※この作品はR-18です。

兎神伝〜紅兎   作:和心

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いつもお読み頂きありがとうございます。
ここで、これまでに登場した人物を簡単にまとめてみたいと思います。

登場人物

名無し
現在四十代半。主人公。鱶見本社の宮司。鱶原総宮社の総宮司にして、神領和邇雨一族の宗主である鱶原慎太郎の嫡子。少年時代から、兎神子と呼ばれる少女達の凌辱さらる姿を見せられ続けて来た事、自身でも凌辱させられ続けてきた事に加え、一族の意に沿わぬ者の抹殺を担わされて来た事への嫌悪から、自らの名を意図的に忘れている。拾里の建設者。

百合
現在四十前後。名無しが幼い頃、兎神子の扱いを覚えさせる為に与えられた元赤兎。最初の赤子を産んですぐ、聖領に送られ、数多の占領軍兵士達の慰み者にされ、何人もの赤子を産まされている。重い性病を患い、神領に戻され、山に捨てられていたのを名無しに見出されたのが、拾里を開くきっかけとなった。余命数年と言われ、残りの人生、拾里の医師として過ごそうとしている。

和幸
現在二十歳。鱶見本社の黒兎。革命組織の少年暗殺団、紅兎の一人。末期癌に冒された恋人の智子に付き添い、拾里に入る事となった。名無しは、そのまま看護人にする事を望んでいるが、自身は一度挫折した革命を再び起こす事を望み、名無しを指導者にしようと考えている。

菜穂
現在十五歳。十一の頃から和幸の手で身体を開かれ、十二を前に子を最初の子を産んでいる。その後、社を訪れる男達の相手をする中で、もう一人産み、二人とも天領の名家に養子に出された事を心の傷にしている。希美を娘にし、和幸と夫婦と見做される事で、立ち直ってゆく。

希美
現在十歳と推定。病気故に山に捨てられた赤兎。智子に拾われ娘となり、智子の死後は菜穂の娘となる。
精神年齢は三歳以下で、カタコトの幼児言葉を話すが、言葉の意味をよく理解できておらず、名前と言うものを全く理解だきておらず、智子と菜緒を同一人物に思ってるふしがある。

智子
享年二十歳。鱶見本社の白兎。和幸とは同い年の恋人。物心ついた時から実の父親と、父に売られた男達の慰みものにされた事で、子を産めないだけでなく、女性としての発育も止まっている。末期癌に冒され拾里に入る。赤兎の美香の死を引き摺っていたが、希美を娘にする事で立ち直りかけた矢先に、死去した。

美香
享年十歳。鱶見本社の赤兎。五歳年上の智子を、姉としてではなく、母として慕っていた。拷問のような仕置きを受け死去した事が、智子の大きな心の傷となる。


(6)重荷

(6)重荷

 

