでよいのでござろうか…』
駿介が隣に腰掛け、むすびを頬張り出すと、飯伍が唐突に言った。
『何が…で、ござるか?』
『いや、あの子達でござる。それがしは、大きな間違いを犯してしまったのでござるまいか?』
飯伍の目線の先では、サブの盲目の弟イチが、兄から貰った二振りの十手を撫で回してはしゃいでいた。
『兄貴、良いのか?本当に、俺も貰って良いのか?』
『あたりめえじゃねえか!おめえがこっそり持ち込んでくれた食い物で、俺も
『違うよ!俺は、兄貴に恩返ししただけだ!兄貴が進んで黒兎になってくれたお陰で、めくらの俺が、
『馬鹿言うな!おめえは、俺の可愛い弟だ。兄が弟を守るのは当たり前じゃねえか!
おまえは、これからもずっと大事な弟、これからは同じ心を抱く俺達の同心だ!』
サブは、そう叫ぶなり、十手を抱きしめて泣く弟のイチを抱きしめて、共に泣きじゃくっていた。
『そうか…あいつにも十手をくれてやったか!貴様、良い事をしたではござらんか!俺も、イチも同心に加えてやろうと思っていたところだ!』
『それが、大きな間違いではなかろうかと思っておるのでござる。あの子達は、まだ十六と十四でござるぞ。』
ふと、近くの岩石に腰掛け、読書に耽っていた大助が、心配そうに飯伍の顔を見上げた。
『何でもない、読み続けているが良い。』
飯伍は、穏やかに言うと、大助は十三の少年らしく、無邪気な笑みを浮かべた。
『馬鹿な!子供にだって、自由に生きる権利がござろう!自由を勝ち取る為に戦う権利がござろう!』
駿介が思わず声を上げて言うと…
『それがしはただ、恨みを晴らしたかった…それだけでござる。』
飯伍は悲痛な声を漏らした。
『
それがしは、父と一族…恩人の忠高様の仇を討ちたかっただけでござる…』
『それが、圧政に苦しむ
あの子達も同じではござらんか!男として女を助けたい!守りたい!
一人を救いたい気持ちが、やがて、多くの人を救いたい気持ちにつながる!一心共和…弍十手の心とは、そう言うものだ。これこそ、
『だが…これは、大人達の理屈にござる。大人の理屈や問題に、子供達を巻き込むのは間違いではござらんか?』
『この世に、人の上下もなければ、違いもござらん!男も女も、大人も子供も、皆同じでござる!
十手持ちに、大人も子供もござらん!だから、それがしは、あの子達にも十手を渡した!目明組と名付けた!』
駿介が、一層声を荒げた時…
何処からともなく、凄まじい銃声が鳴り響いた。
『おいっ!』
『何だ、あれは!』
二人が互いに顔を見合わせるや、辺りから夥しい銃声と、阿鼻叫喚の叫び声が響きわたってきた。