(15)強敵
『ドブ引けっ!引くんだ!』
短槍隊弐十手の仲間達がバタバタと倒れて行く中、忠弥は、巧みに銃弾の雨を掻い潜り、短槍をクルクル回して
『次郎吉!次郎吉!次郎吉!』
尚も涙の止まらぬドブに、忠弥の声は届かなかった。
只々、幼い時から片時も離れた事のない親友の面影だけを追いながら、新たな敵に向かっていった。
現れたかと思えば、再び草叢に消え、消えたかと思えば、また姿を現して、十手を首筋に翳す…
神出鬼没…
それでいて、全く計画性も計算もなく仕掛けてくるドブの攻撃に、
江藤組組頭の淳は焦りを感じはじめた。
相手は一人…
しかも、まだ十五の少年…
子供だと言う侮りがあった。
いつも、欲情する男相手に、女のように尻の裏参道を抉らせ穂柱を咥える男娼だと言う侮蔑もあった。
紅兎を屠るなど、ちょっと気荒い猛獣を狩るより容易いと思っていた。
そう…
紅兎の殲滅など、戦いなどとは思っていない。
不穏分子の鎮圧とすら思っていない。
これは狩り…
そう、兎狩り…
狩りを存分に楽しんだら、彼らが革命とやらで解放するとかほざいていた白兎どもを存分に弄んでやろう。
彼らの首を飾る目の前で、彼らの血に濡れた手で、白兎達を存分に甚振ってやるのだ…
襲撃を開始した時、江頭組の
それが…
『何処だ…あのガキは何処に消えた…』
また二人、突如正面から姿を現すドブに眉間を貫かれて倒される中…
淳の焦りは恐怖に変わり、額に汗を流し始めた。
『何処だ…何処に消えた…』
刹那…
浅黒い腕が、淳の首筋に回された。
『ウッ!』
淳は低い呻きを漏らす。
しかし、次の声をあげる事なくその場に頽れた。
血塗られた二振りの十手を握り立ち尽くすドブは、淳の亡骸を見下ろし、肩で呼吸をしていた。
目の前では、吉本組組頭の隆明が、長太刀を振りかざして、次々に短槍隊弐十手達を切り倒していた。
ドブは奇声をあげ、
隆明は、向かい来る弐十手を斬り伏せながら、鋭い横目にドブを捉えた。
同時に…
轟く銃声と共に、隆明の左腕の丸盾機関銃が火を吹いた。
『せ…仙っ!』
ドブは、最後に脳裏を掠めた女の名を叫びながら、全身から血飛沫をあげて、数間先まで吹き飛ばされた。
『ドブッ!』
粛々と迫る隆明は、まだ息のあるドブにとどめの一撃をさすべく長太刀を振り上げた。
刹那…
凄まじい金属音…
忠弥の短槍が長太刀を交わした。
隆明は、すかさず左腕の丸盾機関銃を向けると、更にもう一振り翳す忠弥の槍が、丸盾機関銃を真っ二つに割いた。
連打する忠弥の短槍と、交わす隆明の長太刀…
二人の間に、激しい金属音が鳴り響く。
肉を裂く鈍い音…
『グッ…』
忠弥が、深々と貫く胸板から短槍を引き抜くと、隆明は長太刀を振り上げた格好のまま、真正面に倒れた。
忠弥は肩で息をし、呼吸を整えながら正面を見据えた。
組頭を失った吉本組は、素早く江頭組と合流するや、江頭組副頭新平の指揮下で態勢を立て直していた。
左腕の丸盾機関銃を構える
短槍隊弐十手達は、長盾で銃弾の雨を交わしながら、
後方部隊は、主に
見渡せば…
味方の数は両手の指で数え切る程にまで減ったが、敵の数も、吉本組凡そ五十、江頭組凡そ五十、合わせて凡そ百いたのが、残り半数を遥かに削っていた。
『ドブ…生きているか?生きていてくれ…』
忠弥は、心の中で必死に願いながら、
少し先では、江頭組組頭の新平が、残り少ない弐十手達を、次々と切り倒している。
『弐十手衆、短槍組組頭忠弥!江頭組副組頭新平、覚悟!』
『丸橋の忠弥か!お前達の目論見は既に露見した!他の地に集結する仲間達にも既に討伐の手が向かっている!最早逃れられぬものと覚悟せい!』
『ほざくな!』
忠弥は、更に抜刀して向かってくる
また二人、
忠弥は、背中の短槍を左手に握ると、左右二本の槍を突き入れ、二人同時に貫いた。
新平は、忠弥の両手がふさがる一瞬の隙を見逃さず、湾曲刀を振り翳した。
忠弥はすかさず両手の槍を手放し、腰の十手を二振り抜いた。