「ナッちゃん、親社(おやしろ)様と何かあったの?」

岩戸屋敷を訪れ、数日経った夜。

希美を挟んで、布団に入ると、和幸は尋ねた。

「何もないわ。」

言いながら、菜穂は、希美の頬を撫でたり、軽くくすぐったりする。

希美は、今夜も、菜穂と和幸と川の字に寝られて、ご機嫌に笑っていた。

「そう?何か気まずい感じがしたよ。」

「気まずいんじゃないわ。私、怒ってるの。嘘つきだから。」

「嘘つき?」

「そう、大嘘つきよ。

それより、カズ兄ちゃんこそ何かあったの?時々、親社(おやしろ)様と何か変だわ。」

「何、親社(おやしろ)様が大嫌い…それだけさ。」

「大嫌い?どうして?」

「どうしてって…大嘘つきだからさ。」

和幸が言うと、菜穂はクスクス笑った。

「私も、あんな人、大っ嫌い!大嘘付きで、みんなを悲しませたり、寂しがらせるから。

その点…希美ちゃんは、お利口さんね。素直で優しくて、可愛くて、本当にお利口さん。」

菜穂が言いながら、希美の頬を撫で、顎の下を擽ると、希美はまたクスクス笑いだした。

やがて…

「やっと寝たね。」

菜穂は、隣で気持ち良さそうに寝息を立てる希美のおかっぱ頭を撫でながら、クスクス笑った。

「よっぽど、何処か行かれてしまうのが心配なのね。」

小さな希美の手は、まだ、両隣の菜穂と和幸の寝間着の袖裾を握りしめていた。

「何か、あの子を思い出すわ。

覚えてる?あの小さな手で、私とカズ兄ちゃんの指をギュッと握りしめていた事。あの時のあの手の感触、力強さ、忘れられないわ。」

和幸は、菜穂の言葉に聴き入りながら、希美の手を摩る。

希美の体は着実に弱っている。

にもかかわらず、その小さな手は、必死に離されまいと握りしめていた。

もし、この手を無理にでも引き剥がせば、忽ち、火がついたように、この子は泣き出すだろう。

忘れる筈がない。

菜穂との間に産まれた小さな命の手…

一月しか側にいられなかったけれど…

こうして、自分とその子と菜穂の三人で川の字になって寝た時の安らぎと幸福…

生きているって、こう言う事なのだろう…

この一瞬の為に、自分は生まれてきたのだろう…

しかし…

それは、永遠のものでない事を、赤子は既に知っていた。

もうすぐ引き離される事を知っていた。

だからこそ…

あの小さな手は、必死に離すまいとしていたのだ。

「お母さん…お母さん…」

希美は、寝言を呟きながら、クスクス笑い出した。

「この子ったら…」

ふと、菜穂は、夕暮れ時に、希美と和幸の三人で風呂に入った時を思い出す。

希美を真ん中に、縦一列になって、背中を流しっこした時、二人の背中を交代で流しながら、ケラケラ笑っていた。

菜穂と和幸が、代わる代わる希美の背中を洗いながら、腰や脇の下をくすぐったからだ。

そうして、散々笑いこけた希美は、湯船の中で、菜穂に抱かれると、その胸に顔を埋めて…

『お母さん…お母さん…』

と、呟きながら菜穂の乳房を弄った。

見れば、菜穂の乳首をジッと見つめ、唇をひくひくさせている。

『おっぱい、欲しいの?』

菜穂が頭を撫でながら問いかけると…

『うん。』

希美は菜穂の乳首に目を留めたまま、大きく頷いて見せた。

『良いよ。』

菜穂が額に頬擦りしながら言うと、希美は満面の笑みを浮かべて、菜穂の乳首を口に含んだ。

心地良い…

希美の唇と舌先の感触を乳首に感じながら、菜穂は思った。

十一歳の時、田打で和幸に抱かれて初めて男を知った。

以来、四年の間に二人の赤子を産んだ。

十二歳で初めて産んだ子は紛れもなく和幸との間に産まれた子…

二年後に産んだもう一人の子は、神饌共食祭の穂供(そなえ)でできた子で父が誰かはわからない…

しかし、菜穂は二人とも和幸の子だと信じ、一月で引き離されてしまったが、今でも愛しく思っている。

希美に乳房を弄られて乳首を吸われると、別れた二人の赤子を思い出す。

「私、この子と離れたくない…ねえ、この子、私の子にしちゃ、駄目?」

「何を馬鹿な…ナッちゃんは十五、この子は十…五歳しか違わないじゃないか。」

和幸は、おかしそうに笑いながら言った。

「サナ姉ちゃんも、十五で愛ちゃんにお母さんって呼ばせてたわ。」

菜穂は、少し口を尖らせていうと、また、希美の頭を撫で始めた。

「あの子達、元気でいるかな?大きくなったかな?この子みたいに病気してないかな?」

和幸は、何も答えず、天井を見つめた。手は、やはり袖裾を離そうとしない希美の手を撫でさすっている。

「あの子、取られちゃった…

次に産んだ子も取られちゃった…

愛ちゃんも、もうすぐ取られちゃう…この子まで、別れたくない…もう、手放したくない…」

菜穂はそう言うと、込み上げてくるものを堪え切れないように、シクシクと泣き出した。

和幸は、また、智子と過ごした日々を思い出す。

『カズちゃん、美香ちゃん、私達の子にしようよ…』

智子は、希美を美香と呼び続けていた。

敢えてそう呼んでいたのか、それとも、本当に希美を美香だと思いこんでいたのかはわからない。

ただ…

『美香ちゃん!しっかり!美香ちゃん!美香ちゃん!お母さんが助けてあげるからね!お母さん、ずっと側にいるからね!』

全裸で山中に投げ捨てられ、虫の息だった希美を拾って来た時…

雨に濡れた体を拭ってやると、冷え切った体を何日も自分の肌で暖めてやった。

『美香ちゃん、ごめんね!お母さんのせいで、こんな目に合わせてごめんね!もう、誰にも酷い事させないからね!お母さんが、守ってあげるからね!

だから、死なないで!お願い、死なないで!お願い!お願い!』

智子の不眠不休の看病の甲斐あって、希美は、数日後に目を開け、意識を回復して、粥も啜るようになった。

しかし、百合の下した診断は、胸の病が末期であり、もって数ヶ月であった。

岩戸屋敷に暮らす者の中に、たまたま希美を知る者がいた。かつて、同じ社(やしろ)で白兎であり、不治の病を患い山に捨てられた少女であった。

彼女の話から、希美と言う名の赤兎であった事がわかった。例に漏れず、社(やしろ)の中でも外でも、滅茶苦茶に弄ばれ、地獄のような日々を過ごしていた。

胸の病が発覚し、余命いくばくもない事が知れると、山に捨てられたのであろう。

希美は、和幸と智子に懐き、片時も離れまいと、まとわりつくようになった。

智子も、そんな希美を、とても可愛がっていた。

智子は、当初から、希美を美香と呼んでいた。希美も、ごく自然に、そう呼ばれる事を受け入れていた。

希美は、産まれて程なくして両親を失い、父母とも顔を全く知らない。

引き取られ先が、本当の親戚なのかどうかも定かではなく、希美と言う名も、誰がつけたのか、本当にそう言う名なのかもわからない。

わかっているのは、代々、兎神子(とみこ)を兎幣する兎神家(とがみけ)であった里親が、自分の娘の身代わりに差し出す為だけに、希美を引き取ったと言う事だけであった。

肉親の愛情を全く知らない希美は、産まれて初めて、肉親同然の愛情で呼びかけられる、美香と言う名を当たり前に受け入れたのだ。

『ねえ、良いでしょう?美香ちゃん、私達の子にしても良いでしょう?』

いつの頃からか、希美は、智子に抱かれては、『お母さん…』と呼んで、胸に顔を埋めては、乳房を弄るようになった。

智子が岩戸屋敷から帰ろうとすると…

『お母さん、行く!お母さん、行く!』

そう言って、泣いて智子を追いかけてきては、発作に倒れると言う事も度々になった。

そんな希美を見て、智子は希美を自分の子にしたいと言い出したのである。

和幸は、随分と迷った。親となると言っても、自分達が、まだ、二十歳少し前なのだ。とても、こんな大きな子の親になれるかどうか…

何より、希美はじきに逝く事は分かっていた。希美の最後を目の当たりにした時、智子が果たして耐えられるかどうか…

漸く、希美を美香と思い込む事で、美香の事から立ち直りかけていたのだ。

しかし…

『美香ちゃん、どうせ長くないわ…私達の子になっても、直に逝ってしまうわ。だったら、せめてほんの少しの間だけ、お母さんでいてあげたいの。あの子が常世に逝く時、笑顔で手を握ってあげたいの。』