鈍い金属音…
忠弥は、左の十手で湾曲刀を交わすや、右の十手を突き入れた。
新平の動きが制止する。その目は、未だ何が起きたのか理解せぬまま、真っ直ぐ前を見つめている。
忠弥が、眉間から十手を引き抜くと、恐らく死んだ事すら気付いていないであろう新平の骸が、音を立てて前に倒れた。
周囲は、既に静寂に包まれていた。
『何故だ…何故、此処に
『軽信さんが抑えていてくれたのではないか…』
辛うじて生き残った弐十手達は、愕然と立ち尽くしながら、辺りの惨状を見渡していた。
『とにかく、目明達の安否を確認だ。彼らだけでも…子供達だけでも逃さねば…』
忠弥は、そう言うと…
『ドブ…ドブ…』
まだ、息があるかも知れぬドブの姿を探し求め始め。
すると…
『忠弥さん…』
『あ…あれは…』
忽ち蒼白な顔をして、二人の弐十手が指差す方角には、更に新手の
十文字型の黒い兜、紫の帷子の上に黒い鎧を着込む
ただ、先頭に立つ小太りした小男だけが、凄まじい勢いで、湾曲刀を正面左右交互にグルグル回しながら、粛々と前に進み出てきていた。
『
『
『とんでもない奴が現れやがった…』
三人の弐十手は、脂汗を流しながら、唇を震わせて言った。
『
『伝説の剣客、
次第に後退りし始める弐十手達の中…
『それでも、私は進まねばならん!』
忠弥は短槍を握り直すと、キッと歯を食いしばり…
『本の少しの間でも、僅かの間でも、目明達を逃す時を稼がねば…
未来は、あの子達のものだ…
我等は、奪われた子供達の未来を取り戻す為に立ち上がったのだ…
一人でも二人でも…
あの子達を逃さねば、我等の革命の意味がない…』
言い終えると同時に、クルクルと短槍を回しながら、凄まじい気合の声と共に向かって行った。
絲史郎は、ニッと不敵な笑みを浮かべながら、相変わらず粛々と前に進んでくる。
やがて、二人がぶつかったと思う刹那…
短槍を突き入れた忠弥は、そのまま血飛沫をあげ、声もあげずに正面に倒れこんだ。
『忠弥さん!』
残りの弐十手達も、声を上げるや、覚悟を決めたように凄まじい気合の声と共に、絲史郎に踊り掛かって行った。
また二人、右近に向かって行った
辺りには、既に十数人の
『ゲルクク!ゲルクク!ゲルゲル、ククク!ゲルゲル、ククク!ゲルクク!ゲルクク!ゲルゲル、ククク!』
独特の奇声を発する
太刀を翳すと言うより、煌く風が薙いだと思うや、次々と血飛沫をあげて倒れる仲間達の姿を前に、皆、蒼白な額に汗を滴らせていた。
比べ、逆手二刀を、鷹が翼を広げる如く構える右門は、眉一つ動かさず周囲を見据えていた。
未だ一合も交わさぬ刃に毀れ一つ見られない。
それどころか、既に十数人の血を吸った筈なのに、血糊一つ見られず、研ぎたてのように煌めいていた。
『えーい!何してる!相手は一人!切れ!切り捨てい!』
組頭の邁の怒声に押され、左右上下より振り翳される両頭薙刀…
清流の如く受け流し、飛び立つ鷹の如く風に走らす右門の逆手二刀の前に、
右門は、その勢いをかって、未だ踏み出しに躊躇後退りする
漸く踏み込みの構えを整えた
続けて斬り掛かった
初めて打ち鳴らされる、刃を交える金属音二つ…
両頭の刃共綺麗に斬られた
そしてまた…
一陣の風が、断末魔もあげさせずに
右門は、空を舞う羽毛の如き身のこなしで、振り下ろされる薙刀の刃を交わすと、鋭い眼差しを邁に向けた。
邁は身構えながらも、一層蒼白になった額に汗を滴らせながら後退りした。
その時、一発の銃声…
凄まじい絶叫と血飛沫をあげ、春が数間先まで吹き飛ばされると、グシャリと嫌な音をさせた。
『痛い!痛いよーーー!!!痛い痛い!痛ーい!!!!』
春は、撃ち抜かれた肩より、変な形に捻れた脚の痛みに身を捩って泣き叫んだ。
『春ちゃん!』
右門と伝六と千代が同時に声を上げるや、更に数発の銃声…
駆け寄ろうとする伝六と千代も、血飛沫をあげて、春の間近に倒れた。
『伝六!千代ちゃん!』