智子の言葉を聞いた時、和幸は、希美を引き取ろうと決心した。

智子が急変したのは、その矢先であった…

「ナッちゃん、そんなに、その子のお母さんになりたい?」

和幸が、ふと振り向くと…

「希美ちゃん…お母さんとお家帰ろうね…優しいお姉ちゃん達といっぱい遊ぼうね…」

菜穂は、キミの肩を抱き、ブツブツ寝言を言いながら、自分も眠りこけていた。

「どっちが、子供なんだか…」

和幸は、プッと吹き出すと、希美と菜穂のはみ出した肩に布団を掛けてやった。

「やっと、眠ったみたいね。」

屋敷の縁に腰掛け、三人が眠る部屋の方を見つめながら、百合が言った。

障子越しに聞こえる、三人の声は、いつの間にか寝息に変わっていた。

「そうだね…」

私は、夜空を見上げながら頷いた。

空が、かなり白みがかっている。

「お兄ちゃんは、相変わらず殆ど寝てないでしょう。」

私は何も答えない。

「ねえ…

ナッちゃんと何かあったの?この前、一緒に花火をした時から、ずっと怒っているみたい。」

「何もないさ…」

今度は、素っ気なく答えた。

「そお?ずっと、お兄ちゃんの事を睨んでるわよ。

それでいて…時々、涙ぐんだりしてるわ。」

「だから、何でもないさ。」

「ははーん…さては、カズ君より先に、口説いたんでしょう?結婚しようとか…」

言いかけ、百合は慌てて口を噤んだ。

「ごめんなさい…その、お兄ちゃんは…」

「まあ、そんなところだ。僕は、あの子を犯そうとしたからね。」

私は、軽く笑いながら、菜穂が初めて社(やしろ)にやってきた時を思い出す。

白兎は、十一歳から稚兎(ちと)として田打を始める。早い話が、神職(みしき)達や神使(みさき)達、神漏(みもろ)達で、寄ってたかって犯すのだ。

その後、黒兎達を相手に、田打をさせる。

菜穂は、引き取られた時、既に十一を超えていた。

私は、田打部屋に連れて行くと、菜穂に着物を脱がせた。

当時から、色白で顔立ちも良かった菜穂は、まだ、殆ど乳房もない幼作りながら、とても美しい身体(からだ)を露わにした。

あの頃…

菜穂は羞恥心がとても強く、始終涙ぐみながら、恐る恐る一枚ずつ着物を脱ぎ捨てて行った。

『じゃあ、そこに寝て…』

全てを露わにした菜穂を寝台に寝かせると、作法に従い、まず頬を撫で、首筋から肩に掛けて摩り伝わせながら、胸の膨らみに触れて行く。

この時、神職(みしき)は決して兎神子(ことみ)を舐める事はしない。

玉串を払えば、誰にでも身体(からだ)を開く兎神子(とみこ)の身体(からだ)は汚れているとされているからだ。

特に、誰の穂柱でも咥えしゃぶる口は非常に汚れてるとされ、決して唇を重ねる事はしない。

田打の時、兎神子(とみこ)の身体(からだ)を舐めしゃぶるのは、神使(みさき)や神漏(みもろ)と言った神職(みしき)以外の和邇雨上層部であり…

或いは、同じ神職(みしき)でも、神人(じにん)もしくは坂者(さかのもの)と呼ばれる、奴婢に等しい下級神職(みしき)達…

そして、黒兎達の役目であった。

その代わり、神職(みしき)は、初めて社(やしろ)に兎幣された稚兎(おさなうさぎ)の全身を、嬲るように弄り回した後、口と表と裏の三つの参道を貫いて、破瓜を迎えさせるのである。

菜穂は、頬を触れられた瞬間から、硬く目を詰むり、肩を窄め、両掌を握りしめて震え出した。

その全身の強張りと震えは、首から肩、胸へと触れられてゆくごとに強くなり…

『お父さん…お母さん…お兄ちゃん…』

胸の膨らみに触れられるや、ポロポロと涙を零し出し…

『嫌っ…嫌っ…嫌っ…』

豆粒のような突起を摘まれ、膨らみを揉まれると、首を大きく逸らして、啜り泣きだした。

そして…

『足を広げて…』

爪先を逸らせ、硬く閉ざされた両脚を思い切り拡げ、まだ萌芽の兆しも見られぬ、薄紅色をした小さな神門(みと)のワレメに触れようとした刹那…

『やめて…やめて…お願い…もう…もう…やめて…』

遂に、声を上げて泣き出したのである。

「でも…お兄ちゃん、あの子に田打するの、やめてしまったのでしょう。」

「代わりに、カズ君に抱かせた。カズ君の手で、破瓜を迎えさせた。」

「二人に恋愛感情を抱かせ、恋人同士がそうするようにね…」

「同じ事だよ。それに…」

私は、菜穂が産んだ、和幸との子を取り上げようとした時の事を思い出す。

『お願い!この子、私に育てさせて!他所にやらないで!この子、私の子よ!私とカズ兄ちゃんの子よ!誰の子でもない!私達の子よ!お願い!お願い!』

兎神子(とみこ)が産んだ仔兎神(ことみ)は、天領(あめのかなめ)名家の里子に出される。それは、神領(かむのかなめ)の基本中の基本の掟である。そんな事、わかりきった上で、菜穂は和幸との子を産んだ筈である。

にも拘らず、菜穂は、産後の傷が癒えきらぬ身体(からだ)で、来る日も来る日も、私の足元に泣いて縋って、哀願し続けたのだ。

『私、何でもします!どんな事も我慢します!この子を取らないで…この子を何処にもやらないで…私とカズ兄ちゃんが、愛し合ってできたの!産まれてきてくれたの!この子、いなくなったら、生きて行けない!お願いします!お願いします!』

菜穂は、床に膝と額を擦り、哀願し続けたのだ。

それを…

「私は、カズ君との子を取り上げた…

愛し合うように仕向けて、子供を産ませた挙句、その子を他所にやった…

あの子を、犯したのと同じだよ。」

「なーるほど…ナッちゃんが怒っていた意味がわかったわ。」

百合は、戯けたように、それでいて寂しそうに笑いながら言った。

「そんな言われ方したら、私も怒っちゃうかも…」

私は、無言で百合に振り向き、首を傾げる。

「お兄ちゃん、そんな風に言いながら、本当は自分だけ傷ついて、苦しんでいるみたいに思ってるでしょう。自分の手だけ汚して、みんなには手を汚させてない気でいるでしょう。」

「そうだね…その通りかも知れない。私は、卑怯者だから…」

私が答えると…

「それよ…それが、みんなを苛々させて、怒らせるのよ。」

百合は、首を振りながら、ため息をついた。

「どうして、それは違う!とか…そんなつもりじゃない!とか…誤解だ!とか、言い訳してくれないのよ。自分を庇おうとしないのよ。誰かに慰めてもらおうとしないのよ。」

「私に、どんな言い逃れの道がある?どんな救いと許しの道がある?私の行先は、地獄しかない。」

私が言うと、百合は、固く目を瞑り、眉を顰めて見せた。

「なら、私も地獄行きね…」

「ばかな!」

私は、思わず声を上げた。

「君が、どんな悪い事をした!どんな罪を犯した!君は、こんな境遇にありながら、天女のような心を持って生きてきたじゃないか!今だって、自分も明日をも知れぬ病気をかかえながら、みんなを…」

「買い被りよ、お兄ちゃん…」

百合は、大きく被りを振って言った。

「覚えてる?トシさん、ハチさん、トミさん、三郎さん…」

忘れるものか…

顔が見る影もなく崩れ落ち、指や、手首、足首、腕や膝が溶け落ちてる彼らが、野垂れ死ぬ筈だった百合を必死に看病してくれていたのだ。

彼らがいなかったら、私は百合の死体にすら会えなかったかも知れない…

「私は、あの人達を実験に掛けて、命をつないだのよ!」

百合は、絞り出すような声を出して、言った。

目からは、とめどなく涙が溢れている。

「本当は、私が最初の実験台になる筈だった…

それを、こんなめんこい子を死なせないで欲しい…どうせ、こんな身体(からだ)で生きていても何も良い事はない…自分の代わりに、一日でも二日でも、この子を生かして欲しいと言って、トシさんは笑って最初の実験台になった。

ハチさんは、恩人のお兄ちゃんの恋人を死なせるわけにいかない。お兄ちゃんと幸せに暮らしてくれと言って、次の実験台になった。

トミさんは、どうせ自分は長く生きられない。だったら、この命を、新しい命に役立てて欲しいと言って、嬉しそうな顔をして実験台になった。

そして、三郎さんは…

私は、母様と一緒に薬草と医術の研究に没頭した。

たまたま、大勢居合わせた、元医師や元薬師の里人達を集めて、みんなで薬草と医術の研究に没頭した。

ここにいる人達の生きる意味を示したくて…生産性のない厄介ものだなんて思わせたくなくて…みんな、生きる価値、幸せになる価値がある人達だって示したくて、薬草と、ここに居る人達の病気を治す研究に没頭した。私と母様は、ここの人達の中で、最初の医師(くすし)と薬師(くすりし)になった。