恐らく、忍びに生まれ、忍びの生き方に徹し続けてきた右門にとって、生まれて初めてであろう狼狽の声をあげた。
この隙を、邁は逃す事はなかった。
『ウッ…』
後ろから肩を斬られ、微かな呻きと共に振り向く右門は、更に斬りつける邁の薙刀の切っ先に、胸元を掠められた。
『痛い!痛い!痛いよーーーー!!!痛い痛い!!!痛いよーーーー!!!』
赤兎であった時…
股関節が軋む程、股裂のように脚を押し広げられても…
小指の先も入りそうにない所に、太長いモノを無理矢理捻り込み激しく貫かれても…
岩の如き巨漢にのしかかられ、押し潰されそうになっても…
春は泣いた事がなかった。苦痛を叫ぶ事もなかった。
良くて百や二百で終わらぬ鞭打ち…
背中を焼き鏝で焼かれ、足の裏を焼火箸で刺される事も珍しくなく…
酷ければ、鞭打たれて赤向けになった所に、焼き鏝を当られ、焼け火箸で刺される時もあった。
後で待ち受ける死ぬ程の仕置への恐怖が、いつしか涙も苦痛の声も枯れ果てさせていた。
その春が、文字通り、火をつけられたように悶え泣き叫んだ。
『春ちゃん!』
今や春の泣き声しか聞こえない、片膝をつく右門を、二人の
『ウッ!』
呻きをあげ、よろけながら振り向く右門に、邁と二人の
その時…
音もなく飛んできた、琵琶の弦糸が三人の
『ウッ…!』
『ウゥゥッ!』
『ウワーッ!』
首に巻き付く弦糸を引き寄せられ、呻きを上げる
『だから、革命から手を引けと言ったんだ!』
声と同時に姿を現したのは、背中に琵琶を背負った勇介であった。
勇介は、弦糸をもう一引きして指で鳴らすと、三人の
『子供達の命を無駄に捨てさせやがって!この始末、どうつける!』
右門には、しかし、勇介の声は聞こえず、春の泣き叫ぶ声ばかりが響いてきた。
『痛いよーーーー!!!痛い!痛い!痛ーい!』
春は、千代と伝六が側に倒れてるのもわからぬままに、ひたすら悲痛な叫び声をあげ続けた。
そこへ、幼い苦しみを終わらせようとでも言うように、新手の
『アッ…!』
『春ちゃん!』
勇介と右門が思わず声をあげた時…
頭上から、風を切る音と共に雨の如く降り注ぐ十字手裏剣が、
同時に、木々の枝の狭間から、紫装束の忍達が羽毛の如く舞い降り、残りの
『右門!無事か!』
五人の
『おまえは、中村組組頭主水!』
『朧衆が何故!』
右門と勇介が思わず叫ぶと…
『隠里の奥方様のご命令だ!里一と息吹の暴走を止めよとな。』
主水は、更に二人切り倒しながら言うと…
何処からともなく、鉄傘が弧を描いて飛んでくるや、三人に殺到しようとした
『息吹!』
『里一!』
思わず声を上げる、勇介と右門の目線の先で…
一人は、編笠を被り、引き回し河童を靡かせ、楊枝を咥えて杖の仕込みを逆手に振り翳し、一人は戻った鉄傘を閉じた先端から飛び出す槍先を突き入れ、
二人に、五人の
息吹は広げた鉄傘を向け、クルクル回して銃弾を交わしながら突っ込んで行った。
『ご無事でござんしたか!』
里一は、湾曲刀を振り翳す二人の
『俺は良い!あの子達を…春ちゃん達を…』
右門が、自身の血に濡れた手で、里一の胸ぐらを掴むと…
『ご安心なせえ。火盗組もきておりやすぜ。』
里一は見えぬ目を右門に向けて言った。
『火盗組…』
右門が振り返ると…
『敵の掃討は中村組に任せろ!我らは負傷者の救出に専念するのだ!』
『少しでも息のある者は、残らず連れ帰れ!一人でも多く救出せよ!』
火盗組筆頭小頭忠介と小頭甚造の声が響きわたり、火盗組朧衆の忍達数名は、伝六、千代、春達を運び、残りの者達は、まだ息のある者を探索し始めていた。
『さあ、右門さんもめえりやしょう。』
里一の肩に担がれ、右門は漸くホッと一息ついたとき…
『アッ…』
『あれは…!』
中村組朧の忍数名が彼方に目を留めるや、愕然と指をさした。
『昴田組組頭…』
『絲史郎…』
勇介と右門が目を見合わせると…
『相手が悪い…此処は、我等中村組が引き受ける!残りは引けーっ!』
中村組組頭の主水が声を張り上げた。