そんな時…

鱶追社領(ふかおいのやしろのかなめ)で発生した疫病の特効薬の研究を、総宮社(ふさつみやしろ)に命じられた。

私は、必死になって、研究した。もし、その特効薬が完成すれば、岩屋谷を…拾里を、実験場ではなく、本当の意味での療養所にすると言われたから…

この研究が成功すれば、もう、誰も実験台にならずに済む。病気や障害があっても、その人の天寿を全うできると思ったから、必死に研究したわ。

でも、その特攻薬を完成させる為には、どうしても人の体で試す必要があると判断された。

私は、私の命を救ってくれた三郎さんを…私を救ってくれた人達最期の一人だった三郎さんを、実験で殺したのよ!」

「違う!それは違うよ、百合ちゃん!」

三郎は、百合が殺したんじゃない…

自分から、実験台にしろと迫ったのだ。

百合は、最後まで自分の身体(からだ)を実験に使おうとした。私が実験台になると言うのも拒絶して、自分の身体(からだ)で実験しようとしたのだ。

しかし…

『なら、オイラ、もう薬はなーんにも飲まないよ。恩人の百合先生が死ぬのを見過ごしにして、ほんの少しばかり、こんな醜い身体(からだ)で生きていて、一つも嬉しくねえもの。オイラ、先生が苦しんで死ぬの見たかねえ。親社(おやしろ)様が、愛する先生を死なせて悲しむ顔なんか見たかねえ。オイラ、もう病気の治療しねえ。御師(おし)様より先に死んだ方がマシだよ。』

三郎は、薬はおろか、水も食事も一切拒絶するようになった。

だから…

だから…

「お兄ちゃん、私だって、大勢の人を傷つけ、殺して、今日まで生きてきたのよ!みんなが、苦しみ、のたうち回って死ぬのを横目に生きてきて、今日、こんな安らかな毎日を生きているのよ!

そんなに、自分を虐めるんなら、私の事も罵ってよ!この人殺しって、責め立ててよ!」

「百合ちゃん…」

「みんな、どんな気持ちで生きてきたと思ってるのよ…トモちゃんも、カズ君も、ナッちゃんも…

お兄ちゃんは、卑怯よ!狡いよ!自分だけ、可哀想な人、苦しんできたような物言いして!ナッちゃんが怒って当たり前よ!」

百合は、そう言うと、両手で顔を覆って声を張り上げて泣き出した。

「すまない!百合ちゃん、すまなかった!」

私は、知らなかった…百合が、そんな思いで生きてきたなんて、一つも…

私は、百合を強く抱きしめた。

残酷な人体実験の場所であった拾里を、十年経つか経たないうちに、安らかな療養所に生まれ変わらせた。

幼い頃から、植物に詳しく、薬草の知識が豊富であった百合が、それを生かしてここまでやる。

正直、なんて子だろうと思った。ただ、可愛い子だとしか思ってなかった百合が、ここまでやってのけるとは、なんと凄い子だろうと思っていた。

しかし、その影で、どれだけ地獄を見てきたのか…

私は、一つも思いやってこなかった事に、今頃気付いたのだ。

次第に夜が明けて行く。

私と百合は、互いの肩を抱き合って、空を見つめた。

空は灰色をしている。

まだ、日が差し染める事はなさそうだ。

「ねえ、お兄ちゃん…」

百合は、不意に思い出したように口を開いた。

「希美ちゃんを引き取るって、本当?」

「本当だよ。

あの子に、トモちゃんは救われたんだろう?」

「ええ。希美ちゃんと出会って、美香ちゃんの事から、少しずつ立ち直りかけていたわ。あと少し元気に生きていられたら、トモちゃんの心の傷、完全に癒えたかも知れない。」

しかし…

その矢先に、智子の病状は悪化し、そのまま帰らぬ人となった。

希美は、智子が急に居なくなり、ずっと泣き暮らしていたと言う。その内、涙も枯れ果てたのか、泣かなくなると、今度は誰とも話さず、笑わなくなったと言う。

そこに、菜穂がやってきた。

希美は、菜穂の顔を見た途端、その胸に抱きついて大泣きした。

菜穂は、最初意味が分からず驚いたが、智子との経緯を知ると、ひたすら抱きしめてやった。

そのうち泣き止むと、菜穂が目の前で折り紙を折ったり、人形をこしらえるのを見て、ニコニコと笑い出した。

菜穂は、片時も離れまいとする希美と、毎日、遊んでやった。

希美は、見る間に元気になり、一日中、ケラケラ笑ってはしゃぎ続けるようになった。

これが本当に終末を迎えた病気の子なのかと思われるほど、よく笑い、喋り、たくさん食べて、皆を驚かせた。

恐らく、これが最後なのであろう。私達が帰れば、一気に容体は悪化して…

二度と会う事は出来ないだろう。

希美は、一人寂しく逝くのだろう。

「トモちゃんの恩を返してやりたい。

トモちゃんの代わりに、菜穂ちゃんに看取られて送ってやりたい。

母の温もりの中で逝かせてやりたい。」

「わかったわ。」

百合は、大きく頷いて言った。

「診断書は任せて。あの子は、完治したと書いておく。でも、他の社(やしろ)の兎神子(とみこ)を別の社(やしろ)に移すのは、また面倒なんじゃない?」

「いや…あの子がいた社(やしろ)は、既に別の赤兎を置いている。一社(ひとしろ)に赤兎は一人の決まりだ。あの社(やしろ)に、希美ちゃんの所有権は消失している。まあ…仮に消失していなくても、病気で弱った兎神子(とみこ)を、取り戻したがりもしないだろう。他に、生きの良い兎神子(とみこ)候補は幾らでもいる。

逆に、うちは、トモちゃんとサナちゃんの欠員分を補充しなくてはいけない。

もののついでに言えば…

希美ちゃんは、まだ十歳。十一になるまで、稚兎(おさなうさぎ)として田打する必要もない。

あとは、社領医師(やしろのかなめのくすし)の義隆と、奉行職の忠相、新次郎が何とかしてくれるだろう。」

何処からとなく、肌を刺す風が吹く。

掌に、白いものが落ちてくる。

一度やんだものが、また降り始めるのだろう。

「お兄ちゃん。」

立ち上がり、大きく息を吐く私の背中に、百合の声がかかる。

「重荷を背負ってるのは、お兄ちゃんだけじゃないよ。私も背負ってるよ。」

「百合ちゃん。」

「トモちゃん、カズ君、ナッちゃん、みんなもよ…

重荷は、一人で担ごうとするとすぐに潰れる。潰れれば、側で見てる人をただ傷つける。

でも、みんなで背負えば、ほんの少しだけ軽くなるわ。」

気づけば、あっと言う間に夜明けを迎えていた。

「おはようございます、百合さん。」

障子を開けるなり、菜穂は百合の顔を見て満面の笑みを浮かべた。

「おはよう、昨夜はよく眠れた?」

「はい、おかげさまで。」

見れば、相変わらず希美が菜穂の腕にへばりついている。

「やあ、ナッちゃん。」

私が声をかけると、菜穂は眉を顰めて目を反らせた。

「ナッちゃん。」

「私、怒ってるの。約束破って、百合さんが悲しむ事ばかり言うから…」

菜穂は、目線を反らせたまま言った。

「済まなかった。」

私が菜穂を真っ直ぐ見据えて言うと、菜穂は眉をしかめたまま顔を上げた。

「私が、何を怒っているか…わかっている?」

菜穂は声を震わせながら言うと、その目は次第に涙ぐんできた。

「わかっている…少なくても、自分ではそう思う。」

「私なら良いわ…私なら、幾らでも、傷つける事を言われても許してあげるわ。また、聞いてあげる。でも、他の人を傷つける事を言ったら…私、もう二度と許さないわよ。」

言いながら、菜穂の頬に涙が一雫流れ落ちる。

私は、小刻みに頷きながら、希美の側による。

「希美ちゃん、カズ君とナッちゃんが好きか?」

希美は、小首を傾げながら頷いた。

「ずっと、一緒に暮らしたい?」

今度は、満面の笑みで、大きく頷いた。

「よし、じゃあ、一緒に暮らそう!」

私が、希美の両肩に手を乗せて言うと、驚いたように、菜穂が振り向いた。

「親社(おやしろ)様…!」

「ナッちゃんはね、希美ちゃんと同じ兎神子(とみこ)何だよ。だから、ここで暮らせるようになるには、一度、社(やしろ)に戻らなくてはいけない。だから、暫くの間、うちの社(やしろ)に一緒に来て欲しいんだけど…来る?」

キミは、社と聞いて、一瞬顔色を曇らせる。赤兎として過ごした、別の社(やしろ)での日々を思い出したのだ。

「わかっている。でも、どうしても、ここで暮らせるようになるまでは、一度は社(やしろ)に戻らなくてはいけない。その間、側にいてやって欲しい。

三月…三月過ぎたら、ナッちゃんもカズ君も、ここに戻れるようにできる。そうしたら、三人仲良く、ここに帰れば良いさ。」

今度は、希美が満面の笑みで頷く傍で、菜穂と、後から顔を出した和幸が呆気にとらて私を見つめていた。

「もって…あと三月…」

私は、菜穂の肩に手を載せながら、耳元近く囁いた。

「この子がいる間、母親になった夢を見ろ。いつか、本当に自分で産んだ子を自分で育てる事が許される日に備えてな。」

菜穂は、もう一度私の顔を見つめ、ハラハラと涙を流すと、希美の小さな体を強く強く抱きしめた。

私が一息つき、百合を振り返ると、百合は大きく何度も何度も頷いて見せた。




最後までお読み頂きありがとうございます。
今回の主題は、生産性の証です。
この逸話を書くにあたって念頭に置いていたのは、同性愛の結婚を巡り、ある女性議員の見解が波紋を読んだ出来事でした。
女性議員が同性愛の結婚には生産性が無いと言う事に、同性愛者の権利を主張される方々が猛反発をされた出来事…
と、言えば、思い出される方々も多いのではないかと思われます。
この作品は政治問題を論じるものでないので、具体的な議員の名や発言ないようには触れませんが…
性別・年齢問わず、性の自由を考える筆者としては、同性愛の結婚そのものには賛成です。
しかし、議員の仰る事にも一理あると思いつつ、権利を主張される方々が立腹されるのも最もだと思いました。
ただ…
ここで、権利を主張される方々に思ったのは、生産性がないと言うのは差別だと反発された事です。
生産性がないから認められないと言うのは差別…
裏を返せば、だから、生産性の有無関係なしに認めろと…
これは、少し違うのではないかと思います。
同性愛者は生産性がないから投獄しろ、殺してしまえと言うのなら、それは差別だと、彼らが主張するよりも先に筆者が主張するでしょう。
どんな命にも、生産性の有無など関係なく生きる権利がある。
しかし、それまでになかった権利を主張するからには、その権利を認める事への認める組織なり国なりに対して生産性を立証する。
それが、筋道ではないのか…
例えば、ある先住民の記念館を作るとする。
個人が出資し、個人の土地と建物で何かを建てると言うのなら、何を建て、どのように運営されてもそれは自由です。
しかし、地域に出資を求めるなら地域に、企業や団体に出資を求めるなら、企業や出資に、なんらかの利益や生産性を提示して、初めて要求できるものだと思います。
それを…
入館者は随時一桁、職員はする事がなく、埃まみれの展示品の掃除以外は、テレビ見て煎餅を食うだけ…
そんな記念館を、先住民の権利のみを主張して、地域や企業の金で運営しろと言い、そんなものに金は出せないと言えば差別になる。
生産性がないから結婚は認められないと言う主張に対して、差別だから撤回しろは、これと同じ理屈になるかと思います。
もし、本当に同性愛の結婚を権利として認めて欲しいのなら、認める事にどんな生産性があるのか…
もっと言えば、どんな良い社会が訪れるのか、人々はどのように幸福になれるのか、その結婚がどのように社会を豊かにするのか…
それを主張する事が、権利を主張すると言う事であり、生きると言う事だと、思うのです。
同性愛の方々に限らず、国籍、人種、宗教、年齢を超えて、愛を貫こうとされている方々の願いが叶う事と幸福とを祈ります。
皆さんが、それぞれのあるがままの姿で、自分らしい形で羽ばたける社会の実現を切に望んでいます。
頑張って下さい!
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